大学三郎殿御書
書下し
大学三郎殿御書
[1]外道には天人畜の三善道を明し、鬼道の有無これを論じて、地獄道はその沙汰無し。小乗経には六道の因果を明して、四聖以て分明ならず。倶舎・成実・律の三宗は小乗経に依憑してただ六道を明すこれなり。三論宗は天台宗已前に天竺よりこれを渡す。八界を立てて十界を明さず。法相宗はまた天竺の宗なり。天台已後に唐の太宗の世にこれを渡す。また八界を立つ。大乗たりといえども五性各別を立て、無性有情は永く成仏せずとこれを立つ。ほとんど外道の法に似たり。自他宗の嘆きなり。
[2]華厳宗・真言宗の両宗は天台已後にこれ有り。華厳宗は唐の則天皇后の御宇にこれを立つ。真言宗は玄宗の時善無畏三蔵これを渡す。ただし天竺に真言宗の名これ無し。無畏三蔵大日経を以て宗となすの故に、猥りに天竺の宗と称するか。この二宗共に十界を立つ。ただし天台宗已後なり。智者大師の巧智を偸盗して自身の才財と号するか。
[3]仏説のごとくこれを勘うれば、法華経の外華厳経・大集経・般若経・大日経・深密経等の諸経はただ小衍相対なり。ただ法華経ばかりに限つて已今当を以て眷属の修多羅となす。しかりといえども天台已前の諸師は法華経等の一切の大乗経を小衍相対を以てこれを釈す。王臣の差別無く上下これを混ず。仏法いまだ顕われず、愚癡の失これ有り。天台已後に諸宗小衍相対の経々を以て権実相対これを定む。天台の智これを盗めり。日月に背いて灯炷に向い、丘塚を花恒に比するこれなり。仏は十八界・修羅は十九界、天台は四智・真言は五智、天台は九識十識・真言は十識十一識。しかるを天台の学者これに誑惑せられことごとく実義なりと思い、法華経は釈尊の所説にて民の万言のごとく大日経は天子の鳳文にて王の一言のごとし等云云。
[4]善無畏三蔵事を天竺に寄せ法華経と大日経と理同事勝なり。これ一の謬言なり。日蓮論師人師の添言を捨てて専ら経文を勘うるに、大日経一部六巻並びに供養法の巻一巻三十一品これを見聞するに、声聞乗と縁覚乗と大乗の菩薩と仏乗との四乗これを説く。その中の大乗の菩薩乗とは三蔵教の三祇の菩薩乗なり。仏乗は実大乗なり。法華経に及ばざるの上、華厳・般若にも劣り、ただ阿含と方等との二経なり。大日経の極理はいまだ天台の別教通教の極理にも及ばざるなり。
[5]弘法大師延暦二十三年に入唐し、大同二年に帰朝す。三箇年の間慧果和尚に値いて真言の秘教を学習し、帰朝の後十住心・二教論これを注して世間に流布す。釈迦牟尼仏並びに大日二仏の所説の勝劣これを定む。第一大日経・第二華厳経・第三法華経、浅きより深きに至る義なり。華厳経、法華経に勝るとは南北の二義を取るなり。また華厳宗の義なり。南北並びに弘法大師は無量義経・法華経・涅槃三経を見ざる愚人なり。仏すでに分明に華厳経と無量義経との勝劣これを説く。何ぞ聖言を捨てて南北の凡謬に付かんや。近きを以て遠きを察するに、はたまた大日経と法華経との勝劣これを知らず。大日経には四十余年の文これ無く、また已今当の言これを削る。二乗作仏・久遠実成これ無し。法華経と大日経との勝劣これを論ぜば、民と王と、石と珠との勝劣高下これなり。
[6]しかるに安然和尚ほぼこれを顕わす。しかりといえどもほぼ華厳経と法華経との勝劣はこれを明むるに似たれども、法華・大日経の勝劣これに闇く闇と漆とのごとくなり。慈覚大師は本伝教大師に禀くるといえども、本を捨て末に付き、入唐の間真言家の人々これを誑惑するの間、また大日経と法華経と理同事勝と云云。賢きに似たれどもただ善無畏の僻見を出でざるのみ。
