四信五品鈔
書下し
四信五品鈔
[1]青鳧一結送り結び候了んぬ。近来の学者一同の御存知に云く、「在世滅後異りといえども、法華を修行するには必ず三学を具す。一を欠ても成ぜず」云云。余また年来この義を存する処、一代聖教は且らくこれを置く。
[2]法華経に入つてこの義を見聞するに、序正の二段は且らくこれを置く、流通の一段末法の明鏡、もっとも依用となすべし。しかして流通において二あり。一にはいわゆる迹門の中の法師等の五品。二にはいわゆる本門の中の分別功徳の半品より、経を終るまでの十一品半なり。この十一品半と五品と、合せて十六品半、この中に末法に入て法華を修行する相貌分明なり。これになお事行かざれば、普賢経・涅槃経等を引き来りてこれを糾明せんに、その隠れなきか。その中の分別功徳品の四信と五品とは、法華を修行するの大要、在世滅度の亀鏡なり。
[3]荊谿云く、「一念信解とは、即これ本門立行の首なり」と云云。その中に現在の四信の初の一念信解と、滅後の五品の第一の初随喜と、この二処は一同に百界千如、一念三千の宝篋、十方三世の諸仏の出門なり。
[4]天台妙楽の二の聖賢、この二処の位を定むるに三の釈あり。いわゆる或は相似十信鉄輪の位。或は観行の五品の初品の位、未断見思。或は名字即の位なり。止観にその不定を会して云く「仏意知りがたし、機に赴きて異説す。これを借て開解せば、なんぞ労しく苦に諍ん」と云云。
[5]予が意に云く、三釈の中、名字即は経文に叶か。滅後の五品の初の一品を説て云く、「しかも毀呰せずして、随喜の心を起す」と。もしこの文相似と五品とに渡らば、「しかも毀呰せず」の言は便ならざるか。なかんづく寿量品の失心・不失心等は皆名字即なり。涅槃経に「もしは信もしは不信、乃至熙連」とあり。これを勘えよ。
[6]また一念信解の四字の中の信の一字は四信の初に居し、解の一字は後の奪わるる故なり。もししからば無解有信は四信の初位に当る。経に第二信を説て云く、「略して言趣を解す」と云云。記の九に云く、「ただ初信を除く、解なきが故に」。随て次ぎ下の随喜品に至て、上の初随喜を重てこれを分明にす。五十人これ皆展転劣なり。第五十人に至て二釈あり。一にはいわく、第五十人は初随喜の内なり。二にはいわく、第五十人は初随喜の外なりと云うは名字即なり。「教いよいよ実なれば位いよいよ下れり」と云う釈はこの意なり。四味三教より円教は機を摂し、爾前の円教より法華経は機を摂し、迹門より本門は機を尽すなり。「教弥実位弥下」の六字に心を留て案ずべし。
[7]問う。末法に入て初心の行者必ず円の三学を具するやいなや。
[8]答て曰く、この義大事たり。故に経文を勘え出して貴辺に送付す。いわゆる五品の初二三品には、仏正しく戒定の二法を制止して、一向に慧の一分に限る。慧また堪えざれば信を以て慧に代う。信の一字を詮となす。不信は一闡提謗法の因、信は慧の因、名字即の位なり。
[9]天台云く、「もし相似の益は隔生すれども忘れず。名字観行の益は隔生すれば、即忘る。或は忘れざるもあり、忘るる者ももし知識に値えば宿善還て生ず。もし悪友に値えば則ち本心を失う」云云。
[10]恐くは中古の天台宗の慈覚・智証の両大師も、天台・伝教の善知識に違背して、心無畏・不空等の悪友に遷れり。末代の学者、恵心の往生要集の序に誑惑せられて、法華の本心を失い、弥陀の権門に入る。退大取小の者なり。過去を以てこれを惟うに、未来無数劫を経て三悪道に処せん。もし悪友に値えば則ち本心を失うとはこれなり。
[11]問て曰く、その証いかん。
[12]答て曰く、止観第六に云く、「前教にその位を高くするゆえんは、方便の説なればなり。円教の位下きは真実の説なればなり」。弘決に云く、「前教というより下は正しく権実を判す。教いよいよ実なれば位いよいよ下く、教いよいよ権なれば位いよいよ高き故に」と。また記の九に云く、「位を判することを者観境いよいよ深く、実位いよいよ下きを顕す」と云云。
