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瑞相御書

全集 第6巻 2段 定本: #166(定本の該当ページへ)

書下し

瑞相御書ずいそうごしよ


[1]れ天変は衆人のおどろかし、地夭は諸人をうごかす。仏、法華経をとかんとし給ふ時、五瑞六瑞をげんじ給ふ。其の中に地動瑞と申すは、大地六種に震動す。六種と申すは、天台大師文句の三に釈して云く、〔「東涌西没とは、東方は青、肝をつかさどる。肝は眼を主る。西方は白、肺を主る。肺は鼻を主る。これ眼根げんこんの功徳生じて、鼻根びこんの煩悩互いに滅するを表するなり。鼻根の功徳生じて、眼の中の煩悩互いに滅す。余方の涌没して余根の生滅を表するもまたまた」云云。妙楽大師、これを承けて云く、「表根と言うは、眼鼻已に東西を表す。耳舌理として南北に対す。中央は心なり。四方は身なり。身は四根を具す。心はく四を縁す。故に心をもつて身に対して涌没をなす」〕云云。
[2]れ十方は依報えほうなり、衆生は正報しようほうなり。依報は影のごとし、正報は体のごとし。身なくば影なし、正報なくば依報なし。又正報をば依報をもて此れをつくる。眼根をば東方をもつてこれをつくる。舌は南方、鼻は西方、耳は北方、身は四方、心は中央等。これをもつてしんぬべし。かるがゆへに衆生の五根やぶ(破)れんとせば、四方中央をどろう(駭動)べし。されば国土やぶれんとするしるし(兆)には、まづ山くづれ、草木か(枯)れ、江河つくるしるしあり。人の眼耳等きようそう(躁)すれば天変あり。人の心をうごかせば地動す。
[3]そもそいずれの経経にか六種動これなき。一切経を仏とかせ給ひしにみなこれあり。しかれども仏、法華経をとかせ給はんとて六種震動ありしかば、衆もことにをどろき、弥勒みろくも疑ひ、文殊師利もんじゆしりもこたへしは、諸経よりも瑞もおおいに久しくありしかば、疑ひも大いに決しがたかりしなり。故に妙楽の云く、〔「いずれの大乗経にか集衆しゆうしゆう放光ほうこう雨花うけ動地どうちあらざらん。ただし大疑を生ずることなし」〕等云云。此の釈の心はいかなる経経にも、序は候へども、此れほど大なるはなし、となり。されば天台大師の云く、〔「世人おもえらく、蜘蛛くも掛ればすなわち喜び来り、かんじやく鳴けばすなわち行人至ると。小すらなおしるしあり、大なんぞ瑞なからん。近きをもつて遠きを表す」〕等云云。夫れ一代四十余年が間なかりし大瑞を現じて、法華経の迹門をとかせ給ひぬ。
[4]其の上、本門と申すは、又爾前にぜんの経経の瑞に迹門を対するよりも大なる大瑞なり。大宝塔の地よりをどりいでし、地涌千界じゆせんがい大地よりならび出でし大震動は、大風の大海を吹けば、大山のごとくなる大波の、あし(蘆)のは(葉)のごとくなる小船のをひほ(追帆)につくがごとくなりしなり。されば序品の瑞をば弥勒は文殊に問ひ、涌出品の大瑞をば慈氏は仏に問ひたてまつる。これを妙楽釈して云く、〔「迹事は浅近、文殊に寄すべし。本地はことわりかたし、故にただ仏に託す」〕云云。迹門の事は仏説き給はざりしかども、文殊ほぼこれをしれり。本門のことは妙徳すこしもはからず。此の大瑞は在世の事にて候。
