守護国家論
書下し
守護国家論
[1]それおもんみれば、偶十方微塵三悪の身を脱れて、希に閻浮日本爪上の生を受く。また閻浮日域爪上の生を捨て、十方微塵三悪の身を受けんこと疑いなきものなり。しかるに生を捨て悪趣に堕する縁、一にあらず。或は妻子眷属の哀憐に依り、或は殺生悪逆の重業に依り、或は国主と成りて民衆の歎きを知らざるに依り、或は法の邪正を知らざるに依り、或は悪師を信ずるに依る。この中においても、世間の善悪は眼前にあれば、愚人もこれを弁うべし。仏法の邪正・師の善悪においては、証果の聖人すらなおこれを知らず。いわんや末代の凡夫においてをや。しかのみならず仏日西山に隠れ、余光東域を照してよりこのかた、四依の慧燈は日に減じ、三蔵の法流は月に濁る。実経に迷える論師は真理の月に雲を副え、権経に執する訳者は実経の珠を砕きて権経の石と成す。いかにいわんや震旦の人師の宗義その悞りなけんや。いかにいわんや日本辺土の末学、誤りは多く実は少きものか。随つてその教を学する人数は竜鱗より多けれども、得道の者は麟角よりも希なり。或は権教に依るが故に、或は時機不相応の教に依るが故に、或は凡聖の教を弁えざるが故に、或は権実二教を弁えざるが故に、或は権教を実教と謂うに依るが故に、或は位の高下を知らざるが故なり。凡夫の習い、仏法について生死の業を増すこと、その縁一にあらず。
[2]中昔、邪智の上人ありて、末代の愚人のために一切の宗義を破して、選択集一巻を造る。名を鸞・綽・導の三師に仮りて、一代を二門に分ち、実経を録して権経に入れ、法華・真言の直道を閉じて、浄土三部の隘路を開く。また浄土三部の義にも順ぜずして、権実の謗法を成し、永く四聖の種を断じて、阿鼻の底に沈むべき僻見なり。しかるに世人のこれに順うこと、譬えば大風の小樹の枝を吹くがごとく、門弟のこの人を重んずること、天衆の帝釈を敬うに似たり。この悪義を破らんがために、また多くの書あり。いわゆる浄土決義鈔・弾選択・摧邪輪等なり。この書を造る人、皆碩徳の名一天に弥るといえども、恐らくはいまだ選択集謗法の根源を顕わさず。故に還つて悪法の流布を増す。譬えば、盛なる旱魃の時に小雨を降らせば草木弥枯れ、兵者を打つ刻に弱き兵を先にすれば強敵倍力を得るがごとし。予この事を歎く間、一巻の書を造りて選択集の謗法の縁起を顕わし、名づけて守護国家論と号す。願わくは一切の道俗、一時の世事を止めて永劫の善苗を種えよ。今経論をもつて邪正を直す。信謗は仏説に任せ、あえて自義を存することなし。
[3]分ちて七門となす。一には如来の経教において権実二教を定むることを明かし、二には正像末の興廃を明かし、三には選択集の謗法の縁起を明かし、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明かし、五には善知識並に真実の法には値い難きことを明かし、六には法華・涅槃に依る行者の用心を明かし、七には問に随つて答を明かす。
[4]大文の第一に、如来の経教において権実二教を定むることを明かさば、これにおいて四あり。一には大部の経の次第を出して流類を摂することを明かし、二には諸経の浅深を明かし、三には大小乗を定むることを明かし、四にはしばらく権を捨て実に就くべきことを明かす。
[5]第一に、大部の経の次第を出して流類を摂することを明かさば、問うて云く、仏、最初に何なる経を説きたもうや。答えて云く。華厳経なり。問うて云く、その証如何。答えて云く、六十華厳経の離世間浄眼品に云く、「かくのごとく我れ聞く、一時、仏、摩竭提国寂滅道場にあつて始めて正覚を成ず」と。法華経の序品に放光瑞の時、弥勒菩薩十方世界の諸仏の五時の次第を見る時、文殊師利菩薩に問うて云く、「また諸仏聖主師子、経典の微妙第一なるを演説したもう。その声清浄に柔軟の音を出して、諸の菩薩を教えたもうこと、無数億万なるを覩る」と。また方便品に仏自ら初成道の時を説いて云く、「我始め道場に坐し、樹を観じまた経行して、乃至、その時に諸の梵王及び諸の天・帝釈・護世四天王及び大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万、恭敬し合掌し礼して、我に転法輪を請ず」と。