上野殿御返事
276 上野殿御返事
蹲鴟、くしがき(串柿)、焼米、栗、たかんな(筍)、すづつ(酢筒)給候了。月氏に阿育大王と申王をはしき。一閻浮提四分一をたなごころににぎり、龍王をしたがへて雨を心にまかせ、鬼神をめしつかひ給き。始は悪王なりしかども、後には仏法に帰し、六万人の僧を日々に供養し、八万四千の石の塔をたて給。此大王の過去をたづぬれば、仏在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさなき人あり。土の餅を仏に供養し給て、一百年の内に大王と生たり。仏はいみじしといへども、法華経にたい(対)しまいらせ候へば、蛍火と日月との勝劣、天と地との高下也。仏を供養してかゝる功徳あり。いわうや法華経をや。土のもちゐをまいらせてかゝる不思議あり。いわうやすずのくだ物をや。かれはけかち(飢渇)ならず、いまはうへたる国也。此をもつてをもふに、釈迦仏・多宝仏・十羅刹女いかでかまほらせ給はざるべき。
抑今の時、法華経を信ずる人あり。或は火のごとく信ずる人もあり。或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへども、とをざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申はいつもたいせず信ずる也。此はいかなる時もつねはたいせずとわせ給ば、水のごとく信ぜさせ給へる歟。たうとしたうとし。
まことやらむ、いえの内にわづらひの候なるは、よも鬼神のそゐ(所為)には候はじ。十らせち女の、信心のぶんざいを御心みぞ候らむ。まことの鬼神ならば法華経の行者をなやまして、かうべをわらんとをもふ鬼神の候べき歟。又釈迦仏・法華経の御そら事の候べきかと、ふかくをぼしめし候へ。恐恐謹言。 二月廿五日 日蓮 花押 御返事