教機時国鈔
書下し
教機時国鈔
[1]本朝沙門日蓮これを註す
[2]一に教とは、釈迦如来所説の一切の経律論五千四十八巻四百八十帙。天竺に流布すること一千年、仏の滅後一千一十五年に当つて震旦国に仏経渡る。後漢の孝明皇帝永平十年丁卯より唐の玄宗皇帝開元十八年庚午に至る六百六十四歳の間に一切経渡り畢んぬ。
[3]この一切の経律論の中に小乗・大乗・権経・実経・顕経・密経あり。これ等を弁うべし。
[4]この名目は論師人師よりも出でず、仏説より起る。十方世界の一切衆生、一人も無くこれを用うべし。これを用いざる者は外道と知るべきなり。
[5]阿含経を小乗と説く事は方等・般若・法華・涅槃等の諸大乗経より出でたり。法華経には一向に小乗を説きて法華経を説かざれば、仏慳貪に堕すべしと説きたもう。涅槃経には一向に小乗経を用いて仏を無常なりと云わん人は舌口中に爛るべしと云云。
[6]二に機とは、仏教を弘むる人は必ず機根を知るべし。
[7]舎利弗尊者は金師に不浄観を教え、浣衣の者に数息観を教ゆる間、九十日を経て所化の弟子仏法を一分も覚らずして還つて邪見を起し一闡提と成り畢んぬ。仏は金師に数息観を教え、浣衣の者に不浄観を教えたもう。ゆえに須臾の間に覚ることを得たり。智慧第一の舎利弗すらなお機を知らず。いかにいわんや末代の凡師機を知り難し。
[8]ただし機を知らざる凡師は所化の弟子に一向に法華経を教ゆべし。
[9]問うて云く、無智の人の中にしてこの経を説くことなかれ、との文は如何。答えて云く、機を知るは智人の説法する事なり。
[10]また謗法の者に向つては一向に法華経を説くべし。毒鼓の縁と成さんがためなり。例せば不軽菩薩の如し。
[11]また智者と成るべき機と知らば、必ずまず小乗を教え、次に権大乗を教え、後に実大乗を教ゆべし。愚者と知らば、必ずまず実大乗を教ゆべし。信謗共に下種となればなり。
[12]三に時とは、仏教を弘めん人は必ず時を知るべし。
[13]譬えば農人の秋冬田を作るに種と地と人の功労とは違わざれども、一分も益無く還つて損す。一段を作る者は少損なり。一町二町等の者は大損なり。春夏耕作すれば上中下に随つて皆分分に益有るがごとし。仏法もまたかくのごとし。時を知らずして法を弘めば、益無き上、還つて悪道に堕するなり。
[14]仏出世したもうて必ず法華経を説かんと欲するに、たとい機有れども時無きがゆえに四十余年にはこの経を説きたまわず。ゆえに経に云く「説時いまだ至らざるがゆえなり」等と云云。
[15]仏の滅後の次の日より正法一千年は持戒の者は多く破戒の者は少し。正法一千年の次の日より像法一千年は破戒の者は多く無戒の者は少し。像法一千年の次の日より末法一万年は破戒の者は少く無戒の者は多し。正法には破戒無戒を捨てて持戒の者を供養すべし。像法には無戒を捨てて破戒の者を供養すべし。末法には無戒の者を供養すること仏のごとくすべし。
[16]ただし法華経を謗ぜん者をば正像末の三時に亘りて持戒の者をも無戒の者をも破戒の者をも共に供養すべからず。供養せば必ず国に三災七難起り、必ず無間大城に堕すべきなり。法華経の行者の権経を謗ずるは主君親師の所従子息弟子等を罰するがごとし。権経の行者の法華経を謗ずるは所従子息弟子等の主君親師を罰するがごとし。
[17]また当世は末法に入つて二百一十余年なり。権経念仏等の時か。法華経の時か。よくよく時刻を勘うべきなり。
[18]四に国とは仏教は必ず国に依つてこれを弘むべし。
[19]国には寒国・熱国・貧国・富国・中国・辺国・大国・小国、一向偸盗国・一向殺生国・一向不孝国等これ有り。また一向小乗の国・一向大乗の国・大小兼学の国もこれ有り。
[20]しかるに日本国は一向に小乗の国か。一向に大乗の国か。大小兼学の国か。よくよくこれを勘うべし。
