災難興起由来
書下し
災難興起由来
[1](前欠)答えて云く、爾なり。謂く、夏の桀・殷の紂・周の幽等の世これなり。
[2]難じて云く、彼の時に仏法なし。故にまた謗法の者なし。何に依るが故に国を亡すや。
[3]答えて曰く、黄帝・孔子等の治国の作方は、五常を以てす。愚王ありて礼教を破る故に、災難出来するなり。
[4]難じて云く、もし爾らば、今の世の災難、五常を破るに依らば、何ぞ必ずしも撰択流布の失と云んや。
[5]答えて曰く、仏法いまだ漢土に渡らざる前は、黄帝等五常を以て国を治む。その五常は、仏法渡りて後にこれを見れば、すなわち五戒なり。老子・孔子等もまた仏遠く未来を鑑み、国土に和し、仏法を信ぜしめんがために遣すところの三聖なり。夏の桀・殷の紂・周の幽等の、五常を破つて国を亡すは、すなわち五戒を破るに当るなり。また人身を受けて国主と成るは必ず五戒・十善に依る。外典は浅近の故に過去の修因・未来の得果を論ぜずといえども、五戒・十善を持ちて国王と成る。故に人五常を破ることあれば、上天変頻に顕れ、下地夭間侵すものなり。故に今の世の変災も、また国中の上下万人、多分に撰択集を信ずる故なり。弥陀仏より外の他仏・他経において、拝信を至す者においては、面を背けて礼儀を至さず、言を吐いて随喜の心なし。故に国土人民において、殊に礼儀を破り、道俗禁戒を犯す。例せば、阮藉を習う者は礼儀を亡し、元嵩に随う者は仏法を破るがごとし。
[6]問うて云く、何を以てこれを知る。仏法いまだ漢土に渡らざる已前の五常は、仏教の中の五戒たること如何。
[7]答えて曰く、金光明経に云く、「一切世間の所有の善論は皆この経による」と。法華経に云く、「もし俗間の経書・治世の語言・資生等を説くに皆正法に順ず」と。普賢経に云く、「正法をもつて国を治め、人民を邪枉せず、これを第三の懺悔を修すと名く」と。涅槃経に云く、「一切世間の外道の経書は、皆これ仏説にして外道の説に非ず」と。止観に云く、「もし深く世法を識れば、即ちこれ仏法なり」と。弘決に云く、「礼楽前に馳せ、真道後に啓く」と。広釈に云く、「仏三人を遣して旦く真旦を化し、五常を以て五戒の方を開く。昔、太宰、孔子に問うて云く、三皇五帝はこれ聖人なるか。孔子答えて云く、聖人に非ず。また問う、夫子はこれ聖人なるか。また答う。非なり。また問う、もし爾らば誰かこれ聖人なる。答えて云く、吾聞く、西方に聖あり、釈迦と号す」と。周書異記に云く、「周の昭王の二十四年甲寅の歳四月八日、江河泉池忽然として浮張し、井水並びに皆溢れ出ず。宮殿人舎・山川大地咸悉く震動す。その夜五色の光気あり。入て太微を貫き、四方に遍す。昼青紅色となる。昭王大史蘇由に問うて曰く、これ何の怪ぞや。蘇由対えて曰く、大聖人あり、西方に生る。故にこの瑞を現ずと。昭王曰く、天下において何如。蘇由曰く、即時化なし。一千年の外、声教此の土に被及せんと。昭王即ち人を<CTS外字>&8B66;CTS外字><コード表示>8B66コード表示>門に遣し、石にこれを記して埋む。西郊の天祠の前にあり。穆王の五十二年壬申の歳二月十五日、平旦に暴風忽に起て、人舎を発損し、樹木を傷折し、山川大地皆悉く震動す。午後天陰り雲黒し。西方に白虹十二道あり。南北に通過して連夜滅せず。穆王太史扈多に問う。これ何の徴ぞや。対えて曰く、西方に聖人あり、滅度の衰相現るるのみ」と〈已上〉。
