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立正観抄送状

全集 第2巻 2段 定本: #165(定本の該当ページへ)

書下し

立正観鈔送状りつしようかんじようそうじよう


[1]今度の御使つかい誠に御志おんこころざしの程顕われ候おわんぬ。また種種の御志たしかにび候おわんぬ。
[2]そもそも承り候 当世の台宗等、観は華経にすぐれ、宗は止観に勝る。また心の大教おこる時は、本迹ほんじやくの大教を捨つと云う事。
[3]まず天台一宗において流流格別なりといえども、心・の両流を出でず候なり。
[4]慧心流の義に云く、止観の一部は本迹二門に亘るなり。いわく止観の六に云く、観は仏知ぶつちなづけ、止は仏見に名く。念念の中において止観現前す。乃至三乗の近執ごんしゆうを除く文。決の五に云く、十法すでにこれ法華の所乗なり。この故に還つて法華のもんを用てず。もし迹に約して説かば、即ち通智勝仏の時を指して以て積劫しやつこうとなし、滅道場を以て妙悟となす。もし本門に約せば、我本行菩道の時を指して以て積劫となし、本成仏ほんじようぶつの時を以て妙悟となす。本迹二門ただこれこの十法を求め悟す文。
[5]始の一文は本門に限ると見えたり。次の文は正しく本迹に亘ると見えたり。止観は本迹に亘ると云う事、文証これに依るなりと云えり。
[6]次に檀流に止観は迹門に限ると云う証拠は、弘決の三に云く、還つて教味きようみを借りて以て妙円を顕わす。故に、一部の文共に円乗の開権かいごん妙観と成るを知る文。この文に依らば、止観は法華の迹門に限ると云う事文に在つて分明ふんみようなり。
[7]両流の異義かわれどもともに本迹ほんじやくを出でず。
[8]当世の天台宗いずくより相承そうじようして、止観は法華経に勝ると云うや。ただし予が所存は止観・法華の勝劣は天地雲泥なり。もし与えてこれを論ぜば、止観は法華迹門の分斉ぶんざいに似たり。その故は天台大師の己証こしようとは、十徳の中の第一は自解仏乗じげぶつじよう・第九は玄悟法華円意げんごほつけえんいなり。霊応伝の第四に云く、法華の行を受けて二七日境界す文。止観の一に云く、この止観は天台智者、己心中所行ちゆうしよぎようの法門を説く文。弘決の五に云く、故に止観の正しく観法を明すに至つて、並びに三千を以て指南となす。故に序の中に云く、説己心中所行の法門文。己心所行の法とは一念三千一心三観なり。三諦三観の名義は瓔珞*ようらく仁王*にんのうの二経にありといえども、一心三観・一念三千等の己心所行の法門をば、迹門十如実相のもん依文えもんとして釈成したまいおわんぬ。ここに知んぬ。止観一部は迹門の分斉に似たりと云う事を。
[9]もし奪つてこれを論ぜば、前・権大乗即ち別教の分斉なり。その故は天台己証の止観とは道場所得の妙悟なり。いわゆる天台大師大蘇だいその普賢道場において三昧開発かいほつし、証を以て師にもうす。師の曰く、法華の前方便陀羅尼なりと。霊応伝の第四に云く、智、師に代つて金字経こんじきようを講ず。一心具足万行の処に至りて疑いあり。ために釈して曰く、汝が疑うところはこれすなわち大品次第の意なるのみ。いまだこれ法華円頓えんどんの旨にあらず文。
[10]講ずるところの経すでに権大乗経なり。また次第と云えり、故に別教なり。開発せし陀羅尼また法華の前方便と云えり。故に知んぬ。爾前帯権の経は別教の分斉なりと云う事を。
[11]己証こしようすでに前方便の陀羅尼なり。止観とは設己心中所行法門と云うが故に。明かに知んぬ。法華の迹門に及ばずと云う事を。いかにいわんや本門をや。もしこのこころを得ば、檀流の義もつともよきなり。これらのおもむきを以て、止観は法華にまさると申す邪義をば問答あるべく候か。委細の旨は別に一巻書きまいらせ候なり。また日蓮相承の法門血脈慥けちみやくたしかにこれを註し奉る。恐恐謹言。
[12]文永ぶんえい十二〈乙亥きのとい〉<日>二月二十八日
[13]<人>日 蓮 <花押>花押
[14]<先>最蓮房御返事
現代語訳

