唱法華題目鈔
書下し
唱法華題目鈔
[1]ある人予に問て云く、世間の道俗させる法華経の文義を弁へずとも、一部・一巻・四要品・自我偈・一句等を受持し、或は自もよみかき、もしは人をしてもよみかゝせ、或は我とよみかゝざれども、経に〔向い奉り〕合掌礼拝をなし、香華を供養し、或は〔上のごとく〕行ずる事なき人も、他の行ずるを見てわづかに随喜の心ををこし、国中にこの経の弘まれる事を悦ばん。是体の僅の事によりて世間の罪にも引かれず、彼の功徳に引かれて、小乗の初果の聖人の度度人天に生れてしかも悪道に堕ちざるがごとく、常に人天の生をうけ、終に法華経を〔心得〕るものと成て、十方浄土にも往生し、〔またこの土においても即身に成仏〕する事あるべきや。委細に〔これを聞ん〕。
[2]答て云く、させる文義を弁へたる身にはあらざれども、法華経・涅槃経並に天台・妙楽の釈の心をもて推し量るに、かりそめにも法華経を信じていささかも謗を生ぜざらん人は、余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず。
[3]ただし悪知識と申してわづかに権教を知れる人、智者の由をして、法華経を我等が機に〔叶いがたき〕由を和げ申さんを誠と思て、法華経を随喜せし心を打捨て、余教へうつりはてゝ、一生さて法華経へ帰り入らざらん人は、悪道に堕つべき事もありなん。
[4]〔仰せに付て〕疑はしき事侍り。実にてや侍るらん。法華経に説かれて候とて智者の語らせ給しは、昔三千塵点劫の当初、大通智勝仏と申す仏います。その仏の凡夫にていましける時、十六人の王子をはします。彼父の王仏にならせ給ひて、一代聖教を説き給ひき。十六人の王子もまた出家して、その仏の御弟子とならせ給ひけり。大通智勝仏、法華経を説き畢らせ給て定に入らせ給ひしかば、十六人の王子の沙弥、その前にしてかはるがはる法華経を講じ給ひけり。その所説を聴聞せし人幾千万といふ事をしらず。当座に悟をえし人は不退の位に入りにき。また法華経をおろか(疎略)に〔心得る〕結縁の衆もあり。その人人当座中間に不退の位に入らずして、三千塵点劫をへたり。その間またつぶさに六道四生に輪回し、今日釈迦如来の法華経を説き給うに不退の位に入る。いわゆる舎利弗・目連・迦葉・阿難等これなり。
[5]なおなお信心薄き者は、当時も覚らずして未来無数劫を経べきか。〔知らず〕、我等も大通智勝仏の十六人の結縁の衆にもあるらん。この結縁の衆をば天台・妙楽は名字・観行の位にかなひたる人なりと定め給へり。名字・観行の位は一念三千の義理を弁へ、十法成乗の観を凝し、能能義理を弁へたる人なり。
[6]一念随喜五十展転と申すも天台・妙楽の釈のごときは、皆観行五品の初随喜の位と定め給へり。博地の凡夫の事にはあらず。しかるに我等は末代の一字一句等の結縁の衆、一分の義理をも知らざらんは、あに無量の世界の塵点劫を経ざらんや。これ偏に理深解微の故に、教は至て深く、機は実に浅きがいたす処なり。
[7]〔ただ弥陀の名号を唱て、順次生に西方極楽世界に往生し、永く不退の無生忍を得て、阿弥陀如来・観音・勢至等の法華経を説き給わん時、聞て悟を得にはしかず〕。しかるに弥陀の本願は有智無智・善人悪人・持戒破戒等をも択ばす、ただ一念唱ふれば臨終に必ず弥陀如来本願の故に来迎し給ふ。
[8]これを以て思ふに、この土にして法華経の結縁を捨て、浄土に往生せんとをもふは、億千世界の塵点を経ずして、疾法華経を悟るがためなり。法華経の根機にあたはざる人の、この穢土にて法華経にいとまをいれて、一向に念仏を申さざるは、法華経の証は〔取りがたく〕、極楽の業は〔定らず〕、中間になりて、中中法華経をおろそかにする人にてやおはしますらん、と申し侍るはいかに。その上、ただ今承り候へば、僅に法華経の結縁計ならば、三悪道に堕ちざる計にてこそ候へ、六道の生死を出つるにはあらず。念仏の法門はなにと義理を知らざれども、弥陀の名号を〔唱奉れば〕、浄土に往生する由を申すは、遥に法華経よりも弥陀の名号はいみじくこそ聞え侍れ。
[9]答て云く、誠に仰せめでたき上、智者の御物語にて侍るなれば、さこそと存じ候へども、ただしもし御物語のごとく侍らば、すこし不審なる事侍り。大通結縁の者をあらあらうち(打)あてがい申すには、名字・観行の者とは釈せられて侍れども、正しく名字即の位の者と定められ侍る上、退大取小の者とて法華経をすてゝ権教にうつり、後には悪道に堕ちたりと見えたる上、正しく法華経を誹謗して〔これを捨し者〕なり。たとい義理を知るやうなる者なりとも、謗法の人にあらん上は、三千塵点・無量塵点も経べく侍るか。
[10]五十展転一念随喜の人人を観行初随喜の位の者と釈せられたるは、末代の我等が随喜等は彼の随喜の中には〔入るべからずと〕仰せ候か。これを天台・妙楽初随喜の位と釈せられたりと申さるゝほどにては、また名字即と釈せられて侍る釈はすてらるべきか。
[11]所詮仰せの御義を委く案ずれば、をそれにては候へども、謗法の一分にやあらんずらん。その故は法華経を我等末代の機に〔叶いがたき〕由を仰せ候は、末代の一切衆生は穢土にして法華経を行じて〔詮なき〕事なりと仰せらるゝにや。もしさやうに侍らば、末代の一切衆生の中にこの御詞を聞て、既に法華経を信ずる者も打捨て、〔いまだ行ぜざる者〕も行ぜんと思ふべからず。随喜の心も留め侍らば謗法の分にやあるべかるらん。もし謗法の者に一切衆生なるならば、いかに念仏を申させ給ふとも、御往生は不定にこそ侍らんずらめ。また弥陀の名号を唱へ、極楽世界に往生をとぐべきよしを仰せられ侍るは、何なる経論を証拠として、この心はつき給ひけるやらん。正くつよき証文候か。もしなくばその義たのもしからず。
[12]前に申候つるがごとく、法華経を信じ侍るは、させる解なけれども三悪道には堕つべからず候。六道を出つる事は一分のさとりなからん人は〔ありがたく〕侍るか。ただし悪知識に値て法華経随喜の心を云いやぶられて候はんは、〔力及ばざるか〕。
[13]また〔仰せに付て〕驚き覚え侍り、その故は法華経は末代の凡夫の機に〔叶いがたき〕由を智者申されしかば、さか(左歟)と思ひ侍る処に、只今の仰せのごとくならば、弥陀の名号を唱ふとも、法華経をいゐうとむるとがによりて往生をも遂げざる上、悪道に堕つべきよし承るは、ゆゝしき大事にこそ侍れ。抑も大通結縁の者は謗法の故に〔六道に回るも〕、また名字即の浅位の者なり。また一念随喜五十展転の者も、また名字観行即の位と申す釈は、何の処に候やらん。委く承り候はばや。また義理をも〔知らざる者の〕僅に法華経を信じ侍るが、悪知識の教によて法華経を捨て権教に移るより外の、世間の悪業に引かれては悪道に堕つべからざる由、申さるゝは証拠あるか。また無智の者の念仏申て往生すると何に見えてあるやらんと申し給ふこそ、よ(世)に事あたらしく侍れ。双観経等の浄土の三部経・善導和尚等の経釈に明かに見えて侍らん上は、なにとか疑ひ給べき。
[14]答て云く、大通結縁の者を退大取小の謗法、名字即の者と申すは私の義にあらず。天台大師文句第三の巻に云く〔「法を聞いていまだ度せず、しかも世世に相値て今に声聞地に住する者あり。すなわち彼時の結縁の衆なり」〕。と釈し給て侍るを、妙楽大師の疏記第三に重てこの釈の心を述給て云く、〔「ただし、いまだ品に入らず。倶に結縁と名るが故に」〕文。文の心は大通結縁の者は名字即の者となり。
[15]また天台大師玄義の第六に大通結縁の者を釈して云く〔「もしは信もしは謗、よって倒れよって起く。喜根謗すといえども、後要度を得るがごとし」〕文。文の心は大通結縁の者の三千塵点を経るは謗法の者なり。例せば勝意比丘が喜根菩薩を謗ぜしがごとしと釈す。
[16]五十展転の人は五品の初の初随喜の位と申す釈もあり。また初随喜の位の先の名字即と申す釈もあり。疏記第十に云く〔「初に法会にして聞く。これ初品なるべし。第五十人は必ず随喜の位の初にある人なり」〕文。文の心は初会聞法の人は必ず初随喜の位の内、第五十人は初随喜の位の先の名字即と申す釈なり。その上、五種法師にも受持・読・誦・書写の四人は自行の人、大経の九人の先の四人は〔解なき者〕なり。解説は化他、後の五人は〔解ある人〕と証し給へり。疏記第十に五種法師を釈するには、〔「或は全くいまだ品に入らず」〕。また云く〔「一向にいまだ凡位に入らず」〕文。文の心は五種法師は観行五品と釈すれども、また五品已前の名字即の位とも釈するなり。
[17]これ等の釈のごとくんば、義理を知らざる名字即の凡夫が随喜等の功徳も、経文の一偈一句一念随喜の者、五十展転等の内に入るかと覚え候。
[18]いかにいはんや、この経を信ぜざる謗法の者の罪業は譬喩品に委くとかれたり。持経者を謗ずる罪は法師品にとかれたり。この経を信ずる者の功徳は分別功徳品・随喜功徳品に説けり。謗法と申すは違背の義なり。随喜と申すは随順の義なり。させる義理を〔知らずとも〕、一念も貴き由申すは違背・随順の中には何れにか取られ候ベき。また末代無知の者のわづかの供養随喜の功徳は経文には載せられざるか如何。その上、天台・妙楽の釈の心は、他の人師ありて法華経の乃至童子戯、一偈一句・五十展転の者を、爾前の諸経のごとく上聖の行儀と釈せられたるをば〔謗法の者と定め〕給へり。
[19]しかるに我釈を作る時、機を高く取て、末代造悪の凡夫を迷はし給はんは、自語相違にあらずや。故に妙楽大師、五十展転の人を釈して云く、〔「恐くは人謬て解せる者、初心の功徳の大なることを測らず、功を上位に推て、この初心を蔑る故に、今彼行浅く功深きことを示して以て経力を顕わす」〕文。文の心は謬て法華経を説かん人の、この経は利智精進上根上智の人のためといはん事を、仏をそれて、下根下智末代の無智の者の、わづかに浅き随喜の功徳を、四十余年の諸経の大人上聖の功徳に勝れたる事を顕さんとして、五十展転の随喜は説かれたり。
[20]故に天台の釈には、外道・小乗・権大乗までたくらべ来て、法華経の最下の功徳が勝れたる由を釈せり。ゆえに阿竭多仙人は十二年が間、恒河の水を耳に留め、耆兎仙人は一日の中に、大海の水をすいほす。〔かくのごとき〕得通の仙人は、小乗阿含経の三賢の浅位の一通もなき凡夫には百千万倍劣れり。三明六通を得たりし小乗の舎利弗・目連等は、華厳・方等・般若等の諸大乗経の未断三惑の一通もなき一偈一句の凡夫には百千万倍劣れり。華厳・方等・般若経を習ひ極めたる等覚の大菩薩は、法華経を僅に結縁をなせる未断三惑無悪不造の末代の凡夫には百千万倍劣れる由、釈の文顕然なり。
[21]しかるを当世の念仏宗等の人、我身の権教の機にて実経を信ぜざる者は、方等・般若の時の二乗のごとく、自身をはぢ(恥)しめてあるべき処にあへてその義なし。あまさへ世間の道俗の中に、僅に観音品・自我偈なんどを読み、適ま父母孝養なんどのために一日経等を書く事あれば、いゐさまたげて云く、善導和尚は念仏に法華経をまじうるを雑行と申し、百の時は希に一二を得、千の時は希に三五を得ん。乃至千中無一と仰せられたり。いかにいはんや智慧第一の法然上人は法華経等を行ずる者をば、祖父の履、或は群賊等にたとへられたりなんどいゐうとめ侍るは、〔かくのごとく〕申す師も弟子も阿鼻の焔をや招かんずらんと申す。
[22]問て云く、何なるすがた並に語を以てか法華経を世間にいゐうとむる者には侍るや。よにおそろしくこそおぼえ候へ。
[23]答て云く、始に智者の申され候と御物語候つるこそ、法華経をいゐうとむる悪知識の語にて侍れ。末代に法華経を失ふべき者は、心には一代聖教を知りたりと思て、しかも心には権実二経を弁へず。身には三衣一鉢を帯し、或は阿練若に身をかくし、或は世間の人にいみじき智者と思はれて、しかも法華経をよくよく知る由を人に知られなんどして、世間の道俗には三明六通の阿羅漢のごとく貴ばれて、法華経を失ふべしと見えて候。
