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四信五品鈔

全集 第4巻 2段 定本: #20242(定本の該当ページへ)

書下し

四信五品鈔ししんごほんしよう


[1]青鳧一結せいふひとゆい送り候了そうらいおわんぬ。近来ちかごろの学者一同の御存知に云く、「在世滅後異ざいせめつごことなりといえども、法華を修行するにはかなら三学*さんがくす。一をかいても成ぜず」云云。余また年来としごろこの義をそんするところ一代聖教いちだいしようぎようしばらくこれをく。
[2]法華経につてこの義を見聞けんもんするに、序正*じよしようの二段はしばらくこれを置く、流通るつうの一段末法まつぽう明鏡めいきよう、もっとも依用えようとなすべし。しかして流通において二あり。一にはいわゆる迹門しやくもんの中の法師等の五品。二にはいわゆる本門の中の分別功徳の半品より、経をおわるまでの十一品半なり。この十一品半と五品と、合せて十六品半、この中に末法にいつて法華を修行する相貌分明そうみようふんみようなり。これになお事行ことゆかざれば、普賢経・涅槃ねはん経等をきたりてこれを糾明きゆうめいせんに、そのかくれなきか。その中の分別功徳品ふんべつくどくほん四信*ししん五品*ごほんとは、法華を修行するの大要たいよう在世滅度ざいせめつど亀鏡ききようなり。
[3]谿*けいけい云く、「一念信解いちねんしんげとは、すなわちこれ本門立行ほんもんりゆうぎようはじめなり」と云云。その中に現在の四信の初の一念信解と、滅後の五品の第一の初随喜しよずいきと、この二処は一同に百界千如ひやつかいせんによ一念三千*いちねんさんぜん宝篋ほうきよう、十方三世の諸仏の出門なり。
[4]楽のふたり聖賢せいけん、この二処の位を定むるにみつの釈あり。いわゆるあるい相似そうじ鉄輪てつりんくらい。或は観行かんぎようの五品の初品の位、未断見思みだんけんじ。或は名字即*みようじそくの位なり。止観にその不定ふじようして云く「仏意ぶつい知りがたし、機におもむきて異説す。これをかり開解かいげせば、なんぞわずらわしくねんごろあらそわん」と云云。
[5]に云く、三釈のなか、名字即は経文にかなうか。滅後の五品ごほんの初の一品を説て云く、「しかも毀呰きしせずして、随喜の心を起す」と。もしこの文相似もんそうじと五品とにわたらば、「しかも毀呰きしせず」のげん便べんならざるか。なかんづく寿量品の失心*しつしん・不失心等は皆名字即みなみようじそくなり。涅槃経に「もしは信もしは不信、乃至ないし*きれん」とあり。これをかんがえよ。
[6]また一念信解いちねんしんげの四字の中の信の一字は四信のはじめし、の一字は後の奪わるるゆえなり。もししからば無解有信むげうしんは四信の初位しよいあたる。経に第二信を説て云く、「りよくして言趣げんしゆす」と云云。記の九に云く、「ただ初信をのぞく、なきが故に」。したがつて次ぎしもの随喜品にいたつて、かみ初随喜しよずいきかさねてこれを分明ふんみようにす。五十人これ皆展転劣みなてんでんれつなり。第五十人にいたつて二釈あり。一にはいわく、第五十人は初随喜のうちなり。二にはいわく、第五十人は初随喜のそとなりと云うは名字即なり。「きよういよいよじつなればくらいいよいよくだれり」とう釈はこのなり。四味三教しみさんきようより円教えんきようは機をせつし、爾前にぜんの円教より法華経は機を摂し、迹門しやくもんより本門ほんもんつくすなり。「教弥実位弥下きようみじついみげ」の六字に心をとどめあんずべし。
[7]問う。末法まつぽうに入て初心の行者必ぎようじやかならず円の三学さんがくするやいなや。
[8]答て曰く、この義大事ぎだいじたり。ゆえに経文をかんがえ出して貴辺きへん送付そうふす。いわゆる五品の初二三品には、仏まさしく戒定の二法を制止せいしして、一向いつこう一分いちぶんかぎる。またえざれば信をもつう。信の一字を詮となす。不信は一闡提謗法いつせんだいほうぼういん、信は慧の因、名字即みようじそくくらいなり。
[9]天台云く、「もし相似そうじやく隔生かくしようすれども忘れず。名字観行かんぎようの益は隔生すれば、即忘すなわちわする。或は忘れざるもあり、忘るる者ももし知識にえば宿善還しゆくぜんかえつしようず。もし悪友あくゆうえばすなわ本心ほんしんうしなう」云云。
[10]恐くは中古ちゆうこの天台宗の慈覚・証の両大師も、天台・伝教の善知識ぜんちしきに違背して、心無畏こころむい不空ふくう等の悪友あくゆううつれり。末代まつだいの学者、恵心*えしんの往生要集のじよ誑惑おうわくせられて、法華の本心を失い、弥陀みだ権門ごんもんる。退大取小たいだいしゆしようの者なり。過去を以てこれをおもうに、未来無数劫を経て悪道にしよせん。もし悪友にえばすなわち本心をうしなうとはこれなり。
