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災難興起由来

全集 第1巻 2段 定本: #20(定本の該当ページへ)

書下し

災難興起由来さいなんこうきゆらい


[1](前欠)答えていわく、爾なり。いわく、けついんちゆう・周のゆう等のこれなり。
[2]難じて云く、の時に仏法なし。故にまた謗法*ほうぼうの者なし。何に依るが故に国をほろぼすや。
[3]答えていわく、黄帝こうてい孔子こうし等の治国ちこく作方さほうは、五常ごじようを以てす。愚王ぐおうありて礼教れいきようを破る故に、災難出来しゆつたいするなり。
[4]難じて云く、もししからば、今の世の災難、五常を破るに依らば、何ぞ必ずしも択流布せんちやくるふとがと云んや。
[5]答えて曰く、仏法いまだ漢土かんどに渡らざる前は、黄帝等五常を以て国を治む。その五常は、仏法渡りて後にこれを見れば、すなわち五戒なり。老子・孔子等もまたほとけ遠く未来をかんがみ、国土に和し、仏法を信ぜしめんがためにつかわすところの三せいなり。夏の桀・殷の紂・周の幽等の、五常を破つて国を亡すは、すなわち五戒を破るに当るなり。また人身にんしんを受けて国主と成るは必ず五戒・十善に依る。外典*げてん浅近せんごんの故に過去の修因しゆいん・未来の得果を論ぜずといえども、五戒・十善をたもちて国王と成る。故にひと五常を破ることあれば、上天変かみてんぺんしきりあらわれ、下地夭間侵しもちようままおかすものなり。故に今の世の変災へんさいも、また国中の上下万人じようかばんにん、多分に択集を信ずる故なり。弥陀仏みだぶつよりほか他仏たぶつ・他経において、拝信を至す者においては、おもてを背けて礼儀を至さず、ことばいて随喜の心なし。故に国土人民において、殊に礼儀を破り、道俗禁戒どうぞくきんかいおかす。例せば、阮藉げんせきを習う者は礼儀をほろぼし、元嵩げんすうに随う者は仏法を破るがごとし。
[6]問うて云く、何を以てこれを知る。仏法いまだ漢土に渡らざる已前の五常は、仏教の中の五戒たること如何いかん
[7]答えて曰く、金光明*こんこうみよう経に云く、「一切世間いつさいせけん所有しよう善論ぜんろんは皆この経による」と。法華経に云く、「もし俗間ぞつけん経書きようしよ治世じせい語言ごごん資生ししよう等を説くに皆正法に順ず」と。普賢*ふげん経に云く、「正法しようぼうをもつて国をおさめ、人民を邪枉じやおうせず、これを第三の懺悔さんげしゆすとなづく」と。槃経に云く、「一切世間の外道*げどう経書きようしよは、皆これ仏説にして外道の説にあらず」と。止観*しかんに云く、「もし深く世法せほうれば、即ちこれ仏法なり」と。弘決*ぐけつに云く、「礼楽前れいがくさきせ、真道後しんどうのちひらく」と。広釈*こうしやくに云く、「ほとけ三人をつかわしてしばら真旦*しんたんし、五常をもつて五戒のほうを開く。昔、太宰たいさい孔子こうしうていわく、三こうていはこれ聖人せいじんなるか。孔子答えて云く、聖人に非ず。また問う、夫子ふうしはこれ聖人なるか。また答う。なり。また問う、もししからば誰かこれ聖人なる。答えて云く、われ聞く、西方さいほうせいあり、しやかと号す」と。周書異記しゆうしよいきに云く、「周の昭王しようおうの二十四年甲寅きのえとらとし四月八日、江河泉池忽然ごうがせんちこつねんとして浮張ふちようし、井水せいすい並びに皆あふず。宮殿人舎きゆうでんじんしや山川大地咸悉さんせんだいちみなことごとく震動す。その五色の光気こうきあり。いり太微たいびつらぬき、四方にへんす。昼青紅色ひるせいこうしよくとなる。