三大秘法稟承事
書下し
三大秘法禀承事
[1]夫れ法華経の第七神力品に云く、要を以てこれを言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆この経において宣示顕説す等云云。釈に云く、経中の要説、要四事に在り等云云。
[2]問う、説く所の要言の法とは何物ぞや。
[3]答う、夫れ釈尊、初成道の初めより四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて、略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで、秘せさせ給いし実相証得のそのかみ修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。教主釈尊この秘法をば三世に隠れなき普賢・文殊等にも譲り給わず。いわんやその以下をや。さればこの秘法を説かせ給いし儀式は、四味三教並に法華経の迹門十四品に異なりき。所居の土は寂光本有の国土なり。能居の教主は本有無作の三身なり。所化以て同体なり。
[4]かゝる砌なれば久遠称揚の本眷属、上行等の四菩薩を、寂光の大地の底よりはるばると召し出して付属し給う。道暹律師云く、法これ久成の法なるに由る故に、久成の人に付す等云云。
[5]問うて云く、その所属の法門仏の滅後においては、いずれの時に弘通したまうべきや。
[6]答えて云く、経の第七薬王品に云く、後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむることなけん等云云。謹んで経文を拝見し奉るに、仏の滅後正像二千年過ぎて、第五の五百歳、闘諍堅固白法隠没の時云云。
[7]問うて云く、夫れ諸仏の慈悲は天月のごとし。機縁の水澄めば利生の影を普く万機の水に移し給うべき処に、正像末の三時の中に末法に限ると説き給うは、教主釈尊の慈悲において偏頗あるに似たりいかん。
[8]答う、諸仏の和光利物の月影は、九法界の闇を照すといえども、謗法一闡提の濁水には影を移さず。正法一千年の機の前にはただ小乗・権大乗相叶えり。像法一千年には法華経の迹門、機感相応せり。末法の始めの五百年には、法華経の本門前後十三品を置きて、ただ寿量品の一品を弘通すべき時なり。機法相応せり。今この本門寿量の一品は像法の後の五百歳、機なお堪えず。いわんや始めの五百年をや。いかにいわんや正法の機は迹門なお日浅し。増して本門をや。末法に入つて爾前・迹門は全く出離生死の法にあらず。ただ専ら本門寿量の一品に限りて、出離生死の要法なり。これを以て思うに諸仏の化導において全く偏頗なし等云云。
[9]問う、仏の滅後正像末の三時において、本化・迹化の各々の付属分明なり。ただ寿量の一品に限りて、末法濁悪の衆生のためなりといえる経文いまだ分明ならず。慥かに経の現文を聞かんと欲すいかん。
[10]答う、汝強ちにこれを問う、聞いて後に堅く信を取るべきなり。いわゆる寿量品に云く、この好き良薬を今留めてここに在く、汝取つて服すべし、差えじと憂うることなかれ等云云。
[11]問うて云く、寿量品専ら末法悪世に限る経文顕然なる上は、私に難勢を加うべからず。しかりといえども三大秘法その体いかん。
[12]答えて云く、予が己心の大事これにしかず。汝が志無二なれば少しこれを言わん。寿量品に建立するところの本尊は五百塵点のそのかみより以来、この土有縁深厚・本有無作三身の教主釈尊これなり。寿量品に云く、如来秘密神通之力等云云。疏の九に云く、一身即三身なるを名けて秘となし、三身即一身なるを名けて密となす。また昔より説かざるところを名けて秘となし、ただ仏のみ自ら知るを名けて密となす。仏三世において等しく三身あり、諸教の中において、これを秘して伝えず等云云。
[13]題目とは二意あり。いわゆる正像と末法となり。正法には天親菩薩・竜樹菩薩、題目を唱えさせ給しかども、自行ばかりにしてさて止ぬ。像法には南岳・天台、また題目ばかり南無妙法蓮華経と唱え給いて、自行のためにして広く他のために説かず。これ理行の題目なり。末法に入りて今日蓮が唱うるところの題目は、前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり。
