一代五時鶏図
書下し
一代五時鶏図
[1]<図版ID>k0303830図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[2]<図版ID>k0303840図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[3]<図版ID>k0303850図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[4]<図版ID>k0303860図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[5]<図版ID>k0303870図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[6]<図版ID>k0303880図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[7]<図版ID>k0303890図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[8]<図版ID>k0303900図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[9]<図版ID>k0303910図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
[10]<図版ID>k0303920図版ID><図版タイトル>図版タイトル><キャプション>キャプション>
現代語訳
一代五時鶏図
建治元年(一二七五)、五四歳、原漢文、定二三三三—二三四三頁。
釈尊の出家・成道と大智度論
[1]竜樹菩薩が説き鳩摩羅什が漢訳した大智度論には、釈尊は十九歳で出家し三十歳で成道(悟りを開く)された、と記されている。大智度論は百巻であるが、僧肇の序によると、原典は三百二十万言もあり、訳出すると千巻以上になるという。百論は竜樹の弟子提婆の作で全二巻からなる。竜樹作の中論と十二門論を加えて三論と称し、これらはすべて鳩摩羅什によって漢訳された。竜樹菩薩は、付法蔵第十一馬鳴菩薩のお弟子で付法蔵第十三の師である。竜樹菩薩は竜猛菩薩とも称され、その本地は法雲自在王如来で寿命は三百年である。密教では阿弥陀仏を観自在王如来と言う。竜樹にはほかに大悲方便論十万巻・大心論十万巻・大無畏論十万巻の合計三十万巻の著作などが伝えられている。
華厳経
[2]釈尊ご一代の説法は五つの時代(五時)に分けることができる。そのうち、第一を華厳時といい、釈尊は二七日間、または三七日間、菩提樹の下金剛座上で法身の菩薩に七処八会にわたって華厳経を説かれた。華厳経は法華経に比べれば権大乗(方便の大乗教)であるけれども、別教(菩薩の教え)に円教(円満具足の教え)を兼ね備えた教えである。結経(結びの経典)は梵網経で、この経には大乗菩薩戒が説かれている。華厳経を依りどころとしている宗は華厳宗で、五教の教判(小乗教=阿含経、大乗始教=般若経・解深密経など、大乗終教=楞伽経など、頓教=維摩経など、円教=華厳経・法華経)を立てて、釈尊ご一代の教えを分類している。中国華厳宗を大成したのは、始祖の杜順和尚、その弟子智儼法師、華厳教学を確立して実際上の開祖となった法蔵大師などである。法蔵大師は、出自(出身)や徳の高さから、香象大師・賢首法師・華厳和尚とも称される。
阿含経
[3]第二は阿含時(または鹿苑時とも言う)で、釈尊は十二年間にわたり波羅奈国鹿野苑をはじめ十六大国を遊行して小乗の阿含経を説かれた。阿含経は長阿含経・中阿含経・増一阿含経・雑阿含経の四種に大別される。その内容は四諦(苦諦・集諦・滅諦・道諦)八正道(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)などで、二乗(声聞乗・縁覚乗)のために諸法は生滅変化するものであり、結局は空であることを説き示されたものである。結経は遺教経で、釈尊が入滅に臨んで弟子のために教誡を説かれたものであり、これを小乗戒という。阿含経を依りどころとするのは小乗の三宗で、倶舎宗・成実宗・律宗がある。倶舎宗は説一切有部の教義を習学する学派であることから、小乗の阿含経や倶舎論の研鑚をとおして煩悩を断じ悟りの境地(禅定)に入る。成実宗は成実論を研鑚する学派であり、律宗は律蔵による宗派で戒律を重んずる。