[11]問ていわく、そのしよういかん。
[12]答て曰く、止観第六に云く、「前教ぜんきようにそのくらいたかくするゆえんは、方便の説なればなり。円教の位ひくきは真実の説なればなり」。弘決*ぐけつに云く、「前教というよりしもまさしく権実ごんじつを判す。教いよいよ実なればくらいいよいよひくく、教いよいよごんなれば位いよいよ高きゆえに」と。また記の九に云く、「くらいを判することをいわば観境いよいよ深く、実位じついいよいよひくきをあらわす」と云云。
[13]他宗はしばらくこれを置く、天台一門の学者等なんぞ実位弥下じついみげの釈をさしおいて恵心僧都の筆を用うるや。畏・智・空と覚・証との事は追てこれを習え。大事なり大事なり。一閻浮提いちえんぶだい第一の大事なり。心あらん人はきいのちに我をうとめ。
[14]問て云く、末代初心の行者何者ぎようじやなにものをか制止せいしするや。
[15]答て曰く、檀戒等の五度を制止して、一向に南無妙法蓮華経としようせしむるを、一念信解初随喜いちねんしんげしよずいき気分きぶんとなすなり。これすなわちこの経の本意ほんいなり。
[16]うたがつて云く、このいまだ見聞けんもんせず。心をおどろかし耳をまよわす。明かに証文をひいて、ねんごろにこれをしめせ。
[17]答て曰く、経に云く、「我がためにまた塔寺とうじを起て、及び僧坊そうぼうを作り、四事しじを以て衆僧しゆそう供養くようすることをもちいず」。この経文あきらかに初心の行者に、檀戒等の五度を制止するもんなり。
[18]疑て云く、なんじが引く所の経文は、ただ寺塔と衆僧とばかりを制止して、いまだ諸の戒等に及ばざるか。
[19]答て曰く、はじめあげて後をりやくす。
[20]問て曰く、何をもつてこれを知らん。
[21]答て曰く、次ぎしもの第四品の経文に云く、「いわんやまた人あつて、くこの経をたもちて、かね布施持戒ふせじかい等を行ぜんをや」云云。経文分明ふんみように初二三品の人には檀戒等だんかいとうの五度を制止し、第四品にいたって始めてこれを許す。のちゆるすをもつんぬ、初に制することを。
[22]問て曰く、経文一往相いちおうあたり。はたまた疏釈じよしやくありや。
[23]答て曰く、なんじたずぬる所の釈とは月氏四依がつししえの論か。はたまた漢土かんど日本の人師にんしの書か。もとててすえたずね、たいを離れてかげもとめ、みなもとを忘れてながれたつとぶ。分明ふんみようなる経文をさしおいて、論釈をい尋ぬ。本経に相違する末釈まつしやくあらば、本経ほんきようてて末釈にくべきか。
[24]しかりといえどもこのみにしたがってこれをしめさん。文句の九に云く、「初心はえん紛動ふんどうせられて、正業しようごうを修するをさまたげんことをおそる。ただちにもつぱらこの経を持つは、即ち上供養じようくようなり。はいして理をそんするは、所益弘多しよやくぐたなり」と。この釈に縁と云うは五度なり。初心の者がかねて五度を行ずれば、正業しようごうの信をさまたぐるなり。
[25]譬えば小船しようせんたからんで海を渡るに、財とともぼつするがごとし。「直専持此経じきせんじしきよう」と云うは、一経にわたるにあらず、もつぱら題目を持ちて余文よもんまじえず、なお一経の読誦だも許さず、いかにいわんや五度をや。
[26]廃事存理はいじそんりと云うは、戒等のを捨てて題目の理をもつぱらにす云云。所益弘多しよやくぐたとは、初心の者が諸行しよぎようと題目とならべ行ずれば、所益全しよやくまつたうしなうと云云。
[27]文句に云く、「問う、もししからば経をたもつは、即ちこれ第一義の戒なり。なにゆえぞまたく戒を持つ者と言うや。答う、これは初品を明す。後をもつなんすべからず」等云云。
[28]当世とうせの学者この釈を見ずして、末代まつだい愚人ぐにんを以て南岳・天台の二聖にどうず。あやまりの中のあやまりなり。
[29]妙楽重*みようらくかさねてこれをあかして云く、「問う、もししからば、もしの塔及び色身しきしんこつもちいずば、またの戒をたもつこともちいざるべし、乃至事ないしじの僧を供養することをもちいざるや」等云云。教大師云く、「二百五十戒たちまちに捨ておわんぬ」。ただ教大師一人に限るにあらず、真の弟子如宝*によほう道忠どうちゆう並に大寺等、一同に捨ておわんぬ。
[30]また教大師、未来をいましめて云く、「末法の中に持戒の者あらば、これ怪異けいなり。いちとらあるがごとし。これ誰か信ずべき」云云。
[31]問う、なんじなんぞ念三千の観門かんもん勧進かんじんせずして、ただ題目ばかりをとなえしむるや。