[21]五に教法流布の先後とは、いまだ仏法渡らざる国にはいまだ仏法を聴かざる者あり。すでに仏法渡れる国には仏法を信ずる者あり。必ず先に弘まれる法を知つて後の法を弘むべし。
[22]先に小乗・権大乗弘らば後に必ず実大乗を弘むべし。先に実大乗弘らば後に小乗・権大乗を弘むべからず。瓦礫を捨てて金珠を取るべし。金珠を捨てて瓦礫を取ることなかれ。已上。
[23]この五義を知つて仏法を弘めば日本国の国師とも成るべきか。
[24]ゆえに法華経は一切経の中の第一の経王なりと知るはこれ教を知る者なり。
[25]ただし光宅の法雲・道場の慧観等は涅槃経は法華経に勝れたりと。清涼山の澄観・高野の弘法等は華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと。嘉祥寺の吉蔵・慈恩寺の基法師等は般若・深密等の二経は法華経に勝れたりという。
[26]天台山の智者大師ただ一人のみ一切経の中に法華経を勝れたりと立つるのみにあらず、法華経に勝れたる経これ有りと云わん者を諫暁せよ、止まずんば現世に舌口中に爛れ、後生は阿鼻地獄に堕すべし等と云云。
[27]これらの相違をよくよくこれを弁えたる者は教を知れる者なり。
[28]当世の千万の学者等一一にこれに迷えるか。もし爾らば教を知れる者これ少きか。教を知れる者これ無ければ法華経を読む者これ無し。法華経を読む者これ無ければ国師となる者無きなり。国師となる者無ければ、国中の諸人、一切経の大小権実顕密の差別に迷うて、一人においても生死を離るる者これ無く、結句は謗法の者と成り、法に依つて阿鼻地獄に堕する者は大地の微塵よりも多く、法に依つて生死を離るる者は爪上の土よりも少し。恐るべし恐るべし。
[29]日本国の一切衆生は桓武皇帝より已来四百余年一向に法華経の機なり。例せば霊山八箇年の純円の機たるがごとし。〈天台大師・聖徳太子・鑒真和尚・根本大師・安然和尚・慧心等の記にこれ有り〉これ機を知れるなり。
[30]しかるに当世の学者の云く、日本国は一向に称名念仏の機なり等と云云。例せば舎利弗の機に迷うて所化の衆を一闡提と成せしがごとし。
[31]日本国の当世は如来の滅後二千二百一十余年。後五百歳に当つて妙法蓮華経広宣流布の時刻なり。これ時を知るなり。
[32]しかるに日本国の当世の学者、あるいは法華経を抛ちて一向に称名念仏を行じ、あるいは小乗の戒律を教えて叡山の大僧を蔑み、あるいは教外を立てて法華の正法を軽しむ。これらは時に迷える者か。
[33]例せば勝意比丘が喜根菩薩を謗じ、徳光論師が弥勒菩薩を蔑りて阿鼻の大苦を招きしがごとし。
[34]日本国は一向に法華経の国なり。
[35]例せば舎衛国の一向に大乗なりしがごときなり。また天竺には一向に小乗の国・一向に大乗の国・大小兼学の国もこれ有り。日本国は一向大乗の国なり。大乗の中にも法華経の国たるべきなり。〈瑜伽論・肇公の記・聖徳太子・伝教大師・安然等の記これ有り〉これ国を知れる者なり。
[36]しかるに当世の学者日本国の衆生に一向に小乗の戒律を授け、一向に念仏者等と成すは「譬えば宝器に穢食を入れたるがごとし」等云云。〈宝器の譬、伝教大師の守護章に在り〉
[37]日本国には欽明天皇の御宇に仏法百済国より渡り始め、桓武天皇に至るまで二百四十余年の間、この国に小乗権大乗のみ弘め、法華経有りといえどもその義いまだ顕れず。例せば震旦国に法華経渡つて三百余年の間、法華経有りといえどもその義いまだ顕れざりしがごとし。