方等部
[4]第三は方等時で、釈尊は広く諸大乗経を説き示された。その説法期間は八ケ年とも十六年とも、あるいは不定(定まらない)とも言われている。説かれた経典は深密経・瓔珞経・楞伽経・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・大無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経などである。
[5]深密経は具さには解深密経と称し五巻から成る。説法の時期は法華経以前とも以後とも言われている。深密経を依りどころとする宗は法相宗で、その根本論書として弥勒菩薩説・無著菩薩筆の瑜伽論百巻と世親造の唯識論三十頌(三十唯識論)がある。法相宗は一切諸法の相状を論じることから有相宗とも称され、三相(遍計所執相・依他起相・円成実相)を立てて仏一代の教えを分類している。法相宗所依の経論は深密経などの六経と瑜伽論・成唯識論などの十一論がある。法相宗は玄奘三蔵によって中国にもたらされ、慈恩大師によって教学が確立された。
[6]瓔珞経は菩薩の階位・行法・種姓・戒などを説き菩薩の本業を明かすことから方等部の結経として位置づけられた。
[7]楞伽経は禅宗が依りどころとする経典である。禅宗はこのほかに諸法無行経・金剛般若経・大円覚経・首楞厳経を所依の経とするが、あるいは一切経と言うこともある。その立義は教外別伝で、経文によらず心から心へと伝えた法を重視する。中国禅宗の始祖は達磨大師である。
[8]大日経七巻・金剛頂経三巻・蘇悉地経三巻の真言三部経を依りどころとしているのは真言宗である。真言経典は方等部、あるいは華厳部、あるいは般若部、あるいは法華部、あるいは涅槃部、あるいは仏ご一代の諸経以外などと、その所属については諸説がある。真言密教の即身成仏を論証した菩提心論一巻七枚は竜樹の作とも不空の作とも伝えられている。真言宗は仏教を顕教と密教に分け、密教を真実の教えとする。また、五蔵(素怛纜蔵・毘奈耶蔵・阿毗達磨蔵・般若波羅蜜多蔵・陀羅尼門蔵)、十住心(異生羝羊住心・愚童持斎住心・嬰童無畏住心・唯蘊無我住心・抜業因種住心・他縁大乗住心・覚心不生住心・一道無為住心・極無自性住心・秘密荘厳住心)などの教判を立てて真言密教の優位を説く。真言宗の祖には真言経典を漢訳し中国にわたした善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵・一行阿闍梨などがいる。
[9]双観経(大無量寿経)・観経(観無量寿経)・阿弥陀経の浄土三部経を依りどころとしている宗は浄土宗である。浄土宗では仏ご一代の聖教を聖道門と浄土門とに分け、聖道門の諸行は雑行で成仏するには難行であるが、浄土門の念仏は往生のための正行であり、末代の凡夫が修すことのできる易行の道である、と説く。中国浄土教の祖には曇鸞法師・道綽禅師・善導和尚・恵感禅師・小康法師・法照などがいる。
般若経
[10]第四は般若時で、釈尊は二十二年間、あるいは十四年間、空の法門を説かれた。般若経典には光讃般若・金剛般若・天王問般若・摩訶般若・大品般若・仁王般若などがあり、そのうち仁王般若経を結経とする。般若経典によって竜樹菩薩は中論・十二門論・大論(大智度論)を、竜樹菩薩の弟子提婆菩薩は百論を著わした。これらの経論を依りどころとしているのは三論宗である。三論宗はおもに百論・中論・十二門論に依ることから呼称されるが、これに大智度論を加えて四論宗と称することもある。また、般若の空思想を説くことから、法性宗・無相宗とも言う。三論宗は三義(等・勝・劣)をもって仏ご一代の聖教に勝劣を判じ、あるいは二蔵(声聞蔵・菩薩蔵)、三転法輪(根本法輪・枝末法輪・摂末帰本法輪)を立てて三論宗の優位を説く。三論宗の祖には浄影・興皇・嘉祥寺吉蔵大師・道朗などがあり、とくに吉蔵によって三論教学が大成された。
