上野殿御返事
325 上野殿御返事
餅九十枚・薯蕷五本。わざと御使をもつて正月三日ひつじの時に、駿河国富士郡上野郷より甲州波木井の郷身延山のほら(洞)へおくりたびて候。
夫海辺には木を財とし、山中には塩を財とす。旱颰には水をたからとし、闇中には燈を財とす。女人はをとこを財とし、をとこは女人をいのちとす。王は民ををやとし、民は食を天とす。この両三年は日本国の内、大疫起て人半分げんじて候上、去年の七月より大なるけかち(飢渇)にて、さといちのむへんのものと山中の僧等は命存がたし。其上、日蓮は法華経誹謗の国に生て威音王仏の末法の不軽菩薩のごとし。はた又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し。王もにくみ民もあだむ。衣もうすく食もとぼし。布衣はにしきの如し。くさのはわかんろとをもう。其上、去年の十一月より雪つもりて山里路たえぬ。年返れども鳥の声ならではをとづるゝ人なし。友にあらずばたれか問べきと、心ぼそくて過し候処に、元三の内に十字九十枚、満月の如し。心中もあきらかに、生死のやみもはれぬべし。あはれなりあはれなり。
こうへのどの(故上野殿)をこそ、いろあるをとこと人は申せしに、其御子なればくれない(紅)のこき(濃)よしをつたへ給るか。あい(藍)よりもあを(青)く、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし。恐々謹言。 正月三日 日蓮 [花押] 上野殿 [御返事]