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薬王品得意抄

全集 第4巻 2段 定本: #41(定本の該当ページへ)

書下し

薬王品得意抄やくおうほんとくいしよう


[1]〔この薬王品*やくおうぼんの大意とは、この薬王品は第七の巻。二十八ほんの中には第二十三の品なり。この第一の巻に序品じよほん方便品ほうべんぽんの二品あり。序品は二十八品の序なり。方便品より人記品にんきほんに至るまでの八品はしようには二乗作仏にじようさぶつあかし、ぼうにはぼさつ凡夫ぼんぶの作仏をあかす。
[2]法師ほつし宝塔ほうとう提婆だいば勧持かんじ安楽あんらくの五品はかみの八品を末代まつだいの凡夫の修行すべきようを説くなり。また涌出品ゆじゆつぽん寿量品じゆりようほんの序なり。分別功徳品ふんべつくどくほんより十二品は、正には寿量品を末代の凡夫のぎようすべき様、傍には方便品等の八品を修行すべき様を説くなり。しかれば、この薬王品は方便品等の八品、並に寿量品を修行すべき様を説きし品なり。
[3]この品に十のたとえあり。第一大海のたとえ、まづ第一の譬をほぼ申すべし。この南閻浮提*なんえんぶだいに二千五百の河あり。西耶尼*さいくやにに五千の河あり。じてこの四天下してんげに二万五千九百の河あり。あるいは四十里・乃至ないし百里・一里・一町・一尋ひとひろ等あるなり。しかりといえども、このもろもろの河はじて深浅じんせんこと、大海におよばず。
[4]法華已前ほつけいぜん華厳経けごんきよう阿含経あごんきよう方等経ほうとうきよう般若経はんにやきよう深密経じんみつきよう阿弥陀経あみだきよう涅槃経ねはんぎよう大日経だいにちきよう金剛頂経こんごうちようきよう蘇悉地経そしつちきよう密厳経みつごんきよう等の釈如来の所説の一切経、日如来の所説の一切経、阿弥陀如来の所説の一切経、薬師やくし如来の所説の一切経、過去現在未来三世さんぜの諸仏所説の一切経の中に法華経第一なり。
[5]譬えば諸経は大河・中河・小河等のごとし、法華経は大海のごとし等と説くなり。河に勝たる大海に十の徳あり。一に大海は漸次に深し。河はしからず。二に大海は死屍ししとどめず。河はしからず。三に大海はもと名字みようじを失う。河はしからず。四に大海は一味いちみなり。河はしからず。五に大海はたから等あり。河はしからず。六に大海は極めて深し。河はしからず。七に大海は広大無量なり。河はしからず。八に大海は大身の衆生等しゆうじようとうあり。河はしからず。九に大海はしおの増減あり。河はしからず。十に大海は大雨大河をうけて、えいいつなし。河はしからず。
[6]この法華経に十の徳あり。諸経には十のしつあり。この経は漸次深多じんたにして五十展転*ごじゆうてんでんなり。諸経には、なお一もなし。いわんや二三四乃至ないし五十展転をや。河は深けれども、大海の浅きに及ばず。諸経は一字一句十念じゆうねん等をもって、十悪五逆*じゆうあくごぎやく等の悪機あつきしようすといえども、いまだ一字一句の随喜ずいき五十展転には及ばざるなり。