[5]仏、神力品じんりきほんにいたて十神力を現ず。此れは又さきの二瑞にはにるべくもなき神力也。序品の放光は東方万八千土、神力品の大放光は十方世界。序品の地動は但三千界、神力品の大地動は諸仏の世界、地皆六種に震動す。此の瑞も又又かくのごとし。此の神力品の大瑞は、仏の滅後正像二千年すぎて末法に入つて、法華経の肝要のひろまらせ給ふべき大瑞なり。経文に云く、〔「仏滅度の後によくこの経を持つをもつての故に、諸仏皆歓喜して無量の神力を現ず」〕等云云。又云く、「悪世末法の時」等云云。
[6]疑つて云く、ずいは吉凶につけて或いは一時二時、或いは一日二日、或いは一年二年、或いは七年十二年か。如何いかんぞ二千余年已後の瑞あるべきや。答て云く、周の昭王の瑞は一千十五年に始めてあい(合)り。訖利季きりき王の夢は二万二千年に始めてあいぬ。に二千余年の事の前にあらは(現)るるを疑ふべきや。
[7]問て云く、在世よりも滅後のずい大なる如何。答て云く、大地の動ずる事は人の六根の動くによる。人の六根の動きの大小によて、大地の六種も高下あり。爾前の経経には、一切衆生煩悩をやぶるやうなれども実にはやぶらず。今法華経は元品がんぽん無明むみようをやぶるゆへに大動あり。末代は又在世よりも悪人多多なり。かるがゆへに在世の瑞にもすぐれてあるべきよしを示現し給ふ。疑つて云く、証文いかん。答て云く、〔「しかもこの経は、如来の現在にすらなお怨嫉おんしつ多し。いわんや滅度の後をや」〕等云云。
[8]ぬる正嘉しようか文永ぶんえいの大地震・大天変は、天神七代・地神五代はさてをきぬ。人王九十代、二千余年が間、日本国にいまだなき天変地夭てんぺんちようなり。人の悦び多多なれば、天に吉瑞をあらはし、地に帝釈の動あり。人の悪心盛んなれば、天に凶変、地に凶夭出来す。瞋恚しんにの大小に随ひて天変の大小あり。地夭も又かくのごとし。今日本国、かみ一人より下万民にいたるまで、大悪心の衆生充満せり。此の悪心の根本は日蓮によりて起れるところなり。
[9]守護国界経しゆごこつかいきようと申す経あり。法華以後の経なり。阿闍世*あじやせ王、仏にまいりて云く、我が国に大旱魃だいかんばつ、大風、大水、飢饉、疫病、年年に起るうえ、他国より我が国をせ(攻)む。しかるに仏の出現し給へる国なり。いかんと問ひまいらせ候しかば、仏答て云く、善きかな、善きかな。大王く此の問をなせり。汝には多くの罪あり。其の中に父を殺し、提婆だいばを師として我を害せしむ。この二罪大なる故、かゝる大難来ること、かくのごとく無量なり。其の中に、我が滅後に末法に入つて、提婆がやうなる僧、国中に充満せば、正法の僧一人あるべし。彼の悪僧等、正法の人を流罪・死罪に行ひて、王のきさき、乃至万民の女を犯して、謗法者の種子の国に充満せば、国中に種種の大難をこり、後には他国にせめらるべし、ととかれて候。
[10]今の世の念仏者かくのごとく候上、真言師等が大慢、提婆達多に百千万億倍すぎて候。真言宗の不思議あらあら申すべし。胎蔵界たいぞうかい八葉はちようの九尊を画にかきて、其の上にのぼりて、諸仏の御かおをふ(踏)みて、灌頂かんじようと申す事を行ふなり。父母の面をふみ、天子のいただきをふむがごとくなる者、国中に充満して上下の師となれり。いかでか国ほろびざるべき。此の事、余が一大事の法門なり。又又申すべし。さき(前)にすこしかきて候。いた(甚)うひとにおほせ(仰)あるべからず。びん(便)ごとの心ざし、一度二度ならねばいかにとも。
現代語訳

