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金吾殿御返事

全集 第1巻 2段 定本: #73(定本の該当ページへ)

書下し

金吾殿御返事きんごどのごへんじ


[1] <補記>止観*しかんの五、正月むつき一日よりよみ候て、「現世安穏げんぜあんのん後生善処ごしようぜんしよ」と祈請仕きしようつかまつり候。便宜びんぎに給うべく候。本・末はうせて候しかども、これにすり(修理)させて候。多くの本入るべきに申し候。
[2]大師講*だいしこう鵝目がもく連給れんたび候ひおわんぬ。この大師講、三、四年に始めて候が、今年は第一にて候つるに候。
[3]そもそもこの法門の事、勘文*かんもん有無うむに依りて弘まるべきか、これ弘まらざるか。去年いぬるとし方々かたがたに申して候ひしかども、いなせ(否応)の返事候はず候。今年十一月のころ、方々へ申して候へば、少々返事あるかたも候。をほかた人の心もやわらぎて、さもやとをぼしたりげに候。またかみのげざん(見参)にも入りて候やらむ。これほどの僻事ひがごと申して候へば、流・死の二罪の内は一定と存ぜしが、いまゝでなにと申す事も候はぬは不思議とをぼへ候。いたれる道理にて候やらむ。また自界逆難*じかいほんぎやくなんの経文もふべきにて候やらむ。山門なんども、いにしえにも百千万億倍すぎて動揺とうけたまわり候。それならず子細ども候やらん。震旦しんたん高麗こうらいすでに禅門・念仏になりて、守護しゆご善神ぜんじんるかの間、蒙古もうこしたがひ候ぬ。我朝わがちようまたこの邪法弘まりて、天台法華宗を忽諸ゆるがせのゆへに、山門安穏さんもんあんのんならず。師檀違しだんいほんの国と成り候ひぬれば、十が八、九はいかんがとみへ候。人身にんしんすでにうけぬ。邪師またまぬがれぬ。法華経のゆへに流罪に及びぬ。いま死罪に行はれぬこそ本意ほいならず候へ。あわれ、さること出来しゆつたいし候へかしとこそはげみ候て、方々に強言ごうげんをかきてげをき候なり。
[4]すでに年五十に及びぬ。余命よめいいくばくならず。いたづらに曠野こうやにすてん身を、同くは一乗法華のかたになげて、雪山童子*せつせんどうじ薬王*やくおうの跡をおひ、仙予*せんよ有得*うとくの名を後代こうだいとどめて、法華・涅槃経に説き入れられまいらせんと願ふところなり。南無妙法蓮華経。
[5] <日>十一月二十八日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>御返事
現代語訳

金吾殿御返事


文永七年(一二七〇)一一月二八日、四九歳、大田乗明宛、和文、定四五八—四五九頁。

[1] <補記>摩訶止観第五の巻を正月一日から読みはじめて、「現世は安穏に、後生は善処に生まれるように」と祈請しようと思いますから、ご都合のよい時に送り届けて下さい。御本は破損していると思いますが、当方で修理させますからそのままお送り下さい。何分にも多くの本が入用ですので、お願い申しあげる次第です。
[2]天台大師講の御供養として銭五連お送り下され、まことにありがたく感謝にえません。この大師講を始めてからすでに三、四年になりますが、今年が一番盛会でした。
[3]そもそも法華経の教えが弘まるか弘まらないかという重大問題は、かつて立正安国論に予言した自界逆難じかいほんぎやくなん他国侵たこくしんぴつなんとが、的中するかどうかによって決まると思われるのであります。去年は他国侵難の明らかな証拠である蒙古国の牒状ちようじようが到来しましたので、公場での対決を望んで政界・仏教界を代表する方々に書状を送ったのですが、何の返事もありませんでした。今年もまた蒙古から牒状が届きましたので、十一月の頃に再び各所へ書状を送りましたところ、今度は少し返事をした人もありました。世間一般に人びとの心も落ちついてきて、日蓮の言うことを「そうもあろうか」と考えるようになったと思われます。あるいはまた執権殿の目にも入って、少しは考え直されたためでもありましょうか。いずれにせよ、これほど世間からは道理に合わないと思われるほどの大事を思い切って強く申しあげたのですから、必ず流罪や死罪に行なわれるものと覚悟しておりましたが、今日まで何ごともないのは実に不思議であると思っています。してみると、自分の主張することは真の道理なのでしょうか。また他国侵難が現実となったのですから、残るところの自界逆難の起こることも間違いないでしょう。比叡山なども昔にまして百千万億倍動揺していると聞いております。これはただごとではなく、何か理由があるものと思われます。中国や朝鮮は禅宗や念仏になったために、国を守護する善神が見捨てて、蒙古に征服されてしまったのです。わが日本国もまた、国を滅ぼす邪法である念仏や禅が弘まったために、天台法華宗が顧みられなくなって、比叡山の動揺が激しくなってきたのです。今やわが国は諸宗の僧も、それに従う信者たちも、すべてが正法を謗る邪法に帰依し、国をあげて正法にそむく者となってしまいましたから、この国の前途はどうなるのでしょうか、十中の八、九までは中国や朝鮮のように蒙古に滅ぼされることになりはしないかと思われます。自分はすでに受けがたい人身を受け、そのうえ、いがたい法華経に値いたてまつり、邪師にだまされることから免れられたことは、この上ない喜びであります。さらに以前には法華経弘通ぐずうのために伊豆に流罪されましたが、しかしまだ死罪に行なわれずにいることはまことに不本意であります。どうかして法華経のために死罪にあうようにと信心を励んで、先般来、人にこびへつらわずに自分の所信を披瀝ひれきして、各所へ強く激しい言葉の諫暁の書状を書いて送ったのです。
[4]自分はもう年は五十近くなり、この先何年生きられるかとおぼつかないのですが、いたずらに野原に捨てる身を、同じことならば一乗法華経のために捨てて、雪山童子が教えのために身を投ぜんとし、薬王菩が身を焼いて法華経に供養したように、自分も彼らの跡をごうと願い、あるいは正法護持のために身を捨てた仙予国王や有徳王のように努め、わが名を後の世に留めて、後の仏が今度法華経や涅槃経をお説きになる時に、これらの経の中に、昔、日蓮という者がいて死身弘法したと説き入れていただきたいと、ひたすら念願するばかりであります。南無妙法蓮華経。
[5]<日> 十一月二十八日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]御返事