[32]答て曰く、日本の二字に六十六国の人畜財にんちくざい摂尽しようじんして、ひとつも残さず。月氏がつしの両字にあに七十ケ国なからんや。妙楽云く、「りやくして経題をあぐるに、げんに一部を収む」。また云く、「略して界如かいによあぐるに、つぶさに三千を摂す」。文殊師利菩・阿難尊者三会さんえ八年の間の仏語ぶつご、これをあげて妙法蓮華経と題し、しも領解りようげして云く、「如是我聞によぜがもん」と云云。
[33]問う、その義を知らざる人、ただ南無妙法蓮華経ととなえ解義げぎ功徳くどくするやいなや。
[34]答う、小児ちちふくむに、そのあじを知らざれども自然じねんやくす。耆婆*ぎば妙薬みようやくだれわきまえてこれを服せん。水こころなけれども火をし、火ものやくあにかくあらんや。樹・天台みなこのこころなり。かさねて示すべし
[35]問う、なにゆえぞ題目に万法ばんぽうふくむや。
[36]答う、章安の云く、「けだ序王じよおうとは経の玄意げんいじよす。経の玄意は文心もんしんじゆつす。文心は迹本しやくほんすぎたるはなし。妙楽云く、「法華の文心をいだして、諸教しよきよう所以しよいべんす」云云。濁水じよくすい心なけれども、月をおのずかすめり。草木そうもく雨を得てあに覚あって花さくならんや。妙法蓮華経の五字は経文にあらず、そのにあらず、ただ一部いちぶこころのみ。初心の行者そのこころを知らざれども、しかもこれを行ずるに、自然じねんこころあたるなり。
[37]問う、なんじの弟子一分いちぶんなくして、ただ一口に南無妙法蓮華経としようする、そのくらいいかん。
[38]答う、この人はただ四味しみ三教さんきよう極位ごくい、並に爾前にぜん円人えんにん超過ちようかするのみにあらず、はたまた真言等の諸宗の元祖がんそごんおんぞうせんどう等に勝出すること百千万億倍なり。う、国中の諸人、我が末弟まつてい等をかろんずることなかれ。
[39]すすんで過去をたずぬれば、八十万億劫供養まんのくこうくようせし大菩なり。あに連一恒きれんいちごうの者にあらざるや。退しりぞいて未来を論ずれば、八十年の布施ふせ超過ちようかして、五十の功徳くどくそなうべし。天子のむつきまとわれ、大竜だいりゆうの始てうまるるがごとし。蔑如べつじよすることなかれ、蔑如することなかれ。妙楽の云く、「もし悩乱する者は、頭七分こうべしちぶんれ、供養することあらん者は、福十号ふく*じゆうごうぐ」と。
[40]優陀延*うだえん王は賓豆盧尊者*びんづるそんじやを蔑如して、七年のうちに身を喪失そうしつし、相州*そうしゆうは日蓮を流罪して、百日のうち兵乱へいらんえり。経に云く、「もしまたこの経典を受持する者を見て、その過悪かあくを出さん、もしはじつにもあれ、もしは不実にもあれ、この人現世げんぜ白癩はくらいやまいん、乃至諸悪ないししよあく重病あるべし」。また云く、「まさ世世せせまなこなかるべし」等云云。明心*みようしん円智えんちとはげん白癩はくらいを得、道阿弥*どうあみ無眼むげんの者となりぬ。国中の疫病えきびよう頭破七分づはしちぶんなり。ばつを以てとくすいするに、我門人等わがもんじんらは「福過ふくか十号」疑いなき者なり。
[41]それ人王にんのう三十代欽明きんめい御宇ぎよう、始て仏法渡ぶつぽうわたりし以来いらい桓武かんむの御宇にいたるまで、二十代二百余年の間、宗ありといえども仏法いまださだまらず。ここに延暦えんりやく年中にひとりの聖人しようにんあつて、この国に出現しゆつげんせり。いわゆる教大師これなり。この人さきより弘通する宗を糺明きゆうめいし、七寺を弟子となして、ついに叡山をてて本寺ほんじとなし、諸寺をとり末寺まつじとなす。日本の仏法ただ一門いちもんなり。王法もふたつあらず。法さだま国清くにすめり。その功を論ぜば、みなも已今当いこんとうもんよりいでたり。
[42]そののち弘法・慈覚・智証の三大師、ことを漢土にせて、大日の三部は法華経にまさるといい、あまつさえ教大師のけずる所の真言宗の宗の一字これをえて八宗と云云。三人一同に勅宣ちよくせんもうくだして日本に弘通ぐつうし、寺毎てらごとに法華経の義をやぶる。これひとえ已今当いこんとうもんやぶらんとなして、釈・多宝・十方の諸仏の大怨敵だいおんてきなりぬ。
[43]しかしてのち仏法ようやすたれ、王法次弟しだいおとろえ、天照太神、正八幡等の久住くじゆう守護神しゆごじんは力をうしない、梵・帝・四天は国をさつて、すで亡国ぼうこくならんとす。こころあらん人、たれ傷差いたまざらんや。
[44]所詮しよせん三大師の邪法じやほうおこる所は、いわゆる東寺と叡山えいざん惣持院そうじいん薗城寺*おんじようじとの三所さんしよなり。禁止きんしせずんば国土の滅亡めつぼうと、衆生しゆじよう悪道あくどうと疑いなき者か。
[45]ほぼこの旨をかんがえ、国主にしめすといえども、あえ叙用じよようなし。かなしむべし、悲しむべし。
現代語訳