[14]戒壇とは王法仏法に冥し、仏法王法に合して王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王覚徳比丘のその乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて、戒壇を建立すべきものか。時を待つべきのみ。事の戒法と申すはこれなり。三国並に一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して踏み給うべき戒壇なり。
[15]この戒法を立てて後、延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山に座主始まつて第三第四の慈覚・智証、存の外に本師伝教、義真に背きて、理同事勝の狂言を本として我が山の戒法をあなづり、戯論とわらいし故に、存の外に延暦寺の戒、清浄無染の中道の妙戒なりしが、徒らに土泥となりぬる事、云うても余りあり、嘆きてもなにかはせん。
[16]彼の摩黎山の瓦礫の土となり、栴檀林の荊棘となるにも過ぎたるなるべし。
[17]夫れ一代聖教の邪正・偏円を弁えたらん学者の人をして、今の延暦寺の戒壇を踏ましむべきか。この法門は義を案じて理をつまびらかにせよ。
[18]この三大秘法は二千余年のそのかみ、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり。今日蓮が所行は霊鷲山の禀承に芥爾ばかりの相違なき、色も替らぬ寿量品の事の三大事なり。
[19]問う、一念三千の正しき証文いかん。
[20]答う、次に出し申すべし。これにおいて二種あり。方便品に云く、諸法の実相とはいわゆる諸法の如是相、乃至衆生をして仏知見を開かしめんと欲す等云云。底下の凡夫、理性所具の一念三千か。
[21]寿量品に云く、しかるに我れ実に成仏してより已来無量無辺等云云。大覚世尊久遠実成のそのかみ証得の一念三千なり。今日蓮が時盛にこの法門広宣流布するなり。予年来己心に秘すといえども、この法門を書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加うべし。その後は何と悔ゆとも叶うまじきと存ずる間、貴辺に対し書き送り候。一見の後秘して他見あるべからず。口外も詮なし。
[22]法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は、この三大秘法を含めたる経にて渡らせ給えばなり。秘すべし秘すべし。
[23]弘安四年<日>卯月八日日>
[24]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[25]<先>大田金吾殿 御返事先>
現代語訳
三大秘法禀承事
弘安四年(一二八一)、六〇歳、於身延、大田乗明宛、和漢混合体、定一八六二—一八六六頁。
[1]法華経の第七の巻の如来神力品に(釈尊が上行等の地涌の菩薩に、法華経の肝要を四句に結んで、法華経の末法における布教を託されたことばの中に)「要をもってこれを述べれば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、これらをみなこの法華経において説き示し明らかになされた」とある。天台大師智顗は法華文句の中でこの経文を解釈して「この四つの事は法華経の肝要である」と述べている。
[2]〔問〕説き示すところの四句の肝要の法とはどのようなものであるか。
[3]〔答〕釈尊が菩提樹の下ではじめて成道されてから、華厳・阿含・方等・般若の法華経以前の諸経の説法にも、法華経の迹門で二乗作仏を説き示して、さらに本門に入っても従地涌出品に至るまで、秘して説き示すことはなかった久遠のはるか永遠の過去に諸法実相のさとりを得て、修行していま寿量品において示された本尊と戒壇と題目の妙法五字である。教主釈尊は、この三大秘法を過去・現在・未来にわたってつき従ってきた普賢・文殊などの大菩薩にも譲ることはなかったほどであるから、ましてやそれ以下の人々にはなおさら譲ることはなかった。このため、この秘法を説かれた時の儀式は法華経以前の四十余年の諸経や法華経の前半の迹門を説かれた時とは全く別であった。場所は永遠にして常住の常寂光土で、教主は久遠永遠なる法・報・応の三身が具足した仏である。そこに列なる聴衆も同体である。
[4]このような場合であるから、久遠実成を高揚する永遠の教化をうけた弟子である上行等の四菩薩を、永遠なる寂光の大地の底からはるばると召し出して、この秘法を託されたのである。道暹津師は「託すべき法門が永遠なる久遠の法であるから、永遠なる久遠の弟子に託されたのである」と述べている。
