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法華浄土問答鈔

全集 第3巻 2段 定本: #94(定本の該当ページへ)

書下し

法華浄土問答鈔ほつけじようどもんどうしよう


[1]<図版ID>k0303030<図版タイトル><キャプション>
<kw>法華宗立六即ろくそく 穢土*えど 理即りそく 名字即みようじそく 三諦さんたいの名を聞く 観行即かんぎようそく 五品ごほんを明かす 相似即そうじそく 八十八使見惑けんわくを断ず 八十一ぽん思惑しわくを断ず 九品くほん塵沙じんじやを断ず 報土*ほうど 分真即ぶんしんそく 四十一ぽん無明むみようを断ず 究竟即くきようそく 一品の無明を断ず
<kw>浄土宗の所立しよりゆう 穢土えど 理即りそく 中品戒行世善ちゆうぼんかいぎようせぜん等 浄土下品じようどげぼん 報土ほうど 名字即みようじそく 観行即かんぎようそく 相似即そうじそく 分真即ぶんしんそく 究竟即くきようそく
[2]弁成*べんじようりゆう。我が身かながたきがゆえにしばらく聖道*しようどうの行を捨閉*しやへいかくほうし、浄土に帰し、浄土に往生おうじようして法華を聞いて無生むしようを悟ることを得べきなり。
[3]日蓮難じて云く、我が身叶い難ければ穢土えどにおいて法華経等・教主釈尊等を捨閉し閣し、浄土に至つてこれを悟るべし等云云。いずれの経文に依つてかくのごとき義を立つるや。また天台宗の報土ほうど分真即ぶんしんそく究竟即くきようそく。浄土宗の報土は名字即みようじそく乃至究竟即等とは何れの経論釈に出でたるや。また穢土においては法華経等・教主釈尊等を捨閉しやへいかくほうし浄土に至つて法華経を悟るべしとは何れの経文に出でたるや。
[4]弁成べんじようの立。余の法華等の諸行等を捨閉し閣して念仏を用ゆる文は観経かんぎように云く「仏、阿難あなんに告ぐ、汝くこの語をたもて。この語を持つ者はすなわちこれ無量寿仏むりようじゆぶつみなたもつ」文。浄土に往生して法華を聞くと云う事は文に云く「観世音かんぜおん大勢至だいせいし、大悲の音声おんじようをもつてそれがために広く諸法実相除滅罪しよほうじつそうじよめつざいの法を説く、聞きおわつて歓喜かんぎし時に応じてすなわち菩提ぼだいの心をおこす」文。余はしげきゆえにしばらくこれを置く。
[5]また日蓮難じて云く、観無量寿経は如来成道じようどう四十余年の内なり。法華経は後八箇年の説なり。いかんが已説いせつの観経に兼ねて未説みせつの法華経の名をせて捨閉閣しやへいかくほう可説かせつとなすべきや。随つて「仏告阿難ぶつごうあなん」等の文に至つてはただ弥陀念仏を勧進かんじんする文なり。いまだ法華経を捨閉し閣することを聞かず。いかにいわんや無量義経に法華経を説かんがためにまず四十余年の已説の経々を挙げて未顕真実*みけんしんじつと定めおわんぬ。あに未顕真実の観経の内に已顕真実いけんしんじつの法華経を挙げて、て乃至これをなげうてとなすべきや。
[6]又云く「久しくこの要をもくしてつとめてすみやかに説かず」等云云。すでに教主釈尊四十余年の間法華の名字みようじを説かず。なんぞ已説の観経の念仏に対してこの法華経をなげうたんや。