[38]桓武天皇の御宇に伝教大師有して小乗・権大乗の義を破して法華経の実義を顕せしより已来、また異義無く純一に法華経を信ず。たとい華厳・般若・深密・阿含大小の六宗を学する者も法華経をもつて所詮となす。いわんや天台真言の学者をいや。いかにいわんや在家の無智の者をや。例せば崑崙山に石無く蓬莱山に毒無きがごとし。
[39]建仁より已来今に五十余年の間、大日仏陀禅宗を弘め、法然・隆寛浄土宗を興し実大乗を破して権宗に付き、一切経を捨てて教外を立つ。譬えば珠を捨てて石を取り地を離れて空に登るがごとし。これは教法流布の先後を知らざる者なり。
[40]仏誡めて云く「悪象に値うとも悪知識に値わざれ」等と云云。
[41]法華経の勧持品に後の五百歳二千余年にあたつて法華経の敵人三類有るべしと記し置きたまえり。当世は後五百歳に当れり。日蓮仏語の実否を勘うるに三類の敵人これ有り。これを隠さば法華経の行者にあらず。これを顕さば身命定めて喪わんか。
[42]法華経第四に云く「しかもこの経は如来の現在にすらなお怨嫉多し。いわんや滅度の後をや」等と云云。同第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」と。また云く「我身命を愛せず、ただ無上道を惜む」と。同第六に云く「自ら身命を惜まず」と云云。
[43]涅槃経第九に云く「譬えば王使のよく談論し、方便に巧みなる、命を他国に奉け、寧ろ身命を喪うとも終に王の所説の言教を匿さざるがごとし。智者もまた爾なり。凡夫の中において身命を惜まずして、かならず大乗方等を宣説すべし」と云云。章安大師釈して云く「寧喪身命不匿教とは身は軽く法は重し、身を死して法を弘めよ」等と云云。
[44]これらの本文を見れば、三類の敵人を顕さずんば法華経の行者にあらず。これを顕すは法華経の行者なり。しかれども必ず身命を喪わんか。例せば師子尊者・提婆菩薩等のごとくならん云云。
[45]<日>二月十日日>
[46]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
現代語訳
教機時国鈔
弘長二年(一二六二)二月一〇日、四一歳、於伊豆国伊東、原漢文、定二四一—二四六頁。
[1]日本国の僧 日蓮これを註す
教とは何か
[2]第一に仏の教えとは、釈迦牟尼如来が説かれたすべての経典・戒律(出家者の生活規定)・論書(仏弟子が仏の教えを論述した書物)をいい、それらは五千四十八巻、四百八十帙におよぶ。インドにおいて一千年間にわたり弘まり、仏の入滅後一千十五年に中国に渡来した。後漢の孝明皇帝の永平十年から唐の玄宗皇帝の開元十八年庚午にいたる六百六十四年の間に一切経(仏のすべての教え)が渡されたのである。
[3]このすべての経典・戒律・論書のなかに、小乗経と大乗経、権経(方便の教え)と実経(真実の教え)、顕教(あらわに説かれた教え。釈迦牟尼仏の説法)と密教(秘密の教え。大日如来の説法)の異なりがある。仏の教えを信じ弘める者はこのことをよく弁えねばならない。
教えの分類
[4]仏の教えに異なりがあるということ(教相判釈)は仏の滅後に出た論師や人師の説ではなく、仏の教えによる。であるから、すべての者はこのことをふまえて仏教を受けとめなければならない。仏の教えに分類があることを無視する者は仏教の徒ではないと知るべきである。
[5]阿含経を小乗の教えと説くのは、方等部の諸大乗経・般若経・法華経・涅槃経などの諸大乗の教えによる。なかでも法華経には「もっぱら小乗経ばかりを説いて法華経を説かなければ、仏は慳貪(自分の利益のみをむさぼり、他の人に教えを明かすことをおしむ)の罪に堕ちるであろう」と説き、涅槃経には「もっぱら小乗の教えに立脚して、仏は無常であると言う人はその罪によって口の中で舌がただれるであろう」と説かれている。
機根を知る
[6]第二に機とは、仏教を弘める人は、かならず機根を知らねばならない。
