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立正観抄

全集 第2巻 2段 定本: #158(定本の該当ページへ)

書下し

立正観鈔りつしようかんじよう


[1]法華止観同異決
[2]当世天台の教法を習学するの輩、多く観心修行*かんじんしゆぎようを貴んで、法華本迹ほつけほんじやく二門を捨つと見えたり。
[3]今問う。そもそも観心修行というは、台大師の訶止観の説己心中所行法門の一心三観念三千の観に依るか。はたまた世に流布せる磨の禅観に依るか。もし達磨の禅観に依るといわば、教禅とは未顕真実妄語方便の禅観なり。華経妙禅の時には正直捨方便と捨てらるる禅なり。祖師達磨禅とは外別伝の天魔の禅なり。共にこれ無得道妄語の禅なり。よつてこれを用ゆべからず。
[4]もし天台の止観の一心三観に依るとならば止観一部の廃立はいりゆう天台の本意に背くべからざるなり。もし止観修行の観心に依るとならば華経に背くべからず。止観一部は法華経に依て建立す。一心三観の修行は妙法の不可得なるを感得せんがためなり。故に知んぬ。法華経を捨ててただ観をしようとするの輩は、大法・大邪見・天魔の所為なることを。その故は天台の一心三観とは、法華経に依て三昧開発かいほつするを、己心証得の止観というゆえなり。
[5]問う、天台大師止観一部並びに一念三千、一心三観、己心証得の妙観は、しかしながら法華経に依ると云う証拠いかん。
[6]答う、予反詰ほんきつして云く、法華経に依らずと見えたる証文いかん。人これを出して云く、この止観は天台智者己心中所行の法門を説く。或はまた、故に止観に至て正しく観法を明す、故に序の中に己心中所行の法門を説くと云えり。まことにゆえあるなり文。難じて云く、この文は全く法華経に依らずという文に非ず。すでに己心中所行の法門を説くと云うが故なり。天台の所行の法門は法華経なるが故に、このこころは法華経に依ると見えたる証文なり。ただし他宗に対するの時は、問答大綱を存すべきなり。いわゆる云うべしもし天台の止観、法華経に依らずといわば速やかに捨つべきなり。その故は、天台大師兼て約束して云く、修多羅しゆたらと合せば録してこれを用う。文なく義なきは信受すべからず云云。教大師云く、仏説に依憑えひようして、口伝くでんを信ずることなかれ文。樹の論に云く、修多羅白論びやくろんに依て、修多羅黒論に依らざれ文。教主釈尊ののたまわく、法に依りて人に依らざれ文。天台は法華経に依り、竜樹を高祖にしながら経文に違し、我がことばを翻して道邪見の法に依て止観一部を釈する事、全くあるべからざるなり。
[7]問う、正しく止観は法華経に依ると見えたる文これありや。
[8]答う、余りに多きが故に少少これを出さん。止観に云く、漸と不定とは置いて論ぜず。今経に依りてさらに円頓えんどんを明さん文。決に云く、法華経の旨をあつめて、不思議十乗十境待絶滅絶寂照たいぜつめつぜつじやくしようの行を成ず文。止観大意に云く、今家こんけの教門は竜樹を以て始祖となす。慧文えもんはただ内観をつらぬるのみ。岳天台におよんでまた法華三昧に因つて陀羅尼を発し、義門を開拓するに観法周備す。もし法華を釈するには、すべからく実本迹を暁了ぎようりようしてまさに行を立つべし。この経独り妙と称することを得、まさにこれに依りて以て観道を立つべし。五方便及び十乗軌行きぎようと言うは、即ち円頓止観えんどんしかん全く法華に依る。円頓止観は即ち法華三昧の異名いみようなるのみ文。句の記に云く、観と経と合すれば他の宝を数うるにあらず。まさに知んぬ、止観一部はこれ法華三昧のせんていなり。もしこのこころを得ればまさに経旨にかなう云云。唐土の人師満の釈せる学、天台宗法門大意に云く、摩訶止観一部の大意は、法華三昧の異名を出でず。経に依て観を修す文。これらの文証もんしよう分明なり、誰かこれを論ぜん。
[9]問う、天台四種の釈を作るの時、観心の釈に至て本迹の釈を捨つと見えたり。また法華経は漸機のためにこれを説き、止観は直達じきだつの機のためにこれを説くといかん。
[10]答う、漸機のために説くは劣り、頓機のために説くは勝るとならば、今の天台宗の意は、厳・言等の経は法華経に勝りたりと云うべきや。今の天台宗の浅ましさは、真言は事理倶密じりくみつの教なる故に法華経に勝るとおもえり。故に止観は法華に勝ると云えるも道理なり道理なり。
[11]次に観心の釈の時、本迹を捨つという難は、法華経いずれの文にか人師にんしの釈を本として仏の教を捨てよと見えたるや。たとえ天台の釈なりとも、尊の金言きんげんに背き法華経に背かば、全くこれを用うべからざるなり。依法不依人の故に、竜樹・天台・伝教元よりの御約束なるが故なり。その上天台の釈の意は、しやくの大教起れば爾前の大教ぼうじ、ほんの大教おこれば迹の大教亡じ、観心の大教興れば本の大教亡ずと釈するは、本体の本法をば妙法不思議の一法に取り定めての上に修行を立つるの時、今像法の修行は観心の修行をとなすに、迹を尋ぬれば迹広し、本を尋ぬれば本高うして極むべからず。故に末学に叶いがたし。ただ己心の妙法を観ぜよと云う釈なり。しかりといえども妙法を捨てよとは釈せざるなり。もし妙法を捨てば、何物を己心となして観ずべきや。宝珠ほうじゆを捨て窮を取て宝となすべきか。悲しい哉。当世天台宗の学者は、仏・真言・禅宗等に同意するが故に、天台の教釈を習い失て法華経に背き大謗法の罪を得るなり。もし止観を法華経に勝ると云わば種種のとがこれあり。
[12]止観は天台の道場所得の己証こしようなり。法華経は釈尊の道場所得の大法なり。〈是一〉
[13]釈尊は妙覚果満の仏なり。天台は住前未証なれば、字・観行・相似には過ぐべからず。四十二重の劣なり。〈是二〉
[14]法華は釈尊乃至諸仏出世の本懐なり。止観は天台出世の己証なり。〈是三〉
[15]法華経は宝の証明あり。来集の分身ふんじん長舌を大梵天に付く。皆是真実の大白法なり。止観は天台の説法〈是四〉なり。
[16]かくのごとき等の種々の相違これあれどもなおこれを略するなり。
