妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

事理供養御書

全集 第4巻 2段 定本: #20230(定本の該当ページへ)

書下し

事理供養御書じりくようごしよ


[1]白米はくまいぴよう、けいもひとたわら、こふのりひとかご、おんつかひをもつてわざをくられて候。
[2]人にも二つのたからあり。一にはころも、二にはしよくなり。経に云く、〔「有情うじようは食によって住す」〕と云云。もんの心は、しようある者は衣と食とによつて世にすむと申す心也。うおは水にすむ、水をたからとす。木は地の上にをい(生)て候、地をたからとす。人はしよくによてしようあり。食をたからとす。
[3]いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり。遍満三千界無有直身命へんまんさんぜんかいむうじきしんみようととかれて、三千大千世界にみてゝ候財をいのちにはかへぬ事に候なり。さればいのちはともしび(燈)のごとし。食はあぶら(油)のごとし。あぶらつくればともしびきへぬ。食なければいのちたへぬ。
[4]一切のかみほとけをうやまいたてまつるはじめには、南無なむと申す文字ををき候なり。南無と申すはいかなることぞと申すに、南無と申すは天竺てんじくのことばにて候。漢土かんど・日本には帰命きみようと申す。帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり。我が身にはぶんしたがひて妻子さいしけんぞく所領しよりよう金銀きんぎん等をもてる人々もあり、又ざいなき人々もあり。財あるも財なきも、命と申すたからにすぎて候たからは候はず。さればいにしへの聖人賢人しようにんけんじんと申すは、命を仏にまいらせて仏にはなり候なり。
[5]いわゆる雪山童子*せつせんどうじと申せし人は、身をおににまかせて八字*はちじをならへり。薬王*やくおうと申せし人は、ひじをやいて法華経にたてまつる。我朝わがちようにも聖徳太子しようとくたいしと申せし人は、手のかわをはいで法華経をかき奉り、天智天皇てんちてんのうと申せし国王は、無名指むめいしと申すゆびをたいて釈仏に奉る。これらは賢人聖人けんじんしようにんの事なれば我等われらかなひがたき事にて候。
[6]ただし仏になり候事は、凡夫ぼんぷこころざしと申す文字もんじを心へて仏になり候なり。志ざしと申すはなに事ぞと、委細いさいにかんがへて候へば、観心かんじんの法門なり。観心の法門と申すはなに事ぞとたづね候へば、たゞ一つきて候ころもを法華経にまいらせ候が、身のかわをはぐにて候ぞ。うへ(飢)たるよ(世)に、これはなしては、けう(今日)の命をつぐべき物もなきに、ただひとつ候ごれう(御料)を仏にまいらせ候が、身命を仏にまいらせ候にて候ぞ。
[7]これは薬王のひぢをやき、雪山童子の身を鬼にたびて候にもあいをとらぬ功徳にて候へば、聖人のおんためには供やう(養)、凡夫ぼんぷのためにはくやう。止観しかんの第七の観心の*だんばら密と申す法門なり。まことのみちは世間せけん事法じほうにて候。
[8]金光明経には、〔「もし深く世法をらばすなわちこれ仏法なり」〕ととかれ、涅槃経には、〔「切世間の外道げどうの経書は皆これ仏説にして外道の説にあらず」〕とおおせられて候を、妙楽大師は法華経の第六の巻の〔「一切世間の治生産業じしようさんぎようはみな実相と相違背あいいはいせず」〕の経文に、引き合せて心をあらわされて候には、彼々かれがれの二経は深心じんじんの経々なれども、の経々はいまだ心あさくして法華経におよばざれば、世間せけんの法を仏法ぶつぽうせてしらせて候。法華経はしからず。やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候。爾前にぜんの経々の心は、心より万法ばんぽうを生ず。たとへば心は大地のごとし、草木そうもくは万法のごとしと申す。法華経はしからず。心はすなはち大地、大地すなわち草木なり。爾前の経々の心は、心のすむは月のごとし、心のきよきは花のごとし。法華経はしからず。月こそ心よ、花こそ心よと申す法門なり。
[9]これをもつてしろしめせ。白米はくまいは白米にはあらず。すなわちいのちなり。
[10]美食びしよくををさめぬ人なれば力をよはず山林にまじわり候ぬ。されども凡夫ぼんぷなればかん(寒)もしのびがたく、熱をもふせぎがたし。食ともし。ひよう〇目が万里ばんりいつそん忍びがたく、思子孔ししこうが十じゆん飯堪はんたゆべきにあらず。
[11]読経のどつきようこえも絶へぬべし。観心の心をろそかなり。しかるにたまたまのおんとぶらいただ事にはあらず。教主釈尊の御すゝめか、はた又過去宿習かこしゆくしゆう御催おんもよおしか、方々紙上かたがたしじように〔つくしがたし〕。恐々きようきよう
現代語訳

