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寺泊御書

全集 第2巻 2段 定本: #92(定本の該当ページへ)

書下し

寺泊御書てらどまりごしよ


[1]今月〈十月也〉十日、相州愛京郡依智えちの郷を起つて、武蔵の国久目河くめがわの宿に付き、十二日を経て越後の国寺泊の津に付きぬ。ここより大海をわたりて佐渡の国に至らんと欲す。順風定まらず、その期を知らず。道の間の事、心も及ぶことなく、また筆にも及ばず。ただ暗にはかるべし。また本より存知の上なれば、始てくべきにあらずと、これをとどむ。
[2]華経第四に云く、しかもこの経は如来の現在すらなお怨嫉おんしつ多しいわんや滅度の後をや。第五の巻に云く、一切世間あだ多くして信じがたし。槃経三十八に云く、その時一切の外道の衆ことごとくこの言を作さく、大王○今はただ一りの大悪人有り瞿曇沙門くどんしやもんなり。○一切世間の悪人、利養のための故にそのもとに往き集りて眷属けんぞくとなりて善を修することあたわず。呪術力の故に*かしようおよび舎利弗*しやりほつ*もつけんれん等を調伏じようぶくす。この涅槃経の文は、一切の外道がわが本師たる天・三仙の所説の経典を仏陀にやぶられて出すところの悪言なり。法華経の文は仏を怨となすにはあらず。経文天台の意に云く、一切の聞・縁覚ならびに近成ごんじようねが等云云。聞かんとほつせず、信ぜんとほつせず、その機に当らざるは言を出して謗ることなきも、皆怨嫉おんしつの者と定めおわんぬ。在世を以て滅後を推すに、一切諸宗の学者等は皆外道げどうのごとし。彼らが云う、一大悪人とは日蓮に当れり。一切の悪人これに集まるとは、日蓮が弟子等これなり。かの道は先仏の説教流伝の後、これをあやまりて後、仏を怨となせり。今諸宗の学者等もまたまたかくのごとし。所、仏教に依て邪見を起す。目の転ずる者、大山転ずとおもう。
[3]今八宗十宗等多門の故に諍論じようろんをいたす。涅槃経第十八に贖命重宝ぞくみようじゆうほうと申す法門あり。台大師の料簡りようけんに云く、命とは法華経なり。重宝とは槃経に説く所の前三教なり。ただ涅槃経に説く所の円教はいかん。この法華経に説く所の仏性常住*ぶつしようじようじゆうを重ねてこれを説て帰本せしめ、涅槃経の円常を以て法華経に摂す。涅槃経の得分はただ前三教に限る。台の義の三に云く、涅槃は贖命の重宝なり。重て掌をうつのみ文。の三に云く、今家こんけ引く意は大経の部を指して以て重宝となす等云云。天台大師の四念処と申す文に法華経の雖示種種道の文を引て、先四味をまた重宝と定めおわんぬ。もししからば、法華経の先後の諸経は法華経のための重宝なり。
[4]世間の学者のおもわくに云く、これは天台一宗の義なり。諸宗にはこれを用いず等云云。
[5]日蓮これを案じて云く、八宗十宗等、皆仏滅後よりこれを起し論師ろんし人師にんしこれを立つ。滅後の宗を以て現在の経を計るべからず。天台の所判は切経に叶うに依て一宗に属してこれをすつべからず。諸宗の学者等、自師の誤を執する故に、或は事を機に寄せ、或は前師に譲り、或は賢王を語らい、結句、最後には悪心強盛ごうじようにして闘諍を起し、とがなき者をこれをそこのうて楽となす。
[6]諸宗の中に言宗殊に僻案ひがごとを至す。善無畏*ぜんむい金剛智*こんごうち等のおもわくに云く、念三千は天台の極理ごくり・一代の肝心かんじんなり。顕密二道のたるべきの心地の三千をばしばらくこれを置く。この外、印と真言と仏教の最要等云云。その後、真言師等事をこの義に寄せ、印真言なき経経をばこれを下す。道の法のごとし。或義に云く、日経は如来の外の説なりと。或義に云く、教主釈尊第一の説なりと。或義に、釈尊と現じて顕経を説き、日と現じて密経を説くと。
[7]道理を得ずして無尽の僻見これを起す。譬えば乳の色を弁えざる者、種々の邪推をなせども本色に当らざるがごとし。また象の譬のごとし。今、汝等知るべし。大日経等は法華経已前ならば厳経等のごとく、已後ならば涅槃経等のごとし。
