浄蓮房御書
書下し
浄蓮房御書
[1]細美帷一つ送り給ひ候畢ぬ。善導和尚と申す人は、漢土に臨淄と申す国の人也。幼少の時、密州と申す国の明勝と申す人を師とせしが、彼の僧は法華経と浄名経を尊重して、我も読誦し人をもすゝめしかば、善導にこれを教ゆ。善導これを習ひて師のごとく行ぜし程に、過去の宿習にや有りけん。案じて云く、仏法には無量の行あり。機に随て皆利益あり。教いみじといへども、機にあたらざれば虚きがごとし。されば我れ法華経を行ずるは、我が機に叶はずばいかんが有るべかるらん。教には依るべからずと思ひて、一切経蔵に入り、両眼を閉じて経をとる。観無量寿経を得たり。披見すればこの経に云く、〔「未来世の煩悩の賊に害せらるる者のため、清浄の業を説く」〕等云云。華厳経は二乗のため、法華経・涅槃経等は五乗にわたれども、たいし(大旨)は聖人のためなり。末法の我等が為なる経はただ観経にかぎれり。
[2]釈尊最後の遺言には、涅槃経にはすぐべからず。かの経には七種の衆生を列ねたり。第一は入水則没の一闡提人也。生死の水に入りしより已来いまに出でず。譬へば大石を大海に投入たるがごとし。身重くして浮ぶことを習はず。常に海底に有り。これを常没と名く。第二をば出已復没と申す。譬へば身に力有りとも、浮ぶことをならはざれば出で已つて復入りぬ。これは第一の一闡提の人には有らねども、一闡提のごとし。又常没と名く。第三は出已不没と申す。生死の河を出でてよりこのかた没することなし。これは舎利弗等の声聞なり。第四は出已即住。第五は観方。第六は浅処。第七は到彼岸等也。第四・第五・第六・第七は縁覚・菩薩也。
[3]釈迦如来世に出でさせ給ひて、一代五時の経々を説き給ひて、第三已上の人々を救ひ給ひ畢ぬ。第一は捨てさせ給ひぬ。法蔵比丘阿弥陀仏、これをうけとて四十八願を発して迎ひとらせ給ふ。十方三世の仏と釈迦仏とは、第三已上の一切衆生を救ひ給ふ。あみだ(阿弥陀)仏は第一・第二を迎ひとらせ給ふ。しかるに今末代の凡夫は第一・第二に相当れり。しかるを浄影大師・天台大師等の他宗の人師は、この事を弁へずして、九品の浄土に聖人も生ると思へり。誤りが中の誤り也。
[4]一向末代の凡夫の中に上三品は遇大、始めて大乗に値へる凡夫。中の三品は遇小、始めて小乗に値へる凡夫。下の三品は遇悪、一生造悪無間非法の荒凡夫。臨終の時、始めて上の七種の衆生を弁へたる智人に行きあひて、岸の上の経経をうちすてて、〔水に溺るゝ〕の機を救はせ給ふ。観経の下品下生の大悪業に、南無阿弥陀仏を授けたり。
[5]されば我一切経を見るに、法華経等は末代の機には千中無一也。第一第二の我等衆生は、第三已上の機の為に説かれて候法華経等を、末代に修すれば身は苦しんで益なしと申して、善導和尚は立所に法華経を抛すてゝ観経を行ぜしかば、三昧発得して阿弥陀仏に見参して、重ねてこの法門を渡し給ふ。四帖の疏これ也。導の云く、〔「しかるに諸仏の大悲は苦なる者において、心偏に常没の衆生を愍念す。これをもつて勧て浄土に帰せしむ。また水に溺るるの人のごとく急にすべからく偏に救うべし。岸上の者何ぞ用て済うことをなさん」〕と云云。又云く、〔「深心と言えるは即ちこれ深信の心なり。また二種あり。一には決定して自身は現にこれ罪悪生死の凡夫なり、曠劫よりこのかた常に没し常に流転して、出離の縁あることなしと深信す。又云く、二には決定して彼の阿弥陀仏の四十八願は、衆生を摂受したまうこと疑いなく、慮りなく彼の願力に乗ずれば、定で往生を得ると深信す」〕云云。