[7]この経の大海に死屍ししとどめずとは、法華経にそむ謗法ほうぼうの者は極善ごくぜんの人たりといえども、なおこれを捨つ。いかにいわんや悪人なるの上、謗法をなさん者をや。たとい諸経をほうすといえども、法華経に背かざれば、必ず仏道ぶつどうじようず。たとい一切経を信ずといえども、法華経に背かば必ず阿鼻大城あびだいじようつ。乃至ないし第八には大海は大身の衆生あり等というは、大海には摩竭大魚まかつだいご大身だいしんの衆生これあり。無間地獄むげんじごくともうすは縦広じゆうこう八万由旬ゆじゆんなり。逆の者、無間地獄におちては一人必ず充満す。この地獄の衆生は大身の衆生なり。諸経の小河大河の中には摩竭大魚これなし。法華経の大海にはこれあり。五逆の者、仏道を成ず。これ実には諸経にこれなし。諸経にこれありというといえども、実には未顕真実なり。
[8]ゆえに一代聖教をそらんぜ天台智者大師*てんだいちしやだいしの釈にいわく「他経たきようはただ菩して二乗にじように記せず。乃至ないしただ善に記して悪に記せず。今経皆記こんきようみなきす等云云」。しばらくこれを略す。
[9]第二には山に譬う。十宝山じつぽうせんとは山の中には須弥山*しゆみせん第一なり。十宝山とは一には雪山せつせん、二には香山こうせん、三には軻梨羅山かりらせん、四には仙聖山せんしようせん、五には由乾陀山ゆげんたせん、六には馬耳山めにせん、七には尼民陀羅山にみんだらせん、八には斫伽羅山しやからせん、九には宿慧山しゆくえせん、十には須弥山なり。さきの九山とは諸経諸山のごとし。ただし一一にざいあり。須弥山は衆財しゆざいしてその財に勝れたり。例せば世間の金の閻浮檀金えんぶだんごんおよばざるがごとし。
[10]華厳経の法界唯心ほうかいゆいしん・般若の十八空・大日経の五相成身ごそうじようしん観経かんきようの往生より法華経の即身成仏勝れたるなり。須弥山は金色こんじきなり。一切の牛馬人天衆鳥ぎゆうばにんてんしゆうちよう等この山によれば必本色かならずほんじきを失して金色なり。余山はしからず。一切諸経法華経によれば本のいろを失う。例せば黒色の物、日月の光に値て色を失うがごとし。諸経の往生成仏等の色は法華経に値えばかならずその義をうしなうなり。
[11]第三には月に譬う。衆星しゆせいあるいは半里、或は一里、或は八里、或は十六里にはぎず。月は八百余里よりなり。衆星は光ありといえども月に及ばず。たとい百千万億ないし一四天下*てんげ三千大千十方世界の衆星これをあつむとも一の月の光に及ばず。いかにいわんや一の星、月の光に及ぶべきや。華厳経・阿含経・方等・般若・涅槃経・大日経・経等の一切の経これをあつむるとも、法華経の一字に及ばず。〕
[12]一切衆生の心中しんちゆう見思*けんじ塵沙じんじや無明むみよう三惑さんなく、並に十悪五逆等のごう暗夜あんやのごとし。華厳経等の一切経は闇夜あんやの星のごとし。法華経は闇夜の月のごとし。法華経を信ずれども深く〔信ぜざる者〕は〔半月の闇夜を照すがごとし。深く信ずる者は満月の暗夜を照すがごとし。月なくしてただ星のみある夜には〕強力の者・かたましき者なむとは行歩すといへとも、老骨の者・女人なむとは行歩に〔叶わず〕。満月の時は女人老骨なんども、あるいは遊宴のため、〔或は人にあわんがごとき行歩自在ぎようほじざいなり〕。諸経には菩大根性だいこんじようの凡夫はたとひ得道とくどうなるとも、二乗・凡夫・悪人・女人・ないし末代の老骨の懈怠無戒けだいむかいの人々は往生成仏不定ふじようなり。法華経は〔しからず。二乗・悪人・女人等なお仏に成る〕。いかにいはんや菩大根性の凡夫をや。また月はよいよりもあかつきは光まさり、春夏よりも秋冬は光あり。法華経は正像二千年よりも末法まつぽうにはことに〔利生りしようあるべし〕。
