大田殿許御書
書下し
大田殿許御書
[1]新春の御慶賀自他幸甚々々。
[2]そもそも俗諦・真諦の中には勝負をもつて詮となし、世間・出世とも甲乙をもつて先となすか。しかるに諸経諸宗の勝劣は三国の聖人共にこれを存し、両朝の群賢同じくこれを知るか。
[3]法華経と大日経と天台宗と真言宗との勝劣は月支日本いまだこれを弁ぜず、西天東土にも明らめざる物か。しよせん天台・伝教のごとき聖人公場において是非を決せず、明帝・桓武のごとき国主これを聞かざるゆえか。
[4]いわゆる善無畏三蔵等は法華経と大日経とは理同事勝等と。慈覚・智証等もこの義を存するか。弘法大師は法華経を華厳経より下す等。此等の二義共に経文にあらず。同じく自義を存するか。
[5]はたまた慈覚・智証等、表を作つてこれを奏す。申すに随つて勅宣有り。聞くがごとくんば真言・止観両教の宗をば同じく醍醐と号し倶に深秘と称す。乃至譬えて言わばなお人の両目、鳥の双翼のごとき者なり等云云。また重誡の勅宣有り。聞くがごとくんば山上の僧等専ら先師の義に違して偏執の心を成ず。ほとんどもつて余風を扇揚し旧業を興隆することを顧みず等云云。
[6]余生れて末の初に居し、学、諸賢の終りを禀く。慈覚・智証の正義の上に勅宣方方これ有り。疑い有るべからず。一言をも出すべからず。然りと雖も円仁・円珍の両大師、先師伝教大師の正義を劫略して、勅宣を申し下すの疑いこれ有る上、仏誡遁れ難し。随つてまた亡国の因縁、謗法の源初これに始まるか。ゆえに世の謗を憚からず。用不用を知らず。身命を捨ててこれを申すなり。
[7]疑つて云く、善無畏・金剛智・不空の三三蔵、弘法・慈覚・智証の三大師、二経を相対して勝劣を判ずるの時、あるいは理同事勝、あるいは華厳経より下る等云云。随つてまた聖賢の鳳文これ有り。諸徳これを用いて年久し。この外に汝一義を存して諸人を迷惑せしむ。あまつさえ天下の耳目を驚かす。あに増上慢の者にあらずや、いかん。
[8]答えて曰く、汝等が不審もつともなり。如意論師の提婆菩薩を灼誡せる言はこれなり。彼の状に云く「党猨の衆と大義を競うことなく、群迷の中に正論を弁ずることなかれ、と言い畢つて死す」云云。御不審これに当るか。
[9]しかりといえども仏世尊は法華経を演説するに一経の内に二度の流通これ有り。重ねて一経を説いて法華経を流通す。涅槃経に云く「もし善比丘あつて法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、まさに知るべしこの人は仏法の中の怨なり」等云云。善無畏・金剛智の両三蔵、慈覚・智証の二大師大日の権経をもつて法華の実経を破壊せり。
[10]しかるに日蓮、世を恐れてこれを言わずんば仏敵とならんか。随つて章安大師末代の学者を諫暁して云く「仏法を壊乱するは仏法の中の怨なり。慈無くして詐わり親しむはこれ彼の人の怨なり。よく糾治する者はすなわちこれ彼が親なり」等云云。
[11]余はこの釈を見て肝に染むるがゆえに身命を捨ててこれを糺明するなり。提婆菩薩は付法蔵の第十四、師子尊者は二十五に当る。あるいは命を失い、あるいは頭を刎らる等これなり。
[12]疑つて云く、経々の自讃は諸経常の習いなり。いわゆる金光明経に云く「諸経の王」。密厳経の「一切経中の勝」。蘇悉地経に云く「三部の中においてこの経を王となす」。法華経に云く「是れ諸経の王」等云云。随つて四依の菩薩両国の三蔵もかくのごとし、いかん。答えて云く、大国小国・大王小王・大家小家・尊主高貴各々分斉有り。しかりといえども国国の万民皆大王と号し同じく天子と称す。詮をもつてこれを論ぜば梵王を大王となし、法華経をもつて天子と称するなり。
[13]求めて云く、その証いかん。答えて曰く、金光明経の「是諸経之王」の文は梵釈の諸経に相対し、密厳経の「一切経中勝」の文は次上に十地経・華厳経・勝鬘経等を挙げて彼々の経々に相対して一切経の中に勝ると云云。蘇悉地経の文は現文これを見るに三部の中において王となす等云云。蘇悉地経は大日経・金剛頂経に相対して王と云云。しかるに善無畏等あるいは理同事勝、あるいは華厳より下ると等云云。これ等の僻文は蛍火を日月に同じ大海を江河に入るるか。