四信五品鈔


建治三年(一二七七)四月一〇日、五六歳、於身延山、原漢文、定一二九四—一三〇〇頁。

一 法華経の修行


[1]青鳧せいふ(穴のあいた銭)をひと結い送り届けていただきありがたく受け取った。近頃の学者はみな次のような考え方をしている。すなわち「仏の在世と滅後とでは相違があるが、法華を修行しようとするものは、必ずかいじようの三学を具しておかなくてはならない。この中の一つを欠いても、目的は達成されない」というのである。私もまた最近までそのように考えていたのであるが、仏一代の聖教についてはしばらくおくとして、法華経に限ってこのことを考えてみるのに、大変な誤りであることがわかった。
[2]法華経については序分じよぶん正宗分しようしゆうぶん流通分るつうぶんとの三つに区分できるが、序分と正宗分とは一応おいておいて、流通についてみると、これは末法のことをうつし出した鏡のようなものである。その流通分に二門にもんがある。一つは迹門の中の法師品ほつしほん等の五品であり、二つには本門の中の分別功徳品ふんべつくどくほんの後半から経が終わる最後の品までの十一品半までである。この十一品半と五品とを合わせて十六品半となるが、この中に末法において法華経を修行するあり方が明らかに説かれている。なおこれらの品だけではまだ充分に理解できないという場合は、観普賢経や涅槃経等をよく読んで、究明すればさらにはっきりとすることであろう。その中の分別功徳品に説かれている四信と五品とは、法華経を修行するうえでの最も大切なかなめであり、仏の在世と滅後を通じての行者の鏡とすべきものである。

