智妙房御返事
393 智妙房御返事
鵞目一貫送給て法華経の御宝前に申上候了。 なによりも故右大将家の御廟と故権の太夫殿の御墓とのやけて候由承てなげき候へば、又八幡大菩薩並若宮のやけさせ給事、いかんが人のなげき候らむ。
世間の人々は八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申ぞ。それも中古の人々の御言なればさもや。但大隅の正八幡の石の銘には、一方には八幡と申す二字、一方には昔在霊鷲山説妙法華経今在正宮中示現大菩薩等[云云]。月氏にては釈尊と顕て法華経を説給、日本国にしては八幡大菩薩と示現して正直の二字を願に立給。教主釈尊は住劫第九減、人寿百歳の時、四月八日甲寅日中、天竺に生給、八十年を経て、二月十五日壬申日御入滅なり給。八幡大菩薩は日本国第十六代応神天皇、四月八日甲寅日生させ給て、御年八十二月の十五日壬申に隠させ給。釈迦仏の化身と申事はたれの人かあらそいをなすべき。しかるに今日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生、善導・恵心・永観・法然等の大天魔にたぼらかされて、釈尊をなげすてて阿弥陀仏を本尊とす。あまりの物のくるわしさに、十五日を奪取阿弥陀仏の日となす。八日をまぎらかして薬師仏の日と[云云]。あまりにをや(親)をにくまんとて、八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と[云云]。大菩薩をもてなすやうなれども、八幡の御かたきなり。知ずわさ(左)でもあるべきに、日蓮此二十八年が間、今此三界の文を引て此迷をしめせば、信ずばさてこそ有べきに、い(射)つ、き(切)つ、ころしつ、ながしつ、をう(逐)ゆへに、八幡大菩薩宅をやいてこそ天へはのぼり給ぬらめ。日蓮がかんがへて候し立正安国論此なり。
あわれ他国よりせめ来てたかのきじをとるやうに、ねこのねずみをかむやうにせられん時、あま(尼)や女房どものあわて候はんずらむ。日蓮が一るいを二十八年が間せめ候しむくいに、或はいころ(射殺)し、切ころし、或はいけどり、或は他方へわたされ、宗盛がなわつきてさらされしやうに、すせんまんの人々のなわつきて、せめられんふびんさよ。しかれども日本国の一切衆生は皆五逆罪の者なれば、かくせめられんをば天も悦、仏もゆるし給はじ。あわれあわれはぢ(恥)みぬさきに、阿闍世王の提婆をいましめしやうに、真言師・念仏者・禅宗の者どもをいましめて、すこしつみをゆるせさせ給かし。あらをかしあらおかし、あらふびんあらふびん。わわく(誑惑)のやつばらの智者げなれば、まこととて、もてなして事にあはんふびんさよ。恐々謹言。 十二月十八日 日蓮 [花押] ちめう房 [御返事]