昭王大史蘇由たいしそゆうに問うていわく、これ何のかいぞや。蘇由こたえて曰く、大聖人だいせいじんあり、西方さいほうに生る。故にこのずいを現ずと。昭王曰く、天下において何如いかん。蘇由曰く、即時化そくじかなし。一千年のほか声教此しようきようこ被及ひきゆうせんと。昭王即ち人を<CTS外字>&8B66;<コード表示>8B66こうもんつかわし、石にこれをしるしてうずむ。西郊さいこう天祠てんしの前にあり。穆王ぼくおうの五十二年壬申みずのえさるの歳二月十五日、平旦へいたん暴風忽たちまちに起て、人舎を発損はつそんし、樹木を傷折しようしやくし、山川大地皆悉く震動す。午後天陰てんくもり雲黒し。西方に白虹はつこう十二どうあり。南北に通過して連夜れんや滅せず。穆王太史たいしこたに問う。これ何のしるしぞや。こたえて曰く、西方に聖人せいじんあり、滅度めつど衰相現すいそうあらわるるのみ」と〈已上〉。
[8]今これをかんがうるに、金光明こんこうみよう経に「一切世間の所有しようの善論は皆この経に因る」という。仏法いまだ漢土かんどに渡らざれば、まず黄帝等玄女こうていとうげんによ五常ごじようを習う。すなわち玄女の五常によつて久遠くおんの仏教を習い、黄帝に国を治めしむ。いまだ熟せざれば、五戒を説くとも過去・未来を知らず。ただ現在に国を治め、至孝至忠しこうしちゆうをもて身を立つるばかりなり。の経文もつてまたかくのごとし。また周書異記しゆうしよいき等は、仏法いまだ真旦しんたんこうむらざる已前一千余年に、人西方ひとさいほうほとけあることこれを知る。いかにいわんや、老子ろうしいんの時に生れ、しゆう列王れつおうの時にあり。孔子こうしはまた老子の弟子、顔回がんかいもまた孔子の弟子なり。あに周の第四の昭王・第五の穆王ぼくおうの時を知らずして、蘇由そゆう多記こたしるす所の「一千年のほか声教此しようぎようこ被及ひきゆうせん」の文をや。また内典ないでんを以てこれを勘うるに、仏たしかにこれをしたもう。「我れ三聖をつかわして真旦しんたんす」と。ほとけ漢土に仏法を弘めんために、先に三菩さんぼさつを漢土に遣し、諸人しよにんに五常を教えて仏教の初門となす。これらの文を以てこれを勘うるに、仏法已前の五常は仏教の内の五戒なることを知る。
[9]疑うていわく、もし爾らば何ぞせんちやく集を信ずる謗法者ほうぼうしやの中に、この難にわざる者これあるや。
[10]答えていわく、業力ごうりき不定ふじようなり。現世げんぜ法をなし、今世こんぜむくいある者あり。すなわち法華経に云く、「此の人現世に白癩びやくらいやまい乃至ないしもろもろ悪重病あくじゆうびようを得ん」と。仁王*にんのう経に云く、「ひと仏教をやぶらばまた孝子こうしなく、六親ろくしん不和にして天神てんじんたすけず、疾疫悪鬼しつえきあつき日にきたりて侵害しんがいし、災怪首尾さいけしゆび連禍れんかせん」と。涅槃経に云く、「もしこの経典を信ぜざる者あらば○もしは臨終りんじゆうの時荒乱こうらんし、刀兵競とうひようきそい起り、帝王の暴虐ぼうぎやく怨家おんけ讎隙しゆうげきしんぴつせられん」と〈已上〉。順現業じゆんげんごうなり。法華経に云く、「もしひと信ぜずしてこの経を毀謗きほうせば○その人命終みようじゆうして阿鼻獄あびごくに入らん」と。仁王経に云く、「ひと仏教をやぶる○死して地獄・餓鬼・畜生に入らん」と〈已上〉。順次生業じゆんじしようごうなり。順後業じゆんごごう等はこれを略す。
[11]疑うて曰く、もししからば、法華・真言等の諸大乗経しよだいじようきようを信ずる者、何ぞこの難にえるや。