[7]舎利弗尊者は鍛冶屋に不浄観(白骨を観じることによって肉身は本来不浄なものであることを知る修行)を教え、洗濯屋に数息観(呼吸を数えて心の安定を得る修行)を教えようとしたが、九十日たっても弟子たちは仏の教えを少しも体得することができなかった。そればかりかかえって邪見(よこしまな思い)を起こして一闡提(善なる心を喪失した者)となってしまった。そこで仏は、鍛冶屋に数息観を教え、洗濯屋に不浄観をお教えになった。そこで二人は即時に教えを覚ることができた。智慧第一と尊称された舎利弗でさえ機根に応じて教えを説くことの基本を誤った。まして仏入滅後の末代に生を受けた凡師(仏の本意を弁えがたい無智の者)が機根を知ることは容易ではない。
[8]ただし、機根を知ることのできない凡師は、弟子に対してもっぱら法華経を教えるべきである。
機根と説法
[9]問うて言うには、法華経譬喩品のなかに「無智の人のなかではこの経を説いてはならない」と誡められている文はどのように理解すればよいのか。答えて言うには、この文は機根を知ることのできる智慧ある導師(人びとを導く師)の説法の場合を言ったもので、末代の凡師にはあてはまらない。
[10]また、謗法(教えを信じないで謗る)の者に対してはもっぱら法華経を説くべきである。毒を塗った鼓を打つことによって聞く者が死ぬとの譬えのとおり、毒鼓の縁(不信者との結縁=逆縁、涅槃経の教え)を結ぶためである。たとえば法華経常不軽菩薩品に説かれている不軽菩薩の修行と同じである。
[11]また、智者となる機根であるとわかれば、かならずまず小乗経を教え、つぎに権大乗経(方便の大乗経)を教え、最後に実大乗経(真実の大乗経)を教えるべきである。愚者であるとわかれば、かならずまず最初から実大乗経(法華経)を教えるべきである。なぜなら、信じる者も謗る者もともに成仏の種を下すことができるからである。
時を知る
[12]第三に時とは、仏教を弘めようとする人はかならず時を知らねばならない。
[13]譬えば、農夫が秋や冬に田を耕し、蒔く種と耕す田と農夫の労働は春夏に行うことと同じであっても、少しも収穫はなく、かえって損をする。一反耕作した者は少しの損、一町二町などを耕作した者は大損となる。春夏に耕作すれば、それぞれの田地によって皆それ相応の収穫を得ることができる。仏法もまたこれと同じである。時を弁えないで法を弘めると、その効果がないうえに、かえって悪道に堕落することになる。
[14]仏はこの世に出現され、かならず法華経を説こうと願っておられたが、たとえ機根はあっても説くべき時期にいたっていなかったために、四十余年の間この法華経を説かれなかった。このことについて法華経方便品には「説くべき時がいまだ来ないためである」と説かれている。
仏滅後の三時
[15]仏が入滅された次の日から一千年間の正法時(正しい教えが弘まる時代)は戒律を持つ者が多く、破る者は少ない。正法時一千年の次の日から一千年間の像法時(教えが形だけのものとなる時代)は戒律を破る者が多く、戒律そのものさえ認めない者も少しは出現してくる。像法時一千年の次の日から一万年間の末法時(教えがすたれる時代)は戒律を破る者は少なく、戒律を認めない者が多くなる。正法時には破戒者・無戒者をさしおいて持戒者を供養すべきである。像法時には無戒者をさしおいて破戒者を供養すべきである。末法時には無戒者を仏のように敬い供養すべきである。