[24]問て云く、その証拠いかん。
[25]答て云く、法華経勧持品に云く〔「諸の無智の人、悪口罵詈等し、及び刀杖を加うる者あらん、我等皆まさに忍ぶべし」〕文。妙楽大師この文の心を釈して云く〔「初の一行は通じて邪人を明す。即俗衆なり」〕文。文の心はこの一行は在家の俗男俗女が権教の比丘等にかたらはれて敵をすべしとなり。経に云く〔「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に、いまだ得ざるをこれ得たりといい、我慢の心充満せん」〕文。妙楽大師この文の心を釈して云く〔「次の一行は道門増上慢の者を明す」〕文。文の心は悪世末法の権教の諸の比丘、我れ法を得たりと慢じて、法華経を行ずるものゝ敵となるべしといふ事なり。
[26]経に云く〔「或は阿練若に納衣にして空閑に在て、自ら真の道を行ずといいて、人間を軽賤する者あらん。利養に貪著するが故に、白衣のために法を説き、世に恭敬せらるること六通の羅漢のごとくならん。この人悪心を懐き、常に世俗の事を念い、名を阿練若に仮て、好んで我等が過を出さん。しかもかくのごとき言を作さん、この諸の比丘等は利養を貪るをもての故に、外道の論議を説き、自らこの経典を作りて、世間の人を誑惑す。名聞を求るをもての故に、分別してこの経を説くと。常に大衆の中にあって、我等を毀らんと欲するが故に、国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向て、誹謗して我が悪を説て、これ邪見の人外道の論議を説くといわん」〕〈已上〉。大師この文を釈して云く〔「三に七行は僭聖増上慢の者を明す」〕文。
[27]経並に釈の心は、悪世の中に多くの比丘あつて、身には三衣一鉢を帯し、阿練若に居して行儀は大迦葉等の三明六通の羅漢のごとく、在家の諸人にあふがれて、一言を吐ば如来の金言のごとくをもはれて、法華経を行ずる人をいゐやぶらんがために、国王大臣等に向ひ奉て、この人は邪見の者なり、法門は邪法なり、なんどいゐうとむるなり。
[28]上の三人の中に、第一の俗衆の毀よりも、第二の邪智の比丘の毀はなほしのびがたし。また第二の比丘よりも、第三の大衣の阿練若の僧は甚し。この三人は当世の権教を手本とする文字の法師、並に諸経論の言語道断の文を信ずる暗禅の法師、並に彼等を信ずる在俗等、四十余年の諸経と法華経との権実の文義を弁へざる故に、華厳・方等・般若等の心仏衆生、即心是仏、即往十方西方等の文と、法華経の諸法実相、即往十方西方の文と語の同きを以て義理のかはれるを〔知らず〕、或は諸経の言語道断、心行所滅の文を見て、一代聖教には如来の実事をば宣られざりけりなんどの邪念をおこす。故に悪鬼、この三人に入て、末代の諸人を損じ、国土をも破るなり。故に経文に云く〔「濁劫悪世のに中には、多く諸の恐怖あらん、悪鬼その身に入て、我を罵詈し毀辱せん、乃至仏の方便随宜所説の法を知らず」〕文。文の心は濁悪世の時、比丘、我が信ずる所の教は仏の方便随宜の法門ともしらずして、権実を弁へたる人出来すれば、罵り破しなんどすべし。これ偏に悪鬼の身に入たるをしらずと云なり。されば末代の愚人の恐るべき事は、刀杖・虎狼・十悪・五逆等よりも、三衣一鉢を帯せる暗禅の比丘と並に権経の比丘を貴しと見て、実経の人をにくまん俗侶等なり。
[29]故に涅槃経二十二に云く〔「悪象等においては心に恐怖することなかれ。悪知識において怖畏の心を生ぜよ。何を以ての故に。これ悪象等は、ただよく身を壊りて心を壊ることあたわず。悪知識は二倶に壊るが故に。乃至、悪象のために殺れては、三趣に至らず。悪友のために殺れては、必ず三趣に至ん」〕文。この文の心を章安大師宣て云く〔「諸の悪象等はただこれ悪縁にして、人に悪心を生しむることあたわず。悪知識は甘談詐媚、巧言令色もて人を牽いて悪をなさしむ。悪をなすを以ての故に、人の善心を破る。これを名けて殺となす。即ち地獄に堕す」〕文。文の心は、悪知識と申は甘くかたらひ、詐り媚び、言を巧にして、愚癡の人の心を取て、善心を破るといふ事なり。総じて涅槃経の心は、十悪・五逆の者よりも謗法・闡提のものをおそるべしと誡めたり。闡提の人と申は法華経・涅槃経を云うとむる者と見えたり。
[30]当世の念仏者等、法華経を知極めたる由をいふに、因縁譬喩をもて釈し、よくよく知る由を人にしられて、しかして後にはこの経のいみじき故に、末代の機のおろかなる者〔及ばざる〕由をのべ、強き弓重き鎧、かひなき人の用にたゝざる由を申せば、無智の道俗さもと思て、実には叶まじき権教に心を移して、僅に法華経に結縁しぬるをも翻し、また人の法華経を行ずるをも随喜せざる故に、師弟倶に謗法の者となる。〔これによって〕謗法の衆生、国中に充満して、適ま仏事をいとなみ、法華経を供養し、追善を修するにも、念仏等を行ずる謗法の邪師の僧来て、法華経は末代の機に〔叶いがたき〕由を示す。故に施主もその説を実と信じてある間、〔訪るる〕過去の父母・夫婦・兄弟等はいよいよ〔地獄の苦を増し〕、孝子は不孝・謗法の者となり、聴聞の諸人は邪法を随喜し、悪魔の眷属となる。日本国中の諸人は仏法を行ずるに似て〔仏法を行ぜず〕。
[31]適ま〔仏法を知る〕智者は、国の人に捨られ、守護の善神は法味をなめざる故に威光を失ひ、利生を止、この国をすて他方に去り給ひ、悪鬼は〔便りを得て〕、国中に入替、大地を動し悪風を興し、一天を悩し五穀を損ず。故に飢渇出来し、人の五根には鬼神人て精気を奪ふ。〔これを疫病と名く〕。一切の諸人〔善心なく〕、多分は〔悪道に堕すること〕、ひとへに悪知識の教を信ずる故なり。
[32]仁王経に云く〔諸の悪比丘多く名利を求め、国王・太子・王子の前において、自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説ん。その王、別えずしてこの語を信聴し、横に法制を作りて仏戒によらず、これを破仏・破国の因縁となす」〕文。文の心は末法の諸の悪比丘、国王・大臣の御前にして、国を安穏ならしむる様にして終に国を損じ、仏法を弘むる様にして還て仏法を失べし。国王・大臣、この由を深く知し食さずして、この言を信受する故に、〔国を破り仏教を失うと云う文なり。この時日月度を失い〕、時節もたがひて、夏はさむく、冬はあたゝかに、秋は悪風吹き、赤き日月出で、望朔にあらずして日月蝕し、或は二つ三つ等の日出来せん。大火・大風・彗星等をこり、飢饉・疫病等あらんと見えたり。国を損じ人を悪道におとす者は、悪知識に過たる事なきか。
[33]問て云く、始に智者の御物語とて申つるは、所詮後世の事の疑しき故に善悪を申て承らんためなり。彼義等は恐しき事にあるにこそ侍るなれ。一文不通の我等がごとくなる者は、いかにしてか法華経に信をとり候べき。また心ねをば何様に思定め侍らん。
[34]答て云く、この身の申事をも一定とおぼしめさるまじきにや。その故はかやうに申も天魔破旬悪鬼等の身に入て、人の善法門を破りやすらんとおぼしめされ候はん。一切は賢きが智者にて侍るにや。
[35]問て云く、もしかやうに疑い候はば我身は愚者にて侍り、万の智者の御語をば疑、さて信ずる方もなくして空く一期過し侍るべきにや。
[36]答て云く、仏の遺言に依法不依人と説せ給ひて候へば、経のごとくに説ざるをば、いかにいみじき人なりとも御信用あるべからず候か。
[37]また「依了義経不依不了義経」と説れて候へば、愚癡の身にして一代聖教の前後浅深を〔弁えざらん〕程は、了義経に付せ給ひ候へ。了義経・不了義経も多く候。阿含小乗経は不了義経、華厳・方等・般若・浄土の観経等は了義経。また四十余年の諸経を〔法華経に対すれば〕不了義経、法華経は了義経。涅槃経を〔法華経に対すれば〕、法華経は了義経、涅槃経は不了義経。大日経を〔法華経に対すれば〕、大日経は不了義経、法華経は了義経なり。故に四十余年の諸経並に涅槃経を打捨させ給ひて、法華経を師匠と御憑候へ。
[38]法華経をば国王・父母・日月・大海・須弥山・天地のごとくおぼしめせ。諸経をば関白・大臣・公卿乃至万民・衆星・江河・諸山・草木等のごとくおぼしめすべし。我等が身は末代造悪の愚者・鈍者・非法器の者、国王は臣下よりも人をたすくる人、父母は他人よりも子をあはれむ者、日月は衆星より〔暗を照す〕者、法華経は機に〔叶わずんば〕、いはんや余経は助けがたしとおぼしめせ。
[39]また釈迦如来と阿弥陀如来・薬師如来・多宝仏・観音・勢至・普賢・文殊等の一切の諸仏菩薩は我等が慈悲の父母。この仏菩薩の衆生を教化する慈悲の極理は、ただ法華経にのみ、とどまれりとおぼしめせ。諸経は悪人・愚者・鈍者・女人・根缺等の者を救ふ秘術をば、〔いまだ説き顕さず〕とおぼしめせ。法華経の一切経に勝れ候故は、ただこの事に侍り。
[40]しかるを当世の学者、法華経をば一切経に勝れたりと讃て、しかも末代の機に〔叶わず〕と申を、皆信ずる事、あに謗法の人に侍らずや。ただ一口におぼしめし切せ給候へ。所詮、法華経の文字を破りさきなんどせんには法華経の心やぶるべからず。また世間の悪業に対して云うとむるとも、人人用べからず。ただ相似たる権経の義理を以て云うとむるにこそ、人はたぼらかさるれとおぼしめすべし。
[41]問て云く、或智者の申され候しは、四十余年の諸経と八ヶ年の法華経とは、成仏の方こそ爾前は難行道、法華経は易行道にて候へ。往生の方にては同事にして易行道に侍り。法華経を書読ても十方の浄土、阿弥陀仏の国へも生るべし。観経等の諸経に付て弥陀の名号を唱ん人も往生を遂べし。ただ機縁の有無に随て何をも諍ふべからず。ただし弥陀の名号は人ごとに行し易しと思て、日本国中に行じつけたる事なれば、法華経等の余行よりも易きにこそと申されしは如何。
[42]答て云く、仰の法門はさも侍るらん。また世間の人も多くは道理と思たりげに侍り。ただし身にはこの義に不審あり。その故は前に申せしがごとく、末代の凡夫は智者と云ともたのみなし、世こぞりて上代の智者には及べからざるが故に。愚者と申ともいやしむべからず、経論の証文顕然ならんには。
[43]抑も無量義経は法華経を説がための序分なり。しかるに始め寂滅道場より今の常在霊山の無量義経に至まで、その年月日数を委く計へ挙れば四十余年なり。その間の所説の経を挙るに華厳・阿含・方等・般若なり。所談の法門は三乗五乗所習の法門なり。〔修行の時節を定るには宣説菩薩歴劫修行〕と云ひ、随自意・随他意を分つにはこれを随他意と宣べ、四十余年の諸経と八ヶ年の所説との語同く義替れる事を定るには、文辞雖一而義各異ととけり。成仏の方は別にして、往生の方は一つなるべしともおぼえず。
[44]華厳・方等・般若、究竟最上の大乗経、頓悟・漸悟の法門、皆未顕真実と説れたり。この大部の諸経すら未顕真実なり。いかにいはんや浄土の三部経等の往生極楽ばかり未顕真実の内にもれんや。その上経経ばかりを出すのみにあらず、既に年月日数を出すをや。
[45]しかれば、華厳・方等・般若等の弥陀往生已に未顕真実なる事〔疑いなし〕。観経の弥陀往生に限てあに多留難故の内に入らざらんや。もし随自意の法華経の往生極楽を随他意の観経の往生極楽に同じて、易行道と定て、しかも易行の中に取ても、なお観経の念仏往生は易行なりと〔これを立てられば〕、権実雑乱の失大謗法たる上、一滴の水漸漸に流て大海となり、一塵積て須弥山となるがごとく、漸く権経の人も実経にすゝまず、実経の人も権経におち、権経の人次第に国中に充満せば法華経随喜の心も留り、国中に王なきがごとく、人の神を失るがごとく、法華真言の諸の山寺荒て、諸天・善神・竜神等一切の聖人国を捨てゝ去ば、悪鬼便を得て乱れ入り、悪風吹て五穀も成しめず、疫病流行して人民をや亡さんずらん。
