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顕立正意抄

全集 第1巻 2段 定本: #156(定本の該当ページへ)

書下し

顕立正意抄けんりつしよういしよう


[1]日蓮ぬる正嘉しようか元年〈太歳丁巳たいさいひのとみ〉八月二十三日の大地震を見て、これをかんがえ定めて書ける立正安国論に云く、
[2]薬師*やくし経の*しち難の内、五難忽ちに起つて、二難なお残れり。いわゆる他国侵*たこくしんぴつなん自界逆難*じかいほんぎやくなんなり。大集経*だいしつきよう*さん災の内、二災早くあらわれ、一災いまだ起らず。いわゆる兵革ひようかくさいなり。金光明*こんこうみよう経の内、種種の災難、一一に起るといえども、他方の怨賊おんぞく国内を侵掠しんりやくする、この災いまだあらわれず、この難いまだきたらず。仁王*にんのう経の七難の内、六難今さかんにして、一難いまだ現ぜず、いわゆる四方より賊きたつて国を侵すの難なり。しかのみならず、国土乱れん時はまず鬼神きじん乱れ、鬼神乱るるが故に万民ばんみん乱ると。今この文について、つぶさことこころを案ずるに、百鬼ひやつき早く乱れ、万民多く亡びぬ。先難せんなんこれ明かなり、後災こうさい何ぞ疑わん。もし残る所の難、悪法のとがに依つて並び起りきそきたらば、その時いかんがせんや。帝王は国家をやすんじて天下を治め、人臣じんしんは田園を領して世上せじようを保つ。しかるに他方の賊きたつて、この国をしんぴつし、自界じかいほんぎやくして、この地を掠領りやくりようせば、あに驚かざらんや、あに騒がざらんや。国を失い家をほろぼせば、いずれの所にか世をのがれん」等云云〈已上、立正安国論の言なり〉。
[3]今、日蓮重ねてして云く、大覚*だいがく世尊してのたまわく、苦得外道くとくげどう七日あつて死すべし。死してのち食吐鬼じきときに生れんと。苦得外道の云く、七日の内には死すべからず。我羅漢われらかんを得て、餓鬼道がきどうに生れじ等と云云。瞻婆城せんばじようの長者の婦懐妊つまかいにんす。六師外道ろくしげどうの云く、女子を生まん。仏記ほとけきしてのたまわく、男子を生まん等と云云。仏してのたまわく、つてのち三月、われまさに般涅槃はつねはんすべし等と云云。一切の外道いわく、これ妄語なり等と云云。仏ののごとく、二月十五日に般涅槃し給うのみ。法華経の第二にいわく、「舎利弗、汝未来世なんじみらいせにおいて、無量無辺不可思議劫を過ぎて、乃至、まさに作仏さぶつすることをべし。をば華光けこう如来といわん」等と云云。また第三の巻にいわく、「弟子摩訶でしまかかしよう、未来世において、まさに三百万億まんのく奉覲ぶごんすることをべし。乃至ないし最後身さいごしんにおいて仏とることをん。名をば光明如来こうみようによらいといわん」等と云云。また第四の巻に云く、「また如来の滅度めつどのちに、もし人あつて、妙法華経みようほけきよう乃至ないしを聞いて一念も随喜ずいきせん者には、われまた阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみやくさんぼだいを与えさずく」等と云云。これらの経文はほとけ、未来世の事をしるし給うなり。かみに挙ぐる所の苦得外道等の三事さんじ普合ふごうせずんば、たれ仏語ぶつごを信ぜん。たとい多宝仏*たほうぶつ証明しようみようを加え、分身*ふんじん諸仏しよぶつ長舌ちようぜつ梵天ぼんてんに付け給うとも、信用しがたきか。今またもつてかくのごとし。たとい日蓮、富楼*ふるなべん目連*もくれんつうを現ずとも、かんがうる所あたらずんば、誰かこれを信ぜん。
[4]ぬる文永五年に、蒙古国もうここく牒状ちようじよう我朝わがちよう渡来とらいする所、賢人けんじんあらばこれを怪しむべし。たといそれを信ぜずとも、去ぬる文永八年九月十二日、御勘気ごかんきこうむりしの時、く所の強言ごうげん、次の年二月十一日に普合ふごうせしむ。こころあらん者はこれを信ずべし。いかにいわんや、今年こんねんすでに国災兵くにさいひようの上、二箇国かこくを奪い取る。たとい木石ぼくせきたりといえども、たとい禽獣きんじゆうたりといえども、感ずべく驚くべきに、ひとえに只事にあらず。天魔てんまの国にりて、酔えるがごとく、狂えるがごとし。なげくべし、かなしむべし、おそるべし、いとうべし。
[5]また立正安国論に云く、「もし執心翻しゆうしんひるがえらずして、また曲意きよくいなお存せば、早く有為ういさとを辞して、必ず無間むけんひとやせん」等と云云。
[6]普合ふごうするをもつて未来を案ずるに、日本国の上下万人、阿鼻大城あびだいじようせんこと、大地をまととなすがごとし。これらはしばらくこれを置く。日蓮が弟子等、またこの大難のがれ難きか。不軽軽毀ふきようきようきしゆは、現身げんしん信伏随従しんぶくずいじゆうの四字を加うれども、なお先謗せんぼうの強きに依つて、まず阿鼻大城に堕して、千劫を経歴きようりやくして大苦悩だいくのうを受く。今、日蓮が弟子等もまたかくのごとし。あるいは信じ、或いはふくし、或いは随い、或いは従へども、ただ名のみこれをかりて、心中にまざる信心薄き者は、たとい千劫をば経ざれども、或いは一無間むけん、或いは二無間、乃至、十百無間疑いなからん者か。これをまぬがれんと欲せば、各々おのおの薬王*やくおう楽法*ぎようぼうのごとく、ひじを焼き、皮をげ。雪山*せつせん・国王等のごとく、身を投げ、心をつかえよ。もししからずんば、五体を地に投げ、へんしんに汗を流せ。もししからずんば、珍宝ちんぼうをもつて仏前ぶつぜんに積め。もししからずんば、奴婢ぬひとなつて持者につかえよ。もししからずんば等云云。四悉檀*ししつだんをもつてときかなうのみ。我が弟子等の中にも信心薄淡うすき者は、臨終の時、阿鼻獄あびごくの相をげんずべし。その時、我を恨むべからず等云云。
[7]文永十一年〈太歳甲戍たいさいきのえいぬ〉<日>十二月十五日
[8]<人>日蓮これを記す
現代語訳