[6]この釈の心は、上にかき顕して候浄土宗の肝心と申すはこれ也。我等末代の凡夫は、涅槃経の第一・第二也。さる時に釈迦仏の教には、〔出離の縁あることなし〕。法蔵比丘の本願にては定得往生と知るを、三心の中の深心とは申す也等云云。これ又、導和尚の私義にはあらず。綽禅師と申せし人の、涅槃経を二十四反かう(講)ぜしが、曇鸞法師の碑の文を見て立所に涅槃経を捨てゝ、観経に遷りて後、この法門を導には教へて候也。鸞法師と申せし人は斉の代の人也。漢土にては時に独歩の人也。初には四論と涅槃経とをかうぜしが、菩提流支と申す三蔵に値ひて、四論と涅槃を捨て観経に遷りて往生をとげし人也。三代が間伝へて候法門也。漢土日本には八宗を習ふ智人も、正法すでに過ぎて像法に入りしかば、かしこき人々は皆自宗を捨てゝ、浄土の念仏に遷りし事これ也。日本国のいろはは、天台山の慧心の往生要集これ也。三論の永観が十因往生講式、此等皆この法門をうかがい得たる人々也。法然上人も亦爾也云云。
[7]日蓮云く、この義を存ずる人々等も、ただ恒河の第一第二は一向浄土の機と云云。これこの法門の肝要か。日蓮涅槃経の三十二と三十六を開き見るに、第一は誹謗正法の一闡提、常没の大魚と名けたり。第二は又常没。その第二の人を出ださば提婆達多・瞿伽梨・善星等也。これは誹謗五逆の人々なり。詮ずる所、第一第二は謗法と五逆也。
[8]法蔵比丘の〔「たとい我仏を得んに、十方の衆生至心に信楽して我国に生んと欲し、乃至十念してもし生ぜずんば正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とを除く」〕云云。この願のごときんば、法蔵比丘は恒河の第一第二を捨はてゝこそ候ぬれ。導和尚のごとくならば、末代の凡夫阿弥陀仏の本願には千中無一也。法華経の結経たる普賢経には、五逆と誹謗正法は一乗の機と定め給ひたり。されば末代の凡夫の為には、法華経は十即十生、百即百生也。善導和尚が義に付て申す詮は私案にはあらず。阿弥陀仏は無上念王たりし時、娑婆世界は已にすて給ひぬ。釈迦如来は宝海梵志としてこの忍土を取り給ひ畢ぬ。十方の浄土には誹謗正法と五逆と一闡提とをば迎ふべからずと、阿弥陀仏・十方の仏誓ひ給き。宝海梵志の願に云く、〔「即ち十方浄土の擯出の衆生を集めて我れまさにこれを度すべし」〕云云。法華経に云く、〔「ただ我一人のみよく救護をなす」〕等云云。「唯我一人」の経文は堅きやうに候へども、釈迦如来の自義にはあらず。阿弥陀仏等の諸仏我と娑婆世界を捨てしかば、教主釈尊「唯我一人」と誓つて、すでに娑婆世界に出で給ひぬる上は、なにをか疑ひ候べき。
[9]鸞・綽・導・心・観・然等の六人の人々は智者也。日蓮は愚者也、非学生也。ただし上の六人は何れの国の人ぞ、三界の外の人か、六道の外の衆生か。阿弥陀仏に値ひ奉りて、出家受戒して沙門となりたる僧か。今の人々は将門・純友・清盛・義朝等には種性も及ばず、威徳も〔足らず〕。心のかう(剛)さは申すばかりなけれども、朝敵となりぬれば其人ならざる人々も、将門か純友かと舌にうちからみて申せども、彼の子孫等もとがめず。義朝なんど申すは故右大将家の慈父也。子を敬ひまいらせば父をこそ敬ひまいらせ候べきに、いかなる人々も義朝・為朝なんど申すぞ。これ則ち王法の重く逆臣の罪のむくゐ也。上の六人も又かくのごとし。
[10]釈迦如来世に出でさせ給ひて、一代の聖教を説きをかせ給ふ。五十年の説法を我と集めて、浅深勝劣、虚妄真実を定めて、四十余年は〔いまだ真実を顕わさず〕。已今当第一等と説かせ給ひしかば、多宝十方の仏真実なりと加判せさせ給ひて定めをかれて候を、彼六人は未顕真実の観経に依りて、皆是真実の法華経を第一第二の悪人の為にはあらずと申さば、今の人々は彼にすかされて数年を経たるゆへに、将門・純友等が所従等、彼を用ひざりし百姓等を或は切り、或は打ちなんどせしがごとし。彼をおそれて従ひし男女は官軍にせめられて、彼人人と一時に水火のせめに値ひしなり。
