法華題目鈔
書下し
法華題目鈔
[1]<人>根本大師門人 日蓮 撰人>
[2]南無妙法蓮華経
[3]問うていはく、法華経の意をもしらず、義理をもあぢはゝずして、ただ南無妙法蓮華経とばかり五字七字に限て一日に一遍、一月乃至一年十年一期生の間にただ一遍なんど唱へても、軽重の悪に引かれずして四悪趣におもむかず、ついに不退の位にいたるべしや。
[4]答へていはく、しかるべきなり。
[5]問うていはく、火火といへども手にとらざればやけず、水水といへども口にのまざれば水のほしさもやまず。ただ南無妙法蓮華経と題目ばかりを唱ふとも義趣をさとらずば悪趣をまぬがれん事いかがあるべかるらん。
[6]答へていはく、師子の筋を琴の絃として一度奏すれば余の絃悉くきれ、梅子のすき声をきけば口につ(唾)たまりうるをう。世間の不思議是くのごとし、いはんや法華経の不思議をや。小乗の四諦の名ばかりをさやづる鸚鵡なを天に生ず。三帰ばかりを持人、大魚の難をまぬかる。いかにいはんや、法華経の題目は八万聖教の肝心一切諸仏の眼目なり。汝等、これをとなえて四悪趣をはなるべからずと疑か。
[7]正直捨方便の法華経には〔「信をもって入ることを得」〕と云ひ、双林最後の涅槃経には〔「この菩提の因は復無量なりといえども、もし信心を説けば、すなわちすでに摂尽す」〕等云云。それ仏道に入る根本は信をもて本とす。五十二位の中には十信を本とす。十信の位には信心初なり。たとひさとりなけれども、信心あらん者は鈍根も正見の者なり。たとひさとりあれども、信心なき者は誹謗闡提の者なり。
[8]善星比丘は二百五十戒を持て四禅定を得、十二部経を諳にせし者なり。提婆達多は六万八万の宝蔵ををぼへ十八変を現ぜしかども、此等は有解無信の者なり。今に阿鼻大城にありと聞く。また、鈍根第一の須梨槃特は智慧もなく悟もなし。ただ一念の信ありて普明如来と成り給ふ。また、迦葉・舎利弗等は無解有信の者なり。仏に授記を蒙て、華光如来・光明如来といはれき。
[9]〔仏、説いていわく、「疑を生じて信ぜざらん者は、すなわちまさに悪道に堕すべし」〕等云云。これらは有解無信の者を皆悪道に堕すべしと説き給ひしなり。しかるに、今の代の世間の学者のいはく、ただ信心ばかりにて解心なく南無妙法蓮華経と唱ふるばかりにて、いかでか悪趣をまぬかるべき等云云。この人人は経文のごとくならば、阿鼻大城をまぬかれがたし。さればさせる解なくとも、南無妙法蓮華経と唱ふるならば悪道をまぬかるべし。
[10]たとへば蓮華は日に随て回る、蓮に心なし。芭蕉は雷によりて増長す、この草に耳なし。我等は蓮華と芭蕉とのごとく、法華経の題目は日輪と雷とのごとし。犀の生角を身に帯して水に入りぬれば、水五尺身に近づかず。栴檀の一葉開きぬれば、四十由旬の伊蘭変ず。我等が悪業は伊蘭と水とのごとく、法華経の題目は犀の生角と栴檀の一葉とのごとし。金剛は堅固にして一切の物に破られざれども、羊の角と亀の甲に破らる。尼倶類樹は大鳥にも枝をれざれども、か(蚊)のまつげにすくうせうれう(鷦鷯)鳥にやぶらる。我等が悪業は金剛のごとし、尼倶類樹のごとし。法華経の題目は羊角のごとく、せうれう鳥のごとし。琥珀は塵をとり磁石は鉄をすう。我等が悪業は塵と鉄とのごとく、法華経の題目は琥珀と磁石とのごとし。かくをもひて常に南無妙法蓮華経と唱へさせ給ふべし。
[11]法華経の第一の巻にいはく、〔「無量無数劫この法を聞かんことまた難し」〕。第五の巻にいはく、〔「この法華経は無量の国中において、ないし名字をも聞くことを得べからず」〕等云云。法華経の御名をきく事はをぼろげにもありがたき事なり。されば須仙多仏・多宝仏は世にいでさせ給ひたりしかども法華経の御名をだにもとき給わず。釈迦如来は法華経のために世にいでさせ給ひたりしかども、四十二年が間は名を秘してかたりいださゞりしかども、仏の御年七十二と申せし時、はじめて妙法蓮華経ととなえいださせ給ひたりき。しかりといえども摩訶尸那・日本等の辺国の者は御名をもきかざりき。一千余年すぎて三百五十余年に及でこそ纔に御名ばかりをば聞きたりしか。
[12]さればこの経に値ひたてまつる事をば、三千年に一度花さく優曇華、無量無辺劫に一度値ふなる一眼の亀にもたとへたり。大地の上に針を立てゝ大梵天王宮より芥子をなぐるに、針のさきに芥子のつらぬかれたるよりも法華経の題目に値ふことはかたし。この須弥山に針を立てゝかの須弥山より大風のつよく吹日いとをわたさんに、いたりてはりの穴にいとのさきのいりたらんよりも、法華経の題目に値ひ奉る事かたし。
[13]されば、この経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし。生盲の始て眼あきて父母等をみんよりもうれしく、強きかたきにとられたる者のゆるされて妻子を見るよりもめづらしとをぼすべし。
[14]問うていはく、題目ばかりを唱ふる証文これありや。
[15]答へていはく、妙法華経の第八にいはく、〔「法華の名を受持せん者福量る可からず」〕。正法華経にいはく、〔「もしこの経を聞いて名号を宣持せば徳量る可からず」〕。添品法華経にいはく、〔「法華の名を受持せん者福量る可からず」〕等云云。これらの文は題目ばかりを唱ふる福はかるべからずとみへぬ。
[16]一部八巻二十八品を受持読誦し、随喜護持等するは広なり。方便品・寿量品等を受持しないし護持するは略なり。ただ一四句偈ないし題目ばかりを唱へとなうる者を護持するは要なり。広・略・要の中には題目は要の内なり。
[17]問うていはく、妙法蓮華経の五字にはいくばくの功徳をおさめたるや。
[18]答へていはく、大海は衆流を納め、大地は有情非情を持ち、如意宝珠は万宝を雨し、梵王は三界を領す。妙法蓮華経の五字も〔またまたかくのごとし〕。一切の九界の衆生ならびに仏界を納めたり。十界を納むればまた十界の依報の国土を収む。
[19]先づ妙法蓮華経の五字に一切の法を納むる事をいはば、経の一字は諸経の中の王なり。一切の群経を納む。仏世に出させ給て五十余年の間八万聖教を説きをかせ給ひき。仏は人寿百歳の時壬申の歳二月十五日の夜半に御入滅あり。その後四月八日より七月十五日にいたるまで一夏九旬の間、一千人の阿羅漢結集堂にあつまりて、一切経をかきをかせ給ひき。その後正法一千年の間は五天竺に一切経ひろまらせ給ひしかども、震旦国には渡らず。像法に入て一十五年と申せしに、後漢の孝明皇帝永平十年丁卯の歳仏経始て渡て、唐の玄宗皇帝開元十八年庚午の歳に至るまで渡れる訳者一百七十六人、持来る経律論一千七十六部・五千四十八巻・四百八十帙。これ皆法華経の経の一字の眷属の修多羅なり。
[20]まづ妙法蓮華経の以前、四十余年の間の経の中に大方広仏華厳経と申す経まします。竜宮城には三本あり。上本は十三世界微塵数の品、中本は四十九万八千八百偈一千二百品、下本は十万偈四十八品。この三本の外に震旦・日本には僅に八十巻・六十巻・四十巻等あり。