これらの説は法華経に華厳経の時を指す文なり。故に華厳経の第一に云く、「毘沙門天王〈略〉月天子〈略〉日天子〈略〉釈提桓因〈略〉大梵〈略〉摩醯首羅〈略〉」等と〈已上〉。涅槃経に華厳経の時を説いて云く、「既に成道し已つて梵天勧請すらく、ただ願わくは如来まさに衆生のために広く甘露の門を開きたもうべし。乃至、梵王また言く、世尊、一切衆生に凡そ三種あり。いわゆる利根・中根・鈍根なり。利根は能く受く。ただ願わくはために説きたまえ。仏言く、梵王諦かに聴け諦かに聴け、我今まさに一切衆生のために甘露の門を開くべし」と。また三十三に華厳経の時を説いて云く、「十二部経の修多羅の中の微細の義を、我先に已に諸の菩薩のために説くが如し」と。かくのごときらの文、皆諸仏世に出たまいて、一切経の初めには必ず華厳経を説きたまいし証文なり。問うて云く、無量義経に云く、「初めに四諦を説き、乃至、次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」と。この文のごとくんば、般若経の後に華厳経を説けり。相違如何。答えて云く、浅深の次第なるか、或は後分の華厳経なるか。法華経の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く、「余乗〈華厳経なり〉のもしは二〈般若経なり〉、もしは三〈方等経なり〉あることなし」と。この意なり。
[6]問うて云く、華厳経の次に何れの経を説きたもうや。答えて云く、阿含経を説きたもうなり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く、「もし人、苦に遭うて老病死を厭うには、ために涅槃を説く」と。方便品に云く、「即ち波羅奈に趣き、乃至、五比丘のために説く」と。涅槃経に華厳経の次の経を定めて云く、「即ち波羅奈国において、正法輪を転じて、中道を宣説す」と。これらの経文は、華厳経より後に阿含経を説くなり。
[7]問うて云く、阿含経の後に何れの経を説きたもうや。答えて曰く、方等経なり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経に云く、「初めに四諦を説き、乃至、次に方等十二部経を説く」と。涅槃経に云く、「修多羅より方等を出す」と。問うて云く、方等とは天竺の語、これには大乗と云うなり。華厳・般若・法華・涅槃等、皆大乗方等なり。何ぞ独り方等部に限りて方等の名を立つるや。答えて曰く、実には華厳・般若・法華等、皆方等なり。しかりといえども、今方等部において、別して方等の名を立つることは私の義にあらず。無量義経・涅槃経の文顕然なり。阿含の証果は一向小乗なり。次に大乗を説く。方等より已後、皆大乗と云うといえども、大乗の始めなるが故に、初めに従いて方等部を方等と云うなり。例せば十八界の十半は色なりといえども、初めに従いて色境の名を立つるがごとし。
[8]問うて曰く、方等部の諸経の後には、何れの経を説きたもうや。答えて云く、般若経なり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、涅槃経に云く、「方等より般若を出す」と。
[9]問うて曰く、般若経の後には何れの経を説きたもうや。答えて曰く、無量義経なり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、仁王経に云く、「二十九年中」と。無量義経に云く、「四十余年」と。問うて曰く、無量義経には般若経の後に華厳経を列ね、涅槃経には般若経の後に涅槃経を列ぬ。今の所立の次第は、般若経の後に無量義経を列ぬ、相違如何。答えて曰く、涅槃経第十四の文を見るに、涅槃経已前の諸経を列ねて、涅槃経に対して勝劣を論じて、法華経を挙げず。第九の巻において、法華経は涅槃経より已前なりとこれを定めたもう。法華経の序品を見るに、無量義経は法華経の序分なり。無量義経には、般若の次に華厳経を列ぬれども、華厳経を初時に遣れば、般若経の後は無量義経なり。