[14]疑つて云く、経々の勝劣これを論じて何かせん。答えて曰く、法華経の第七に云く「よくこの経典を受持する者有ればまたまたかくのごとし。一切衆生の中においてまたこれ第一なり」等云云。この経の薬王品に十喩を挙げて已今当の一切経に超過すと云云。第八の譬、兼ねて上の文に有り。しよせん仏の意のごとくならば経の勝劣を詮とするにあらず。法華経の行者は一切の諸人勝れたるの由これを説く。大日経等の行者は諸山・衆星・江河・諸民なり。法華経の行者は須弥山・日月・大海等なり。しかるに今の世は法華経を軽蔑すること土のごとく民のごとし。真言の僻人等を重崇して国師となること金のごとく王のごとし。これに依つて増上慢の者、国中に充満す。青天瞋を為し黄地夭孽を致す。涓聚りて
墉
塹を破るがごとく民の愁い積りて国を亡す等これなり。
[15]問うて曰く、内外の諸釈の中にかくのごときの例これ有りや。答えて曰く、史臣呉競が太宗に上つる表に云く「竊かに惟れば太宗文武皇帝の政化曠古よりこれを求めていまだかくのごとくの盛なる者有らず。唐の堯・虞の舜・夏の禹・殷の湯・周の文武・漢の文景といえども皆いまだ逮ばざるところなり」云云。今この表を見れば太宗を慢ぜる王と云うべきか。政道の至妙先聖に超えて讃ずるところなり。
[16]章安大師天台を讃めて云く「天竺の大論なおその類にあらず。真丹の人師なんぞわずらわしく語るにおよばん。これ誇耀にあらず法相のしからしむるのみ」等云云。従義法師かさねて讃めて云く「竜樹・天親いまだ天台にはしかず」。伝教大師自讃して云く「天台法華宗の諸宗に勝るることは所依の経に拠るがゆえなり。自讃毀他ならず。こいねがわくば有智の君子経を尋ねて宗を定めよ」云云。また云く「よく法華を持つ者はまた衆生の中の第一なり。すでに仏説に拠る、あに自讃ならんや」云云。
[17]今愚見をもつてこれを勘うるに、善無畏・弘法・慈覚・智証等は皆仏意に違うのみにあらず、あるいは法の盗人、あるいは伝教大師に逆える僻人なり。ゆえにあるいは閻魔王の責を蒙り、あるいは墓墳無く、あるいは事を入定に寄せ、あるいは度度大火大兵に値えり。権者は恥辱を死骸に与えずの本文に違するか。
[18]疑つて云く、六宗のごとく真言の一宗も天台に落たる状これ有りや。答う、記の十の末にこれを載せたり。随つて伝教大師、依憑集を造つてこれを集む。眼有らん者は開いてこれを見よ。
[19]ねがわしきかな末代の学者、妙楽・伝教の聖言に随つて善無畏・慈覚の凡言を用うることなかれ。予が門家等深くこの由を存ぜよ。今生に人を恐れて後生に悪果を招くことなかれ。恐惶謹言。
[20]<日>正月廿四日日>
[21]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[22]<先>大田金吾入道殿先>
現代語訳
大田殿許御書
文永一二年(一二七五)一月二四日、五四歳、於身延、大田金吾宛、原漢文、定八五二—八五五頁。
新春の慶び
[1]新春の慶びはともども大変おめでたいことである。
優劣の区別
[2]そもそも世間の道理でも仏教の道理でも、正邪・是非を明らかにすることが大切であり、世間・仏教ともに甲乙を明確に区別することを先決とすべきであろう。したがって、諸経や諸宗の勝劣については、インド・中国・日本の三国の聖人はともにこのことを弁え、日本や中国の賢人たちも同じようにこのことを知っていたのである。
法華経と大日経の勝劣
[3]法華経と大日経、天台宗と真言宗の勝劣は、インド・日本ではいまだこれについて弁別した者がいない。東西いずれの国でも明らかにした者がいない。けっきょくは、天台大師や伝教大師のような聖人が公の場所で是非を決めず、中国後漢の明帝や日本の桓武天皇のようなりっぱな国王が、その勝劣を聞きただすことをしないでそのままにされたがためであろうか。