[46]この七八年が前までは諸行は永く往生すべからず、善導和尚の千中無一と定させ給たる上、選択には諸行を抛よ、行ずる者は群賊と見えたり、なんど放語を申立しが、またこの四五年の後は選択集のごとく人を勧ん者は、謗法の罪によて、師檀共に無間地獄に堕べしと経に見えたりと申す法門出来したりげにありしを、始めは念仏者こぞりて不思議の思をなす上、念仏を申す者無間地獄に堕べしと申す悪人外道あり、なんどのゝしり候しが、念仏者無間地獄に堕べしと申す語に智慧つきて、各選択集を委く披見する程に、げにも謗法の書とや見なしけん。千中無一の悪義を留て、諸行往生の由を〔念仏者毎にこれを立つ〕。〔しかりといえども〕、ただ口にのみゆるして、心の中はなお本の千中無一の思なり。在家の愚人は内心の謗法なるをばしらずして、諸行往生の口にばかされて、念仏者は法華経をば謗ぜざりけるを、法華経を謗ずる由を聖道門の人の申されしは僻事なりと思へるにや。一向諸行は千中無一と申す人よりも謗法の心はまさりて候なり。失なき由を人に知せて、しかも念仏計をまた弘めんとたばかるなり。偏に天魔の計ごとなり。
[47]問て云く、天台宗の中の人の立る事あり、天台大師、爾前と法華と相対して爾前を嫌ふに二義あり。一には約部。四十余年の部と法華経の部と相対して爾前は麤なり、法華は妙なりと〔これを立つ〕。二には約教。教に〔麤妙を立つ〕、華厳・方等・般若等の円頓速疾の法門をば妙と歎じ、華厳・方等・般若等の三乗歴別の修行の法門をば前三教と名て麤なりと嫌へり。円頓速疾の方をば、〔嫌わず〕、法華経に同じて一味の法門とせりと申は如何。
[48]答て云く、この事は不審にもする事侍るらん。〔しかるべしと〕をぼゆ。天台・妙楽より已来今に〔論ある事〕に侍り。天台の三大部六十巻、総じて五大部の章疏の中にも、約教の時は爾前の円を嫌ふ文なし。ただ約部の時ばかり爾前の円を押ふさね(聚束)て嫌へり。日本に二義あり。園城寺には智証大師の釈より起て、爾前の円を嫌ふと云い、山門には嫌はずと云う。互に文釈あり。倶に料簡あり。しかれども〔今に〕事ゆかず。
[49]ただし予が流の義には不審晴れておぼえ候。その故は天台大師、四教を立給に四の筋目あり。一には爾前の経に〔四教を立つ〕。二には法華経と爾前と相対して、爾前の円を法華の円に同じて前三教を嫌ふ事あり。三には爾前の円をば別教に摂して、前三教と嫌ひ、法華の円をば純円と立つ。四には爾前の円をば法華に同ずれども、ただ法華経の二妙の中の相待妙に同じて絶待妙には〔同ぜず〕。この四の道理を相対して六十巻をかんがうれば狐疑の氷解けたり。一一の証文は且は秘し、且は繁き故に〔これを載せず〕。また法華経の本門にしては、爾前の円と迹門の円とを嫌う事不審なき者なり。
[50]爾前の円をば別教に摂して、約教の時は前三為麤、後一為妙と云うなり。この時は爾前の円は無量義経の歴劫修行の内に入ぬ。また伝教大師の註釈の中に、爾前の八教を挙て四十余年未顕真実の内に入れ、或は前三教をば迂回と立て、爾前の円をば直道と云い、無量義経をば大直道と云う。委細に〔見るべし〕。
[51]問て云く、法華経を信ぜん人は本尊、並に行儀、並に常の所行は何にてか候べき。
[52]答て云く、第一に本尊は法華経八巻・一巻一品・或は題目を書て本尊と〔定むべしと〕、法師品並に神力品に見えたり。またたへたらん人は釈迦如来・多宝仏を書ても造ても、法華経の左右に〔これを立て奉るべし〕。またたへたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をもつくり、かきたてまつるべし。行儀は本尊の御前にして必ず坐立行なるべし。〔道場を出ては〕行往坐臥をゑらぶべからず。常の所行は題目を南無妙法蓮華経と唱べし。たへたらん人は一偈一句をも〔読み奉るべし〕。助縁には南無釈迦牟尼仏・多宝仏・十方諸仏・一切の諸菩薩・二乗・天人・竜神・八部等心に随べし。愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず。その志あらん人は必ず習学して〔これを観ずべし〕。
[53]問て云く、ただ題目計を唱る功徳いかん。
[54]答て云く、釈迦如来、法華経をとかんとおぼしめして、世に出でましましゝかども、四十余年の程は法華経の御名を秘しおぼしめして、御年三十のころより七十余に至まで法華経の方便をまうけ、七十二にして始て題目を呼出させ給へば、諸経の題目にこれを比ぶべからず。その上、法華経の肝心たる方便・寿量の一念三千・久遠実成の法門は妙法の二字におさまれり。天台大師、玄義十巻を造り給ふ。第一の巻には略して妙法蓮華経の五字の意を宣給ふ。第二の巻より七の巻に至までは、また広く妙の一字を宣べ、八の巻より九の巻に至までは法蓮華の三字を釈し、第十の巻には経の一字を宣給へり。経の一字に華厳・阿含・方等・般若・涅槃経を収たり。妙法の二字は玄義の心は百界千如・心仏衆生の法門なり。止観十巻の心は一念三千・百界千如・三千世間・心仏衆生三無差別と立給ふ。一切の諸仏・菩薩・十界の因果・十方の草木瓦礫等妙法の二字にあらずと云事なし。華厳阿含等の四十余年の経経、小乗経の題目には大乗の功徳を収めず。また大乗経にも往生を説く経の題目には成仏の功徳をおさめず。また王にてはあれども、王中の王にてなき経もあり。仏もまた経に随て他仏の功徳をおさめず。平等意趣をもつて他仏自仏とをなじといひ、或は法身平等をもて自仏他仏同じといふ。実には一仏に一切仏の功徳をおさめず。
[55]今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて、十方世界の三身円満の諸仏をあつめて、釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に、一仏一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収れり。故に妙法蓮華経の五字を唱る功徳莫大なり。諸仏諸経の題目は法華経の所開なり、妙法は能開なり、としりて法華経の題目を唱ふべし。
[56]問て云く、この法門を承てまた智者に尋申候えば、法華経のいみじき事は左右に及ばず候。ただし器量ならん人は、ただ我身計りは〔しかるべし〕。末代の凡夫に向て、ただちに機をも〔知らず〕、爾前の教を云うとめ、法華経を行ぜよと申すは、としごろの念仏なんどをば打捨、また法華経には〔いまだ功も入れず〕、有にも無にもつかぬやうにてあらんずらん。また機も〔知らず〕、法華経を説せ給はば、信ずる者は左右に及ばず。もし謗ずる者あらば定て地獄に堕候はんずらん。その上、仏も四十余年の間、法華経を説給はざる事は「若但讃仏乗、衆生没在苦」の故なりと。在世の機すらなおしかなり。いかにいはんや末代の凡夫をや。されば譬喩品には〔「仏舎利弗に告て言わく、無智の人の中に、この経を説くことなかれ」〕〈云云〉。これ等の道理を申すは、いかんが候べき。
[57]答て云く、智者の御物語と仰承り候へば、所詮末代の凡夫には機をかがみて説け。左右なく説て人に謗ぜさする事なかれとこそ候なれ。彼人さやうに申され候はば、御返事候べきやうは、抑「若但讃仏乗」乃至「無智人中」等の文を出し給はば、また一経の内に「凡有所見、我深敬汝等」等と説て、不軽菩薩の杖木瓦石をもつて、うちはられさせ給しをば、顧みさせ給はざりしはいかんと申させ給へ。
[58]問て云く、一経の内に相違の候なる事こそ、よに得心がたく侍れば、くはしく承り候はん。
[59]答て云く、方便品等には機をかがみてこの経を説べしと見え、不軽品には謗ずともただ強て〔これを説くべしと〕見え侍り。一経の前後水火のごとし。しかるを天台大師会して云く〔「本已に善あり、釈迦は小を以てこれを将護し、本いまだ善あらず、不軽は大を以てこれを強毒す」〕文。文の心は本と善根ありて、今生の内に得解すべき者のためには、直に法華経を説べし。しかるにその中になお聞て謗ずべき機あらば、暫く権経をもてこしらへて後に法華経を説べし。本と大の善根もなく、今も法華経を信ずべからず、なにとなくとも悪道に堕ぬべき故に、ただ押て〔法華経を説て、これを謗せしめて〕逆縁ともなせと会する文なり。
[60]〔この釈のごときは〕、末代には〔善なき者〕は多く、〔善ある者〕は少し。故に〔悪道に堕せん事疑いなし〕。同くは法華経を強て説き聞せて、毒鼓の縁と〔成すべきか〕。しかれば〔法華経を説て謗縁を結ぶべき時節〕なる事〔諍いなき者〕をや。
[61]また法華経の方便品に五千の上慢あり。略開三顕一を聞て広開三顕一の時、仏の御力をもて座をたゝしめ給ふ。後に涅槃経並に四依の辺にして今生に悟を得せしめ給と、諸法無行経に喜根菩薩、勝意比丘に向て、大乗の法門を強て説ききかせて謗ぜさせしと、この二つの相違をば天台大師会して云く、〔「如来は悲を以ての故に発遣し、喜根は慈を以ての故に強説す」〕文。文の心は、仏は悲の故に、後のたのしみをは閣て、当時法華経を謗じて、地獄にをちて苦にあうべきを悲み給ひて、座をたゝしめ給き。譬ば母の子に病あると知れども、当時の苦を悲て左右なく灸を加へざるがごとし。喜根菩薩は慈の故に、当時の苦をばかへりみず、後の楽を思て、強て〔これを説き聞かしむ〕。譬ば父は慈の故に子に病あるを見て、当時の苦をかへりみず、後を思ふ故に灸を加るがごとし。
[62]また仏在世には仏法華経を秘し給しかば、四十余年の間は等覚・不退の菩薩、名をしらず。その上寿量品は法華経八箇年の内にも名を秘し給て、最後にきかしめ給き。末代の凡夫には左右なくいかんがきかしむべきとおぼゆる処を、妙楽大師釈して云く、〔「仏世は当機の故に簡ぶ、末代は結縁の故に聞しむ」〕と釈し給へり。文の心は、仏在世には仏一期の間、多くの人不退の位にのぼりぬべき故に、法華経の名義を出して謗ぜしめず、機をこしらへて〔これを説く〕。仏滅後には当機の衆は少く結縁の衆多きが故に、〔多分に就て〕左右なく法華経を説べしと云文なり。これ体の多くの品あり。
[63]また末代の師は多くは機を知らず。機を知らざらんには強てただ実教を説べきか。されば天台大師の釈に云く、〔「等くこれ見ずんばただ大を説くに咎なし」〕文。文の心は機をも〔知らざれば大を説くに〕失なしと云文なり。また〔時の機を見て〕説法する方もあり。皆国中の諸人権経を信じて実経を謗じ、強に〔用いざれば〕、弾呵の心をもて〔説くべきか〕。時によつて用否あるべし。
[64]問て云く、唐土の人師の中に、一分一向に権大乗に留て、実経に入ざる者はいかなる故か候。
[65]答て云く、仏世に出でましまして先づ四十余年の権大乗小乗の経を説き、後には法華経を説て言わく、「若以小乗化、乃至於一人、我則堕慳貪、此事為不可」文。文の心は、仏ただ爾前の経許りを説て法華経を説給はずば、仏慳貪の失ありと説れたり。後に属累品にいたりて、仏右の御手をのべて三たび諫をなして、三千大千世界の外、八方四百万億那由佗の国土の諸菩薩の頂をなでて、未来には必ず法華経を説べし。もし機たへずば、余の深法の四十余年の経を説て機をこしらえて法華経を説べしと見えたり。後に涅槃経に重てこの事を説て、仏滅後に四依の菩薩ありて、〔法を説くに〕また法の四依あり。実経をついに〔弘めずんば〕、天魔としるべきよしを説れたり。
[66]故に如来の滅後、後の五百年・九百年の間に出給し竜樹菩薩・天親菩薩等、あまねく如来の聖教を弘め給に、天親菩薩は先に小乗の説一切有部の人、倶舎論を造て阿含十二年の経の心を宣て、一向に大乗の義理を明さず。次に十地論・摂大乗論釈論等を造て四十余年の権大乗の心を宣べ、後に仏性論・法華論等を造りてほぼ実大乗の義を宣たり。竜樹菩薩もまたしかなり。天台大師、唐土の人師として一代を分つに大小権実顕然なり。