[10]問うて曰く、無量義経の後に何れの経を説きたもうや。答えて曰く、法華経を説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、法華経の序品に云く、「諸の菩薩のために大乗経の無量義、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう。仏この経を説き已つて、結跏趺坐し、無量義処三昧に入りたもう」と。
[11]問うて曰く、法華経の後に何れの経を説きたもうや。答えて曰く、普賢経を説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、普賢経に云く、「却つて後三月、我まさに般涅槃すべし。乃至、如来、昔耆闍崛山及び余の住処において、已に広く一実の道を分別す、今もこの処においてす」と。
[12]問うて曰く、普賢経の後に何れの経を説きたもうや。答えて曰く、涅槃経を説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、普賢経に云く、「却つて後三月、我まさに般涅槃すべし」と。涅槃経三十に云く、「如来、何が故ぞ二月に涅槃したもうや」と。また云く、「如来は初生・出家・成道・転妙法輪、皆八日をもつてす。何ぞ仏の涅槃のみ独り十五日なるや」と。
[13]大部の経大概かくのごとし。これより已外、諸の大小乗経は次第不定なり。或は阿含経より已後に華厳経を説き、法華経より已後に方等・般若を説く。皆義類をもつてこれを収めて一処に置くべし。
[14]第二に、諸経の浅深を明かさば、無量義経に云く、「初めに四諦〈阿含〉を説き、次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き、菩薩の歴劫修行を宣説す」と。また云く、「四十余年にはいまだ真実を顕わさず」と。また云く、「無量義経は尊にして過上なし」と。これらの文のごとくんば、四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑いなきものなり。
[15]問うて曰く、密厳経に云く、「一切の経の中に勝れたり」と。大雲経に云く、「諸経の転輪聖王なり」と金光明経に云く、「諸経の中の王なり」と。これらの文を見るに、諸の大乗経の常の習いなり。何ぞ一文を瞻て、無量義経は四十余年の諸経に勝るというや。答えて云く、教主釈尊、もし諸経において互に勝劣を説かば、大小乗の差別・権実の不同あるべからず。もし実に差別なきに、互に差別・浅深等を説かば、諍論の根源・悪業起罪の因縁なり。爾前の諸経の第一とは、縁に随いて不定なり。或は小乗の諸経に対して第一なりとす。或は報身の寿を説いて諸経の第一なりとす。或は俗諦・真諦・中諦等を説いて第一なりとす。一切の第一にあらず。今の無量義経のごときは、四十余年の諸経に対して第一なり。
[16]問うて云く、法華経と無量義経と何れか勝れたるや。答えて云く、法華経勝れたり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経にはいまだ二乗作仏と久遠実成とを明かさず。故に法華経に嫌われて、今説の中に入るなり。
[17]問うて云く、法華経と涅槃経と何れか勝れたるや。答えて云く、法華経勝るるなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、涅槃経に自ら「如法華中」等と説いて、「更無所作」と云う。法華経に当説を指して「難信難解」と云わざるが故なり。問うて云く、涅槃経の文を見るに、涅槃経已前をば皆邪見なりと云う、如何。答えて云く、法華経は如来出世の本懐なる故に、「今は已に満足しぬ」、「今正しくこれその時なり」、「然るに善男子、我実に成仏してより已来」等と説きたもう。ただし諸経の勝劣においては、仏自ら「我が説く所の経典は無量千万億にして」と挙げ了つて、「已に説き、今説き、当に説かん」等と説く時、多宝仏地より涌現して、「皆これ真実なり」と定め、分身の諸仏は舌相を梵天に付けたもう。かくのごとく、諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ。この外、釈迦如来一仏の所説なれば、先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきにあらず。故に涅槃経に諸経を嫌う中に法華経を入れず。法華経は諸経に勝るる由、これを顕わす故なり。ただし、邪見の文に至りては、法華経を覚知せざる一類の人、涅槃経を聞いて悟りを得る故に、迦葉童子の自身並に所引を指して、涅槃経より已前を邪見等と云うなり。経の勝劣を論ずるにはあらず。
