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智妙房御返事

全集 第5巻 2段 定本: #20393(定本の該当ページへ)

書下し

智妙房御返事ちみようぼうごへんじ


[1]鵞目がもく一貫送り給ひて法華経の御宝前に申し上げ候ひ了ぬ。なによりも故右大将家こうだいしようけの御と、故権こごん太夫だゆう殿の御墓とのやけて候由、承はりてなげき候へば、又八幡大菩並びに若宮のやけさせ給ふ事、いかんが人のなげき候らむ。世間の人々は八幡大菩をば、阿弥陀仏の化身と申すぞ。それも中古なかごろの人々の御言なればさもや。ただし、大隅の正八幡の石の銘には、一方には八幡と申す二字、一方には〔昔し霊鷲山りようじゆせんに在て妙法華経を説て、今正宮の中に在て大菩と示現す等云云〕。月氏がつしにては釈尊と顕はれて法華経を説き給ひ、日本国にしては八幡大菩と示現して、正直の二字を願に立て給ふ。教主釈尊は住劫第九の減、人寿百歳の時、四月八日甲寅の日中、天竺に生れ給ひ、八十年を経て、二月十五日壬申の日御入滅なり給ふ。八幡大菩は日本国第十六代応神天皇、四月八日甲寅の日生れさせ給ひて、御年八十の二月十五日壬申に隠れさせ給ふ。釈仏の化身と申す事は、たれの人かあらそいをなすべき。
[2]しかるに、今日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生、善導*ぜんどう恵心えしん永観*ようかん法然*ほうねん等の大天魔にたぼらかされて、釈尊をなげすてて阿弥陀仏を本尊とす。あまりの物のくるわしさに、十五日を奪ひ取て阿弥陀仏の日となす。八日をまぎらかして薬師仏の日と云云。あまりにをや(親)をにくまんとて、八幡大菩をば阿弥陀仏の化身と云云。大菩をもてなすやうなれども、八幡の御かたきなり。
[3]知らずわさ(左)でもあるべきに、日蓮この二十八年が間、「今此三界こんしさんがい」の文を引て、この迷ひをしめせば、信ぜずばさてこそ有るべきに、い(射)つ、き(切)つ、ころしつ、ながしつ、をう(逐)ゆへに、八幡大菩宅をやいてこそ、天へはのぼり給ひぬらめ。日蓮がかんがへて候し立正安国論*りつしようあんこくろんこれなり。
[4]あわれ他国よりせめ来りて、たかのきじをとるように、ねこのねずみをかむやうにせられん時、あま(尼)や女房どものあわて候はんずらむ。日蓮が一るいを二十八年が間せめ候しむくいに、或はいころ(射殺)し、切りころし、或はいけどり、或は他方へわたされ、宗盛がなわつきてさらされしやうに、すせんまんの人々のなわつきて、せめられんふびんさよ。しかれども日本国の一切衆生は、皆五逆*ごぎやく罪の者なれば、かくせめられんをば天も悦び、仏もゆるし給はじ。あわれはぢ(恥)みぬさきに、阿闍世あじやせ王の提婆だいばをいましめしやうに、真言師・念仏者・禅宗の者どもをいましめて、すこしつみをゆるせさせ給へかし。あらをかし、あらふびん。わわく(誑惑)のやつばらの智者げなれば、まこととて、もてなして事にあはんふびんさよ。恐々謹言。
[5]<日>十二月十八日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>ちめう房御返事
現代語訳

智妙房御返事


弘安三年(一二八〇)一二月一八日、五九歳、於身延、智妙房宛、和漢混交文、定一八二六—一八二八頁。

[1]銭一貫文を御供養としてお送りいただき、その由を法華経の御宝前に申し上げました。なによりも、故源頼朝公の御と故北条義時殿の御墓が焼けたということを承わり、き悲しんでいましたところ、また八幡大菩並びに鶴岡八幡宮が焼失したということで、さぞ人びとのきも大きいことでしょう。世間の人びとは、八幡大菩は阿弥陀仏の生まれ変わりだといっています。それも、中古の人びとの言った言葉なので、それらしく思われます。しかし、大隅の八幡宮の石銘には、一方に八幡という二字が書かれ、一方には昔、霊鷲山で法華経を説き、今正八幡宮に大菩として現われたと書かれています。インドでは釈尊と現われて法華経を説かれ、日本では八幡大菩と現われて、正直の人の頭に宿って守護するという誓いを立てられたのです。教主釈尊は住劫第九の減、人寿百歳という時代に、四月八日甲寅の日、中インドに生まれ、八十年の生涯をもって二月十五日壬申の日に入滅されました。八幡大菩は日本国第十六代応神天皇の四月八日甲寅の日に生まれ、御年八十歳の二月十五日壬申になくなりました。このように両者が符合していることを考えますと、八幡大菩が釈仏の生まれ変わりであることは間違いないところです。
[2]それにもかかわらず、今、日本国の四十五億八万九千六百五十九人のすべての人びとは、善導・恵心・永観・法然らの人心を悩乱する悪魔にだまされて、釈尊を捨てて阿弥陀仏を本尊としています。だまされて心を乱したあまりに、釈尊が入滅された十五日を奪い取って阿弥陀仏の日とし、釈尊の誕生の日である八日をごまかして薬師仏の日としています。度をすぎて本当の親である釈尊を憎むあまり、八幡大菩を阿弥陀仏の生まれ変わりといっています。これは八幡大菩を敬うようにみえますが、逆に八幡大菩の敵となるものです。
[3]知らなければそれもやむをえませんが、日蓮はこの二十八年の間、法華経譬喩品の「今この娑婆世界はわが所有であり、その中の衆生はすべてわが子である」の経文を引用して、迷いを断ち、釈尊こそわれわれの師であることを説き示してきました。しかし、これを信じないばかりか、日蓮を矢で射ったり、切ったり、殺害しようとしたり、あるいは流罪にしたり、追放したりするゆえに、八幡大菩はその住居である神殿を焼いて天へ上ったのです。日蓮が幕府へ上呈した立正安国論に、正法である法華経を信じないから善神が国を捨て去ったのだと指摘したのはまさにこのことです。
[4]ああ、今に蒙古国があたかも鷹が雉を捕るように、猫が鼠を咬むように、この日本を攻めるとき、日蓮を憎んでいる尼や女房たちはさぞうろたえることでしょう。この日蓮の一門を二十八年もの間、迫害しつづけた報いによって、射殺いころされ、切り殺され、あるいは生捕りにされ、あるいは他国に渡されたりして、かの平宗盛が縄にしばられさらされたように、日本国の数千万の人びとが縄にしばられて責められるのは、何とも気の毒なことです。しかしながら、日本国のすべての人びとは、みな、五逆罪を犯した者ですから、このように責められることは、かえって諸天も悦ぶところであり、仏もこの罪を許されることはないでしょう。何とも気の毒なことですが、このような侮りを受ける前に、阿闍世王が提婆達多をいましめたように、真言・念仏・禅宗などの僧たちを誡めて、少しでも謗法の罪を軽くしてほしいものです。何とも醜く、気の毒なことです。人びとを誑惑おうわくする真言・浄土・禅宗などの僧たちが智者のようにみえるからといって、それを真実のことだと思い、このような不幸な事にあうのはまことに気の毒なことといわねばなりません。恐々謹言。
[5]<日>十二月十八日
[6]<人>日 蓮 <花押>花押
[7]<先>智妙房御返事