[4]かの善無畏三蔵は、法華経と大日経とは教えの理においては同一であるが、事相においては大日経が勝れると説いた。日本天台宗の慈覚大師(円仁)や智証大師(円珍)も、善無畏の説を受けとめたようである。弘法大師(空海)はさらに進んで、法華経を華厳経よりも劣った経であるとする。この二つの考えはともに経文に背くものである。どちらも同じように自分のかってな考えをつけ加えたものである。
[5]さらにまた、慈覚大師と智証大師は表文を作成して天皇に奏上した。奏聞に応じて天皇から勅宣が下された。その内容は「聞くところによると、真言(密教)と止観(法華経)の両教の宗旨は同じ最上の教えであると言い、両教ともにもっとも深い教えであるという。あるいは、たとえば人の両眼、鳥の二つの翼のようなものである」と言われている。また、重ねて誡めの勅宣が下され、「聞くところによると、比叡山の僧たちは、まったく先師の教えに背き、偏った心をいだき、ほとんど先師の徳を宣布したり遺された功績を興隆しようとしていない」と言われている。
[6]日蓮は末法の初めに生まれ、その学問はいろいろな先師の後をうけている。慈覚大師や智証大師の正しい教えのうえに、天皇のお言葉がいろいろある以上、疑うところもなく、一言も申すべきではない。しかしながら、円仁や円珍の両大師は、先師伝教大師(最澄)の正しい教えをかすめ取り、勅宣を願った疑いがあるうえ、「法華経はもっとも最上の教えである」との仏の誡めにも背いている。したがってまた、国を滅亡させる因縁や正しい教えを誹謗する根源もここから始まると思われる。そのゆえに、世間の人びとから謗りをうけることをもかえりみず、主張が用いられるかどうかも問題にしないで、身命を捨ててこのことを申すのである。
真言宗批判の不審とその解答
[7]それに対し、次のような疑念が出されるであろう。善無畏・金剛智・不空の三人の三蔵や弘法・慈覚・智証の三人の大師が、法華経と大日経とを比較して勝劣を判断した時、ある者は、両経の理は同じで事相において大日経が勝れているとし、ある者は、法華経は華厳経よりも劣るのであるからいわんや大日経より劣ることは言うまでもない。などと言う。さらにまた、聖者賢者の書かれたまちがいのない文章もある。もろもろの先師はこの説に長年したがってきた。にもかかわらず、このほかに、あなたは別の考えを主張して多くの人びとを迷わしている。それどころか、国中の人びとを騒がしている。どうして身のほどを知らない慢心者ではないと言えようか。
[8]答えて言う。あなたたちの不審はまったくそのとおりである。インドにおいて、外道の教えに心を寄せた超日王という王が如意論師を迫害した時、如意論師が死の直前に世親菩薩(原文は提婆菩薩であるが、大唐西域記には世親菩薩と記す)に誡めの言葉を遺された。その言葉は「猿のような道理を弁えない人びとと深遠な真義を論談しても無駄なことであり、迷いにおちいった人びとと正しい議論をしても意味のないことである」(『西域記』)との誡めで、如意論師は言い終わって死んだという。あなたたちの不審はまさにこれにあたり、議論すべき価値もない。
法敵破折の決意
[9]しかしながら、日蓮が法華経を最勝と主張するのは次のような理由による。仏は法華経をお説きになり、経典の中で二度にわたって流通を勧奨された。さらに重ねて一つの経典を説いて法華経を弘めようとされた。その経典である涅槃経に「もし正しい法を持つ善い僧がいても、仏法を破壊する者を見ながら捨てておき、叱りつけたり、追い払ったり、処分しなかったならば、その人はたとえ法を持つ僧であっても、仏法の怨敵であることをよく知るべきである」と説かれている。善無畏・金剛智の二人の三蔵や慈覚・智証の二人の大師は、大日経という方便の教えで、法華経という真実の教えを破壊している。