[17]また一つの問答に云く、所被しよひの機上機じようきなる故に勝ると云わば、実を捨ててごんを取れ。天台云く、教いよいよ権なれば位いよいよ高しと釈し給う故なり。所被の機、下劣なる故に劣ると云わば、権を捨てて実を取れ。天台の釈には、教いよいよ実なれば位いよいよひくしと云う故なり。しかして止観は上機じようきのためにこれを説き、法華は下機げきのためにこれを説くと云わば、止観は法華に劣れる故に機を高く説くと聞えたり。にさもやあるらん。天台大師は霊山りようぜん聴衆ちようしゆ、如来出世の本懐ほんがいべたもうといえども、時至らざるが故に妙法の名字を替えて止観と号す。迹化しやつけしゆなるが故に本化ほんげの付属を弘め給わず。正直の妙法を止観と説きまぎらかす。故にありのままの妙法ならざれば帯権たいごんの法に似たり。故に知んぬ、天台弘通の所化の機は在世帯権の円機のごとし。本化弘通の所化の機は法華本門の直機じききなり。止観と法華は全く体同じと云わん、なお人師の釈を以て仏説に同ずるとが甚重なり。いかにいわんや止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出すは、ただこれ本化の弘経と迹化の弘通と、像法と法と、迹門の付属と本門の付属とを、末法の行者に云い顕わさせんための仏天の御計らいなり。
[18]ここに知んぬ。当世の天台宗の中にこの義を云う人は、祖師天台のためには不知恩の人なり。あにそのとがを免れんや。それ天台大師は昔霊山りようぜんに在つては薬王と名け、今漢土に在つては天台と名け、日本国の中にては伝教と名く。三世の弘通ともに妙法と名く。かくのごとく法華経を弘通したもう人は、在世の釈尊より外は三国にその名を聞かず。ありがたく御座おわします大師を、その末学その教釈をあしく習いて、とがなき天台に失を懸けまつる。あに大罪にあらずや。
[19]今問う、天台の本意は何なる法ぞや。碩学等の云く、一心三観いつしんさんがんこれなり。今云く一実円満の一心三観とは、誠に甚深じんじんなるに似たれども、なお以て行者修行の方法なり。三観とは因の義なるが故なり。覚大師の釈に云く、三観とは法体ほつたいを得せしめんがための修観しゆかんなり云云。伝教大師の云く、今、止観修行とは、法華の妙果を成ぜんがためなり云云。故に知んぬ。一心三観とは果地果徳の法門を成ぜんための能観の心なることを。いかにいわんや、三観とは言説ごんぜつに出したる法なる故に、如来の果地果徳の妙法に対すれば可思議の三観なり。
[20]問う、一心三観に勝れたる法とはいかなる法ぞや。
[21]答う、この事誠に一大事の法門なり。唯仏与仏の境界なるが故に、我等が言説に出すべからざるが故にこれを申すべからず。これを以て経文には、我が法は妙にして思いがたし、ことばを以て宣ぶべからず云云。妙覚果満の仏すらなお不可説不思議の法と説きたもう。いかにいわんや、等覚の已下乃至凡夫をや。
[22]問う、名字を聞かずんば、なにを以て勝法ありと知ることを得んや。
[23]答う、天台己証の法とはこれなり。当世の学者は血脈相承けちみやくそうじようを習い失う故にこれを知らざるなり。故に相構え相構えて秘すべく秘すべき法門なり。しかりといえども汝のこころざし神妙なればその名を出すなり。一言の法とはこれなり。伝教大師の一心三観一言に伝うと書きたもうこれなり。
[24]問う、いまだその法体ほつたいを聞かずいかん。
[25]答う、所ごんとは妙法これなり。
[26]問う、なにを以て妙法は一心三観に勝れたりという事を知ることを得るや。
[27]答う、妙法は所の功徳なり。三観は行者の観門なるが故なり。この妙法を仏説いて言く、道場所得の法、我が法は妙にして思いがたし。この法は思量にあらず、ことばを以て宣ぶべからず云云。天台の云く、妙は不可思議、言語道断、心行所滅なり、法は十界如因果不二の法なりと。三諦とも云い、三観とも云い、三千とも云い、不思議法とも云う、天台の己証は天台の御思慮の及ぶ所の法門なり。この妙法は諸仏の師なり。今の経文のごとくならば、遠実成の妙覚極果ごつかの仏の境界にして、前迹門の教主・諸仏・菩の境界にあらず。経にただ仏と仏といまし能く究尽くじんすとは、迹門の界如かいによ三千の法門をば、迹門の仏が当分究竟の辺を説けるなり。本地難思の境智の妙法は迹仏等の思慮に及ばず。いかにいわんや菩夫をや。止観の二字をば、観とは仏知に名け、止とは仏見に名くと釈するも、迹門の仏知仏見にして、妙覚極果の知見にはあらざるなり。その故は止観は天台己証の界如三千三諦三観を正となす。迹門の正意しよういこれなり。故に知んぬ。迹仏の知見なりと云う事を。ただし止観に絶待不思議の妙観を明すと云うとも、ただ一念三千の妙観にしばらく与えて絶待不思議と名くるなり。
[28]問う、天台大師真実にこの一言の妙法を証得したまわざるや。
[29]答う、内証はしかるなり。外用げゆうにおいてはこれを弘通したまわざるなり。いわゆる内証の辺をば秘して、外用には三観と号して、一念三千の法門を示現したもうなり。
[30]問う、なにが故ぞ知りながら弘通したまわざるや。
[31]答う、時至らざるが故に、付属にあらざるが故に、迹化なるが故なり。
[32]問う、天台この一言の妙法これを証得したまえる証拠これありや。
[33]答う、この事天台一家の秘事なり。世に流布せる学者これを知らず。灌頂玄旨かんちようげんし血脈けちみやくとて、天台大師自筆の血脈一紙これあり、天台御入滅の後は石塔の中にこれあり。伝教大師御入唐ごにつとうの時、八ぜつかぎを以てこれを開き、和尚*どうずいわじようより伝受したもう血脈とはこれなり。この書に云く、一言の妙旨、一教の玄義と文。伝教大師の血脈に云く、夫れ一言の妙法とは、両眼を開いて五塵の境を見る時は随縁真如なるべし。両眼を閉じて無念に住する時は不変真如なるべし。故にこの一言を聞くに万法ここに達し、一代の修多羅一言に含す文。
[34]この両大師の血脈のごとくならば、天台大師の血脈相承の最要の法は妙法の一言なり。一心三観とは所妙法を成就せんための修行の方法なり。三観は因の義、妙法は果の義なり。ただし因の処に果あり、果の処に因あり。因果倶時くじの妙法を観ずるが故に、かくのごとき功能くのうを得るなり。
[35]ここに知んぬ。天台至極しごくの法門は法華本迹未分の処に無念の止観を立て、最秘の大法とすと云える邪義、大なる僻見なりと云う事を。依弘経のだいさつたはすでに仏経に依て諸論を造る。天台なんぞ仏説に背いて、無念の止観を立てんや。もしこの止観、法華経に依らずといわば、天台の止観、外別伝の磨の天魔の邪法に同ぜん。すべてしかるべからず、哀れなり哀れなり。