[11]無量義経には「仏は今日まで、一切衆生を真実の教えに導き入れるために方便の力をもって種々の法を説いてきたのであり、今までの四十余年間(華厳経の説法が三七日間、阿含経の説法が十二年間、方等部の諸経と般若経との説法が三十年間で、以上四十二年間である。法界性論にも四十二年とある)には、いまだ真実そのものを説き顕わしてはいない」(説法品)、また「今まで説いてきた教えでは、いかに長い間にわたって修行を積み重ねても成仏することはできない。なぜなら、それらの諸経にはただちに成仏することのできる道が説かれていないので、険難の道を行っていたずらに苦しい思いをするばかりである」(十功徳品)、さらにまた、「ただちに成仏することのできる道を行けばいたずらに苦しい思いをすることはない」(十功徳品)と説かれている。
法華経
[12]第五は法華涅槃時である。法華経と涅槃経との二経をもって一時を立てるが、その中心は法華経にあり、涅槃経は法華経の捃拾教(落穂拾いの教)である。
[13]法華経を依りどころとするのは天台宗で、法華宗・仏立宗・諸宗依憑宗・秘密宗・顕露彰灼宗とも言う。
[14]結経は普賢経で、比叡山の大乗円頓戒壇はこの経を基本精神として建立されたものである。
[15]法華経には「世尊はその説法において、最初は方便の教えを説き最後に真実の教えをお明かしになる」(方便品)、「正直に方便の教え(法華経以前の諸経。化法の四教で言えば円教以前の蔵教・通教・別教の三教。あるいは純円以外の蔵教・通教・別教・円教・五味で言えば法華経の醍醐味以外の乳味=華厳経・酪味=阿含経・生酥味=方等部の諸経・熟酥味=般若経の四味。あるいはまた円教の中に摂尽された蔵教・通教・別教を言う)を捨てて(捨てるとは廃することである)、ただ法華一乗の真実の教えを説き示す」(方便品)、「仏が種々の教え(華厳時・阿含時・方等時・般若時の四時と頓教・漸教・秘密教・不定教・蔵教・通教・別教の七教、またはこれに法華涅槃時と円教を加えた五時八教。四時七教は法華経以前の諸経、五時八教は釈尊ご一代の聖教)を説き示すのは、実には仏乗(唯一仏乗)の世界に人びとを導き入れるためである」(方便品)、「諸経で永不成仏(永久に成仏しない)と排斥された二乗でさえも、この法華経では成仏すると説かれることは、思いもかけないことであり、まさに悪魔が仏の身となってわたし(舎利弗)の心を混乱させているのではないか、と疑うほどである」(譬喩品)、「この重要な法門は久しく黙っていて、すぐには説かなかった」(薬草喩品)と説き、法華経以前の諸経は方便で法華経こそが真実の教えである、と明確に示されている。
[16]法華経に「わたしが説く経典は数限りなく多いが、それら、已に説いた経(華厳経・大日経・深密経・楞伽経・大品経〔大品般若経〕・諸種の般若経など)、今説いた経(無量義経=法華経の開経)、当に説くであろう経(涅槃経など)の中で、この法華経はもっとも信じがたく解しがたい」(法師品)と説かれている。法華文句記の第六巻には「たとえそれぞれの経において諸経の王と言っても、法華経のように、已に説いた経、今説いた経、まさに説くであろう経の三説を超えてもっとも勝れている、とは説かれていない。法華経以前の諸経は、円教に別教を兼ねた経(華厳経)、但蔵教(小乗教)のみの経(阿含経)、蔵教・通教・別教・円教を対比した経(方等部の諸経)、円教に通教と別教とを帯びた経(般若経)であることを正しく弁まえるべきである」、また、法華玄義の第三巻には「舌が口の中で爛れる」、法華玄義釈籤の第三巻には「已説(すでに説いた経)・今説(今説いた経)・当説(まさに説くであろう経)の三説の諸経を超えて、法華経はもっとも勝れた経である。このことに迷うようなことがあれば、現在世に舌が爛れ、謗法の罪によって長い間にわたって苦しみを受ける」、さらにまた、「常に仏の諫暁(いさめさとす)を受ける」と述べられている。
涅槃経
[17]第五の法華涅槃時のうち、涅槃経は釈尊が入滅に臨んで一日一夜の間に説き示された経である。釈尊のご入滅のお歳は八十歳であるが、七十九、八十、八十一、八十二、百五、百二十歳などとも伝えられている。
[18]像法時の仏法衰滅と布施行の功徳を説いた像法決疑経は、釈尊ご入滅の直前に跋提河の辺で説かれたことから涅槃経の結経とする。