[7]しかるに日蓮末代に居しほぼこの義を疑う。遠きを尊み近きを賤み、死せるを上げ生けるを下す、故に当世の学者等これを用いず。たとい堅く三帰・五戒・十善戒・二百五十戒・五百戒・十無尽戒等の諸戒を持てる比丘・比丘尼等も、愚智の失に依りて小乗経を大乗経と謂い、権大乗経を実大乗経なりと執する等の謬義出来す。大妄語・大殺生・大偸盗等の大逆罪の者なり。愚人はこれを知らずして智者と尊む。たとい世間の諸戒これを破る者なりとも、堅く大小権実等の経を弁えば、世間の破戒は仏法の持戒なり。涅槃経に云く「戒において緩なる者を名けて緩となさず、乗において緩なる者をすなわち名けて緩となす」等云云。法華経に云く「これを持戒と名く」等云云。
[8]重きゆえにこれを留む。事々霊山を期す。
恐々謹言。
[9]<日>七月二日日>
[10]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[11]<先>大学三郎殿先>
現代語訳
大学三郎殿御書
建治元年(一二七五)七月二日、五四歳、於身延、大学三郎宛、原漢文、定一〇八一—一〇八三頁。
諸宗の教え
[1]外道(仏教以外の教え。ここではインドのバラモン教をいう)の教えは、天上界・人間界・畜生界の三つの善なる世界を立て、餓鬼界の存在の有無を論じるが、地獄界については論及していない。仏教においては、小乗経では、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つの世界の原因と果報について説き明かすが、そのうえの声聞・縁覚・菩薩・仏の四つの聖なる世界については明確には説かれていない。倶舎・成実・律の三宗は、小乗の経典に立脚してただ地獄から天上まで六つの世界について説き明かしているだけである。大乗仏教では、三論宗は天台宗より前にインドから中国に渡った。この宗は声聞界と縁覚界の二つの世界を除いた八つの世界を論じるだけで、十界のすべてについては説明していない。法相宗はもともとインドにあった宗(瑜伽宗)である。天台宗より後、唐の太宗年間に中国に伝えられた。この宗も同じく八界について論じるが十界のすべてについては説いていない。法相宗は大乗の教えでありながら、仏性のない者・成仏の定まっていない者・声聞になる者・縁覚になる者・菩薩になる者というように五種類の異なったありかたを説く五性各別の教義を立て、なかでも、仏性のない者(無性有情)は永久に成仏しないと説いている。このような教えは、仏教でありながら外道の教えのようであり、仏教諸宗の共通した嘆きになっている。
華厳宗と真言宗
[2]華厳宗と真言宗の両宗は、天台大師より後に興った宗旨である。華厳宗は中国唐の則天皇后の御代に、賢首大師法蔵によって大成された。真言宗は中国唐の玄宗皇帝の時代に、善無畏三蔵がインドから伝えた。ただし、インドには真言宗の名はなかった。善無畏三蔵が大日経によって宗旨を立てたために、かってにインド伝来の宗旨であると称しているのであろう。華厳宗と真言宗の両宗は、ともに十界を説いている。しかしそれは天台宗以後のことであり、天台智者大師(天台大師智顗)の深い智慧を盗んで、自分の才覚による法門であると称しているのであろう。
諸宗の誤り
[3]仏の教えにしたがって、これらのことを考えてみると、法華経以外の華厳経・大集経・般若経・大日経・深密経などのもろもろの経典は、小乗経に相対して説かれたものである。ただ法華経だけが、已に説かれた経(法華経以前に説かれた経典)、今説かれた経(無量義経)、当に説かれるであろう経(涅槃経)のすべてを従属した経とする最勝の経典である。ところが、天台大師以前の諸師は、法華経をはじめとするすべての大乗経を一括して、小乗経に相対して説かれたものと解釈している。これはあたかも、国王と臣下の区別を知らずして、上と下とを混乱させたようなものである。これらの諸師によっては、いまだ仏法の真実義が明確にされることがなく、かえってこれらの諸師は愚癡の罪を犯している。