[10]したがって、もし日蓮が、世間の人びとの思わくや迫害を恐れて、この誤りを糺さなかったなら、日蓮は仏法の怨敵となってしまうであろう。さらに章安大師は、末代に出現する学者を誡めて「仏法を破壊し混乱させる者は仏法の怨敵である。慈悲心がないのに詐わって親しそうにするのは、かえって相手の人にとって怨となる。正直に相手の人の誤りを糺し、正義に導く者こそ、相手にとって本当の親切というものである」(『涅槃経疏』)と説かれている。
[11]日蓮はこの章安大師の文章を見て心に深く感じたゆえに、身命を捨てて誤りを糺明するのである。提婆菩薩は仏より仏法の弘通を付属(委嘱)された第十四番目、師子尊者は同じく第二十五番目にあたる人である。提婆菩薩は外道のために殺され、師子尊者は檀弥羅王に首をはねられるなど、いずれも仏法の誤りを糺明し、仏法の正義を主張することに身命を捧げられたのである。
経王の証文
[12]疑って言う。いずれの経典においても、もっとも勝れていると自讃しており、これは諸経典の常識である。すなわち、金光明経には「諸経のなかの王」、密厳経には「すべての経典のなかで勝れている」、蘇悉地経には「真言三部経のなかでこの経典を王とする」、法華経には「この経典は諸経の王」などと説かれている。したがって、仏の入滅後に法を弘めた多くの菩薩やインド・中国の高僧もこれと同じように、自分の依り所とする経典をそれぞれ最勝としている。これはどういうことなのか。答えて言う。大国・小国、大王・小王、大家・小家、尊主・高貴というように、国とか王とか家とか尊貴とか言っても、その内容にそれぞれ異なりがある。ところが、国々の人びとは、みな、大王と言ったり天子と呼んだりしている。これらは自分たちの狭い視野で言っているのであり、もっと広い意味でせんじ詰めて言えば、三界の主である梵王のごときものを大王と言い、すべての教えの頂上に位置する法華経をもって天子と称するのである。
[13]求めて言うには、その確かな証文はあるのか。答えて言うには、金光明経の「この経典は諸経のなかの王」の文は、梵天王や帝釈天に譬えられるような諸経と比較したものであり、密厳経の「すべての経典のなかで勝れている」の文は、その前に説かれた十地経・華厳経・勝鬘経などをあげ、それらの経典に相対して「すべての経典のなかで勝れている」と言っているのである。蘇悉地経の文は、経典の原文を見ると「真言三部経の中で王とする」と説かれている。すなわち、蘇悉地経は、大日経や金剛頂経に対して「王」と言ったものである。ところが、善無畏たちが、法華経と大日経を比較して「理においては同じであるが事相においては大日経が勝れる」とか、「法華経は華厳経よりも劣る」などと言っている。このような誤った文章は、蛍火のような小さな光を、比べようもない太陽や月の光と同じだと言い、大海を河に入れると称するようなものである。
諸経の勝劣を論じる理由
[14]疑って言う、いずれも仏の教えであるにもかかわらず、諸経の勝劣を論じていったいどうしようというのか。答えて言うには、法華経の第七巻薬王菩薩本事品には「よくこの法華経を受け持つ者があれば、この経典が諸経のなかで第一であるように、すべての人びとのなかでまた第一の者である」と説かれている。また、この薬王菩薩本事品には、十の譬喩をあげて、「この法華経は、すでに説いた四十余年間の諸経や今説いた無量義経(法華経の開経)やこれから当に説こうとする経(涅槃経)のすべてに超過した最勝の教えである」とある。十の譬喩のうちの第八番の譬えは先にあげた「法華経を受け持つ者はすべての人びとのなかで第一である」の文である。つまるところ、この経を説かれた仏の真意は、経典の説く教え(悟り)の内容の勝劣を教示したものではない。仏の真意は、法華経の行者はすべての人びとのなかでもっとも勝れていることを明らかにすることにある。大日経などの方便の教えを心の依りどころとしている修行者は、もろもろの山・星・河・民のようなものである。仏の真実の教えである法華経を修行する者は、諸山の王である須弥山であり、もっとも光り輝く太陽や月であり、もろもろの川の水が注ぎこむ大海であり、諸王の頂点に位する大王などと同じである。にもかかわらず、今の世の人びとは法華経を軽んじ蔑み、何でもない土のように、ごく一般の民のように思っている。そして、真言宗の誤った人たちを尊崇し、国を導く師として崇めること、あたかも黄金か国王のように思っている。このために、慢心をおこした人たちが国中に充満した。そこで天は怒り地は災を起こす。しずくが集まって提防を崩壊させるように、民衆の愁いが重なり積もって国を亡ぼす、とはこのことである。