[8]また天竺の法華経には印・真言有れども、訳者これを略し什は妙法経となづけ、印・真言を加えて善無畏は大日経と名づくるか。譬えば正法華・添品法華・法華三昧・云分陀利さつうんふんだり等のごとし。仏の滅後、天竺においてこのを得たるは竜樹菩。漢土において始てこれを得たるは天台智者大師なり。言宗の善無畏等・華厳宗の澄観ちようかん等・論宗の嘉祥*かじよう等・相宗の恩等、名は自宗に依れども、その心天台宗に落たり。その門弟等この事を知らず。いかんぞ法の失を免んや。
[9]或人あるひと日蓮を難じて云く、機を知らずしてあらき義を立て難に値うと。
[10]或人云く、勧持品*かんじほんのごときは深位の菩の義なり。安楽行品あんらくぎようほんに違すと。
[11]或人云く、我もこの義を存すれども言わずと云云。
[12]或人云く、ただ教門ばかりなり。理はつぶさに我これを存すと。
[13]べんかは足を切らる。清丸きよまろ穢丸けがれまろと云う名をたまいて死罪に及んと欲す。時の人これをわらう。しかりといえども、その人いまだ善名よきなを流さず。汝等が邪難もまたしかるべし。勧持品に云く、諸の無智の人有つて悪口罵詈あつくめりす等云云。日蓮この経文に当れり。汝等なんぞこの経文に入らざる。及加刀者等と云云。日蓮はこの経文を読めり。汝等なんぞこの経文を読まざる。常在大衆中欲毀我等過じようざいだいしゆうちゆうよつきがとうか等云云。向国王大臣婆羅門居士こうこくおうだいじんばらもんこじ等云云。悪口而顰蹙数数見擯出あつくにびんじゆくさくさくけんひんずい。数数とは度々なり。日蓮擯出衆度ひんずいたびたび。流罪は二度なり。
[14]華経は三世説法の儀式なり。過去の軽品は今の勧持品。今の勧持品は過去の不軽品ふきようぼんなり。今の勧持品は未来、不軽品たるべし。その時は日蓮はすなわち軽菩たるべし。
[15]一部八巻二十八品。天竺てんじくの御経は一須臾しゆゆに布くと承わる。定て数品あるべし。今、漢土日本の二十八品は略の中の要なり。正宗はこれを置く。流通に至て塔品の箇の勅宣は山虚空の大衆にこうむらしむ。勧持品の二万・八万・八十万億等の大の御誓言は、日蓮が浅智に及ばざれども、ただし恐怖悪世中くふあくせちゆうの経文は法の始を指すなり。
[16]この恐怖悪世中の次下の安楽行品等に云く、於末世等おまつせとう云云。同本異訳の正法華経に云く、然後末世ねんごまつせ。また云く、然後来末世ねんごらいまつせ添品てんぼん法華経に云く、恐怖悪世中等云云。
[17]当時当世類の敵人てきにんはこれあるに、ただし八十万億由他の諸菩は一人も見えたまわず。乾潮ひたるうしおの満ちざる、月のかけて満ちざるがごとし。水清まば月を浮べ、木を植えれば鳥を棲しむ。日蓮は八十万億由他の諸の菩の代官としてこれを申す。かの諸の菩の加被をうけるものなり。
[18]この入道、佐渡国へ御供なすべきのよし承りこれを申す。然るべけれども用途と云い、かた煩いあるの故にこれをかえす。御志始てこれ申すにおよばず。人人にかくのごとく申させたまえ。ただし囹僧れいそう等のみ心に懸り候。便宜びんぎの時、早々これを聴かすべし。穴賢
[19]<日>十月二十二日酉の時
[20]<人>日蓮 <花押>花押
[21]<先>土木殿
現代語訳

寺泊御書


文永八年(一二七一)、五〇歳、於越後寺泊、富木常忍宛、原漢文、定五一二—五一五頁。

[1]今月(文永八年十月)十日に、相模国愛京郡依智の郷(現在の神奈川県厚木市依知)の本間重連の役宅を出発して、武蔵国久目河の宿(現在の東京都東村山市)に着き、それより十二日間の旅をして、越後の国、寺泊の津に着いた。これからいよいよ日本海の大海原を渡って佐渡の国へ向かおうとしているが、順風が定まらないため、いつ渡るかという時期の見当がつかない。依智から寺泊への道中のことは、思案している余裕などなく、また筆に書くこともできない困難なものであった。ただ御賢察をお願いするばかりである。またすべての艱難はもとより覚悟の上なので、いまさら嘆くべきではないので、申し述べるのはやめておく。