[7]次に「下品下生諸法実相除滅罪法げぼんげしようしよほうじつそうじよめつざいほう等」云云。それ法華経已前の実相其の数一に非ず。まず外道げどうの内の長爪ちようそうの実相、内道の内の小乗乃至爾前にぜん教、皆しよせんの理は実相なり。何ぞ必ずしも已説の観経にする所の実相のみ法華経において同じと意得こころうべきや。今度慥このたびたしかなる証文しようもんを出して法然上人の無間むけんの苦を救わるべきか。
[8]また弁成べんじようりゆう観経かんぎよう已説いせつの経なりといえども未来をおもてとするゆえに未来の衆生は未来に所有しよう経巻きようがんこれを読誦どくじゆして浄土に往生すべし。すでに法華等の諸経、未来流布るふのゆえにこれを読誦して往生すべきか。その法華を捨閉閣しやへいかくほうし、観経の持無量寿仏じむりようじゆぶつの文に依つて法然かくのごとく行じ給うか。観経の持無量寿仏の文の上に諸善を説き、一向に無量寿仏を勧持かんじせるゆえに合せ申し候。実相においても多く有りと云う難。彼は浄土のゆえにこの難来るべからず。法然上人、聖道行しようどうぎようは機え難きゆえに未来流布の法華を捨閉閣す。ゆえにこれ慈悲の至進ししんなればこの慈悲をもつて浄土に往生しまつたく地獄にすべからざるか。
[9]日蓮難じて云く、観経を已説いせつの経なりと云云。已説においては承伏しようぶくか。観経の時いまだ法華経を説かずといえども未来をかんがみて捨閉閣しやへいかくほうすべしと法然上人は意得こころえ給うか云云。仏、未来を鑒みて已説の経に未来の経を載せてこれを制止すと云わば、已説の小乗経に未説みせつの大乗経を載せてこれを制止すとなすべきか。また已説の権大乗経に未説の実大乗経を載せて未来流布の法華経を制止せば、何がゆえに仏爾前経にぜんぎようにおいて法華の名を載せざるよし、仏これを説きたもうや。
[10]法然上人慈悲の事。慈悲のゆえに法華経と教主釈尊とをなげうつなりと云わば、所かみに出す所の証文しようもんはいまだ分明ふんみようならず。たしかなる証文を出して法然上人の極苦ごくくを救わるべきか。じようの六品の諸行往生をの三品の念仏に対して諸行を捨つ。あに法華を捨つるにあらずや等云云。観無量寿経のじよう六品の諸行は法華已前の諸行なり。たといの三品の念仏に対して上六品の諸行これをなげうつともただ法華経は諸行に入らず、何ぞこれをさしおかんや。また法華のこころ爾前にぜんの諸行と観経の念仏と共にこれを捨ておわつて如来出世しゆつせ本懐ほんがいげ給うなり。日蓮管見かんけんを以て一代聖教いちだいしようぎよう並びに法華経の文をかんがうるにいまだこれを見ず、法華経の名をげてあるいはこれをなげうち、あるいはその門を閉ずる等と云う事を。
[11]もししからば法然上人のたのむ所の弥陀本願の誓文せいもん並びに法華経の入阿鼻獄にゆうあびごくの釈尊の誡文かいもん、いかんぞこれをまぬがるべけんや。法然上人、無間獄むけんごくせば所化しよけの弟子並びに諸だんな等共に阿鼻大城あびだいじようおわんぬるか。今度分明このたびふんみようなる証文を出して法然上人の阿鼻の炎を消さるべし云云。
[12]文永ぶんねい九年〈太歳壬申たいさいじんしん〉<日>正月十七日
[13]<人>日 蓮 <花押>花押
[14]<人>べん じよう <花押>花押
現代語訳