[13]他宗は且らくこれを置く、天台一門の学者等なんぞ実位弥下の釈を閣いて恵心僧都の筆を用うるや。畏・智・空と覚・証との事は追てこれを習え。大事なり大事なり。一閻浮提第一の大事なり。心あらん人は聞て後に我を外め。
[14]問て云く、末代初心の行者何者をか制止するや。
[15]答て曰く、檀戒等の五度を制止して、一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを、一念信解初随喜の気分となすなり。これ則ちこの経の本意なり。
[16]疑て云く、この義いまだ見聞せず。心を驚かし耳を迷わす。明かに証文を引て、請う苦にこれを示せ。
[17]答て曰く、経に云く、「我がためにまた塔寺を起て、及び僧坊を作り、四事を以て衆僧を供養することを須ず」。この経文明かに初心の行者に、檀戒等の五度を制止する文なり。
[18]疑て云く、汝が引く所の経文は、ただ寺塔と衆僧と計りを制止して、いまだ諸の戒等に及ばざるか。
[19]答て曰く、初を挙て後を略す。
[20]問て曰く、何を以てこれを知らん。
[21]答て曰く、次ぎ下の第四品の経文に云く、「いわんやまた人あつて、能くこの経を持ちて、兼て布施持戒等を行ぜんをや」云云。経文分明に初二三品の人には檀戒等の五度を制止し、第四品に至って始めてこれを許す。後に許すを以て知んぬ、初に制することを。
[22]問て曰く、経文一往相い似たり。はたまた疏釈ありや。
[23]答て曰く、汝が尋ぬる所の釈とは月氏四依の論か。はたまた漢土日本の人師の書か。本を捨てて末を尋ね、体を離れて影を求め、源を忘れて流を貴ぶ。分明なる経文を閣いて、論釈を請い尋ぬ。本経に相違する末釈あらば、本経を捨てて末釈に付くべきか。
[24]しかりといえども好みに随ってこれを示さん。文句の九に云く、「初心は縁に紛動せられて、正業を修するを妨んことを畏る。直ちに専らこの経を持つは、即ち上供養なり。事を廃して理を存するは、所益弘多なり」と。この釈に縁と云うは五度なり。初心の者が兼て五度を行ずれば、正業の信を妨ぐるなり。
[25]譬えば小船に財を積んで海を渡るに、財と倶に没するがごとし。「直専持此経」と云うは、一経に亘るにあらず、専ら題目を持ちて余文を雑えず、なお一経の読誦だも許さず、いかにいわんや五度をや。
[26]廃事存理と云うは、戒等の事を捨てて題目の理を専らにす云云。所益弘多とは、初心の者が諸行と題目と並べ行ずれば、所益全く失うと云云。
[27]文句に云く、「問う、もししからば経を持つは、即ちこれ第一義の戒なり。何が故ぞまた能く戒を持つ者と言うや。答う、これは初品を明す。後を以て難を作すべからず」等云云。
[28]当世の学者この釈を見ずして、末代の愚人を以て南岳・天台の二聖に同ず。悞の中の誤なり。
[29]妙楽重ねてこれを明して云く、「問う、もししからば、もし事の塔及び色身の骨を須ずば、また事の戒を持つこと須ざるべし、乃至事の僧を供養することを須ざるや」等云云。伝教大師云く、「二百五十戒忽に捨ておわんぬ」。ただ教大師一人に限るにあらず、鑑真の弟子如宝・道忠並に七大寺等、一同に捨ておわんぬ。
[30]また教大師、未来を誡て云く、「末法の中に持戒の者あらば、これ怪異なり。市に虎あるがごとし。これ誰か信ずべき」云云。
[31]問う、汝なんぞ一念三千の観門を勧進せずして、ただ題目許りを唱えしむるや。
[32]答て曰く、日本の二字に六十六国の人畜財を摂尽して、一も残さず。月氏の両字にあに七十ケ国なからんや。妙楽云く、「略して経題を挙るに、玄に一部を収む」。また云く、「略して界如を挙るに、具さに三千を摂す」。文殊師利菩薩・阿難尊者三会八年の間の仏語、これを挙て妙法蓮華経と題し、次ぎ下に領解して云く、「如是我聞」と云云。
[33]問う、その義を知らざる人、ただ南無妙法蓮華経と唱て解義の功徳を具するやいなや。
[34]答う、小児乳を含むに、その味を知らざれども自然に身を益す。耆婆が妙薬、誰か弁てこれを服せん。水心なけれども火を消し、火物を焼あに覚あらんや。竜樹・天台皆この意なり。重ねて示すべし