[2]法華経の第四巻の法師品ほつしほん第十には「この法華経は、釈尊が世にお出ましになって活動していた時代でさえもうらねたむ者が多い、まして釈尊の入滅後にはより多くの困難がある」とあり、法華経第五巻の安楽行品第十四には「世の中には怨みが多く信仰することは困難である」とある。また涅槃経の第三十八巻には「その場にいたすべての外道の人々が、阿闍世王の前に出て次のように申し述べた。大王、いま世の中に一人の大悪人があります。その大悪人とは瞿曇沙門すなわち釈であります。世の中のあらゆる悪人は、自分の利益のために釈のところに集まって、しかもその配下となって少しも善いことをしようとはしません。また釈は怪しい呪術の魔力によって、葉や舎利弗・目連等を帰伏させ弟子にしています」とある。この涅槃経の経文は、あらゆる外道が、自分達の本師であるところの二天(摩醯首羅天まけいしゆらてん毘紐天びちゆうてん)三仙(毘羅かびら楼僧うるそうぎや勒娑婆ろくしやば)の説いた四囲陀しいだ等の経典の説を、釈尊にきっぱりと否定されたことを残念に思い、国王に訴え出る折に吐いた悪口である。また法華経の経文による「怨嫉」「多怨」という意味は、涅槃経のように外道が釈尊を敵としているのとは少々趣きが違って、仏教を信奉する者の中にもある「怨」、すなわち釈尊の弟子の中にさえも多くの法華経の「怨」があるということを説いている。天台大師ちぎの説を承けた妙楽大師の法華文句記にも、小乗の覚りに執著する声聞・縁覚ならびに、始成正覚の仏を信奉して永遠の釈尊を信じようとしない菩等が怨であるとある。また法華経を聞こうともせず、信じようともせず、受容しようとしない者は、たとえ口に出して公然と謗らなくとも、それらはすべて法華経の怨嫉であると断定された。釈尊が世に在った時の様子から、入滅後の今日に推しあてて考えてみると、今のあらゆる諸宗の学者は、すべて釈尊在世の頃の外道に相当する。外道が釈尊を「大悪人」と呼称したが、それは今日で言えば日蓮のことである。また「すべての悪人が釈尊の所に集まって配下になる」とは、日蓮の弟子達に当たっている。外道の人々は過去世に先仏が説いた教えを間違って解釈してよこしまな心を起こし、後に出現した釈尊を怨として種々の迫害を加えた。今、諸宗の学者もそれと同様であって、とりまとめて言えば釈尊の説いた教えを誤解して、それによってよこしまな心を起こしている。あたかも<傍>めまいを起こした人が、大きな山がまわっていると思うようなものである。
[3]いま南都の六宗に天台・真言の平安の二宗を加えた八宗さらにこれに鎌倉時代の浄土・禅の二宗を加えた十宗が多くの門流に分かれて論争しているのも叙上のような理由によるのである。涅槃経の第十八巻に「贖命重宝」(大切な宝によって命をあがなう)という譬えがある。天台大師はこの譬えを解釈して次のように述べている。「命とは法華経のことである。その命をあがなう重宝というのは涅槃経が説くように蔵・通・別・円の四教の中の前の三教のことである」。それでは涅槃経に説かれている円教はどうなるかといえば、それは法華経で説いた仏性が常住であるという道理を、涅槃経で重ねて説いて本の法華経の真理を明らかにするものであり、涅槃経の円理常住の法門は法華経に収められるのである。涅槃経が説くところの対象はただ前三教に限られるのである。天台大師の法華玄義の第三に「涅槃経は法華経の命をあがなう重宝である。法華経の命を譲るために重ねて掌を打って賛同したまでのものである」とある。また妙楽大師の法華玄義釈籤の第三にはこの説に関連して「天台の家で涅槃経の贖命重宝の譬喩を引くのは涅槃経を重宝とし法華経を命とするのである」と述べている。天台大師の四念処という著作には、法華経方便品第二に「法華経に種々の道を説き示すのは、法華に引き入れるための方便である」とあるから、法華経以前に説かれた華厳・阿含・方等・般若の前四味(五味のうち)の諸経は、法華経の命をあがなうための重宝であると定めている。以上の通りならば、法華経の前の諸経も後の諸経も、すべて法華経の命をあがなうための重宝なのである。
[4]これに対し諸宗の学者等の考えは、法華経以外の諸経は法華経の命をあがなうための重宝であるというのは、天台宗に限られた見方であるから、天台宗以外の諸宗ではその主張に賛同しないというものである。
