上野殿御返事
書下し
上野殿御返事
[1]鵞目十連・かわのり二帖・しやうかう(薑)二十束給び候ひ了んぬ。
[2]かまくらにてかりそめの御事とこそをもひまいらせ候ひしに、をもひわすれさせ給はざりける事、申すばかりなし。こうへのどの(故上野殿)だにもをはせしかば、つねに申しうけ給はりなんと、なげきをもひ候ひつるに、をんかたみに御み(身)をわか(若)くしてとどめをかれけるか。すがたのたがわせ給はぬに、御心さえにられける事いうばかりなし。
[3]法華経にて仏にならせ給ひて候ふとうけ給はりて、御はかにまいりて候ひしなり。
[4]またこの御心ざし申すばかりなし。今年のけかち(飢渇)に、はじめたる山中に、木のもとに、このはうちしきたるやうなるすみか、をもひやらせ給へ。このほどよみ候ふ御経の一分をことの(故殿)へ廻向しまいらせ候ふ。あわれ人はよき子はもつべかりけるものかなと、なみだかきあえずこそ候へ。妙荘厳王は二子にみちびかる。かの王は悪人なり。こうえのどのは善人なり。かれにはにるべくもなし。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
[5]<日>七月二十六日日>
[6]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>
現代語訳
上野殿御返事
文永一一年(一二七四)七月二六日、五三歳、於身延、和文、定八一九—八二〇頁。
[1]銭十連、川苔二帖、生姜二十束、ありがたく頂戴いたしました。
[2]鎌倉でお別れする時に、後々もご供養してくださるとおっしゃったおことば、あるいは、その場かぎりのことではなかろうかと不安に思っておりましたのに、お忘れなくご実行くださいましたこと、何とも御礼の申し上げようもありません。ご夫君兵衛七郎殿さえご存命でいらっしゃったならば、心置きなくご供養にあずかることができるのに、お亡くなりになってしまったので、どうなることかと心配しておりましたのですが、ご夫君は、ご自分の形見として、ご子息時光殿をお残しくださったというわけでしょうか。時光殿は、容姿がお父上そっくりであるばかりか、お心持ちまでも似ていらっしゃることを、とてもうれしく思います。
[3]ご夫君は、法華経のおかげで安らかな臨終をお迎えになったと承り、お墓にお参りしてご廻向つかまつりました。
[4]ところで、このたび種々のものをお送りくださいましたお心ざし、御礼の申し上げようもありません。今年、農産物不作の折しも、はじめて経験する山中の、大木の根元に木の葉を敷きつめたような粗末な庵の様子をご想像ください。そのように不自由な住処ではありますが、真心からお読みする法華経の一分を、故七郎殿のご廻向にささげました。それというのも、時光殿のご供養の品々をお布施としてのことであると思えば、「ああ、人は、良い子を持たなければいけないなあ」と、感涙があふれてきます。法華経・妙荘厳王品に登場する国王の妙荘厳王は、浄蔵・浄眼の二人の子の導きによって仏道に入りましたが、もとは外道の教えを信じる悪人でした。それに反して故七郎殿は、元来が法華経を信じる善人なのですから、このたびのご廻向によって成仏なさることは疑いありますまい。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
[5]<日>七月二十六日日>
[6]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>