[11]今日本国の、一切の諸仏菩薩・一切の経を信ずるやうなれども、心は彼の六人の心也。身は又彼の六人の家人也。彼の将門等は官軍の向はざりし時は、大将の所従知行の地しばらく安穏なりしやうなりしかども、違勅の責め近づきしかば、所は修羅道となり、男子は厨者の魚をほふ(屠)るがごとし。炎に入り水に入りしなり。今日本国も又かくのごとし。彼六人が僻見に依つて、今生には守護の善神に放されて三災七難の国となり、後生には一業所感の衆生なれば、阿鼻大城の炎に入るべし。法華経の第五の巻に、末代の法華経の強敵を仏記し置き給へるは、〔「六通の羅漢のごとくならん」〕と云云。上の六人は尊貴なること〔六通を現ずる羅漢のごとし〕。
[12]しかるに浄蓮上人の親父は彼等の人々の御檀那也。仏教実ならば無間大城疑ひなし。又君の心を演ぶるは臣、親の苦をやすむるは子也。目犍尊者は悲母の餓鬼の苦を救ひ、浄蔵浄眼は慈父の邪見を翻し給ひき。父母の遺体は子の色心也。浄蓮上人の法華経を持ち給ふ御功徳は慈父の御力也。提婆達多は阿鼻地獄に堕ちしかども、天王如来の記を送り給き。彼は仏と提婆と同性一家なる故也。これは又慈父也、子息也。浄蓮上人の所持の法華経、いかでか彼の故聖霊の功徳とならざるべき。事多しと申せども止め畢ぬ。三反人によませてきこしめせ。恐恐謹言。
[13]<日>六月二十七日日>
[14]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[15]返す返すするが(駿河)の人々みな同じ御心と申させ給ひ候へ。
現代語訳
浄蓮房御書
建治元年(一二七五)六月二七日、五四歳、於身延、浄蓮房宛、和漢混交文、定一〇七二—一〇七八頁。
[1]麻布の帷一枚、ありがたく頂戴いたしました。善導和尚という人は、中国の山東省の臨淄に生まれました。幼少のころ、密州の三論宗の高僧である明勝を師として学んでいます。明勝は法華経と維摩経を尊重し、自分も読誦するとともに人にも勧めていましたので、この両経を学ぶことを善導にも教えたのです。善導はこの両経を師のように修行しましたが、過去の宿習でしょうか、仏法には種々さまざまな修行があるが、それはみな、修行する人の能力に応じてそれぞれ利益がある。いかに教えが勝れていても、その人の能力に相応しなければ無駄になってしまう。いま自分がいかに勝れた法華経を修行しても、自分の能力に適わなければまったく無駄になるだろう。人の能力こそが大事であり、教えの勝劣や浅深によるべきではないのだと考えて、一切経蔵に入り両眼を閉じ、手探りで取り上げたのが観無量寿経でした。善導がただちにこの経を見ますと、「未来世に、煩悩により心身を苦しめられる人びとのために、この清浄な修行法を説く」と記されています。華厳経は声聞・縁覚の二乗のため、そして法華経と涅槃経は人間・天界・声聞・縁覚・菩薩の五乗のために説かれたものですが、主旨は能力の勝れた聖者のための経であり、末法の劣った能力のわれらのための経は、ただこの観無量寿経にかぎるのです。
[2]釈尊が最後に説かれた経は涅槃経です。その涅槃経には七種の衆生をあげています。第一は入水即没の一闡提人で、生死の大海に入ったまま浮かび出ることのできない人です。あたかも、大石を大海に投げ入れたように、身が重くて浮かぶことができず、いつまでも海底に没しているために常没といっています。第二は出已復没といって、しばらくは水に浮かぶが、じきに没するものです。たとえば、その身に浮かぶ力はあるが、浮かぶことを習っていないので、浮かび出るかと思うとまた没するようなものです。これは第一の常没一闡提の人ではありませんが、それとほぼ同じでまた常没ともいうのです。第三は出已不没といい、生死の河を離れてもはや没することのない人で、舎利弗らの声聞の位にある人たちのことです。第四は出已即住の人で、浮かぶことを知って水面に出たけれども出処を知らない人であり、第五は水面に浮かび四方を見て怖れて去る人、第六は水面に浮かび賊を見て浅い処に住する人、第七はすでに彼岸に至って恐怖なく大快楽を受ける人のことで、第四から第七までが縁覚・菩薩の位にある人たちのことです。