[35]問う、何が故ぞ題目に万法を含むや。
[36]答う、章安の云く、「蓋し序王とは経の玄意を叙す。経の玄意は文心を述す。文心は迹本に過たるはなし。妙楽云く、「法華の文心を出して、諸教の所以を弁す」云云。濁水心なけれども、月を得て自ら清り。草木雨を得てあに覚あって花さくならんや。妙法蓮華経の五字は経文にあらず、その義にあらず、ただ一部の意のみ。初心の行者その心を知らざれども、しかもこれを行ずるに、自然に意に当るなり。
[37]問う、汝の弟子一分の解なくして、ただ一口に南無妙法蓮華経と称する、その位いかん。
[38]答う、この人はただ四味・三教の極位、並に爾前の円人に超過するのみにあらず、はたまた真言等の諸宗の元祖・畏・厳・恩・蔵・宣・摩・導等に勝出すること百千万億倍なり。請う、国中の諸人、我が末弟等を軽ずることなかれ。
[39]進で過去を尋ぬれば、八十万億劫供養せし大菩薩なり。あに熙連一恒の者にあらざるや。退て未来を論ずれば、八十年の布施に超過して、五十の功徳を備うべし。天子の襁褓に纏れ、大竜の始て生るるがごとし。蔑如することなかれ、蔑如することなかれ。妙楽の云く、「もし悩乱する者は、頭七分に破れ、供養することあらん者は、福十号に過ぐ」と。
[40]優陀延王は賓豆盧尊者を蔑如して、七年の内に身を喪失し、相州は日蓮を流罪して、百日の内に兵乱に遇えり。経に云く、「もしまたこの経典を受持する者を見て、その過悪を出さん、もしは実にもあれ、もしは不実にもあれ、この人現世に白癩の病を得ん、乃至諸悪重病あるべし」。また云く、「当に世世に眼なかるべし」等云云。明心と円智とは現に白癩を得、道阿弥は無眼の者と成ぬ。国中の疫病は頭破七分なり。罰を以て徳を推するに、我門人等は「福過十号」疑いなき者なり。
[41]それ人王三十代欽明の御宇、始て仏法渡りし以来、桓武の御宇に至るまで、二十代二百余年の間、六宗ありといえども仏法いまだ定らず。ここに延暦年中に一りの聖人あつて、この国に出現せり。いわゆる伝教大師これなり。この人先より弘通する六宗を糺明し、七寺を弟子となして、終に叡山を建てて本寺となし、諸寺を取て末寺となす。日本の仏法ただ一門なり。王法も二あらず。法定り国清めり。その功を論ぜば、源と已今当の文より出たり。
[42]その後弘法・慈覚・智証の三大師、事を漢土に寄せて、大日の三部は法華経に勝るといい、剰さえ教大師の削る所の真言宗の宗の一字これを副えて八宗と云云。三人一同に勅宣を申し下して日本に弘通し、寺毎に法華経の義を破る。これ偏に已今当の文を破らんとなして、釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵と成ぬ。
[43]しかして後仏法漸く廃れ、王法次弟に衰え、天照太神、正八幡等の久住の守護神は力を失い、梵・帝・四天は国を去て、已に亡国と成んとす。情あらん人、誰か傷差ざらんや。
[44]所詮三大師の邪法の興る所は、いわゆる東寺と叡山の惣持院と薗城寺との三所なり。禁止せずんば国土の滅亡と、衆生の悪道と疑いなき者か。
[45]予ほぼこの旨を勘え、国主に示すといえども、敢て叙用なし。悲むべし、悲しむべし。
現代語訳
四信五品鈔
建治三年(一二七七)四月一〇日、五六歳、於身延山、原漢文、定一二九四—一三〇〇頁。
一 法華経の修行
[1]青鳧(穴のあいた銭)をひと結い送り届けていただきありがたく受け取った。近頃の学者はみな次のような考え方をしている。すなわち「仏の在世と滅後とでは相違があるが、法華を修行しようとするものは、必ず戒・定・慧の三学を具しておかなくてはならない。この中の一つを欠いても、目的は達成されない」というのである。私もまた最近までそのように考えていたのであるが、仏一代の聖教についてはしばらくおくとして、法華経に限ってこのことを考えてみるのに、大変な誤りであることがわかった。