[12]答えて云く、金光明経に云く、「まげつみなきに及ばん」と。法華経に云く、「よこさまにそのわざわいかからん」等と云云。止観しかんに云く、「似解じげくらいいんしつ少軽に道心転どうしんうたた熟すれども、の疾なお重くして衆災しゆさいまぬがれず」と。*きに云く、「もしげんの縁浅ければ、微苦びくもまたしるしなし」と〈已上〉。これらの文を以てこれを案ずるに、法華・真言等を行ずる者も、いまだくらい深からず、えん浅くして口に誦すれども、その義を知らず、一向いつこう名利みようりのためにこれを読む。先生せんしようの謗法の罪いまだきず、そとに法華等を行じてうちせんちやくの意を存す。心存せずといえども、世情せじように叶わんがために、在俗ざいぞくに向つて法華経は末代に叶いがたよししようすれば、この災難まぬがれがたきか。
[13]問うて曰く、いかなる秘術ひじゆつを以てすみやかにこの災難をとどむべきや。
[14]答えていわく、還つて謗法のしよ並びに所学しよがくの人を治すべし。もししからざれば、無尽むじん祈請きしようありといえども、ただついえのみありてしるしなきか。
[15]問うて曰く、如何いかんが対治すべき。
[16]答えて曰く、治方ちほうまた経にこれあり。涅槃経に云く、「仏のたまわく、唯一人ただいちにんを除きて余の一切いつさいほどこせ○正法しようぼう誹謗ひほうしてこの重業じゆうごうを造る○ただかくのごとき一闡提いつせんだいともがらを除きて、その余の者に施さば、一切讃歎すべし」と〈已上〉。このもんよりほかにも、また治方あり。つぶさに載するにいとまあらず。しかして当世とうせい道俗どうぞく、多く謗法の一闡提*いつせんだいの人にして、讃歎供養さんだんくようを加うるの間、たまたま謗法のことばがくせざる者をも、還つて謗法の者と称して怨敵おんてきとなす。諸人しよにんこのよしを知らざる故に、正法の者を還つて謗法者と謂えり。これひとえに法華経の勧持品*かんじほんす所の「悪世あくせの中の比丘びく邪智じやちにして心諂曲てんごくに○好んで我等がとがを出し○国王・大臣・波羅門ばらもん居士こじに向つて○誹謗ひほうして我が悪を説いて、これ邪見の人、外道げどうの論議を説くと謂わん」の文のごとし。仏の讃歎さんだんする所の世中せちゆう福田ふくでんを捨て、いましむる所の一闡提において讃歎供養を加う。故に弥貪欲いよいよとんよくの心さかんにして謗法のこえ天下にてり。あに災難起らざらんや。
[17]問うて云く、謗法者において供養をとどめ、苦治を加えるに罪ありやいなや。
[18]答えて曰く、涅槃経に云く、「今無上いまむじようの正法を以て、諸王しよおう・大臣・宰相さいしよう比丘びく比丘尼びくに付属ふぞくす○正法しようぼうそしる者は、王者・大臣・四部の衆まさに苦治くじすべし○なお罪あることなし」と〈已上〉。一切衆生は螻蟻蚊虻ろうぎもんもうに至るまで必ず小善しようぜんあり。謗法の人には小善なし。故にとどめて苦治くじを加うるなり。
[19]問うて曰く、汝僧形なんじそうぎようもつて比丘のとがあらわすは、あに不謗四衆ふほうししゆ不謗三宝ふほうさんぼうとの二重の戒を破るにあらずや。
[20]答えていわく、涅槃経に云える「もし善比丘ぜんびくありて法をやぶる者を見て、置いて呵責かしやく駈遣くけん挙処こしよせずんば、まさに知るべし、この人は仏法の中のあだなり。もしよく駈遣し呵責し挙処せば、これ我が弟子真でししん声聞しようもんなり」〈已上〉の文を守りてこれをしるす。もしこの自然じねんに国土に流布るふせしめん時、一度高覧ひとたびこうらんん人は、必ずこのむねを存すべきか。もししからずんば、大集だいしゆう並びに仁王にんのう経の「もし国王ありて我が法の滅せんを見て、捨てて擁護おうごせざれば○その国内に三種の不祥ふしよういださん。