[3]釈尊は世に出られて、一代を五つの時期に分けて諸経を説かれ、第三以上の人びとを救済しましたが、第一、第二の人びとは救済しませんでした。それを阿弥陀仏が法蔵比丘として修行していたとき四十八願を発して、釈迦仏と同じように十方三世の諸仏も第三以上の人びとしか救済しなかったのを、阿弥陀仏は捨てられた第一、第二の劣る人びとを浄土へ迎え入れたのです。まさに今の末代の人びとは、その第一、第二にあたります。ところが、浄影大師慧遠や天台大師智顗らの他宗の先師たちは、このことを区別しないで観無量寿経に説く阿弥陀の九品の浄土に、第三以上の聖人も往生すると考えているのは、まことに大きな誤りといわねばならないのです。
[4]すべての末代の凡夫のなかで、上品上生・上品中生・上品下生の上位の三品は遇大といい、はじめて大乗の教えに遇った者であり、中品上生・中品中生・中品下生の中位の三品は遇小といい、はじめて小乗の教えに遇った者です。そして、下品上生・下品中生・下品下生の下位の三品は遇悪といい、一生、罪悪を行ない仏法に背く大悪人です。これらの人びとが臨終のときに、はじめて前の七種の人びとを判別した智者に遇うことができ救済されるのです。このとき、智者は岸の上にいる能力の上の人たちの教えである華厳経や法華経を捨てて、水に溺れている人びと、すなわち観無量寿経の下品下生の大悪人に南無阿弥陀仏の名号を授けて救済されるのです。
[5]それゆえ、善導はいま一切経に目をとおして、法華経などは末代の人びとの能力にふさわしい教えでなく、いかに修行しても千人に一人も成仏する者はないとしました。したがって、涅槃経の第一、第二の常没の下根にあたる末世のわれらは、いかに第三以上の上位の能力をもつ人びとのために説かれた法華経を修行しても、ただ苦しむばかりで何の利益もないといって、善導はすぐに法華経を捨て観無量寿経を修行したのです。その結果、証をえて阿弥陀仏に拝謁し、教えを伝受されて書いたのが玄義分・序分義・定善義・散善義の四帖の疏です。その玄義分で善導は「諸仏の大慈悲心は、常に煩悩に苦しめられ、生死の大海に溺れている人びとを愍れむもので、それらを浄土に勧め迎えられるのである。また、水に溺れている人は速やかに救わなければならないが、岸の上にいる人は安全だからその必要はないのだ」といっています。また、観無量寿経に説く深心について善導は、「深心というのは深信のことである。この深信に二種ある。一つは自分は疑いなく罪深い凡夫で、無限の昔から生死の海に漂って、浮かび出る縁のない者であると深く信ずること。二には阿弥陀仏の四十八願はわれら衆生を正法に入らしめてくれるのであるから、疑うことなくその願力に頼るならば、疑いなく浄土に往生できると深く信ずることだ」といっています。
[6]この善導の釈の心は、前に書きましたように浄土宗の肝要というべきものです。末代の凡夫である我々は、涅槃経にいう第一、第二の常没一闡提にあたりますから、釈迦仏の教えでは救われません。ひたすら、阿弥陀仏の本願によって必ず浄土へ往生できるとわきまえることを、観無量寿経に説く深心というのだというのです。しかし、この釈は善導の立てた教えではなく、道綽禅師が立てた教えです。道綽禅師は涅槃経を二十四回も講義したほどの人ですが、曇鸞法師の書いた碑文を見てただちに涅槃経を捨てて観無量寿経を信奉し、この教えを善導に伝えたものです。曇鸞法師は斉の時代の人で、当時きわめて勝れた学僧でした。