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四条金吾釈迦仏供養事

全集 第6巻 2段 定本: #20220(定本の該当ページへ)

書下し

四条金吾釈仏供養事しじようきんごしやかぶつくようじ


[1]御日記の中に釈仏の木像一体等云云。
[2]開眼かいげんの事。普賢ふげん経に云く、〔「この大乗経典は諸仏の宝蔵なり。十方三世の諸仏の眼目なり」〕等云云。又云く、〔「この方等ほうどう経はこれ諸仏の眼なり。諸仏これによつて五眼ごげんを具することを得たまえり」〕云云。此の経の中に「得具五眼」とは、一には肉眼にくげん・二には天眼てんげん・三にはえげん・四には法眼ほうげん・五には仏眼ぶつげんなり。此の五眼をば、法華経をたもつ者は自然に相具あいぐし候。譬へば王位につく人は自然に国のしたがうごとし。大海の主となる者の自然に魚を得るに似たり。華厳・阿含・方等・般若・大日経等には五眼の名はありといへども其の義なし。今の法華経には名もあり、義も備はりて候。たとひ名はなけれども必ず其の義あり。
[3]三身さんじんの事。普賢経に云く、〔「仏三種の身は方等より生ず。この大法印は涅槃海を印す。かくのごとき海中より、よく三種の仏の清浄の身を生ず。この三種の身は人天の福田ふくでんにして応供おうぐの中の最なり」〕云云。三身とは、一には法身ほつしん如来・二には報身ほうじん如来・三には応身おうじん如来なり。此の三身如来をば、一切の諸仏必ずあひぐ(相具)す。譬へば月の体は法身、月の光は報身、月の影は応身にたとう。一の月に三のことわりあり、一仏に三身の徳まします。
[4]この五眼・三身の法門は、法華経より外には全く候はず。故に天台大師の云く、〔「仏三世において等しく三身あり。諸経の中においてこれを秘して伝えず」〕云云。此の釈の中に「於諸経中」とかかれて候は、華厳・方等・般若のみならず、法華経より外の一切経なり。「秘之不伝」とかかれて候は、法華経の寿量品より外の一切経には、教主釈尊秘して説き給はずとなり。されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし。
[5]其の上、念三千と申す法門は、三種の世間よりをこれり。三種の世間と申すは、一には衆生世間・二には五陰ごおん世間・三には国土世間なり。前の二つは且らくこれを置く、第三の国土世間と申すは草木そうもく世間なり。草木世間と申すは五色のゑ(絵)のぐ(具)は草木なり、画像これより起る。木と申すは木像是れより出来す。此の画木に魂魄こんぱくと申すたましいを入るる事は法華経の力なり。天台大師のさとり也。此の法門は、衆生にて申せば即身成仏といはれ、画木にて申せば草木成仏と申すなり。止観の明静なる前代いまだきかずとかかれて候と、「無情仏性或耳驚心」等とのべられて候は是れ也。此の法門は前代になき上、後代にも又あるべからず。たとひ出来せば此の法門を偸盗ちゆうとうせるなるべし。
[6]然るに天台以後二百余年の後、善無畏ぜんむい金剛智こんごうち不空ふくう等、大日経に真言宗と申す宗をかまへて、仏説の大日経等にはなかりしを、法華経・天台の釈を盗み入れて真言宗の肝心とし、しかも事を天竺によせて漢土・日本の末学を誑惑せしかば、皆人此の事を知らず。一同に信伏して今に五百余年なり。しかる間、真言宗已前の木画の像は霊験殊勝れいげんしゆしようなり。真言已後の寺塔は利生りしよううすし。事多き故に委しく注せず。此の仏こそ生身しようしんの仏にておはしまし候へ。うでん大王の木像と影顕ようけん王の木像と一分もたがうべからず。ぼんたい・日月・四天等必定ひつじようして影の身に随ふが如く、貴辺をばまほらせ給ふべし〈是一〉。