[8]今これを勘うるに、金光明経に「一切世間の所有の善論は皆この経に因る」という。仏法いまだ漢土に渡らざれば、まず黄帝等玄女の五常を習う。すなわち玄女の五常によつて久遠の仏教を習い、黄帝に国を治めしむ。機いまだ熟せざれば、五戒を説くとも過去・未来を知らず。ただ現在に国を治め、至孝至忠をもて身を立つる計りなり。余の経文以てまたかくのごとし。また周書異記等は、仏法いまだ真旦に被らざる已前一千余年に、人西方に仏あることこれを知る。いかにいわんや、老子は殷の時に生れ、周の列王の時にあり。孔子はまた老子の弟子、顔回もまた孔子の弟子なり。あに周の第四の昭王・第五の穆王の時を知らずして、蘇由・扈多記す所の「一千年の外、声教此の土に被及せん」の文をや。また内典を以てこれを勘うるに、仏慥にこれを記したもう。「我れ三聖を遣して彼の真旦を化す」と。仏漢土に仏法を弘めんために、先に三菩薩を漢土に遣し、諸人に五常を教えて仏教の初門となす。これらの文を以てこれを勘うるに、仏法已前の五常は仏教の内の五戒なることを知る。
[9]疑うて云く、もし爾らば何ぞ撰択集を信ずる謗法者の中に、この難に値わざる者これあるや。
[10]答えて曰く、業力の不定なり。現世に謗法をなし、今世に報いある者あり。すなわち法華経に云く、「此の人現世に白癩の病、乃至、諸の悪重病を得ん」と。仁王経に云く、「人仏教を壊らばまた孝子なく、六親不和にして天神も祐けず、疾疫悪鬼日に来りて侵害し、災怪首尾し連禍せん」と。涅槃経に云く、「もしこの経典を信ぜざる者あらば○もしは臨終の時荒乱し、刀兵競い起り、帝王の暴虐・怨家の讎隙に侵逼せられん」と〈已上〉。順現業なり。法華経に云く、「もし人信ぜずしてこの経を毀謗せば○その人命終して阿鼻獄に入らん」と。仁王経に云く、「人仏教を壊る○死して地獄・餓鬼・畜生に入らん」と〈已上〉。順次生業なり。順後業等はこれを略す。
[11]疑うて曰く、もし爾らば、法華・真言等の諸大乗経を信ずる者、何ぞこの難に値えるや。
[12]答えて云く、金光明経に云く、「枉て辜なきに及ばん」と。法華経に云く、「横にその殃に罹らん」等と云云。止観に云く、「似解の位は因の疾少軽に道心転た熟すれども、果の疾なお重くして衆災を免れず」と。記に云く、「もし過・現の縁浅ければ、微苦もまた徴なし」と〈已上〉。これらの文を以てこれを案ずるに、法華・真言等を行ずる者も、いまだ位深からず、縁浅くして口に誦すれども、その義を知らず、一向に名利のためにこれを読む。先生の謗法の罪いまだ尽きず、外に法華等を行じて内に撰択の意を存す。心存せずといえども、世情に叶わんがために、在俗に向つて法華経は末代に叶い難き由を称すれば、この災難免れがたきか。
[13]問うて曰く、何なる秘術を以て速かにこの災難を留むべきや。
[14]答えて曰く、還つて謗法の書並びに所学の人を治すべし。もし爾らざれば、無尽の祈請ありといえども、ただ費のみありて験なきか。
[15]問うて曰く、如何が対治すべき。
[16]答えて曰く、治方また経にこれあり。涅槃経に云く、「仏言く、唯一人を除きて余の一切に施せ○正法を誹謗してこの重業を造る○唯かくのごとき一闡提の輩を除きて、その余の者に施さば、一切讃歎すべし」と〈已上〉。この文より外にも、また治方あり。具に載するに暇あらず。しかして当世の道俗、多く謗法の一闡提の人に帰して、讃歎供養を加うるの間、偶謗法の語を学せざる者をも、還つて謗法の者と称して怨敵となす。諸人この由を知らざる故に、正法の者を還つて謗法者と謂えり。これ偏に法華経の勧持品に記す所の「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に○好んで我等が過を出し○国王・大臣・波羅門・居士に向つて○誹謗して我が悪を説いて、これ邪見の人、外道の論議を説くと謂わん」の文のごとし。仏の讃歎する所の世中の福田を捨て、誡むる所の一闡提において讃歎供養を加う。故に弥貪欲の心盛にして謗法の音天下に満てり。あに災難起らざらんや。
[17]問うて云く、謗法者において供養を留め、苦治を加えるに罪ありやいなや。