最初は百論・中論・十二門論・大論の四論と涅槃経とを講義していましたが、たまたまインドから渡ってきた菩提流支という学僧に遇って教えを受け、四論と涅槃経とを捨てて観無量寿経を信奉して往生をとげた人です。このように、浄土宗の教えは三代にわたって伝えられてきたものです。しかし、中国・日本において八宗を学ぶほどの智者たちも、正法の時代が過ぎ像法の時代になると、教えを受容する能力が劣ってきたため、賢人たちまでが自分の宗旨を放棄して、もっぱら浄土往生の念仏を信仰する傾向が強まってきました。日本では比叡山の慧心僧都が著わした往生要集がもっとも早く、ついで南都の東大寺で三論を学んだ永観の往生拾因、往生講式によくあらわれています。これらの人びとはいずれも浄土の教えを理解した人で、法然もまたその一人です。
[7]この往生浄土の教えを信ずる人びとは、もっぱら恒河の水に溺れる第一、第二の劣っている人びとで、これらがすべて浄土に往生すべき人であるとしています。そして、これが浄土宗の肝要な教えのようです。しかし、日蓮が涅槃経の北本の三十二巻と三十六巻を見ますと、第一の人たちは正法を誹謗する一闡提のことで、これを常没の大魚といっています。第二の人びとはまた常没の悪人ですが、例をあげれば提婆達多・瞿伽梨・善星らがそれです。この人たちは正法を誹謗し、五逆罪を犯した人たちで、つまり涅槃経に第一、第二と説いているのは謗法罪と五逆罪を犯した人たちのことなのです。
[8]しかるに、法蔵比丘の立てた四十八願の第十八願には、「たとえ自分が仏になるとしても、すべての人びとが至心にわが浄土に往生することを願い、十遍の念仏を修しても往生することができないものがあったなら、自分は断じて正覚をとらない。しかし、五逆罪を犯した者と正法を誹謗した者は除く」とあります。この願のとおりならば、五逆と正法を誹謗するものとを除くというのですから、法蔵比丘は恒河七種の第一、第二の人びとを捨てられていることになるではありませんか。また、善導和尚のいうとおりならば、末代の凡夫で阿弥陀仏の本願に叶うものは、千人に一人もないことになります。法華経の結経である普賢経には五逆罪を犯した者と正法を誹謗したものは、法華経によってのみ救われると断定しています。したがって、末代に法華経を行ずるわれわれ凡夫は、十人が十人、百人が百人みな成仏することは疑いないのです。いま、善導和尚が立てた教えを破折するのは、日蓮の考えで申しているのではありません。阿弥陀如来が昔、無上念王であったとき、この娑婆世界を捨てられたので、まだ宝海梵志だった釈迦如来がこの忍土である娑婆世界を救済すべく取られたのです。また、阿弥陀仏や十方の諸仏は、正法を誹謗する者と五逆罪を犯す者と一闡提の者は、わが浄土へ迎え取らないと誓われたので、宝海梵志は願を立て「十方の浄土から追放された衆生を集めて自分が救済しよう」といわれ、また法華経には「ただ我一人のみよく衆生を救い護る」と説かれているのです。この「ただ我一人のみ」の経文は、たいへん強い言い方のようですが、釈迦如来の考えではなく、阿弥陀仏などの十方の諸仏がみずからこの娑婆世界の人々を捨ててしまったので、教主釈尊は「唯我一人」と誓われたのです。そして、そのためにこの娑婆世界に出現されたのですから、もはや疑うべき余地はないのです。