[21]阿含小乗経・方等般若の諸大乗経等。大日経は梵本には阿嚩囉訶佉<図版ID>k0400750図版ID><図版タイトル>梵字図版タイトル><キャプション>キャプション>の五字ばかりをもて三千五百の偈をむすべり。いはんや余の諸尊の種子尊形三摩耶その数をしらず。しかるに漢土にはただ纔に六巻七巻なり。涅槃経は双林最後の説、漢土にはただ四十巻なり。これも〔梵本これ多し〕。これらの諸経は皆釈迦如来の所説の法華経の眷属の修多羅なり。
[22]このほか過去の七仏千仏・遠遠劫の諸仏の所説、現在十方の諸仏の諸経も皆法華経の経の一字の眷属なり。されば薬王品に仏宿王華菩薩に対していはく、〔「譬ば一切の川流江河の諸水の中に海これ第一なるがごとく、衆山の中に須弥山これ第一、衆星の中月天子最もこれ第一」〕等云云。妙楽大師の釈にいはく、「已今当説最為第一」等云云。この経の一字の中に十方法界の一切経を納めたり。譬ば如意宝珠の一切の財を納め、虚空の万象を含めるがごとし。経の一字は一代に勝る。ゆえに妙法蓮華の四字もまた八万法蔵に超過するなり。
[23]〔妙とは法華経にいわく、「方便の門を開て真実の相を示す」云云。章安大師の釈にいわく、「秘密の奥蔵を発きこれを称して妙となす」云云〕。妙楽大師この文を受ていはく、〔「発とは開なり」〕等云云。妙と申す事は開といふ事なり
[24]世間に財を積める蔵に鑰なければ開く事かたし。開かざれば蔵の内の財を見ず。華厳経は仏説き給ひたりしかども、かの経を開く鑰をば仏かの経に説き給はず。阿含・方等・般若・観経等の四十余年の経説も仏説き給ひたりしかども、かの経経の意をば開き給はず、門を閉てをかせ給ひたりしかば、人かの経経をさとる者一人もなかりき。たとひさとれりとをもひしも僻見にてありしなり。
[25]しかるに仏法華経を説かせ給て諸経の蔵を開かせ給ひき、この時に四十余年の九界の衆生始て諸経の蔵の内の財をば見しりたりしなり。譬ば大地の上に人畜草木等あれども、日月の光なければ眼ある人も人畜草木の色かたちをしらず。日月いで給ひてこそ始てこれをばしることには候へ。爾前の諸経は長夜のやみのごとし、法華経の本迹二門は日月のごとし。諸の菩薩の二目ある、二乗の眇目なる、凡夫の盲目なる、闡提の生盲なる、共に爾前の経々にてはいろかたちをばわきまへずありし程に、法華経の時迹門の月輪始て出で給し時菩薩の両眼先にさとり、二乗の眇目次にさとり、凡夫の盲目次に開き、生盲の一闡提も未来に眼の開くべき縁を結ふ事これ偏に妙の一字の徳なり。
[26]迹門十四品の一妙、本門十四品の一妙、合せて二妙。迹門の十妙、本門の十妙、合せて二十妙。迹門の三十妙、本門の三十妙、合せて六十妙、迹門の四十妙、本門の四十妙、観心の四十妙、合せて百二十重の妙なり。六万九千三百八十四字一一の字の下に一の妙あり。総じて六万九千三百八十四の妙あり。
[27]妙とは天竺には薩といひ、漢土には妙といふ。妙とは具の義なり。具とは円満の義なり。法華経の一一の文字、一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり。譬ば大海の一渧の水に一切の河の水を納め、一の如意宝珠の芥子ばかりなるが一切の如意宝珠の財を雨らすがごとし。
[28]譬ば秋冬枯たる草木の、春夏の日に値て枝葉華菓出来するがごとし。爾前の秋冬の草木のごとくなる九界の衆生、法華経の妙の一字の春夏の日輪にあひたてまつりて、菩提心の華さき成仏の菓なる。竜樹菩薩の大論にいはく、〔「譬えば大薬師の能く毒をもって薬となすがごとし」〕云云。この文は大論に法華経の妙の徳を釈する文なり。妙楽大師の釈にいはく、〔「治し難きを能く治すゆえに妙と称す」〕等云云。
[29]総じて成仏往生のなりがたき者四人あり。第一には決定性の二乗、第二には一闡提人、第三には空心の者、第四には謗法の者なり。これらを法華経にをいて仏になさせ給ふゆえに法華経を妙とはいふなり。
[30]提婆達多は斛飯王の第一の太子、浄飯王にはをひ、阿難尊者がこのかみ、教主釈尊にはいとこにあたる南閻浮提にかろからざる人なり。須陀比丘を師として出家し、阿難尊者に十八変をならひ、外道の六万蔵・仏の八万蔵を胸にうかべ、五法を行じてほとんど仏よりも尊きけしきなり。両頭を立てゝ破僧罪を犯さんがために象頭山に戒壇を築き、仏弟子を招取り、阿闍世太子をかたらいていはく、「我は仏を殺して新仏となるべし。太子は父の王を殺して新王となり給へ」。阿闍世太子すでに父の王を殺せしかば提婆達多また仏をうかがひ、大石をもちて仏の御身より血をいだし、阿羅漢たる華色比丘尼を打ころし、五逆の内たる三逆をつぶさにつくる。
[31]その上瞿伽梨尊者を弟子とし、阿闍世王を檀那とたのみ、五天竺十六の大国・五百の中国等の一逆二逆三逆等をつくれる者は皆提婆が一類にあらざる事これなし。譬へば大海の諸河をあつめ、大山の草木をあつめたるがごとし。智慧の者は舎利弗にあつまり、神通の者は目連にしたがひ、悪人は提婆にかたらいしなり。されば厚さ十六万八千由旬、その下に金剛の風輪ある大地すでにわれて、生身に無間大城に堕ちにき。第一の弟子瞿伽梨もまた生身に地獄に入る。旃遮婆羅門女もをちにき。波瑠璃王もをちぬ。善星比丘もをちぬ。これらの人人の生身に堕ちしをば、五天竺十六の大国・五百の中国・十千の小国の人々も皆これをみる。六欲・四禅・色・無色・梵王・帝釈・第六天の魔王も閻魔法王等も皆御覧ありき。三千大千世界十方法界の衆生も皆聞きしなり。
[32]されば大地微塵劫はすぐとも無間大城を出づべからず。劫石はひすらぐとも阿鼻大城の苦はつきじとこそ思合ひたりしに、法華経の提婆品にして、教主釈尊の昔の師天王如来と記し給ふ事こそ不思議にをぼゆれ。
[33]爾前の経々実ならば法華経は大妄語、法華経実ならば爾前の諸経は大虚誑罪なり。提婆が三逆罪を具さに犯して、その外無量の重罪を作りしも、天王如来となる。いはんや二逆一逆等の諸の悪人の得道疑ひなき事、譬へば大地をかへすに草木等のかへるがごとく、堅石をわる者軟草をわるがごとし。ゆへにこの経をば妙といふなり。
[34]女人をば内外典にこれをそしり、三皇五帝の三墳五典にも諂曲者と定む。されば災は三女より起るといへり。国の亡び人の損ずる源は女人を本とす。内典の中には初成道の大法たる華厳経には、〔「女人は地獄の使なり。能く仏の種子を断ず。外面は菩薩に似て、内心は夜叉のごとしと」〕文。双林最後の大涅槃経には、〔「一切の江河必回曲有り。一切の女人必ず諂曲有と」文、またいはく、「あらゆる三千界の男子の諸の煩悩合集して一人の女人の業障となる」〕等云云。