[18]第三に、大小乗を定むることを明かさば、問うて曰く、大小乗の差別如何。答えて云く、常途の説のごときは、阿含部の諸経は小乗なり。華厳・方等・般若・法華・涅槃等は大乗なり。或は六界を明かすは小乗、十界を明かすは大乗なり。その外法華経に対して実義を論ずる時、法華経より外の四十余年の諸の大乗経は皆小乗にして、法華経は大乗なり。問うて云く、諸宗に亘りて我が拠るところの経を実大乗と謂い、余宗の拠るところの経を権大乗と云うこと常の習いなり。末学において是非定め難し。いまだ法華経に対して、諸の大乗経を小乗と称することを聞知せず、証文如何。答えて云く、宗宗の立義互に是非を論ず。なかんずく、末法において、世間・出世について非を先とし是を後とす。自ら是非を知らず、愚者の歎ずべきところなり。ただししばらく我等が智をもつて、四十余年の現文を看るに、この文を破る文なければ、人の是非を信用すべからざるなり。その上、法華経に対して、諸の大乗経を小乗と称することは、自答を存すべきにあらず。法華経の方便品に云く、「仏は自ら大乗に住したまえり。乃至、自ら無上道大乗平等の法を証して、もし小乗をもつて化すること乃至一人においてもせば、我則ち慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」と。この文の意は、法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり。また寿量品に云く、「小法を楽える」と。これらの文は、法華経より外の四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり。天台・妙楽の釈において、四十余年の諸経を小乗なりと釈すとも、他師これを許すべからず。故にただ経文を出すなり。
[19]第四に、しばらく権経を閣いて実経に就くことを明かさば、問うて曰く、証文如何。答えて曰く、十の証文あり。法華経に云く、「ただ楽つて大乗経典を受持して、乃至余経の一偈をも受けざれ」と〈これ一〉。涅槃経に云く、「了義経に依つて不了義経に依らざれ」と〈四十余年を不了義経と云う。これ二〉。法華経に云く、「此の経は持ち難し、もし暫くも持つ者は、我即ち歓喜す、諸仏もまた然なり、かくのごときの人は諸仏の歎めたもうところなり、これ則ち勇猛なり、これ則ち精進なり、これを戒を持ち、頭陀を行ずる者と名づく」〈末代において四十余年の持戒なし。ただ法華経を持つを持戒となす。これ三〉。涅槃経に云く、「乗において緩なる者は、乃ち名づけて緩となす。戒において緩なる者をば名づけて緩とせず。菩薩摩訶薩、この大乗において心懈慢せずんば、これを奉戒と名づく。正法を護るがために、大乗の水をもつて自ら澡浴す。この故に菩薩破戒を現ずといえども、名づけて緩となさず」〈この文は法華経の戒を流通する文なり。これ四〉。法華経第四に云く、「妙法華経、乃至、皆これ真実なり」と〈この文は多宝の証明なり。これ五〉。法華経第八に普賢菩薩誓つて云く、「如来の滅後において、閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」と〈これ六〉。法華経第七に云く、「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提において断絶せしむることなけん」と〈釈迦如来の誓いなり。これ七〉。法華経第四に多宝並に十方の諸仏来集の意趣を説いて云く、「法をして久しく住せしめんが故に、ここに来至したまえり」と〈これ八〉。