二 一念信解


[3]谿尊者けいけいそんじや(妙楽大師)は、「四信の最初である一念信解とは、すなわち法華本門における修行の第一歩である」と文句記もんぐきの中でいっている。その中に現在の四信の初めの一念信解と、滅後の五品の第一である初随喜品しよずいきほんとの二つは、ともに百界千如一念三千の宝を収めてある箱のようなものであり、十方の三世にわたるすべての仏の出生された門である。
[4]天台・妙楽の二人の聖人賢者が、この一念信解と初随喜品の位を定めるにあたって三つの解釈をされた。その一つは五十二位の中の最初の十信と、六即ろくそくの中の四番目にあたる相似即そうじそくにあたるという説、二つ目は六即の三番目にあたる観行即かんぎようそくと、五品の最初の品にあたる位であって、まだ見惑と思惑といった最初の煩悩をも断じていない位であるとする説、さらに三つ目は六即の二番目である名字即みようじそくの位であるとする説である。止観の第七ではこの三つの違った説にたいし、「仏の御心は広大であるので知ることはむずかしいことであるが、教えを受ける相手によって違いが生じてきたのであり、この点から考えるとそんなに深く考えて論争しあうほどのことでもないであろう」というのである。
[5]私の考えでは、先の天台・妙楽の両大師がいわれた三種の解釈の中では、名字即の位が経文にかなったものではなかろうか。それは分別功徳品の中で、仏滅後の五品の位を説いて「法華経の寿量品を聞いてそしらずに随喜の心を起こす」と説かれている。もしこの経文が相似即や五品の観行即のような上位にわたって述べたものだとしたら、「しかも毀らないで」という言葉が、この場合適当でないことになるであろう。特に寿量品では「本心ほんしんを失った者、あるいは失わざる者」といっているが、ともに名字即の位にある者である。また涅槃経の四依品しえぼんには「もしは信ずるもの、もしは信じないもの、ないしインドにある連河きれんがの砂の数ほども、多くの仏を供養した功徳によって、正法を謗らないもの」と説かれているが、これらを考えてみるのにみな名字即の位である。
[6]また一念信解の四文字の中の信の一字は、四信の最初の信であって、最も大事であり、解の一字は第二信で取り扱っているからである。もしそうであるとしたら、経文を理解することができなくても信のあるものは、四信の最初の位にあたる。経文には第二の信について、「教えの内容について概略を理解することができる」と記されている。文句記の第九には「ただ初信を除く、解がないからである」と記されている。したがって次の随喜功徳品において、五品の第一である随喜品のことを重ねてわかりやすく説明している。すなわち法を聞いたものがつぎつぎに語り伝えて、五十人に至ったとき、法門の内容は最初の人からくらべるとかなり薄いものとなってしまっているはずである。その五十番目の薄くなってしまった人について、二通りの解釈がある。その一は第五十人目の人は初随喜の位に入る人であるという説と、もう一つは初随喜の位の外であるという説で、これは名字即の位であるというのである。妙楽大師が「教えが次第に優れていくにしたがって、修行する人の位は逆に低くなっていく」といっているのはこのことである。法華経以前に説かれた四味三教よりも法華の円教のほうが位の低い下根下機の衆生を救済し、さらに法華の中でも迹門よりは本門のほうが衆生を成仏させているのである。「教えが優れていくにしたがって、修行する人の位は逆に低くなっていく」という解釈に心をとどめて、よく考えるべきである。

三 信をもって慧にかえる


[7]お尋ねするが、末法の時代に入っても、法華経を修行しようとする初心の行者は、かならず円教の戒・定・慧の三学を具足しなくてはならないのであろうか。
[8]お答えしよう、このことは大事なことなので経文と考え合わせてあなたに解答をお送りしよう。すなわち五品の初めの一・二・三品は、戒律と禅定の二法をかたく制止してもっぱら智慧だけに限るとし、智慧に自信のないものは信をもって慧に代えることができるとして、究極的には信の一字をもって最も大切なものとされた。したがって逆に不信のものは一闡提であり謗法の原因となる。また信は智慧の因であって名字即の位である。
[9]天台大師は玄義の第八巻で、「相似即の位をえたものはこの世での生が終わって次の生へ行っても忘れることはないが、名字即と観行即の位のものは次の生へ行くと忘れてしまう。あるいは忘れないでいるものもいる。忘れてしまったものでも善知識ぜんちしき(良い指導者)にあうと、前世において得た善き縁がよみがえってくる。しかし悪友にあったならばすべて本心まで失ってしまうことになる」と述べている。
[10]この文から考えてみるに、おそらく中古の天台宗の慈覚・智証の両大師も、みな天台・伝教両大師の善知識にそむいて、心が真言宗の善無畏ぜんむい・不空といった悪友にうつってしまったのである。さらに末代の学者らは恵心の著した往生要集の序文に迷わされて、法華の本心を失い阿弥陀の権門に入ってしまった。大きな教えからしりぞいて小さな教えを取ったものたちである。過去の例からこのことを思うに、これらの人々は未来にわたって無限の永きにわたり、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に落ちてしまうであろう。「もし悪友にあうことになれば本心を失う」というのは、まさにこのことである。