法華浄土問答鈔


文永九年(一二七二)一月一七日、五一歳、於佐渡国原、原漢文、定五一八—五二一頁。

法華宗と浄土宗の六即位


[1]法華宗で立てる法華経修行のくらいである六即について表示すると、凡夫ぼんぶの穢土と菩実報土じつぽうどとに分けられる。穢土には理即・名字即・観行即・相似即、実報土には分真即・究竟即が配当される。
 理即=理的に仏性ぶつしようを具足。一念心に三諦の理を具すがいまだ仏法の名さえも聞かない。
 名字即=真理の名を聞いて領解りようげ。仏法の縁にあい、三諦の名を聞いて発心ほつしんする初心の位。
 観行即=三諦の理を実修じつしゆうする。仏滅後の五品の位。いまだ見思けんじの惑を伏している。
 相似即=三諦の理を顕わし法性ほつしよう冥合みようごうする位で八十八使の見惑・八十一品の思惑・九品の塵沙惑を断ずる。
 分真即=四十一品の無明煩悩を断じ、分々ぶんぶんに中道の理を証顕する。
 究竟即=最後の一品である元品がんぽんの無明を断じた妙覚の位。
 浄土宗で立てる六即の位は、穢土は理即の者だけで名字即以降は実報土に位置づける。穢土の理即の中には上中下三輩九品さんぱいくほんがあり、その中の中品ちゆうぼんの者は戒律をたもち世間の善行ぜんぎようを行い、下品げぼんはただ浄土念仏を修す、とする。

捨閉閣についての論難


[2]浄土宗の弁成は次のように教義を立てる。聖道門(浄土教以外の仏の教え)の修行は末代凡愚の身にはかないがたいので、しばらくこれを捨閉閣し、浄土門の教えを信じ、弥陀の極楽浄土に往生してから法華経を聞いて無生法忍ぼうにん(無相不相の法により真理を証得する)の悟りを得るべきである。
[3]日蓮が弁成の考えを非難して言う。「聖道門の修行は自身にかないがたいので、この穢土においては法華経などの諸大乗経や教主釈尊などの仏を捨閉閣し、浄土に至ってから悟る」などと言う。どの経文によってこのような考えかたを立てたのか。また、天台宗で立てる真実報土は六即のうちの分真即と究竟即である。浄土宗で立てる報土では名字即から究竟即までとする、とはいずれの経典論釈に出ているのか。また、穢土においては法華経などの諸大乗経典や教主釈尊などの仏を捨閉閣し、浄土に至ってから法華経を悟る、という教えはいずれの経文に出ているのか。
[4]弁成の立てる教え。浄土門以外の法華経などの諸行を捨閉閣して念仏を修する依り所となる文は、観無量寿経に「仏が阿難に告げられるには、貴方はよくこの言葉を持ちなさい。この言葉を持つ者はすなわち無量寿仏の名を持つ者である」と説かれている。浄土に往生してから法華経を聞くということは、同じく観無量寿経に「観世音菩と大勢至菩が大悲の声で広く衆生のために諸法実相除滅罪(諸法実相の理を体達たいだつすれば妄想が消え、妄想が消えれば妄想によって起こる罪悪も消滅する)の法を説いた。衆生は聞きおわって歓喜し、時に応じて菩提心を発した」とある。そのほかの証拠となる文は繁雑であるから省略する。
[5]また、日蓮が非難して言う。観無量寿経は仏が成道(悟りを開く)されてから四十余年の間に説かれたものである。法華経はその後八年間の説である。どうしてすでに説かれた観無量寿経の中にいまだ説かれていない法華経の名をあげて、捨てよ、閉じよ、さしおけよ、なげうてよ、と説くことができようか。したがって、観無量寿経の「仏が阿難に告げられるには」云云の文はただ弥陀念仏を勧めただけのものである。法華経を捨閉閣するように説かれたものとはとても思えない。ましてや無量義経には、法華経を説くために、四十余年の間にすでに説きあらわした経々をあげて、「いまだ真実を顕わさない」と定められている。どうして、いまだ真実を顕わさない観無量寿経のなかに、すでに真実を顕わした法華経をあげて、捨てよ、閉じよ、閣けよ、てよ、と説かれようか。
[6]また、法華経薬草喩品には「この重要な法門は久しく黙っていてすぐには説かなかった」などと説かれている。このように、教主釈尊は四十余年の間、法華経の名さえ説かれなかったのである。どうして前に説かれた観無量寿経の念仏に対して、仏の真実であるこの法華経をつことができようか。
[7]次に、「十悪五逆などの罪を犯す下品下生の者も念仏によって弥陀の浄土に往生し、『諸法実相除滅罪』とあるごとく法華経を聞く」というが、法華経以前に実相を説いた経典は一つだけではない。まず、外道の中でも長爪外道が説く実相、仏教の中でも小乗教の実相をはじめ法華経以前の四教が説く究極の理はすべて実相である。どうして已に説かれた観無量寿経に示されている実相だけを法華の実相と同じと考えることができようか。ここで確かな証文を出して、浄土宗の祖法然上人の謗法による無間地獄堕落の苦しみを救いなさい。
[8]また、弁成の立てる教え。観無量寿経はさきに説かれた経典であっても、未来のことを主目的に説かれた教えであるから、未来の衆生は未来に弘まる経巻を読誦して弥陀の浄土に往生することができる。すでに法華経などの諸経典は未来に流布しているのであるからこれを読誦して往生することができるであろう。その法華経を捨閉閣し、念仏を修するのは、観無量寿経の「無量寿仏の名号みようごうたもて」の文に依って、法然上人が教えを立て、行じられたことによるのであろう。それは、観無量寿経では「無量寿仏の名号を持て」と説く文の前に「諸の善根」を説き、それから「専ら無量寿仏の名号を持つ」ように勧められているからであろう。実相についても経典により種々あるとの非難については、観無量寿経は浄土の教えであるゆえに、実相については問題にならないのでその非難はあたらない。法然上人は、聖道門の修行は末代凡愚の人びとにはかないがたいことから、未来に弘まる法華経を捨閉閣されたのである。したがって、この法門は法然上人の深い慈悲の心から生まれたものであるから、この慈悲によって浄土に往生し、けっして地獄に堕ちるようなことはない。