[35]大華厳経の文に、「能断仏種子」と説かれて候は女人は仏になるべき種子をい(焦)れり。譬へば大旱魃の時、虚空の中に大雲をこり大雨を大地に下すに、かれたるがごとくなる無量無辺の草木花さき菓なる。しかりといえどもいりたる種はをひずして、結句雨しげければくちうするがごとし。仏は大雲のごとく、説教は大雨のごとく、かれたるがごとくなる草木を一切衆生に譬へたり。仏教の雨に潤て五戒・十善・禅定等の功徳を得るは花さき菓なるがごとし。雨ふれども、いりたる種のをひずして、かへりてくちうするは、女人の仏教に遇へども、生死をはなれずして、かへりて仏法を失ひ悪道に堕るに譬ふ。これを「能断仏種子」とは申すなり。
[36]涅槃経の文に、「一切の江河のまがれるがごとく女人もまたまがれり」と説かれたるは、水はやわらかなる物なれば、石山なんどのこわき物にさへられて水のさきひるむゆへに、かしここゝへ行くなり。女人もまたかくのごとし。女人の心をば水に譬へたり。心よわくして水のごとくなり。道理と思ふ事も男のこわき心に値ひぬれば、せかれてよしなき方へをもむく。また水にゑがくにとどまらざるがごとし。女人は不信を体とするゆへに、只今さあるべしと見る事も、またしばらくあればあらぬさまになるなり。仏と申すは正直を本とす。ゆえにまがれる女人は仏になるべきにあらず。五障三従と申て、五つのさはり三つしたがふ事あり。されば銀色女経には、三世の諸仏の眼は大地に落とも女人は仏になるべからずと説かれ、大論には、清風はとるといへども女人の心はとりがたしといへり。
[37]〔かくのごとく〕諸経に嫌はれたりし女人を文殊師利菩薩の妙の一字を説給しかば、たちまちに仏になりき。あまりに不審なりしゆへに、宝浄世界の多宝仏の第一の弟子智積菩薩、釈迦如来の御弟子の智慧第一の舎利弗尊者、四十余年の大小乗経の意をもつて竜女の仏になるまじき由を難ぜしかども、終にかなはずして仏になりにき。初成道の「能断仏種子」も双林最後の「一切江河必有回曲の文も破れぬ。銀色女経並に大論の亀鏡も空しくなりぬ。また智積・舎利弗は舌を巻き口を閉ぢ、人天大会は歓喜のあまりに掌を合せたりき。これ偏に妙の一字の徳なり。
[38]この南閻浮提の内に二千五百の河あり。一一に皆まがれり。南閻浮提の女人心のまがれるがごとし。ただし娑婆耶と申す河あり。縄を引きはえたるがごとくして、直に西海に入る。法華経を信ずる女人も〔またまたかくのごとく〕、直に西方浄土へ入るべし。これ妙の一字の徳なり。
[39]妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すはよみがへる義なり。譬へば黄鵠の子死せるに、鶴の母子安となけば死せる子還て活り、鴆鳥水に入らば魚蚌悉死す、犀の角これにふるれば死せる者皆よみがへるがごとく、爾前の経経にて仏種をいりて死せる二乗闡提女人等、妙の一字を持ぬれば、いれる仏種も還て生ずるがごとし。
[40]天台いはく、〔「闡提は心有りなお作仏すべし、二乗は智を滅す心生すべからず、法華能く治すまた称して妙となすと」〕云云。妙楽いはく、〔「ただ大と名て妙と名けざる、一には有心は治し易く無心は治し難し、治し難きを能く治すゆえに妙と称す」〕等云云。これらの文の心は大方広仏華厳経・大集経・大般若経・大涅槃経等は題目に大の字のみありて妙の字なし。ただ生者を治して死せる者をは治せず。法華経は死せる者をも治す。ゆへに妙という釈なり。されば諸経にしては仏になるべき者も仏にならず。法華は仏になりがたき者すらなほ仏になりぬ。仏になりやすき者はいふにやおよぶといふ道理立ぬれば、法華経をとかれて後は、諸経にをもむく人一人もあるべからず。
[41]しかるに正像二千年すぎて末法に入て、当世の衆生の成仏往生のとげがたき事は、在世の二乗闡提等にも百千万億倍すぎたる衆生の、観経等の四十余年の経々に値ふて、生死をはなれんと思ふはいかが。はかなし、はかなし。
[42]女人は在世正像末総じて一切の諸仏の一切経の中に、法華経をはなれて仏になるべからざる事を、霊山の聴衆として道場開悟し給へる天台智者大師定ていはく、〔「他経はただ男に記して女に記せず、今経は皆記す」〕等云云。
[43]釈迦如来・多宝仏・十方諸仏の御前にして、摩竭提国王舎城の艮、霊鷲山と申す所にて、八箇年の間説給ひし法華経を智者大師まのあたり聞しめしけるに、我五十年の一代聖教を説きをく事は皆衆生利益のためなり。ただしその中に四十二年の経々には女人仏になるべからずと説き、今法華経にして女人の成仏をとくとなのらせ給しを、仏滅後一千五百余年にあたりて霊鷲山より東北十万八千里の山海をへだてゝ摩訶尸那と申す国あり。震旦国これなり。この国に仏の御使として出世し給ひ、天台智者大師となのりて、女人は法華経をはなれて仏になるべからずと定めさせ給ひぬ。尸那国より三千里をへだてゝ東方に国あり、日本国となづけたり。
[44]漢土の天台大師御入滅二百余年と申せしにこの国に生れて伝教大師となのらせ給て、秀句と申す書を造り給しに「能化所化倶無歴劫妙法経力即身成仏」と竜女が成仏を定め置き給へり。
[45]しかるに当世の女人は即身成仏こそかたからめ、往生極楽は法華を憑まば疑なし。たとへば江河の大海に入るよりもたやすく、雨の空より落るよりもはやくあるべき事なり。しかるに日本国の一切の女人は南無妙法蓮華経とは唱へずして、女人の往生成仏をとげざる双観経等によりて、弥陀の名号を一日に六万遍十万遍なんどとなうるは、仏の名号なれば巧なるにはにたれども、女人不成仏不往生の経によれるゆへに、いたづらに他の財を数えたる女人なり。これひとえに悪知識にたぼらかされたるなり。されば日本国の一切の女人の御かたきは、虎狼よりも山賤海賊よりも父母の敵とわり等よりも、法華経をばをしえずして念仏等をしうるこそ、一切の女人の御かたきなれ。
[46]南無妙法蓮華経と一日に六万十万千万等も唱て、後に暇あらば時時は弥陀等の諸仏の名号をも口すさみなるやうに申し給はんこそ、法華経を信ずる女人にてはあるべきに、当世の女人は一期の間弥陀の名号をばしきりにとなへ、念仏の仏事をばひまなくをこなひ、法華経をばつやつや唱へず供養せず、あるいはわづかに法華経を持経者によますれども、念仏者をば父母兄弟なんどのやうにをもひなし、持経者をば所従眷属よりもかろくをもへり。かくしてしかも法華経を信ずる由をなのるなり。
[47]そもそも浄徳婦人は二人の太子の出家を許して法華経をひろめさせ、竜女は「我闡大乗教度脱苦衆生」とこそ誓しが、まったく他経ばかりを行じてこの経を行ぜじとは誓はず。今の女人は偏に他経を行じて法華経を行ずる方をしらず。とくとく心をひるがへすべし。心をひるがへすべし。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
[48]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[49]文永三年正月丙寅正月六日〔清澄寺において未時書し畢ぬ〕
現代語訳
法華題目鈔
文永三年(一二六六)一月六日、四五歳、於清澄、和文、定三九一—四〇五頁。
[1]<人>根本大師門人 日蓮 撰人>
[2]南無妙法蓮華経
第一問答 唱題の意義
