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十章鈔

全集 第2巻 2段 定本: #81(定本の該当ページへ)

書下し

十章鈔じつしようしよう


[1]華厳宗と申す宗は厳経の円と華経の円とは一なり。しかれども法華経の円は華厳の円の枝末と云云。法相*ほつそう三論*さんろんもまたまたかくのごとし。台宗かの義に同ぜば別宗と立つなにかせん。例せば法華・槃は一つ円也。先後に依て涅槃なおおとるとさだむ。爾前にぜんの円・法華円を一とならば、先後によりて法華あに劣らざらんや。するところ、この邪義のおこり、此妙彼妙円実不異えんじつふい円頓義斉えんどんぎさい前三為ぜんさんいそ等の釈のばかされて起る義なり。
[2]止観*しかんと申すも円頓止観の証文には華厳経の文をひきて候ぞ。また二の巻の四種三昧*ししゆざんまい多分たぶんは念仏と見えて候なり。源濁みなもとにごれば流清ながれきよからずと申して、前の円と法華経の円と一つと申す者が、止観を人によませ候えば、ただ念仏者のごとくにて候なり。
[3]ただし止観は迹門しやくもんより出たり、本門より出たり、本迹に亘ると申す三つの義いにしえよりこれあり。これはしばらくこれをおく。〔ゆえに知る一部の文ともに円乗開権の妙観を成ず〕と申して、止観一部は法華経の開会かいえの上に建立こんりゆうせる文なり。爾前の経々をひき、ないし外典を用いて候も、爾前・外典げてんの心にはあらず。文をばかれ(借)ども義をばけずりすてたるなり。〔境は昔に寄るといえども、智は必ず円に依る〕と申して、文珠問もんじゆもん方等請観音ほうどうしようかんのん等の諸経を引いて四種を立つれども、心は必ず法華経なり。〔諸文を散引して一代の文体をかぬれども、正意はただ二経に帰す〕と申すこれなり。
[4]観に十章あり。大意たいい釈名しやくみよう体相たいそう摂法しようぼう偏円へんえん方便ほうべん正観しようかん果報かほう起教ききよう旨帰しいきなり。前六重は修多羅しゆたらによると申して、大意より方便までの六重は先四巻に限る。これは妙解みようげ迹門の心をのべたり。今、妙解みようげによつてもつて正行を立つと申すは第七の正観十境十乗じつきようじゆうじようの観法、本門の心なり。一念三千*いちねんさんぜんこれよりはじまる。
[5]一念三千と申す事は迹門にすらなお許されず。いかにいわんや爾前にぜんぶんたえたる事なり。一念三千の出処は略開三りやくかいさん十如実相じゆうによじつそうなれども、義分は本門に限る。爾前は迹門の依義判文えぎはんもん、迹門は本門の依義判文なり。ただ真実の依文判義えもんはんぎは本門に限るべし。
[6]されば円の行まちまちなり。いさごをかずえ、大海をみる、なお円の行なり。いかにいわんや爾前の経をよみ、陀等の諸仏の名号みようごうを唱うるをや。ただこれらは時々の行なるべし。真実に円の行に順じて常に口ずさみにすべき事は無妙法蓮華経なり。心に存すべき事は一念三千の観法かんぽうなり。これは智者の行解ぎようげなり。日本国の在家の者にはただ一向に南無妙法蓮華経ととなえさすべし。名は必ず体にいたる徳あり。
[7]法華経に十七種の名あり。これ通名なり。別名は三世の諸仏みな南無妙法蓮華経とつけさせ給しなり。阿弥陀・等の諸仏も因位の時は必ず観なりき。口ずさみは必ず南無妙法蓮華経なり。
[8]これらをしらざる台・言等の念仏者、口ずさみには一向に南無阿弥陀仏と申すあいだ、在家の者は一向におもうよう、天台真言等は念仏にてありけり。また善導*ぜんどう法然*ほうねんが一門はすわ天台真言の人人も実に自宗が叶いがたければ念仏を申すなり。わずらわしくかれを学せんよりは、法華経をよまんよりは、一向に念仏を申して浄土にして法華経をもさとるべしと申す。この義日本国に充満せしゆえに天台真言の学者、在家の人々にすてられて六十余州の山寺はうせはてぬるなり。
