金吾殿御返事(大師講書)
73 金吾殿御返事
止観五、正月一日よりよみ候て、現世安穏後生善処と祈請仕候。便宜に給べく候。本末は失て候しかども、これにすり(修理)させて候。多本入べきに申候。
大師講鵝目五連給候了。此大師講三四年に始て候が、今年は第一にて候つるに候。
抑此法門之事勘文依有無可弘不弘之歟。去年方々に申て候しかども、いなせ(否応)の返事候はず候。今年十一月之比、方々へ申て候へば少々返事あるかたも候。をほかた人の心もやわらぎて、さもやとをぼしたりげに候。又上のけさん(見参)にも入て候やらむ。
これほどの僻事申て候へば、流死の二罪の内は一定と存しが、いまゝでなにと申事も候はぬは不思議とをぼへ候。いたれる道理にて候やらむ。又自界叛逆難の経文も値べきにて候やらむ。
山門なんどもいにしえにも百千万億倍すぎて動搖とうけ給候。それならず子細ども候やらん。震旦高麗すでに禅門念仏になりて、守護善神の去かの間、彼蒙古に聳候ぬ。我朝又此邪法弘て、天台法華宗を忽諸のゆへに、山門安穏ならず、師檀違叛の国と成候ぬれば、十が八九はいかんがとみへ候。
人身すでにうけぬ。邪師又まぬがれぬ。法華経のゆへに流罪に及ぬ。今死罪に行れぬこそ本意ならず候へ。あわれさる事の出来し候へかしとこそはげみ候て、方々に強言をかきて挙をき候なり。
すでに年五十に及ぬ。余命いくばくならず。いたづらに曠野にすてん身を、同は一乗法華のかたになげて、雪山童子・薬王菩薩の跡をおひ、仙豫・有得の名を後代に留て、法華涅槃経に説入られまいらせんと願ところ也。南無妙法蓮華経。 十一月二十八日 日蓮[花押] 御返事