妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

上野殿御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20325(定本の該当ページへ)

書下し

上野殿御返事うえのどのごへんじ


[1]九十枚・やまのいも五本。わざと御使をもつて正月三日ひつじの時に、駿河の国富士郡上野うえのの郷より甲州波木井はきりの郷身延山のほら(洞)へおくりたびて候ふ。
[2]それ海辺には木を財とし、山中にはしおを財とす。旱魃かんばつには水をたからとし、闇中には燈を財とす。女人によにんはをとこを財とし、をとこは女人をいのちとす。王は民ををやとし、民は食を天とす。この両三年は日本国の内、大疫起こりて人半分げんじて候ふ上、去年こぞの七月より大なるけかち(飢渇)にて、さといちのむへんのものと山中の僧等は命存しがたし。
[3]その上、日蓮は法華経誹謗ひぼうの国に生まれて威音王仏いおんのうぶつの末法の不軽菩*ふぎようぼさつのごとし。はたまた歓喜増益仏かんぎぞうやくぶつの末の覚徳比丘*かくとくびくのごとし。王もにくみ民もあだむ。衣もうすく食もとぼし。布衣ぬのこはにしきのごとし。くさのは(葉)わかんろとをもう。その上、去年こぞの十一月より雪つもりて山里路たえぬ。年返れども鳥の声ならではをとづるる人なし。友にあらずばたれか問ふべきと、心ぼそくて過ごし候ふ所に、元三がんざんの内に十字むしもち九十枚、満月のごとし。心中もあきらかに、生死のやみもはれぬべし。あはれなり、あはれなり。
[4]こうへのどの(故上野殿)をこそ、いろあるをとこと人は申せしに、その御子なればくれない(紅)のこき(濃)よしをつたへ給へるか。あい(藍)よりもあを(青)く、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし。恐恐謹言。
[5]<日>正月三日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>上野殿御返事
現代語訳

上野殿御返事


弘安二年(一二七九)五月三日、五八歳、於身延、和文、定一六二一—一六二二頁。

[1]九十枚、やまのいも五本、わざわざご使者をお立てくださって、正月三日午後二時に駿河国富士郡上野郷から甲州波木井の郷身延山のほこらへお送りいただきました。ありがとうございます。
[2]そもそも海辺では木が貴重であり、山中では塩を宝物とします。旱魃かんばつの時には水が貴重であり、暗闇では灯火が宝物となります。妻は夫が大切であり、夫は妻を命とします。国王は人民を親とあがめ、人民は食物を天と貴びます。ところがこの二・三年は、日本国内に流行病が蔓延して人民が半減してしまったうえ、去年の七月から大飢饉に見舞われ、人里から遠く離れた地方の者や山中に隠棲している僧などは生きていくのが難しい状態です。
[3]その上、私は、法華経を誹謗する国に生まれたので、あたかも威音王仏の末法の世に出て人々から迫害を受けた不軽菩のような、あるいはまた歓喜増益仏の世に出て国王に苦しめられた覚徳比丘のようなむごい目にあっています。国王も憎悪し、民衆も敵視しています。着衣も薄く、食物もなくなってきました。だから粗末な布衣でも錦のように貴く、雑草の葉でも甘露のように美味おいしく思われます。その上、去年の十一月から雪が降り積もって山里の路は絶えてしまいました。年が明けても聞こえてくるのは鳥の声だけで、訪れて来る人はありません。よほど親密な人でなければ誰が来るものかと、心細い日日を過ごしておりましたところ、正月三箇日のうちに届いた丸いむしもち九十枚、満月のように素晴らしい。その満月は心の中も明るく照らし、生死しようじ無常の闇も晴れることでしょう。とても、とても、感動的なことです。
[4]亡きお父上の南条兵衛七郎殿を、本当に人情の厚いお方だとみながいっていましたが、貴殿はそのお子さんであるので、赤心まごころの濃密なところを伝受なさったのでしょう。青は藍よりいでて藍よりも青く、氷は水より出て水よりも冷たいというの通りで、またとなく尊いことだと思います。恐恐謹言。
[5]<日>正月三日
[6]<人>日 蓮 <花押>花押
[7]<先>上野殿御返事