[9]九十六種の道は仏慧比丘ぶつてびくの威儀よりおこり日本国の謗法は爾前の円と法華の円と一つという義の盛んなりしよりこれはじまれり。あわれなるかなや。
[10]外道は常楽我浄じようらくがじようと立てしかば、仏、世にいでまさせ給いては苦・空・無常・無我ととかせ給いき。乗は空観に著して大乗にすゝまざりしかば仏誡めて云く、逆は仏のたね、塵労じんろうたぐいは如来のたね、二乗の善法は永不成ようふじようと嫌わせ給いき。
[11]常楽我浄の義こそ外道はあしかりしかども、名はよかりしぞかし。しかれども仏、名をいみ給いき。悪だに仏の種となる。ましてぜん(善)はとこそおぼうれども、仏二乗に向いては悪をば許して善をばいましめ給いき。当世の念仏は法華経を国に失う念仏なり。たといぜんたりとも、義分あたれりというとも、まず名をいむべし。そのゆえは仏法は国に随うべし。天竺には一向小乗いつこうしようじよう一向大乗いつこうだいじよう大小兼学だいしようけんがくの国あり、わかれたり。震旦*しんたんまたまたかくのごとし。日本国は一向大乗の国、大乗の中の一乗の国なり。華厳*けごん法相*ほつそう三論*さんろん等の諸大乗すらなお相応せず。いかにいわんや小乗の三宗をや。しかるに当世にはやる仏宗と宗とはもと等部より事おこれり。法相・三論・華厳の見を出ずべからず。
[12]南無阿弥陀仏は前にかぎる。法華経においては往生おうじようの行にあらず。開会かいえの後、仏因ぶついんとなるべし。無妙法蓮華経は四十余年にわたらず、ただ法華八箇年にかぎる。南無阿弥陀仏に開会かいえせられず。法華経は能開、念仏は所開なり。法華経の行者は一期 南無阿弥陀仏と申さずとも、南無阿弥陀仏ならびに十方の諸仏の功徳を備えたり。たとえば如意宝珠*によいほうじゆのごとし。金銀等の財備えたるか。念仏は一期申すとも法華経の功徳をぐすべからず。たとえば金銀等の如意宝珠をかねざるがごとし。たとえば千大千世界に積たる金銀等のたからも、一つの如意宝珠をばかうべからず。
[13]たとい開会かいえをさとれる念仏なりとも、なお体内のごんなり。体内のじつにおよばず。いかにいわんや当世に開会を心えたる智者も少なくこそおわすらめ。たといさる人ありとも、弟子・眷属けんぞく・所従なんどはいかんがあるべかるらん。
[14]愚者は智者の念仏を申し給うをみては念仏者とぞ見候らん。華経の行者とはよも候はじ。また南無妙法蓮華経と申す人をば、いかなる愚者も法華経の行者とぞ申し候わんずらん。
[15]当世に父母を殺す人よりも、謀反をおこす人よりも、台・言の学者といわれて、善公ぜんこう礼讃らいさんをうたい、然公が念仏をさいずる人々はおそろしく候なり。
[16]このふみを止観よみあげさせ給て後、ふみのざ(文座)の人にひろめてわたらせ給べし。止観よみあげさせ給わば、すみやかに御わたり候へ。
[17]沙汰さたの事は本より日蓮が道理だにもつよくば、事切らん事かたしと存じて候しか。人ごとに問註もんちゆうは法門にはにず、いみじうしたりと申し候なるときに、事切るべしともおぼえ候わず。少弼しようひつ殿より*へい三郎左衛門さぶろうざえもんのもとにわたりて候とぞうけ給わり候。この事のび候わば問註はよきと御心え候え。またいつにてもよも切れぬ事は候わじ。また切れずば日蓮が道理とこそ人々はおもい候わんずらめ。くるしく候わず候。
[18]当時はことに天台真言等の人々の多く来て候なり。こと多きゆえに留め候いおわんぬ。
現代語訳

十章鈔


文永八年(一二七一)、五〇歳、於鎌倉、三位房宛、和文、定四八八—四九三頁。