[13]〔問て云く、証文如何しようもんいかん
[14]答て云く、道理顕然どうりけんねんなり。その上、しもの文に云く、「我滅度わがめつどのち、後の五百歳の中に広宣流布こうせんるふして、閻浮提において断絶せしむること無し」等云云。この経文に二千年の後、閻浮提に広宣流布〕すべしととかれてそうろうは第三の月の譬の意なり。〔この意を根本伝教大師こんぽんでんぎようだいし釈して云く「正像やや過ぎおわつて末法はなはだ近きにあり。法華一乗の機今正きいままさしくこれその時なり」等云云。正法しようぼう千年も像法ぞうぼう千年も法華経の利益りやく諸経にこれまさるべし。しかりといえども月の光の春夏の正像二千年より末法の秋冬にいたつひかり勝るがごとし〕。
[15]第四たとえは、星の中に月のいでたるは星の光には〔月の光は勝とも、いまだ星の光を消さず。日中には星の光消ひかりけさるるのみにあらず〕、また月の光もうばつて〔光を失う。爾前にぜんは星のごとく、法華経の迹門しやくもんは月のごとし、寿量品じゆりようほんは日のごとし。寿量品の時は迹門の月いまだ及ばず。いかにいわんや爾前の星をや。夜は星の時も月の時も衆務しゆむをなさず。夜暁よあけて必ず衆務をなす。爾前・迹門にしてなお生死を離れがたし。本門ほんもん寿量品にいたつて必ず生死を離るべし。余の六譬これを略す〕。
[16]〔このほか、またおおくたとえこの品にあり。その中に「渡りに船を得たるがごとし」。この譬のこころは生死の大海には爾前の経はあるいいかだ、或は小船なり。生死のこの岸より生死の彼岸には付くといえども、生死の大海を渡り〕極楽の彼岸にはとつきかたし。例せば世間の小船等が〔筑紫より坂東に至り〕、鎌倉よりいの嶋なむとへとつけとも唐土へ〔至らず。唐船からぶねは必ず日本国より震旦国しんたんこくに至るにさわりなきなり。また云く「まずしきに宝を得たるがごとし」等云云。爾前の国は国なり。爾前の人は餓鬼なり。法華経は宝の山なり。人は富人とめるひとなり。
[17]とうて云く爾前は国と云う証文いかん。
[18]答て云く授記品じゆきほんに云く「うえたる国よりきたつて忽ちに大王のぜんえるがごとし」等云云。
[19]女人の往生成仏おうじようじようぶつの段は、経文に云く「もし如来の滅後、のちの五百歳のうちにもし女人ありてこの経典をきいせつのごとく修行せば、ここにおいて命終みようじゆうして、即ち安楽世界阿弥陀仏の大菩だいぼさつしゆう囲遶いにようせられて、住するところゆいて、蓮華のなか、宝座の上にしようぜん」等云云。
[20]問て云く、この経このほんことに女人の往生を説く、なんゆえがあるや。
[21]答て曰く、仏意測ぶついはかりがたく、この義決ぎけつしがたきか。ただし一の料簡りようけんを加えば、女人は衆罪しゆざい根本こんぽん破国はこくみなもとなり。故に内外典ないげてんに多くこれをいましむ。その中に外典を以て、これを論ずれば三従さんじゆうあり〕。三従ともうすは、三したかうと云うなり。〔一にはようにしては父母に従い、して夫に従い、おいて子に従う。この三障さんしようありて、世間自在ならず〕。
[22]〔内典を以て、これを論ずれば五障ごしようあり。五障とは一には道輪回の間、男子のごとく大梵天王とならず。二には帝釈とならず。三には魔王とならず。四には転輪聖王とならず。五には常に六道にとどまりて三界をでて仏に成らず〈超日月三昧経ちようにちがつさんまいきようの文なり〉。銀色女経ごんじきによきように云く「三世さんぜの諸仏のまなこは大地に堕落すとも、法界の諸の女人はながく成仏のなし」等云云〕。