[7]御日記に云く、毎年四月八日より七月十五日まで九旬が間、大日天子につかへさせ給ふ事。大日天子と申すは宮殿七宝なり。其のおおいさは八百十六里五十一由旬也。其の中に大日天子居し給ふ。勝・無勝と申して二人のきさきあり。左右には七曜・九曜つらなり、前には摩利支天女まりしてんによまします。七宝の車を八匹の駿馬しゆんめにかけて、四天下してんげを一日一夜にめぐり、四州の衆の眼目げんもくと成り給ふ。他の仏・菩・天子等は利生のいみじくまします事、耳にこれをきくとも愚眼にいまだ見えず。是れは疑ふべきにあらず、眼前の利生なり。教主釈尊にましまさずば、いかでかかくのごとくあらたなる事候べき。一乗の妙経の力にあらずんば、争でか眼前の奇異をば現ずべき。不思議に思ひ候。争でか此の天の御恩をば報ずべきともとめ候に、仏法以前の人人も心ある人は、皆或いは礼拝をまいらせ、或いは供養を申し、皆しるしあり。又逆をなす人は皆ばつあり。
[8]今内典を以てかんがへて候に、金光明経こんこうみようきように云く、〔「日天子及び月天子、この経を聞くが故に精気充実す」〕等云云。最勝王経に云く、〔「この経王の力によつて、流暉るき四天下をぐる」〕等云云。まさに知るべし、日月天の四天下をめぐり給ふは仏法の力なり。彼の金光明経・最勝王経は法華経の方便なり。勝劣しようれつを論ずればにゆう醍醐だいごと、金と宝珠との如し。劣なる経を食しましまして、尚四天下をめぐり給ふ。何に況や、法華経の醍醐の甘味をめさせ給はんをや。故に法華経の序品には普香ふこう天子とつらなりまします。法師品には阿耨多羅三藐三菩提と記せられさせ給ふ、火持かじ如来是れ也。其の上、慈父よりあひつたはりて二代、我身となりてとしひさし。争でかすてさせたまひ候べき。其の上、日蓮も又此の天をたのみたてまつり、日本国にたてあひて数年なり。既に日蓮かちぬべき心地す。利生のあらたなる事、外にもとむべきにあらず。
[9]是よりほかに御日記たうとさ、申す計りなけれども紙上に尽しがたし。なによりも日蓮が心にたつとき事候。父母御孝養の事。度度の御文おんふみに候うえに、今日の御文なんだ(涙)更にとどまらず。我が父母地獄にやをはすらんとなげかせ給ふ事のあわれさよ。仏の弟子の御中に*もつけん尊者と申しけるは、父をばきつせん(吉占)師子と申し、母をば青提女*しようだいによと申しけるが、餓鬼道がきどうにをちさせ給ひけるを、凡夫にてをはしける時はしらせ給はざりければ、なげきもなかりける程に、仏の御弟子とならせ給ひて後、阿羅漢となりて天眼をもて御らんありければ、餓鬼道におはしけり。是れを御らんありて飲食をまいらせしかば、ほのおとなりていよいよ苦をましさせまいらせ給ひしかば、いそぎはしりかへり、仏に此の由を申させ給ひしぞかし。爾時そのときの御心をおもひやらせ給へ。今貴辺は凡夫なり。肉眼なれば御らんなけれども、もしもさもあらばとなげかせ給ふ。こは孝養の一分なり。梵天・帝釈・日月・四天も定めてあはれとをぼさんか。華厳経に云く、〔「恩を知らざる者は多く横死に遭ふ」〕等云云。観仏相海かんぶつそうかい経に云く、〔「これ阿鼻の因なり」〕等云云。今既に孝養の志あつし。定めて天も納受あらんか〈是一〉。