[36]伝教大師の云く、国主の制にあらざれば以て遵行じゆんぎようすることなし。法王のおしえにあらざれば以て信受することなし文。また云く、四、論を造るにごんありじつあり。三乗のむねを述ぶるに三あり一あり。ゆえに天台智者は三乗の旨に順じて四教の階を定め、一実の道に依りて一仏乗を建つ。六度に別あり。戒度なんぞ同じからん。受法同じからず。威儀あに同じからんや。この故に天台の伝法は深く四依に依り、また仏経に順う文。本朝の天台宗の法門は伝教大師よりこれを始む。もし天台の止観法華経に依らずといわば、日本においては伝教の高祖に背き、漢土においては天台に背く。両大師の伝法すでに法華経に依る。あにその末学これに違せんや。違するを以て知んぬ。当世の天台家の人人、その名を天台山に借るといえども、所学の法門は達磨の僻見と、無畏の妄語とに依るという事を。天台・伝教の解釈げしやくのごとくんば、己心中の秘宝はただ妙法の一言に限るなり。
[37]しかして当世の天台宗の学者は、天台の石塔の血脈を秘し失う故に、天台の血脈相承の秘法を習い失つて、我と一心三観の血脈とて我意に任せて書を造り、錦の袋に入れて頸に懸け、箱の底に埋めて高直こうじきに売る故に邪義国中こくちゆうに流布して、天台の仏法を破失せるなり。天台の本意を失い、釈尊の妙法を下す。これ偏に達磨の教訓、善無畏の勧めなり。故に止観をも知らず、一心三観一心三諦をも知らず、一念三千の観をも知らず、本迹二門をも知らず、相待そうだい絶待ぜつだいの二みようをも知らず、法華の妙観をも知らず、相をも知らず、実をも知らず、四教八教をも知らず、味の施化せけをも知らず。教・機・時・国、相応の義は申すに及ばず。実教にも似ず権教にも似ざるなり。道理なり道理なり。
[38]天台・伝教の所伝は禅・真言より劣れりと習う故に、達磨の邪義真言の妄語に打ち成りて、権教にも似ず実教にも似ず、二途に摂せざるなり。故に大謗法罪顕われて、止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出して、とがなき天台に失を懸けたてまつる。故に高祖に背く不孝の者、法華経に背く大謗法罪の者と成るなり。
[39]それ天台の観法を尋ぬれば、大蘇だいそ道場において三昧開発かいほつせしより已来このかた、目を開いて妙法を思えば随縁真如なり。目を閉じて妙法を思えば不変真如なり。この両種の真如はただ一言の妙法にあり。我が妙法を唱える時万法ここに達し、一代の修多羅しゆたらごんがんす。所、迹門を尋ぬれば迹広く、本門を尋ぬれば本高し。しかじ己心の妙法を観ぜんにはと思召おぼしめされしなり。
[40]当世の学者この意を得ざるが故に、天台己証の妙法を習い失うて、止観は法華経に勝り、禅宗は止観に勝りたりと思いて、法華経を捨てて止観に付き、止観を捨てて禅宗に付くなり。禅宗の一門云く、松に藤かかる、松枯れ藤枯れて後いかん。のぼらずして一打なんど云える、天魔の語を深く信ずる故なり。修多羅の教主は松のごとく、その教法は藤のごとし。各々に諍論じようろんすといえども、仏も入滅し教法の威徳もなし。ここに知んぬ。修多羅の仏教は月を指す指なり、禅の一法のみ独妙なり。これを観ずれば見性得達とくだつするなりと云う、大謗法の天魔の所為そいを信ずる故なり。
[41]しかして法華経の仏は、寿命無量常住不滅の仏なり。禅宗は滅度の仏と見るが故に道の無の見なり。是法住法位世間相常住の金言に背く僻見なり。禅は法華経の方便、無得道の禅なるを、真実常住の法と云うが故に外道の常見なり。もし与えてこれを言わば、仏の方便三蔵の分斉ぶんざいなり。もし奪つてこれを言わばただ外道の邪法なり。与は当分の義、奪は法華の義なり。法華の奪の義を以ての故に、禅は天魔外道の法と云うなり。
[42]問う、禅を天魔の法という証拠いかん。
[43]答う、前前さきざきに申すがごとし。
現代語訳

立正観鈔


文永一一年(一二七四)、五三歳、於身延、最蓮房宛、原漢文、定八四四—八五一頁。

[1]法華止観同異決
[2]最近、天台宗の学徒は、観心修行ばかりを重んじて、法華経の前半と後半、すなわち迹門と本門に説かれる尊い教えを軽視している傾向がある。
[3]今問い尋ねれば、そもそも観心の修行とは、天台大師智が摩訶止観の中で示した心の中に自ら修行し体験した独特の法門の一心三観や一念三千の観法のことを指すのか、はたまた現在流行している達磨大師の弘めた禅宗流の観法によるのであろうか。もし達磨大師の禅の観法によるというのならば、伽経・首厳経による禅は、法華経がいまだ真実を明らかにする以前の、方便をまじえた不確かな禅の観法と言うべきである。法華経に基づく妙禅が説かれるならば「すべて方便を捨て去り真実を説く」とあるように、方便として捨てられるべき禅法である(伽経・首厳経に基づくのは取るに足らない禅法である)。また達磨大師を祖師とする禅であるとするならば、釈尊の説いた教えの言葉以外に別に特別に伝えた法がある(教外別伝)という考えを根本とするものであるから、(仏教の根本である仏典を否定することになり)天魔が説いているのではないかと思われるほどの間違った考え方である。教禅・達磨禅ともに、いずれも仏道を成就することのできない不確かな禅である。このため取り入れるべきではない。
[4]また、もし天台大師の説いた摩訶止観の一心三観に基づくというのならば、摩訶止観で廃捨すべきことと存立することを明確にした天台大師の本意に背くことがあってはならない。もし摩訶止観に説く観法の修行の方法によるというのならば、法華経に背いてはならないのである。摩訶止観は法華経の一念三千の法門に基づいて観法の修行の方法を説いているのであるから、一心三観の修行の実践方法は、妙法が不可思議であることを証得することに他ならない。このため、根本である法華経を軽視して、ただ観心ばかりを正しいものとして偏重する学徒は、法華経をそしる重い罪を犯した者、よこしまなものの見方を持った者、天の魔のように間違った考え方を持った者の行為そのものである。なぜかといえば、天台大師の一心三観の観法は、法華経によって心を静寂な境地に定住させて安定させる(三昧開発)ことによって一仏乗の真理を悟ることを体得した独特の境地を止観というからである。
[5]〔問〕天台大師の摩訶止観、ならびに一念三千、一心三観等の観法は、法華経によって成立するとするが、その典拠はどのようなものであるか。
