両人御中御書
385 両人御中御書
ゆづり状をたがうべからず 大国阿闍梨・ゑもんのたいう志殿等に申。故大進阿闍梨の坊は各々の御計に有べきかと存候に、今に人も住せずなんど候なるは、いかなる事ぞ。ゆづり状のなくばこそ、人々も計候はめ。くはしくうけ給候へば、べん(弁)の阿闍梨にゆづられて候よしうけ給候き。又いぎ(違義)あるべしともをぼへず候。それに御用なきは別の子細の候か。其子細なくば大国阿闍梨・大夫殿の御計として弁阿闍梨の坊へこぼ(毀)ちわたさせ給候へ。心けん(賢)なる人に候へば、いかんがとこそをもい候らめ。弁の阿闍梨の坊をすり(修理)して、ひろ(広)く、もら(漏)ずば、諸人の御ために御たからにてこそ候はんずらむめ。ふゆはせうまう(焼亡)しげし。もしやけ(焼)なばそむ(損)と申、人もわらいなん。このふみ(文書)ついて両三日が内に事切て各々の御返事給候はん。恐々謹言。 十月廿日 日蓮 [花押] 両人御中