[5]私、日蓮はこのように考える。八宗・十宗の宗旨はすべて釈尊の滅後にそれぞれの祖師たちによって立てられたものであるから、釈尊滅後すなわち後から出来た宗旨の義に基づいて、釈尊の説いた経の内容をあれこれと議論してはならないのである。天台大師の主張は、経典の本意に叶った普遍的なものであるから、単に天台一宗に限られた見解として排除してはならない。諸宗の学者は自分が祖師と仰ぐ人の誤った考えにとらわれてしまっているから、法門の受け手の衆生の能力が充分でないとか、先哲の主張だから正しいとか述べた上に、賢王にとりいって味方につけ、結果として悪心を盛んにしてあらそいを起こして、何の失もない者が迫害されたり流罪されたりするのを見て楽しみにしている。
[6]諸宗の中でも、真言宗は特に間違った意見を持っている。真言宗の祖師の善無畏・金剛智等の考えによれば、一念三千は天台の至極の理論であり、釈尊の生涯における五十年におよぶ説法の中の最も肝要な部分であるが、釈尊の説である顕教と大日如来の説である密教の両者の中でも一念三千はしばらく置いておき、この他に真言密教で説くところの印相と真言陀羅尼とがあり、それが仏教の最要であるとする。その後、後につづく真言宗の学者達は、善無畏・金剛智の主張に基づくものだと称して、印相と真言陀羅尼を説かない経を低く位置づけて、外道の法のように劣るものであると否定した。それらの人々は、大日経は釈の説ではなく大日法身仏の説いた経であると言ったり、大日経こそ釈尊の説いた経の中の第一であると述べたり、ある時は釈尊と現われて印相と真言陀羅尼のない顕教けんぎようを説き、大日如来として現われては両者を兼ね具えた密教を説いたと主張するなどである。
[7]このように仏教の筋道を考えずに、限りない間違った考えを起こしている。譬えば、牛乳の色を知らない者が、色々と推量をしてみても、結局は本当の色がわからないようなものである。また目の不自由な人々と象との譬えのようなものである。真言師等は知るべきである。大日経等の真言の経が法華経以前に位置づけられるのならば華厳経等と同じであり、もし法華経以後ならば涅槃経と同様であって、いずれにしても法華経にはかなわないことを。
[8]またインドの法華経の原典には印相と真言陀羅尼もあったが、翻訳者がそれを略したことも考えられる。鳩摩羅什くまらじゆうの場合は妙法蓮華経と名づけ、後に善無畏ぜんむいが印相と真言陀羅尼を加えて大日経と名づけたともみることができる。例としては、法華経一つにしても、正法華経・添品法華経・法華三昧経・云分陀利経などの異名があるようなものである。釈尊の入滅後に法華経が諸経に勝れることを正しく知り得た人は、インドでは竜樹菩、中国では天台智者大師と称される智である。真言宗の善無畏等・華厳宗の澄観等・三論宗の嘉祥等・法相宗の慈恩等の諸師は、名目上はそれぞれの宗旨の祖師として一宗を立ててはいるが、その実には、内心では天台宗に帰伏していたのである。これらの諸師につき従う多くの門弟はこのことを知らずに各々の宗旨に固執しているのであるから、どうして謗法の重い罪から逃れることができようか。
[9]ある者は、日蓮は相手の機根をよく知らずに粗末で強引な宗義を立てたから難に値うのだと非難する。
[10]ある者は、法華経勧持品第十三に法華経を信奉する修行者は必ず難に値うと説かれているのは、位の高い深位の菩にあてはまるものであって、日蓮のような位の低い修行者は、安楽行品第十四に説かれるような寛容的な布教法によるべきなのに、それに背いていると非難する。
[11]ある者は、内心では法華経の布教を正しく貫いて行くことが必要なのは知ってはいるが、人目をはばかって述べないのであると言う。
[12]ある者は、日蓮の主張は経典の内容からみた教相の面からの検討だけであって、重要な観心の方面の思慮が欠けているが、私はそれを充分に理解していると述べる。
