妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

四條金吾殿御返事殿岡事

第二巻 定本番号 20384 弘安3(1280) 分類: その他

祖寿: 59 著作地: 身延 

    384   四條金吾殿御返事
自殿岡米送給候。今年七月盂蘭盆共の僧膳して候。自恣の僧・霊山之聴衆・仏陀・神明も納受随喜し給らん。尽せぬ志、連々の御訪、言を以て尽しがたし。何となくとも殿の事は後生菩提疑なし。何事よりも文永八年の御勘気の時、既に相模国龍口にて頸切れんとせし時にも、殿は馬の口に付て足歩赤足にて泣悲み給事、実にならば腹きらんとの気色なりしをば、いつの世にか思忘るべき。それのみならず、佐渡の島に放たれ、北海の雪の下に埋れ、北山の嶺の山下風に、命助かるべしともをぼへず。年来の同朋にも捨られ、故郷へ帰らん事は、大海の底のちびきの石の思ひして、さすがに凡夫なれば古郷の人々も恋しきに、在俗の宮仕・なき身に、此経を信ずる事こそ希有なるに、山河を陵き、蒼海を経て遥に尋来給志、香城に骨を砕き、雪嶺に身を投し人々にも争か劣り給べき。
又、我身はこれ程に浮び難かりしが、いかなりける事にてや、同十一年の春の比、赦免せられて鎌倉に帰り上りけむ。倩事の情を案ずるに、今は我身に過あらじ。或は命に及ばんとし、弘長には伊豆国、文永には佐渡の島、諌暁再三に及べば留難重畳せり。仏法中怨の誡責をも身にははや免れぬらん。然るに今山林に世を遁れ、道を進んと思しに、人々の語様々なりしかども、旁存ずる旨ありしに依て、当国当山に入て已に七年の春秋を送る。
又、身の智分をば且く置ぬ。法華経の方人として難を忍び、疵を蒙る事は漢土の天台大師にも越、日域の伝教大師にも勝たり。是は時の然らしむる故なり。我身法華経の行者ならば、霊山の教主釈迦・宝浄世界の多宝如来・十方分身の諸仏・本化の大士・迹化の大菩薩・梵・釈・龍神・十羅刹女も、定て此砌におはしますらん。水あれば魚すむ、林あれば鳥来る、蓬莱山には玉多く、摩黎山には栴檀生ず。麗水の山には金あり。今此所も如此。仏菩薩の住給功徳聚之砌也。多くの月日を送り、読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし。然るを毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定て今生一世に消滅すべきか。弥はげむべし、はげむべし。   十月八日   日蓮  花押   四條中務三郎左衛門尉殿  御返事