立正観鈔送状


文永一二年(一二七五)、五四歳、於身延、最蓮房宛、原漢文、定八七〇—八七二頁。

[1]このたびは、はるばる(京都から身延山まで)お使いをつかわして下され、誠に有難うございました。またあなたの厚い志を感じ入り感謝しております。
[2]うけたまわるところによれば、昨今の天台宗の学徒らは、止観は法華経よりすぐれているという法門を取り入れ、また禅宗は止観よりすぐれているとか、観心の大教が示されれば法華経の本門・迹門(後半と前半)もみなその価値を失ってしまうというような見解が、学界を風靡しているとのことである。
[3](質問のあった疑問点については)まず天台宗の中でも流義が色々とあって、その主張はそれぞれ異なっているが、だいたいは慧心流と檀流のどちらかに属するのである。
[4]慧心流の主張によれば、東陽房忠尋は「止観は法華経の本門と迹門のこころを説いたものである」と言っており、摩訶止観の第六巻には「観とは空・仮・中の三諦が円融していることを悟った仏智のことであり、止とはこの理を観念した仏見のことをいう。この止観を修行すれば、その心の中に止観が現前として現われる。(中略)声聞・縁覚・菩の三乗が、仏は伽耶がや城菩提樹の下で正覚を開かれた歴史上の人物であると思い込んでいる心を開くことこそ、開仏知見なのである」とある。また湛然の摩訶止観輔行伝弘決の五の巻には「十種の観心の修行は、法華経に基づくものである。このため法華経の経文を引いて、この観心をめたのである。もし迹門の立場で述べれば、仏は過去三千塵点劫の昔、大通智勝仏のもとで、この十乗観法を修行して、いま寂滅道場ではじめて成道されたのを、妙悟を開いたというのであり、もし本門の立場から述べるならば、五百億塵点劫のはるか昔に、菩の道を修行せられた時、この十乗観法を修行して、妙悟を開いたというのである。このように、本門でも迹門でも、仏はただこの十種の観心の修行によって悟られたのである」と述べられている。
[5]はじめの天台大師の摩訶止観の文は、止観は法華経の本門(後半)に限ると説いているように思えるが、次の止観弘決の文は、本門と迹門の両方にわたっていると考えられるから、「止観は法華経の本門と迹門の両方にわたる」という慧心流の主張の論拠はここにあると(慧心流では)いうのである。
[6]次に檀流では「摩訶止観は法華経の迹門の諸法実相を根本とするのみである」と主張しているのであるが、その証拠は止観弘決の三巻の「四教(蔵・通・別・円)や五味(乳・酪・生酥・熟酥・醍醐)を借りて法華経の妙円の理によって止観を構築する。このため摩訶止観の全般において、ことごとく法華経の円頓一乗の方便を開き真実を示した妙観を成ずる」という文である。この文を論拠とするならば、摩訶止観は法華経の迹門に基づいていることが明瞭である。
[7]このように慧心流と檀流の両流の主張は、それぞれ異なるが、どちらともに止観は本門・迹門との関係によって成り立っているという点は同じなのである。
[8]それなのに、昨今の天台宗の学徒はどこから相承して、止観は法華経よりすぐれているなどと主張するのであろうか。ただし私の考えるところでは、止観と法華経の勝劣は、天地雲泥のちがいがあると思われる。もし、ゆずって論じたとすれば、止観は法華経の迹門の所説と同じほどである。それは、天台大師が体得した法門とは、大師の十徳の中でいえば、第一の「師なくしてみずから法華一仏乗の深い理をさとられた」とか、第九の「深く法華円頓の意をさとられた」などと弟子の章安大師灌頂が讃したとおりであり、また霊応伝第四に「法華経を修行して、二七日の後に豁然かつねん(迷いがさらりと解け開くさま)として禅定に入られた」とあり、摩訶止観の一巻に「この止観は天台大師が、その心の中に体得した法門を説いたものである」とあり(章安の意見)、また止観弘決の五の巻に「摩訶止観の観念の修行の方法について論じる節となると、どの文もみな一念三千の妙理によって観念の方法の指南としている。このため、摩訶止観の序の中に『おのれの心の中に体得した法門』とある」と述べられる。天台大師の「おのれの心の中に体得した法門」とは、一念三千・一心三観のことである。三諦・止観という名は、瓔珞経や仁王経の中に出てくるが、それを一心三観・一念三千と称して天台大師の心の中に体得した法門とするのは、法華経の迹門の方便品の十如是・諸法実相の経文によって構築したものにすぎない。このようなことから、摩訶止観の思想は、迹門を論拠としていることがわかるのである。
[9]もし極論して論ずるならば、天台大師の唱える止観とは、法華経以前の諸経・方便をまじえた仮の大乗経であり、四教の中では別教に位置づけられるものである。それは、止観とは天台大師が大蘇山の普賢道場で三昧によってさとった法門であって、そのさとりの境地を師匠の南岳大師慧思に申し上げたところ、慧思は、天台大師のさとり得た境地とは、法華経の前方便の陀羅尼にすぎない、と述べている。また霊応伝の第四に「天台大師智が師の慧思禅師にかわって金字の大品般若経の講義をした時『一心に万行を具えている』という文のところにきて、疑問をおこしたところが、慧思禅師はこれを解釈して『あなたの疑問は大品般若経の順序段階の法門であって、いまだ法華経の円頓の妙旨には到達していない』と述べた」とある(天台大師の見解の限界点を指摘している)。
[10]このように、その講義をした経典は法華経以前の方便をまじえた権大乗経の般若経であり、また順序段階というから別教である。そしてさとり得た境界とは「法華の前方便」であるというのであるから、天台大師の止観とは法華経以前の方便を帯びた権経で、別教の領域に属すべきことがわかるのである。
[11]天台大師のさとり得た境界が、ここで述べたように「法華経の前方便の陀羅尼」であって、その止観とは、「その心の中のさとりの法門を説かれた」というものであるから、いうまでもなく法華経の前半の迹門にもおよばないことは明白であり、本門におよばないことはなおさらである。もし、以上のような論究によるのならば、(止観は法華経の迹門にかぎるという)檀流の主張の方が妥当であると考えることができる。このような点を理解した上で、止観が法華経にすぐれるというまちがった主張に反論なさるがよいでしょう。詳細については別に一巻(立正観鈔)を書き送りました(ので、そちらを見るようにして下さい)。(私、)日蓮が相承した法門の血脈(最も肝要な教義)をたしかに書いてお伝えしました。
[12]文永十二年〈乙亥〉<日>二月二十八日
[13]<人>日 蓮 <花押>花押
[14]<先>最蓮房御返事