天台大師以後の諸宗は、小乗経に相対して説かれた大乗の諸経典をもって、権経(方便の教え)か実経(真実の教え)かを比較している。これは天台大師の叡智を盗みとったものである。法華経以外の教えでもって、方便か真実かを論ずるのは、あたかも、太陽や月の光に背いて灯火に向かい、丘や塚を華山のようなりっぱな山に比べることと同じである。仏が十八の世界(六根界〈眼・耳・鼻・舌・身・意〉六識界〈眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・〉六境界〈色・声・香・味・触・法〉)を説くと、修羅はこれに対抗し、仏説を批判するために一を加えて十九の世界があると称した。天台大師が四智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)を説くと、真言宗ではこれに一を加えて五智(四智に法界体性智を加える)と称した。天台大師が九識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識・本浄識)や十識(九識に一切一心識を加える)を説くと、真言宗ではこれに対して十識や十一識(十識に無量識を加えたものか)があると説く。真言宗の法門は天台大師に対抗した誤りの教えであるにもかかわらず、天台大師入滅後の天台宗の学者たちは、真言の法門に惑わされ、それをすべて真実であると思い、法華経はこの世に出現された有限の仏である釈尊の教えであるから民衆のいろいろな言葉のようであり、大日経は天子の大切なただ一言の言葉である、と思うようになってしまった。
善無畏三蔵の誤り
[4]善無畏三蔵は、中国の人びとがインドのことを知らないのをよいことに、かってに、インドではこうであるとして、法華経と大日経は理においては同じであるが、事相においては大日経が勝れるとの説を立てた。これが第一の誤った言葉である。日蓮が、論師や人師などのかってに付け加えた考え方を捨てて、経文に立脚して考えてみると、大日経全体の六巻(三十一品)と供養念誦三昧耶法門の一巻(五品)、合計七巻三十六品のなかには、声聞乗・縁覚乗・大乗の菩薩乗・仏乗の四乗を説いている。その中の大乗の菩薩乗とは、三阿僧祇劫の間修行する三蔵教(小乗教)の菩薩のことである。仏乗は実大乗である。したがって、大日経は法華経には及ばないだけではなく、華厳経や般若経にも劣り、ただ阿含経や方等部の諸経と同じである。そうであるならば、大日経の根本理は、小乗の蔵教と大乗の通教・別教・円教とを並び説いているだけであり、天台宗で説く、円教を兼ね備えた別教(華厳経)や、別教と円教を帯びた通教(般若経など)の根本理にさえも及ばないのである。
弘法大師の誤り
[5]弘法大師(空海)は、延暦二十三年(<暦>八〇四暦>)に唐に渡り、大同二年(<暦>八〇七暦>)に日本に帰ってきた。唐では三箇年の間、長安にある青竜寺の慧果和尚(不空三蔵の弟子)に就いて真言密教を学習し、日本に帰ってからは、『十住心論』と『顕密二教論』とを著わして世間に公表した。これらの著書は、釈迦牟尼仏と大日如来の二仏が説かれた教えの勝劣を定めたものである。弘法大師の説は、第一が大日経、第二が華厳経、第三が法華経であり、仏は浅い教えから深い教えに人びとを導くために順序を追って経典を説き遺された、とする。華厳経が法華経より勝れているとの説は、中国南北朝時代の江南・江北の諸家(南三北七)の考えかたである。またこれは華厳宗の教えでもある。南北の諸家や弘法大師は、無量義経・法華経・涅槃経の三経を見ないで誤った考えを抱いた愚かな人たちである。仏はすでに明確に華厳経と無量義経との勝劣を説かれている。