妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

三沢鈔

第二巻 定本番号 20275 建治4(1278) 分類: その他

祖寿: 57 著作地: 身延 写本: 日興筆北山本門寺蔵

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    275   三沢鈔
かへすがへす。するが(駿河)の人々みな同御心と申せ給候へ。  柑子一百・こぶ(昆布)・のり(海苔)・をご(於胡)等のすゞの物、はるばるとわざわざ山中へをくり給て候。ならびにうつぶさ(内房)の尼ごぜんの御こそで(小袖)一給候了。
さてはかたがたのをほせ(仰)くはしくみほどき(見解)候。抑仏法をがく(学)する者は大地微塵よりをほけれども、まことに仏になる人は爪上の土よりもすくなしと、大覚世尊涅槃経にたしかにとかせ給て候しを、日蓮みまいらせ候て、いかなればかくわかた(難)かあるらむとかんがへ候しほどに、げにもさるらむとをもう事候。仏法をばがく(学)すれども、或は我が心のをろかなるにより、或はたとい智慧はかしこきやうなれども師によりて我心のまがるをしらず。仏教をなをし(直)くならい(習)うる事かたし。たとい明師並に実経に値奉て正法をへ(得)たる人なれども、生死をいで仏にならむとする時には、かならず影の身にそうがごとく、雨に雲のあるがごとく、三障四魔と申て七の大事出現す。設ひからくして六をすぐれども、第七にやぶられぬれば仏になる事かたし。其六は且くをく。第七の大難は天子魔と申物なり。設末代の凡夫一代聖教の御心をさとり、摩訶止観と申大事の御文の心を心えて、仏になるべきになり候ぬれば、あらあさましや、第六天の魔王此事を見て驚て云、此者此国に跡を止ならば、かれが我身の生死をいづるかはさてをきぬ。又人を導くべし。又此国土ををさへと(押取)りて穢土を浄土となす。いかんがせんとて、欲・色・無色三界の一切の眷属をもよを(催)し仰下云、各々ののうのう(能々)に随て、かの行者をなやま(悩)してみよ。それにかなわずば、かれが弟子だんな並に国土の人の心の内に入かわりて、あるひはいさめ、或はをどし(威)てみよ。それに叶はずば、我みづからうちくだりて、国主の身心に入かわりてをどして見むに、いかでかとど(止)めざるべきと、せんぎ(僉議)し候なり。
日蓮さきよりかゝるべしとみほどき(見解)候て、末代の凡夫の今生に仏になる事は大事にて候けり。釈迦仏の仏にならせ給し事を経々にあまたとかれて候に、第六天の魔王のいたしける大難、いかにも忍ぶべしともみへ候はず候。提婆達多・阿闍世王の悪事はひとへに第六天の魔王のたばかりとこそみて候へ。まして如来現在猶多怨嫉況滅度後と申て大覚世尊の御時の御難だにも、凡夫の身日蓮等がやうなる者は片時一日も忍がたかるべし。まして五十余年が間の種種の大難をや。
まして末代には此には百千万億倍すぐべく候なる大難をば、いかでか忍候べきと心に存て候しほどに、聖人は未萠を知と申て三世の中に未来の事を知をまことの聖人とは申なり。而に日蓮は聖人にあらざれども、日本国の今の代にあたりて此国亡亡たるべき事をかねて知て候しに、此こそ仏のとかせ給て候況滅度後の経文に当て候へ。此を申いだすならば、仏の指せ給て候未来の法華経の行者なり。知て而も申さずば世々生々の間、をうし()ことどもり()生上、教主釈尊の大怨敵、其国の国主の大讎敵他人にあらず、後生は又無間大城の人此なり、とかんがへみて、或は衣食にせめられ、或は父母兄弟師匠同行にもいさめられ、或は国主万民にをどされしに、すこしもひるむ心あるならば一度に申し出さじと、としごろ(年来)ひごろ(日来)心をいましめ候しが、抑過去遠々劫より定て法華経にも値奉菩提心もをこしけん。なれども設一難二難には忍びけれども、大難次第につづき来りければ退しけるにや。今度いかなる大難にも退せぬ心ならば申し出すべしとて申し出て候しかば、経文にたがわず此の度々の大難にはあいて候しぞかし。今は一こうなり。いかなる大難にもこらへてん、我身に当て心みて候へば、不審なきゆへに此山林には栖候なり。
各々は又たといすてさせ給とも、一日かたときも我が身命をたすけし人々なれば、いかでか他人にはに(似)させ給べき。本より我一人いかにもなるべし。我いかにしなるとも心に退転なくして仏になるならば、とのばら(殿原)をば導たてまつらむとやくそく申て候き。各々は日蓮ほども仏法をば知せ給ざる上、俗なり、所領あり、妻子あり、所従あり。いかにも叶がたかるべし。只いつわりをろか(偽愚)にてをはせかしと申しゝぎこそ候べけれ。なに事につけてかすて(捨)まいらせ候べき。ゆめゆめをろか(疎)のぎ(儀)候べからず。
