妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

こう入道殿御返事

全集 第6巻 2段 定本: #172(定本の該当ページへ)

書下し

こう入道殿御返事にゆうどうどのごへんじ


[1]あまのりのかみぶくろ二、わかめ十でう、こも(小藻)のかみぶくろ一、たこひとかしら。
[2]人の御心は定めなきものなれば、うつる心さだめなし。さどの国に候ひし時、御信用ありしだにもふしぎにをぼへ候ひしに、これまで入道殿をつかわされし御心ざし、又国もへだたり年月もかさなり候へば、たゆむ御心もやとうたがい候に、いよいろ(色)をあらわし、こう(功)をつませ給ふ事、但一生二生の事にはあらざるか。
[3]此の法華経は信じがたければ、仏、人の子となり、父母となり、め(妻)となりなんどしてこそ信ぜさせ給ふなれ。しかるに御子もをはせず、但をやばかりなり。「其中衆生悉是吾子ごちゆうしゆじようしつぜごし」の経文のごとくならば、教主釈尊は入道殿・尼御前の慈父ぞかし。日蓮は又御子にてあるべかりけるが、しばらく日本国の人をたすけんと中国に候か。宿善たうたく候。
[4]又蒙古国の日本にみだれ入る時は、これへ御わたりあるべし。又子息なき人なれば御年のすへには、これへとをぼしめすべし。いづくも定めなし。仏になる事こそつゐのすみかにては候へとをもひ切らせ給ふべし。恐恐謹言。
[5]<日>卯月十二日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>うの入道殿御返事
現代語訳

こう入道殿御返事


文永一二年(一二七五)四月一二日五四歳、於身延、国府入道宛、和文、定九一三—九一四頁。

[1]あまのりの紙袋二つ、わかめ十帖、小藻の紙袋一つ、干しだこ一頭、頂戴いたしました。
[2]人の心は定まりなく、たえず移り変わるものである。日蓮が佐渡の国にあった時、ご信用くださったことさえ不思議な因縁だと思っていたところへ、今度はこの身延まで入道殿をお遣わしになった御志よ。あれから国も隔たり、年月も重ねたので、信心が弛みはしないかと案じていたが、いよいよ信心の色も増し、功徳を積んでおられること、このことはただ一生や二生の因縁ではなく、ずっと遠い因縁があるものと思わざるを得ないのである。
[3]この法華経は信じ難い教えであるから、釈尊は、あるいは人の子となったり、または父母となったり、女人となったりして、この法華経を信ずるようにして下さるのである。貴殿には御子もなく、ただ親がおられるだけである。法華経には「その中の衆生は悉くこれ吾が子である」と説かれているから、教主釈尊は入道殿と尼御前の父親である。そしてこの日蓮はまた貴殿等の御子であったのを、しばらく日本国の人々を救うために佐渡へは生まれず、鎌倉におったのであろうか。過去の因縁が尊く思われるばかりである。
[4]また、蒙古国が日本に攻め入る時には、この身延の地へ避難なさるがよい。そのうえ御子息もないことであるから、お年を召された末には、当方へお越しになる心づもりでおいでなさい。どこへ行っても無常を免れることはできないのであるから、ただ仏に成ることが最後の安住処であるということをよく心に思い定めておくことが肝心であります。以上、つつしんで申し上げました。
[5]<日>四月十二日
[6]<人>日 蓮 <花押>花押
[7]<先>こうの入道殿御返事