[18]答えて曰く、涅槃経に云く、「今無上の正法を以て、諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼に付属す○正法を毀る者は、王者・大臣・四部の衆まさに苦治すべし○なお罪あることなし」と〈已上〉。一切衆生は螻蟻蚊虻に至るまで必ず小善あり。謗法の人には小善なし。故に施を留めて苦治を加うるなり。
[19]問うて曰く、汝僧形を以て比丘の失を顕すは、あに不謗四衆と不謗三宝との二重の戒を破るにあらずや。
[20]答えて曰く、涅槃経に云える「もし善比丘ありて法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、まさに知るべし、この人は仏法の中の怨なり。もしよく駈遣し呵責し挙処せば、これ我が弟子真の声聞なり」〈已上〉の文を守りてこれを記す。もしこの記、自然に国土に流布せしめん時、一度高覧を経ん人は、必ずこの旨を存すべきか。もし爾らずんば、大集並びに仁王経の「もし国王ありて我が法の滅せんを見て、捨てて擁護せざれば○その国内に三種の不祥を出さん。乃至、命終して大地獄に生ぜん」。「もし王の福尽きん時○七難必ず起らん」の責を免れがたきか。この文のごとくんば、しばらく万事を閣て、まずこの災難の起る由を慥むべきか。もし爾らずんば、仁王経の「国土乱れん時はまず鬼神乱る、鬼神乱るるが故に万民乱る」の文を見よ。当時、鬼神の乱れ、万民の乱れあり。またまさに国土も乱るべし。愚勘かくのごとし。取捨は人の意に任す。
[21]正元二年〈太歳庚申〉二月上旬これを勘う。
現代語訳
災難興起由来
正元二年(一二六〇)二月、三九歳、於鎌倉、原漢文、定一五八—一六二頁。
[1](前欠)答えていう、その通りである。夏の桀王や殷の紂王や周の幽王などの世がそうである。
[2]問うていう、彼らの時にはまだ仏法はなかった。したがって仏法を破る謗法の者もいなかった。いったい何によって国を亡ぼしたのか。
[3]答えていう、黄帝や孔子などは、国を治めるために仁・義・礼・智・信の五常を定め、これにもとづいて治められたのである。ところが愚かな王があって孔子らの説いた礼に関する教えを破ったから、災難が起こり国が亡びたのである。
[4]問うていう、もしそうであるならば、今の世の災難も五常を破ることによって起こったのであるならば、どうして選択集が流布したことが原因であるといえようか、どうか。
[5]答えていう、仏法がまだ中国に伝わる以前には、黄帝などの聖人が五常をもって国を治めたのである。その五常は、仏法が伝わって後に考えてみると、それは五戒に他ならないのである。老子や孔子なども、仏が遠く未来のことを考え、国土にあった仏法を信仰せしめようとして、あらかじめ遣わされたところの三人の聖人である。ゆえに夏の桀王や殷の紂王や周の幽王などが五常を破って国を亡ぼしたのは、これは五戒を破ったことに相当するのである。また人間と生まれて国王となるのは、生きものを殺さない・盗みをしない・男女の間を乱さない・嘘をつかない・酒を飲まないという五つの戒めと、これに悪口をいわない・仲たがいをさせるようなことをいわない・貪らない・怒らない・邪まな見解をもたないという五つを加えた十の戒めを守った功徳によるのである。儒教の教えは浅いから、過去に修行した原因によって未来にすぐれた果報を得るということを論じないけれども、五戒や十善を堅く守ったから国王となったのである。したがって、もし人が五常を破るならば、天変や地夭が続いて起こることになるのである。それゆえに、今の世の災難も日本国じゅうのすべての人びとが選択集を信じることによって起こるのである。国じゅうの人びとは選択集の教えによって、阿弥陀仏以外のもろもろの仏や浄土三部経以外の経々を信仰する人びとに対して背を向け、礼儀を尽くさず、また喜びの心を述べようともしないのである。そのために国じゅうの人民が礼儀を破り、出家も在家も仏の定められた戒めを破っているのである。たとえていえば、阮籍の真似をする者が礼儀を亡ぼし、元嵩に随った者が仏法を破ったようなものである。