又法門の事はさど(佐渡)の国へながされ候し已前の法門は、ただ仏の爾前の経とをぼしめせ。此国の国主我をもたもつべくば、真言師等にも召合せ給はずらむ。爾時まことの大事をば申べし。弟子等にもなひなひ(内々)申ならばひろう(披露)してかれらしり(知)なんず。さらばよもあわ(合)じとをもひて各々にも申ざりしなり。而去文永八年九月十二日の夜、たつの口にて頸をはねられんとせし時よりのち(後)、ふびんなり、我につきたりし者どもにまことの事をいわ(言)ざりける、とをも(思)てさどの国より弟子どもに内々申法門あり。此は仏より後迦葉・阿難・龍樹・天親・天台・妙楽・伝教・義真等の大論師大人師は知てしかも御心の中に秘せさせ給し、口より外には出給はず。其故は仏制して云く、我滅後末法に入らずば此大法いうべからずとありしゆへなり。日蓮は其御使にはあらざれども其の時剋あたる上、存外に此法門をさとりぬれば、聖人の出させ給までまづ序分にあらあら申なり。而に此法門出現せば、正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出て後の星光、巧匠の後に拙を知るなるべし。此時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて、但此大法耳一閻浮提に流布すべしとみへて候。各々はかゝる法門にちぎり有人なればたのもしとをぼすべし。
又うつぶさの御事は御としよらせ給て御わたりありし、いたわし(痛)くをもひまいらせ候しかども、うぢがみ(氏神)へまいり(参)てあるついで(次)と候しかば、けざん(見参)に入るならば定てつみ(罪)ふかかるべし。其故は神は所従なり、法華経は主君なり。所従のついでに主君へけざんは世間にもをそれ候。其上尼の御身になり給てはまづ仏をさきとすべし。かたがたの御とが(失)ありしかば、けざんせず候。此又尼ごぜん一人にはかぎらず。其外の人々も、しもべ(下部)のゆのついでと申者を、あまたをひかへ(追返)して候。尼ごぜんはをや(親)のごとくの御としなり。御なげきいたわしく候しかども、此義をしら(知)せまいらせんためなり。
又との(殿)はをとゝし(一昨年)かのけざんの後、そらごとにてや候けん、御そらう(所労)と申せしかば、人をつかわしてきかんと申せしに、此御房たちの申せしは、それはさる事に候へども、人をつかわしたらばいぶせく(不審)やをもはれ候はんずらんと申せしかば、世間のならひはさもやあるらむ。げん(現)に御心ざしあるなる上、御所労ならば御使も有なんとをもひしかども、御使もなかりしかば、いつわりをろかにてをぼつかなく候つる上、無常は常のならひなれども、こぞことし(去年今年)は世間はう(法)にすぎて、みみへまいらすべしともをぼほ(覚)へず。こひし(恋)くこそ候つるに、御をとづれ(音信)ある、うれしとも申計なし。尼ごぜんにもこのよしをつぶつぶ(委曲)とかたり申させ給候へ。
法門の事こまごまとかきつへ(書伝)申べく候へども、事ひさしくなり候へばとどめ候。ただし禅宗と念仏宗と律宗等の事は少々前にも申て候。真言宗がことに此国とたうど(唐土)とをばほろぼして候ぞ。善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵・弘法大師・慈覚大師・智証大師此六人が大日の三部経と法華経との優劣に迷惑せしのみならず、三三蔵事をば天竺よせて両界をつくりいだし狂惑しけるを、三大師うちぬかれて日本ならひわた(習渡)し、国主並に万民につたへ、漢土の玄宗皇帝も代をほろぼし、日本国もやうやくをとろへて、八幡大菩薩の百王のちかいもやぶれて、八十二代隠岐の法王、代を東にとられ給しは、ひとへに三大師の大僧等がいのり(祈)しゆへに、還著於本人して候。関東は此悪法悪人を対治せしゆへに、十八代をつぎて百王にて候べく候つるを、又かの悪法の者どもを御帰依有ゆへに、一国には主なければ、梵釈・日月・四天の御計として他国にをほせつけてをどして御らむあり。又法華経の行者をつかわして御いさめあるをあやめずして、彼の法師等に心をあわせて世間出世の政道をやぶり、法にすぎて法華経の御かたきにならせ給。すでに時すぎぬれば、此国やぶれなんとす。やくびやうはすでにいくさ(軍)にせんふ(先符)せむ(は)、まくるしるしなり。あさましあさまし。   二月二十三日   日蓮  [花押]   みさわどの