[3]まず最初にお尋ねするが、法華経の意味もわからず、説かれている教義や法理をも知らないで、ただ南無妙法蓮華経と五字・七字にだけ限って、一日の中にたった一遍だけ、あるいは一か月の中に、あるいは一年の中に、または一生涯の間にただ一遍だけでも、一心に法華経の題目を唱えたならば、軽い重いの悪業に関係なく、地獄・餓鬼・畜生・修羅といった四悪趣に落ちることなく、ついには不退転の位に至って仏に成ることができるのであろうか。
[4]お答えしよう、まったくその通りである。
第二問答 悪道をのがれる道
<小見出し>唱題だけで功徳がえられるか小見出し>
[5]それではお尋ねするが、口で火、火といくらいってみても、実際に手にとってみなければ物を焼くことができないし、また水、水といくら口先でいってみても、実際に口で呑んでみなければ喉のかわきをいやすことはできない。それと同じことであって、ただ南無妙法蓮華経とお題目だけを唱えてみても、その意味や内容をさとらなければ、悪趣をまぬがれることはできないのではないか。
<小見出し>題目は聖教の肝心小見出し>
[6]お答えしよう。たとえば獅子の筋を琴の絃として一度その琴を弾くと、その音の響きで、ほかの糸でこしらえた絃はみな切れてしまう。また梅干しのすっぱい話しを聞けば、実際には食べていないのに、口の中に唾液がたまってくる。一般世間のことでさえもこうした不思議なことがある。ましてや法華経の不思議についてはなおさらのことである。また小乗の四諦の名だけをさえずる鸚鵡でさえも、その功徳により天上界に生まれた。さらに仏・法・僧の三宝に帰依することだけを実行した人が、海上で大魚の難からまぬがれている。いわんや法華経の題目は八万聖教の肝心であり、一切諸仏の眼目である。あなた方はこの法華経の題目を唱えて、四悪趣を離れることができないと、まだ疑っておられるのか。
<小見出し>お題目により悪道をまぬがれる小見出し>
[7]正直に方便をすてよと説かれた法華経には、「信をもって仏道に入ることをうる」とあり、釈尊最後の説法となった涅槃経には、「仏に成るための菩提の因には、数え切れないほどにたくさんの方法があるが、もし信心を説き示したならば、すべてはその中におさまってしまうので、信心のみが大切である」と説かれている。このゆえに仏道に入る根本は、信をもって基本となすのである。仏道を修行しようとする者が実践すべき五十二の位階の中でも、十信の位をもって根本としている。この十信の中でも、信心が最初の位となっている。たとえさとるところがなくとも、信心のある者は学識や才能の低い鈍根であっても、正見の者といえる。かりに才能があってさとりがあったとしても、信心のない者は、仏になるべき種子を断じてしまった者である。
[8]例をあげてみるならば、善星比丘という人は二百五十もの戒をたもち四種の禅定をさとり、仏一代の経典を暗記したほどの者である。また提婆達多は六万とも八万ともいわれた数多くの経典をおぼえ、十八種類に及ぶ神通変化の術を現わしてみせることができたが、智慧は優れていても信心が欠けていたので、今でも阿鼻地獄に落ちているということである。それに反して鈍根の第一といわれた須梨槃特は、智慧もなく悟りもない人であったが、ただ一念の信心があったので、普明如来となられたのである。また迦葉や舎利弗等の仏弟子は、智慧も才能も恵まれた人のようであったが、仏の目から見ると結局は理解力のない者であり、信心の力によってのみ仏から成仏の証明が与えられ、舎利弗は華光如来、迦葉は光明如来となることができたのである。
[9]仏は法華経の涌出品の中で、「疑いを生じて仏の教えを信じない者は、まさしく悪道(地獄・餓鬼・畜生)に落ちる」と説いているが、これらの経文は、理解力はあっても信仰心のない者は、みな悪道に落ちることを説き示したものである。それなのに現今の世間の学者は、「ただ信心ばかりあっても、経文を理解する心がなく、南無妙法蓮華経と唱えるだけで、どうして悪道に落ちることをまぬがれることができようか」といっているが、この人々は先の経文のごとくだとしたら、最も恐ろしい地獄へ落ちる人々である。だからさほどの理解力がなくとも、南無妙法蓮華経と唱えるならば、悪道をまぬがれることができるのである。
<小見出し>法華経に値うことのむずかしさ小見出し>
[10]たとえば蓮の花には心はなくとも、太陽の光にしたがって回り開花する。また芭蕉は耳があるわけではないが、雷鳴を受けて生育してゆく。われらもまた蓮の花や芭蕉と同じように、法華経の題目の太陽や雷によって、仏に成ることができるのである。犀という動物の生角を体に付けて水に入ると、五尺も水が離れて近づかないし、香りのよい栴檀の木が一葉開いただけでも、四十由旬(人が四十日間で歩くほどの距離)の広さにわたって悪臭の強い伊蘭が変化し消滅していく。これと同じでわれら衆生の悪業は伊蘭と水のごとくであり、法華経の題目は犀の生角と栴檀の一葉のごとくである。また金剛石はとても堅固であり、どんな物をもってしても破ることはできないが、羊の角と亀の甲にだけは破られてしまう。尼倶類樹という大樹は、どんな大きな鳥がとまっても枝を折られるようなことはないが、蚊のまつげに巣をつくるという鷦鷯鳥には枝を折られてしまう。われら凡夫の悪業は、金剛石のようにかたく、尼倶類樹のように大きなものである。それに対し、法華経の題目は羊の角のごとくであり、鷦鷯鳥のごとくであって、よく凡夫の悪業を破り折ることができるのである。また宝玉の琥珀は塵を取り除き、磁石が鉄を吸い取るように、われらの塵と鉄の悪業は、法華経の題目の琥珀と磁石とによって取り除かれるのである。このように思っていつも南無妙法蓮華経と唱えることが大切である。
[11]法華経第一の巻の方便品には、「数え切れないほどの永い間を経ても、この法華経に会いその法を聞くことはむずかしいのである」と説かれている。また第五の巻の安楽行品では、「この法華経は数え切れないほどのたくさんの国々の中においても、教えを受けることはもちろんその経の名さえも聞くことはむずかしいものである」と書かれている。それくらいに法華経に会うことができるということは大変なことなのであって、法華経の御名を聞くことでさえも、安易なことではないのである。だから遠い昔、釈尊よりも以前に出られた須仙多仏や多宝如来は、せっかく世に出られながらも、法華経の御名さえお説きになられていない。釈迦如来は法華経のために世にお出になられたのであるが、それでさえも四十二年間はその名を秘してお説きにならなかったが、御歳七十二歳になられたとき、インドで初めて妙法蓮華経とお唱えなされお説きになられるに至ったのである。しかしながらあの大国である中国やわが日本国の中には、その名前さえも聞くことができなかった。仏の滅後一千余年が過ぎてもまだ聞くことができなかったが、千三百五十余年におよんで、ようやくその御名だけ聞くことができるに至った。