[1]華厳宗では華厳経も法華経もともに円経であるが、華厳経の円が根本で、法華経の円は枝末であるとする。法相宗・三論宗もまた、自分のよりどころとしている経と法華経は同じであるなどとしている。天台宗が法華経と爾前経にぜんぎよう(法華経以外の諸経)の円が同じであるという諸宗の意見に同意するのならば、別に一宗を立てる必要はない。たとえば、法華経と涅槃経とは同じ円教であるが、涅槃経が後から説かれた経であるから劣ると見るのである。もし爾前経の円と法華経の円を同じとしてしまうのならば、法華経と涅槃経の場合と同様に、法華経が後から説かれた経であるから爾前経より劣るとしなければならないであろう。どうしてそのようなことがあろうか。要するに、これらの間違った考えが起こった原因は、法華玄義ほつけげんぎ二の巻の「この法華の円教の妙も、かの華厳・方等・般若の中の円教の妙も、妙の義に違いはない」とか、法華文句記巻一の上の「華厳・方等ほうどう般若はんにやの中の円教も、真実に違いない」とか、法華玄義十の巻の「はじめ華厳で得たのも、後に法華で得たのも、同じ円頓えんどんの仏の智慧である」とか、法華玄義釈籤しやくせん一の上の巻の「四教の中の前の蔵・通・別の三教はであり、後の円教は妙である」などの解釈を誤解したために起こったものである。
[2]止観についても、円頓止観の証拠の経文として、摩訶止観の中で華厳経の「心はたくみな画師えしのように、種々の物を造り出す。心と仏と衆生とは差別がない」という文が引かれている。また摩訶止観の二の巻の四種三昧は多く念仏の修行である。「源が濁れば流れはむことはない」といわれているとおり、爾前の諸経の円と法華経の円とが同じであると考えている者が摩訶止観を講義すれば、聞く人は全く念仏者のようになってしまう。
[3]しかし古来より、止観の観法は法華経の前半(迹門)に基づくという説や、後半(本門)に基づくという説、また本迹二門(法華経全般)にわたるという説があり、いろいろに論義されてきている。そのことはしばらく置いて、摩訶止観輔行伝弘決に「止観一部は爾前の権経も、法華の真実経を説くための方便であり、法華と別なものではないという絶待開会ぜつだいかいえに立脚している観法である」と解釈されているように、摩訶止観の全体はすべて法華経の絶待開会の立場に立っている。このため、爾前の経々を引用したり、仏教以外の書を用いても、その説くところに従うのではなく、文字を借りただけであって意義は捨て去っているのである。また輔行伝弘決ふぎようでんぐけつに「観ずる対境(観法によって知り得る境界)は、法華経以前の諸経に説かれる十二因縁などに基づくけれども、観ずる智慧は必ず法華の仏智に依る」と解釈されており、文殊問経・方等経・請観音経などの経典を引用して、四種三昧ししゆざんまいの観法を立てているが、その真意は法華経による観法を成就すること以外にない。止観義例に「広く諸経の文を引用して、釈尊一代の仏教全体をかねてはいるが、その本意とするところはただ法華経と涅槃経の二経に帰結する」と解釈されているのは、このことを指すのである。
[4]摩訶止観十巻の内容は、大意・釈名・体相・摂法・偏円・方便・正観・果報・起教・旨帰の十章に分かれている。摩訶止観の中にも「前の六重は修多羅(仏陀所説の教法を伝える章句)によって妙解を開く」とあるように、大意から方便までの前の四巻に収められている六章は、了解といえる程のもので法華経前半の迹門の心を述べたものである。第七の正観章は「妙解によって正行を立てる」とあるように摩訶止観十巻の中心をなす十境十乗の観法の説明で、法華経の後半の本門の心を述べたものである。一念三千の法門はこの正観章からはじまる。
[5]一念三千という法門は法華経の前半の迹門でさえ真意を説くことを許されていない。まして爾前の諸経には絶えて明らかにされていない法門である。一念三千の法門は法華経の迹門の方便品の略開三顕一りやくかいさんけんいつの段の中の十如実相の経文から出たものであるが、その義は法華経の本門に基づいている。法華経以前の諸経の経文は法華経の迹門の義によって意義を判定すべきであり、迹門の経文は本門の義によって判定すべきである。経文に説くままに意義を定めることができるのは、ただ法華経の本門に限るのである。