[23]ただし凡夫すら〔賢王聖人けんのうせいじん妄語もうごせず〕。んよきといゐし者は、けいか(荊軻)にくびをあたえ、さつと申せし人は徐君じよくんつかつるぎをかけたりき。これ約束を〔違えず。妄語無もうごなき故なり〕。いかにいはんや声聞・菩・仏をや。仏は昔し凡夫にましし時、小乗経を習給ならいたまいし時、〔五戒ごかいを受け〕始給そめたまいき。五戒の中の第四の不妄語ふもうごの戒をかたく持ち給き。たからを奪われ、命をほろぼされし時もこの戒をやぶらず。大乗経を習いたまいし時、また十重禁戒*じゆうじゆうきんかいを持ち、その十重禁戒の中の第四の不妄語戒を持ち給き。この戒をかたたもち無量劫むりようこう〔これを破りたまわず。ついにこの戒力によって仏身をじようし三十二相の中に広長舌相*こうちようぜつそうを得たまえり〕。この舌うすく、ひろく、ながし。あるいつらにをヽい、或は髪際かみぎわにいたり、或は梵天にいたる。舌の上に五のあり。印文いんもんのごとし。この舌の色は赤銅しやくどうのごとし。舌の下に二の珠あり。甘露かんろ涌出ゆじゆつす。これ不妄語戒の徳の〔いたす所なり〕。仏この舌を以て、三世の諸仏の御眼おんめを大地にすとも、法界の女人仏になるべからずととかれしかば、一切の女人はいかなる世にも仏にはならせたまふまじきとこそをぼへて候へ。
[24]さるにては女人の御身おんみを受けさせ給ては、たとひきさきさんこうの位にそなはりてもなにかはすべき。善根仏事ぜんごんぶつじをなしても、よしなしとこそをぼへ候ヘ。しかしてこの法華経の薬王品やくおうほんに女人往生をゆるされそうらいぬる事また不思議に候。彼経かのきよう妄語もうごか。この経の妄語、いかにも一方は妄語たるべきか。もしまた一方いつぽう妄語ならば一仏に二言あり。〔信じがたき事なり〕。
[25]ただし量義経の四十余年には、〔いまだ真実をあらわさず〕。涅槃経の〔如来には虚妄こもうごんなしといえども、もし衆生虚妄の説によるとしろしめす〕のもんを以て〔これを思えば〕、仏は女人は往生成仏すべからずと説せ給けるは妄語ときこえたり。妙法華経の文に〔「世尊の法はひさしくしてのちかならずまさに真実を説くべし」〕。妙法華経乃至皆是真実ないしかいぜしんじつと申す文を以て〔これを思うには〕、女人の往生成仏決定けつじようとかるゝ法華経の文は実語じつご不妄語戒とみえたり。世間の賢人もただ一人ある子が不思議なる時、あるいとがある時は〔ながく子たるべからずのことわり起請きしようを書き、あるい誓言せいごんたつるとも、終命終みようじゆうの時にのぞみてこれを許す。しかりといえども賢人にあらずといわず〕。また妄語せし者とも〔いわず〕。仏も〔またまたかくしのごとし〕。爾前四十余年が間は菩得道とくどう・凡夫の得道・善人男子ぜんにんなんし等の得道は許すやうなれども、二乗にじよう・悪人・女人なんどの得道はこれ許されず。あるいはまた許さるゝににたる事もあり。いまだ定めがたかりしを、仏の説教四十二年すでにすぎて、御年おんとし七十二摩竭提国王舎城耆舎崛山まかだこくおうしやじよう*ぎしやくつせんと申す山にして法華経をとかせ給ふとをぼせし時、量義経と申せし経をとかせ給ふ。無量義経の文に云く、四十余年云云。
現代語訳