[16]ただし、法華経を謗る者に対しては、正法時・像法時・末法時の三時にわたって、持戒者であろうと無戒者であろうと破戒者であろうと共に供養してはならない。もし法華経誹謗者を供養すると、国に三災七難(国土や人民にふりかかる種々の災難)が起こり、人びとはかならず無間地獄(もっとも苦しみに満ちた地獄)に堕ちるであろう。法華経の行者が権経(方便の経典)を批判するのは、主君が家来を、親が子供を、師匠が弟子を誡めるようなものである。権経の行者が法華経を謗るのは、家来が主君を、子供が親を、弟子が師匠を罰するようなものである。
[17]また、今の世は、末法時に入って二百十余年である。権経(方便の教え)である念仏などが弘まるべき時であるのか。法華経が弘まるべき時であるのか。よくよく仏法の弘通と時との関係を考えるべきである。
仏教と国
[18]第四に国とは、仏教はかならず国を弁えて弘めねばならない。
[19]国には寒い国・熱い国、貧しい国・豊かな国、中央に位置する国・辺境に位置する国、大きい国・小さい国、あるいは盗人の多くいる国、殺生者の多くいる国、不孝者の多くいる国などがある。また、もっぱら小乗経の弘まっている国、もっぱら大乗経の弘まっている国、大乗経と小乗経が並び弘まっている国などもある。
[20]そのようななかで、日本国はもっぱら小乗経の弘まるべき国か、もっぱら大乗経の弘まるべき国か、大乗経と小乗経の並び弘まるべき国か。よくよく仏法の弘通と国との関係を考えるべきである。
弘教の前後
[21]第五に仏法を弘めることに先後があるとは、まだ仏法の渡っていない国ではいまだ仏法を聴いたことのない者がいる。すでに仏法が渡っている国では仏法を信ずる者がいる。かならず、先に弘まっている法を知り、後の法を弘めねばならない。
[22]先に小乗経や権大乗経が弘まっていれば、後にはかならず実大乗経を弘めねばならない。先に実大乗経が弘まっていたなら、後に小乗経や権大乗経を弘めてはならない。瓦や礫を捨てて金の珠を取るべきである。金の珠を捨てて瓦や礫を取ってはならない。仏教を弘めるうえで大切な点は以上のとおりである。
五義を知る
[23]この五つの義をよく弁えて仏法を弘めれば、日本国の人びとを正しく仏道に入れる導師となるであろう。
教を知る者
[24]そこで、法華経こそすべての教えのなかでも第一の経の王であると知ることによって、正しく教を知った者と言えるのである。
教に迷う人びと
[25]ただし、光宅寺の法雲(中国南北朝時代の涅槃宗の高僧)や道場寺の慧観(中国南北朝時代の涅槃宗の高僧)などは、涅槃経は法華経よりも勝れた経典であると称した。清涼山の澄観(中国唐時代の華厳宗の中興者)や高野山の弘法(日本真言宗の開祖、空海)などは、華厳経や大日経などは法華経よりも勝れた経典であると称した。嘉祥寺の吉蔵や慈恩寺の基法師などは、般若経と深密経の二経は法華経よりも勝れた経典であると称した。
[26]天台山の智者大師(中国天台宗の開祖、天台大師智顗)ただ一人だけは、仏のすべての経典の中で法華経こそもっとも勝れた教えであると主張するだけでなく、「法華経より勝れた経典があると言う者を諫め暁さねばならない。それでも止めない者は法華経を謗る罪により、その身において舌が爛れ、死後においては無間地獄に堕ちるであろう」と言われた。
[27]このように、法華経と諸経との相違をよくよく弁えた者こそが真に教えを知った者と言えるのである。
[28]今の世の多くの学者たちは、すべてこのことを正しく理解していない。したがって真に教えを知った者は少ない。教えを知る者が無いので法華経を真に読む者はいない。法華経を読む者がいなければ国中の人びとを正しく導く師となる者もいない。正しい導師がいなければ、日本国中の人びとは経典に大乗経と小乗経、権経と実経、顕教と密教の異なりがあることを知らず、一人も生死の迷いを離れる者がなく、すべて謗法者となってしまい、邪法に心を寄せたために無間地獄に堕ちてしまう者は大地を砕いて塵とした数よりも多く、正しい教えによって生死の迷いを離れる者は爪の上の土よりも少ない。なんと恐るべきことであろうか。