[12]したがってこの法華経に値いたてまつることは、三千年に一度だけ咲くという優曇華の花にたとえられ、また数え切れないほどの永い間、眼が一つしかない亀が、あの大海の中で穴のあいた浮木を見つけて甲羅を干すことができるという話しにもたとえられているのである。また大地の上に針を立てて、虚空のはるか上にある大梵天王の王宮から、地上めがけて小さな芥子の一粒を投げおろし、その針の先に芥子を突きさしてつらぬくことは容易なわざではないが、それよりも仏の滅後に法華経の題目に値うことのほうが、ずっとむずかしいのである。またこちら側にある須弥山の頂に針を立てて、遥か遠く見通すこともできない彼方にある須弥山から、大風の吹く日に一本の糸を投げて、これが先方の須弥山の上に立てた針の穴に通るようにすることは不可能に近いが、そのことよりも法華経の題目に値い奉ることの方がむずかしいのである。
[13]したがってこの経の題目を唱えることの意義は、眼の不自由な人が、始めて眼が見えるようになり、父母の姿を見た時よりもうれしく、また強力な敵に捕えられた者が、特別に釈放されて家に無事帰ることができ、妻子と会うことができたというようなことよりも、めずらしいことだと思わなくてはならない。
第三問答 唱題の人の福徳
<小見出し>唱題の経証をあげる小見出し>
[14]ではお尋ねするが、題目ばかり唱えさえすれば功徳があるという証拠の経文があるのだろうか。
[15]お答えしよう、妙法蓮華経の第八巻にある陀羅尼品第二十六に「法華経の名を受持した者の福は、はかることができないほど多い」とあり、正法華経の総持品には「もしこの経を聞いて、その経の名号をたもつ者は、その功徳ははかりしれないものがある」とある。また添品法華経の陀羅尼品には、「法華の名を受持した者の福は、はかることができないほど多いものである」と説かれている。これらの経文は明らかに題目だけを唱えた人の福徳が、極めて多いことを示したものといえる。
<小見出し>要の中の要小見出し>
[16]法華経の一部八巻二十八品を、すべて受持し読誦して、随喜の心を起こして、護持することは「広」の修行である。また法華一経の中の大切な部分である方便品と如来寿量品を受持し、ないし護持することは、「略」の修行である。ただ神力品の四句一偈の文あるいは題目だけを唱え、また唱える行者を護持することは「要」である。以上の広・略・要の三段階の中では、ただ題目だけを一心に唱えることが、「要の中の要」ということができる。
第四問答 法華の信行
<小見出し>妙法蓮華経の五字の功徳小見出し>
[17]お尋ねするが、それでは妙法蓮華経のわずか五字の中には、いったいどれほどの功徳があるのであろうか、お教え願いたい。
[18]お答えしよう。たとえばあの大海は世界中の河川の流れをすべて収納している。大地は広大であってすべての有情から非情にわたって一切を所持している。またすべての物を蔵しているという如意宝珠は万宝をふらし、大梵天王は欲界・色界・無色界の三界をすべて統括している。これと同様に、妙法蓮華経の五字はまた万法の功徳をすべて持っているのである。すなわち地獄界から上は仏界までの十界のあらゆるものを納め持ち、十界の衆生も国土もみな収めているのである。
[19]まず妙法蓮華経の五字の中に一切の法が納められていることをいうならば、最初に「経」の一字から考えると、この経は諸経の中の王である。それは一切の諸経を、この経の一字の中に納めているからである。仏が世に出られて、初めから五十余年間は八万もの聖教をお説きになられたが、仏は人間の寿命が百歳まである時、八十歳に達したおりに二月十五日の夜半、御入滅になられた。そのあと四月八日から七月十五日に至るまでのひと夏九十日の間、一千人の阿羅漢が一堂に集まって、仏が一代の間にお説きになったすべての教えを書き表わして経典をつくったのである。その後一千年の正法時代といわれる間は、五天竺といわれる東西南北と中央のインド全土に、この仏教の経典が広まっていったが、まだ中国には伝えられなかった。それが像法時代といわれる仏の滅後一千年から二千年までの間の、最初の十五年目に入ったとき、後漢の孝明皇帝の永平十年丁卯の歳(西暦<暦>六七暦>年)に至って、初めて仏教の経典が渡来してきた。唐の国の玄宗皇帝の開元十八年庚午の歳(<暦>七三〇暦>)に至るまでに、インドから渡来した経典の翻訳者は百七十六人に及び、持参してきた経・律・論の三蔵経は全部で千七十六部・五千四十八巻・四百八十帙にも達している。これらはみな法華経の「経」の一字につき従う経典である。
<小見出し>諸経は法華経の眷属小見出し>
[20]まず妙法蓮華経が説かれる以前、四十余年間の諸経の中には、始めに大方広仏華厳経という経典がある。この経はインドの鉄囲山の奥にある竜宮城に秘蔵されていたが、上・中・下の三種類があり、上本は十の三千大千世界を微塵にしたほどの品数がある。中本は四十九万八千八百偈一千二百品あり、下本は十万偈四十八品もある。この三本のほかに中国や日本に伝わったのはわずかに八十巻本・六十巻本・四十巻本等の種類である。
[21]次に説かれたのは阿含の小乗経と方等・般若の諸大乗経等である。大日経は梵本には「阿嚩囉訶佉<図版ID>g0400750図版ID><図版タイトル>梵字図版タイトル><キャプション>キャプション>」の五字の真言を説いて、三千五百の偈文を結んでいる。ましていわんやその他の諸尊が説かれた証りの種子や、尊形・三摩耶に関する経々は、その数をかぞえることは不可能なくらいである。しかるにこの多数の経典が漢の国へ伝えられ訳出されたときは、わずかに六巻の本経と供養法を説いた一巻との七巻であった。また仏が沙羅双樹のもとで入滅するに際し、最後に説かれた涅槃経は、漢の国ではただ四十巻である。これも梵本ではもっと数が多いのである。これらの諸経はみな釈迦如来の説かれた法華経につき従う経典である。
<小見出し>経の一字に諸経を含蔵する小見出し>
[22]このほかにも釈迦如来だけではなく、過去の世からの七仏・千仏、さらに数え切れないほどに遠い昔からの諸仏によって説かれた教え、ならびに現在の十方世界にあって教えを説かれている諸仏の諸経も、みなこの法華経の「経」の一字につき従うものである。このゆえに薬王菩薩本事品第二十三には、仏が宿王華菩薩に対して、「たとえばすべての水の流れの中で、海が第一のように、また数多い山の中でも須弥山が第一であるように、いくつもある星の中では月が最も第一であるように、この法華経が諸経の中では第一に位している」とあり、妙楽大師はこの点について、「仏が已に過去に説いた数多くの諸経と、今説いている法華経の開経にあたる無量義経と、当にこれから説く最後の涅槃経の、已今当の三説の中で、この法華経が最も優れた第一の経である」と解説している。すなわちこの経の「経」の一字の中に、十方法界の一切経がすべて収められているのである。たとえば如意宝珠の中にすべての財宝が納められているように、また虚空の中に森羅万象を含めているようなものである。このように法華経の「経」の一字は、仏一代のあらゆる経よりも優れているのである。ゆえに妙法蓮華の四字についても、また八万法蔵をこえて、はるかに優れているのである。
