妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

上野殿御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20372(定本の該当ページへ)

書下し

上野殿御返事うえのどのごへんじ


[1]去る六月十五日のけさん悦び入つて候ふ。
[2]さては、かうぬし(神主)等が事、いままでかかへをかせ給ひて候ふ事ありがたくをぼへ候ふ。
[3]ただし、ないないは法華経をあだませ給ふにては候へども、うへにはたの事によせて事かづけ、にくまるるかのゆへに、つわら(熱原)のものに事をよせて、かしこここをもせかれ候ふこそ候ふめれ。さればとて上に事をよせてせかれ候はんに、御もちゐ候はずは、物をぼへぬ人にならせ給ふべし。をかせ給ひてあしかりぬべきやうにて候わば、しばらくかうぬし等をばこれへとをほせ候ふべし。めこ(妻子)なんどはそれに候ふとも、よも御たづねは候はじ。事のしづまるまで、それにをかせ給ひて候わば、よろしく候ひなんとをぼへ候ふ。
[4]よのなかかみにつけしもによせてなげきこそををく候へ。よにある人々をば、よになき人々は、きじ(雉)のたか(鷹)をみ、き(餓鬼)の毘沙門*びしやもんをたのむがごとく候へども、たかはわしにつかまれ、びしやもんはら(修羅)にせめらる。そのやうに当時日本国のたのしき人々は、蒙古国の事をききてはひつじの虎の声を聞くがごとし。また筑紫つくしへおもむきていとをしきめ(妻)をはなれ、子をみぬは、皮をはぎ、肉をやぶるがごとくにこそ候ふらめ。いわうやかの国よりおしよせなば、蛇の口のかえる、はうちやうし(丁師)がまないた(爼)にをけるこゐふなのごとくこそおもはれ候ふらめ。
[5]今生はさてをきぬ。命きえなば一百三十六の地獄に堕ちて無量劫ふ(経)べし。我等は法華経をたのみまいらせて候へば、あさきふちに魚のすむが、そらくもりて雨のふらんとするを、魚のよろこぶがごとし。しばらくの苦こそ候ふとも、ついにはたのしかるべし。国王の一人の太子のごとし、いかでか位につかざらんとおぼしめし候へ。恐恐謹言。
[6]弘安三年<日>七月二日
[7]<人>日 蓮<花押>花押
[8]<先>上野殿御返事
[9]人にしらせずして、ひそかにをほせ候ふべし。
現代語訳

上野殿御返事


弘安三年(一二八〇)七月二日、五九歳、於身延、和文、定一七六六—一七六七頁。

[1]去る六月十五日にお目にかかれたことを喜んでいます。
[2]さてさて、熱原の神主らの件ですが、今まで庇護なさっていらっしゃること、お心くばりは並大抵なみたいていではないと思います。
[3]ただし、これまでは無事に過ぎたとはいえ、権力者は、内心は法華経信仰者を排除しようとなさっているくせに、表面的には他の事にかこつけて弾圧を加えているわけで、熱原の者を手がかりとして、あちらこちらで私たちに難くせをつけているようです。そうかといって、国権の名において責められた時に、むやみにそれをはねつけると、世渡りのへたな人の仲間入りをなさることになるでしょう。もし神主らをそちらにかくまってお置きになることが不都合なようでしたら、しばらく身延山の方へあずけることもお考えください。妻子たちはそちらにいても、まさか御尋問などはありますまい。事件が沈静するまで、そちらにお置きになっていればよろしいかと思います。
[4]世の中は、上層の人も下層の人も、それぞれに苦悩が多いものです。世に用いられている人々のことを、浮かばれないでいる人々は、あたかも雉が鷹を恐れ、餓鬼が毘沙門を頼りにしているように応対していますが、鷹はわしに襲われ、毘沙門は修羅しゆらに攻められるのであって誰も安心できません。そのように、今の日本国の、政権担当者たちは、蒙古が攻めてくるという情報を得ては羊が虎の吠える声を聞いたようにおびえています。また他方、徴兵されて筑紫へ赴き、愛する妻と離れ子と別れた人民は、皮をぎ肉を切るように辛いことでしょう。まして、本格的に蒙古が襲いかかってきたら、日本国は、蛇の口の前の蛙か、丁師が爼に載せたこいふなのように、ひとたまりもなく攻め滅ぼされてしまうことと思われます。
[5]弾圧者たちは、今の世では幅をきかせていますが、蒙古に滅ぼされて死んだら、一百三十六あるという地獄に落ちて永遠の苦しみを受けることになるでしょう。そこへいくと私たちは、法華経を信仰していますから、浅い水たまりに住んでいる魚が、天が曇って雨が降りそうになったのを喜ぶような状態です。しばらくの間は苦しくても、結局は楽しいことになるでしょう。国王のただ一人いる皇太子のようなもので、やがて必ず王位につくのだとお思いください。恐恐謹言。
[6]弘安<日>三年七月二日
[7]<人>日 蓮 <花押>花押
[8]<先>上野殿御返事
[9]追伸 熱原の神主らのことは、他人に知らせないで、内々にご配慮ください。