波木井殿御報
書下し
波木井殿御報
[1]畏申し候。みちのほど(道程)べち(別)事候はで、いけがみ(池上)までつきて候。みちの間、山と申し、かわ(河)と申し、そこばく大事にて候けるを、きうだち(公達)にす(守)護せられまいらせ候て、難もなくこれまでつきて候事、をそれ入り候ながら悦び存じ候。
[2]さてはやがてかへりまいり候はんずる道にて候へども、所らう(労)のみ(身)にて候へば、不ぢやう(定)なる事も候はんずらん。さりながらも、日本国にそこばくもてあつかうて候みを、九年まで御きえ候ぬる御心ざし、申すばかりなく候へば、いづくにて死に候とも、はか(墓)をばみのぶさわ(沢)にせさせ候べく候。
[3]又くりかげの御馬はあまりをもしろくをぼへ候程に、いつまでもうしなふまじく候。ひたち(常陸)のゆ(湯)へひかせ候はんと思ひ候が、もし人にもぞとられ候はん。又そのほかいたはしくをぼへば、ゆ(湯)よりかへり候はんほど、かづさ(上総)のもばら殿のもとに、あづけをきたてまつるべく候に、しらぬとねり(舎人)をつけて候ては、をぼつかなくをぼへ候。まかりかへり候はんまで、此とねりをつけをき候はんとぞんじ候。そのやうを御ぞんぢのために申し候。恐々謹言。
[4]<日>九月十九日日>
[5]<人>日 蓮人>
[6]<先>進上 波木井殿御侍先>
[7]所らうのあひだ、はんぎやうをくはへず候事、恐れ入り候。
現代語訳
波木井殿御報
弘安五年(一二八二)九月一九日、六一歳、於身延、波木井実長宛、和文、定一九二四—一九二五頁。
[1]謹んで申し上げます。身延を出発して以来、道中は何事もなく武蔵国池上に到着いたしました。道中の間、山あり河ありで、はなはだ困難な旅でしたが、貴殿の御子息たちに守護していただき、無事に池上まで着きましたこと、まことにありがたく悦ばしく思っています。
[2]この道は病気が平癒すれば、身延帰山の道になるとは思いますが、病気の身ですから、必ず帰山できるかどうかは定めなきことで、あるいはお会いできないかもしれません。しかしながら、日本国中があれほど持て余していたこの日蓮に、九ケ年もの間、御帰依くだされた御志はまことにありがたく、たとえどこで死にましても、墓は身延の沢に造っていただきたいと存じます。
[3]また、貴殿からお世話いただいた栗鹿毛の馬は大変愛着を覚えますので、いつまでもそばにおきたいと思います。常陸の温泉まで連れていきたいのですが、人に盗られてしまうかもしれませんし、またつらい思いをさせてはかわいそうなので、常陸の温泉から帰るまで上総の斉藤兼綱殿のもとに預けておくことにしました。しかし、馴れない馬の世話方をつけたのでは不安ですので、私が帰るまでは貴殿が差し向けられた世話方をつけておきたいと思います。この旨、御承知下さるよう申し添えておきます。
[4]<日>九月十九日日>
[5]<人>日 蓮人>
[6]<先>進上 波木井殿先>
[7]病気のため、花押を書き添えることができませんことを申し訳なく思います。