[6]〔答〕反論して言えば、法華経を依拠としないとする証拠はあるのだろうか。さすれば、反論するやからは次のような文を示している。章安大師灌頂の止観の序分の中には「この止観は、天台大師智が、おのれの心中に自ら修行し、体験した法門を説いたものである」とあり、また「止観にいたってはっきりと実践的な面から観心の修行を説き、ならびに一念三千の観法によって、その実修方法の指南としたのであるから、止観は天台大師の完璧な修行実践方法の発明である。このため、序の中で章安大師が、その主張を高く評価しほめたたえて、天台大師がおのれの心中にみずから実践し体験された尊い法門であると述べたのも、理にかなったことなのである」(摩訶止観輔行伝弘決)という文をあげている(しかし、これらの文は逆に天台大師が法華経によっていることを、はっきりとしめす文なのである)。しかしながら、これらの文は法華経を依拠としているのである。なぜかといえば、すでに「天台大師が心中に自ら修行体得した法門である」というからであって、天台大師が体得した法門というのは法華経による修行の方法だからなのである。このため、先にあげられた反証としての章安大師の序の文は、かえって天台大師が法華経によっているという証拠となる。ただし、他宗に対する時は問答は重要な点にとどめておくべきである。もし天台の止観が法華経に基づいていないと言うのならば、法華経に依らない止観などはすみやかに捨てなければならない。それは、天台大師がかねてから定めていた規則に、「経文(修多羅)と一致する場合は、この教えを用いるべきであるが、経文にもなく、内容の面からの不都合なことは決して信用してはならない」とあるからである。また伝教大師最澄は法華秀句の中で「仏陀の説によるべきであって、後々の口づたえの説を信ずるべきではない」と述べており、竜樹は大智度論の中で「真実の経にもとづく論議は正しい考え方であり、経典にもとづかない論議は間違ったものである」と論破しており、釈尊は涅槃経に「仏法によるべきであって、それを解釈する学者の説ばかりにたよるな」と述べている。天台大師は法華経の経文を第一とし、また竜樹を高祖とあおいでいながら、経文の説くところと違ったり、自分がかねがね言っている「経文に合致するならば取り入れる」という考え方をひるがえして、仏教以外の宗教思想のまちがった考え方によって、摩訶止観について論じるなどということは絶対にありえないことである。
[7]〔問〕というのならば、天台大師の止観が、本当に法華経に基づいているという明確な証拠の文はどのようなものであるか。
[8]〔答〕確実な証拠があるが、あまりに多いので、その一部をここに示そう。摩訶止観には「漸次と不定と円頓との三種があるが、その中の漸次と不定との二つの止観について論ずることはしばらくやめておいて、ここでは法華経によって円頓の止観について明らかにしよう」とあり、また、荊渓湛然の摩訶止観輔行伝弘決には「法華経の思想の肝要を集めて、止観の不思議の十乗・十境・待絶・滅絶・寂照の止観の修行を成立せしめた」とあり、また同じく湛然の止観大意には「天台大師を祖とする教相観心の教えは竜樹の思想を根本とするものである。北斉の慧文禅師はただ三観三智を示したのみであったので、南岳・天台以後は、法華経の三昧によって正しい智慧をおこして、はば広く教相と観心の両面にわたって論説し、観心とはどういうものかが充分に整備された。もし法華経によって観心の修行をしようと考えるならば、よく権教と実教、本門と迹門などの問題について明らかにしてから観心の修行を立てるべきである。法華経だけが『妙』と称される(釈尊の奥深い真理が説かれる)経典であるから、この経によって観心の修行を打ち立てるべきである。一 具五縁ぐごえん・二 訶五欲かごよく・三 棄五蓋きごがい・四 調五事ちようごじ・五 行五法ぎようごほうの五科にそれぞれ五方便ありとして二十五方便を示す『五方便』という修行の準備方法や、『十境十乗』の観心の修行方法こそが円頓止観であって、それは法華経に基づくものにほかならないのである。このように(法華経の真理を根本とした観心の修行方法なのであるから)円頓止観というのは法華三昧(法華経による三昧)の異名にすぎないのである」と述べられている。法華文句記には「観心の修行のありかたが、法華経の経文の説くところと合致する時には、他人の宝を数えるというような徒労とはちがうすばらしい修行方法となる。そのため摩訶止観という書こそ法華経の三昧について知るための(水中にしずめて魚をとらえる漁具である伏籠が、魚が取れれば不用となるように)目的を達成するまでの手段であることがわかる。この意を会得すれば、それこそ法華経の経旨にかなうのである」とある。また湛然の弟子で最澄に天台宗を付法した師とされる行満の学天台宗法門大意には「摩訶止観という書物の主眼とするところは、法華三昧の異名である摩訶止観を明かすことにあって、法華経によって観心の修行をするのである」と述べられている。ここに列挙した証拠の文は明白であって、(止観は法華経にもとづくことを)何人なんぴとといえども否定することはできない。
[9]〔問〕天台大師智が法華経の一字一句について解釈するに際して、因縁・約教・本迹・観心の四種の解釈方法を考案したが、観心について論じる段になると、本迹について解釈した点を用いていないように思える。また法華経は次第に理解能力(機根)が向上していく過程でさとっていく鈍根(理解能力がなかなか向上しない者)のために説いた教えであるが、止観は直接的に証りの境地に到達できる利根の者(直達の者・理解能力の高い者)のために説いたものとしているが、この点はどうであろうか(根本であるはずの法華経より止観の方がすぐれていると言っているのはなぜか)。
[10]〔答〕法華経は次第に能力を向上させていく鈍根のために説いたものだから劣り、止観はただちにさとる利根のための説いたのであるからすぐれているというならば、現在の天台宗の宗義では、華厳や真言などの経は法華経よりも勝れているというのであろうか(そのようなことは決してない)。現在の天台宗の人々のあさましいことは、真言は印契・真言の事相じそうをそなえるとともに、妙法実相の理も如来秘密の法としてそなえているという考えにおちいり、法華経よりも真言が勝れていると信じていることにある。(本来、根本の経典である法華経よりも、他の華厳・真言の経が勝れていると考えているくらいであるから)止観が法華経より勝れていると思うのも、道理である。もっともである。