[67]余の人師は僅に義理を説ども分明ならず。また証文たしかならず。ただし末の論師並に訳者・唐土の人師の中に大小をば分て、大にをいて権実を〔分たず〕、或は語には分つといへども心は権大乗のをもむきを〔出でず〕。これ等は「不退諸菩薩、其数如恒沙、亦復不能知」とおぼえて候なり。
[68]疑て云く、唐土の人師の中に慈恩大師は十一面観音の化身、牙より〔光りを放つ〕。善導和尚は弥陀の化身、口より仏をいだす。この外の人師、通を現じ、徳をほどこし、三昧を発得する人世に多し。なんぞ権実二経を弁へて法華経を詮とせざるや。
[69]答て云く、阿竭多仙人、外道は十二年の間、耳の中に恒河の水をとゞむ。婆籔仙人は自在天となりて三目を現ず。唐土の道士の中にも張階は霧をいだし、鸞巴は雲をはく。第六天の魔王は仏滅後に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・阿羅漢・辟支仏の形を現じて、四十余年の経を説くべしと見えたり。通力をもて智者愚者をば、しるべからざるか。ただ仏の遺言のごとく、一向に権経を弘めて実経をつゐに〔弘めざる〕人師は、権経に宿習ありて実経に〔入らざらん者〕は、或は魔にたぼらかされて通を現ずるか。ただ法門をもて邪正をたゞすべし。利根と通力とにはよるべからず。
[70]文応元年〈太歳庚申〉<日>五月二十八日日>
[71]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[72]鎌倉名越において書きおわんぬ
現代語訳
唱法華題目鈔
文応元年(一二六〇)五月二八日、三九歳、於鎌倉名越、和文、定一八四—二〇八頁。
第一問答 序章
<小見出し>第一問 法華経で成仏できるか小見出し>
[1]ある人が私に次のような質問をした。「世間一般の僧侶と俗人たちは、法華経の意味を深くわきまえなくとも、法華経の全部、または一巻、方便・安楽行・寿量・普門の四要品、自我偈、または経文の中の一句等を受持し、みずからも読み書き、他人にも読ませたり書かせたりする。あるいは自分は読んだり書いたりしないが、お経に向かって合掌礼拝し、香華を供養し、あるいはこのようなことをしない人でも、他人の行なうのを見て少しでも喜びの心を起こし、国中にこの経が弘まることを悦ぶ人がいたら、このようなわずかな修行によって世間の罪にも引かれず、その功徳によって、小乗の最初の果である聖者として人界と天上界に常に生まれ、地獄・餓鬼・畜生の悪道に落ちないようにすることができるであろうか。そしてついに法華経を悟る者となり、十方の浄土にも往生し、またこの世界においても即身に成仏することができるであろうか。詳しくこのことについてお尋ねしたい。
<小見出し>第一答 法華経で成仏できる小見出し>
[2]お答えしよう。経文を深く理解した者ではないが、法華経や涅槃経ならびに天台大師や妙楽大師の解釈した心をもって推しはかってみると、かりそめにも法華経を信じて、少しでもその教えに反する心を持たない人は、他の悪事に引かれて悪道に落ちることはないであろう。
[3]ただし、悪知識といって、わずかに法華経以外の権教を知っている人が、智者のような顔をして、法華経はわれらには適していない教えであるなどと親しげに説き聞かせたのを本当だと思いこみ、せっかく法華経に随喜した信仰心を捨て、他の教えに移り変わってしまい、一生の間、法華経に帰ってこない人は、悪道に落ちてしまうこともあるであろう。
第二問答 法華と念仏との難易について
<小見出し>第二問 難解な法華より易行の念仏のほうが勝れているのでは小見出し>
[4]ただいまのお話しの中で疑問に思うことがある。それは本当かどうか知らないが、法華経に説かれていることであるとして、ある智者が語るところによると、三千塵点劫という大昔に大通智勝仏という仏がおられた。その仏がまだ凡夫の王様でいらっしゃったとき、十六人の王子がおられた。父の王が出家し仏になって、数多くの聖教を説かれた。そこで十六人の王子たちもまた出家して、その仏のお弟子となった。大通智勝仏は法華経を説き終わられると禅定に入られた。そこで十六人の王子の沙弥らはその仏の前で、交代に法華経を講説された。その説法を聴聞した人は幾千万もの多きに及んだ。その場で悟りをえた人は不退の位に入り、またおろそかに聞いてただ法華経との縁を結ぶことができただけの人々もあった。その縁を結んだだけの人々は、その場ではもちろんその後にあっても、不退の位に入ることができず、三千塵点劫という永い間、凡夫の迷いの世界を輪廻し続け、今回ようやく釈迦如来にお会いでき、法華経を聞くことによって、ついに不退の位に入ることができた。すなわち舎利弗・目連・迦葉・阿難といった人たちがこれである。
[5]なおさらに信心の薄い者は、その当時にも覚ることができず、未来にも無数劫の間、迷い続けていくことになるのか。われらも大通智勝仏の十六人の王子によって縁を法華経に結ぶことができた者であろう。この結縁の衆を天台・妙楽の両大師は、六即の中の名字即・観行即にあてはまる人であると定められた。その名字・観行の位は、一念三千の義理をわきまえ、十乗観法の修行を積み、よく法華経の義理をわきまえた人が至る位である。
[6]また随喜功徳品に説かれている「一念随喜五十展転」という法門も、天台や妙楽の解釈によれば、みな観行即の中にある五種類の修行階梯の中の最初の位、すなわち初随喜の位に相当すると定められている。この位は普通の凡夫では到達しがたいものである。それなのに、われら末代の凡夫、法華経の一字一句等のわずかな結縁を得た者たちが、一分の義理も知らないで、どうして悟りの境地に入っていくことができるであろうか。とても不可能なことである。きっと無量の世界を塵としたその塵の数ほどの永い間、迷い続けていくことになるであろう。これはひとえに「理深解微」といって、法華の教法は至って深いが、教えを受けるわれらが浅い能力しかないためである。
[7]したがってただわれらは、阿弥陀仏の名号を唱え、次の世に西方の極楽世界へ往生し不退転の位を得て、阿弥陀如来をはじめ観音・勢至の両菩薩ら三尊による法華経の説法を聞いて、悟りを得ることが一番よいことである。そのうえ、弥陀の本願は有智無智・善人悪人・持戒破戒等の人々を区別せず、ただ一念に名号を唱えれば臨終の時、必ず阿弥陀如来が本願にしたがってお迎えに来てくださる。
[8]このことから考えるに、この世において、法華経との結縁を捨て、極楽浄土に往生しようと思うのは、無量の永い間の修行をへずに早く法華経を悟るためのものである。法華経の高度な教えを理解することのできない人々が、この苦しみの多い世で法華経に時間をかけてつらい修行を重ね、一向に念仏を唱えないならば、法華経の悟りはもちろん、極楽へ往生することもできず、中途半端な結果となってしまって、結局は法華経をおろそかにしたことになってしまう、とその智者が語っているが、この点はどう思うか。そのうえ今のお話しですと、わずかに法華経の結縁では三悪道に落ちないというのみで、六道を輪廻することから抜け出すことはできないことになる。それにくらべると念仏の法門は何も教義について知らなくとも、弥陀の名号を唱えさえすれば、浄土に往生することができるというのであるから、はるかに法華経よりも弥陀の名号のほうが優れているといえるのではないか。
<小見出し>第二答 法華経を誹謗した者は永く迷苦を受ける小見出し>
[9]お答えしよう。まことにもっとものお説のようであり、特に智者といわれる人の話しであるから、その通りだとも思うけれども、もしもその話しが本当だとしたら、少し問題となる点が出てくる。まず大通結縁の人々についての取り計らいであるが、名字即・観行即の位を得た者と解釈しているが、天台大師は正しくは名字即の位の者であると定められている。「大乗をしりぞけ小乗を取る者」といわれているが、法華経を捨て、そのほかの教えに移り、ついには悪道に落ちたと見えるのは、まさしく法華経を誹謗しこれを捨てた者たちである。たとえ教理を知っていたとしても、正法たる法華経を謗る人は、三千塵点どころか無量塵点の永きにわたって迷苦を受けることになる。
[10]五十展転・一念随喜の人々を観行即の初随喜の位の者と解釈し、凡夫では到達できないものだといっているが、それでは末代のわれらが一念でも随喜することはかの法華経随喜品の中で説かれている一念随喜の中には入らぬということなのか。これを天台・妙楽の両大師が、初随喜の位と解釈され、また名字即に相当するといわれたのを捨ててしまうのか。
[11]おっしゃった事の内容を詳しく考えてみるのに、恐縮ではあるが、あなたは謗法の罪を犯したことになると思われる。その理由は法華経はわれら末代の者には適していないといわれたが、末代の一切衆生はこの現実の世で法華経を信行してもつまらない事であるといわれるのか。もしそうだとしたら、末代の一切衆生の中にこのことばを聞いて、すでに法華経を信じていた人もこれを捨て、これから信行しようとしていた人もやめてしまおうと思うであろう。随喜の心も起こさなくなってしまうので謗法の罪を犯したことになるであろう。もし謗法の者に一切衆生がなってしまったら、どのように念仏を唱えてみても往生することは不可能である。また弥陀の名号を唱えて極楽世界に往生することができるといわれているが、どの経典や論疏を証拠としていわれているのか、正しく主張するだけの証文があるのか。もしなければ念仏往生は頼みにならないものである。
[12]前にも申したように、法華経を信じたならば、たいした理解がえられなくとも三悪道に落ちることはない。だが六道から出るには、少しであっても悟るところがなければならないであろう。しかし邪悪の師にあって、法華経随喜の心をやぶり捨ててしまった人は、三悪道や六道からの脱出は不可能となるであろう。
第三問答 念仏は謗法のもとである
<小見出し>第三問 一念随喜と五十展転について小見出し>
[13]ただいまの話しを聞いてまた驚いたことには、法華経は末代の凡夫には適していないと智者がいったので、そうかと思っていたところ、今の説明によると、弥陀の名号を唱えても、法華経を誹謗した場合は往生もできなくなるうえに、悪道に落ちるといわれたが、これは大変に大事なことである。だいたい化城喩品に大通智勝仏の時、法華に縁を結んだ者が、謗法の罪によって六道を輪廻したと説き示されているのは名字即の浅い位の者である。また随喜功徳品において、仏滅後に法華経を聞いて一念随喜し、五十展転した者も同じく名字即・観行即の位のものであるという解釈は、どこにあるのか、詳しく聞かせてほしい。さらに教義について知らぬ者が、わずかに法華経を信じていたところ、邪知の師に導かれて法華経を捨て去り、他の方便権教に移ってしまうことのほかには、世間の悪業に引かれて、悪業に落ちることはない、とするわけについて証拠はどこにあるのか。また無智の者が念仏を唱えて往生するということは、どこに記されているのかという問いであるが、これは世にもめずらしい質問である。すなわち浄土の三部経や、善導和尚が書いた経文の註釈書の中に明らかに見ることができるのであって、全く疑いのないところである。
<小見出し>第三答 法華経を聞いて随喜した功徳は無量である小見出し>
