御衣並単衣御書
書下し
御衣並単衣御書
[1]御衣の布、並に御単衣給び候い了んぬ。
[2]鮮白比丘尼と申せし人は、生れさせ給ひて御衣をたてまつりたりけり。生長するほどに次第にこの衣大になりけり。後に尼とならせ給ひければ法衣となりにけり。ついに法華経の座にして記莂をさづかる。一切衆生喜見如来これなり。又法華経を説く人は、「柔和忍辱衣」と申して必ず衣あるべし。
[3]物たねと申すもの、一なれどもうえぬれば多となり、竜は小水を多雨となし、人は小火を大火となす。衣かたびらは一なれども、法華経にまいらせさせ給ひぬれば、法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり。此の仏は再生敗種を心腑とし、顕本遠寿をその寿とし、常住仏性を咽喉とし、一乗妙行を眼目とせる仏なり。「応化非真仏」と申して、三十二相・八十種好の仏よりも、法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給ひ候へ。仏の在世に仏を信ぜし人は仏にならざる人もあり。仏の滅後に法華経を信ずる人は「無一不成仏」と、如来の金言なり。
[4]この衣をつくりて、かたびらをきそい(着添)て、法華経をよみて候わば、日蓮は無戒の比丘なり、法華経は正直の金言なり。毒蛇の珠をはき、伊蘭の栴檀をいだすがごとし。恐恐謹言。
[5]<日>九月二十八日日>
[6]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>
現代語訳
御衣並単衣御書
建治元年(一二七五)あるいは文永七年(一二七〇)の九月二八日、五四歳あるいは四九歳、於身延あるいは鎌倉、富木尼宛、和文、定一一一一—一一一二頁。
[1]法衣用の布、ならびに単衣の帷子ありがたく頂戴いたしました。
[2]昔、インドの鮮白比丘尼という人は、誕生されると同時に衣をお召しになっておられました。成長するに従ってこの衣も大きくなり、後に出家して尼となられてからは法衣となりました。そして法華経説法の座に連なって、ついに成仏の保証を授けられました。その仏名が一切衆生喜見如来であります。また、法華経の法師品には「柔和忍辱の衣」と説かれていまして、法華経を弘通する者は必ず、慈悲にあふれた優しい心と、困難に耐え忍ぶ強い心との両面を備えた衣を着なければならないと教えられております。
[3]すべての物の種というものは、たった一粒であっても、植えれば数を増すものであります。竜は小さな水を大雨として降らし、人は小火であっても大火にすることができます。これらの例のように、法衣の布や帷子は一枚でありましても、法華経にご供養申し上げましたならば、法華経の総字数は六万九千三百八十四文字あって、一字一字はみな生身の仏でありますから六万九千三百八十四の仏にご供養したことになります。法華経の仏は、あたかも腐敗した種が再生するように、成仏不可能とされていた声聞・縁覚の二乗の成仏を心とし、仏の寿命の永遠性が顕わされたことをその寿とし、仏の本性の常住なることを咽喉とし、一仏乗の修行をもって眼目とされる仏なのです。仏が衆生を教化するために現わされた姿は真実の仏ではなく、三十二相・八十種好を具備した応現の仏よりも、法華経の一字一仏の仏こそが真の仏なのであります。仏のご在世に巡り会わせて信者となりながら、成仏できない人もありました。しかし仏の滅後に法華経を信ずる人は「一人として成仏できない者はない」(方便品)と、如来は金言をもって説かれているのです。
[4]この衣を法衣に仕立て、帷子の上に着重ねて法華経をお読みするならば、日蓮は戒律を持つことのない無戒の僧ではありますが、法華経は仏の正直の金言でありますから、たとえば毒蛇が宝珠を吐き出すように、悪臭を放つ伊蘭の群生する場所から芳香なる栴檀を生ずるように、ご供養の功徳はこの上なく尊く、あなたの身に及ぶことは疑いないことであります。以上、つつしんで申し上げました。
[5]<日>九月二十八日日>
[6]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>