清澄寺大衆中
書下し
清澄寺大衆中
[1]新春の慶賀自他幸甚幸甚。〔去年来らず、いかん。定めて子細あらんか。抑も参詣を企て候〕ば、伊勢公の御房に十住心論・秘蔵宝鑰・二教論等の真言の疏を借用候へ。〔かくのごときは真言師蜂起の故にこれを申す〕。又止観の第一第二御随身候へ。東春・輔正記なんどや候らん。円智房の御弟子に観智房の持ちて候なる宗要集かし(貸)たび候へ。それのみならず、ふみ(文)の候由も人々申し候し也。早々に返すべきのよし申させ給へ。今年は殊に仏法の邪正たださるべき年か。
[2]浄顕の御房・義城房等には申し給ふべし。日蓮が度々殺害せられんとし、並に二度まで流罪せられ、頸を刎られんとせし事は、別に世間の失に候はず。生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給はりし事ありき。日本第一の智者となし給へと申せし事を、不便とや思し食しけん。明星の如くなる大宝珠を給ひて、右の袖にうけとり候し故に、一切経を見候しかば、八宗並に一切経の勝劣ほぼこれを知りぬ。
[3]其上、真言宗は法華経を失う宗也。これは大事なり。先づ序分に禅宗と念仏宗の僻見を責めて見んと思ふ。その故は、月氏漢土の仏法の邪正はしばらく〔これを置く〕。日本国の法華経の正義を失ふて、一人もなく人の悪道に堕つる事は、真言宗が影の身に随ふがごとく、山々ごとに法華宗に真言宗をあひそひ(副)て、如法の法華経に十八道をそへ、懺法に阿弥陀経を加へ、天台宗の学者の灌頂をして真言宗を正とし、法華経を傍とせし程に、真言経と申すは爾前権経の内の華厳・般若にも劣れるを、慈覚・弘法これに迷惑して、或は法華経に同じ、或は勝れたりなんど申して、仏を開眼するにも仏眼大日の印真言をもつて開眼供養するゆへに、日本国の木画の諸像、皆無魂無眼の者となりぬ。結句は天魔入り替つて、檀那をほろぼす仏像となりぬ。王法の尽きんとするこれなり。この悪真言かまくら(鎌倉)に来りて、又日本国をほろぼさんとす。その上、禅宗・浄土宗なんどと申すは、又いうばかりなき僻見の者なり。
[4]これを申さば必ず日蓮が命と成るべしと存知せしかども、虚空蔵菩薩の御恩をほう(報)ぜんがために、建長五年四月二十八日、安房の国東条の郷、清澄寺道善の房持仏堂の南面にして、浄円房と申す者並に少々の大衆にこれを申しはじめて、その後二十余年が間退転なく申す。或は所を追ひ出され、或は流罪等、昔は聞く不軽菩薩の杖木等を。今は見る日蓮が刀剣に当る事を。
[5]日本国の有智無智上下万人の云く、日蓮法師は古の論師・人師・大師・先徳にすぐるべからずと。日蓮この不審をはらさんがために、正嘉・文永の大地震大長星を見て勘へて云く、我朝に二つの大難あるべし。所謂、自界叛逆難・他国侵逼難也。自界は鎌倉に権の大夫殿御子孫、どしうち(同士打)出来すべし。他国侵逼難は四方よりあるべし。其中に西よりつよくせむべし。これ偏に仏法が一国挙て邪まなるゆへに、梵天帝釈の他国に仰せつけてせめらるるなるべし。日蓮をだに用ひぬ程ならば、将門・純友・貞任・利仁・田村のやうなる将軍、百千万人ありとも叶ふべからず。これまことならずば、真言と念仏等の僻見をば信ずべしと申しひろめ候き。
[6]〔なかんずく〕、清澄山の大衆は日蓮を父母にも三宝にも、をもひをとさせ給はば、今生には貧窮の乞者とならせ給ひ、後生には無間地獄に堕ちさせ給ふべし。故いかんとなれば、東条左衛門景信が悪人として、清澄のかいしゝ(飼鹿)等をかり(狩)とり、房々の法師等を念仏者の所従にしなんとせしに、日蓮敵をなして領家のかたうどとなり、清澄・二間の二箇の寺、東条が方につくならば日蓮法華経をすてんと、せいじやう(精誠)の起請をかいて、日蓮が御本尊の手にゆい(結)つけていのりて、一年が内に両寺は東条が手をはなれ候しなり。この事は虚空蔵菩薩もいかでかすてさせ給ふべき。大衆も日蓮を心へずにをもはれん人々は、天にすてられたてまつらざるべしや。かう申せば愚癡の者は、我をのろう(呪咀)と申すべし。後生に無間地獄に堕ちんが不便なれば申すなり。
[7]領家の尼ごぜんは女人なり、愚癡なれば人々のいひをど(嚇)せば、さこそとまし〳〵候らめ。されども恩をしらぬ人となりて、後生に悪道に堕ちさせ給はん事こそ、不便に候へども、又一つには日蓮が父母等に、恩をかほらせたる人なれば、いかにしても後生をたすけたてまつらんとこそいのり候へ。