[6]問うていう、どうしてそれがわかるのか。仏法が中国に伝わる以前の五常が仏教の五戒に他ならないということの証拠は何か。
[7]答えていう、金光明経には「すべて世の中のありとあらゆる善を勧める教えは、みな、この経から出ている」と説かれており、法華経法師功徳品には「もし世の中の道徳や政治や実業などのことを説いても、みな正法にかなっている」と説かれており、観普賢経には「正法によって国を治めて人心を悪くしなければ、それがそのまま懺悔を修したことになる」と説かれており、涅槃経の如来性品には「すべて世の中に広まっている仏教以外の教えは、みな仏の説かれたものであって、外道の説ではない」と説かれている。天台大師の摩訶止観には「もし本当に世間の道をさとれば、それがそのまま仏法である」とあり、妙楽大師の摩訶止観輔行伝弘決には「礼儀や音楽などの世間の教えが先に弘まって、その後に仏の道が開ける」とあり、安然の普通広釈には「仏は三人の賢者を中国に遣わして、まず五常の道によせて五戒を教えさせたのである。昔、宋の国の太宰が孔子に向かって、三皇五帝は聖人であるかと問うた時、孔子は聖人ではないと答えた。そこで再び問うて、それではあなたは聖人であるかと聞くと、やはり聖人ではないと答えた。そこでさらに、では誰を聖人というのであるかと問うと、孔子は、自分が聞いたのではこれより西の方に聖人があって釈迦という名であると答えた」とある。周書異記に「周の昭王の二十四年甲寅の歳の四月八日、突然に河や泉や池の水がいっせいに涌き出で、大地が震動し、夜中に五色の光が現われ四方を広く照らし、昼は青紅色となった。昭王が史官の蘇由にこの不思議な現象は何によって生じたのかと問うた時、蘇由は大聖人が西方に誕生した瑞相であると答えた。王が天下への影響はどうかと問うと、蘇由は、すぐには影響はないけれども、一千年の後にその教え(仏教)がこの国にもたらされるであろうと答えた。昭王はただちに命令してこのことを石に刻して<CTS外字>&8B66;CTS外字><コード表示>8B66コード表示>門に埋めたという。それは西郊の天祠の前にある。また周の穆王の五十二年壬申の歳の二月十五日、突然に暴風が起こり、大地が震動し、空はにわかに曇り、十二の白い虹が南北の天にかかり、何日も消えなかった。穆王が史官の扈多に何の兆であるかと問うと、西方の聖人が入滅された相であると答えた」とある。〈以上、引用〉
[8]今これらの文について考えてみると、金光明経に「すべて世の中のありとあらゆる善を勧める教えは、みな、この経から出ている」とある。仏法が中国に伝わる以前においては、まず黄帝などは玄女から五常を習いうけたのである。すなわち玄女の五常によって久遠の仏教を学び、黄帝に国を治めさせたのである。機根がいまだ熟していなかったから、五戒を説いても過去の因と未来の果を知らず、ただ現在において国を治め、孝や忠の道徳を守って身を立てることだけを考えたのである。他の経文もすべて同じ意である。また周書異記の文は、仏法が中国に伝わる一千年も前に、人びとは西方に仏陀の現われたことを知っていたのである。まして、老子は殷の時代に生まれ、周の列王の時代に活躍し、孔子は老子の弟子であり、顔回は孔子の弟子であったから、どうして、周の第四昭王、第五穆王の時に蘇由・扈多の記したところの、一千年の後に仏教がこの国に弘まるであろうとの文を知らないことがあろうか、そんなはずはないのである。また仏教の経典によって考えてみると、天台大師の摩訶止観に、仏は自分は三人の聖人を遣わして中国を教化する、といわれ、妙楽大師の摩訶止観弘決にも、仏は中国に仏法を弘めるために、まず三人の菩薩を派遣して人びとに五常を教えて仏教の入門とした、とある。これらの文によって考えると、仏法伝来以前の五常が仏教の五戒と同じであることが知られるのである。
