五人土篭御書
書下し
五人土籠御書
[1]今月七日さどの国へまかるなり。各々は法華経一部づつあそばして候へば、我身並びに父母兄弟存亡等に廻向しましまし候らん。今夜のかんずるにつけて、いよ〳〵我身より心くるしさ申すばかりなし。ろう(牢)をいでさせ給なば、明年のはるかならずきたり給へ。みみへまいらすべし。せうどのの但一人あるやつをつけよかしとをもう心、心なしとをもう人、一人もなければしぬ(死)まで各々御はぢなり。又大進阿闍梨はこれにさたすべき事かた〳〵あり。又をの〳〵の御身の上をも、みはてさせんがれう(料)にとどめをくなり。くはしくは申し候はんずらん。恐恐謹言。
[2]<日>十月三日日>
[3]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[4]<先>五人御中先>
[5]せんあくてご房をばつけさせ給。又しらうめが一人あらんするが、ふびんに候へば申す。
現代語訳
五人土籠御書
文永八年(一二七一)一〇月三日、五〇歳、於相模依智、五人御中宛、和文、定五〇六頁。
[1]今月七日、流罪地の佐渡国へ発つことになりました。おのおの方は法華経のために牢に投ぜられ、法華経一部のすべてを身にも心にも読まれたことですので、その功徳によってわが身はもちろん、父母兄弟たちの精霊に回向されていることでしょう。今夜の寒さにつけても、自分のことよりも牢中の方々のことが思いやられて、痛わしさが増すばかりです。赦されて牢を出られたら、明年の春には必ず佐渡に来ていただきたい。お目にかかりたいと思います。少輔房の下僕で、今はただ一人でいる子供に気をつけてあげて下さい。思いやりがないと思われては、死ぬまでおのおの方は恥ずかしい思いをすることになるでしょう。また、大進阿闍梨には、日蓮より申しわたすことがいろいろあり、またおのおの方の身の上がどうなるかを見届けさせるために、この鎌倉へ留めておくことにしました。くわしいことは、本人から申すでしょう。恐恐謹言。
[2]<日>十月三日日>
[3]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[4]<先>五人御中先>
[5]せんあくてご房をばつけさせ給(未詳)。また、四郎が一人残されているのが心配なので申したのです。