[8]法華経と申す御経は別の事も候はず。我は過去五百塵点劫より先の仏なり。又舎利弗等は未来に仏になるべしと。これを信ぜざらん者は無間地獄に堕つべし。我のみかう申すにはあらず、多宝仏も証明し、十方の諸仏も舌をいだしてかう候。地涌千界・文殊・観音・梵天・帝釈・日・月・四天・十羅刹、法華経の行者を守護し給はんと説かれたり。されば仏になる道は別のやうなし。過去の事、未来の事を申しあてて候が、まことの法華経にては候なり。
[9]日蓮はいまだつくし(筑紫)を見ず、えぞ(西戎)しらず。一切経をもて勘へて候へばすでに値ひぬ。もししからば、各々不知恩の人なれば無間地獄に堕ち給ふべしと申候は、たがひ候べきか。今はよし、後をごらんぜよ。日本国は当時のゆき(壱岐)対馬のやうになり候はんずるなり。其後、安房の国にむこ(蒙古)が寄せて責め候はん時、日蓮房の申せし事の合たりと申すは、偏執の法師等が口すくめて無間地獄に堕ちん事、不便なり不便なり。
[10]<日>正月十一日日>
[11]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[12]<先>安房の国清澄寺大衆中先>
[13]このふみは、さど(佐渡)殿とすけあさり(助阿闍梨)御房と虚空蔵の御前にして、大衆ごとによみきかせ給へ。
現代語訳
清澄寺大衆中
建治二年(一二七六)正月一一日、五五歳、於身延、安房国清澄寺大衆中宛、和漢混交文、定一一三二—一一三六頁。
[1]新春を迎え慶賀申し上げます。去年、この身延にお見えになりませんでしたが、何か変わったことがあったのではと案じています。もし身延山に参詣されるようでしたら、伊勢公から十住心論・秘蔵宝鑰・二教論の真言宗の書物を借用してお持ちいただきたいのです。これは近ごろ真言師らが日蓮と対論しようと騒ぐので、その対策のために必要なのです。また、摩訶止観の第一巻・第二巻、東春・輔正記などもお持ちいただきたいのです。さらに円智房の弟子の観智房が所持している宗要集も借りていただきたいのです。そのほかにも、観智房は多くの書物を所持していると聞いていますが、早々にお返しするからといって借りていただきたいと思います。今年こそ、仏法の邪正が糺明される年だと思われます。
[2]浄顕房・義城房らに次のことどもを申し伝えていただきたいと思います。日蓮がこれまでたびたび殺害されようとし、また伊豆・佐渡と二度まで流罪され、首を切られようとしたのは、世間の罪を犯したからではありません。日蓮は幼少のころ、生身の虚空蔵菩薩から大きな智慧をたまわったことがあります。日蓮がそのおり、日本第一の智者となしたまえと祈りましたことを気の毒に思われたのでありましょうか、明星のような大宝珠を右の袖に授かりました。そのおかげで一切経を読み、八宗並に一切経の勝劣をほぼ知ることができるようになったのです。
[3]真言宗は法華経を滅ぼす宗旨ですが、これを責めることは重要事ですので、まず序分として禅宗と念仏宗の誤った教義を破折したのです。真言宗が法華経を滅ぼすについては理由があります。インドや中国における仏法の邪正はしばらくおいて、日本国の人びとが法華経の正義を破り、一人残らず悪道に堕ちるのは、影が身に随うように、どこの寺でも法華宗に真言宗を付け加えたからです。そして、法華経の正しい修行に真言の十八道の修行を加えたり、法華懺法に阿弥陀経を加えて阿弥陀懺法を始めたり、天台宗の学僧が法を伝える灌頂を行なうのに、真言宗を正とし、法華経を傍としたからです。もともと真言の経は、法華経以前に説かれた権教の中の華厳経や般若経よりも劣った経でありますのに、慈覚大師や弘法大師はこれに迷い、理においては法華経と同じであるとか、あるいは勝れているなどと主張して、仏像の開眼供養を行なうにも、大日経の仏眼法の印真言によったため、日本国中の木像や絵像の諸像はみな魂のないものとなったのです。最後には天魔が仏像に入れ替わって、供養する信者をも滅ぼす仏像となったのです。朝廷が滅亡しようとしているのもこのためなのです。この悪法である真言が鎌倉に伝わり、今や日本全体を滅ぼそうとしています。その上、禅宗・浄土宗なども何ともいいようもないほどの誤った考えの者たちです。
[4]このことを申し始めれば、必ず日蓮の命は奪われるだろうと承知していましたが、虚空蔵菩薩の御恩に報いるために、建長五年(<暦>一二五三暦>)四月二十八日、安房の国東条の郷の清澄寺にある道善房の持仏堂の南面で、浄円房やわずかの清澄寺の人たちに、諸宗の誤っていることと法華経の勝れていることを初めて申し述べました。その後、二十余年の間、やめることなく説きつづけてきたために居所を追われ、あるいは流罪となりました。これは昔、不軽菩薩が法華経を弘めて人びとから杖木で打たれましたが、今は日蓮が同じ法華経を弘通したために刀剣の難にあっているのです。