[5]〔問〕上行等の地涌の菩薩に託された秘法はいかなる時代に布教されるのであろうか。
[6]〔答〕法華経の第七巻の薬王品に「第五の五百歳に、娑婆世界に広く布教して、断絶させてはならない」と記されている。つつしんでこの経文を拝見すると、この秘法が流布する時は、正法の一千年と像法の一千年との二千年を過ぎて(五百年が四回経過して)第五番目の五百年にあたる末法の時代、すなわち争いがさかんであって仏法が衰えて消滅してしまう時代である。
[7]〔問〕諸仏の慈悲は天の月と同じく、衆生の理解する能力という「水」が澄めば、いかなるところでも利益の「影」を水の上に映すはずであるのに、正法・像法・末法の三時のうちでただ末法の時代に限ると説かれるのは、教主釈尊の慈悲にかたよりがあるように思えるが、この点はどうであろうか。
[8]〔答〕仏の慈悲の月影は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩の九法界の人々の心のやみを照らすけれども、正法をそしり成仏の可能性を断ち切ってしまった者の濁った心の水には映らない。正法の一千年の時代の人のためには、小乗や方便をまじえた権大乗の教えがふさわしく、像法の一千年の時代には法華経の前半の迹門の教えが適切であろう。末法に入ってからすぐの五百年の時代には、法華経の後半の本門の中でも他の十三品はさて置き、ただ寿量品の一品を布教すべき時である。これは教えをうける者の理解する能力と法門とが符合しているからである。本門の寿量品の一品に示される法門は像法の後半の五百年の人でも能力が適応していない。ましてや像法のはじめの五百年の人々はもちろんのことである。さらには正法の時代の人々は法華経の迹門でさえ受容する時期に到達していない。まして本門はもちろんである。末法の時代に入ると法華経以前の爾前の諸経や迹門の教えは生死の迷いを離れて仏になれる教えではない。ただ本門の寿量品の一品に説き示される教えこそ生死の迷いを離れ成仏をとげるための肝要なる法である。このように考えてくると、仏陀が人々を導く上で、かたよることなどは決してないのである(時代と人々の理解する能力に応じてふさわしい法を説くのである)。
[9]〔問〕釈尊の入滅後の正法・像法・末法の三時における布教については、永遠なる久遠の本弟子の菩薩とその他の菩薩とにそれぞれ託された内容が異なっていることは判明したが、ただ寿量品の一品だけが混濁した末法の世の人々を救うという確かな証拠の経文があるのだろうか。はっきりと示してもらいたい。
[10]〔答〕強いての問いであるから、これを示すが、聞いた後は堅く信じなければならない。それは寿量品の「この好き良薬をいま留めてここに置く、汝取って服すべし。いえじと(治癒せぬことを)うれうることなかれ」とある経文がそれである。
[11]〔問〕寿量品はもっぱら末法の悪世のためであるという経文が明らかになった上には、自分勝手な疑問を示してはならないとは思うが、この寿量品に説かれた三大秘法とはいかなるものであるか。
[12]〔答〕日蓮のおのれの心の中にある大事はこの三大秘法より他にはない。あなたの志がすぐれているから少々これを説き示そうと思う。寿量品にうちたてられた本尊とは、五百億塵点劫のはるか過去に成仏してからこのかた、この娑婆世界の私たちと深く厚い因縁のある、永遠なる久遠の法身・報身・応身の三身を具備した教主釈尊のことである。寿量品にはこれを「如来秘密神通の力」と説き、法華文句の九にはこの文を解釈して「一身がすなわち三身であることを秘と名づけ、三身がすなわち一身であることを密と名づける。また昔から説かないので秘であり、ただ仏だけが知っていることなので密と名づける。仏は過去・現在・未来の三世にわたって、つねに久遠の昔に成就された永遠なる三身を具えているが、諸経の中ではこれを秘して説き示すことはない」と述べている。
[13]題目には二つの意義がある。すなわち正法・像法の時代に修行される題目と末法の時代に修行される題目とである。正法の時代には、天親菩薩・竜樹菩薩が題目を唱えたけれども、これは自分の修行のためにばかり唱えたものである。像法の時代には、南岳大師慧思・天台大師智顗が題目ばかりを南無妙法蓮華経と唱えたが、やはり自分の修行のためで他の人々を導くためには唱えなかった。これらは法華経の迹門に基づく理行の題目である(すなわち、究極の<傍>さとり傍>の境地に向って修行する理法に基づくもので、本門の事の一念三千に基づき久遠釈尊の因行・果徳を内包する事行の題目ではない)。末法に入っていま日蓮が唱えている題目は正法・像法の時代とは異なり、自己の修行とともに他を教え導くことにも及ぶ南無妙法蓮華経の題目である。この題目は、名・体・宗・用・教の五重の玄義(奥深い教義)を具えた五字なのである。