[14]お答えしよう。まず大通智勝仏の時に、結縁しながら大乗の教えを去って、小乗の教えに付いた謗法の者は、名字即の者であるというのは私個人の考えではない。天台大師は法華文句の第三巻の中で、「法を聞いても悟れず、のちの世々に仏にあっても今なお声聞の位にある者は、すなわちかの大通仏の時の結縁衆である」と述べられているが、これを妙楽大師は法華文句記第三の中で、重ねてこの文の心を釈し、「いまだ五品の位に入らない者は、ともに結縁の者と名づける」といっている。これらの文の意味は、大通結縁の者は名字即の位であるということである。
[15]また天台大師は法華玄義の第六に、大通結縁の者を解釈して、「信じた者も謗った者もともに成仏する。地によって倒れた者もその地から起きあがるのと同じ。喜根菩薩を謗った勝意が、いったんは地獄へ落ちたのがのちに成仏した」と記している。この文の意味は、大通仏の時に結縁した者が三千塵点劫を経て輪廻してきたのは、謗法の者であるということである。例えば前述の勝意比丘が喜根菩薩を誹謗したのと同様である。
[16]五十展転の人は五品の中の初めの初随喜の位という解釈もあり、また初随喜の位の先の名字即であるという解釈もある。法華文句記第十には、「初めに法会において教えを聞いた者は初品である。第五十人は必ず随喜の位の初めにある人である」とある。この文の意味は最初に聞法した人は必ず初随喜の位の内に入るが、次第に伝わっていき第五十人目の人は初随喜の位の先の名字即の位であるというのである。そのうえ、法師品に出てくる五種法師についても、受持・読・誦・書写の四人は自分のための修行であり、解説は他人を教化するためのものである。また大涅槃経では九品の位を立てているが、先の四人はなかなか理解できない人であり、後の五人はよく理解のできる人である。法華文句記第十には、五種法師を解釈して、「五種はすべてまだ観行五品の位に入っていない」といい「一向にまだ凡位に入っていない」ともいっている。この文の意味は、五種法師は観行五品の位であると解釈しているが、また五品以前の名字即の位であるとも解釈するのである。
[17]これらの解釈によれば、経文の内容を知らない名字即の凡夫が、法華経を聞いて随喜の心を起こした功徳は、法師品の経文にある一偈一句を聞き、一念でも随喜した者、さらに随喜功徳品に説かれている五十展転の者と同じであると考えられる。
[18]それにもまして法華経を信ぜず謗った者の罪は譬喩品に詳しく説かれている。また法華経を持ち行じた者を謗った罪は法師品に説かれている。法華経を信ずる者の功徳は分別功徳品と随喜功徳品に説かれている。謗法とは違背したことであり、随喜とは随順の意味である。深く義理を知らなくとも一念でも法華経の貴いことを知り得た者は、違背と随順のどちらにあてはまるのであろうか。また末代の無智の者が、わずかに法華経を供養し随喜する功徳は、経文に説かれていないのであろうか。そのうえ、天台・妙楽の解釈によれば、他宗の人師が、法華経の中に説かれている童子が戯れに沙を集めて仏塔をつくったことや、一偈一句を聞いて随喜したことや、五十展転等の説について、これらをみな法華経以前の諸経と同じ聖賢の者の修行法であると解釈したのを、謗法の者であるときめつけられている。
[19]それなのにいま浄土宗の者は、自分に都合よく解釈して、法華経は機根の高い者でなくては修行できないと述べ、末代の悪いことばかり重ねている凡夫を迷わせているのは、自己矛盾ではないか。だから妙楽大師は法華文句記の中で、五十展転の人を次のように解釈している。「おおかたの人は間違って、初心の功徳の大きいことを知らず、上位のみに功徳があると思い込み、初心をあなどるので、今この随喜功徳品では、初心の行が浅くても功徳は深いものであることを示して、もって法華経の功力の大きいことをあらわすのである」と説いている。この一文の心は法華経をまちがって、智慧の秀れた上根上機の者が精進努力してようやく得ることのできる教えであると解釈するのを恐れて、末代無智の下根下機が、わずかに浅い随喜の功徳であっても、四十余年にわたる法華経以前の諸経に説かれた聖者の修行する功徳よりも優れていることをあらわすために、五十展転の随喜の功徳が説かれているのである。
[20]だから天台大師は法華文句の中で、外道・小乗・権大乗に至るまで比較し、法華経の最下たる五十展転・一念随喜の人の功徳のほうが優れていることを述べられている。すなわち、インドのバラモン教の阿竭多仙人は十二年の間ガンジス河の水を耳に留め、同じく耆兎仙人は一日の中に大海の水を吸いほしたという。このような神通力を得た仙人であっても、小乗の阿含経の極めて浅い位の修行を行ない、一つの通力もない凡夫の声聞乗と比較すると百千万倍劣っている。また三明六通といって、声聞乗以上の者がえる神通をえた小乗の舎利弗・目連等は、華厳・方等・般若等の諸大乗経の一偈一句を聞いて、これを信受しただけで、いまだ煩悩を断破せずに一つの神通もない凡夫より、百千万倍劣っている。華厳・方等・般若経を習い極めて仏の次の位にある大菩薩であっても、法華経をほんの少し聞いただけで縁を結ぶことのできた人、すなわち末代の煩悩も断ずることができず、何の神通もない凡夫よりは百千万倍劣っていることが、この文ではっきりしている。
[21]それなのに当時の念仏宗等の人々は自分が仮の教えを受けた者で、まだ真実の法華経を信じたことがないため、方等や般若の時の声聞乗や縁覚乗のように、自分自身のことばかり考えていたことを恥ずかしく思って当たり前なのに、あえてその気持ちが少しもない。そのうえさらに、世間の人々がわずかに観音経や寿量品などを読んで、たまたま父母の追善のために一日写経を実施すると、それを妨害して、「善導和尚は念仏に法華経をまぜて信仰することを雑行といい、百人中ではまれに一人か二人、あるいは千人の時はまれに三人か五人くらい、いやむしろ三千人の中では一人も往生することはできないといわれた。また智慧第一といわれた法然上人は、法華経を修行する者は、祖父の履をはいた者、あるいは群賊等にたとえられている」などといっている。これでは師匠も弟子もともに阿鼻地獄に落ちて焼かれてしまうであろう。
第四問答 末法における謗法の状況
<小見出し>第四問 法華経をどのように謗っているか小見出し>
[22]お尋ねするが、どのような態度やことばで法華経を謗っているのであるか、大変に恐ろしいことである。
<小見出し>第四答 末代に法華経を失う者小見出し>
[23]お答えしよう。初めに智者が申していたといわれたが、その智者こそ法華経を誹謗した人である。末代に法華経を失う者は、心の中では仏一代の聖教を知り尽くしたと思っていても、じつは権経も実経もわきまえていないで、身体には袈裟や衣をまとい一鉢を持って、精舎に在り、世間の人々からは大変な智者のように思われている。しかも法華経をよく知っているように人々に思われ、世間からは神通力を得た阿羅漢のように貴ばれている者が、かえって法華経を失うもとになるものであると経文に書かれている。
第五問答 末法における謗法の証文
<小見出し>第五問 証拠はどこにあるのか小見出し>
[24]お尋ねするが、その証拠はどこにあるのか。
<小見出し>第五答 (一)勧持品の文をあげる小見出し>
[25]お答えしよう。法華経の勧持品には八十万億の菩薩が仏に向かって末法にこの経を弘める誓いを立てたが、その中で「もろもろの無智の人が、悪口を言ったり刀や杖で打つ者がいても、私たちはみなよく堪え忍びます」とあり、妙楽大師は法華文句記にこの経文を解釈して「初め一行は世間一般のまちがった考え方の人、すなわち俗人で慢心の強い人をさしている」とある。この文の心は在家の男や女が権教の比丘にだまされて、法華経の行者を仇のごとくに迫害するのだという意味である。また経文には「悪世の中の僧は悪智慧が盛んで、心は曲りひねくれて、まだ悟りもしないのに悟ったような気持になり、慢心に溢れている」とある。妙楽大師は文句記にこの経文を「次の一行は僧侶の増上慢をさしている」と解釈している。この文の心は悪世の末法に法華経以外の諸経を依り所とする僧侶らは、「われは法を得ることができた」と自慢して、法華経を修行する者の敵となって反対することをいう。
[26]また経文には「あるいは静寂な精舎において法衣をまとい、自分から真の道を修行した者であると称し、他の人々を軽視していやしい者であると見下し、自身の利益のために世間の人々に法を説いて、しかも六神通を会得した阿羅漢のように尊敬されている者がある。この人はいつも悪心を持ち、俗世間のことを気にしており、静寂な寺院の名を利用し、ことさらに法華経を修行するわれらの過失を探し出して、「この僧たちは利養に執着しているので、外道の論議を説き、みずからの経典を勝手にこしらえて世間の人々を迷わし、名誉を得ようとしている。また大勢の人々の中で、われらをおとし入れるために、国王や大臣、あるいは高僧や知識人等を始め、一般の僧侶らに向かって、われらのことを『この邪見の人は外道のまちがった説を説く者である』と誹謗するであろう」とある。妙楽大師は文句記に、この文を解釈して、「三番目の七行の文は世に高僧のごとく思われている増上慢の者を指している」といっている。
[27]この経文ならびに妙楽の釈文の心は、悪世の中に多くの僧侶がいて、その中には袈裟や衣を身につけ、托鉢用の一鉢を持って、静寂な寺院に住み、仏弟子の大迦葉や六神通を備えた阿羅漢と同じ修行を積んだようなことをいい、在家の人々からは生き如来のごとくに思われ、ひとこといえば仏の金言のように仰がれている僧が、法華経の行者を排斥するために、国王や大臣らに向かって、「この人は邪見の者であり、説く法門は邪法である」などと誹謗するという意味である。
[28]以上の三種類の人の中では、第一の俗人たちの誹謗者よりも、第二の邪智にたけた僧らの誹謗のほうが忍びがたい。また第二の僧たちよりも、第三の高僧ぶって大寺院に住している僧侶のほうが、誹謗は甚だしいものである。この三種類の者たちは、今の世の法華経以外の権教をお手本として文字や学問にこだわった法師たち、ならびに諸経論の仏の悟りの境地は言葉や文字では現わせないとする説を信じ、坐禅だけにこだわる法師、さらにかれらを信ずる在俗の人々を指すのである。仏が四十余年間に方便権経として説かれた諸経と、真実として説かれた法華経との区別をわきまえないために、権経である華厳・方等・般若の時に説かれた教えである「心仏衆生」「即心是仏」「即往十方西方」等の経文と、法華経の「諸法実相」や「即往十方西方」といった経文と、語が同じようなので、義理が違っているのも知らずに法華経をかえりみないでいる。あるいは諸経の説く「真実の境界は言語をこえたところにある」の文や、「心の滅した所にある」といった文を見て、仏一代の聖教には如来の真実の悟りは述べられていないなどと邪念を起こした。それゆえに悪鬼が、この三種類の人々に入りこみ、末代の諸人を傷つけ、国土をも破滅と化するのである。ゆえに勧持品では、「濁った悪世の中には数多くの恐怖が生ずる。悪鬼が人々の身に乗り移って法華経の行者をののしったり、はずかしめを与えたりするであろう。〈乃至〉また悪世の一般の僧侶らは仏が衆生を導く手段として説いた方便の法を知らない」とある。この経文の心は、濁悪世の末法の時代に、僧たちは自分が信じているところの教法は、仏が方便・手段として説いた法門であることを知らずに、権教(かりの教え)と実教(真実の教え)との区別もつかないでいる。この区別を知った人が出現すると、その人を馬鹿にして悪口を言い迫害を加えてくる。これはひとえに悪鬼がその人の身に入りこんでしまっていることを知らないでいるためである、という意味である。だから末代の愚人の恐るベきことは、刀や杖・虎や狼・十悪や五逆を犯した悪人たちではなく、法衣を身に着けて教えに暗いくせに、高僧のごとくにふるまっている僧侶と、ならびに法華経以外の権経を信じている僧侶を尊い人だと思いこみ、真実を説いた法華経を信行する人を逆に嫌い憎む人々である。