<小見出し>妙の一字について小見出し>
[23]次に「妙」の一字についてみると、法華経法師品第十に「諸経方便の門を開いて、法華真実の相を示す」とあり、章安大師はこれを法華玄義第一巻の序で、「仏が従来秘蔵していた宝を、扉を発いて取り出されたのであり、これを妙というのである」と解釈している。さらに妙楽大師は、この文を受けて法華玄義釈籤の第一巻で、「発くとは開くと同じ意味である」と述べている。これらの文から考えると、妙ということは、開くということである。
[24]世間でも財宝を積んである蔵に入ろうとした場合、鍵がなかったならば開けることができないであろう。開けることができなければ、蔵の中へ入って財宝を見ることもできないのと同様である。仏は最初に華厳経を説かれたが、この経の宝蔵を開く鍵をこの経の中では説き示されていない。次の阿含・方等・般若・観経等の四十余年間の諸経も、みな仏が説かれたものであるが、かの経々は方便であって、真意は開かれていず、門を閉じたままであったので、人々はかの経々をさとる者が一人もなかった。たとえさとったと思ってみても、それはまちがった見方でしかなかった。
[25]ところが仏は最後に法華経を説かれて、諸経の蔵を開かれたのである。この時に四十余年間にわたって閉ざされていた諸経の蔵が、法華経の鍵で開かれ、蔵内の財宝を見ることができたのである。たとえば大地の上に人間や他の動物、草木等があるけれども、日月の光がなかったならばたとえ眼のよく見える人であっても、そうした人間や動物・草木等の色や形を知ることができない。日月が昇ってその光に照らされてこそ、初めて世間の様子を知ることができるのと同じである。法華経以前の諸経は長夜の闇のごとくであり、法華経の本迹二門は、日月のごとくであるといえる。もろもろの菩薩の両眼も、また眼の不自由な二乗も、凡夫も、また一闡提もともに法華以前の諸経では、よく見ることができず、色も形もわからなかったのであるが、法華経に至って迹門でまず月の光に照らされて、いままで眼の不自由であったもろもろの菩薩の両眼がまず開き、続いて二乗も凡夫も一闡提の眼も、未来に眼が開くことができて、成仏の縁を結ぶことができたのであり、これはひとえに「妙」の一字の功徳によるものである。
[26]法華経には迹門十四品の一妙と、本門十四品の一妙と合わせて二妙がある。さらには迹門の十妙と本門の十妙とで、合わせて二十妙となる。また迹門の三十妙と本門の三十妙とを合わせて六十妙となる。迹門の四十妙と本門の四十妙と、観心の四十妙とを合わせると百二十重の妙となる。六万九千三百八十四文字あるという法華経の一字一字の下に、それぞれ一つの妙があるので、総体的には六万九千三百八十四の妙があることになる。
<小見出し>妙とは円満具足のこと小見出し>
[27]また「妙」という語はインドでは「薩」という。中国では「妙」と訳している。「妙」とはすべてのものがそなわっているという意味である。さらに「具」とは円満の意味であって、欠けたところがないという意味である。法華経の一字一字の中には他の経文、すなわち六万九千三百八十四文字のすべてが納められているのである。たとえば大海の一滴の水の中には、一切の河川の水が納められている。たった一個の如意宝珠が、芥子の実ほどの小さいものであっても、その中からあらゆる財宝を取り出すことができるようなものである。
[28]たとえば秋から冬へかけての氷や雪で枯れてしまった草木が、春から夏へかけての日に照らされ、芽や葉を出し花を咲かせて果実をならせるようなものである。法華経以前の秋冬の草木にあたる九界の衆生が、法華経の妙の一字である春夏の太陽に照らされて、菩提心の華を咲かせ成仏の木の実をならせるのと同様である。竜樹菩薩は大智度論の中で、「たとえば大薬師が毒を変じてよく薬となすがごときものである」といっているが、この文は法華経の妙の徳を解釈したものである。また妙楽大師は、「諸経ではよく治療することのできなかった難病の人を法華経ではことごとくなおすことができたので、妙と称するのである」ともいっている。
[29]総体的にみて、一般に成仏往生のできない者が四種類ある。その第一は、小乗の空理を目標とした決定性の二乗と、第二は仏になるべき種子を腐らせてしまった一闡提と、第三には仏教の説く因果の道理を信じようとしない空心の者、第四は正法を誹謗する者の四種である。これらの者はいずれも諸経では永く成仏が否定されていたが、法華経にきて初めて仏になることが認められたので、法華経のことを妙というのである。
<小見出し>悪人の成仏について小見出し>
[30]悪人の代表のごとくにいわれている提婆達多は、もとは斛飯王の第一太子であった。浄飯王には甥にあたり、阿難尊者には兄になる人で、教主釈尊とは従兄子のあいだがらであり、この南閻浮提といわれる世界では、軽くない地位にあった人である。須陀という僧の弟子として出家し阿難尊者から十八変化の神通を習い、婆羅門の六万法蔵と仏教の八万法蔵を学習し、さらにそのうえに五種の修行を実行して、仏よりも尊いようにみえた。そして釈尊に負けまいとして対立し、一方の頭となって伽耶城の近くにある象頭山の中に戒律を授与するための戒壇を築きあげ、釈尊の弟子たちを招き寄せ、仏教の教団を二分させて混乱におとし入れようとたくらんだが、これは最も罪の重い破僧罪(五逆罪の中の一つ)にあたる。また頻婆娑羅王の息子である阿闍世太子をそそのかし、「われは釈迦を殺して新しく仏となるので、太子は父王を殺して新王となりたまえ」と語った。そこで阿闍世太子は父王を殺し自分が王位についたので、提婆達多も仏の様子をうかがい、仏の行列が通る道に山の上から大石を投げ、仏の御身からは血を流させ、弟子の阿羅漢である華色比丘尼を打ち殺してしまったのである。これは五逆罪の中の三逆罪までを一挙に犯してしまったことになる。
[31]そのうえ、釈尊の弟子であった瞿伽梨尊者を自分の弟子とし、阿闍世王を檀信徒として思うがままにふるまった。インド国内の十六の大国・五百の中国等の中で、一逆二逆三逆といった重罪を犯した者たちのほとんどはみな提婆の一類の者たちでないものはいないほどであった。たとえば大海があらゆる河川の水を集め、大山が草木を集めるようなものである。すなわち智慧のある者は舎利弗のもとに集まり、神通のある者は目連にしたがい、悪人は提婆と語り合うことになったのである。したがって悪業をかさねた提婆は、厚さ十六万八千由旬(一由旬は人が一日で歩く距離)もある大地の下の金剛のように堅い風輪等も破れて、生身のままで最も恐ろしい地獄の大城に落ちてしまった。提婆だけではなく、第一の弟子である瞿伽梨も旃遮婆羅門女もともに生身のまま地獄へ落ちて行ったのである。さらに提婆に従った波瑠璃王も、善星比丘も地獄に落ちた。これらの人々が生身のままで地獄に落ちたことは、全インドの十六の大国を始め、五百の中国、その他多数の小国の人々もみなこのことを見て知っている。六欲・四禅・色界・無色界・梵王・帝釈・第六天の魔王も閻魔法王等も、みなご覧になられた。さらに三千大千世界、および十方法界の衆生も、ことごとくこのことを聞いて知っている。