四 真実の教えは低い位の人々を救う


[11]お尋ねするが、それではそのような証拠はどこにあるのか。
[12]お答えしよう、摩訶止観の第六に「法華以前の諸教で、修行する人の位が高く説かれているのは方便の説であるからである。法華円教の教えでは、低い位の人々を救済することができるが、これは真実の教えであるからである」とあり、また弘決の第六ではこの止観の文を解釈して「前教といっているところから下の文は、まさしく教えの権と実とを判定したものであって、教えがいよいよ真実となるので修行するものの位は低い人を対象とし、逆に教えが権教であると修行する人の位は高いものとなるからである。」といっている。さらに文句記の第九には「修行する人の位についていえば、修行者の目ざす境地が深くなればなるほど、位のほうは逆に低いものをあらわすことになる」とある。
[13]他宗のことについてはしばらく置くとして、天台一門の学者等はなぜ実教の教えが低いものを救うという解釈をさしおいて、恵心僧都の筆によって記された書物を信用してしまうのか。善無畏ぜんむい金剛智こんごうち不空ふくうといった真言宗の諸師と、慈覚じかく智証ちしようといった人々のことについては、また追って機会をえて学ぶべきである。このことは大事なことであり、この世界では第一の大事である。心ある人々ならばまず私のいうことをよく聞いた上で判断を下してほしい。

五 末代初心の行者の修行方法


[14]お尋ねするが、末代における初心の行者は、どのようなことに注意して修行すべきであるか。
[15]お答えしよう、六度ろくどの中の前の五度を制止して、後の智慧を修するのであり、ひたすらに南無妙法蓮華経と題目を唱えることが大切である。これが一念信解であり初随喜の気分であって、信をもって智慧に代えることができるのである。このことがすなわち法華経の本意とするところである。
[16]お尋ねするが、そのようなことはいまだ聞いたことがないので、大いに心を驚かし耳を疑いたくなる。そこで証拠の経文を明らかにして、詳しく説明していただきたい。
[17]お答えしよう、分別功徳品には「すべからく初心の行者は、仏のために塔寺や僧房を造り、飲食・衣服・寝具・医薬といった四事をもって、僧に供養をしてはならない」とある。この経文は明らかに初心の行者に布施・持戒・忍辱・精進・禅定等の五度の修行を制止したものである。
[18]疑問に思うのでさらに質問するが、あなたがいま引用した経文はただ寺塔や僧に供養することを制止したものであり、持戒や禅定といった五度を制止したものではないと思うが、この点はどうか。
[19]お答えしよう、この経文は最初の布施をあげてあとの持戒等を省略したものである。
[20]お尋ねするが、どうしてそういうことがわかるのか。
[21]お答えしよう、次の第四位にあたる兼行六度けんぎようろくどについて説かれた経文には「また人がよくこの経を受持して、兼ねて布施や持戒等を修行すること」とあるので、この経文は明らかに最初の第一や第二、および第三品の人には、布施・持戒等の五度を制止し、第四品に至って始めてこれを許しているのである。あとで許したことから考えてみるに、初めに制止したことが理由のあることであった。
[22]お尋ねするが、経文はいちおう一品から三品までの人について、布施等の五度を制止しているように思えるが、人師論師の註釈書にはなんと記されているのだろうか。
[23]お答えしよう、あなたが尋ねた註釈書というのは、インドの人師の書いたものか、または中国や日本の人師が書いた書物を指しているのか。いずれにしても経文が一番の根本となるものであるのに、その経文をさしおいて後の人の書いた註釈書にたよろうとするのは、体を離れて影をより所にしようとしているのと同様であり、水源を忘れてしまって末流を大切に思っているようなものである。明確に示されている経文を軽視して人師の書いた註釈書を求め尋ねようとすることは間違いである。もしも経典と相違した註釈書であったとしたら、経典のほうを捨て註釈書のほうをとるとでもいうのか、そのようなことはあってはならない。
[24]しかしながら今のところはいちおうお尋ねにそって註釈書の文を示してみることにしよう。法華文句の第九巻には「初心の行者は助縁じよえんの法を修行すると、かえってそれにまぎれてしまい、正しい修行の業法をさまたげてしまうことになるのを恐れるものである。そこでただちにもっぱら法華経をたもつことがすなわち最上の方法である。諸事を廃止して真理を修行することは利益りやくもまた多大である」と天台大師が述べられている。この解釈文でいう縁とは助縁のことであり、五度をさしている。初心の行者が兼ねて五度を修行することは、正業の信行を妨げることになるのである。
[25]たとえば小船に多くの財物を積み込んで、海を渡ろうとすると、その重みで財物と一緒に沈没してしまうのと同じである。「ただちにもっぱら法華経をたもつ」ということは、法華一経全体にわたるのではなく、ただ題目の南無妙法蓮華経をたもち、それ以外の諸雑な信行をまじえないことである。なお一経の読誦でさえも許していないのであるから、ましてやその他の五度についてはいうまでもない。
[26]さらに「事を廃して理を存する」というのは、戒律をたもつといった五度を捨て、題目の理をもっぱら信行することを意味しているのである。また「益するところ弘く多い」というのは、初心の行者が題目のみを唱えて信行すれば利益りやくは弘く多いが、他の雑行をまじえると利益は全く失われてしまうということである。
[27]天台の法華文句の第九には「もし法華経をたもつことが第一の戒であるとしたら、何でまた後でわざわざ戒をたもてというのであるか」という質問にたいし、「初心の者の戒は経をたもつだけでよいのであり、修行が進んで上の段階に至った者については、さらに持戒をすすめているのである。修行の進んだ後の段階の立場で、初心の者の立場を疑問視してはならない」と述べている。
[28]現代の学者らはこうした解釈を見ないで、末法の愚人の修行方法を南岳恵思や天台大師のような進んだ修行をしてきた聖人と混同してしまっている。誤解の中のまた誤解というべきである。