論難のむすび


[9]日蓮が非難して言う。「観無量寿経は已説(すでに説かれた)の経典である」と言われた。それでは、観無量寿経が已説の経であることについては承知であるか。「観無量寿経の時にはいまだ法華経は説かれていなかったけれども、仏は未来を考慮して捨閉閣せよと説かれた、と法然上人はお考えになった」と言う。それでは、仏がもし「未来を考慮に入れて已説の経典の中で未来に説く経典のことを指して制止された」と言うのなら、已説の小乗経の中で未説(いまだ説かない)の大乗経を指して制止されるであろうか。また、已説の権大乗経(方便の大乗経)の中で未説の実大乗経(真実の大乗経=法華経)を指して、未来に弘まる法華経を制止するのなら、どうして仏は「法華経以前の経に法華経の名を載せない」と説かれたのであろうか。
[10]法然上人は慈悲深い、との事について。法然上人の慈悲が深いから法華経と教主釈尊とをつと言うのなら、けっきょく、さきに出した証文だけではまだ明確ではない。確かな証文を出して法然上人の無上の苦しみ(無間地獄堕落の苦)をお救いになるがよい。「浄土に往生する九品くほんの者のうち、上の六品の者が行ずる諸行の往生を、下の三品の者が行ずる念仏に対して捨てるが、それは法華経を捨てるのではない」などど言う。観無量寿経に説く上六品の者の諸行とは法華経以前の諸経に説かれる諸行のことである。たとい下の三品の者の念仏に対して上の六品の者の諸行をっても、法華経は諸行に入らないのであるからどうしてこれを閣くことがあろうか。また、法華経の意図するところは、法華経以前の諸行と観無量寿経の念仏と共に捨ててしまって、仏がこの世に出現された本懐を遂げられることにある。日蓮が管見した一代聖教(釈尊のすべての教え)や法華経には、法華経の名をあげて「つ」とか「門を閉じる」などということを説き示した文は見たことがない。
[11]もしそうならば、法然上人が憑みとするところの弥陀本願の誓文(五逆と正法誹謗者は救いから除く)と法華経譬喩品の誡文(法華経を毀謗する者は無間地獄に堕ちる)を免れることはできない。法然上人が無間地獄に堕落すれば、その弟子や檀たちも共に阿鼻地獄に堕ちてしまうであろう。したがって、今、明確な証文(証拠となる経文)を出して法然上人の阿鼻地獄の炎の苦しみを救われるがよい。
[12]文永九年(太歳壬申)<日>正月十七日
[13]<人>日 蓮 <花押>花押
[14]<人>弁 成 <花押>花押