[6]このため、円教の修行にもいろいろある。華厳経には自在主童子じざいしゆどうじすなを数えるのも、海雲比丘かいうんびくが大海を思惟するのも、みな円教の修行であると説かれている。ましてや法華経以前の諸経を読み、弥陀等の諸仏の御名みなを唱えるのも、もちろん円教の修行といわねばならないだろう。しかし、これらは時に応じての修行であって、真実の円教の修行ではない。真実の円教の修行として、常に口に唱うべきであるのは南無妙法蓮華経であり、心に観ずべきは一念三千の観法である。しかしこの観法と口唱との並修は智者の修行の方途である。今の日本国の在家の信者にはただひたすらに南無妙法蓮華経と唱えさすべきである。名は必ず体に至る徳があるから、南無妙法蓮華経と唱えれば必ず法華経の功徳が得られるのである。
[7]法華経には十七種の通名があるが、別名は過去・現在・未来の三世の仏がみな南無妙法蓮華経とつけておられる。阿弥陀如来でも、釈如来でも、諸仏が仏の位に登るまでの修行時代には必ず心には一念三千を観じ、口には南無妙法蓮華経と唱えて、仏になられたのである。
[8]止観しかん唱題しようだいが根本の修行であることを知らない比叡山などの天台・真言等の念仏者は、口には称名しようみようの行としてひたすら南無阿弥陀仏と唱えるから、在家の人々は念仏が比叡山・天台・真言等の修行であると思ってしまったのである。また善導や法然の浄土宗の者たちは、そらそら比叡山の天台・真言の学者でも自宗では成仏ができないから、念仏を申すではないか。わずらわしく天台・真言を学んだり、法華経を読んだりするよりは、ひたすら念仏を唱えて、弥陀の浄土に往生してから、法華経を悟るべきであると主張している。この浄土宗の主張が日本国を風靡ふうびしたから天台・真言の学者は、在家の人々から見捨てられて、六十余州の寺々がほろびてしまったのである。
[9]昔、インドで九十六種の外道(仏教以外のインド思想)が起こったのは、仏慧比丘が悪い猟師に袈裟をぎ取られて、裸のまま樹にしばられていたのを見て、修行の方法と誤認されたり、比丘が樹にしばられていたのをほどいて肌に土を塗ったり、樹の皮を着たりしたのを他の婆羅門がまねて、生死の苦界を脱れる修行であると思ったのが原因である。それと同じように日本国の謗法も「法華経以前の諸経の円教も法華経の円教も同じである」という間違った考え方によって起こったのである。まことにあわれなことである。
[10]インドの外道の婆羅門ばらもんは、この世は常住であり、楽であり、自在であり、清浄であると説いたので、仏が世にお出ましになって、その浅いものの見方をうち破るために、反対にこの世は苦であり、空であり、無常であり、無我であると主張された。また声聞と縁覚の二乗は、仏のこの空であるという説に執著しゆうじやくして、大乗の常住の理念に進むことができなかったので、仏はこれをいましめて「五逆の重罪も煩悩ぼんのう(心の迷い)も成仏の原因となるが、くうにばかりこだわる二乗の理念では永久に仏になれない」と叱咤しつたされた。
[11]外道げどうの主張した常楽我浄の意味は誤っていたが、その名は後に大乗において仏がお説きになった涅槃の四徳と同じもので、名は良かったのである。しかし仏は外道の間違った考え方を打破するために、この名を嫌われたのである。悪も仏の種であるとともに、善はもちろん仏の種となるのであり、二乗の空の思想は善であって悪ではないのであるけれども、二乗の執著を断ち切るために、仏はその善をきつくいましめたのである。今の念仏はこの国から法華経をほろぼす念仏である。このため、たとえ念仏は善であって、意義において間違いでなくとも、より大きい善である法華経のために念仏は否定されねばならず、その名を批判せねばならない。なぜならば、仏法は国によってふさわしい法があるからである。