六 妙法五字の中に仏のすべての教えがある


[29]妙楽大師はこのことについて重ねて次のように述べている。「もし塔寺を建てたり、仏舎利を供養するということをしなかったならば、戒をたもつとか僧に供養するといった布施行を修することができないことになるではないか」。これにたいし伝教大師は「二百五十戒をたちどころに捨ててしまった」と顕戒論縁起けんかいろんえんぎの中でいっている。すなわち初心の者は法華経を信じることが戒をたもつことになるので、他の戒はいらないのである。ただ伝教大師一人に限らず、鑑真の弟子の如宝や道忠、ならびに奈良の七大寺等の僧も、みな戒律を捨て去ってしまった。
[30]また伝教大師は未来の世をいましめて、末法燈明記まつぽうとうみようきに「末法の世の中で、もしも戒をたもつ者がいたとしたら、たとえば市の中で虎を見たというのと同じくらい奇異なことであり、誰も信じないであろう」と記している。
[31]お尋ねするが、大事な一念三千の法門による観心かんじんの修行をすすめないで、どうしてただ題目ばかりを唱えよというのか。
[32]お答えしよう。たとえば日本の二字の中に、六十六もある各国の人間やら家畜の類・財物のすべてが収まってしまって一つもあますところがない。また月支がつしという二文字の中にはインドの七十もある国々のすべてが収まってしまう。したがって妙楽大師は法華文句の記の第八の中で、「略して経文の題名である妙法蓮華経の五字をあげれば、その中に一部八巻二十八品の全経文を収めることになるのである」と述べており、また釈籤しやくせんの第一では「略して十界と十如をあげると、その中に宇宙のすべて三千の大千世界をもれなく収めている」と説かれている。文殊師利菩も阿難尊者も、インドの霊鷲山や虚空会で説かれた八年間の仏の教えを妙法蓮華経と題をつけ、その題のもとで「私はこのように聞いた」と語っている。したがって妙法蓮華経の五字の中には、仏のすべての教えが含まれているのである。

七 題目を唱えただけで功徳が得られるか


[33]お尋ねするが、何も理解できない者がただ南無妙法蓮華経と唱えるだけで、理解したと同じような功徳が得られるのかどうか。
[34]お答えしよう、たとえば赤子が母の乳を含み飲む時に、いちいち味がわからなくても、自然に発育していくようなものだ。またインドの名医たる耆婆が調合してくれた妙薬は、薬学の知識が全くなくとも、信じてこれを飲めば重病も回復できるのと同様である。水は心はないが火を消し、火はまた心がないが物を焼いてしまう。竜樹菩も天台大師もみなこのことについてはよく理解していた。重ねてこのことを示した次第である。
[35]お尋ねしよう、なぜ題目の中に万法が含まれているのであるか。
[36]お答えしよう、章安大師は法華玄義の序文について、「最初の題目は法華経の王ともいうべきものであり、この経王はまさに一経の真髄たる玄意を述べたものであって、玄意はまた経文の心を表わしたものである。さらに文の心の中に迹門と本門の大切な法門がすべてこめられているのである。妙楽大師は「法華の文心たる題目の五字を基準にして、諸経の勝劣をわきまえる」と釈籖の第十で述べている。濁った水も月を浮かべておのずと澄んでくるように、草木も雨にあって花を咲かせるように、妙法蓮華経の五字は単なる経文というのではなく、月であり雨の役目を果たすのであって、意味は理解できなくとも初心の行者は信じさえすれば法華一経の真意をおのずと体得することができるのである。