[11]次に観心について解釈するにあたって(「観心釈」)法華経を前半(迹門)と後半(本門)とに分けて考えること(本迹二門)を捨て去ることを主張しているが、(そうして止観が法華経にすぐれていることを明らかにしようとしているが)法華経の経文のどこに、世の学者の説を用いて根本たる仏典の教えを捨て去れ、と書いてあるのだろうか。たとえ天台大師の解釈であったとしても、釈尊の貴いお言葉である法華経に違背いはいしているような考え方は決して採用してはならない。涅槃経(如来性品)に「依法不依人」とあって、どんなにすぐれた学者の説よりも、まず根本である仏典をひもとき、よりどころとすべきである、と述べられているし、このことを竜樹菩・天台大師・伝教大師最澄などの先哲はもとより承知のことであり、涅槃経のいましめを実行してきた方々なのである。その上、天台大師が法華玄義の中で「法華経の前半部分(迹門)で大教(二乗作仏などの重要思想)が説かれれば、法華経より以前(爾前)の教えが亡び去り(法華経より以前の諸経も釈尊のすばらしい説法ではあるが、方便を交えた説法であるので法華経が説かれればその役割からはずれること)法華経の後半部分(本門)で大教(久遠実成の教え)が説かれれば、前半部分(迹門)の教えは亡び去り(永遠の釈尊ではなく、歴史上の有限の釈尊の説とされていたからである)、観心という重要法門が示されれば法華経本門の教えも亡び去る(天台大師は、これほど観心を重要視していたのである)」と述べたその本意は、(多くの末学がこの文を誤解して、天台大師が法華経より止観が勝れていると主張しているなどと思ってしまっているが)修行の根本である法華経の前半・後半で説かれている教えのすべてを、妙法蓮華経の不思議の一法としてとりまとめて、それを基盤として観心の修行とはどのようなものであるかを論じた時に、天台大師の活躍した像法の時代には観心が最も重要であるのに、(修行の根本である法華経をみてみると)法華経の前半(迹門)で説かれている諸法実相の理論は、あまりに広汎であって難解であり、後半(本門)で久遠実成が説かれ釈尊の永遠性が示されることは、あまりに高遠であり極めることはむずかしい。このため、末学の劣った理解能力では決して体得することができないだろうと考えて、初心の末学のために、ひたすら凡夫の一瞬の心にそなわる妙法(一念三千)の世界を観念せよと述べているのである。さりとて、法華経を捨ててしまえと述べているのでは決してない。もし法華経を捨ててしまったならば、凡夫の一念の中に(妙法の不思議な境界以外の)何を観念すれば良いというのであろうか。(修行の根本である法華経を捨てるなどといった誤った考え方は)あたかも、思うとおりの宝を生みだす不思議な珠とされる如意宝珠を(持っていれば、いつでも貧しさから逃れられるのに、それを)捨ててしまって、あえて貧しさに苦しむようなことである。悲しいことには、現在の天台宗の学者は、念仏・真言・禅宗などの他宗の主張に同意してしまって、天台大師の思想に間違った解釈を加えて、法華経に背いてしまい謗法の大きな罪(正法である法華経をそしる最も重い罪)におちいってしまっている。もし観心・止観の修行の方法ばかりが法華経よりすぐれていると言うならば、その見解にはいくつかの問題点があるので、ここにそれを示すと次のようになる。
[12]第一、止観は代の天台大師智が、大蘇にあった法華経の修行の道場で体得したものにすぎないが、法華経は釈尊が久遠実成の永遠の道場において証得した大いなる法門であること。
[13]第二、いうまでもなく釈尊は仏のさとりの境地に到達した尊い仏であるが、天台大師は、いまだ「初住の位」(心の迷いを断ち切って真実を見通すことのできる位)にも登っておらず、せいぜい「名字即」か「観行即」「相似即」などの初級の段階にあると思われるので、(妙覚という最高位までは四十二の位階があるといわれているので)四十二段階ものはるかなへだたりがある。
[14]第三、法華経は釈尊およびすべての諸仏が、世に出現せられた本懐の教えであるが、止観はただ一人天台大師が世に出て体得した法門にすぎないものである。
[15]第四、法華経は多宝如来が七宝の塔とともに出現して法華経の真実性を証明しており(宝塔品)、また、十方世界から来たり集まった分身の諸仏は広く長い舌(広長舌、仏の徳相の一つ)をはるか梵天にとどかせて讃しており(神力品)、多宝如来が「みなこれは真実である」とお述べになったように大いなる真実の法である(白法は真実の法のこと)。それに比べて、止観は天台大師が説いただけである(諸仏の証明はもちろんない)。
[16]以上のような色々な相違点があるけれども、ここでは省略してこの程度を示しておくにとどめておく。
[17]また別の問答の内容によれば、理解能力がすぐれている人(上機)のために説かれたから法が勝れていると言うのなら(そのことによって止観が法華経より勝れているというならば)真実の教えを捨てて方便をまじえた教え(権経)を採用するがよかろう(が、決してそのようなことはあり得ない)。それは、天台大師の摩訶止観の解釈(合わせて湛然がそれを解説した意見)には「教えが方便をまじえたもの(権)であればあるほど、教えを受ける人の位はいよいよ高いものだ」と述べているからである。また理解する能力が劣っているから教えが劣ると言うのならば、方便をまじえた教え(権経)を採用して真実の教えを捨てるべきである。天台大師の解釈には「教えがいよいよ真実となれば、その教えを受ける人の位はいよいよ低い者が対象となる」と述べている。しかしながら、止観は理解する能力の高い者のために説き、法華経は理解する能力の低い者のために説くなどと言うならば(ここに示した天台大師の解釈にあてはめるならば)止観は法華経に劣るから理解する能力の高い者のために説かれたものというように思われる。実際そうにちがいない。天台大師は釈尊が霊鷲山で法華経を説いた時に聴衆の一人としてそこに居たので、釈尊が世に出現した本懐である法華経について、その教えを説き広めたのであるが、(法華経は末法の時代にこそ弘まるべきで、天台大師の時代はいまだ像法であったので)弘まるべき時代が到来していなかった。そのため妙法五字の法華経の題目の教えを止観と名を替えて布教していたのである。それは天台大師が釈尊の垂迹の時の弟子であって、久遠実成の永遠の釈尊の弟子ではなかったから、上行菩らの釈尊の永遠の教化をうけた弟子達が釈尊から直接委嘱された妙法五字を宣べ伝えてはいなかったのである。