両人御中御書
書下し
両人御中御書
[1]大国阿闍梨・ゑもんのたいう志殿等に申す。故大進阿闍梨の坊は、各々の御計らひに有るべきかと存じ候に、今に人も住せずなんど候なるは、いかなる事ぞ。ゆづり状のなくばこそ、人々も計らひ候はめ。くはしくうけ給はり候へば、べん(弁)の阿闍梨にゆづられて候よしうけ給はり候き。又いぎ(違義)あるべしともをぼへず候。それに御用ひなきは、別の子細の候か。その子細なくば、大国阿闍梨・大夫殿の御計らひとして、弁の阿闍梨の坊へこぼ(毀)ちわたさせ給ひ候へ。心けん(賢)なる人に候へば、いかんがとこそをもい候らめ。弁の阿闍梨の坊をすり(修理)して、ひろ(広)く、もら(漏)ずば、諸人の御ために、御たからにてこそ候はんずらむめ。ふゆはせうまう(焼亡)しげし。もしやけ(焼)なばそむ(損)と申し、人もわらいなん。このふみ(文書)ついて両三日が内に事切て、各々の御返事給ひ候はん。恐々謹言。
[2]<日>十月廿日日>
[3]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[4]<先>両人御中先>
[5]ゆづり状をたがうべからず。
現代語訳
両人御中御書
弘安三年(一二八〇)一〇月二〇日、五九歳、於身延、日朗・池上宗仲宛、和文、定一八〇二頁。
[1]大国阿闍梨日朗、衛門大夫志池上宗仲殿に申し伝えます。なき大進阿闍梨の住坊は、あなた方両人が処置すべきものと思っていましたが、今もって誰も住まずに放置してあるのは、どうしたわけでしょうか。故大進阿闍梨の譲状がないので他の人びとも手を出せないのです。くわしく話を聞いてみますと、故人は生前にすでに弁阿闍梨日昭へ譲られていると聞いています。したがって、それに対して異議があるとは考えられません。にもかかわらず、今日までそのように処置しないのは、別の事情があるのでしょうか。そうでなければ故人の譲状のとおりに、日朗と大夫志池上宗仲殿の処置として坊を取り壊し、その用材を日昭殿の坊へ運んで下さい。日昭殿は心賢き人ですから、この用材をどう利用すべきかを考えられるでしょう。日昭殿の住坊を修理して広くし、雨漏りもなくなれば多くの人びとの宝となりましょう。冬は火災が多く、もし焼けたりすれば、損害は申までもなく人のもの笑いとなりましょう。この手紙が到着して二三日のうちに事を決め、お二人の御返事をいただきたいと思います。恐々謹言。
[2]<日>十月二十日日>
[3]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[4]<先>両人御中先>
[5]繰り返しますが、なき大進阿闍梨の譲状に相違してはなりません。