乃至ないし命終みようじゆうして大地獄に生ぜん」。「もし王の福尽ふくつきん時○七難しちなん必ず起らん」のせめまぬがれがたきか。この文のごとくんば、しばらく万事ばんじさしおいて、まずこの災難の起るよしたしかむべきか。もししからずんば、仁王経の「国土乱れん時はまず鬼神きじん乱る、鬼神乱るるが故に万民乱る」の文を見よ。当時、鬼神の乱れ、万民の乱れあり。またまさに国土も乱るべし。愚勘ぐかんかくのごとし。取捨はひとまかす。
[21]正元二年〈太歳庚申たいさいこうしん〉二月上旬これを勘う。
現代語訳

災難興起由来


正元二年(一二六〇)二月、三九歳、於鎌倉、原漢文、定一五八—一六二頁。

[1](前欠)答えていう、その通りである。夏の桀王や殷の紂王や周の幽王などの世がそうである。
[2]問うていう、彼らの時にはまだ仏法はなかった。したがって仏法を破る謗法の者もいなかった。いったい何によって国を亡ぼしたのか。
[3]答えていう、黄帝や孔子などは、国を治めるために仁・義・礼・智・信の五常を定め、これにもとづいて治められたのである。ところが愚かな王があって孔子らの説いた礼に関する教えを破ったから、災難が起こり国が亡びたのである。
[4]問うていう、もしそうであるならば、今の世の災難も五常を破ることによって起こったのであるならば、どうして選択集が流布したことが原因であるといえようか、どうか。
[5]答えていう、仏法がまだ中国に伝わる以前には、黄帝などの聖人が五常をもって国を治めたのである。その五常は、仏法が伝わって後に考えてみると、それは五戒に他ならないのである。老子や孔子なども、仏が遠く未来のことを考え、国土にあった仏法を信仰せしめようとして、あらかじめ遣わされたところの三人の聖人である。ゆえに夏のけつ王や殷のちゆう王や周の幽王などが五常を破って国を亡ぼしたのは、これは五戒を破ったことに相当するのである。また人間と生まれて国王となるのは、生きものを殺さない・盗みをしない・男女の間を乱さない・をつかない・酒を飲まないという五つのいましめと、これに悪口をいわない・仲たがいをさせるようなことをいわない・むさぼらない・怒らない・よこしまな見解をもたないという五つを加えた十の戒めを守った功徳によるのである。儒教の教えは浅いから、過去に修行した原因によって未来にすぐれた果報を得るということを論じないけれども、五戒や十善を堅く守ったから国王となったのである。したがって、もし人が五常を破るならば、天変や地夭が続いて起こることになるのである。それゆえに、今の世の災難も日本国じゅうのすべての人びとが選択集を信じることによって起こるのである。国じゅうの人びとは選択集の教えによって、阿弥陀仏以外のもろもろの仏や浄土三部経以外の経々を信仰する人びとに対して背を向け、礼儀を尽くさず、また喜びの心を述べようともしないのである。そのために国じゅうの人民が礼儀を破り、出家も在家も仏の定められた戒めを破っているのである。たとえていえば、阮籍の真似をする者が礼儀を亡ぼし、元嵩に随った者が仏法を破ったようなものである。
[6]問うていう、どうしてそれがわかるのか。仏法が中国に伝わる以前の五常が仏教の五戒に他ならないということの証拠は何か。