[9]疑っていう、もしそうであるならば、どうして選択集を信ずる謗法者の中に、この災難にあわない者がいるのであるか。
[10]答えていう、それは人びとの前世に行なった行為の力が異なるからである。たとえば、現在の世に謗法の罪を犯して、現在の世にその果報を受ける者がある。法華経勧発品に「法華経の信者を毀る人は現在の世で、さまざまな悪い重い病気にかかるであろう」といい、仁王経にも「もし人が仏の教えを破るならば、親孝行の子は生まれない。親類じゅうが仲たがいし、天の神々も助けてくれない。病魔におそわれない日はなく、いろいろな災難が次々と起こって絶え間がない」といい、涅槃経の如来性品にも「もしこの経典を信じない者は(略)臨終の時に内乱などが起こって刀剣の難にあい、上は帝王にしいたげられ、下は万民から怨まれ憎まれて、いろいろの災難にあうであろう」〈以上、経文〉とある。これらの経文に説かれるように、これを順現業といって、現在の世に業を作り、現在の世にその果報を受けることをいうのである。また法華経譬喩品には「もし人がこの経を信じないで謗るならば(略)その人は命終わって後、必ず無間地獄に堕ちるであろう」といい、仁王経にも「もし人が仏の教えを破るならば(略)死んで後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう」〈以上、経文〉とある。これを順次生業といって、この世において作った業の報いを次の世(来世)において受けることをいうのである。この世で業を作って第三生(次の次の生)からその報いを受ける順後業などについては省略する。
[11]疑っていう、もしそうであるならば、法華経や真言経などのもろもろの大乗経を信仰する者が、どうしてこの災難にあうのだろうか。
[12]答えていう、金光明経に「罪のない者までまきぞえにされる」といい、法華経譬喩品にも「無実の災難にあう」と説かれている。また天台大師の摩訶止観には「修行の浅い者は業因が軽く、菩提心が熟しても、なお過去の業が重いために、もろもろの災いを免れることができない」と説かれている。さらに妙楽大師の法華文句記にも「もし過去・現在の縁が浅ければ、少しの苦しみをも免れることはできない」と説かれている〈以上、引用〉。これらの経釈の文について考えてみると、法華や真言を修行する者でも、行が浅く、信心も薄く、口に経を読んでもその意味を理解できず、ただ名誉や利益のためだけに読むのである。これらの人びとは過去世の謗法の罪がまだ消えずに残っているのである。外見には法華や真言を修行しているようであるけれども、心の内では選択集を信じ念仏を唱えているのである。本心ではないにしても、世間の人びとの気持ちに迎合して、在家の人に向かって、法華経は末法の人の救いとはならないなどと説くから、この災難にあうのである。
[13]問うていう、どのような特別の方法によってこの災難を早く止めることができるだろうか。
[14]答えていう、ただちに謗法の書と謗法の人とを取り除くことである。もしそうしないならば、いかに多くの神仏に祈請をささげようとも、ただ費用ばかりかかって何の効験もないであろう。
[15]問うていう、ではどのように謗法を断ち切ればよいだろうか。