<小見出し>(二)涅槃経の文をあげる小見出し>
[29]涅槃経の第二十二には「悪象にあっても恐れることはないが、悪い知者にあったら恐怖の心を持つべきである。なぜなら悪象にあって身体を傷つけられることはあっても、心・精神までこわされることはないからである。だが悪い知者にあうと、身体も心・精神までも破壊されてしまうからである。〈乃至〉悪象のために殺されても地獄・餓鬼・畜生の三悪道に落ちることはないが、悪友のために殺されると必ず三悪道に至る」とある。この経文の意味を章安大師は、この経の註釈書の中で、「悪象は人々に悪心を生じさせることはないが、悪知者は甘い言葉や媚を使って、うまく悪心を起こさせ善心を破壊してしまうのである。この善心を破壊してしまうことを殺すといったのである。すなわち地獄に落ち入ることになる」とある。この文の心は要するに悪知者がことばをたくみに使って相手の善心をこわしてしまうことをいっているのである。つまり涅槃経の意味は、十悪や五逆を犯した悪人よりも、正法たる法華経を誹謗した謗法・闡提の者のほうが、はるかに恐ろしいものであるということを誡めたものである。闡提というのは法華経や涅槃経をそしる人のことである。
[30]現在の念仏宗の僧侶が、法華経を知り尽くしたようにいって、因縁やたとえ話をもって解釈し、よくよく世間の人々に、法華経について詳しく知っているかのごとく思われている僧が、「この法華経は大変に高度の教えを説いたものであるから、末代の凡夫でおろかな者たちには手の届かぬ教えである」とのべ、たとえば強い弓と重い鎧は、無力の者には役にたたぬものであるといえば、無智の人々は「その通りだ」と思いこみ、実際にはかなうことのできない権教に心を移してしまい、わずかに法華経と縁を結ぶことのできた人々でさえも、心をひるがえさせてしまった。また他人が法華経を信行する様子を見て、これをよろこばないため、師弟ともに謗法の罪をつくってしまうことになる。これによって謗法の人々が国中に充満し、たまたま仏事をいとなみ、法華経を供養し、先祖の追善をしようと思っても、念仏等を信行している謗法の邪僧がきて、法華経は末代の凡夫には適していないことを説き聞かせてしまう。このため施主もその説をまことだと信じてしまうので、追善の父母・夫婦・兄弟等の御魂は、逆に地獄の苦しみを増して、孝子は不孝者・謗法の者となり、よって法要を聴く人々はみな邪法を喜び、悪魔の所属となってしまう。日本国中の人々は、仏法を信行しているのに似ているが、実は仏法を信行していない。
[31]たまたま仏法の正邪を心得ている智者は、国中の人々から見捨てられ、守護の善神は法味をなめないために威光を失い、人々を利益することもできず、結局はこの国を捨て去って他方の国土へ行ってしまう。そこで悪鬼はこの時とばかりに入れ替って、大地を動かし悪風を起こし、天下を悩ませ五穀も実らなくなってしまう。ゆえに飢や渇の者が続出し、人人の身体には悪鬼神が入りこみ精気を奪い去ってしまう。このことを疫病という。一切の諸人は善心がなくなり大半は悪道に落ちてしまうことになる。これはひとえに間違った指導者が弘める権教の教えを信ずるところから始まっているのである。
<小見出し>(三)仁王経の文をあげる小見出し>
[32]仁王経には「もろもろの悪比丘たちが、多くの名誉や利欲を求め、国王や太子や王子の前で、自ら仏法を破るような教えや、国を滅亡させるような教えを説き聞かせる。するとその王らは正邪をわきまえていないので、その説を信じこみ、まちがった法律や制度を作り、仏の正しい戒律に従わない。これを破仏・破国の因縁というのである」とある。この経文の意味は、末法のもろもろの悪法師たちは、国王や大臣らの前で、国を安穏にするように見せかけて、ついには国を滅亡させ、仏法を弘めるようにしてみせて、かえって仏法を失ってしまう。国王や大臣は深くこのことを理解していないので、悪法師のことばを信受してしまい、国を破り仏教を失うことになる、という文意である。この時に日月は正常な運行を狂わせ、四季の移り変わりも乱れてしまって、夏は寒く冬は暖かになり、秋には台風が吹き荒れ、赤色の日月が出て、突然に日蝕や月蝕が現われ、あるいは同時に二つや三つもの日が出たりする。大火事が起き、大風が吹き荒れ、流れ星等の現象が起こり、飢饉や流行病が発生するであろう、と仁王経に見えている。まことに国を滅ぼし人々を悪道に落とす者は、悪知識を持った師に過ぎたる者はほかにないのではないか。
第六問答 法華経をどのように信じたらよいのか
<小見出し>第六問 無智の者の法華信行小見出し>
[33]お尋ねするが、前に智者がお話しして下さったといったことも、実は後生のことが疑問であったからで、その善悪を確かめておきたかったからである。今お説を聞いて、かの智者といわれる者の教義は、逆に恐ろしいものであったことが分かりかけてきた。だが、一文をも解することのできないわれらのような無智の者は、どのような方法で法華経を信じたらよいのであろうか。またわれらはどのような心持ちを必要とするのであろうか。
<小見出し>第六答 疑心をただす小見出し>
[34]お答えしよう。あなたはまだ私のいうことを本当だとは思えないでいるようだ。その理由は天魔や悪鬼が私の身に入りこみ、智者の善い法門を破ってしまうからだと疑っているからであろう。世間では全般的に少し賢い者がいると、すぐに智者だと思われているようである。
第七問答 法華経は了義経
<小見出し>第七問 智者の言葉を疑う小見出し>
[35]お尋ねするが、もしそのように智者のいうことを疑うならば、わが身は愚者なので、すべての智者の言葉を疑い信じられなくなり、むなしく一生を過ごさなくてはならないことになってしまうのであろう。
<小見出し>第七答 法によって人によるな小見出し>
[36]お答えしよう。仏の遺言に「法によって人によるなかれ」と説かれているので、経文のごとくに説かなければ、どのように立派な智者であっても、信用してはならないであろう。
[37]また「了義経によって不了義経によるなかれ」と説かれているので、愚癡の身で仏一代の聖教に関し、その前後の順序や、勝劣の浅深について、わきまえることの困難な者は、了義経についてその説に従うべきである。了義経・不了義経といっても数多くある。阿含の小乗経は不了義経であり、華厳・方等・般若・浄土の観経等は阿含と比較すると了義経である。また成道以来四十余年間の諸経は、法華経に対すると不了義経であり、法華経は了義経である。涅槃経を法華経と対比すると、法華経は了義経であり、涅槃経は不了義経である。大日経と法華経とを対比すると、大日経は不了義経、法華経は了義経である。ゆえに法華経以前の四十余年間の諸経、ならびに仏の最後の説法たる涅槃経を捨てて、法華経を師匠とたのみ、付き従うべきである。
[38]法華経は国王・父母・日月・大海・須弥山・天地のごとくであるとお考えなさい。諸経は関白・大臣・公卿ないし万民・衆星・江河・諸山・草木等のごとくである。われらの身は末代の世に悪をつくる愚者・鈍者であり、聖者のような人材ではない。国王は臣下よりも人々を助け、父母は他人よりも子を哀れみ、日月は衆星よりも暗闇を照らすものである。これと同様にもしも法華経が末法の機根を救うのに適していないとしたら、ましてやその他の諸経ではなおさら助けることはできないものと考えられよう。
[39]また釈迦如来を始め、阿弥陀如来・薬師如来・多宝仏と、観音・勢至・普賢・文殊等の菩薩がたは、われらにとって慈悲の父母である。この仏菩薩が衆生を教化する慈悲の極理は、ただ法華経のみにあるのだということを忘れないように。すなわち諸経では悪人を始め、愚者・鈍者・女人、および仏になるべき根を欠いてしまった者たちを救済する秘術が、いまだ説きあらわされていないからである。法華経が他の一切の諸経と比較して、勝れている理由は実はこの点にあるのである。
[40]しかるに現今の学者は、「法華経は一切経より優れている」とほめながら、しかも「末代の人々には不向きである」といって、皆がその説を信じてしまっていることは、まさしく正法を謗った人ということになるであろう。ただひとすじにこれらの学者を思い切るべきである。つまり、法華経の経文を破ったり切ったりすることはできても、法華経の心まで破ることはできない。また世間の悪業と法華経の修行とを比較して、とやかくいっても人々は信用しないであろう。ただ法華経とよく似た諸経の義理をもって、法華経のことをとやかく誹謗したなら、人々はだまされてしまうことであろう。
第八問答 仏は四十余年間いまだ真実をあらわしていない
<小見出し>第八問 法華経と観経等の相違する点小見出し>
[41]お尋ねするが、例の智者がいうのには、「仏が四十余年間にわたって説かれた諸経と、最後の八年間に説かれた法華経とでは、成仏についていうと諸経はむずかしい修行道であり、法華経はやさしい修行道である。往生については双方ともに同じでやさしい修行道である。法華経を書写し読誦しても十方の浄土へも阿弥陀仏の国へも往生することができる。観無量寿経等の諸経に付き従って弥陀の名号を唱えても往生することができる。ただ人々の能力に従ってどちらでも好きなほうを選んでよいのであって、争うべきではない。ただし、弥陀の名号はだれでも修行しやすいので、日本国中の者が行じていることなので、法華経等のその他の修行方法よりはるかにやさしいものである」といわれている点についてはどう考えているか。
<小見出し>第八答 法華経は仏の真意が説かれた経典小見出し>
[42]お答えしよう、そもそも法門に関しては言われる通りかもしれない。また世間の人々も多くはその通りであると思っているようである。しかし私はいま言われたことについては承知できないものがある。その理由は前にも言った通り、末代の凡夫は智者といってみても、信頼するにたりないものである。世間の智者と称されている者は、すべて上代の智者とは異なり、末世であるから遠く及ばないものたちばかりである。むしろ愚者といわれるような人の説であっても、経論の証拠となる文章がはっきり示されているならば、かりそめにも軽視すべきではない。そこでこれより私の考えを述べてみよう。
[43]まず無量義経は法華経を説くための序分である。この経に仏が最初の説法をされた寂滅道場での華厳経から、今の霊鷲山における無量義経の説法に至るまでの年月を詳しく数えてみると、四十余年になる。その間の説法が経典として残されているが、華厳・阿含・方等・般若の諸経である。談ずるところの法門は声聞・縁覚・菩薩の三乗と、これに人間・天上の二を加えた五乗のものたちを対象とした教えである。無量義経によると、これらの経典は「修行の期間について、菩薩が永年にわたって難行苦行を修めなくてはならない」と述べ、仏の教説を随自意と随他意に分け、四十余年の諸経を随他意の教えであると述べ、四十余年間の諸経と八年間の法華経の説くところとでは、言語は同じであっても、教義の内容は異なっているとして、「文辞一なりといえども義はおのおの異なり」と説いている。したがって成仏については、諸経は永年にわたる難行であり、法華は速成の易行であって異なっている。往生に関してもともに一つであるとはいえない。
