上野殿御返事
書下し
上野殿御返事
[1]蹲鴟、くしがき(串柿)、焼米、栗、たかんな(筍)、すづつ(酢筒)給び候了んぬ。
[2]月氏に阿育大王と申す王をはしき。一閻浮提四分の一をたなごころににぎり、竜王をしたがへて雨を心にまかせ、鬼神をめしつかひ給ひき。始は悪王なりしかども、後には仏法に帰し、六万人の僧を日々に供養し、八万四千の石の塔をたて給ふ。
[3]この大王の過去をたづぬれば、仏の在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさなき人あり。土の餅を仏に供養し給ひて、二百年の内に大王と生れたり。
[4]仏はいみじしといへども、法華経にたい(対)しまいらせ候へば、蛍火と日月との勝劣、天と地との高下なり。仏を供養してかゝる功徳あり。いわうや法華経をや。
[5]土のもちゐをまいらせてかゝる不思議あり。いわうやすずのくだ物をや。かれはけかち(飢渇)ならず、いまはうへたる国なり。
[6]これをもつてをもふに、釈迦仏・多宝仏・十羅刹女いかでかまほらせ給はざるべき。
[7]そもそも今の時、法華経を信ずる人あり。あるいは火のごとく信ずる人もあり。あるいは水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへども、とをざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申すはいつもたいせず信ずるなり。これはいかなる時もつねはたいせずとわせ給へば、水のごとく信ぜさせ給へるか。たうとしたうとし。
[8]まことやらむ、いえの内にわづらひの候なるは、よも鬼神のそい(所為)には候はじ。十らせち女の、信心のぶんざいを御心みぞ候らむ。まことの鬼神ならば法華経の行者をなやまして、かうべをわらんとをもふ鬼神の候べきか。また、釈迦仏・法華経の御そら事の候べきかと、ふかくをぼしめし候へ。恐恐謹言。
[9]<日>二月二十五日日>
[10]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[11]<先>御返事先>
現代語訳
上野殿御返事
建治四年(一二七八)二月二五日、五七歳、南条時光宛、和文、定一四五〇—一四五一頁。
一 法華経供養の功徳
[1]里芋の親芋、串にさした柿、焼米、栗、竹の子、酢の漬物の筒などの品をお届けいただきたしかに受領した。
[2]昔インドに阿育大王という王がおられた。この世界の四分の一を自分の手に握ることができるようになり、竜王を従えて雨を思いのままに降らせることができ、また鬼神を召し使いにしていた。始めは悪王であったのだが、後に仏法に帰依し、六万人もの僧侶を毎日供養し、そのうえ八万四千もの石の塔を建て仏教を保護した。
[3]この大王の過去を調べてみると、仏が世に在る頃、徳勝童子と無勝童子という二人の幼ない子があった。ある時、この二人は通りかかった仏に、土でつくった餅を供養したが、心がこもっていたので一百年の中に大王として生まれ変わったのであった。
[4]仏は立派であるといえども、法華経と対比すると、例えば蛍火と日月ぐらいの勝劣の差があり、天と地ほどの高下の差がある。仏を供養しただけでさえこのような功徳があるのであるから、いわんや法華経を供養した場合は、はるかに優れていることになる。
[5]土の餅を仏に供養したのに、このような不思議の功徳が与えられたのであるから、ましてや今回数々のご供養の品々を届けられたのだから、あなたの功徳はいうまでもないことである。またかの童子が仏に土の餅をさし上げた時は、飢渇の時ではなかったが、今は飢饉の時であり食糧の乏しい時であるので、一層その供養は尊いものである。
[6]この点から考えてみるのに、釈迦仏・多宝仏・十羅刹女はどうして供養の主であるあなたのことを守護しないでおられようか、きっと力強く守護して下さることであろう。
二 火の信と水の信
[7]そもそも現今にあっては、法華経を信じる人もあるが、ある人は火のごとく信じ、またある人は水のように信じている。火のように信じる人というのは、説法を聞いた時は燃え立つように熱心になり夢中になって信仰するが、一時的なものであって、時間がたつに従って熱心さが消え、やがて捨て去る心をいうのである。これに対して水のようにというのは、いつも退くことなく持続して信じることである。あなたはどのような時も、いつも退せずに供養の品を届けては、信仰の道を問い求められているので、さながら水のごとくに信じておられるといえるのではないか。まことに尊いことである。
[8]さらに本当のことであろうか、あなたの家族に病人がおられることは。まさか鬼神のしわざとは思えないが、あるいは守護神である十羅刹女があなたの信心の度合いをためしているのかもしれない。本当の鬼神ならば、法華経の行者を悩まして、頭を割るようなことはしないはずである。また釈迦仏・法華経のことばには嘘は一つもあるはずがないことを、深く考えてみるべきである。恐れながら謹んで申し上げる。
[9]<日>二月二十五日日>
[10]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[11]<先>御返事先>