瑞相御書


文永一二年(一二七五)二月、五四歳、於身延、四条金吾宛、和漢混淆文、定八七二—八七六頁。

[1]そもそも天空の異常な変動や地上の変災というものは、多くの人々の耳目を驚かし、心を動かすものである。釈尊が法華経をお説きになろうとされた時、五種六種のめでたい兆候を現わされた。その六種の瑞相の中の地動瑞というのは、大地が六種に震動することである。この六種について、天台大師は法華文句巻三に解釈して、「東から涌いて西に没すとは、東方は青色で肝臓をつかさどり、肝臓はまた眼をつかさどる。西方は白色で肺臓をつかさどり、肺臓はまた鼻をつかさどる。されば東方が出て西方が没したというのは、眼の功徳が現われて鼻の煩悩が滅することを示したものであり、その反対に、西方が出て東方が没したというのは、鼻の功徳が現われて眼の煩悩が滅することを示したものである。そのほかの南・北、中央・四方の出没もそれぞれ耳と舌、心と身との功徳と煩悩の生滅を示したものである」と述べている。妙楽大師はこの釈を承けて、「眼と鼻とが東西を表わすから、耳と舌とは道理として南北を表わすことになる。中央は心であり、四方は身を表わすのである。身には眼耳鼻舌の四根を具えていて、心はそれらに一々応ずるのであるから、心と身とが交互に出没するというのである」と解釈している。
[2]ところで、十方の世界は依報であり、衆生は正報である。依報は影のようなもので、正報はその本体のようなものである。身体がなければ影もないのと同じように、正報がなければ依報もないはずである。しかしその正報はまた依報によって作られる。すなわち眼根は東方によって作られ、舌は南方、鼻は西方、耳は北方、身は四方、心は中央によってそれぞれ作られることを知らなければならない。したがって衆生の五根が破れようとする時は、四方や中央の地が驚き動くに違いない。つまり国土が破壊されようとする時には、その前兆として、まず山が崩れ、草木が枯れ、河水が涸れる等の現象が起きる。人の耳目が驚き騒げば天変が起こり、人の心が動揺すると大地が震動するものである。
[3]さて、仏のお説きになられた一切経には、どの経にも六種震動のないものはない。しかし仏が法華経を説かれようとして現わされた六種震動は特に著しく、その座の衆生の驚きも大きかったので、弥勒菩はそれについて疑問を発し、文殊師利菩がこれに答えられたのである。これは、法華経の瑞相は諸経の場合よりも非常に大きくて長かったので、それに対する疑問もきわめて大きかったことを物語っている。それゆえ妙楽大師は法華文句記巻二に「どの大乗経にも、人が雲のように集まったり、仏の眉間から光を放ったり、天から花をふらしたり、大地を動かしたりするような瑞相はあるが、このように大きな疑いを起こしたことはなかった」と釈している。この釈は、どんな経にも正説を起こす前提としてのさきがけがあるが、この法華経のような大瑞を伴ったさきがけはない、という意である。それで天台大師も法華玄義巻六に「世間でも、蜘蛛が掛ると近く喜び事があり、かささぎが鳴けば旅人が来る、と言っている。こうした世間の小事でさえ前兆があるのだから、まして仏法の大事が現われようとするのに、どうして瑞相の現われないはずがあろうか。いま眼前にある世間の事柄から、仏法の深遠の道理が推し量られる」と解釈されている。このように釈尊は一代四十余年の間、一度もなかった大瑞を現わして法華経の迹門をお説きになったのである。
[4]さらに法華経の本門をお説きなる時には、法華経以前の諸経や法華経迹門の瑞相に比べても、はるかに大きな瑞相を現わされている。見宝塔品において大地より多宝塔が躍り出たり、従地涌出品において本化地涌の菩が数限りなく大地から並び出た時の大震動は、ちょうど大風が吹きすさび、大山のような大波がうねる大海の中に、蘆の葉にも等しい小船に帆をあげて出てゆくようなものであった。それゆえ序品の瑞相の時、弥勒菩はその由来を文殊菩に問い尋ね、涌出品の大瑞の時には、弥勒菩が仏に問い奉ったのである。妙楽大師は法華文句記巻三にこれを解釈して、「迹門の事は文殊に頼ることができたが、それに比べて本門の事は深遠で量りがたいので、ただ仏にお頼み申し上げたのである」と述べている。このように迹門のことは仏がお説きにならなくても、文殊が概略を知っていた。ところが本門のことは、文殊でさえ全く推測がつかなかったのである。ただし、このような大瑞は釈尊の御在世の時のことであった。