法華経第七に法華経を行ずる者の住処を説いて云く、「如来の滅後において、まさに一心に受持し読誦し解説し書写して、説の如く修行すべし。所在の国土に、乃至、もしは経巻所住の処、もしは園の中においても、もしは林の中においても、もしは樹の下においても、もしは僧坊においても、もしは白衣の舎にても、もしは殿堂にあつても、もしは山谷曠野にても、この中に皆塔を起てて供養すべし。所以は何ん。まさに知るべし、この処は即ちこれ道場なり。諸仏ここにおいて阿耨多羅三藐三菩提を得」と〈これ九〉。法華経の流通たる涅槃経の第九に云く、「我が涅槃の後、正法いまだ滅せず、余の八十年、その時、この経閻浮提においてまさに広く流布すべし。この時まさに諸の悪比丘あつて、この経を抄掠して分つて多分となし、よく正法の色・香・味・美を滅すべし。この諸の悪人、またかくのごとき経典を読誦すといえども、如来の深密の要義を滅除して、世間の荘厳の文飾無義の語を安置し、前を抄して後に著け、後を抄して前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。まさに知るべし、かくのごとき諸の悪比丘はこれ魔の伴侶なり。乃至、譬えば牧牛女の多く水を乳に加うるがごとし。諸の悪比丘もまたかくのごとし。雑うるに世語をもつてし、この経を錯り定め、多くの衆生をして正説し正写し正取し尊重し讃歎し供養し恭敬することを得ざらしむ。この悪比丘は利養のための故に、この経を広宣流布すること能わず。分流すべき所少くして言うに足らざること、彼の牧牛の貧窮の女人の展転して乳を売るに、乃至、糜と成すに乳味なきがごとし。この大乗経典大涅槃経もまたかくのごとし。展転し薄淡にして気味あることなし。気味なしといえども、なお余経に勝ることこれ一千倍なること、彼の乳味の諸の苦味において千倍勝るとなすがごとし。何をもつての故に、この大乗経典大涅槃経は声聞の経において最もこれ上首たり」と〈これ十〉。
[20]問うて云く、不了義経を捨てて了義経に就くとは、大円覚修多羅了義経・大仏頂如来密因修証了義経、かくのごとき諸の大乗経は皆了義経なり。依用すべきや。答えて曰く、了義・不了義は所対に随つて不同なり。二乗・菩薩等の所説の不了義に対すれば、一代の仏説は皆了義なり。仏説に就いて、また小乗経は不了義、大乗経は了義なり。大乗に就いて、また四十余年の諸経は不了義経、法華・涅槃・大日経等は了義経なり。しかるに円覚・大仏頂等の諸経は、小乗及び歴劫修行の不了義経に対すれば了義経なり。法華経のごとき了義にはあらざるなり。
[21]問うて曰く、華厳・法相・三論等の天台・真言より以外の諸宗の高祖、各その依憑の経経に依りて、その経々の深義を極めんと欲す。これしかるべきや、如何。答えて云く、華厳宗のごときは、華厳経に依りて諸経を判じて、華厳経の方便となすなり。法相宗のごときは、阿含・般若等を卑しめ、華厳・法華・涅槃をもつて深密経に同じ、同じく中道教と立つるといえども、また法華・涅槃は一類の一乗を説くが故に不了義経なり、深密経には五性各別を存するが故に了義経と立つるなり。三論宗のごときは、二蔵を立てて一代を摂し、大乗において浅深を論ぜず。しかも般若経をもつて依憑となす。これらの諸宗の高祖、多分は四依の菩薩なるか。定めて所存あらん。是非に及ばず。しかりといえども、自身の疑いを晴らさんがために、しばらく人師の異解を閣いて、諸宗の依憑の経々を開き見るに、華厳経は旧訳は五十・六十、新訳は八十・四十なり。その中に法華・涅槃のごとく一代聖教を集めて方便となすの文なし。四乗を説くといえども、その中の仏乗において十界互具・久遠実成を説かず。ただし人師に至りて五教を立てて、先の四教に諸経を収めて華厳経の方便となす。法相宗のごときは、三時教を立つる時、法華等をもつて深密経に同ずといえども、深密経五巻を開き見るに、全く法華等をもつて中道の内に入れず。三論宗のごときは、二蔵を立つる時、菩薩蔵において華厳・法華等を収め般若経に同ずといえども、新訳の大般若経を開き見るに、全く大般若をもつて法華・涅槃に同ずるの文なし。華厳は頓教・法華は漸教等とは、人師の意楽にして仏説にあらざるなり。