八 法華経行者の福は無量である


[37]お尋ねするが、あなたの弟子は、少しの理解もなくただ一口に南無妙法蓮華経と唱えるだけだというが、その位はどんなものか。
[38]お答えしよう、この人の位はただ法華経以前に説かれた諸経を始め、円教の最上の位をこえただけではなく、さらに真言等の諸宗の元祖である善無畏ぜんむい智儼ちごん慈恩じおん吉蔵きちぞう道宣どうせん達摩だるま善導ぜんどう等の祖師らよりも百千万億倍優れているのである。したがって日本国中の諸人は、わが弟子を軽視してはならない。
[39]われらは過去のことを尋ねてみると、八十万億劫という長い間にわたって、無量の諸仏を供養した大菩である。まさに涅槃経に説かれているごとく、過去に連河きれんがの砂の数ほどの仏について修行を積み重ねてきたものたちである。また未来のことを論ずれば、八十年の間にわたり布施行をおこなった者よりも超過し、五十のさまざまな功徳を備えたものとなる。たとえばおむつに包まれた天子のようであり、大竜の子供のような存在であって、決してあなどったり、みくびったりしてはならないのである。妙楽大師は文句記の第四に「法華経の行者をもしも悩まし乱す者がいたならば、その罪によって頭は七つに破れてしまうであろう。逆に行者を供養し尊ぶ者は、仏を供養した者よりもまして福は十号に過ぎたものがえられる」と書かれている。
[40]インドの優陀延王という人は賓豆盧尊者を軽蔑したために、七年たたない中に命を失い、相模守さがみのかみは日蓮を流罪にしたので、百日たたぬ中に兵乱にあってしまった。勧発品かんぼつぽんには「もしも法華経を受持する者を見て、その行者の罪やあやまちを言いふらすものがいたら、そのことが事実であろうと、事実でなかろうとも、この人は白癩の病にかかり、さらにいろいろな悪病にとりつかれるであろう」と説かれている。また勧発品には、「法華経の行者を悩ました者は、代々眼が不自由となる」とあり、実際に明心と円智は白癩の病気にかかり、道阿弥は眼の病気にかかった。国中に流行病が起きているのは、「頭が七つに割れる」という経文に当たっているといえる。以上の諸経論に書かれていることから考えて、罰を受けている現実の例から推察してみると、われら法華経の行者一門はその福は仏の十号よりも過ぎたものとなることは疑いないものである。

九 邪法を禁止せよ


[41]人王の第三十代欽明天皇の御代に、始めて仏法がわが国に渡来してより、桓武天皇の御代に至るまで、二十代二百余年の間、南都(奈良)に六宗が広まったが、仏法の正邪についてはいまだ決定しなかった。ところが延暦年間に一人の聖人がこの国に出現された。その名を伝教大師という。この人は先に弘まっていた六宗の教えを研究して、浅深を明らかにし、その欠けている所を指摘して七か寺を弟子にした。後に比叡山に寺を建立し、本寺となすに至った。各地の諸寺を末寺となし、日本の仏教をただ天台の一門としたのである。国を治める王法と仏法とは二つではなく常に一つのはずである。王法と仏法とがきちんと定まっていれば、その国もおのずと清らかで平和である。その伝教大師の功績は、源なる根拠が法師品の「すでに説いた四十余年間の経と、いま説いた無量義経と、これからまさに説こうとする涅槃経の中で、最も優れた第一の法が法華経である」という経文により、仏教の勝劣を判定したことにある。
[42]その後になって、弘法・慈覚・智証の三大師が中国の学者の説をたよりに、大日の三部経は法華経よりも優れていると言い、そのうえ伝教大師が宗の一字をけずり去って真言とし、宗派とはみなさないでいたのに、宗の字をそえて真言宗とし、八宗の一つに加えてしまった。また三人が一緒に勅宣を願い出て、日本中に真言を弘め、寺ごとに法華経の真義をやぶりすてた。これは明らかに仏の説である「已今当」の教えにそむき、釈・多宝・十方の諸仏の大怨敵となってしまったのである。
[43]このようにして仏法は次第に衰退して、王法もしたがっておとろえ、天照大神・正八幡等の日本国守護の善神も力を失ってしまい、大梵天王や帝釈天・四天王等も邪法の弘まる国を捨て去り、この国はまさに滅びようとしている。心ある人ならばこの現実を嘆かずにはおられようか。
[44]要するに三大師の邪法のおこるもとは、いわゆる京都の東寺と比叡山の総持院と三井の園城寺との三か所である。この三寺の邪法を禁止しなければ、国土の滅亡と衆生が悪道に落ち入ることは疑いのないところであるといえるであろう。
[45]日蓮はこのことをよく考えたうえで、国主にも伝えて諫めたが、一向に聞き入れようとしない。まことに悲しむべきことであり、残念なことである。