[10]御消息の中に申しあはさせ給ふ事。くはしく事の心を案ずるに、あるべからぬ事なり。日蓮をば日本国の人あだむ。是れはひとへにさがみどの(相模殿)のあだませ給ふにて候。ゆへなき御政りごとなれども、いまだ此の事にあはざりし時より、かゝる事あるべしと知りしかば、今更いかなる事ありとも、人をあだむ心あるべからずとをもひ候へば、此の心のいのり(祈)となりて候やらん、そこばくのなん(難)をのがれて候。いまは事なきやうになりて候。日蓮がさどの国にてもかつえしなず、又これまで山中にして法華経をよみまいらせ候は、たれがたすけぞ、ひとへにとのの御たすけなり。又殿の御たすけはなにゆへぞとたづぬれば、入道殿の御故ぞかし。あらわにはしろしめさねども、定めて御いのりともなるらん。かうあるならば、かへりて又とのの御いのりとなるべし。父母の孝養も又彼の人の御恩ぞかし。かゝる人の御内みうちを如何なる事有ればとて、すてさせ給ふべきや。かれより度度すてられんずらんはいかがすべき。又いかなる命になる事なりとも、すてまいらせ給ふべからず。上にひきぬる経文に不知恩の者は横死有りと見えぬ。孝養の者は又横死〔あるべからず〕。
[11]と申す鳥の食するくろがねはとくれども、腹の中の子はとけず。石を食する魚あり、又腹の中の子はしなず。栴檀せんだんの木は火に焼けず、浄居じようこの火は水に消へず。仏の御身をば三十二人の力士、火をつけしかどもやけず。仏の御身よりいでし火は、三界の竜神雨をふらして消ししかどもきえず。殿とのは日蓮が功徳をたすけたる人なり。悪人にやぶらるる事かたし。もしやの事あらば、先生せんしように法華経の行者をあだみけるが今生にむくふなるべし。此の事は如何なる山中海上にてものがれがたし。軽菩杖木じようもくせめも、目尊者の竹杖ちくじように殺されしも是れ也。なにしにかかせ給ふべき。
[12]但し横難おうなんをば忍ぶにはしかじと見へて候。此の文を御覧ありて後は、けつして百日が間をぼろげならでは、どうれひ(同隷)ならびに他人と、我宅ならで夜中の御さかもりあるべからず。主のめさん時は、ひるならばいそぎまいらせ給ふべし。夜ならば三度までは頓病とんびようの由申させ給ひて、三度にすぎば下人又他人をかたらひて、つじをみせなんどして御出仕あるべし。かうつゝませ給はんほどに、むこ(蒙古)人もよせなんどし候わば、人の心又さきにひきかへ候べし。かたきを打つ心とどまるべし。
[13]申させ給ふ事は御あやまちありとも、左右なく御内を出でさせ給ふべからず。ましてなからんには、なにとも人申せ、くるしからず。をもひのまゝに入道にもなりてをはせば、さきならばくるしからず。又身にも心にもあはぬ事あまた出来せば、なかなか悪縁度度来るべし。このごろは女は尼になりて人をはかり、男は入道になりて大悪をつくるなり。ゆめゆめあるべからぬ事なり。身に病なくとも、やいと(灸)を一二箇所やいて病の由あるべし。さわぐ事ありとも、しばらく人をもつて見せをほせさせ給へ。事事くはしくはかきつくしがたし。此の故に法門もかき候はず。御経の事は、すずしくなり候て、かいてまいらせ候はん。恐恐謹言。
[14]建治二年〈丙子ひのえね〉<日>七月十五日
[15]<人>日 蓮<花押>花押
[16]<先>条金吾殿御返事
現代語訳