事理供養御書


建治二年(一二七六)、五五歳、於身延山、和文、定一二六一—一二六四頁。

一 人間にとっての二つの財宝


[1]白米一俵・毛芋一俵・河海苔一篭を、御使の人に託してわざわざ送り届けて頂き、たしかに受領した。
[2]人間には二つの財物が必要である。一つには衣類であり、二つには食物である。経文には「生きているものは食物によって存在することができるのである」という。この経文の意味は、すべて生あるものは衣類と食物とによって、世に住むことができるということである。たとえば魚は水中に住んでいて、水を宝とする。木は地の上に生えていて、土地を財としているのと同じである。すなわち人間は食物によって生きているのであり、食物を第一の財としているのである。

二 事の供養と理の供養


[3]命というものはすべての財宝の中の第一に大切な財物である。あまねく三千世界の中において身命にあたいするものはないと説かれているが、まことに三千大千世界のすべての財物をもってしても命にかえることは、とても出来ないことである。したがって命は燈火のようなものであり、食物は油のようなものである。油が尽きると燈火が消えてしまうように、食物がなければ命は断たれてしまう。
[4]すべての神・仏を敬いたてまつる時には、まず最初に「南無」という字から始まっている。南無というのはインドの言葉で、中国や日本では帰命という。帰命とはわが命を仏に奉ることである。わが身にはそれぞれの分に応じて妻子や使用人、土地や資金等を持っている人もいるし、また持っていない人々もいる。しかしこうした財産を持っている人でも持っていない人であっても、命という財宝に過ぎた財宝はない。したがって昔の聖人・賢人といわれる人々は、自分の命を仏に奉って、その功徳で仏になったのである。
[5]すなわち雪山童子という人は、わが身を鬼神に与えて尊い教えの八字をならった。薬王菩はわが臂を焼いて燈明として法華経に供養された。日本でも聖徳太子は、自分の手で皮をはいで法華経を書き、天智天皇は第四指の薬指を焚いて釈仏に供養なされた。これらのことは聖人や賢人の行なったことであるので、われら凡夫にとっては不可能なことである。
[6]ただし仏になるためには凡夫は「志ざし」という文字を心得て、それで仏になることができるのである。それでは志ざしということは何かというと、詳しく考えてみるに観心の法門のことである。さらに観心とはどういうことかというと、たとえば一枚しか着ていない着物を、必要とあらば法華経にさしあげることであって、これが、身の皮をはぐということと同じである。また食べる物がない飢えた時に、これを手放してしまうと今日の命をつなぐことができなくなってしまうというとき、そのただ一つしかない食物を仏に供養することであり、これが身命を仏に差し上げるということであって、こうした実践方法のことである。
[7]このことは薬王菩が臂を焼き、雪山童子が身を鬼神に捧げたことにも劣らぬ功徳であるので、聖人の命を惜しまぬ供養は事(仏法を実践すること)の供養であり、凡夫の志ざしの供養は理(仏の教えに従う)の供養といえる。摩訶止観の第七に説かれている観心の檀波羅蜜(布施)という法門がこれである。真実の道は世間における事実の法理と共通するものである。

三 世法即仏法


[8]金光明経には、「もし深く世間の法について知ることができれば、すなわちこれは仏法である」と説かれている。また涅槃経には「すべての世間における仏教以外の経典論書は、実はみな仏の説であって仏教以外の別の教えではない」と仏が述べられているのを、妙楽大師は法華経の第六巻にある「すべての世間における人々の活動・産業は、みな仏の説く真実の法理に反するものではない」という経文に引き合わせて仏の心を明らかにしている。それによると先の金光明経と涅槃経の二経は、心の深い教えのようであるが、法華経と比較してみるとまだ浅い教えであって及ばないものである。つまり世間の法を仏法と関係づけて知らせているのであるが、法華経はそうではない。法華経ではそのまま世間の法が仏法の全体であると解釈されているのである。法華経以前の諸経では「心から万法(すべてのもの)が生じてくる。たとえば心は大地のようなものであって、そこに生えている草木は万法のようなものである」という。法華経はそうではなく、「心がすなわち大地であり、大地はただちに草木である」というのである。また諸経では「心の澄むのは月のごとく、心の清らかなことは花のごとくである」というが、法華経ではそうではなく、「月こそ心であり、花こそ心である」という法門なのである。
[9]このことから考えてみると、送っていただいた白米はただの白米ではなく、すなわち命である。
[10]日蓮は美食を好まぬ者であるので(世俗の栄華を望まない身の上なので)力が及ばないため、こうして山林に交わり生活しているが、しかしながら凡夫の身であるので、冬の寒さも耐えがたく、夏の暑さも防ぎがたい状態でいる。食糧も乏しい状態である。昔、万里の遠くへ旅した人がほんのわずかの食だけで苦労したとのこと、また中国の子思と孔子が百日の間に九回だけ食事をし、あとは食べる物に耐えたというが、今はそれよりも耐えがたい状態である。
[11]ここ身延山における読経の声も絶えてしまいそうであり、心を見つめ、悟りを得るための修行もおろそかになりがちである。そうしたおりにこのたびのご供養をいただいたことは、ただ事とも思えない。きっと教主釈尊のおすすめによるものか、あるいはまた過去の世からの御縁が熟して、このようになったのか、とても手紙で書き表わすことのできるものではない深いわけがあるからであろう。恐れながら謹んで申し上げる。