仏意違背の諸師
[15]問うて言う、仏教や仏教以外の書物のなかに、法華経や法華経の修行者が勝れているという記述があるか。答えて言う、中国唐の時代に史臣(歴史を記録し編集する史官)の呉競が、太宗皇帝(正しくは中宗皇帝)に奏上した文書(『貞観政要』上奏時の表)に、「謹んで思いますに、太宗文武皇帝の治政の功績は多大で、古よりこのかたいまだかつてこのように威徳が盛んであったことはありません。唐の堯帝、虞の舜帝、夏の禹王、殷の湯王、周の文王や武王、漢の文帝や景帝などという著名な仁徳の諸帝王といえども、みな、とてもおよびません」と称讃した。今、この表文を見て、太宗皇帝は高慢な王であると言えようか。これは、政治のすばらしさが過去の聖人(仁徳のすぐれた人)よりもさらに勝れているゆえに称讃したのである。
[16]章安大師が天台大師を讃めて言うには、「インドの大論師でも天台大師には及ばない。まして中国の人師たちについてはわざわざ言うまでもないことである。これはいたずらに誇り耀っているのではない。天台大師の仁徳や業績などの事実が自然にものがたっている」(『法華玄義釈籤』)と。従義(中国唐末の天台宗僧)がかさねて讃めて言うには、「竜樹や天親でさえ、いまだ天台大師には及ばない」(『三大部補註』)と。伝教大師が自宗を讃めて言うには、「天台法華宗が諸宗より勝れているのは、宗旨の依りどころとしている法華経が勝れているためである。けっして自宗のみを讃めて他宗を毀謗しているのではない。どうか智慧があり平等な視点で判断のできる人たちは、公平に経典を尋ね究めて宗旨を定めてほしい」(法華秀句)と。また、伝教大師が言うには、「よく法華経を持つ者は、すべての人びとのなかで第一である。これはすでに仏が説かれていることであり、決して自分かってに讃めているのではない」(法華秀句)と。
[17]今、日蓮が愚かな考えをめぐらすに、善無畏・弘法・慈覚・智証らは、皆、仏の御意に違背するだけでなく、あるいは法の盗人であり、あるいは伝教大師の心にも反逆した偏屈な人たちである。したがって、あるいは地獄に堕ちて閻魔王の責をうけ、ある者は死後の墓所さえなく、ある者は死を入定であるととりつくろい、ある者は住持の寺院が大火や大兵乱にあったりしたのである。これらは、皆、仏の御意に背き法華経を誹謗したゆえである。もし、これらの人たちが正しい仏法を弘通する師であるなら、「法のために権に世に出現した者は、恥辱を死骸に与えられることはない」との諺と違ってしまうではないか。
真言宗の天台帰伏
[18]疑って言うには、南都の六宗が天台宗に帰伏したように、真言宗が天台宗に帰伏した証文があるか。答えて言う。妙楽大師の法華文句記の第十巻の末に記載されている。したがって、伝教大師は依憑天台集を撰述してこのような証文を集録している。よく目を開いてこの書を見なさい。
門下への誡め
[19]願わくば、末代の学者たちは、仏の本意を説いた妙楽大師や伝教大師の正しい言葉にしたがい、善無畏や慈覚などの迷いの言葉を用いないでほしい。とくに日蓮の門家たちは、深くこのことを心にとめよ。今の人生において、人の謗りや権力を恐れて正しい道に背き、死後に悪道に堕ちるような結果を招いてはならない。恐惶謹言。
[20]<日>正月二十四日日>
[21]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[22]<先>大田金吾入道殿先>