[16]答えていう、謗法を根絶する方法も経文に説かれている。涅槃経大衆所問品には「仏の言われるには、ただ一人だけを除いて他のすべての人びとに施してもよい(略)正しい教えを謗ってこの重い罪を造ったのである(略)ただこの一闡提だけを除いて、その他のすべての人びとに施すことは善いことである」と説かれている。この経文以外にも謗法を根絶する方法は多く説かれているが、くわしく述ベている時間がないので省略する。今の世の出家も在家もみな、謗法一闡提の者に帰依して讃めたたえ供養をささげているので、謗法の教えを学ばない者を見るとかえって謗法の者であるとして迫害を加えるのである。ところが世の人びとはこのような事情を知らないので、正法を説く者を逆に謗法の者と思っているのである。これはまさしく法華経勧持品に予言された「末法悪世の僧たちは、邪まな智恵とこびへつらいの心をもち(略)私たち正法を弘める者の過失を指摘し(略)国王や大臣や婆羅門や在家の長者たちに向かって(略)私たち正法を弘める者の悪行を言いたて、邪見の人、異端の学説を説く者であると非難するであろう」と説かれている文の通りである。仏の讃めたもうところの正法を弘める僧を捨てて、固く誡められた謗法一闡提の僧を讃歎し供養をささげているのである。ゆえに貪りの心がいっそうさかんとなり、謗法の教えが天下に満ちあふれるのである。どうして災難が起こらないことがあろうか、災難の起こるのは当然のことである。
[17]問うていう、謗法の者に対して施しをするのを止めて、苦しみを味わわせたならば罪になるであろうか、どうか。
[18]答えていう、涅槃経の寿命品には「今この最高の正法をもろもろの国王や大臣や役人や僧や尼僧に委嘱する(略)もし正法を毀り破る者があれば、国王や大臣や僧や尼僧や男女の信者にいたるまで、みな力を合わせて謗法を断ち切らなければならない。(略)これは決して何の罪にもならない」と説かれている。この世に生を受けたすべての生き物は、おけらやありや蚊や虻にいたるまで、すべてみな、小さな善心、すなわち仏性をもっているけれども、謗法一闡提の者は善根を断ち切った者である。ゆえに彼らに対して布施を止めて苦しませても罪にはならないのである。
[19]問うていう、あなたは僧の身でありながら、同じ僧侶の罪を指摘するのは、十戒のうちの出家の男女と信者の男女とを謗ってはならないという戒めと仏法僧の三宝を謗ってはならないという戒めとの、二種のおきてを破ることにはならないのか、どうか。
[20]答えていう、私は、仏が涅槃経の寿命品に「もし立派な僧があっても、正法を謗り破る者を見て、これをとがめもせず、追い出そうともせず、その罪をただそうともしないならば、この人は仏法の中の怨敵である。これに対し、謗法の者をきびしく責めただし、追い出すならば、これこそ真の仏弟子である」〈以上、経文〉と誡められている文を守って、謗法の人びとが無間地獄に堕ちるであろうことを書き記すのである。もしこの文が日本国じゅうに広く弘まった時、この文を見聞したならば、国主たる者は謗法者を根絶することを心がけなければならない。もしそうしないならば、大集経に「もし国王があって、わが正法の滅びようとするのを見ながら捨ておいて、これを護ろうとしないならば(略)その国に三つの不吉な事が起こり、(中略)その王は重病にかかり、死んで後は大地獄に堕ちるであろう」と説かれ、仁王経にも「もし王の積んだ功徳が尽きる時には(略)七つの畏るべき難が必ず起こるであろう」と説かれている責めを免れることはできないであろう。これらの経文の通りならば、まず何ごとをさしおいても、すみやかに相次ぐ災難の原因を確かめるべきであろう。もしそうしないならば、仁王経の「国が乱れる時は、まず悪魔が力を得てはびこり、悪魔が乱れるから万民が悩まされる」との経文を見てよく考えるがよい。今すでに悪魔の乱れ、万民の乱れは眼前にある。必ず経文の通りに国土の乱れが起こるであろう。災難の起こる原因とそれを根絶する方法に関する私の拙い考えは以上の通りである。取捨選択はよろしきに任せよう。
[21]正元二年〈太歳庚申〉二月上旬にこれを考えた。