日本国の機根と法華経
[29]日本国のすべての人びとは、桓武天皇よりこのかた四百余年の間、もっぱら法華経の教えによって救われるべき機根である。たとえば霊鷲山で八年間にわたり釈尊が法華経をお説きになった時に法を聞いていた人びとと同じように、法華経によって救われるべき機根である。〈日本国の人びとが法華経によって救われるべき機根であることは、天台大師・聖徳太子・鑑真和尚・根本大師(伝教大師)・安然和尚(日本天台宗の学僧、天台密教の大成者)・慧心僧都(日本天台宗の僧、源信)などが記された書物に明確である〉。このことを正しく弁えた者を機根を知った者と言うのである。
[30]ところが、今の世の学者が言うには、「日本国はもっぱら称名念仏によって救われるべき機根である」と。これは、たとえば舎利弗が機根を弁えず弟子たちを一闡提(邪見を起こし善なる心を喪失した者)にしてしまったことと同じである。
末法と法華経
[31]日本国の今の世は、仏が入滅されてから二千二百十余年を経、第五の五百年である末法の時にあたっているのであるから、法華経の教えのとおり、妙法蓮華経が広く弘まるべき時である。このように、末法時こそ妙法蓮華経が弘まるべき時であると知ることを、時を知る、と言うのである。
[32]ところが、日本国の今の世の学者は、ある者は法華経をなげうってもっぱら称名念仏を行い、ある者は小乗の戒律を教えて比叡山の大乗戒を持つ僧を蔑み、ある者は教外別伝(教の外に別に心から心に伝える、禅宗の教義)の教えを立てて正しい教えである法華経を軽んじる。このような人たちは末法時こそ法華経によって救われるべき時であることを知らない者である。
[33]たとえば勝意比丘が喜根菩薩を謗り(諸法無行経に説く本事談)生きながら地獄に堕ち、徳光論師が弥勒菩薩を蔑って無間地獄の大苦を受けたのと同じように、これらの人たちは罪によって地獄に堕ちるであろう。
日本国と法華経
[34]日本国はもっぱら法華経の弘まるべき国である。
[35]たとえばインドの舎衛国はもっぱら大乗の教えが弘まる国であったのと同じである。また、インドにはもっぱら小乗の弘まる国、もっぱら大乗の弘まる国、大乗と小乗が並び弘まる国などがあった。日本国はもっぱら大乗の弘まる国である。大乗の中でもとくに実大乗である法華経の弘まるべき国である。〈このことは、弥勒説・無著記・玄奘訳の『瑜伽師地論』、僧肇の『法華翻経後記』、『聖徳太子伝』、伝教大師の『法華秀句』『守護国界章』、安然和尚の『普通授菩薩戒広釈』などに記されている〉。このように日本国は法華経が弘まるべき国であることを正しく弁える者こそ、真に国を知る者である。
[36]ところが、今の世の学者が、日本国の人びとにもっぱら小乗の戒律を授けたり、もっぱら念仏の修行をさせたりしているのは、譬えば、宝の器にきたない食物を入れたようなものである。〈宝の器の譬えは伝教大師の『守護国界章』に説かれている〉。
日本国と教法流布の先後
[37]日本国には欽明天皇の御代に仏法が百済国より渡り始めたが、桓武天皇の御代にいたる二百四十余年の間までは、日本国では小乗経や権大乗経ばかりが弘められ、法華経は渡っていながらその本義がいまだ明瞭に示されていなかった。たとえば、中国に法華経が渡ってから三百余年の間、経典はあってもその本義が明らかにされなかったことと同じである。