薬王品得意抄


文永二年(一二六五)、四四歳、原和漢混淆文、定三三七—三四三頁。

一 法華経における薬王品の位置


[1]この薬王品のおもな意味はどのようなものであるのかというと、まず法華経の第七巻の中に収められており、二十八品あるうちの第二十三番目の品である。この法華経の第一巻の中には、序品と方便品の二品がある。序品は二十八品の中の序にあたる。方便品第二から人記品第九に至るまでの八品は、主として声聞しようもん縁覚えんがくの二乗が仏に成れることを明らかにし、かたわら菩や凡夫の成仏について述べられている。
[2]次の法師品第十から見宝塔品けんほうとうほん第十一、提婆達多品だいばだつたほん第十二、勧持品かんじほん第十三、安楽行品あんらくぎようほん第十四までの五品は、方便品以下の八品を末代の凡夫が修行すべき様式を説いているのである。また涌出品第十五は寿量品第十六の序である。分別功徳品第十七から、以下の十二品は主として寿量品を末の世の凡夫が修行していくべき方法を説いたものであり、かたわら方便品等の八品を修行すべき方法として説かれたものである。したがってこの薬王品は方便品等の八品と、ならびに寿量品を修行すべき方法を説き示した品ということになる。

二 大海の譬


[3]この薬王品の中に十のひゆが説かれている。その第一は大海の譬であって、まずこの譬についてお話ししよう。このわれらの住んでいる南閻浮提に、二千五百の河がある。また西耶尼には五千の河がある。じて東西南北の四天下の中に、二万五千九百の河が流れている。その河の中には四十里から百里に及ぶ大河もあれば、一里・一町あるいは一尋といった小さな河もある。しかしこれらのたくさんある河は、いずれもその深さは大海には及ばないのである。
[4]これと同じように、法華経以外の諸経、すなわち華厳経・阿含経・方等経・般若経・深密経・阿弥陀経・涅槃経・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・密厳経等の釈如来のお説きになられた一切の経、ならびに大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等のお説きになられた一切の経、さらに過去・現在・未来の三世にわたって説かれた一切の仏のすべての経典の中で、法華経が最も優れた第一の経であるということである。
[5]たとえば法華経の以外の諸経は、大河・中河・小河のごとくである。それに対して法華経は大海のごとくである。また河よりも優れた大海には十の徳目がある。第一に大海は次第に浅きから深きに至るのであるが、河はそうではない。第二に大海は死骸をとどめないが河はそうではない。第三に大海へ注ぐ水はすべて河の名を失って一つの大海となるが、河はひとつひとつ別である。第四に大海は同一味であるが河はそれぞれに異なっている。第五に大海には珍宝が秘められているが、河にはそれがない。第六に大海はきわめて深いが河はそうでない。第七に大海は広大無量であるが河はそうではない。第八に大海には大身のものが生棲しているが河にはいない。第九に大海は潮の増減があるが河にはない。第十には大海は大雨による大河の水を受け入れてもれ出すことがないが河はそうはいかない。
[6]この大海と同様に法華経にも十種の徳目があるが、諸経にはそれがないばかりか十の欠点がある。すなわち法華経は浅きから次第に深きに入り、かの五十展転がそれを物語っている。諸経には一展転もない。いわんや二三四ないし五十展転があるはずがない。また河は深いところもあるが、それでも大海の浅いところにも及ばない。諸経は一字一句十念等をもって、十悪・五逆等の悪業を犯したものを救うことができるといっているが、いまだ法華経の一字一句を聞いて随喜の心を生じ、五十展転に至る功徳には及ばないのである。これが第一の徳である。
[7]次にこの経の大海には死屍しかばねを留めずというのは、法華経にそむく謗法の人は、たとえ極善の人であっても、これを捨て去ることになるので、ましてや悪人で謗法の人はいうまでもないことである。たとえ諸経を誹謗したとしても、法華経にそむかなかったなら、かならず仏道を成ずることができる。逆に一切経を信じたとしても法華経にそむいたならば、かならず阿鼻大城の地獄に落ちることになる。これが第二の徳である。ないし第八に大海には大身のものがあるというのは、大海の中には摩竭大魚等の大きな身体の生物がいる。無間地獄というのは縦と横の広さが八万由旬もある。五逆を犯した者はこの無間地獄に落ちて一人のこらずかならず苦しみを受けることになる。この地獄の衆生は五逆のものであり大身のものである。諸経の小河・大河の中には摩竭大魚はいないが、法華経の大海にはいる。五逆を犯した者で仏道を成ずるものは諸経の中にはいない。諸経の中でも成仏するものがいるといっているが、実にはいまだ真実をあらわしていないのである。
[8]このゆえに仏の一代の聖教をよく学んだ天台智者大師は、「他の経にはただ菩の成仏のみを記して、声聞・縁覚の二乗については記されていない。ないし善人のみの授記じゆき(成仏の証明)を与え、悪人の授記はしていない。法華経では善悪ともにみな授記を認めている」といっている。いかに法華経が勝れているかわかるであろう。なお十徳のうち他の項については、ここで省略することにする。