真実をまっすぐに説き示した法華経の妙法の教えを、止観として説き紛らかして布教したのである。このため真実ありのままの妙法ではないので、方便を帯びた教え(帯権)に近いと言えるだろう。このことによって、天台大師の止観の教えを受けた像法の時代の人々は、あたかも釈尊の在世中に法華経以前の説法を受けた人々のように、「帯権たいごんの円機、すなわち方便(権)を帯びた円教の教えを受けた人々」である。久遠実成の釈尊の教えを受ける人々は、法華経の後半(本門)に示される妙法の教えを受けて正しく成仏の道を歩む「本門の直機」である。止観と法華経は全く同じであると言うことは、釈尊の法門を受けつぐ学者である天台大師の解釈と、根本である釈尊の経典とを同じであるとすることであって、大きな間違いである。まして、止観は法華経より勝れているなどという<傍>よこしまな考え方を主張することはなおさらである。ただし、(天台大師が止観を力説して、妙法五字の重要性を説かなかったのは)久遠実成の釈尊から末法の布教を委嘱された地涌の菩であるか垂迹の仏の弟子であったかの違い、像法(天台大師)に出現したか末法(上行菩)に出現するのかという時代の差異、嘱累品での多くの菩らへの布教の委嘱であるか、神力品の地涌の菩への特別な肝要の法の委嘱かの差異であって、このような点について末法に出現する法華経の行者に明確にさせようとの天下を照覧する仏陀のおはからいである。
[18]このようなことから考えると、現在の天台宗の中で法華経より止観が勝れていると主張する学者は、祖師である天台大師智に対して恩知らずの者となると言えるだろう。どうして、その過失からのがれることができようか。天台大師は釈尊が霊鷲山で法華経の説法をされた時には薬王菩として法門を聴受していたし、中国の代に生まれた時には天台大師であり、日本にも伝教大師最澄として生まれている。過去(薬王)・現在(天台)・未来(伝教)の三世にわたって布教した法は総じて妙法の教えである。このように法華経を三世にわたって布教した人は、釈尊の他にはインド・中国・日本の三国すべてにその名を見出すことはできない。この上もなく尊い天台大師であるのに、その教えを受けつぐ天台宗の学徒は、誤って解釈してしまったために、全く過失のない天台大師に罪をきせてしまっている。おそるべき重大な間違いである。
[19]それでは天台大師の本意はどのような法門であったのか。すぐれた学者らは「一心三観」であるという。しかし、今、私(日蓮)が考えるには、法華経という真実の教えによって構築される完全円満な一心三観とは、とても奥深い真理のように思われるけれども、それはまだ修行の方法にすぎないのである。なぜならば三観という止観の方法は(妙法の真実という証りの境界である「果」を体得するための)「因」の修行にすぎないからである。慈覚大師の注釈書(いずれの書であるか不明)によれば「三観は(妙法の)法の本体を証得するための観念修行の方法である」とあり、伝教大師の修禅寺決には「止観の修行は法華経という妙法のさとりの境地に至る修行を成就させるためである」という意味のことが書かれている。このため一心三観とは、観念する目的であり到達すべき境地(果地)とそのことによって得られる功徳(果徳)を体得するための、心のありかたを示す方法にすぎないのである。そして、この一心三観の観念の方法は、天台大師が言葉や書物に表明したものであるから、釈尊の証りの境界であり、その功徳である妙法に比べれば思慮のおよぶ範囲にとどまる修行の方法なのである(それに対して、妙法は不可思議の法なのである)。
[20]〔問〕一心三観よりも勝れた法門とはどのようなものであるか。
[21]〔答〕このことはまことに一大事の大切な法門である。方便品に「ただ仏と仏とのみ」とあるように、ただ仏だけが証得しきわめた境地であるから、私達のことばによっては表現することができない。このため法華経の方便品に「仏の証得した妙法は、奥深く細緻なものであるから、思いはかることもできなければ、ことばで述べることもできない」と説かれている。このように妙覚の仏の<傍>さとりの境地に完全円満に到達した仏でさえも、ことばに表現できず、思いはかることもできない法であるとお説きになるのであるから、まして等覚とよばれる妙覚につぐ位にある菩や、それ以下の菩や声聞・縁覚、そして凡夫などはとうていうかがい知ることはできない。
[22]〔問〕その名を聞かないのに、どうして勝れた法があることを知ることができようか(その名だけでも聞きたいものである)。
[23]〔答〕天台大師がその心の中に証得した法門こそ、一心三観にすぐれた法なのである。しかし今の天台宗の学者は、天台大師の法をうけつぐ血脈にありながら、その精神を正しく伝承していないので、知り得ることができない。このため、この法門は必ず必ず注意の上に注意を加えなければならない重要な法門である。本来、たやすく人に語るべきではないのであるが、貴殿の志がいかにもすばらしいので、その名を申し述べよう。「一言の法」すなわち思慮分別を超えた不可思議の法がそれである。伝教大師が顕戒論に「一心三観を一言に伝えられた」とお書きになったのがそれである。
[24]〔問〕その法体とはどのようなものであろうか。
[25]〔答〕すなわち「一言」とは妙法のことである。
[26]〔問〕どうして妙法が一心三観よりもすぐれているとわかるのであろうか。