顕立正意抄


文永一一年(一二七四)一二月一五日、五三歳、於身延、原漢文、定八四〇—八四二頁。

[1]日蓮が去る正嘉元年(<暦>一二五七)八月二十三日の大地震を見て考えた立正安国論に、自界じかいほんぎやく他国侵たこくしんぴつの二難が起こることを予言して書いた大要は次のようである。
[2]薬師経に説かれた七難のうち、疫病えきびよう彗星すいせいと日・月と時ならぬ風雨と旱魃かんばつとの五難はすでに現われたが、他国から攻め寄せてくる難と国内にむほんが起こる難との二難が残っている。大集経に説かれた三災のうち、飢饉と疫病との二災は早くに起こったが、戦乱の一災がまだ残っている。金光明経に説かれている種々の災難は、だいたいは起こったが、他国から攻め寄せて国土をかすめ取るという一難がまだ現われない。仁王経の七難のうち、日月の運行が狂ったり、星宿が変わったり、大火が起こったり、大水が出たり、大風が吹いたり、大早魃かんばつが続いたりする六難は現われたが、第七の四方から賊が攻めてきて国土を侵略するという難はまだ現われない。さらに仁王経には、国が乱れる時は悪魔が力を得てはびこり、万民が悩まされる、と説いている。この経文に照らして日本の現在の状況をよく考えてみると、まさしく悪魔は力を得て人びとは悩まされている。すでに今日までに経典に説かれたさまざまな災難が起こっているのであるから、残りの災難も必ず現われるに違いない。もし残りの災難である国内の戦乱と外国の侵略とが謗法の罪によって並び起こったならば、その時はどうしたらよいであろう。帝王は国家をもといとして天下を治め、人民は田畑を耕して世の中を保ってゆくのである。それなのに外国から侵略され、また国内の戦乱によって土地を奪われたならば、どうして驚かずにいられようか、騒がずにいられようか。国が滅び、家を失ったならば、いったいどこに逃れるところがあろうか。〈以上が立正安国論第九章に述べた、内外の戦乱を予言した言葉といましめの言葉である〉。
[3]今、日蓮はかさねてこのことについて言おう。昔、釈尊は善星ぜんしよう比丘に向かって、苦得外道は七日のうちに死んで、人の吐いた物を食う餓鬼と生まれ変わるであろうと言われた。苦得外道はこれを聞いて、自分は七日のうちに死ぬようなことはない。必ず阿羅漢の悟りを得て餓鬼道には生まれないと言った。しかし仏の予言通り、七日のうちに死んで食吐鬼の相を現じたのである。また瞻婆城の長者の妻が懐妊した時、六師外道は女子が生まれるといい、仏は男子が生まれると言われた。仏の予言通り、男子が生まれたのである。また仏は三箇月の後に涅槃に入るであろうと言われたが、多くの外道はそれは妄語うそだと言った。しかし仏の予言通り、二月十五日に涅槃に入られたのである。釈尊は法華経の第二の巻のひゆほんにおいて、「舎利弗しやりほつよ、汝は未来の世の数えきれもせず、思いはかることもできない長い時間を経て、仏となり、名を華光如来というであろう」と舎利弗の未来成仏を予言されている。また第三の巻の授記じゆき品には、「わが弟子の摩訶葉は、未来の世に三百万億の諸仏にいたてまつって、最後に仏となり名を光明如来というであろう」と摩訶葉の未来成仏を予言されている。さらに第四の巻の法師ほつし品には、「仏が入滅してから後の世において、もしこの妙法蓮華経の一偈一句でも聞いて、一念でも喜びの心を起こす者には、成仏の許しを与えるであろう」とわれらの未来の成仏を予言されている。これらの法華経の文は、仏が未来の世のことを予言されたものであるが、前にあげた苦得外道と瞻婆城の長者の妻と仏御入滅との三つの予言が当たらなかったならば、誰もこの法華経の予言を信ずる者はないであろう。