三 大山の譬


[9]第二にこんどは山にたとえて説明しよう。まず十の宝の山があるが、その中では須弥山が最も優れた山である。十の宝の山というのは、一に雪山、二に香山、三には軻梨羅山、四には仙聖山、五には由乾陀山、六には馬耳山、七には尼民陀羅山、八には斫伽羅山、九には宿慧山、十には須弥山である。一から九までの各山は諸経諸山のごとくである。ただしひとつひとつの山には財宝がある。しかし十番目の須弥山には諸山の財宝を備え持ち、さらにそれらよりもっと優れた財宝を持っている。たとえば世間の金は宝物として優れているが、閻浮檀金という最高の金には及ばないのと同じである。
[10]華厳経の説である「一切のものはみな心が造るものである」という法門や、般若の十八空説や、金剛頂経の五種類の心によって本尊身となるという説や、観無量寿経かんむりようじゆきようの極楽往生の説よりも、法華経の即身成仏そくしんじようぶつの法門のほうが優れている。須弥山という山は金色に輝いている。一切の牛馬や人天、すベての鳥類は、みなこの山に近づくと、それぞれの色を失ってみな金色になる。他の山はこのようなことにはならない。それと同様に一切の諸経は法華経によって、その色を失うのである。例えば黒い色のものは日月の光にあうと変色してしまうようなものである。諸経の説く往生成仏等の色は、法華経にあえば、必ずその教義を無にしてしまうのである。

四 月の譬


[11]第三に月にたとえてみると、衆星はその光が半里・一里、あるいは八里・十六里に達するものがあったとしても、月は八百里余にも及ぶものである。たとえ百千万億ないし一四天下の三千大千十方世界の衆星をすベて集めてみても、一つの月光には及ばないのである。ましてや一つの星の光が、月の光に及ぶことは決してありえないことである。これと同様に華厳経・阿含経・方等・般若・涅槃経・大日経・観経等の一切の経が集まってみても、法華経の一字には及ばない。
[12]一切衆生の心の中にある見思・塵沙・無明の三つの惑障わくしよう、ならびに十悪・五逆等の業障ごうしようは、暗夜のごとくである。華厳経等の一切経は闇夜の星のごとくであり、法華経は闇夜を照らす月のようなものである。法華経を信じたとしても深く信じない者は、半月が闇夜を照らしているようなものである。深く信じている者は満月が暗夜を照らすごとくである。月がなく、ただ星のみが輝いている夜には、力の強い丈夫な人は歩くことができるかもしれないが、老人や子女は歩くことはできない。だが満月の照らす夜は、子女も老人も遊びや宴席へ出かけたり、友人知人と会うために出かけることも自由にできるのである。これと同じように、諸経では、菩や根性の強い凡夫はたとえ仏の道を得ことができたとしても、声聞・縁覚の二乗や、凡夫・悪人・女人、さらに末代の老人や、力が弱く努力することのできない人、あるいは無戒の人々等は、とても往生成仏することは不可能である。ところが法華経では、そのようなことはないのである。声聞・縁覚・悪人・女人等もみな仏に成るのであるから、ましてや菩や根性の優れた凡夫は、いうまでもなく仏に成れるのである。また月は、宵よりも暁のほうが光の度合がまさっており、一年の中でも春や夏よりも、秋や冬のほうが光度もまさっている。同じように法華経は正法しようぼう時代の一千年や、像法ぞうぼう時代の一千年よりも、末法時代にことに利益りやくを生じるのである。
[13]お尋ねするが、そのような根拠となる文書があるのか。
[14]お答えしよう、道理がすでに明らかではないか。文書の証拠としても次のように明白である。すなわち薬王品の中に、仏が「わが滅度の後に、後の五百歳の中に、広くこの経は流布して、閻浮提のすみずみまでわたり、断絶することはない」とある。この経文に二千年の後に南閻浮提の中に広く流布していくと説かれているのは、第三の月のたとえの意味である。このことを伝教大師は次のように解釈している。「正法と像法の二時代が過ぎ去り、末法のはなはだ近い頃に当たっている。法華一仏乗の弘まるベき時機に至っている。今まさしくその時になっている」と述べられているのである。正法千年も像法千年も、法華経の利益はともに優れているのだが、しかしながら、月の光が春夏の正像二千年よりも末法の秋冬のほうが、光がまさっているのと同じである。要するに法華経は末法において、その利益の光を増し、強力となるのである。