[32]したがって大地を微塵にくだいた粒の数ほどもの永い年月が過ぎても、これらの人々は無間地獄の大城から出ることができない。大岩石がすりへってなくなるようなことがあっても、阿鼻地獄へ落ちた苦しみは尽きることがないと思っていたのに、法華経の提婆品において、「提婆は今の教主釈尊の昔の師匠であり、未来には成仏して天王如来となる」と記されていることは、まことに不思議なことである。
[33]法華経以前の諸経が提婆の不成仏を説いているが、もしこれが真実だとしたら、法華経は大うそつきとなり、また成仏を認めた法華経が真実だとしたならば、諸経のほうが大うそつきの罪を犯していることになるであろう。提婆が阿羅漢を殺し、仏身から血を流させ、和合の僧団を混乱させるという三悪罪を実際に犯し、その他にも無量の重罪をつくったにもかかわらず、法華経では天王如来となることが認められている。いわんや二逆・一逆のその他の悪人が仏に成れることは疑いのないことである。たとえば大地を裏返せば、そこに生えている草木も一諸に裏返るのと同じである。また堅い石を割ることのできる者が、やわらかい草を切ることは、たやすく簡単にできるのと同様である。だからこの経のことを「妙」というのである。
<小見出し>女性の成仏について小見出し>
[34]女性については仏教でも、仏教以外の聖典でもわるくいっている。中国古代の三皇五帝の時代でも、その記録の中で、心の曲った者としている。だから災は三女(中国の三人の悪女)から起きるともいっている。国が亡び人がそこなわれるのは、そのもとが女性であることが多いのである。仏教の中でも仏が初めに道を成じて、最初に説かれた大法である華厳経の中には、「女性は地獄の使であって、ことごとく仏の種子を断じてしまったものである。外面は菩薩に似ているが、心の中は恐ろしい夜叉のようなものである」と書かれており、また仏がクシナガラで最後に説かれた大涅槃経の中には、「すべての江は必ず曲りくねっているが、それと同様にすべての女性もまた心が曲りくねっているものである」と記されており、さらに「あらゆる三千世界の男性のいろいろな煩悩を集めたものが、一人の女性の業障となる」とも記されているほどである。
[35]大華厳経の中に、「よく仏になるべき種子を断じたもの」と説かれていることは、女性は仏になるべき種子を火で焦ったものとしているのである。たとえば大日照りのとき大空に大きな雲がわき起こり、大雨を大地に降らせ、枯れたようになっていた無数の草木が、充分に水分を得て花を咲かせ木の実をならすことができるが、しかし焦れてしまった種子はいくら雨にあっても芽は出ず、結局ははげしい雨にあって朽ち消えてしまうものである。仏は大雲のごとく、説教は大雨のごとくである。枯れたようになってしまった草木を、一切衆生にたとえたのである。仏教の雨にうるおって大乗の五戒・十善・禅定等の功徳を得ることができるのは、花咲き木の実がなったのと同様である。しかし雨がいくら降ったとしても、焦れてしまっている種子は芽を出さず、かえって朽ちうせてしまうというのは、女性が仏教にめぐりあうことができても、生死を離れることができずに、かえって仏法を失い悪道に落ちることにたとえたものである。このことを「よく仏の種子を断じたもの」というのである。
[36]涅槃経の文に、「一切の江河が曲っているように、女性の心もまた曲っている」と説かれているのは、水はやわらかなものなので、石や山などのようなかたい物にさえぎられてしまって、水の先がひるんでしまって、あちらへ曲りこちらへくねってしまうのである。女性もちょうどこれと同じである。女性の心を曲りくねった川の水にたとえたのである。心が弱く水のようである。正しいと自分では思うようなことであっても、男の強い心にあうと、それにさえぎられてよくない方へ行ってしまうものである。また水の面に絵を書いてみても、少しもとどまることなく流れてしまうように、心がすぐにうつり変わって行く。さらに女性は不信を本体としているので、今ここで、このようにあるべきだと見ることがあっても、しばらくすると、とんでもない方向へ行ってしまうものである。仏というものは正直を基本としている。ゆえに曲った心の女性は仏になることはできない。五障三従といって、五つのさわりと三つの従うべきものがある。だから銀色女経には、「過去・現在・未来の三世の諸仏の眼が、大地に落ちるようなことがあっても、女性は仏になることができない」と説かれている。また竜樹菩薩の大智度論には、「涼風はつかまえることはできても、女性の心はつかまえることはむずかしい」といっている。
[37]このように諸経できらわれた女性を、仏の弟子である文殊師利菩薩が「妙」の一字を説かれたことにより、たちまちに仏になることができた。あまりに不思議なことなので、宝浄世界の多宝仏の第一の弟子である智積菩薩と、釈迦如来の弟子の中でも、特に智慧第一といわれた舎利弗尊者が、仏の四十余年間にわたって説かれた大乗・小乗の各経典のこころをもって、竜女が仏になることのできない理由をあげて、難問を述べてみたが、ついにかなわず竜女は成仏したのである。初成道の教えたる華厳経の「よく仏の種子を断じたもの」という文も、涅槃経の「すべての江河は必ず曲っているように、女性の心もまた曲っている」という文も、みな破れてしまった。銀色女経ならびに竜樹菩薩の大智度論で述べられた「女性の永く成仏できない」とする説も、すべてむなしくなってしまった。また智積や舎利弗は、びっくりしてしまって舌を巻き、口を閉ざしてしまい言葉を出すことさえできなくなった。その場にいた人天・大会のものたちは、今まで成仏できないといわれていた女性や悪人が成仏できることを知り、歓喜のあまりみな掌を合わせて仏を拝んだ。これはひとえに「妙」の一字の徳によるものである。
[38]この南閻浮提といわれる世界の中に二千五百の河がある。その一つ一つがみな曲りくねっている。これは南閻浮提の女性の心が曲っているのと同じである。ただし娑婆耶という河があり、この河だけは縄を引き伸ばしたように、まっすぐ西海へ入っている。法華経を信ずる女性は、またこの河のようにまっすぐに西方浄土へ入ることができるのである。これは「妙」の一字の徳によるものである。
<小見出し>妙の徳について小見出し>