[27]〔答〕妙法はさとるべき対象としての功徳・真理であるが、三観はこの功徳と真理を証るための修行者の観念の方法にすぎないからである。この妙法について仏は方便品に「道場でさとり得た法については、(質問しようとする者もなく、おもいはかることもできない)」「わたしがさとり得た法は妙であって思慮がおよばない」「この法は思慮分別のおよぶところではない」「諸法寂滅の相は<傍>ことばによって表現することはできない」とある。天台大師は(これらのことを解釈して)法華玄義に「妙ということは思いはかることのできないことをいうのである」「この法はことばで表現できる世界から超越して、心の力もおよばないところにある」「法とは十界のすべてに十如是をそなえて、九界のごん(迷いであり因である)と仏界の実(悟りの境地であり果である)が一体不二(分けることができない)である法のことである。(凡夫も仏も一体であることを説き示している)」と述べ、さらにくうちゆう三諦さんたい三観さんがん、あるいは三千世間、不思議法であるなどと解釈している。天台大師がその心中に証り得た法は天台大師の思慮した法であるから、思いはかることは可能であるが、妙法は諸仏の師なのである。(おもいはかることのできない)妙法が三観にすぐれていることは明らかである。先にあげた方便品の(道場でさとり得た法は妙であり思慮分別のおよぶものではないという)経文の通りであるならば、妙法とは久遠のはるか昔に成仏された妙覚の悟りの最高位におられる仏の境地そのものである。法華経以前の諸経や、法華経前半の迹門の教主や、その他の諸仏や菩のうかがい知り得る境地ではないのである。方便品に「ただ仏だけが、この法をきわめつくしておられる」とあるのは、法華経前半の迹門の十界十如・三千世間の法門を、迹門の始成正覚の仏が自分の見地から、その能力にしたがって証り得る領分からきわめつくしたと言うのである。久遠のはるか<傍>むかしから永遠のさとりの境界にある釈尊が悟られた境智の妙法は、とうてい迹門の仏などの思慮におよぶところではないのであり、まして菩や凡夫などは言うに足らないことである。止観の二字について天台大師は摩訶止観の中で解釈して「観を仏の智慧となづけ、止を仏の見識となづける」と述べているが、これは迹門の仏知・仏見であって、妙覚のさとりの最高位の究極の仏知・仏見ではないのである。なぜならば、止観とは天台大師が証り得た十界・十如是・三千世間・三諦・三観を中心としているのであるが、これらの思想は法華経の前半部分の迹門の真意なのである。それゆえ、この止観とは迹門の仏の知見であることをよくわきまえるべきである。ただし摩訶止観に「絶待不思議の妙観を明らかにする」と述べているが、これはただ一念三千の妙観を明らかにしているという点から、かりに「絶待不思議」と名づけたにすぎないのである。
[28]〔問〕天台大師は真実本当にこの一言の妙法をさとり得ていなかったのであろうか。
[29]〔答〕天台大師も心の内には妙法をさとり得ていたのであるが、表面上には妙法を布教するということはなかったのである。すなわち自己の深奥なさとりの境界を秘して、外面的には妙法を三観と名づけて一念三千の修行の実践方法を示したにとどまるのである。
[30]〔問〕どうして天台大師は妙法をさとり得ていながら、その法門を布教しなかったのであろうか。
[31]〔答〕(天台大師は像法時代の人であり、真実の法華経が弘まるべき時は末法であるがために)時がいまだ法華経の精が開顕されるのにふさわしくなかったこと、(末法の布教は上行菩らの地涌の菩に託されていたので)布教の任にあたらなかったこと、天台大師は垂迹の仏から教えを受けた弟子であること(地涌の菩のように末法の布教の使命を託されていなかった)がその理由である。
[32]〔問〕天台大師が、この一言の妙法を心の中にさとり得ていたことを示す証拠はあるだろうか。
[33]〔答〕このことは天台宗にとっては最も重大な秘事であり、世間の一般の学者はほとんどこのことを知らない。「灌頂玄旨の血脈」といって、天台大師智がみずから筆をとられた一紙の血脈がある。天台大師が御入滅の後は、石塔の中に納められていたが、伝教大師が唐に渡った時、地中より感得した八つの舌の形をした鑰によってその石塔を開いて、道和尚から伝授せられたのが、その「玄旨の血脈」である。この血脈には「一言の妙旨、一教の玄義」と書かれている(この文によって天台大師が一言の妙法を体得していたことがわかる)。また伝教大師の血脈には「その一言の妙法というのは真如法性のことであって、人の五官によって感じ取られるしきしようこうそく五塵ごじんの境界は、真如しんによがそれぞれの状況に応じて現わした現象であって、両方の眼を閉じて無想無念の境地に達した時は、その姿そのままが不変の真如のありさまなのである。このため、この一言の妙法を聞けば、すべての法の説き示そうとする境界に到達し、釈尊の生涯におけるすべての説法(修多羅)はこの一言に収めつくされるのである」と記されている。
[34]この天台大師と伝教大師の血脈の通りであるならば、天台大師の血脈相承の最も肝要な法は、(一心三観ではなく)一言の妙法であることがわかる。一心三観いつしんさんがんとは、要するに妙法を証得させるための修行の方法にすぎないのである。三観とは因(要因)の修行のことであり、妙法は果(結果)のさとりの境界である。ただ因の修行のところに果があり、果のさとりのところに因があるのであるから、因と果は一体であって分離することはできず、この因と果を同時に具えている妙法を観念するのであるから、(血脈に述べるような)すべての法の妙理を体得するような功徳を得るのである。
[35]このように、「天台大師の明らかにしようとした究極の法門とは、法華経の前半(迹門)と後半(本門)の区分とは別に止観の法があり、言辞を超えたところに無念の止観があると主張し、それこそ最大の秘法である」などという誤った意見を提示しているのは、まったくかたよった考え方であることをわきまえなければならない。高度なさとりの位に到達した大菩(馬鳴・竜樹・弥勒・無著・堅慧・世親など)は、みな仏の説かれた経典によってそれぞれ解釈し論を立てているのに、どうして天台大師だけが仏の考えに背いて無念の止観などというものを立てることがあろうか。もし、この止観が法華経に基づくものではないのならば、天台大師の止観は、仏の教えの外に別に心から心へと伝えられる秘伝があるなどと主張する達磨の立てた天魔の法(まちがった考え方)と同じである。天台大師の止観はそのようなものでは決してない。まことに残念なことである(まちがったうけ止め方をする者ばかり多いのは)。