五 日の譬


[15]第四に日にたとえてみると、星のまたたく夜空に、月が出ていても、星の光よりも月光のほうが優れているが、しかし星の光を消してしまうことはできない。日中は星の光を消すのみではなく、また月の光をも奪ってしまって光らなくなってしまう。このように法華経以前に説かれた諸経は星のごとくであり、法華経の迹門は月のようなものである。それに対して如来寿量品によらいじゆりようほんは日のごとくである。寿量品の立場で考えると、迹門といえども月のごとくで日には及ばないのである。ましてや諸経の星はなおさらのことである。夜は星の出ている時も、月の出ている時も、ともにいろいろな勤務はできないが、夜が明けて日が出れば仕事もできるようになるのと同様に、爾前の諸経や法華の迹門の夜間では、いくら生死を離れて悟りに入ろうとしてもできないのだが、法華本門寿量品の日が昇ると、必ず生死を離れて悟りに入っていくことができるようになるのである。なおこの他の六つのたとえはこれを省略することにする。
[16]このほかにもまたいろいろなたとえが、この品の中にある。その中でも「渡りに船を得た」というのがある。このたとえの意味は、生死の大海を渡っていくのに、爾前の諸経はや小船のようなものである。生死のこの岸から出発して、生死の大海を渡り、悟りの彼岸へ至り着くのは、たやすいことではない。とても大海の荒波を越えて極楽の彼岸へ行くことは小船では困難なことである。たとえば世間の小船などが、九州の筑紫の国(福岡県)から船出して、関東に至り鎌倉や江の島などへ行くことはできても、唐の国(中国)へ至ることはできない。唐の大船は必ず日本国より中国へさわりなく行くことができる。またこの品の中には、「しき中で宝を得たようなものである」と説かれている。爾前の諸経はたとえると国のようなものである。爾前の人々は餓鬼に当たる。それに対して法華経は宝の山であり、人はまた富を得た人々であるといえる。
[17]お尋ねしたい。いま、爾前の諸経は国のようだといわれたが、何かそのような証拠の文書でもあるのか。
[18]お答えしよう。法華経の授記品には、「飢えたる国より来たりて、たちまちに大王の食膳につくことができたようなものである」と説かれている通りである。