[5]日本国の智者も愚者も万人一同に、日蓮法師がどうして昔の論師・人師・大師・先徳より勝れているといえるのかといい、日蓮の主張を信じようとしません。そこで日蓮は、この不審をはらすために正嘉元年(<暦>一二五七暦>)の大地震、そして文永元年(<暦>一二六四暦>)に大彗星が現われたのを見て、近く日本に二つの大難がおこることを予言しました。自界叛逆難と他国侵逼難がそれです。内乱である自界叛逆難は鎌倉の権の大夫北条義時殿の子孫に同士討ちが起こり、他国からの侵略である他国侵逼難は、四方より起こるが、そのなかでも西の方から強く攻めてくるであろう。それというのも、日本中の仏法がことごとく誤っているため、正法を守護する梵天・帝釈天が他国に命じて攻めさせるからである。今、この日蓮の教えを採用しなければ、平将門・藤原純友・安倍貞任・藤原利仁・坂上田村麿のような将軍が百千万人いてもかなうはずがない。この予言が違っているならば、真言宗や念仏の誤った教えを信じたらよいであろうと申し弘めてきたのです。
[6]とりわけ、清澄寺の人びとは、この日蓮を父母や三宝と同じように思わなければ、この世では貧しい乞食となり、来世には必ず無間地獄に堕ちることになりましょう。その理由は、悪人であった地頭東条景信がかつて清澄寺の飼っている鹿を狩り取ったり、寺々の法師たちを念仏者にしようとしたとき、日蓮がそれに反対して領家の味方となり、清澄と二間の寺が東条景信につくならば日蓮は法華信仰を捨てようと、心をこめて起請文を書き日蓮の本尊に結びつけて祈ったところ、祈りが通じたのか一年もたたないうちに両寺は東条景信の手を離れることになったのです。このことはよもや虚空蔵菩薩もお忘れになることはありません。清澄の人びとも日蓮をいぶかしく思う人は、必ずや諸天に捨てられることになりましょう。このようにいいますと、愚かな人たちは日蓮は自分たちを呪うのかと思うかも知れませんが、そうではなく、来世に無間地獄に堕ちるのが気の毒に思うので申し上げているのです。
[7]領家の尼御前は女性であり、愚かな人でありますから、人びとに嚇かされて日蓮の教えに背いたのでありましょう。しかし、法華経の御恩を忘れて、来世に悪道に堕ちることはいかにも気の毒でありますし、また日蓮の父母が御恩を受けた人でもありますので、なんとかして地獄に堕ちることから助けてあげたいと祈っているのです。
[8]法華経というお経は特別のことを説いたものではありません。法華経には久遠実成の釈尊、つまり自分は実に過去五百億塵点劫の昔にすでに成仏していた仏であることと、二乗作仏、つまり諸経では成仏できないとされていた舎利弗らの二乗も、未来には必ず仏になれるということが説かれています。このことを信じない者は、無間地獄に堕ちるでありましょう。これは日蓮がいうのではなく、多宝如来も十方の諸仏も真実であることを証明されています。地涌千界の菩薩や文殊・観音・梵天・帝釈天・日・月・四天・十羅刹女たちも法華経の行者を守護すると説かれているお経です。そうであるならば、仏になる道は他にありません。過去や未来のことを間違いなく説きあかすのが法華経であり、この法華経を受持していくのが真の法華経の行者であり、成仏への道なのです。
[9]日蓮はいまだ筑紫の国を見たこともなければ、蒙古国のことも知りませんが、一切経を閲読して考えた結果、蒙古が攻め寄せてくるという予言が的中しました。したがって、あなた方は法華経の恩を知らない人たちですから、無間地獄に堕ちるであろうと日蓮が主張してきたことも、また間違いなくあたるでしょう。今はよいでしょうが、後に必ず後悔するでしょう。日本国は蒙古から攻められて、今の壱岐・対馬のようになるでしょう。そして、この安房の国に蒙古が攻め寄せてきたとき、誤った教えを信じていた法師たちは口をすぼめて、日蓮房の申していたことは間違いなかったといいながら、無間地獄に堕ちていくことは何とも気の毒なことです。
[10]<日>正月十一日日>
[11]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[12]<先>安房の国清澄寺大衆中へ先>
[13]この手紙は、日向殿と助阿闍梨御房殿とで、虚空蔵菩薩の御前で清澄寺の大衆一同に読み聞かせていただきたいと存じます。