[19]涅槃経の四依品には人と法の四依が説かれており、そのうち法四依は依法不依人(仏の真実の法に依り、人師〈須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢など〉に依ってはならない)・依義不依語(仏の教えにより、人師などの言葉によってはならない)・依智不依識(仏の智慧により、菩薩などの知識によってはならない)・依了義経不依不了義経(仏の真実の教えである法華経により、爾前の諸経〈法華経以前の諸経〉によってはならない)であり、仏道を歩むうえでの基本的教えである。
三徳具備の釈尊
[20]釈尊は主徳・師徳・親徳の三徳を具備された仏である。主徳とは衆生を守護、師徳とは衆生を教導、親徳とは衆生を慈愛する徳で、この三徳を円満に具備されているのは釈尊だけである。
[21]主徳を備えているのは、主上(天皇)・天尊(高徳の人)・世尊・法王(仏法世界の王)・国王・人王(人として生まれて王となった者、天皇)・天王(天上の王。天皇)などがあり、これらに背く者は八虐罪(謀反=国を危くする謀りごと、謀大逆=建物や自然を破壊する謀りごと、謀叛=国主に背き偽り従って謀略する、悪逆=尊属を殺害したり虐待する、不道=人を殺害したり苦しめたりする、大不敬=崇敬すべきものをないがしろにする。不孝=親に孝養をつくさない、不義=不貞な行い)を犯すことになる。
[22]三国の中で主徳を備えている例をあげれば、インドには二天(魔醯修羅天・毘紐天)・大梵天・第六天(欲界の第六天の主である他化自在天)・帝釈天・師子頬王(中インド迦毘羅衛国の王。浄飯王の父で釈尊にとっては祖父にあたる)・浄飯王(釈尊の父王)など、中国には三皇(中国上古の伝説上の皇帝。伏羲・神農・黄帝。皇帝名については異説がある)・五帝(中国上古の伝説上の帝王。少昊・顓頊・帝告・唐堯・虞舜。帝王名については異説がある)・三王(徳政によって国を治めた中国の代表的な三人の皇帝。夏の禹王・殷の湯王・周の文王)など、日本国には神武天皇などがおられる。
[23]師徳を備えているのは師匠と称されるあらゆる人たちで、これに背く者は七逆罪(出仏身血=仏の身から血を流す敵対行為、殺父=父を殺す、殺母=母を殺す、殺和上=伝戒の師を殺す、殺阿闍梨=伝法の師を殺す、破羯磨転法輪僧=法式作法の指導僧を迫害する、殺聖人=尊い僧を殺す)を犯すことになる。
[24]仏教以外で師徳を備えている例をあげれば、外道(インドにおける仏教以外の教え)の師には、インドのバラモン教の祖とされる三仙(迦毘羅・漚桜僧伽・勒沙婆)や、釈尊在世当時、中インドで自由に思想を論じていた六人の外道論師(富蘭那迦葉・末迦利拘舎梨子・刪闍耶毘羅胝子・阿耆多翅舎欽婆羅・迦羅鳩駄迦旃延・尼乾陀若提子)など、中国で外典(仏教以外の経書)を著わした思想家には、四聖(尹喜・務成・老聃・呂望)・周公旦・孔子・顔回などがある。
[25]親徳を備えているのは一切の親で、これに背く者は五逆罪(殺父・殺母・殺阿羅漢=阿羅漢を殺す・破和合僧=仏教教団を迫害する・出仏身血)を犯すことになる。親族には八親(父・祖父・曾祖父・高祖・子・孫・曾孫・玄孫などの八代の親族)や六親(父・子・兄・弟・夫・婦などの六種の親族)などがある。
[26]章安大師は涅槃経疏に「一体の仏が主師親の三徳を備えている」と解釈されている。
[27]法華経譬喩品には「今、この三界(欲界・色界・無色界)はすべてわたし(三界の中でもっとも尊い教主釈尊)の所有(釈尊所有の世界は四州・四趣・六欲天・大梵天・色界の四禅・無色界の四天・無想天・那含天の二十五有。三界六道の世界)である。その中の衆生はことごとくわたしの子(本来そうである理性の子であり、久遠の過去世に釈尊と結縁した子である。法華文句の第五巻には『すべての衆生は等しく同じ仏性を具えているのであるから、等しく仏の子である』と説明されている)である。しかもこの世界は多くの苦難があるけれども、ただわたし(法華玄義の第六巻には『元来、この仏に従って初めて道心を発し、またこの仏に従って不退転の境地に安住する』と説明されている)一人だけがよく救いとり守護することができる」と説かれている。このように、釈尊だけが主師親の三徳を具備しているのである。