四条金吾釈仏供養事


建治二年(一二七六)七月一五日、五五歳、於身延、和漢混淆文、定一一八二—一一八九頁。

仏像開眼のこと


[1]御日記によれば、釈尊の御木像を一体造立されたとのこと。
[2]仏像の開眼のことは、観普賢菩行法経に「この大乗経典は諸仏の宝蔵であり、十方三世の諸仏の眼目である」と説かれている。また「この方等経は諸仏の眼である。諸仏はこの経によって五眼を具えることを得られたのである」ともある。この経の中に「五眼を具えることを得た」とある「五眼」とは、一に肉眼、二に天眼、三に眼、四に法眼、五に仏眼である。この五眼は、法華経を受持する者は自然にその身に具えることができる。たとえば国王の位に即く人には自然にその国民が従い、大海の主となる者には自然に魚が服従するようなものである。華厳・阿含・方等・般若・大日経等の法華経以前の諸経には、五眼の名目はあっても、その実質はない。これに対して法華経には、五眼が名実ともに具わっており、たとえ名目はなくても必ず実質を具えているのである。

仏の三身のこと


[3]仏の三身ということについては、同じく普賢経に、「仏の三種の身は大乗の教えにおいて説かれるところである。なかでも法華経には万法を具えており、あたかも大海がすべての水を受容するようである。このような海中から仏の三種の清浄の身を生ずる。この三身は人天が善根功徳を植える田地であり、また供養を受ける中でもっとも勝れたものである」とある。三身とは、一には法身如来、二には報身如来、三には応身如来で、一切の諸仏は必ずこの三身を具えられている。これを月に譬えれば、法身は月の体、報身は月の光、応身は月の影のようなものである。一つの月にこうした三つの側面があるように、一仏にも三身の徳が具わっている。
[4]この五眼と三身の法門は、法華経以外の諸経には全くない。それゆえ天台大師は、法華文句第九巻に「仏が過去・現在・未来の三世を一貫して常に三身を具えていることは、法華経以外の諸経の中には秘して説かれていない」と解釈している。この解釈の中で「諸経の中において」というのは、華厳・方等・般若のみならず、法華経以外の一切経を指している。「これを秘して伝えず」というのは、法華経の寿量品以外の一切経には、教主釈尊が秘して説かれなかったということである。したがって仏の画像や木像の開眼供養は、法華経とその教えの正統を伝えた天台宗に限るのである。

一念三千の法門


[5]その上、一念三千という法門は、三種の世間をその基礎としている。三種の世間というのは、一に衆生世間、二に五陰世間、三に国土世間である。前の二つはしばらくおくとして、第三の国土世間の中には、草木世間が含まれている。草木世間というのは、まず五色の絵の具は草木を原料としているから、絵の具で描かれた画像は草木からできていることになる。また木像は木から造られている。この画像と木像に魂魄というたましいを入れるのは法華経の力である。これは天台大師の悟られた一念三千の法門に基づくのである。その一念三千の法門は、衆生の上でいえば即身成仏となり、画像や木像の上でいえば草木成仏となるのである。章安大師が天台大師の摩訶止観の法門を讃して「止観の法門がこれほど明らかにされたのは前代未聞である」と書かれ、妙楽大師が摩訶止観輔行伝弘決に「無情の草木にも仏性があると説いて、非常に人を驚かせた」と述べられたのは、まさにこのことである。天台大師が明らかにされた一念三千の法門は、前代になかったのみならず、後々にもあろうはずがない。もしあったならば、それは天台の法門を盗んだものである。
[6]ところが、天台大師から二百余年の後、善無畏・金剛智・不空等が、大日経によって真言宗という宗を立て、もともと大日経にはなかった一念三千の法門を、法華経と天台大師の釈義から盗み入れて真言宗の肝心とし、それをインドから伝わったかのように言い触らして、中国や日本の学者を惑わしている。そのことを人々は誰も知らず、今に至るまで五百余年、一同に信じきっているのである。このことから、真言宗が興る以前に開眼した画像・木像は霊験が顕著であったが、真言宗が開眼するようになってからは利益が薄くなった。このことの詳細は煩わしくなるので省略する。このたび貴殿が造立された仏像こそは、生身の御仏でいらっしゃる。昔、優大王の造られた木像や、婆娑羅王の造られた木像と少しも変わりがないのである。梵天・帝釈天・日天・月天・四天王等は、必ず影が身に添うように貴殿を守られるであろう(これ一つ)。