[7]答えていう、金光明経には「すべて世の中のありとあらゆる善を勧める教えは、みな、この経から出ている」と説かれており、法華経法師功徳ほつしくどく品には「もし世の中の道徳や政治や実業などのことを説いても、みな正法にかなっている」と説かれており、観普賢経には「正法によって国を治めて人心を悪くしなければ、それがそのまま懺悔を修したことになる」と説かれており、涅槃経の如来性によらいしよう品には「すべて世の中に広まっている仏教以外の教えは、みな仏の説かれたものであって、外道の説ではない」と説かれている。天台大師の摩訶止観まかしかんには「もし本当に世間の道をさとれば、それがそのまま仏法である」とあり、妙楽大師の摩訶止観輔行伝弘決ぶぎようでんぐけつには「礼儀や音楽などの世間の教えが先に弘まって、その後に仏の道が開ける」とあり、安然の普通広釈ふつうこうしやくには「仏は三人の賢者を中国に遣わして、まず五常の道によせて五戒を教えさせたのである。昔、宋の国の太宰が孔子に向かって、三皇五帝は聖人であるかと問うた時、孔子は聖人ではないと答えた。そこで再び問うて、それではあなたは聖人であるかと聞くと、やはり聖人ではないと答えた。そこでさらに、では誰を聖人というのであるかと問うと、孔子は、自分が聞いたのではこれより西の方に聖人があって釈という名であると答えた」とある。周書異記に「周の昭王の二十四年甲寅の歳の四月八日、突然に河や泉や池の水がいっせいに涌き出で、大地が震動し、夜中に五色の光が現われ四方を広く照らし、昼は青紅色となった。昭王が史官の蘇由にこの不思議な現象は何によって生じたのかと問うた時、蘇由は大聖人が西方に誕生した瑞相であると答えた。王が天下への影響はどうかと問うと、蘇由は、すぐには影響はないけれども、一千年の後にその教え(仏教)がこの国にもたらされるであろうと答えた。昭王はただちに命令してこのことを石に刻して<CTS外字>&8B66;<コード表示>8B66門に埋めたという。それは西郊の天祠の前にある。また周の穆王の五十二年壬申の歳の二月十五日、突然に暴風が起こり、大地が震動し、空はにわかに曇り、十二の白い虹が南北の天にかかり、何日も消えなかった。穆王が史官の多に何のきざしであるかと問うと、西方の聖人が入滅された相であると答えた」とある。〈以上、引用〉
[8]今これらの文について考えてみると、金光明経に「すべて世の中のありとあらゆる善を勧める教えは、みな、この経から出ている」とある。仏法が中国に伝わる以前においては、まず黄帝などは玄女から五常を習いうけたのである。すなわち玄女の五常によって久遠の仏教を学び、黄帝に国を治めさせたのである。機根がいまだ熟していなかったから、五戒を説いても過去の因と未来の果を知らず、ただ現在において国を治め、孝や忠の道徳を守って身を立てることだけを考えたのである。他の経文もすべて同じ意である。また周書異記の文は、仏法が中国に伝わる一千年も前に、人びとは西方に仏陀の現われたことを知っていたのである。まして、老子は殷の時代に生まれ、周の列王の時代に活躍し、孔子は老子の弟子であり、顔回は孔子の弟子であったから、どうして、周の第四昭王、第五穆王の時に蘇由・多の記したところの、一千年の後に仏教がこの国に弘まるであろうとの文を知らないことがあろうか、そんなはずはないのである。また仏教の経典によって考えてみると、天台大師の摩訶止観に、仏は自分は三人の聖人を遣わして中国を教化する、といわれ、妙楽大師の摩訶止観弘決にも、仏は中国に仏法を弘めるために、まず三人の菩を派遣して人びとに五常を教えて仏教の入門とした、とある。これらの文によって考えると、仏法伝来以前の五常が仏教の五戒と同じであることが知られるのである。
[9]疑っていう、もしそうであるならば、どうして選択集を信ずる謗法者の中に、この災難にあわない者がいるのであるか。