[2]法華経については序分と正宗分と流通分との三つに区分できるが、序分と正宗分とは一応おいておいて、流通についてみると、これは末法のことをうつし出した鏡のようなものである。その流通分に二門がある。一つは迹門の中の法師品等の五品であり、二つには本門の中の分別功徳品の後半から経が終わる最後の品までの十一品半までである。この十一品半と五品とを合わせて十六品半となるが、この中に末法において法華経を修行するあり方が明らかに説かれている。なおこれらの品だけではまだ充分に理解できないという場合は、観普賢経や涅槃経等をよく読んで、究明すればさらにはっきりとすることであろう。その中の分別功徳品に説かれている四信と五品とは、法華経を修行するうえでの最も大切な要であり、仏の在世と滅後を通じての行者の鏡とすべきものである。
二 一念信解
[3]荊谿尊者(妙楽大師)は、「四信の最初である一念信解とは、すなわち法華本門における修行の第一歩である」と文句記の中でいっている。その中に現在の四信の初めの一念信解と、滅後の五品の第一である初随喜品との二つは、ともに百界千如一念三千の宝を収めてある箱のようなものであり、十方の三世にわたるすべての仏の出生された門である。
[4]天台・妙楽の二人の聖人賢者が、この一念信解と初随喜品の位を定めるにあたって三つの解釈をされた。その一つは五十二位の中の最初の十信と、六即の中の四番目にあたる相似即にあたるという説、二つ目は六即の三番目にあたる観行即と、五品の最初の品にあたる位であって、まだ見惑と思惑といった最初の煩悩をも断じていない位であるとする説、さらに三つ目は六即の二番目である名字即の位であるとする説である。止観の第七ではこの三つの違った説にたいし、「仏の御心は広大であるので知ることはむずかしいことであるが、教えを受ける相手によって違いが生じてきたのであり、この点から考えるとそんなに深く考えて論争しあうほどのことでもないであろう」というのである。
[5]私の考えでは、先の天台・妙楽の両大師がいわれた三種の解釈の中では、名字即の位が経文にかなったものではなかろうか。それは分別功徳品の中で、仏滅後の五品の位を説いて「法華経の寿量品を聞いて毀訾らずに随喜の心を起こす」と説かれている。もしこの経文が相似即や五品の観行即のような上位にわたって述べたものだとしたら、「しかも毀訾らないで」という言葉が、この場合適当でないことになるであろう。特に寿量品では「本心を失った者、あるいは失わざる者」といっているが、ともに名字即の位にある者である。また涅槃経の四依品には「もしは信ずるもの、もしは信じないもの、ないしインドにある熙連河の砂の数ほども、多くの仏を供養した功徳によって、正法を謗らないもの」と説かれているが、これらを考えてみるのにみな名字即の位である。
[6]また一念信解の四文字の中の信の一字は、四信の最初の信であって、最も大事であり、解の一字は第二信で取り扱っているからである。もしそうであるとしたら、経文を理解することができなくても信のあるものは、四信の最初の位にあたる。経文には第二の信について、「教えの内容について概略を理解することができる」と記されている。文句記の第九には「ただ初信を除く、解がないからである」と記されている。したがって次の随喜功徳品において、五品の第一である随喜品のことを重ねてわかりやすく説明している。すなわち法を聞いたものがつぎつぎに語り伝えて、五十人に至ったとき、法門の内容は最初の人からくらべるとかなり薄いものとなってしまっているはずである。その五十番目の薄くなってしまった人について、二通りの解釈がある。その一は第五十人目の人は初随喜の位に入る人であるという説と、もう一つは初随喜の位の外であるという説で、これは名字即の位であるというのである。妙楽大師が「教えが次第に優れていくにしたがって、修行する人の位は逆に低くなっていく」といっているのはこのことである。法華経以前に説かれた四味三教よりも法華の円教のほうが位の低い下根下機の衆生を救済し、さらに法華の中でも迹門よりは本門のほうが衆生を成仏させているのである。「教えが優れていくにしたがって、修行する人の位は逆に低くなっていく」という解釈に心をとどめて、よく考えるべきである。