大日天子の信仰


[7]御日記によれば、毎年四月八日から七月十五日までの九十日間、大日天子をまつられるとのことであるが、そもそも大日天子の宮殿は七宝で飾られ、その大きさは八百十六里五十一由旬であって、その中に大日天子が居られる。勝・無勝という二人の后があって、左右には七曜・九曜が並び連なり、前には摩利支天女がおられる。七宝の車を八頭の駿馬に引かせて、四天下を一昼夜で駆け巡り、一切衆生を照らされる。他の仏・菩・天子などの霊験は、耳に聞いてはいても凡夫の眼に見ることはできない。が、日天子の霊験ばかりは疑うことのできない眼前の事実なのである。教主釈尊でなければ、どうしてこのようなことができよう。また一乗法華経の力に依るのでなければ、どうしてかかる眼前の奇瑞が示現されよう。いかにも不思議なことである。この日天子の恩徳にどのように報いるべきかと考えたところ、仏法が伝わる以前の人々においても、心ある人は、みな礼拝したり供養をして利益を受けている。いっぽう、これに背いた者は必ず罰を受けているのである。
[8]仏法において考えてみても、金光明経には「日天子および月天子は、この経を聞いて精気が充実する」とあり、最勝王経には「この経王の力によって、日月が四天下を巡る」とある。つまり日月が四天下を巡るのは、まさに仏法の力によるのである。かの金光明経や最勝王経は法華経の方便の教えであって、法華経に比べれば、ちょうど乳と醍醐、金と宝珠ほどの優劣がある。そうした劣った経の法味でさえ、なお四天下を巡ることができる。まして法華経という醍醐味をもってすれば、その霊験の顕著なことは言うまでもない。よって法華経の序品では普香天子として説法の座に列なり、法師品では無上菩提の記が授けられている。火持如来がこれである。そのうえ貴殿は、父君から二代続いて日天子を信仰されているのであるから、けっして見捨てられることはない。そのうえ日蓮もまた日天子を頼りとして、日本国の邪師と戦って数年に及んでいるが、もはや日蓮の勝利は確実である。これも日天子の霊験にほかならないのである。

父母への孝養のこと


[9]このほか、貴殿の御日記について尊く感じることはいろいろあって、とても書ききれるものではないけれども、とりわけ日蓮が感心したことは、父母への孝養のことである。これまでも度々のお手紙で拝見したことであるが、今日のお手紙は特に感涙を禁じえない。わが父母がもしや地獄にいるのではないかと嘆かれる、そのご心中がいじらしくてならない。釈尊の御弟子のなかの目連尊者という方は、父を吉占師子、母を青提女といった。その母が餓鬼道に堕ちられたのを、目連も凡夫であった間は知らなかったから悲嘆もしなかったが、釈尊の御弟子となり、阿羅漢となって天眼という神通力を得るに至って、母が餓鬼道にあるのを知ってしまった。そこで早速、飲食を差し上げたところ、たちまち炎となってますます苦痛を増すばかりであったので、急いで走り帰って、ことの次第を釈尊に申し上げたのである。そのときの目連尊者のご心中をお察しなさい。いま貴殿は凡夫であり、肉眼しかお持ちにならないから両親の姿は御覧になれないけれども、もしも父母がそうだったらとお嘆きになる。このご心情こそ孝養の一分である。梵天・帝釈天・日天・月天・四天王も、きっと同情されることであろう。華厳経には「恩を知らない者は多く不慮の死に遭う」といい、観仏相海経には「恩を知らない者は無間地獄に堕ちる」とある。いま貴殿は孝養の志が厚いから、必ず諸天もお守り下さることであろう(これ一つ)。