どうして仏の言葉を捨てて、南北の諸家が主張する誤った考えにつくことがあろう。時代的に近い人たちである南北の諸家の説に立脚して、遠い時代の仏の教えを推察するような人びとであるから、華厳経と法華経との勝劣を誤ったように、大日経と法華経との勝劣についてもやはり知らない。大日経には無量義経のように「四十余年の間、いまだ真実をあらわさなかった」という文はないし、法華経のように「已に説いた経、今説いた経、当に説かんとする経の中でこの経が第一である」という文もない。そればかりか、法華経に説かれている仏教の重要法門「二乗作仏」「久遠実成」の教えも説かれていない。したがって、法華経と大日経との勝劣を論じるならば、民衆と国王と、石と宝珠との相異ほど、明確な勝劣があり高下があるのである。
安然和尚と慈覚大師の誤り
[6]ところが、安然和尚(比叡山の五大院に住み、天台密教を大成)はこのことを少しばかり言い表わした。しかし、ただ華厳経と法華経との勝劣については明らかにしたようであるけれども、法華経と大日経との勝劣については明確でなく、闇と漆とのようにまったく識別がつかない。慈覚大師は、ほんらい、伝教大師から法門を授かった人であるけれども、その根本である天台法華宗を捨てて、支末の真言宗に心を寄せ、唐に渡っている間に真言宗の人びとに惑わされ、他の人と同じように誤りを犯し、大日経と法華経とは理は同じであるが事相において大日経が勝れる、という説を立てた。慈覚大師の考えは賢いようであるけれども、ただ、善無畏の誤った考えと同じである。
誤った考えを誡める
[7]そこで、日蓮は末代に生まれ、少しくこれら真言諸師の考えかたに疑いをもった。日蓮が、釈尊や天台大師などの遠い時代の方々を尊敬し、弘法大師や慈覚大師などの近い時代の人びとの説を退けたり、すでに入寂された先師を称讃し、現在、生きている諸宗の学者を批判するゆえに、今の世の学者らは日蓮の主張を容認しないのである。たとえ、三帰戒(仏・法・僧の三宝への帰依)、五戒(不殺生・不偸盗・不邪婬・不妄語・不飲酒)、十善戒(不殺生・不偸盗・不邪婬・不妄語・不綺語・不両舌・不悪口・不瞋恚・不愚癡・不貪欲)、二百五十戒(小乗の比丘の持つ戒律)、五百戒(小乗の比丘尼の持つ戒律)、十無尽戒(菩薩の持つ大乗戒。不殺戒・不盗戒・不婬戒・不妄語戒・不沽酒戒・不説在家出家菩薩過罪戒・不慳戒・不瞋戒・不自讃毀他戒・不謗三宝戒)などのもろもろの戒を持つ比丘(出家の男性)・比丘尼(出家の女性)などであっても、愚かにして、小乗経を大乗経と思ったり、権大乗経(方便の大乗経)を実大乗経(真実の大乗経)であると執着するなどの誤った考えをいだいた者が出てくる。これらの人びとは、一見、持戒者のようでありながら、真実は大妄語・大殺生・大偸盗などを犯した大逆罪者である。ところが、世間の愚かな人たちは、このことを知らないで、智者であると尊敬している。たとえ、世間の常識的な戒めを破る者であっても、正確に大乗と小乗、権経と実経などの異なりを弁えれば、世間の常識的な戒めを破ることは仏法においては持戒となる。涅槃経には「戒律を堅く持たない者を緩怠者(なまけ者)とはしない。仏の教えを正しく受けとめることに努力しない者を緩怠者と称す」(如来性品)と説かれている。法華経には「この経を信じ持つことを持戒という」(見宝塔品)と説かれている。
[8]あまり長くなるのでこのあたりで筆を止めます。いろいろとお話ししたいこともありますが、委細については、死後、釈尊のまします霊山浄土でお会いした時に申し上げたいと思います。 恐々謹言。
[9]<日>七月二日日>
[10]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[11]<先>大学三郎殿先>