[10]答えていう、それは人びとの前世に行なった行為の力が異なるからである。たとえば、現在の世に謗法の罪を犯して、現在の世にその果報を受ける者がある。法華経勧発品かんぼつぽんに「法華経の信者をそしる人は現在の世で、さまざまな悪い重い病気にかかるであろう」といい、仁王経にも「もし人が仏の教えを破るならば、親孝行の子は生まれない。親類じゅうが仲たがいし、天の神々も助けてくれない。病魔におそわれない日はなく、いろいろな災難が次々と起こって絶え間がない」といい、涅槃経の如来性品にも「もしこの経典を信じない者は(略)臨終の時に内乱などが起こって刀剣の難にあい、上は帝王にしいたげられ、下は万民からうらまれ憎まれて、いろいろの災難にあうであろう」〈以上、経文〉とある。これらの経文に説かれるように、これを順現業といって、現在の世に業を作り、現在の世にその果報を受けることをいうのである。また法華経譬喩品には「もし人がこの経を信じないでそしるならば(略)その人は命終わって後、必ず無間地獄に堕ちるであろう」といい、仁王経にも「もし人が仏の教えを破るならば(略)死んで後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう」〈以上、経文〉とある。これを順次生業といって、この世において作った業の報いを次の世(来世)において受けることをいうのである。この世で業を作って第三生(次の次の生)からその報いを受ける順後業などについては省略する。
[11]疑っていう、もしそうであるならば、法華経や真言経などのもろもろの大乗経を信仰する者が、どうしてこの災難にあうのだろうか。
[12]答えていう、金光明経に「罪のない者までまきぞえにされる」といい、法華経譬喩品にも「無実の災難にあう」と説かれている。また天台大師の摩訶止観には「修行の浅い者は業因が軽く、菩提心が熟しても、なお過去の業が重いために、もろもろの災いを免れることができない」と説かれている。さらに妙楽大師の法華文句記にも「もし過去・現在の縁が浅ければ、少しの苦しみをも免れることはできない」と説かれている〈以上、引用〉。これらの経釈の文について考えてみると、法華や真言を修行する者でも、行が浅く、信心も薄く、口に経を読んでもその意味を理解できず、ただ名誉や利益のためだけに読むのである。これらの人びとは過去世の謗法の罪がまだ消えずに残っているのである。外見には法華や真言を修行しているようであるけれども、心の内では選択集を信じ念仏を唱えているのである。本心ではないにしても、世間の人びとの気持ちに迎合して、在家の人に向かって、法華経は末法の人の救いとはならないなどと説くから、この災難にあうのである。
[13]問うていう、どのような特別の方法によってこの災難を早く止めることができるだろうか。
[14]答えていう、ただちに謗法の書と謗法の人とを取り除くことである。もしそうしないならば、いかに多くの神仏に祈請をささげようとも、ただ費用ばかりかかって何の効験もないであろう。
[15]問うていう、ではどのように謗法を断ち切ればよいだろうか。
[16]答えていう、謗法を根絶する方法も経文に説かれている。涅槃経大衆所問だいしゆしよもん品には「仏の言われるには、ただ一人だけを除いて他のすべての人びとに施してもよい(略)正しい教えを謗ってこの重い罪を造ったのである(略)ただこの一闡提だけを除いて、その他のすべての人びとに施すことは善いことである」と説かれている。この経文以外にも謗法を根絶する方法は多く説かれているが、くわしく述ベている時間がないので省略する。