尊霊御菩提御書
書下し
尊霊御菩提御書
[1]〔尊霊の御菩提疑ひなき者か。「適時而已」等の釈はこの意か〕。大田殿、次郎入道殿の御事は、〔観心の法門の時申すべし。大田殿御所労の事、これを歎くといえども〕、はた又、転重(後欠)
現代語訳
尊霊御菩提御書
建治元年(一二七五)一一月あるいは文永一〇年(一二七三)、五四歳あるいは五二歳、於身延あるいは佐渡、富木常忍宛、和漢混淆文、定一一一九頁。
[1](前欠)尊霊が菩提を得られることは疑いのないことでありましょう。「時に適うのみ」等という天台大師の解釈はこの意でありましょうか。大田入道殿と曾谷次郎入道殿の法義理解については、観心の法門を説明する時に改めて申し述べましょう。大田殿のご病気の事は歎かわしいことではありますが、あるいはまた過去の重罪を転じて…(後欠)