[38]桓武天皇の御代に伝教大師が出られ、小乗経や権大乗経の教義を論破して、法華経の真実義を明らかにしてからは、異なった義を立てる者もなく、皆が法華経を信ずるようになった。たとえ華厳経・般若経・深密経・阿含経などの大乗経や小乗経を心の依りどころとする南都六宗(華厳宗・三論宗・法相宗・倶舎宗・成実宗・律宗)の学者も、法華経をもって仏のすべての教えの中心とした。ましてや天台宗・真言宗の学者においては異義もなかった。さらに在家無智(知識のない)の人びとにいたっては言うまでもない。たとえば、崑崙山に石はなく、蓬莱山には毒がないように、いたって当然のことである。
[39]ところが、建仁の頃より今日にいたる五十余年の間に、大日房能忍や仏地房覚晏が禅宗を弘め、法然や隆寛は浄土宗を興し、実大乗である法華経を下して方便の宗旨を論じ、仏のすべての経典を捨てて教外別伝の教義を立てた。これは、譬えば宝の珠を捨てて価値のない石を取り、大地を離れて空に登るようなものである。このような教えは、仏教を弘めるには先後があることを知らない者の言うことである。
[40]仏は、今の世の迷った諸宗の学者の存在を予知して、次のように誡められた。「凶悪な象に会って殺されるよりも、悪い指導者に会って心をまどわされないようにせよ。(なぜなら、悪象は身を滅ぼすだけであるが、悪い指導者は心をまどわすゆえに地獄に導き、身心ともに滅ぼされてしまうからである)」(涅槃経)と。
法華経の弘通と法敵の出現
[41]法華経勧特品には「仏が入滅された後、二千年を経た末法の時代に、法華経を弘める者には、三種類の法敵が現われる」と記されている。今の世はまさしく法華経に「後の五百年」と説かれた末法の時代にあたっている。日蓮が、仏の言葉が真実か否かを今の世の事実関係と照合して考えてみるに、三種類の法敵はまさに現実に存在している。法華経の弘通に法敵が出現することを隠し、迫害を受けないような法の弘めかたをしていたのでは、法華経の行者とは言えない。しかし、法敵に迫害されるような法の弘めかたをすれば、かならず身命を失うであろう。
[42]法華経の第四巻法師品には「しかもこの法華経は、仏の在世ですら怨み嫉む者が多い。ましてや仏の入滅後においてはなおさらである」と説かれ、法華経の第五巻安楽行品には「仏の入滅後にこの法華経を弘めると、すべての人びとは怨をなし、信じようとはしない」と説かれている。また、法華経勧持品には「わたしは身命を愛しまない。ただ仏の無上の教えこそが大切である」、同じく法華経第六巻の如来寿量品には「法のために身命を惜しんではならない」と説かれている。
[43]涅槃経の第九如来性品には「譬えば、よく議論し弁説たくみな者が、王の命をうけて他国に使者として赴いた時、自分の身命を捨てても王の言葉を伝えて使命をはたすようなものである。仏教における智慧ある者もまた同じである。凡夫の身であっても、身命を惜しまず、かならず広大にして平等の教えである大乗経を説くべきである」と述べられている。章安大師(天台大師の弟子、灌頂)はこの経文を解釈して「むしろ身命を失うことがあっても仏の教えを隠してはならないとは、身命は軽く仏法は重いのであるから、身を殺してでも法を弘めよ、との意味である」と説かれている。
法敵の出現と法華経の行者
[44]このような仏の教説を見ると、法を弘めるなかに三種類の法敵が出現しなければ、真の法華経の行者とは言えない。三種類の法敵を出現させるような法の弘めかたをする者こそが、真の法華経の行者である。しかしながら、そのようにすると身命を失うことになるであろう。たとえばインドで法を弘め、罽賓国の王に首を切られた師子尊者や外道に襲われて切り殺された提婆菩薩のようになるであろう。
[45]<日>二月十日日>
[46]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>