三 信をもって慧にかえる
[7]お尋ねするが、末法の時代に入っても、法華経を修行しようとする初心の行者は、かならず円教の戒・定・慧の三学を具足しなくてはならないのであろうか。
[8]お答えしよう、このことは大事なことなので経文と考え合わせてあなたに解答をお送りしよう。すなわち五品の初めの一・二・三品は、戒律と禅定の二法をかたく制止してもっぱら智慧だけに限るとし、智慧に自信のないものは信をもって慧に代えることができるとして、究極的には信の一字をもって最も大切なものとされた。したがって逆に不信のものは一闡提であり謗法の原因となる。また信は智慧の因であって名字即の位である。
[9]天台大師は玄義の第八巻で、「相似即の位をえたものはこの世での生が終わって次の生へ行っても忘れることはないが、名字即と観行即の位のものは次の生へ行くと忘れてしまう。あるいは忘れないでいるものもいる。忘れてしまったものでも善知識(良い指導者)にあうと、前世において得た善き縁がよみがえってくる。しかし悪友にあったならばすべて本心まで失ってしまうことになる」と述べている。
[10]この文から考えてみるに、おそらく中古の天台宗の慈覚・智証の両大師も、みな天台・伝教両大師の善知識にそむいて、心が真言宗の善無畏・不空といった悪友にうつってしまったのである。さらに末代の学者らは恵心の著した往生要集の序文に迷わされて、法華の本心を失い阿弥陀の権門に入ってしまった。大きな教えからしりぞいて小さな教えを取ったものたちである。過去の例からこのことを思うに、これらの人々は未来にわたって無限の永きにわたり、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に落ちてしまうであろう。「もし悪友にあうことになれば本心を失う」というのは、まさにこのことである。
四 真実の教えは低い位の人々を救う
[11]お尋ねするが、それではそのような証拠はどこにあるのか。
[12]お答えしよう、摩訶止観の第六に「法華以前の諸教で、修行する人の位が高く説かれているのは方便の説であるからである。法華円教の教えでは、低い位の人々を救済することができるが、これは真実の教えであるからである」とあり、また弘決の第六ではこの止観の文を解釈して「前教といっているところから下の文は、まさしく教えの権と実とを判定したものであって、教えがいよいよ真実となるので修行するものの位は低い人を対象とし、逆に教えが権教であると修行する人の位は高いものとなるからである。」といっている。さらに文句記の第九には「修行する人の位についていえば、修行者の目ざす境地が深くなればなるほど、位のほうは逆に低いものをあらわすことになる」とある。
[13]他宗のことについてはしばらく置くとして、天台一門の学者等はなぜ実教の教えが低いものを救うという解釈をさしおいて、恵心僧都の筆によって記された書物を信用してしまうのか。善無畏・金剛智・不空といった真言宗の諸師と、慈覚・智証といった人々のことについては、また追って機会をえて学ぶべきである。このことは大事なことであり、この世界では第一の大事である。心ある人々ならばまず私のいうことをよく聞いた上で判断を下してほしい。
五 末代初心の行者の修行方法
[14]お尋ねするが、末代における初心の行者は、どのようなことに注意して修行すべきであるか。
[15]お答えしよう、六度の中の前の五度を制止して、後の智慧を修するのであり、ひたすらに南無妙法蓮華経と題目を唱えることが大切である。これが一念信解であり初随喜の気分であって、信をもって智慧に代えることができるのである。このことがすなわち法華経の本意とするところである。
[16]お尋ねするが、そのようなことはいまだ聞いたことがないので、大いに心を驚かし耳を疑いたくなる。そこで証拠の経文を明らかにして、詳しく説明していただきたい。
