孝子御書
書下し
孝子御書
[1]御親父御逝去の由、風聞真にてや候らん。貴辺と大夫志の御事は、代、〔末法に入つて〕生を辺土にうけ、法華の大法を御信用候へば、悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり、怨をなさん事疑ひなかるべきところに、案にたがふ事なく親父より度々の御かんだうをかうほらせ給ひしかども、兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か、将た又、薬王・上行の御計らひかのゆへに、ついに事ゆへなく親父の御かんきをゆりさせ給ひて、前に立ちまいらせし御孝養心にまかせさせ給ひぬるは、あに孝子にあらずや。定めて天よりも悦びをあたへ、法華経・十羅刹も御納受あるべし。其の上、貴辺の御事は心の内に感じをもう事候。此の法門、経のごとくひろまり候わば御悦び申し候べし。
[2]穴賢々々。兄弟の御中不和にわたらせ給ふべからず、〳〵。大夫志殿の御文にくはしくかきて候。きこしめすべし。恐々謹言。
[3]弘安二年<日>二月二十八日日>
[4]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
現代語訳
孝子御書
弘安二年(一二七九)二月二八日、五八歳、於身延、池上兵衛志宛、和文、定一六二六—一六二七頁。
[1]お父上が逝去されたとのこと、伝え聞きましたが本当ですか。貴殿と大夫志殿とは、末法の世のしかも辺土に生まれて、法華経を信仰されたのでありますから、さだめし悪鬼が国主や父母等の身に入って迫害をするであろうと思っておりました。案の定、父上からたびたび勘当されながら、兄弟ともにあくまでも信仰を貫かれたことは、かの妙荘厳王を導かれた浄蔵・浄眼二王子の生まれ変わりでありましょうか。それとも薬王菩薩・上行菩薩(薬上菩薩か)のお計らいでありましょうか。ついに父上の勘当も解け、以前からの孝養を貫き通すことができたのは、まことの意味での孝子に違いありません。さぞかし諸天も悦ばれ、法華経守護の十羅刹女もその志を納受せられることでありましょう。そのうえ貴殿に対しては、内心で深く感じ思うことがあるのです。日蓮の主張している法門が、法華経に説かれてある通りに弘まる時には、貴殿と法悦をともにしたいものであります。
[2]けっして貴殿たちは、兄弟仲が不和であってはなりません。くれぐれも申します。くわしいことは兄の大夫志殿への手紙に書いてあるのでお聞き下さい。つつしんで申し述べました。
[3]弘安二年<日>二月二十八日日>
[4]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>