[13]中国の和は武王への忠誠心を理解されずに逆に反感をかって両足を切断されてしまった。日本では和気わけの清麿(丸)が忠義の心から道鏡が天皇になろうという野望を打ち砕いたがために、彼の怒りにふれて名を穢麿(丸)と改められ、死罪になりかけた上に足の筋を切られて大隅に流された。当時の人々はこの様子を見てわらったが、った人々はその名を残していない。いまここに述べたような非難も、またこれらの事例とかわることがなかろう。法華経の勧持品第十三には「諸の無智の人が、正法を修行する者に悪口を言ったり非難したりする」とある。日蓮はあたかもこの経文のように侮されている。それならば非難する人々こそこの経文の「無智の人」なのではないか。また同じく勧持品に「正法の修行者に刀で斬りつけ、で打つ者がある」とある。日蓮はこの経文を身をもって体験した。非難し迫害する人々は、この経文の意味がわからないのだろうか。また勧持品には「常に人々の前で正法の修行者を厳しく非難しようとする」「国王や大臣、婆羅門居士などの権勢のある人々に向かって、正法の修行者を批判した言動を行なう」「悪口・侮を受け正法の修行者は度々追放されたり流罪されたりする」などとある。この経文に「度々」とあるのは度が重なることである。日蓮は所を追われること数度におよび、流罪も伊豆配流につづき二度目である。
[14]法華経の方便品第二によれば、過去・現在・未来の三世の諸仏は、まず権教を説いて人々を誘引し、最後に法華経を説くことになっている。従って説法の順序や布教の方法については、どの仏であってもその儀式の形式は法華経と変わりはない。このため過去世の威音王仏いおんのうぶつの時の不軽品第二十は、今の釈尊の勧持品第十三の教えとなり、同時に今の釈尊の勧持品の教えは、未来の仏の時は過去の不軽品となって、正法を布教する手本となる。不軽品に登場する不軽菩は、非難する者・信奉する者すべてに等しく布教して、時には刀・で打ちつけられ瓦や石を投げられたりする迫害を受けたが、今の釈尊の勧持品が、未来の世において、過去の不軽品として仰がれるようになれば、日蓮は過去の不軽菩として、正法を布教することの手本となるであろう。
[15]法華経は八巻二十八章から成るが、インドの原典は四十里程に亘って布かれるほどの量があると聞いている。きっと章の数ももっと多いことだろうが、現在伝来している中国や日本の二十八章の経は、出来るだけ簡略にして要点だけを取ったものである。法華経は前半・後半それぞれに序分・正宗分・流通分の三段に分かれているが、ここでは前半の部分について、序分と重要な正宗分についてはしばらく置いて、流通分について述べると、宝塔品第十一で法華経の布教をすすめた教えとして説かれる三箇の勅宣(付嘱有在・令法久住・六難九易)は、法華経説法の地である霊鷲山と、さらに説法の場が虚空へと移った後の聴衆すべてに与えられた教えである。勧持品に至ると、この三箇の勅宣の勧めに従って集まってきたところの二万・八万・八十万億等の大菩が、釈尊の入滅後の布教を誓ったことが説かれるが、この様子は日蓮の浅い智慧では量り知ることはできない。けれども、その誓いのことばの中の「恐ろしい悪世の中」とある経文は、末法の始めにあたる今日には、勧持品に依るべきことを説き示すことになる。
[16]「恐ろしい悪世の中」と説かれる勧持品の次の安楽行品には「末世において」とあり、妙法蓮華経と同本異訳の正法華経には「後の末世」「後来の末世」ともあり、同じく添品法華経には「恐ろしい悪世の中」とある。
[17]現在の世の中を見ると、勧持品に示された三類の怨敵(法華経布教をさまたげる俗衆増上慢・道門増上慢・僣聖せんしよう増上慢の人々)が眼前に現われている。しかし釈尊の前で布教の誓いを立てた八十万億の菩は一人も見えていない。干いた潮が満ちず、月が欠けたままで丸くならないような物足りなさを感じる。水が清めば月は自然とその姿を水面に浮かべ、木を植えると鳥がやってきて棲む。日蓮は八十万億の諸菩にかわって法華経の布教をするのであり、その諸菩の守護をうけている者である。
[18]貴殿が差し向けてくれたこの入道は、貴殿の言い付け通りに、佐渡の国まで同行したいと言うけれども、費用の事もあり、また気の毒でもあって、色々とめんどうなことがあるので帰ってもらいます。貴殿の暖かいお気持ちはいまさら改めて申し述べるまでもないが、一同の者にもよく申し伝えて下さい。ただ牢に入れられている日朗らの弟子のことが気にかかります。機会があったならば、ぜひとも早く安否について聞かせて下さい。
[19]<日>十月二十二日酉の時(午後六時頃)
[20]<人>日蓮 <花押>花押
[21]<先>土木殿