弁殿尼御前御書
書下し
弁殿尼御前御書
[1]貞任は十二年にやぶれぬ。将門は八年にかたぶきぬ。第六天の魔王、十軍のいくさををこして、法華経の行者と生死海の海中にして、同居穢土をとられじ、うばはんとあらそう。日蓮その身にあひあたりて、大兵ををこして二十余年なり。日蓮一度もしりぞく心なし。しかりといえども、弟子等檀那等の中に臆病のもの、大体或はをち、或は退転の心あり。尼ごぜんの一文不通の小心に、いままでしりぞかせ給はぬ事、申すばかりなし。其上、自身のつかうべきところに、下人を一人つけられて候事、定めて釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか。恐恐謹言。
[2]<日>九月十九日日>
[3]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[4]弁殿尼御前に申させ給へ
[5]しげければとどむ。弁殿に申す。大師講ををこなうべし。大師と(取)てまいらせて候。三郎左衛門尉殿に候文のなかに、涅槃経の後分二巻・文句五の本末・授決集の抄の上巻等、御随身あるべし。
現代語訳
弁殿尼御前御書
文永一〇年九月一九日、五二歳、於佐渡一谷、弁殿尼御前宛、和文、定七五二頁。
[1]安倍貞任は陸奥に反乱を起こしましたが、源頼義・義家父子と戦うこと十二年にして敗れました。平将門も関東に内乱を起こしましたが、平貞盛・藤原秀郷らによって八年にして滅亡しました。それにも似て、この日本では第六天の魔王が十魔の軍勢を起こして、法華経の行者と生死の海の中でこの国土をめぐって争っています。日蓮は法華経の折伏弘教の軍に従ってすでに二十余年になりますが、一度として退く心を起こしたことはありません。しかし、日蓮の弟子・檀越のなかの臆病な者は、たび重なる迫害によっておおよそは法華信仰から離れ、残ったものも心は既に離れているものもいます。だが、尼御前は仏法を知らない心小さい身でありながら、いままで信仰を強く持ちつづけてこられたのは、まことに健気なことです。そのうえ、自分のそばにいた下僕一人を、わざわざこの佐渡島まで遣わされ日蓮を助けられた志は、必ず釈迦・多宝・十方分身の諸仏も賞嘆されることでしょう。恐恐謹言。
[2]<日>九月九日日>
[3]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[4]弁殿尼御前に御伝え下さい。
[5]申し上げたいこともありますが、煩瑣になるのでこれでとどめます。日昭殿に申し上げますが、四条金吾のもとにある天台大師の像を取り寄せて天台大師講をしっかりと続けて下さい。また、四条金吾殿のもとにある書籍のなかから、涅槃経の後分二巻、法華文句巻五の本末、授決集の抄の上巻などを持参していただきたいと思います。