六 女人成仏について


[19]さて次に、女人の往生成仏について述べることにしよう。この薬王品には、「もし如来の滅後に、後の五百歳の中で、この経を聞く女人が説の通りに修行した場合、その女人の命が尽き終わった場合、ただちに安楽世界の阿弥陀仏が大菩がたに囲まれておられる浄土へ往生して、蓮華の中の宝座の上に生まれかわることができる」とある。
[20]お尋ねするが、この経のこの品の中で、ことに女人の往生を説かれたのはなぜであるのか。
[21]お答えしよう。なぜこの品でこのことを説かれたのか、仏の御意みこころは深くて測りがたいものがあり、簡単には決定できない。ただしここで一つの考えを加えてみるならば、元来、女人は諸罪の根本であり、国を破る源であるといわれてきている。このゆえに仏教でも仏教以外の教典でも女人の成仏を禁じてきたのである。その中でまず外典の例をあげると、「三従の説」というのがある。三従というのは三つのものにしたがうということで、その一は幼少の時は父母にしたがうこと。その二は嫁に行ったら夫にしたがうこと。その三は老人になったら子にしたがうことである。この三つの「したがうべきもの」があるので、世間においても女人は自分の自由自在にはいかないのである。
[22]次に仏教の経典のうえから見ると、「五つのさわり」があるといわれているのである。その五つの障というのは、一つには六道を輪廻する間で、男子のように大梵天王となることができない。二つには帝釈天となることができない。三には魔王となれない。四つにはインドにおける理想的な帝王たる転輪聖王となれない。五にはいつまでも六道を転々として回り、欲界・色界・無色界の三界からぬけ出すことができず、ついに仏に成ることができないとするのである〈これは超日月三昧経の文である〉。また銀色女経によると、「過去・現在・未来の三世の諸仏の眼が大地に落ちるようなことがあっても、この法界のすべての女人は永久の成仏を期することはないであろう」とも説かれている。
[23]ただし凡夫であっても、賢王や聖人はうそを言わない。その昔、樊於期はんおきという者は、荊軻けいかに頸をあたえ、また季札きさつという人は徐君じよくんの塚に剣を捧げて、約束を守った。これはうそを言わなかったからである。ましてや声聞や菩・仏がうそを言うわけがないであろう。仏は昔、まだ凡天でおられたとき、小乗の経を実習なされた。すなわち五戒を受けられたが、五戒の中の第四に当たる不妄語の戒律を、一心にたもち続けられた。財産を奪われたり、命を取られそうになったときも、この戒をやぶらずに守り通した。次に大乗経を実習されたとき、また十重禁戒をたもち、その中でも第四の不妄語戒をたもち続けられた。その戒をかたく守り永い間やぶることがなかった。そしてついにこの戒の力で、仏身を成ずることができ、仏だけがたもつ三十二の瑞相ずいそうの中の一つである広長舌の相をえられるに至った。この広長舌というのは、うすく、ひろく、ながいものである。すなわちその舌は仏の顔から髪際に至り、さらに梵天にまで至るほどであり、舌の上には五つの印文のような画があり、さらにその舌は赤銅色で、舌の下には二つの珠があり、甘露を涌出している。これはすべて不妄語戒を守った功徳の現われである。仏はこのようにうそを言ったことのない舌で、「三世の諸仏の御眼が大地に落ちるようなことがあっても、この法界の女人は仏になることはできない」と説かれているので、一切の女人はどのような世にあっても仏になることはできないと考えられる。
[24]したがって、女人の身と生まれてきたからには、たとえきさきや三后の位についたとしても、なんにもならないことになるであろう。また善根を積み仏事を行なっても、結果的にはなんにもならないことになると考えられる。しかしこの法華経の薬王品に、女人往生を許されたことは、また不思議なことである。かの経が妄語か、それともこの経が妄語なのか、いずれにしてもどちらか一方が妄語ということになるのか。もしもまた一方が妄語ということになれば、一人の仏が正反対の二た通りの説を述べたことになるのであって、まことに信じがたいことである。
[25]ただし、無量義経で、「四十余年間にはまだ真実をあらわしていない」と説き、また涅槃経の「如来は虚妄の言葉をいったことはないが、もし衆生のほうに虚妄があるときは、如来もその意に従う」と説かれている点から考えると、仏が「女人は往生成仏できない」と説かれたことは妄語のように聞こえる。妙法華経の文に「世尊の法は久しくしてのちに、必ず真実の法を説く」とあり、また「妙法華経はすなわち皆これ実実である」と説かれているので、その経文のうえから考えてみると、女人の往生成仏は決定していると説いている法華経の文は、まさに真実であって不妄語戒を実践しているものといえる。世間の賢人たちもただ一人の可愛い子供があって、その子が考えられないようなことをした時や、あるいは物事に失敗した時などは、「もう子供ではない」といって叱って起請文きしようもんを書かせたり、「二度と失敗しません」という誓約を立てさせたりするが、最後に臨終を迎えた時は、すべてこれらを許してやるようなものである。だからといって賢人でなくともこの場合、妄語した者とはいわないのと同じである。仏もまたこれと同じである。法華経以前の四十余年間は、菩や凡夫・善男子等の成仏することは許しても、声聞・縁覚の二乗や、悪人や女人などの成仏得道は、これを許していない。あるいは許したようにとれるところもあって、いまだに一定していないようでもあったが、仏の説教四十二年間もすでに過ぎて、御歳七十二歳のとき、摩竭提国の王舎城耆舎崛山という山で法華経をお説きになられたとき、まず無量義経というお経をお説きになられた。その無量義経には「四十余年にはいまだ真実をあらわさず」とある。(すなわち法華経以前の四十余年間の説法は方便説であり、いまだ真実をあらわしていないが、法華経はまさに真実を説いたまことの教えであるという意味である。)