[28]法華文句の第六巻には法華経信解品の長者窮子喩を解釈して、「光宅寺法雲の法華義記には西方の無量寿仏(阿弥陀仏)が長者(窮子の父)であると解釈しているが、今はこれを用いない。西方とこの娑婆世界とは仏も違い、衆生との縁も異なっている。阿弥陀仏は西方の教主であって娑婆世界の教主とは違うのであるから長者の身分を窮子に顕わすという意味合いがわからなくなる。娑婆世界の衆生との結縁がないのであるから父と子ということも成り立たない。またこの法華経には阿弥陀仏が娑婆世界の教主であるというようなことはまったく説かれていない。目を閉じて深く考えなさい。長者がりっぱな衣服を脱いで垢衣(よごれた衣服)を著したように、盧舎那仏(報身仏)が本身を隠したり顕わしたりすることを人びとのすぐ近くでなされたけれども、人びとは気がつかなかった。まして阿弥陀仏は遠い西方の仏である。その阿弥陀仏が釈迦牟尼仏と相好を変換することをどうして知り得ようか」とある。
[29]法華文句記の第六巻には「法華文句に『西方の無量寿仏』等というのは、阿弥陀仏と釈迦牟尼仏の二仏はもとより異なった仏である。どうして阿弥陀仏にりっぱな衣服を脱いで隠させ釈迦牟尼仏にそまつな衣を着せるというようなことがあり得ようか。もしそうであれば、釈迦牟尼仏にはりっぱな衣服を脱いで隠すような場面などなく、初めからそまつな衣服を着ていたことになり、阿弥陀仏のみがりっぱな尊形をした仏であるということになる。ましてや、法華経化城喩品第七の説示によれば、三千塵点劫の過去の世において、大通智勝如来の教化を受けた十六菩薩沙弥のうち第九の阿弥陀菩薩は縁を西方に求めて衆生教化にあたられた方であり、第十六の釈迦菩薩は縁を娑婆世界に求めて娑婆の衆生教化にあたられた方であるので、二仏は過去の結縁も異なり、衆生教化の始終(下種結縁から脱の利益にいたるまで)も同じではない。そもそも仏と衆生との結縁は生(誕生)であり、利益が深まり機根を成長させることは養育のようなものであって、それは常に一仏によってなされるものである。阿弥陀仏と娑婆世界の衆生とは生養(過去世の結縁とその後の成熟)の縁が相異しているので父と子の関係が成り立たない。りっぱな衣服とそまつな衣服については二仏に違いがあり、また、その衣服を着るか脱ぐかについてはどこの衆生を導くかについての大きな隔りがある。したがって、光宅寺法雲の経文解釈は欠陥が多く、長者による窮子調熟の意味が経意に違背している。浄土の経典には衆生との結縁やその調熟についてはまったく説かれていない。盧舎那仏がりっぱな衣服を脱いで垢衣を着て衆生教化に臨まれたということは、じつは盧舎那仏は寂滅道場(華厳経説法の会座)を動かないでしかも鹿野苑に赴いて法を説かれたという教理に迷ったために、長者を西方の阿弥陀仏と考えてしまったのである。また、阿弥陀仏が、垢衣に着換えて娑婆世界の衆生を教化するためにやってこられたということはいずれの経典にも説かれていない。もし、仏は異なっても仏の本質である法身は平等であるとの立場から、釈迦牟尼仏も阿弥陀仏も同じであるというならば、諸仏それぞれがどうして自分の有縁の国を選んでその国の教主となることを誇りとしようか。たとえ他仏を自分の変化身であると主張しても、それは他仏が自分に代って衆生教化を成就していることになる。あるいは、自分が他仏の姿をとって衆生を教化すれば他仏と衆生との縁を助けるという関係で考えなければならないのに、人はこのような点について知らないから、釈迦・弥陀二仏による衆生教化の機縁に混乱を起こしたのである。諸仏が衆生と縁を結ぶときはかならず応身仏の姿であるから、法身体同(法身仏としては同体)ということは成りたたないのである。そのことは、法華経譬喩品に、仏が舎利弗に授記されるにあたり、仏と舎利弗との宿昔の師弟関係について、『わたしはかつて二万億の仏のもとであなたを教化してきた』と語られていることからも知られる。ましてや法華経化城喩品に説かれている十六王子は、最初三千塵点劫の昔から今日にいたるまで、阿弥陀仏は西方で、釈迦牟尼仏は娑婆世界でそれぞれその国土の機根に応じて成熟(利益を与えて機根を育成する)し、分に随って解入(仏の悟りの世界を信解させ、悟りの境界に導き入れる)させてきた。このように衆生教化は常に一仏によってなされるものである。したがって、長者は阿弥陀仏であってこの土の窮子(衆生)のために釈迦牟尼仏と相好を変換した、などと考えてはならない」と説かれている。
