妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

四条金吾殿御返事

全集 第6巻 2段 定本: #20424(定本の該当ページへ)

書下し

四条金吾殿御返事しじようきんごどのごへんじ


[1]満月のごとくなるもちゐ()二十・かんろ(甘露)のごとくなるせいす(清酒)一つつたび候ひおわんぬ。
[2]春のはじめの御悦びは月のみつるがごとく、しを(潮)のさすがごとく、草のかこむが如く、雨のふるが如しと思食おぼしめすべし。
[3]そもそも八日は各各の御父釈仏の生まれさせ給ひ候ひし日也。かの日に三十二のふしぎあり。一には一切の草木に花さきみなる。二には大地より一切の宝わきいづ。三には一切のでんばた(田畠)に雨ふらずして水わきいづ。四にはよるへんじてひるの如し。五には三千世界にきのこゑなし。かくのごとく吉瑞の相のみにて候ひし。是れより已来このかた今にいたるまで二千二百三十余年が間、吉事には八日をつかひ給ひ候也。
[4]然るに日本国皆釈仏を捨てさせ給ひて候に、いかなる過去の善根にてや、法華経と釈仏とを御信心ありて、各々あつまらせ給ひて、八日をくやう申させ給ふのみならず、山中の日蓮に華かう(香)ををくらせ候やらん。たうとし、たうとし。恐々。
[5]<日>正月七日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>人々御返事
現代語訳

四条金吾殿御返事


弘安五年(一二八二)一月七日、六一歳、於身延、和文、定一九〇六頁。

[1]満月のような二十枚と、甘露のような清酒一筒いただきました。
[2]新春の御悦びは、月の満ちる時のように、潮の満ちる時のように、また雨が降って草木が芽生えるように、めでたい限りである。
[3]そもそも八日というのは、貴殿等の御父である釈尊御降誕の聖日である。その日には三十二の不思議な現象があった。一にはすべての草木に花が咲き果が成った。二には大地からさまざまの宝が涌き出でた。三には雨も降らないのに田畠に自然に水が涌き、四には夜が昼のように明るく、五には三千世界のどこにも悲嘆の声を聞かなかった。このようにいずれもめでたい瑞相ばかりであった。それ以来、今日に至るまでの二千二百三十余年の間、すべて吉事には八日を選ぶことになっている。
[4]ところが今の日本国の人々は一同に釈尊を捨ててしまっている。その中で貴殿はどういう過去の善根によるものか、法華経と釈尊とを信仰し、八日に集まっては供養を施されているという。そのうえ山中の日蓮にまで香華の供養を寄せられるのは、まことに奇特なことで、尊い限りである。恐れながら申し上げました。
[5]<日>正月七日
[6]<人>日 蓮 <花押>花押
[7]<先>人々御返事