[14]戒壇とは、国家の法と仏法の精神が一体となり、国王も民衆もこぞって本門の三大秘法を信奉して、法を護るために命がけで戦い布教をした有徳王と覚徳比丘のいにしえの事績を、末法の心の混濁した世に移して実現するようになった時、勅宣や御教書を戴いて霊山浄土に似た最もすぐれた地を探し求めて、法華経修行の道場の戒壇を建立するべきものであろうか。それは実現する時を待たなければならない。事の戒法とはこのことをいうのである。インド・中国・日本の三国ならびに娑婆世界の人が自身の罪を悔い改める戒法というばかりでなく、梵天・帝釈天等も来り集まって立ち並んで修行を行なうべき戒壇なのである。
[15]この本門の戒の法が定められてから後には、延暦寺の戒壇は法華経の迹門の理の戒壇であるから、その利益はなくなってしまうはずなのである。そうであるのに、比叡山の第三の座主慈覚大師円仁・第四の座主智証大師円珍が、開山の伝教大師最澄や第一の座主の義真の教えに背いて、(真言密教を比叡山の中心として)大日経と法華経とは<傍>理傍>としての法門は<傍>同傍>じであるが、印と真言を説くことによって<傍>事傍>相の面では大日経が<傍>勝傍>れているという誤った考え方を依り所として、自分たちの依り所である比叡山の戒法をむだなつまらない理論とおとしめて、清らかでけがれのない中道実相をもととする比叡山の妙戒をいたずらに土や泥と同じにしてしまったことは、言葉では言い尽せず、嘆いても嘆ききれないことである。
[16]南インドにあったといわれる摩黎山は栴檀を生ずる美しい山とされるが、その山がただの瓦礫の山となり、香木の栴檀の林が<傍>いばら傍>の草むらとなったことよりも惜しいことである。
[17]釈尊の生涯における尊い説法でどの経典がもっともすばらしいかの道理を正しくわきまえた学者をして、どうして今の混乱した延暦寺の戒壇を踏ますことができようか。法華経と真言大日経との勝劣については充分に考えて、道理を明らかにしなければならない。
[18]この三大秘法は二千余年の昔に、地涌の菩薩の首導(上行菩薩の再誕)として日蓮が確かに教主釈尊から直接に承け伝えた法門である。そのためいま日蓮が修行するところの法門は霊鷲山で承けたものと少しのちがいもなく、そのままその形の寿量品の事の三大秘法である。
[19]〔問〕一念三千の正しい論拠となる経文はどのようなものであるか。
[20]〔答〕次に示そう。これに二種がある。その第一は方便品の「諸法実相とはいわゆる諸法の如是相・如是性・加是体・加是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等である」の文と「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」などの文である。これらの文は煩悩罪悪の底に沈む愚鈍な凡夫の一瞬一念の心にも三千の法界を具備することを示す経文なのである。
[21]その第二は寿量品の「しかるに我、実に成仏してよりこのかた、無量無辺、百千万億那由佗劫なり」などの文である。これは釈尊が久遠のはるか昔に体得された一念三千の法門である。いま日蓮の末法の時代にはさかんにこの寿量品に示される事の一念三千の法門を広く世に布教するのである。私はいままでこの三大秘法の法門を心の中に秘めておいたが、この法門を書き記しておかなければ、死後にあっては門弟たちが私を無慈悲のものと恨むであろう。その時になって後悔しても、どうしようもないことだと思われるので、貴殿に書き送るのである。この書は一度御覧になった後は、秘蔵して人に見せてはならないし、この法門をみだりに口にしてもならない。
[22]方便品で法華経こそが諸仏が世におでましになった最大の目的であると説かれているのは、この三大秘法を秘蔵した経典だからなのである。秘すべきである。秘すべきである。
[23]弘安四年<日>卯月(四月)八日日>
[24]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[25]<先>大田金吾殿 御返事先>