インドには、小乗ばかりの国、大乗ばかりの国、大乗と小乗をあわせて信ずる国があって、いろいろと分かれていた。中国も同じである。しかし日本国は大乗ばかりが弘まる国であり、大乗の中でも法華一乗が弘まる国である。華厳・法相・三論等のもろもろの大乗の教えですらなお相応しない国である。まして倶舎くしや成実じようじつりつの小乗の三宗は相応するはずがない。当世に流行している念仏宗と禅宗は、それぞれ方等部に属する無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経と、首厳経をよりどころとしている。したがって法相・三論・華厳の義を出てはいない。
[12]南無阿弥陀仏と唱える称名念仏の修行は、法華経以前の方便の経では往生の修行であったが、真実の法華経からみれば往生の修行ではない。法華経が説かれることによって、すべての経に説いた修行がみな法華経の修行のためであったことが明らかにされて(開会かいえ)、はじめて念仏も成仏の因となるのである。そして南無妙法蓮華経と唱える唱題の修行は法華経以前の諸経(四十余年)には全く関係なく、ただ釈尊の生涯における最後の八年間の法華経に限るのである。南無阿弥陀仏によって開会される法ではない。法華経は開会する法であって、念仏は開会される法である。このため南無妙法蓮華経の法華経の題目を信じ唱える修行者は、一生の間、一度たりとも南無阿弥陀仏と唱えなくとも、阿弥陀と十方のあらゆる諸仏の功徳を備えているのである。それはちょうど如意宝珠が金銀などのすべての財宝を備えているのと同じである。それに対して、南無阿弥陀仏と一生の間、唱えつづけても、法華経の功徳は備わらない。ちょうど金や銀が如意宝珠のようにすべての宝を生み出す宝珠ではないように。ちょうど全世界の金銀を積んでも、一つの如意宝珠に替えることができないように。
[13]また、たとえ仏教を統一的に解釈する立場に立って、法華経のための念仏であることを心得た上の念仏であっても、やはりごんと実との区別は存在しており、法華経の内の権(仮りの教え)である念仏の行は、法華経の内の実(真実のおしえ)である題目の修行にはおよばないのである。まして現在では法華経のための念仏であると心得て念仏を修行する智者は少ない。たとえそう心得た人があったとしても、その弟子やつき従う者どもなどは、このように心得ることはできないであろう。
[14]また、たとえ智者のする法華経のための念仏であったにせよ、おろかな者はこれを見てただの念仏だと思い、法華経のための念仏とは思わないであろう。しかし南無妙法蓮華経と唱える人であれば、いかなるおろか者であろうとも、法華経の修行者であると思うであろう。
[15]当世には、父母を殺す人よりも、謀反を起こす人よりも恐ろしいやからがある。それは、天台・真言の学者といわれながら、善導の往生礼讃おうじようらいさんを読んだり、法然の称名念仏を口に唱える人達こそ恐ろしいのである。
[16]摩訶止観の講読が終わった後で、講座出席の人々に、この書の内容を知らしめして、それから鎌倉へ帰るようにしなさい。摩訶止観の講読がすんだら、直ちに帰るようにするのですよ。
[17]訴訟の事(富木氏ら三人をめぐる問注のことを指すか。問注得意鈔を参照。)は、日蓮の申したてる道理が強ければ、落着はむずかしいと思う。法門をけなしている人々が、そろってこの訴訟についてほめているようでは、事件が落着するとはとても思えない。訴状は弾正少弼業時だんじようしようひつなりとき殿から平左衛門頼綱へいのさえもんよりつなのもとへっているとのことである。この度の事件は時間が延びるようであれば訴訟は有利なものと承知するがよい。またいつかは落着する時が来る。また落着しなければ日蓮の申し立てが道理であると人々は思うから、延びても苦しくはない。
[18]近頃は天台・真言の人たちがことさらに多く鎌倉に来ている。いろいろ忙しく煩雑であるので、これで筆をとどめる。