[44]またさらに無量義経では、華厳・方等・般若の究竟最上の大乗経典、およびすみやかに悟りを得る教えや、順序に従って次第に悟りを開く教えなどをさして、すべて「皆いまだ真実をあらわさず」と説かれている。これら大部分の諸経でさえ「いまだ真実をあらわさず」といわれている。どうして極楽往生だけを説いた浄土の三部経等だけを、「いまだ真実をあらわさず」とされた経典の内からはずすことができようか。また経典だけをさしているのではなく、説かれた年数についても四十余年間は「いまだ真実をあらわしていない」ことを明らかにしているのである。
[45]だから華厳・方等・般若等の経典に説かれている「弥陀による極楽往生」の説は、「いまだ真実をあらわさず」の教えであることは疑いのないことである。したがって観経が弥陀往生を説いているが、この経に限って「苦難の多い修行の道なり」という四十余年間の諸経の中に入っていないとはいえないであろう。もしも仏がみずからの真意に随って説いた法華経の往生極楽の説を、仏が衆生教化のためにとられた方便の教えたる観経の往生極楽と同じ易行の道であると定め、しかも易行の中でも特に観経の念仏往生は、他の修行よりもやさしい修行であるというならば、権経と実経を混同するものであり、大謗法の過失を犯したことになる。一滴の水が集まって川となり大海に注ぐように、一塵が積もって須弥山となるように、一人の権経にこだわった人の説が次第に数を増やし、実経を信じない者が増加して、ついには実経を信じていた人までが権経に落ちてしまうであろう。こうして権経を信行する者が国中に充満したならば、実経たる法華経を信じ随喜する心も停止してしまい、国の中に王がいなくなったように、また人の精神が失われてしまったようになってしまうであろう。そして法華真言の教えを受けつぐ山寺が荒れ果て、諸天善神や竜神等の守護がなくなり、すべての聖者が国を捨て去ってしまうので、悪魔・鬼神がそのすきに入りこみ、国土や人心が乱れてしまう。そのあげくに悪風が吹き五穀も実らず、疾病が流行して人民がやがて滅亡してしまうであろう。
[46]ここ七、八年前までは念仏以外の諸行では永く往生することはできないといい、善導和尚が往生礼讃の中で、「念仏以外の諸行では千の中で一つも往生することはできない」と定めているうえに、法然上人の選択集には、「念仏以外の諸行を投げ捨てよ、行ずる者は群賊である」と書いてあるなどと放語していたが、またこの四、五年このかた、日蓮が「選択集のような法門を人々に勧めてあるく者は、謗法の罪によって、師匠も弟子・檀那もともに無間地獄に落ちると経文に述べられている」と主張したので、初めは念仏者がみな不思議に思い、「念仏を唱えると地獄に落ちるといいふらす悪人・外道がいる」などと悪口をいっていたが、「念仏者は無間地獄に落ちる」といった言葉がきっかけとなり、各人が改めて選択集をくわしく読みなおした結果、まことに謗法の書であることが判ったのであろうか、千中無一の悪義をとりやめて、諸経の修行でも往生ができると、すべての念仏者がいうようになった。しかしこれは口先のことであって、心の中は依然として千中無一の思いである。在家の教義にくらい人たちは、この内心にかくれた謗法を知らずに、諸行でも往生できるという言葉にだまされて、「念仏者は法華経を誹謗していないのに、誹謗したという聖道門の言葉はまちがいである」と考えちがいをしているようである。むしろ「諸行は千中無一である」といっている人よりも、この人のほうが謗法の罪は重いものである。まちがいないと人々に思わせておいて、しかも念仏だけを弘めようとだましているからである。これはひとえに天魔のはかりごとにほかならない。
第九問答 法華経と諸経との相違について
<小見出し>第九問 教えに約しての疑問小見出し>
[47]お尋ねするが、天台宗の中の人が次のような説を立てている。すなわち天台大師は法華経以前に説かれた爾前の諸経と法華経とを相対して、爾前の諸経を嫌ううえに二つの理由を立てている。その一つは部に約して、四十余年の諸経の部と、法華経の部とを相対し、爾前は「麤」と称して教えがくわしくなく念入りでない。それに対して法華は「妙」といって念入りであり円満で欠けたところがないとしている。二つには教に約し、まず華厳・方等・般若等の円頓速疾の法門は「妙」であるとして認め、華厳・方等・般若等の三乗歴別の修行の法門は、前三教と名づけて「麤」であると嫌っている。つまり法華以前の諸経であっても円頓速疾のほうは嫌わないで認め、法華経と同じ一味の法門であるというのはどういうわけか。
<小見出し>第九答 四種の道理小見出し>
[48]お答えしよう。このことは疑問に思っても当然のことである。天台大師や妙楽大師の頃から今に至るまで、いろいろと議論されている点である。天台大師の著作たる三大部六十巻の中でも、すべて五大部の章疏の中でも、教に約した時には爾前の円教を嫌って捨てるようにとの文章は少しもない。ただ部に約した時に限って、爾前の円教をも嫌っているのである。このことについて日本には古来二義がある。すなわち園城寺では智証大師が授決集で解釈しているように、教に約した時でも爾前の円教を嫌うといい、比叡山の一派は嫌わないという。おたがいに双方とも文釈を出したり論文を著しているが、いまだに解決していないのである。
[49]ただし私はその疑問を晴らして決着がついている。それは天台大師が四教(蔵・通・別・円)を立て、仏一代の仏教を判釈した時、四つの筋目を用いられた。一つには爾前の経だけに四教を立てた。二つには法華経と爾前とを相対して、爾前諸経の円教と法華の円教とは同一であるとみなし、諸経の蔵・通・別の三教を嫌うという筋目。三つには爾前の円教は他の三教を兼ねたり帯びて説かれているので、別教の中に収めてしまって、前の三教と一緒にして嫌い、法華の円教だけを純粋な円教として立てる。四つには爾前の円教は法華の円教と同じであるとしながらも、法華経の二妙の中では他との関係において成立存在する妙とは同じであっても、究極の真理である妙とは同じではないとする。この四つの道理を比較して、天台大師の六十巻を読み合わせてみることにより、疑問は解決した。いちいちの証拠の文章をあげるべきであるが、秘すべきことであり、また繁雑にもなるのでここでは省略する。また法華経の本門においては爾前の円と、迹門の円とをともに嫌うのであって、この点についても疑問はない。
[50]すなわち法華経以前の円教を別教の中に入れて、教に約していうときは前の蔵・通・別の三を麤であるとして嫌い、後の円教を妙であるとするのである。この時は法華経以前の円教は無量義経でいう歴劫修行の中に入る。また伝教大師の註釈の中に、爾前における蔵・通・別・円の四教と、頓・漸・不定・秘密の四教、合わせて八教は、「四十余年いまだ真実をあらわさず」という説の中に入れ、あるいは爾前の蔵・通・別の三教を遠回りの道であるとし、爾前の円教を直道であるといい、無量義経を大直道といっている。詳しくはその註釈書をよくお読みなさい。
第十問答 法華経を信行する方法
<小見出し>第十問 本尊と行儀小見出し>
[51]お尋ねするが、法華経を信ずる人は本尊、ならびに儀式、および日常の修行は、どのようにしたらよいのであろうか。
<小見出し>第十答 法華経の受持と唱題小見出し>
[52]お答えしよう。まず第一に本尊は法華経八巻、または一巻・一品、あるいは題目を書いて本尊と定めるべきである。これは法師品ならびに神力品に示されている。さらにできる人は釈迦如来・多宝仏の画像や木像を造って、法華経の左右に奉安すべきである。またさらにできる人は十方の諸仏や普賢菩薩を造立したり書いたりして安置すべきである。次に儀式については、本尊の前では必ず坐行と立行とを実践すべきである。道場を出た時の行住坐臥はどれでも自由でよい。次に日頃の修行方法は題目を南無妙法蓮華経と唱えなさい。できる人は法華経の一偈・一句を読みなさい。助行としては南無釈迦牟尼仏・多宝仏・十方諸仏・一切の諸菩薩・二乗・天人・竜神・八部等に祈念することも随意である。現在は愚者の多い世間なので、一念三千の法門を観念することを最初から目標としなくともよいであろうが、その志のある者は必ず学習して、これを観じとるべきである。
第十一問答 妙法五字の功徳
<小見出し>第十一問 唱題の功徳とは小見出し>
[53]お尋ねするが、ただ題目だけを唱えるようにといわれたが、その功徳はどのようなものであるのか。
<小見出し>第十一答 一念三千と久遠実成小見出し>
[54]お答えしよう。釈迦如来は法華経を説こうとしてこの世に出現されたのであるが、初めの四十余年間は法華経の御名をかくしておられた。御年三十歳の頃、すなわち成道したての頃から七十余年に至るまでは、法華経のために方便の教えをもっぱら弘められ、七十二歳で初めて法華経の題目を呼び出されるに至ったのである。したがって諸経の題目と法華経の題目とは比較にならないほど、法華経の題目のほうが勝れているのである。そのうえ、法華経二十八品の肝心たる方便品の一念三千と寿量品の久遠実成の法門とは、妙法の二字の中におさまっているのである。天台大師は法華玄義十巻を述べられ、その中で第一巻に略して、妙法蓮華経の五字について述べられている。第二巻から第七巻に至るまでの間に、詳しく妙の一字について述べておられる。第八巻と第九巻には法華経の三字について解釈し、第十巻には経の一字について述べられている。すなわち経の一字の中には華厳・阿含・方等・般若・涅槃等の仏一代の諸経がすべて収まっていると説き、妙法の二字には玄義の意味するところでは、百界千如と心仏衆生の法門が説かれていると説いている。摩訶止観の十巻は、一念三千・百界千如・三千世間・心と仏と衆生の三つは差別がないとする法門を中心としている。すなわち、一切の諸仏・菩薩・十界の因果・十方の草木瓦礫等すべてのものは、妙法の二字の中にみな含まれているというのである。華厳・阿含等の四十余年間の諸経や、小乗経の題目の中には、大乗経の功徳は収められていない。また大乗経の中でも往生を説く経の題目には、成仏の功徳を収めていない。また諸経の中には王と称されるような経典はあっても、「王の中の王」といわれない経典もある。仏もまたそのような経に随って、他の仏の功徳まで収め持っていない。仏の意趣は平等であるとか、あるいは法身は平等であるといった説をよりどころにして、他の仏もみずから信じている仏も同一であるといっているが、実際には諸経の一仏には、すべての仏の功徳は収まっていないのである。
[55]いま法華経では四十余年間の諸経の功徳を一経の中に収め、十方世界の法身・報身・応身の三身、欠けた仏は全くなくすべての諸仏を集めて釈迦如来の一仏に収め、他の諸仏を分身であると説くゆえに、「一仏即一切仏」であって、「妙法」の二字の中に諸仏は皆収まっているのである。したがって妙法蓮華経の五字の題目を唱える功徳は莫大なものとなる。これにたいして諸仏諸経の題目は、法華経によって開きあらわされたものである。妙法は開きあらわしたものであるから、その法華経の題目を唱えるべきである。
第十二問答 末代凡夫に適した教えとは
<小見出し>第十二問 法華経は末代には不向きか小見出し>