[17]お答えしよう、分別功徳品には「すべからく初心の行者は、仏のために塔寺や僧房を造り、飲食・衣服・寝具・医薬といった四事をもって、僧に供養をしてはならない」とある。この経文は明らかに初心の行者に布施・持戒・忍辱・精進・禅定等の五度の修行を制止したものである。
[18]疑問に思うのでさらに質問するが、あなたがいま引用した経文はただ寺塔や僧に供養することを制止したものであり、持戒や禅定といった五度を制止したものではないと思うが、この点はどうか。
[19]お答えしよう、この経文は最初の布施をあげてあとの持戒等を省略したものである。
[20]お尋ねするが、どうしてそういうことがわかるのか。
[21]お答えしよう、次の第四位にあたる兼行六度について説かれた経文には「また人がよくこの経を受持して、兼ねて布施や持戒等を修行すること」とあるので、この経文は明らかに最初の第一や第二、および第三品の人には、布施・持戒等の五度を制止し、第四品に至って始めてこれを許しているのである。あとで許したことから考えてみるに、初めに制止したことが理由のあることであった。
[22]お尋ねするが、経文はいちおう一品から三品までの人について、布施等の五度を制止しているように思えるが、人師論師の註釈書にはなんと記されているのだろうか。
[23]お答えしよう、あなたが尋ねた註釈書というのは、インドの人師の書いたものか、または中国や日本の人師が書いた書物を指しているのか。いずれにしても経文が一番の根本となるものであるのに、その経文をさしおいて後の人の書いた註釈書にたよろうとするのは、体を離れて影をより所にしようとしているのと同様であり、水源を忘れてしまって末流を大切に思っているようなものである。明確に示されている経文を軽視して人師の書いた註釈書を求め尋ねようとすることは間違いである。もしも経典と相違した註釈書であったとしたら、経典のほうを捨て註釈書のほうをとるとでもいうのか、そのようなことはあってはならない。
[24]しかしながら今のところはいちおうお尋ねにそって註釈書の文を示してみることにしよう。法華文句の第九巻には「初心の行者は助縁の法を修行すると、かえってそれにまぎれてしまい、正しい修行の業法をさまたげてしまうことになるのを恐れるものである。そこでただちにもっぱら法華経をたもつことがすなわち最上の方法である。諸事を廃止して真理を修行することは利益もまた多大である」と天台大師が述べられている。この解釈文でいう縁とは助縁のことであり、五度をさしている。初心の行者が兼ねて五度を修行することは、正業の信行を妨げることになるのである。
[25]たとえば小船に多くの財物を積み込んで、海を渡ろうとすると、その重みで財物と一緒に沈没してしまうのと同じである。「ただちにもっぱら法華経をたもつ」ということは、法華一経全体にわたるのではなく、ただ題目の南無妙法蓮華経をたもち、それ以外の諸雑な信行をまじえないことである。なお一経の読誦でさえも許していないのであるから、ましてやその他の五度についてはいうまでもない。
[26]さらに「事を廃して理を存する」というのは、戒律をたもつといった五度を捨て、題目の理をもっぱら信行することを意味しているのである。また「益するところ弘く多い」というのは、初心の行者が題目のみを唱えて信行すれば利益は弘く多いが、他の雑行をまじえると利益は全く失われてしまうということである。
[27]天台の法華文句の第九には「もし法華経をたもつことが第一の戒であるとしたら、何でまた後でわざわざ戒をたもてというのであるか」という質問にたいし、「初心の者の戒は経をたもつだけでよいのであり、修行が進んで上の段階に至った者については、さらに持戒をすすめているのである。修行の進んだ後の段階の立場で、初心の者の立場を疑問視してはならない」と述べている。
[28]現代の学者らはこうした解釈を見ないで、末法の愚人の修行方法を南岳恵思や天台大師のような進んだ修行をしてきた聖人と混同してしまっている。誤解の中のまた誤解というべきである。