辞職のこと


[10]お手紙によると、主君に暇乞いをしたいとお考えのようであるが、よくよく考えてみるとそれは不心得である。この日蓮を日本国の人々が迫害するのは、ひとえに相模殿(北条時宗)の遺恨によるものである。理不尽な政治ではあるけれども、こうした目に遭うことは覚悟の上であるから、いまさらいかなる迫害があろうとも、けっして人を恨んではならないと心にいいきかせていた。それが心の祈りとなったのであろうか、数々の受難も免れて、今日では無事に送れるようになった。日蓮が佐渡の国で餓死もせず、こうして身延の山中で法華経を読誦していられるのは、誰のお蔭であろうか、ひとえに貴殿のお力添えによるものである。また貴殿のお力添えはどうしてできるのかと考えると、主君江馬入道殿の御恩によるものである。そう考えれば、たとえ入道殿ははっきりとご自覚になってはいなくても、きっと入道殿の御祈りともなっているであろう。そうであるならば、それが却って逆に貴殿の御祈りということにもなるのである。また貴殿が父母に孝養を尽くすことができるのも入道殿の御恩である。このように恩義のある主君の御内を去ることは、いかなることがあろうとも許されない。主君の方からたびたび辞するように仕向けられたとしても、また自分の命にかかわるようなことがあろうとも、けっして辞してはならない。前に引いた経文に「恩を知らない者は不慮の死に遭う」とあるが、孝養なる貴殿は不慮の死に遭う心配はないのである。

悪人に害されることなし


[11]鵜という鳥は鉄を食して、その鉄はとけるけれども、腹の中の子はとけることはない。、また石を食する魚があって、その石はとけても腹の中の子は死なない。栴檀の木は火に焼けず、浄居天の火は水に消えない。仏の御身は三十二人の力士が火を付けても焼くことができず、仏の御身から出た火は、三界の竜神が雨を降らせて消そうとしたが消えなかった。貴殿は日蓮の法華経修行の功徳を助けた人であるから、悪人に危害を加えられることはない。万一のことがあれば、それは前世に法華経の行者を迫害した罪が今生に報いるのであるから、こればかりはどんな山中や海上にのがれても免れることはできない。不軽菩が杖木瓦石の責めに値われたのも、目連尊者が竹杖外道に打ち殺されたのも、みなそうした果報である。少しも嘆くことはない。

日常の用心


[12]しかし災難は用心して避けるに越したことはないから、この手紙をご覧になった後は、けっして百日の間、むやみに同僚やその他の人と自宅以外で夜分に酒宴をすることなどは慎まれるがよい。主君から召された場合、昼間ならばすぐに出仕なさってもよいが、夜分ならば三度までは急病といってご辞退なさい。それでもなお御召しになったならば、下僕か他の人に頼んで四辻などを十分に警戒しながら出仕なさるがよい。このように警戒しているうちに、蒙古の軍が押し寄せてくるようなことにでもなれば、そちらに気を取られて、仇を討つというような心も自然に止むであろう。
[13]主君に暇乞いをしたいと言われるが、たとえ自分に過失があっても、みだりにそのようなことをしてはならない。まして過失がないならば、人が何と言っても構うことはない。入道するということも、将来思いのままになる時ならばよろしいが、それでも身にも心にも合わないことがたくさん発生して、かえって悪縁が多いことであろう。近ごろの世の中は、女は尼となって人をたぶらかし、男は入道になって大悪を犯している。貴殿は断じてそのようなことをしてはならない。体に病気はなくても、一、二箇所灸をすえて病気のように見せるがよい。もし騒動などのあった場合には、まず人を遣わして様子を見させるがよい。そのほか詳しいことは書き尽くせない。よって今回は法門のことも書けなかった。申し越された御経は、涼しくなってから書いて進ぜよう。以上、つつしんで申し上げた。
[14]建治二年丙子<日>七月十五日
[15]<人>日 蓮 <花押>花押
[16]<先>四条金吾殿御返事