今の世の出家も在家もみな、謗法一闡提の者に帰依して讃めたたえ供養をささげているので、謗法の教えを学ばない者を見るとかえって謗法の者であるとして迫害を加えるのである。ところが世の人びとはこのような事情を知らないので、正法を説く者を逆に謗法の者と思っているのである。これはまさしく法華経勧持品に予言された「末法悪世の僧たちは、よこしまな智恵とこびへつらいの心をもち(略)私たち正法を弘める者の過失を指摘し(略)国王や大臣や婆羅門や在家の長者たちに向かって(略)私たち正法を弘める者の悪行を言いたて、邪見の人、異端の学説を説く者であると非難するであろう」と説かれている文の通りである。仏の讃めたもうところの正法を弘める僧を捨てて、固くいましめられた謗法一闡提の僧を讃し供養をささげているのである。ゆえにむさぼりの心がいっそうさかんとなり、謗法の教えが天下に満ちあふれるのである。どうして災難が起こらないことがあろうか、災難の起こるのは当然のことである。
[17]問うていう、謗法の者に対して施しをするのをめて、苦しみを味わわせたならば罪になるであろうか、どうか。
[18]答えていう、涅槃経の寿命品には「今この最高の正法をもろもろの国王や大臣や役人や僧や尼僧に委嘱する(略)もし正法を毀り破る者があれば、国王や大臣や僧や尼僧や男女の信者にいたるまで、みな力を合わせて謗法を断ち切らなければならない。(略)これは決して何の罪にもならない」と説かれている。この世に生を受けたすべての生き物は、おけらやありやあぶにいたるまで、すべてみな、小さな善心、すなわち仏性をもっているけれども、謗法一闡提の者は善根を断ち切った者である。ゆえに彼らに対して布施を止めて苦しませても罪にはならないのである。
[19]問うていう、あなたは僧の身でありながら、同じ僧侶の罪を指摘するのは、十戒のうちの出家の男女と信者の男女とをそしってはならないといういましめと仏法僧の三宝を謗ってはならないという戒めとの、二種のおきてを破ることにはならないのか、どうか。
[20]答えていう、私は、仏が涅槃経の寿命品に「もし立派な僧があっても、正法を謗り破る者を見て、これをとがめもせず、追い出そうともせず、その罪をただそうともしないならば、この人は仏法の中の怨敵である。これに対し、謗法の者をきびしく責めただし、追い出すならば、これこそ真の仏弟子である」〈以上、経文〉と誡められている文を守って、謗法の人びとが無間地獄に堕ちるであろうことを書き記すのである。もしこの文が日本国じゅうに広く弘まった時、この文を見聞したならば、国主たる者は謗法者を根絶することを心がけなければならない。もしそうしないならば、大集経に「もし国王があって、わが正法の滅びようとするのを見ながら捨ておいて、これを護ろうとしないならば(略)その国に三つの不吉な事が起こり、(中略)その王は重病にかかり、死んで後は大地獄に堕ちるであろう」と説かれ、仁王経にも「もし王の積んだ功徳が尽きる時には(略)七つのおそるべき難が必ず起こるであろう」と説かれている責めを免れることはできないであろう。これらの経文の通りならば、まず何ごとをさしおいても、すみやかに相次ぐ災難の原因を確かめるべきであろう。もしそうしないならば、仁王経の「国が乱れる時は、まず悪魔が力を得てはびこり、悪魔が乱れるから万民が悩まされる」との経文を見てよく考えるがよい。今すでに悪魔の乱れ、万民の乱れは眼前にある。必ず経文の通りに国土の乱れが起こるであろう。災難の起こる原因とそれを根絶する方法に関する私の拙い考えは以上の通りである。取捨選択はよろしきに任せよう。
[21]正元二年〈太歳庚申かのえさる〉二月上旬にこれを考えた。