六 妙法五字の中に仏のすべての教えがある
[29]妙楽大師はこのことについて重ねて次のように述べている。「もし塔寺を建てたり、仏舎利を供養するということをしなかったならば、戒をたもつとか僧に供養するといった布施行を修することができないことになるではないか」。これにたいし伝教大師は「二百五十戒をたちどころに捨ててしまった」と顕戒論縁起の中でいっている。すなわち初心の者は法華経を信じることが戒をたもつことになるので、他の戒はいらないのである。ただ伝教大師一人に限らず、鑑真の弟子の如宝や道忠、ならびに奈良の七大寺等の僧も、みな戒律を捨て去ってしまった。
[30]また伝教大師は未来の世をいましめて、末法燈明記に「末法の世の中で、もしも戒をたもつ者がいたとしたら、たとえば市の中で虎を見たというのと同じくらい奇異なことであり、誰も信じないであろう」と記している。
[31]お尋ねするが、大事な一念三千の法門による観心の修行をすすめないで、どうしてただ題目ばかりを唱えよというのか。
[32]お答えしよう。たとえば日本の二字の中に、六十六もある各国の人間やら家畜の類・財物のすべてが収まってしまって一つもあますところがない。また月支という二文字の中にはインドの七十もある国々のすべてが収まってしまう。したがって妙楽大師は法華文句の記の第八の中で、「略して経文の題名である妙法蓮華経の五字をあげれば、その中に一部八巻二十八品の全経文を収めることになるのである」と述べており、また釈籤の第一では「略して十界と十如をあげると、その中に宇宙のすべて三千の大千世界をもれなく収めている」と説かれている。文殊師利菩薩も阿難尊者も、インドの霊鷲山や虚空会で説かれた八年間の仏の教えを妙法蓮華経と題をつけ、その題のもとで「私はこのように聞いた」と語っている。したがって妙法蓮華経の五字の中には、仏のすべての教えが含まれているのである。
七 題目を唱えただけで功徳が得られるか
[33]お尋ねするが、何も理解できない者がただ南無妙法蓮華経と唱えるだけで、理解したと同じような功徳が得られるのかどうか。
[34]お答えしよう、たとえば赤子が母の乳を含み飲む時に、いちいち味がわからなくても、自然に発育していくようなものだ。またインドの名医たる耆婆が調合してくれた妙薬は、薬学の知識が全くなくとも、信じてこれを飲めば重病も回復できるのと同様である。水は心はないが火を消し、火はまた心がないが物を焼いてしまう。竜樹菩薩も天台大師もみなこのことについてはよく理解していた。重ねてこのことを示した次第である。
[35]お尋ねしよう、なぜ題目の中に万法が含まれているのであるか。
[36]お答えしよう、章安大師は法華玄義の序文について、「最初の題目は法華経の王ともいうべきものであり、この経王はまさに一経の真髄たる玄意を述べたものであって、玄意はまた経文の心を表わしたものである。さらに文の心の中に迹門と本門の大切な法門がすべてこめられているのである。妙楽大師は「法華の文心たる題目の五字を基準にして、諸経の勝劣をわきまえる」と釈籖の第十で述べている。濁った水も月を浮かべておのずと澄んでくるように、草木も雨にあって花を咲かせるように、妙法蓮華経の五字は単なる経文というのではなく、月であり雨の役目を果たすのであって、意味は理解できなくとも初心の行者は信じさえすれば法華一経の真意をおのずと体得することができるのである。
八 法華経行者の福は無量である
[37]お尋ねするが、あなたの弟子は、少しの理解もなくただ一口に南無妙法蓮華経と唱えるだけだというが、その位はどんなものか。
[38]お答えしよう、この人の位はただ法華経以前に説かれた諸経を始め、円教の最上の位をこえただけではなく、さらに真言等の諸宗の元祖である善無畏・智儼・慈恩・吉蔵・道宣・達摩・善導等の祖師らよりも百千万億倍優れているのである。したがって日本国中の諸人は、わが弟子を軽視してはならない。