[9]曇鸞・道綽・善導・慧心・永観・法然らの六人の念仏者は智者ですが、日蓮は愚者であり、学僧でもありません。しかし、この六人の人たちはどこの国の人なのでしょうか。三界以外に住み、あるいは六道以外に住する人たちなのでしょうか。あるいは阿弥陀仏に遇い、出家受戒して僧となった者なのでしょうか。まさかそうではないでしょう。たとえていうならば、今の人びとは平将門・藤原純友・平清盛・源義朝などには家柄もおよばず、威徳も足らず、心の強さもさらにおよばないのですが、彼らが一度朝敵となったために、下賤の者までが将門か、純友かなどと罵っても、その子孫たちは咎めようともしません。とりわけ、源義朝は故右大将源頼朝の父ではありませんか。子供の頼朝を敬うのであれば、当然父の義朝を敬うべきでありますのに、いかなる人でも義朝、為朝などと卑下して呼び捨てにしているとはどうしたことでありましょうか。これは国の政令は重く、謀叛をした人の罪の報いによるものです。先にのべた曇鸞・道綽・善導・慧心・永観・法然らの六人の念仏者もまたそのとおりなのです。
[10]釈尊は世に出現されて、その一代のなかで多くの教えを説かれました。その五十年の説法をご自身で教えの浅いものと深いもの、劣ったものと勝れたもの、方便と真実のあることを定められて、法華経以前に説かれた四十二年間の諸経には真実の教えを説いておらず、法華経こそ過去・現在・未来の三世にわたって最勝真実の教えであると説かれました。それゆえ、多宝如来も十方世界の諸仏も、みな真実であると証明したのです。ところが、先に述べた曇鸞・道綽・善導・慧心・永観・法然の六人は、釈尊がいまだ真実を説かれていない観無量寿経を信奉し、真実を説かれた法華経に対して第一、第二の常没の衆生を救うための教えではないと主張しましたので、今の人びとはその言葉にだまされてすでに多年を経ています。これはあたかも、平将門・藤原純友などの家来たちが、その命令にしたがわなかった百姓たちを切ったり打ったりしましたが、その責めをおそれて従った人びとは、のちに官軍に攻められて彼らといっしょに火水の責め苦にあったようなものです。
[11]今の日本国の人びとは、すべての諸仏・諸菩薩や、すべての経々を信奉しているようではありますが、心は彼ら六人の説にしたがい、身もまた彼らに服属しています。かの将門たちは官軍から攻められなかったときは、大将や家臣の所領もしばらくは安穏でしたが、勅命違犯を責める官軍が近づいてきたときは、その地は修羅道と変わり、家来たちは爼上の魚のように火水の責め苦にあったのです。今、日本国の人びともそれと同じで、かの六人の念仏者の誤った教えにより、今生には守護の善神に見放されて三災七難の起こる国となり、後生には謗法という同一の業因によって、すべての人びとが阿鼻地獄の炎に焼かれるでありましょう。法華経の第五巻の勧持品には、末代の法華経の強敵を「六神通を得た羅漢のような相を現わしている人びと」と記されていますが、上記の六人の尊貴なることは、この経文にいう六神通を得た羅漢のような人びとです。
[12]しかるに、浄蓮上人の親父は念仏者の彼ら六人の弟子の信奉者です。仏の教えが真実ならば、無間地獄に堕ちていることは疑いありません。また、昔から主君の心をひろめるのが臣下であり、親の苦しみを救うのが子供だといわれています。そこで、目連尊者は悲母の青提女を餓鬼道に堕ちている苦しみから救い、浄蔵・浄眼の二人は父妙荘厳王の誤った考えを改めさせました。父母の体はそのまま子供の体となって伝わるのですから、あなたの法華経を受持された功徳はそのまま父の利益となるものです。提婆達多は無間地獄に堕ちましたが、釈尊から無量劫を経て成仏するという天王如来の記莂を授けられたのは、提婆達多が仏と一族であったからです。ましてや、あなたの場合は父と子です。あなたの受持する法華経の功徳がどうして故慈父精霊の功徳とならないはずがありましょうか。さらに申し上げたいことどもも種々ありますが、これでとどめておきます。この書状は三度人に読ませて聞かれるとよいでしょう。恐々謹言。
[13]<日>六月二十七日日>
[14]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[15]くれぐれも、駿河の国の人びとはみな同心であるとお伝え下さい。