たとえ多宝如来が宝塔の中から、「釈尊の説かれた教えはすべて真実である」と大音声を出して証明をされても、十方世界から集まってきた釈尊の分身の諸仏が広長舌を梵天に届かせて、釈尊の教えが真実であると証明しても、とうてい信じがたいことであろう。今もまたそれとまったく同じである。たとえ日蓮が富楼尊者のような弁舌をふるって説法しても、また目連尊者のような神通力を得て不思議を現わしても、予言したことが当たらなかったならば、誰もその言を信ずる者はないであろう。しかし、安国論の予言はすべて的中したのである。
[4]去る文永五年(<暦>一二六八)に蒙古国から国書が来た時、日本に賢明な人があったならば、日蓮の予言の的中に気がついたことであろう。たとえそれを信じなくとも、去る文永八年九月十二日に幕府のおとがめを受けた時、平左衛門尉へいのさえもんのじように向かって強く述べた言葉が、次の年の二月十一日に内乱が起こって、予言の通りに的中したのであるから、心ある人は日蓮の言うことを信じなければならないのである。そのうえ、今年は蒙古国から攻め寄せてきて、壱岐いき対馬つしまの二箇国を奪い取られたのである。たとえ木石のような者でも、鳥や獣のような者でも、予言の的中に感服しなければならないし、驚かなければならないのに、何の反応もないのは、これはただごとではない。天魔がこの国に入ったために国じゅうの人びとが酔い狂っているのである。まことにかわしいことであり、哀れむべきことであり、恐るべきことであり、厭うべきことである。
[5]また立正安国論には未来を予言して次のように記しておいた。<改行>
 もしよこしまな教えに執着する心を改めず、間違った考えを持ち続けるならば、死んで後は必ず無間地獄に堕ちるであろう。
[6]今、現在の予言が的中したことに照らして未来のことを考えるに、この予言も必ず的中して、日本国じゅうの上下万人がすべて謗法の罪によって無間地獄に堕ちることは、大地を的として弓を射るように確かなことである。しかし、これら謗法の者のことは言うまでもないことであるから、しばらく止めておく。日蓮の弟子たちの中にもまた。未来に無間地獄に堕ちるこの大難を免れることのできない者たちがある。かの不軽菩を軽んじそしった人びとは、後に不軽菩の説法を聞いて心を改めて信じ随ったけれども、先に毀った謗法の罪が重いので、無間地獄に堕ちて千劫という長い間大いなる苦しみを受けたのである。今、日蓮の弟子たちもまたそれと同じである。信じ随うといっても、ただ名ばかり形ばかりで、心から信じ随わない信心の薄い者は、たとえ千劫までは経なくても、一生・二生、あるいは十生・百生の間、無間地獄に堕ちて苦しみを受けることは疑いないであろう。もしこの無間地獄に堕ちる苦しみから免れようと思うならば、薬王菩のようにひじを燃やして供養を捧げたり、楽法梵志ぼんじのように皮をいで紙として経文を写したり、雪山童子のように身を殺して法を求めたり、檀王のようにすべてを捨てて心から教えを求めたりしなければならない。もしこのような不惜身命ふしやくしんみようの修行ができないならば、五体を大地に投げ全身に汗を流して仏に祈れ。もしそれもできないならば、珍宝を仏の御宝前に積んで供養せよ。もしそれもできないならば、奴婢となって法華経の行者につかえよ。その他、四悉檀の理に従って、時にかなった修行をするがよい。わが弟子たちの中でも信心の薄い者は、臨終の時に無間地獄に堕ちる前兆が現われるであろう。その時になって日蓮を恨んではならない。
[7] 文永十一年〈太歳甲戍〉<日>十二月十五日
[8]<人>日蓮これを記す