[39]われらは過去のことを尋ねてみると、八十万億劫という長い間にわたって、無量の諸仏を供養した大菩薩である。まさに涅槃経に説かれているごとく、過去に熙連河の砂の数ほどの仏について修行を積み重ねてきたものたちである。また未来のことを論ずれば、八十年の間にわたり布施行をおこなった者よりも超過し、五十のさまざまな功徳を備えたものとなる。たとえばおむつに包まれた天子のようであり、大竜の子供のような存在であって、決してあなどったり、みくびったりしてはならないのである。妙楽大師は文句記の第四に「法華経の行者をもしも悩まし乱す者がいたならば、その罪によって頭は七つに破れてしまうであろう。逆に行者を供養し尊ぶ者は、仏を供養した者よりもまして福は十号に過ぎたものがえられる」と書かれている。
[40]インドの優陀延王という人は賓豆盧尊者を軽蔑したために、七年たたない中に命を失い、相模守は日蓮を流罪にしたので、百日たたぬ中に兵乱にあってしまった。勧発品には「もしも法華経を受持する者を見て、その行者の罪やあやまちを言いふらすものがいたら、そのことが事実であろうと、事実でなかろうとも、この人は白癩の病にかかり、さらにいろいろな悪病にとりつかれるであろう」と説かれている。また勧発品には、「法華経の行者を悩ました者は、代々眼が不自由となる」とあり、実際に明心と円智は白癩の病気にかかり、道阿弥は眼の病気にかかった。国中に流行病が起きているのは、「頭が七つに割れる」という経文に当たっているといえる。以上の諸経論に書かれていることから考えて、罰を受けている現実の例から推察してみると、われら法華経の行者一門はその福は仏の十号よりも過ぎたものとなることは疑いないものである。
九 邪法を禁止せよ
[41]人王の第三十代欽明天皇の御代に、始めて仏法がわが国に渡来してより、桓武天皇の御代に至るまで、二十代二百余年の間、南都(奈良)に六宗が広まったが、仏法の正邪についてはいまだ決定しなかった。ところが延暦年間に一人の聖人がこの国に出現された。その名を伝教大師という。この人は先に弘まっていた六宗の教えを研究して、浅深を明らかにし、その欠けている所を指摘して七か寺を弟子にした。後に比叡山に寺を建立し、本寺となすに至った。各地の諸寺を末寺となし、日本の仏教をただ天台の一門としたのである。国を治める王法と仏法とは二つではなく常に一つのはずである。王法と仏法とがきちんと定まっていれば、その国もおのずと清らかで平和である。その伝教大師の功績は、源なる根拠が法師品の「すでに説いた四十余年間の経と、いま説いた無量義経と、これからまさに説こうとする涅槃経の中で、最も優れた第一の法が法華経である」という経文により、仏教の勝劣を判定したことにある。
[42]その後になって、弘法・慈覚・智証の三大師が中国の学者の説をたよりに、大日の三部経は法華経よりも優れていると言い、そのうえ伝教大師が宗の一字をけずり去って真言とし、宗派とはみなさないでいたのに、宗の字をそえて真言宗とし、八宗の一つに加えてしまった。また三人が一緒に勅宣を願い出て、日本中に真言を弘め、寺ごとに法華経の真義をやぶりすてた。これは明らかに仏の説である「已今当」の教えにそむき、釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵となってしまったのである。
[43]このようにして仏法は次第に衰退して、王法もしたがっておとろえ、天照大神・正八幡等の日本国守護の善神も力を失ってしまい、大梵天王や帝釈天・四天王等も邪法の弘まる国を捨て去り、この国はまさに滅びようとしている。心ある人ならばこの現実を嘆かずにはおられようか。
[44]要するに三大師の邪法のおこるもとは、いわゆる京都の東寺と比叡山の総持院と三井の園城寺との三か所である。この三寺の邪法を禁止しなければ、国土の滅亡と衆生が悪道に落ち入ることは疑いのないところであるといえるであろう。
[45]日蓮はこのことをよく考えたうえで、国主にも伝えて諫めたが、一向に聞き入れようとしない。まことに悲しむべきことであり、残念なことである。