妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

別当御房御返事

全集 第5巻 2段 定本: #149(定本の該当ページへ)

書下し

別当御房御返事べつとうごぼうごへんじ


[1]聖密房のふみにくはしくかきて候。よりあいてきかせ給ひ候へ。なに事も二間清澄*ふたま*きよすみの事をば、聖密房に申しあわせさせ給ふべく候か。世間のり(理)をしりたる物に候へばかう申すに候。これへの別当なんどの事は、ゆめゆめをもはず候。いくらほどの事に候べき。ただな(名)ばかりにてこそ候はめ。又わせいつをの事、をそれ入つて候。いくほどなき事に御心ぐるしく候らんと、かへりてなげき入つて候へども、我恩をばしりたりけりと、しらせまいらせんために候。
[2]大名だいみようを計るものは小恥にはぢずと申して、南無妙法蓮華経の七字を日本国にひろめ、震旦高麗までも及ぶべきよしの大願をはらみ(懐)て、その願の満すべきしるしにや。大蒙古国の牒状ちようじようしきりにありて、この国の人ごとの大なるきとみへ候。日蓮又先きよりこの事をかんがへたり。閻浮えんぶ第一の高名なり。先きよりにくみぬるゆへに、まゝこ(継子)のかうみやう(功名)のやうにせん心とは用ひ候はねども、終に身のなげき極まり候時は、辺執のものどもも一定とかへぬとみへて候。これほどの大事をはらみて候ものの、少事をあながちに申し候べきか。
[3]ただし東条、日蓮心ざす事は生処なり。日本国よりも大切にをもひ候。例せば漢王のはいぐんををもくをぼしめししがごとし。かれ生処なるゆへなり。聖智が跡の主となるをもんてしろしめせ。日本国の山寺の主ともなるべし。日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり。天のあたへ給ふべきことわりなるべし。
[4]米一斗六升、あはの米二升、やき米はふくろへ。それのみならず、人人の御心ざし申しつくしがたく候。これはいたみをもひ候。これより後は心ぐるしくをぼしめすべからず候。よく人人にしめすべからず候。よく人人にもつたへさせ給ひ候へ。恐々謹言。
[5]乃時そのとき
[6]<先>別当御房御返事
現代語訳

別当御房御返事


文永一一年(一二七四)五・六月頃、五三歳、於身延、別当御房宛、和文、定八二七—八二八頁。

[1]二間寺、清澄寺の件については、聖密房宛の手紙にくわしく書きましたので、御房も寄り集まって聞かれるとよいでしょう。二間寺、清澄寺の件については何事も聖密房と相談して決められるのがよいと思います。聖密房は世間のものごとの道理をわきまえた者ですので、このように申し上げるのです。日蓮が清澄寺の別当になるなどのことはまったく考えておりません。それがどれほどの価値があるというのでしょうか。ただ名前だけのことではありませんか。また、わせいつをの事(未詳)恐縮に存じます。わずかの事につき御心配であろうとかえって嘆息していますが、かつて日蓮が頂戴した御恩をお知らせするために二間寺、清澄寺の件を申し上げました。
[2]すぐれた名声を得ようとするものは、小さな恥を恥とは思わないものです。いま、日蓮は南無妙法蓮華経の七字を日本国に弘め、さらに中国・朝鮮にまで弘めようとの大願を懐いています。その願いが成就するきざしでしょうか、大蒙古国より日本国を襲うとの国書が到来し、日本の人びとの大きなきとなっています。しかし、日蓮はすでに早くからこのことを予知し、申し述べてきたところで、世界第一の手柄をたてた者といえましょう。だが、日本の多くの人びとは前からこの日蓮を憎んでいますので、継子が手柄をたてたときのように、日蓮のいうことを用いようとはしませんが、自分の死に直面するときには、日蓮を憎んだ諸宗の人びとも必ず心をひるがえすと思います。日蓮はこのような日本の大事なことどもを心に懐いていますので、二間寺、清澄寺の小事をひたむきに申し上げるものではありません。
[3]ただし東条は、つねに日蓮の心の中にある生誕の地です。この日本国よりも大切に思っています。たとえば、漢の高祖劉邦りゆうほうが出生地であることから郡の地を重視されたのと同じです。聖智(未詳)が跡の主となるをもっても知ることができます。ついには日本国の寺々の主ともなるでしょう。日蓮は世界第一の法華経の行者です。これは天が日蓮に与えられた道理であろうかと思います。
[4]米一斗六升、粟二升、そして焼米は袋に入れられての御供養の品々、ありがたくいただきました。のみならず、皆様の御志まことにありがたくお礼の申しようもありません。これからはこのような心配は御無用です。なお、二間寺、清澄寺の一件は人にお話ししない方がよいでしょう。皆様へよろしくお伝えいただきたいと思います。恐々謹言。
[5]すぐその時に。
[6]<先>別当御房御返事