[5]仏はさらに法華経如来神力品において十大神力を現わされた。これはまた前の序品・涌出品の二瑞よりもはるかに勝れた大神力である。序品の時に仏の眉間から出た光は東方を照らすこと一万八千の国に止まったが、この神力品の大放光は十方の世界をすべて照らした。また序品の地動瑞はただ三千世界に限られたが、神力品の大地動は諸仏の全世界の大地が六種に震動した。その他のきざしもまた、この神力品の大瑞には遠く及ばない。ところで、この神力品の大瑞は、仏の滅後正法および像法の二千年を過ぎて末法に入って、まさしく法華経の肝要の法門、すなわち妙法蓮華経の五字が弘まるというすぐれた前兆である。されば神力品の経文には、「仏の滅後において、よくこの法華経を持つというので、諸仏が皆歓喜して数限りない神通力を現わされた」と説かれ、また、分別功徳品には「末法悪世の時に、よくこの経を持つ者は、仏に諸々の供養をしたのと同じである」と説かれている。
[6]疑いを懐いて言う、そもそも「吉瑞にせよ、凶兆にせよ、その現われるのは早ければ一・二とき前か、あるいは一両日前かであり、長くても一年二年か、七年ないし十二年の後くらいを示すのが世の常であるのに、どうしてそんな二千余年も後の事を示すという瑞相があるものか」と。これに答えて言う、「昔、周の昭王の時代の瑞相は、一千十五年を過ぎた漢の明帝の時代に初めて符合し、太古インドの訖利季王の夢は、二万二千年後にようやく合致したという。それから見れば、今日の瑞相が二千余年前に現われたとしても、何の不思議があろうか」と。
[7]問う、それならば、釈尊の在世よりも却って滅後の瑞相の方が大きいのは何故か。答えて言う、それは前にも述べたように、大地が震動するのは人の六根が動くからである。人の六根の動き方によって、大地の六種の震動にも大小がある。法華経以前の諸経では、一切衆生の煩悩を破ったように見えるが、実はまだ完全に破ってはいない。ところが法華経は元品の無明までも破り尽くすので大震動がみられるのである。末法の時代には釈尊在世よりはるかによこしまな考えの者が多く、法華経は末法の人々の根本の迷いを破るから、釈尊在世よりすぐれた瑞相が現わされたのである。疑って言う、それらの証文はどこにあるか。答えて言う、法華経法師品には、「この法華経を世に弘めようとする者に対しては、釈尊在世でさえ怨み嫉むものが多い。まして釈尊滅後の末法においてはなおさらである」と説かれている。
[8]去る正嘉・文永年中に起こった大地震や大天変は、天神七代・地神五代の神代の昔は別として、神武天皇以来の九十代、二千余年の間、日本国にはいまだかつてなかった天地の変災である。人々の悦びが大きければ、天には吉瑞が現われ、地にはめでたい帝釈の地動瑞が起こる。が、人々の悪心が盛んになれば、天には不吉な天変が現われ、地には不祥な地夭が生ずる。また人々の懐く怒りの大小にしたがって、その現われる天変や地夭にも大小の別がある。現在の日本国は、上は国主から下は全国民に至るまで、大悪心の人々で充満している。この大悪心の起こった原因は、日蓮が法華経を弘めることによって人々の根本の迷いを動かしたためである。
[9]守護国界経という経は、法華経以後に説かれた経であるが、その中に、「阿闍世王が仏の御前に参りて言うには、『わが国には毎年、大旱魃・大暴風・大洪水・飢饉・疫病等が起こるばかりでなく、その上、他国から攻められます。わが国は仏の出現なされた国であるのに、これはいったい何故でしょうか』とお尋ね申し上げた。すると仏は答えられて、『大王よ、それは誠によい質問である。汝にはこれまで犯してきた多くの逆罪がある。その中でも父王を殺した罪と、提婆達多に師事して我を殺そうとした罪、この二つの罪がきわめて重大であるために、そうした大難が数限りなく起こるのである』と述べられた」と説かれている。またその経の中には、「我が滅後の末法に入ると、提婆達多のような悪僧が国中に充満する。その時、必ず一人の正法を弘める僧が出るであろう。悪僧等はこの正法の僧を流罪にしたり死罪に行なったりした上で、王の后をはじめ一般庶民の婦女を犯して、謗法者の子孫を国に充満させる。その時は国内に種々の大難が起こって、ついには他国から攻められるであろう」とも説かれている。
[10]今、わが国の念仏者はまさしくこの通りであって、特に真言師等の大慢心にいたっては、提婆達多より百千万億倍も越えている。その真言宗の奇怪なることを概略申すならば、胎蔵界曼荼羅の八葉院に座する九尊の像を描いて、その上に乗り、諸仏の御面を踏みつけて灌頂という儀式を行なうのである。それはちょうど父母の顔を踏み、主君の頭を踏むような行為であり、こうした悪僧が国中に充満して、上下一同の師として崇められているのである。こんな有様で、どうして国が亡びないでいられようか。この真言宗の邪義を破ることが、私の最も大事な法門であるから、またの機会に再び申すことにしよう。これは以前にも少し書き記したこともあるが、けっして安易に他言されてはならない。御便りあるごとにお寄せいただく一再ならぬ御芳志には、何とも感謝の申し上げようもないほどである。