[39]「妙」とは「蘇生」の意味である。蘇生とは「よみがえる」という意味である。たとえば黄鵠という鶴の子が死んだときに、その鶴の母が死んだ子に向かって「子安」と鳴いて呼びかけると、死んだ子が生き返り、鴆鳥が水に入ると、その水の中にいる魚や蛤などは、みな鴆鳥の毒のために死んでしまうが、犀の角がこれにふれると死んだものが再びよみがえってくるように、法華経以前の諸経において、仏種を焦ってしまって死んでしまったような声聞・縁覚の二乗や、一闡提・女性等は、この妙の一字をたもつことにより、死んでしまった仏種もまたよみがえり、生き返ることができるのである。
[40]天台大師は摩訶止観の第六巻の中で、「一闡提は心があるので、なお成仏する可能性も少しはあるのだが、二乗は身も心もすべて滅してしまうことを願っているので、これは仏になれない。しかるに法華経ではその不可能な二乗をよく仏になさしめたので、これを称して『妙』といったのである」といっており、妙楽大師はこの文を解釈した止観弘決の第六巻の中で、「ただ諸経に大という字は付けても、妙という字をつけていないのは、一つには心のあるものは成仏させることはできても、心の無いものは成仏させることがむずかしい。そのむずかしい者をよく成仏させることができるからこそ『妙』と称するのである」ともいっている。これらの文の意味は、大方広仏華厳経・大集経・大般若経・大涅槃経等の各経典は、その経典名に「大」の字のみはついているが、どれも「妙」の字は一つもついていない。これらの経はただ生きている者だけを救うことができたとしても、死んでしまったものを救うことはできない。ところが法華経は死んでしまったものをも救うことができるのである。だから「妙」というのである。このゆえに諸経では仏に成るべき者も仏に成れず、法華経では仏に成り難いものでさえも仏に成ることができるのである。ましてや仏に成りやすい者はいうまでもないことである、という道理が成り立つので、法華経が説かれたあとは、諸経にたよるものは一人もいないはずである。
[41]それにもかかわらず、正法・像法の二時代二千年が過ぎて、末法の世に入り、今の世の衆生が成仏も往生もできないでいることは、仏の在世時代の二乗や闡提等、もっとも仏に成ることがむずかしいといわれたものたちよりも、百千万億倍もむずかしいのである。これらの衆生は、観経などの仏が四十余年間にわたって説かれた方便の経々について、生死を離れようと思っているが、これはいかにもはかない考え方である。
<小見出し>天台大師と女性の成仏小見出し>
[42]女性は仏の在世と、仏の滅後の正法・像法・末法の三時代を通じて、すべての諸仏の説かれたあらゆる経々の中で、この法華経を離れては仏に成ることはできないということを、その昔インドの霊鷲山で、仏から教えを受け、悟りを聞くことのできた経歴を持つ中国の天台大師が、法華文句の第七巻の中で、「他の経はただ男性の成仏については述べているが、女性の成仏については述べていない。この法華経では男女・悪人の別なく成仏について述べられている」と記している。
[43]インドの摩竭提国にある王舎城の東北に霊鷲山という所があり、そこで八年間にわたり釈迦如来が多宝仏ならびに十方諸仏の御前において、説かれた法華経を、天台智者大師は目のあたり聴聞したとき、仏が「わが一代における五十年間の聖教は、これみな衆生を利益するためのものである。ただしその中に四十二年間の経々は、女性は仏になることができないと説いてきたが、いま法華経において女性の成仏を説く」と述べられたのをよく記憶しておられ、仏の滅後千五百余年にあたり、霊鷲山から、東北へ十万八千里の山海をへだてた摩訶尸那という国があり、今の中国がこれである。この国に仏の御使として世に出られ、天台智者大師と名のり、「女性は法華経をはなれては、仏に成ることはできない」と定められた。中国より三千里をへだてた東の方に国があり、日本と名づけられている。
<小見出し>法華の信行に励むべきである小見出し>
[44]中国の天台大師は御入滅になられて、二百余年の後にこの日本に生まれかわって伝教大師と名のられ、法華秀句という著書をつくられ、その中で、「仏に代わって法を説く能化の竜女も、その法を聞く所化の衆生も、ともに永い間の修行をへずに、妙法の経力により、即身に成仏することができた」と竜女の成仏について語っている。
[45]現代の女性は、即身成仏することはなかなかむずかしいことであるが、極楽へ往生することは、法華経を信行しさえすれば、疑いないことである。たとえば江河の水が大海へ流れ入るように、また雨が空から落ちてくるよりも早くたやすいことである。それなのに日本国内のすべての女性は、南無妙法蓮華経とは唱えないで、女性の往生成仏をとげることのできない大無量寿経等をたより、弥陀の名号を一日に六万遍ないし十万遍も唱えることは、仏の名号であるから一見立派な修行のようにみえるけれども、女性の不成仏・不往生の経にたよっているのであるから、ちょうど他人の財産を数えているようなもので、女性のためにはなにひとつならない。これはひとえに悪い知識者によってだまされてしまったからである。したがって日本国のすべての女性の敵は、虎や狼よりも、山で生活している手荒な人や、海賊よりも、父母の敵よりも、法華経を教えないで、念仏等を教える人の方が、はるかに恐ろしいものであり、すべての女性の仇というべきである。
[46]南無妙法蓮華経と、一日の中に六万・十万・千万遍も唱えて、さらにそのあとにひまがあったならば、時々は弥陀等の諸仏の名号を口ずさむように唱える女性こそ、法華経を信ずる女性であるといえるのに、当世の女性は、一生の間、弥陀の名号だけをしきりに唱え、念仏の仏事ばかりひまなく実行して、法華経は少しも唱えず供養もしていない。あるいは、わずかに法華経を、もっぱら経典を受持する者に読経させることがあっても、念仏を唱える者を、父母兄弟のように思いこんで重く扱い、法華の持経者のほうは家来か付き従う人よりも軽い扱いをしている。このような状態であるにもかかわらず、自分は法華経を信仰しているなどというのである。
[47]かつて妙荘厳王品に出てくる浄徳夫人という方は、二人の太子の出家を許し、法華経をひろめさせた。また提婆品に出てくる竜女は、「われは大乗法華経の法門を開いて、苦しみの衆生を救済する」と誓いを立てている。まったく他の経だけを行じて、この法華経を信行しないと誓われているわけではない。ところが今の女性はひとえに他の経だけを行じて、法華経を信行する方法を知らないでいる。早く心をひるがえして、法華の信行に帰すべきである。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
[48]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[49]文永三年(<暦>一二六六暦>)丙寅正月六日清澄寺において、未の時(午後二時頃)書き終わる。