[36]伝教大師は顕戒論の中で「国主の制定した法でなければ従ってはならない。法王の釈尊の教えでなければ信仰してはならない」と述べている。また「位の高い大菩が経典の解説である論をつくるのに権経(方便のおしえ)を立場とする場合もあれば、実経(真実のおしえ)を立場とする場合もあり、声聞・縁覚・菩の三乗のために教えを述べるのにも、蔵(声聞・縁覚)・通・別(菩)の三(三権)と一(一実・円教の菩)との区別がある。このため天台大師は三乗に対応するために法華経以前に四つの段階を定めて、法華経の真実の一経によって、一仏乗の教えを建立したのである。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六度についても区別があり、戒律そのものについても小乗の律と法華経の円満な戒律との差がある。受ける戒律の法が同じではないから、威儀もおのずからちがってくるのである。このため、天台大師の伝える法は、ふかく大菩の論に基づき、仏の説かれた経典を根本としているのである。(決して自分の憶説を説いたものではない)」と述べられている。いまの日本の天台宗の法門は、伝教大師をもって源流とし、始祖としているが、もし天台大師の止観が法華経に依らないというような考えを持つことは、日本においては高祖の伝教大師に背き、ひいては中国の天台大師に背くこととなる。天台大師と伝教大師の伝える法は法華経に依るのであるから、その末学としてはこれに従わなければならない。しかしながら現実にはそれに背いているのであるから、このごろの天台宗の学者たちは、その名は天台宗とは言っても、その学び主張するところの法門は達磨の禅法や、善無畏三蔵の真言の法に偏ってしまっていることを、よく知るべきである。天台大師と伝教大師の解釈のとおりであるならば、天台大師の心の奥底にみきわめた秘法とは、ただ妙法の一言のことなのである。
[37]このように、昨今の天台宗の学者は、天台大師が石塔の中に遺しておいた血脈の秘法を伝え失って、自分の考えをもととして一心三観の血脈などの書を偽って著作し、これを大切そうに錦の袋に入れて首からかけて、箱の底に深くしまって尊いものであると述べたがために、まちがった考え方が国中にひろまって、天台大師の仏法の本意が失われてしまった。末学の人々は天台大師の本意をそこない、釈尊の真実である妙法をおとしめるようになってしまったが、これも達磨の教外別伝の教訓と善無畏三蔵の法華経は大日経におとるという主張によるものなのである。このため止観はもとより、一心三観・一心三諦さんたい・一念三千のことを知らず、さらには本門と迹門、相待妙・絶待妙、法華経の妙観、三種の教相、教の権実、四教(蔵・通・別・円)、八教(化儀と化法の八教)、五時(華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃)、五味(乳味・酪味・生酥味・熟酥味・醍醐味)など(天台教学の基本事項について)も知らないのである。まして、教と機と時と国をわきまえて仏法を布教すべきこと(末法は法華経を布教すべきこと)を知らないことなどは、言うまでもない。(末学のために天台宗の教学は)真実の教えともつかず、方便の権教ともつかない不徹底な教理となってしまっているが、これも道理のあることである。
[38]天台大師や伝教大師の伝えた法華経は、禅宗や真言宗よりも劣ると習ったことにより、達磨や真言の主張と同じになってしまったために、権教とも実教ともつかない、あいまいなものとなってしまったのである。このため、大謗法罪(正しい法をそしる重い罪)が現われてしまい、止観は法華経よりすぐれているなどという間違った主張を出して、過失のない天台大師にその責任を負わせてしまう結果となっている。高祖に背く不孝の者となり、法華経に背く大謗法罪の者となってしまったのである。
[39]そもそも天台大師の観念の方法というのは、光州の大蘇山の道場で、法華三昧の修行をして真理を体得されて以来、目を開いて妙法を観念すれば、宇宙のすべてのはたらきは縁にしたがって活動している随縁真如ずいえんしんによのはたらきであり、目を閉じて妙法を観念すれば、それは変化することのない常住の不変真如なのである。この随縁真如と不変真如の二つの真如は、ただ一言の妙法(の動的方面と静的方面)にすぎないのである。このため妙法を唱える時にはすべての法がこの妙法の境界に到達し、釈尊の生涯におけるすべての説法は、この一言の中に収められる。つまり法華経前半部分の迹門も、迹門とはいえ広範であるし、後半部分の本門はもとより崇高であって、(凡夫にはとても難しすぎるので)妙法を観念することが最もふわさしいと考えておられるのである。
[40]昨今の学者はこのことが理解できないために、天台大師が体得された妙法を習い失って、止観は法華経よりすぐれており、禅宗は止観よりもすぐれていると思って、法華経を捨てて止観を取り、止観を捨てて禅宗に付くのである。禅宗の一門は「松に藤がかかっているが、松が枯れ、藤が枯れたあとはどうする」とか「登らないで一枝を折る」などという禅語のまちがった考え方を深く信じるから、このような結果になってしまうのである。色々に論争はしているが、経典を説いた仏陀は松が枯れるように入滅し、藤が枯れるようにその教法の威徳もなくなってしまっている。このため、仏陀の説いた経典はあたかも月(真理)をさす指(教法)のようなもので、月のありどころがわかれば指でさす必要はなく、禅の法こそただ妙なる真理であると言うことができるという。禅によって、自分の本来の心性を見る時に仏になる(見性成仏けんしようじようぶつ)という大謗法の天魔のような考え方を信じたために生じたあやまった主張である。
[41]法華経寿量品に説き示される久遠実成の釈尊は、寿命がはかり知れず常住にして不滅の仏であるが、禅宗では無常の仏とみるから、あたかも仏教以外のインドの宗教(外道)における「断無だんむけん」(人の体と心はこの生涯を限りとして断無となり、再び生ずることはないという考え)と同じであり、「この宇宙の森羅万象しんらばんしようは、真如の法の位にあって、うつりかわる世間のありさまこそ、そのまま常住である」と法華経に釈尊が説かれた尊いことばに背くまちがったものの見方である。禅は法華経の方便であり、成仏を遂げることのできない法であるのに、それを常住であり真実の法であると言うのであり、この主張はあたかも外道でいう「常見じようけん」(心身ともに常住であって不滅である)というまちがったものの見方と同じである。もしゆずって言うならば禅宗の法は仏の方便の教えの位にあり、もし極論してしまうならば、ただ外道の法と同じである。もし一般的な仏教の立場からゆずって言えば方便、法華経の真実の立場から極論するならば外道の法と変わらないと言うことができる。法華経を真実とする立場から、あえて極論して禅を天魔外道の法と言うのである。
[42]〔問〕禅を天魔の法という証拠はどのようなものであるか。
[43]〔答〕いままで述べてきた通りである。