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中務左衛門尉殿御返事

全集 第6巻 2段 定本: #20295(定本の該当ページへ)

書下し

中務左衛門尉殿御返事なかつかささえもんのじようどのごへんじ


[1]れ人に二病あり。一には身の病。所謂地大いわゆるちだい百一・水大すいだい百一・火大かだい百一・風大ふうだい百一、已上四百四病。此の病は*じ(持)すい流水るすい耆婆*ぎば偏鵲*へんじやく等の方薬をもつて此れを治す。二には心の病。所謂三毒乃至八万四千の病也。仏に有らざれば二天・三仙も治しがたし。いかいわんや神農*しんのう黄帝*こうていの力及ぶべしや。
[2]又心の病に重々の浅深せんじん分れたり。六道の凡夫の三毒・八万四千の心の病をば、小乗の三蔵さんぞう倶舎くしや成実じようじつ律宗りつしゆうの仏、此れを治す。大乗の華厳・般若・大日経等の経々をそしりて起る三毒八万の病をば、小乗をもつて此れを治すれば、かへりては増長すれども、平全くなし。大乗をもて此れを治すべし。又諸大乗経の行者の、法華経を背きて起る三毒八万の病をば、華厳・般若・大日経・真言・三論等をもつて此れを治すれば、いよ増長す。譬へば木石等よりでたる火は水をもつて消しやすし。水より起る火は、水をかくればいよいよ熾盛さかん炎上ほのおのぼりて高くあがる。
[3]今の日本国こぞ今年ことしの疫病は、四百四病にあらざれば、華他*かだ偏鵲へんじやくが治も及ばず。小乗・権大乗の八万四千の病にもあらざれば、諸宗の人々のいのりも叶はず。かへりて増長するか。設ひ今年はとどまるとも、年々にやみがたからむか。いかにも最後に大事出来して後ぞ定まる事も候はんずらむ。法華経に云く、〔「もし医道を修して方に順つて病を治せば、更に他のやまいを増し、或いはまた死を致さん。しかもまた増劇せん」〕。涅槃経に云く、〔「の時に王舎大城*おうしやだいじよう阿闍世王*あじやせおう遍体へんたいかさを生ず。乃至かくのごとき瘡は心より生ず。四大より起るにあらず。もし衆生のよく治する者ありと言わば、このことわりあることなし」〕云云。妙楽云く、〔「智人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」〕云云。〔この疫病は阿闍世王の瘡のごとし。彼は仏にあらずんば治しがたし。此れは法華経にあらずんば除きがたし〕。
[4]た又日蓮が下痢、去年十二月三十日こと起り、今年六月三日・四日、日々に度をまし月月に倍増す。定業じようごうかと存する処に貴辺の良薬を服してより已来、日々月々に減じて今百分の一となれり。しらず、教主釈尊の入りかわりまいらせて、日蓮を扶け給ふか。地踊の菩の妙法蓮華経の良薬をさづけ給へるかと疑ひ候なり。くはしくは筑後房ちくごぼう申すべく候。
[5]又追て申す。きくせんは今月二十五日いぬの時来りて候。種種すずの物かずへつくしがたし。きどの(富木殿)ゝかたびら、ただちに申し候べし。又女房の御をゝぢの御事。なげき入つて候よし申させ給ひ候へ。恐々謹言。
[6]<日>六月二十六日
[7]<人>日 蓮<花押>花押
[8]<先>務左衛門尉殿御返事
現代語訳

中務左衛門尉殿御返事


弘安元年(一二七八)六月二六日、五七歳、於身延、四条金吾宛、和漢混淆文、定一五二三—一五二四頁。

[1]およそ人には二種の病がある。一つには身体に起こる病。すなわち身体は地・水・火・風の四大から構成されているが、その四大にそれぞれ百一ずつの病があるので、合わせて四百四病となる。この肉体の病は持水・流水・耆婆・鵲などの名医が調合する薬によって治療することができる。二つには心に生ずる病。いわゆる貪・瞋・痴の三毒から起こって、八万四千の煩悩として現われる病である。この心の病は仏でなければ治療することができない。バラモン教の神である二天・三仙等の力をもってもしがたい難病であり、ましてや儒教の神農・黄帝の力などではとても治療することはできない。
[2]また心の病は複雑であって、その浅深によってさまざまに分類されるものである。六道を輪廻している凡夫において、三毒から起こって八万四千の煩悩として現われる心の病は、小乗仏教の三蔵教に基づく倶舎宗・成実宗・律宗の仏であっても、これを治することができる。しかし大乗仏教の華厳経・般若経・大日経等の経々に背いて起こるところの三毒・八万の病に対しては、小乗教をもって治療すれば、逆に病は重くなるばかりで、平することは全くない。その病は大乗教でなければ治すことはできない。また諸大乗経の信奉者であっても、一仏乗の法華経に背いて起こる三毒・八万の病は、華厳経・般若経・大日経や真言宗および三論宗の法をもって治療すれば、かえって重くなるばかりである。たとえば木や石から出た火ならば水をかけて簡単に消すことができるけれども、水から出た火は、水をかければますます燃え盛って火力を増すようなものである。
[3]ところで、現在の日本国は去年から今年にかけて疫病が流行しているが、この病は身体の上の四百四病ではないから、華陀や鵲の名医をもってしても治すことはできない。また小乗教・権大乗教によって治できる八万四千の心の病でもないから、諸宗の人々がいかに祈っても、叶うことはなく、かえって災禍を増長させるばかりであろう。たとえ今年は一時的に停滞したとしても、この先も年々に蔓延して終息させることは困難であろうか。まことに最終的には一大事が起こって、しかる後にようやく治まることになるのかも知れない。法華経の譬品には、「もし医術によって病を治療したとしても、他の病を併発したり、あるいは死を招いたり、もしくは病勢を増してしまうだろう」とある。涅槃経巻第十九梵行品には「その時に王舎城の阿闍世王は全身が皮膚病にかかった。王が悪瘡を患ったのは、心の病が原因であって、四大の不調による身体の病ではない。したがってこの病を治させることができると言っても、けっして治る道理がない」と説かれている。妙楽大師も「智者は事の起因を熟知するものである、蛇は自ら蛇を知るように」といわれている。現在の日本国中に流行している疫病は、昔の阿闍世王の悪瘡のように、日本国全体の心の病の反映である。かの阿闍世王の病は釈尊でなければ治すことができなかった。だからこの疫病は法華経でなければ除くことはできないのである。
[4]さて、日蓮の下痢も、去年の十二月三十日に発病して今に至っているが、今年の六月三日・四日は特にひどく、日々に度合いを増し、月々に悪化する始末で、もはや前世から定まった寿命が尽きるのかと思っていた。が、そんなところへ貴殿が調合した良薬を服用してからは、日々月々に快方に向かい、今では最悪の頃の百分の一にまで治ってきた。これは教主釈尊が貴殿の身に入り替わって日蓮をお救い下さったのであろうか。あるいは地涌の菩が妙法蓮華経の良薬をお授け下さったのではないかとも思われる。なお詳細は筑後房から申し述べさせます。
[5]また、追申いたします。御使者のきくせんは今月二十五日戌の時(夜八時頃)に身延へ到着しました。お送りいただいた御供養の品々は数えきれないほど沢山ありました。富木殿からの帷子も拝受しました。どうか直接によろしくお申し伝え下さい。また御夫人の御祖父様が亡くなられたとのこと、日蓮も悲しんでいるとお伝え下さい。以上、つつしんで申し上げました。
[6]<日>六月二十六日
[7]<人>日 蓮 <花押>花押
[8]<先>中務左衛門尉殿御返事