[56]お尋ねするが、いままでいろいろと法門をうけたまわってきたことを、念仏の智者にお話ししてみましたところ、法華経の勝れていることは、いうまでもないことである。ただし充分な能力をそなえている人は、ただ自分の力にしたがって修行すればよい。だが末代の能力を持たない凡夫に向かって、機根をわきまえずに、爾前の教をやめて法華経を修行しなさいというのは、永年にわたって唱えてきた念仏を捨てさせることになる。また法華経に入信してみても初心のため功徳が浅く、結局はどちらにもつかぬものとなってしまうであろう。また機根をわきまえずに法華経を説き聞かせた場合、信ずる者は問題はないが、もしも謗じる者があった場合、必ず地獄に落ちてしまうであろう。だから仏でさえも四十余年の間、法華経をお説きにならなかったのは、「もしもただ仏乗のみを讃めたならば、衆生はこれを謗じて苦界に没入し、この法を信じなくなる」と方便品に説かれている通りである。仏のご在世の衆生でさえこのような状態であるのだから、ましてや末代の凡夫はなおさらのことである。ゆえに譬喩品には、仏が舎利弗に向かって、「無智の人の中で、この経を説いてはいけない」といっている。これらの道理をどのように考えたらよいのであろうか。
<小見出し>第十二答 常不軽菩薩の礼拝行小見出し>
[57]お答えしよう。あなたのいう智者の説というのは、要するに末代の凡夫にはその機根のレベルをよく知って説け、むやみに説いて人々に謗らせてはならないということであろう。彼の智者がそのようにいったのならば、次のように返事をしてあげなさい。方便品の「もし仏乗だけを讃めれば」の文や、譬喩品の「無智の人の中で法華経を説くな」といった経文を出して質問したならば、同じ法華経の中にある常不軽品に、「すべての人々に向かって、われ深く汝等を敬まう」といって、不軽菩薩が杖木瓦石で打ち追われながらも、なおかつこの人々を礼拝してやまなかったという経文を、どうしてかえりみようとしなかったのであるか、といってあげなさい。
第十三問答 経文の説き方
<小見出し>第十三問 法華一経内の異説について小見出し>
[58]お尋ねする、同一の法華経の中で、たがいに相い反した経文があるということは、まことに理解しがたいことなので、そのわけをくわしくお聞きしたい。
<小見出し>第十三答 教化の二種類について小見出し>
[59]お答えしよう。方便品等には機根のレベルを考えてこの経を説くようにとあり、不軽品では誹謗する者があっても、強力にこの経を説くべきであるといっている。一経でありながら前説と後説とが、火と水のごとくに反している。しかし天台大師は法華文句の中で、「仏の在世の衆生は、過去に法華経を聞いてすでに善心を有する者たちなので、小乗の教えを説き、順次に教化してこられたのである。しかし不軽菩薩の当時の人々は、過去に法華経を聞いたことがなく、いまだ善心を有していない人々であったので、ただちに法華経を強力に説き聞かせ、成仏への種をくだしたのである」と解釈している。この文の心は過去に法華経を聞いて、今生の中に解脱を得ることのできる者のためには、ただちに法華経を説くべきである。しかしその中でも法華経を聞いてなおこれを誹謗する者があったならば、しばらくの間、権経を説いて教育したのちに法華経を説くべきである。また過去に法華経を聞いたことも、善根を積んだこともなく、現在も法華経を信じようとしない人は、なにもしなくても悪道に落ちてしまうのであるから、ただちに法華経を説いて聞かせて誹謗させ、逆縁を起こさせ、その縁でのちに成仏させるようにするとの文の意味である。
[60]この天台大師の解釈によれば、末代の今の世には、過去に法華経を聞いたことのない者は多く、聞くことのできた者は少ない。このためほとんどの人々は悪道に落ちることは疑いない。同じく悪道に落ちるならば、法華経を強力に説いて聞かせ、誹謗の心を起こさせて、逆にその縁によってついには仏になるようにしむけるべきであろう。したがって今の時期は、まさに法華経を強く説き聞かせて、誹謗の逆縁を起こさせる時であることはまちがいないものである。
[61]また法華経の方便品の中に、五千人の増上慢のことが記されている。すなわちうぬぼれの心の強い五千人の弟子が、仏の略開三顕一の教えを聞き終わり、続いて広開三顕一の教えを説かれようとした際に、仏の御力によってその座から立って出て行くようにしむけ、説法を聞かせなかった。のちに涅槃経や仏の滅後に仏に等しい菩薩らによって、今生に悟りを得させられたことと、諸法無行経の中に、かつて喜根菩薩が勝意比丘に向かって大乗の法門を強力に説き聞かせて、誹謗させ逆縁を起こさせたことが記されているが、この二つの相い反することの違いについて、天台大師は法華文句の中で、「釈迦如来は衆生の苦悩を除こうとして座を立たしめ、あとからゆっくり仏に成るようにしたが、喜根菩薩のほうは衆生に楽を与えてやろうとして、強力に法華経を説き、逆に誹謗させてその縁により救済しようとされたものである」と解釈している。この文の意味は、仏はあとのことはともかくとして、増上慢の人々に法華経を聞かせると、これを誹謗して地獄に落ち、苦しみにあうことを悲しみ、わざと座を立ちのかせたのである。たとえば母が子の病気を知っていても、当座の苦痛を考え、簡単に灸をすえないでいるようなものである。喜根菩薩は反対に当座の苦痛はかえりみないで、あとあとのことを考え、強力に法華経を説かれたのである。たとえば子の病気を考え、その場の苦痛よりものちのことを思って、灸をすえるようなものである。
[62]また仏は世に在る間、四十余年間にわたって、法華経を秘しておられたので、仏の次の位にある等覚や、不退の位にある菩薩でさえもその名を知らないでいた。そのうえ、寿量品は法華経の八年間にわたる説法の中でも、名を秘して最後に聞かしめられたのであるから、末代の凡夫にはなおさら簡単に聞かせることができないであろうと思うのは当然のことであるが、この点について妙楽大師は「仏の在世の人々は宿縁の熟したものたちであるので、順序に従って説いて聞かせたが、末法の時代は、宿縁未熟であるので、ただ聞法の縁を結ばせ、悟りを開くことを未来に期待する人々であるので、ただちに聞かしめるのである」と法華文句記に解釈している。この文の意味は、仏の在世には、仏が一代世にある間に、多くの人々が不退転の位にのぼることができるようにした。法華経を説いても誹謗しないように、よく機根を調えてから説き示したのである。ところが仏の滅後にはこのように機根の調熟した者は少なく、聞法によって縁を結ぶ者が多い時代であるので、そこで多数のほうについて、ただちに法華経を説くべきであるという意味である。この結縁の人たちにも、またいくつかの種類がある。
[63]また末代の師は多くが機根をよくわきまえていない。機根を知らない場合は強力にただ実教を説くべきであろう。ゆえに天台大師は、「機根の類別がはっきりつけられない時は、ただちに大乗を説けばまちがいはない」と法華文句に解釈している。この文の意味は、機根の程度を知らないで大乗の教えを説いても、過失にはならないということである。またその時代の機根をよく見きわめて説法する方法もある。国中のみんなが権経を信じて、実経を誹謗し、わざとこれを信用しなかったならば、強くこれを叱り責める心でもって実経を説くべきである。この方法は時代によって、また機根にもよって用いる時と不用の時とがあるのである。
第十四問答 権大乗と実大乗
<小見出し>第十四問 権大乗にこだわる人師について小見出し>
[64]お尋ねするが、中国の人師の中には、一部の者がもっぱら権大乗の経にとどまっていて、実経に入ろうとしない者がいたが、これはどうしたわけであろうか。
<小見出し>第十四答 仏滅後の正師と邪師小見出し>
[65]お答えしよう。釈尊が世に出られてまず初めから四十余年間は小乗・権大乗の経を説かれ、のちに法華経を説かれた。その方便品の中で「もしも小乗の経だけを説いて教化することがただ一人でもあったら、我はすなわち慳貪の罪に落ち入ることであろう。このようなことは、あってはならないことである」と述べている。この文の意味は、仏はただ爾前の諸経だけを説いて、法華経を説かなかったならば、仏は慳貪の過失をおかしたことになるという意味である。のちに属累品にいたって、仏は右手で三千大千世界の外八方四百万億那由佗の国土から集まってきた諸菩薩の頭を三回なで、「仏滅後の未来には必ず法華経を説くべきである。もし機根が法華経を聞くことが不可能な場合は、四十余年間にわたって説いてきた諸経の中から、深い法門の説かれた経で機根を教化し、調熟させてから法華経を説くべきである」と記されている。のちに涅槃経において、重ねてこのことを説き、「仏の滅後には四種の菩薩があって法を説くのにまた四種の方法があるが、最後に実経を説かなければ、天魔であると知るべきである」と説かれている。
[66]このため如来の滅後五百年から九百年の間に世に出られたインドの竜樹菩薩や天親菩薩等は、あまねく如来の聖教を弘められるにあたり、天親菩薩は最初に小乗の説一切有部の人として、倶舎論を著作し、仏が十二年間にわたって説いた阿含経の真意を述べて、一向に大乗の義理を明らかにしなかった。次に華厳経十地品の釈論や摂大乗論の釈論等を著述し、仏が四十余年間にわたって説かれた権大乗の内容を論じ、最後に仏性論や法華論等を著作し、ほぼ実大乗の教義を述べている。竜樹菩薩の場合もまた同様である。また中国の天台大師は、仏一代の諸経を大乗・小乗、権経・実経に分類して区別をはっきりさせられた。
[67]その他の人師らは少しばかり仏一代の諸経について、義理を説明したり分類したりしているが、明確ではない。また証拠となる文もたしかなものはない。ただし末世の論師、ならびに翻訳者や中国の人師の中には、大乗と小乗とは分別している者もいるが、大乗をさらに権大乗と実大乗に分けている者はいない。あるいは言語の上では一応分けていても、心の中では権大乗の内容にこだわっている。これらは方便品の「不退のもろもろの菩薩は、その数がガンジス河の砂の数ほどたくさんにあるが、一心にともに思求するとも、また知ることあたわず」とある文のように、仏の真意を理解しえない者たちである。
第十五問答 権・実二経と先師
<小見出し>第十五問 中国の人師小見出し>
[68]疑問に思うことがあるのでお尋ねするが、中国の人師の中に、慈恩大師は十一面観音の化身と称せられ、歯から光を放ったという。また善導和尚は阿弥陀の化身といわれ、口の中から仏を出された。このほかの人師も、不思議な力を現わし、徳をほどこし、悟りの境界をえた人々も世間にはたくさんいる。こうした人々がどうして権・実の二経についてわきまえ、法華経を尊重しようとしなかったのであろうか。
<小見出し>第十五答 法門の正邪のみが大切小見出し>
[69]お答えしよう。昔、インドの阿竭多仙人という外道は、十二年もの間、耳の中にガンジス河の水をとどめ、婆籔仙人は不思議な力をえて、自在天となり三つの目を現わした。中国の道士の中でも、張階は霧を出してみせたり、鸞巴は雲を吐いてみせた。涅槃経によると、「第六天の魔王は仏の滅後に僧侶や尼、信土や信女、あるいは阿羅漢や辟支仏という聖者の形にまでなって、四十余年間の諸経を説いてみせるであろう」と説かれている。したがって不思議な力だけで智者だとか愚者だとかを判断してはならないであろう。ただ仏の遺言にあるように、もっぱら方便の経だけを弘めて、真実の経をついに弘めない人師は、方便の経に因縁があって、真実の経に入ることのできない者であり、もしかすると、悪魔にそそのかされて不思議な力を現わしているのかもしれない。不思議な力などによらずただ法門の正邪のみを考え、判断していくべきである。自分勝手な知識や不思議な力などによって分別するべきではない。
[70]文応元年(<暦>一二六〇暦>)〈太歳庚申〉<日>五月二十八日日>
[71]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[72]鎌倉の名越において書き終わる。