[30]法華経化城喩品には次のように説かれている。大通智勝仏は、出家される以前は国王であり十六人の王子があった。十六王子は父王が仏に成られた後、志を抱いて出家し沙弥となった。十六沙弥はやがて菩薩となり法華経を覆講して娑婆世界のすべての衆生に仏種を下して結縁した。この十六菩薩が成道して十六仏となり、その第一番目が阿閦仏、第九番目が阿弥陀仏、第十六番目が釈迦牟尼仏である。阿閦仏は東方世界に縁のある仏、阿弥陀仏は西方世界に縁のある仏で、この娑婆世界に縁を結んでおられる仏は釈迦牟尼仏だけである。それぞれの仏に下種益・熟益・脱益の三益や主徳・師徳・親徳の三徳があるけれども、阿閦仏と阿弥陀仏は権仏(方便の教えを説くために現わされた仮りの仏)であるために真実には三益も三徳も備えていない。すなわち、それぞれの仏の衆生教化の上にだけ認められるものであって、仏教の本質においては、久遠の釈迦牟尼仏だけが三益や三徳を円満に備えているのである。
[31]法華文句記の第九巻には「初めにこの仏菩薩によって下種結縁し、またこの仏菩薩によって成熟(機根が育成され調熟)する」、法華玄義の第六巻には「仏は自ら現実の世界に姿形をとって現われ衆生を教化される。過去世に縁を結んだ衆生がどうして教化を受けに来ないことがあろうか。多くの川の水が大海に注ぎ込むように、過去世の縁によって衆生もまた仏の世に生まれあわすことができる」と説かれている。
[32]前にも記したとおり、法華玄義の第六巻には「元来、この仏に従って初めて道心を発し、またこの仏に従って不退転の境地に安住する」と述べられている。
諸宗の本尊
[33]諸宗の本尊を略示すれば次のとおりである。
[34]この世に出現された丈六の応身仏は小乗の教主で劣応身(修因感果身でありながら応現した仏身である勝応身に対し、たんなる無常の応現身)と称され、倶舎宗・成実宗・律宗の小乗三宗の本尊である。
[35]修因感果の報身は盧遮那仏と称され華厳経の本尊である。
[36]修因感果の報身仏が丈六の仏として応現された勝応身の釈迦如来は法相宗の本尊である。
[37]三論宗もまた勝応身の釈迦如来を本尊とする。
[38]真理身の大日如来は真言宗の本尊で、大日如来の法身は胎蔵界、報身は金剛界にあたる。
[39]西方極楽浄土の教主阿弥陀仏は浄土宗の本尊で、善導はこれを報身仏とするが、天台大師は応身仏とされている。応身には劣応と勝応の二意がある。
[40]妙楽大師の五百問論には「もし父の寿命が久遠であることを知らなければ、父の統治する国にいても迷うことになる。ただいたずらに才能があると誇ってもまったく人の子とは言えない。三皇以前の時代では父を知らなかったので、人びとは獣と同じであった」と説かれているように、本師教主釈尊の久遠実成を知らなければ父を知らないことと同じで、それは教主釈尊の浄土である娑婆国土を知らないことになる。
[41]天台宗の御本尊は久遠の過去世に成道された実修実証の釈迦如来であり、華厳宗の教主である盧遮那仏や真言宗の教主である大日如来などはすべてこの仏の眷属(従者)である。
[42]法華経本門の久遠の仏以外は始成(始成正覚)の仏で、これに応・報・法の三身がある。応身仏はこの世に出現された有限の仏であるから始め(成道)も終わり(入滅)もある。報身仏は修因感果の智慧身であるから成道の始めはあっても入滅という終わりはない。法身仏は真理身であるから成道の始めも入滅の終わりもない。このうち報身仏・法身仏には華厳経の盧遮那仏や真言の大日如来などがある。
[43]法華経本門の仏は久成(久遠実成)の仏で、これにまた応・報・法の三身がある。久成の三身は相即して一身であり、始めも終りもなく、久遠の過去から永遠の未来に生き続けて衆生を教化される。
[44]華厳宗や真言宗が無始無終の三身(久成の三身=久遠の仏)を立てるのは、天台宗の名称を盗み取り、それぞれが依って立つ経典の解釈のなかに混入したものである。