妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

大学三郎御書

全集 第6巻 2段 定本: #20322(定本の該当ページへ)

書下し

大学三郎御書だいがくさぶろうごしよ


[1]いのりなんどの仰せかうほるべしとをぼへ候はざりつるに、をほせたびて候事のかたじけなさ。かつはしなり、かつは弟子なり、かつはだんななり。御ためにはくびもきられ、遠流おんるにもなり候へ。かわる事ならばいかでかかわらざるべき。されども此の事は叶ふまじきにて候ぞ。がくと申す人は、ふつうの人にはにず、日蓮が御かんきの時、身をすてゝかたうどして候ひし人なり。此の仰せは城殿じようのとのの御計ひなり。城殿と大がく殿は知音ちいんにてをはし候。其の故は大がく殿は坂東第一の御てかき、城介殿は御てをこのまるゝ人也。
現代語訳

大学三郎御書


弘安元年(一二七八)、五七歳、於身延、和文、定一六一九頁。

[1]お祈りごとを頼まれるとは思ってもみなかったところへ、わざわざ要請をいただいたことは大変かたじけない。師でもあり、弟子でもあり、檀でもあるから、そのためには頸を切られようとも、遠流に処せられようとも、代われることなら代わりたいほどである。しかしながらこのことばかりは叶えられないのである。大学三郎という人は、ふつうの人とは違って、日蓮が幕府の御勘気を蒙った時、わが身を捨てて味方して下さったほどのお方である。そしてこのたびのことは秋田城介殿(安達泰盛)からのご依頼によるものである。城介殿と大学殿とは親しい間柄であって、その関係は、大学殿は坂東第一の能書家であり、城介殿はその書を好んだ方である。