[22]法華経のごときは、序分の無量義経に慥に「四十余年」の年限を挙げ、華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで「未顕真実」と定め、正宗の法華経に至りて一代の勝劣を定むる時、「我が所説の経典無量千万億にして、已に説き今説き当に説かん」との金言を吐きて、「しかもその中において、この法華経は最もこれ難信難解なり」と説きたもう時、多宝如来地より涌出して、「妙法華経、皆是真実」と証誠し、分身の諸仏は十方より尽く一処に集りて、舌を梵天に付けたもう。
[23]今この義をもつて、余推察を加うるに、唐土・日本に渡れるところの五千・七千余巻の諸経以外の、天竺・竜宮・四王天・過去の七仏等の諸経、並に阿難の未結集の経、十方世界の塵に同ずる諸経の勝劣・浅深・難易は掌中にあり。無量千万億の中に、あに釈迦如来の所説の諸経漏るべきや。已説・今説・当説の年限に入らざる諸経これあるべきや。願わくは末代の諸人、しばらく諸宗の高祖の弱文無義を閣いて、釈迦・多宝・十方の諸仏の強文有義を信ずべし。いかにいわんや、諸宗の末学は偏執を先となし、末代の愚者は人師を本となして、経論を抛つ者に依憑すべきや。故に法華の流通たる双林最後の涅槃経に、仏迦葉童子菩薩に遺言して言く、「法に依つて人に依らざれ、義に依つて語に依らざれ、智に依つて識に依らざれ、了義経に依つて不了義経に依らざれ」と云云。予、世間を見聞するに、自宗の人師をもつて三昧発得智慧第一と称すれども無徳の凡夫にして、実経に依つて法門を信ぜしめず、不了義の観経等をもつて時機相応の教と称し、了義の法華・涅槃を閣いて、譏りて理深解微の失を付く。如来の遺言に背いて、人に依つて法に依らず、語に依つて義に依らず、識に依つて智に依らず、不了義経に依つて了義経に依らず、と談ずるにあらずや。請い願わくは心あらん人は思惟を加えよ。
[24]如来の入滅はすでに二千二百余の星霜を送れり。文殊・迦葉・阿難、経を結集せし已後、四依の菩薩重ねて世に出で、論を造り経の意を申ぶ。末の論師に至りて漸く誤り出来す。また訳者においても梵・漢未達の者あり。権教宿習の人は、実の経論の義を曲げて、権の経論の義を存せり。これについてまた唐土の人師、過去の権教の宿習の故に、権の経論心に叶う間、実の経論を用いず。或は小し自義に違う文あれば、理を曲げて会通を構え、もつて自身の義に叶わしむ。たとい後に道理と念うといえども、或は名利に依り、或は檀那の帰依に依りて、権宗を捨てて実宗に入らず。世間の道俗また無智の故に、理非を弁えず。ただ人に依りて法に依らず。たとい悪法たりといえども、多人の邪義に随つて一人の実説に依らず。しかるに衆生の機多くは流転に随い、たとい出離を求むるにも、また多分は権経に依る。ただ恨むらくは、悪業の身、善に付け悪に付け生死を離れ難きのみ。
[25]しかりといえども、今の世の一切の凡夫、たとい今生を損すといえども、上に出すところの涅槃経第九の文に依つて、しばらく法華・涅槃を信ぜよ。その故は世間の浅事すら多く展転する時は、虚は多く実は少なし。いわんや仏法の深義においてをや。如来の滅後二千余年の間、仏経に邪義を副え来り、万に一も正義なきか。一代の聖教多分は誤りあるか。ゆえに、心地観経の法爾無漏の種子、正法華経の属累の経末、婆沙論の一十六字、摂論の識を八、九に分つ、法華論と妙法華経との相違、涅槃論の法華は煩悩に汚さるるの文、法相宗の定性無性の不成仏、摂論宗の法華経の一称南無の別時意趣、これらは皆訳者・人師の誤りなり。この外にまた四十余年の経経において多くの誤りあるか。たとい法華・涅槃において誤りあるも誤りなきも、四十余年の諸経を捨てて法華・涅槃に随うべし。その証は上に出し了んぬ。いわんや誤りある諸経において信心を致す者の生死を離るべきや。
[26]大文の第二に、正像末に就いて仏法の興廃あることを明かさば、これに就いて二あり。一には、爾前四十余年の内の諸経と浄土三部経との末法における久住・不久住を明かし、二には、法華・涅槃と浄土三部経並に諸経との久住・不久住を明かす。
[27]第一に、爾前四十余年の内の諸経と浄土三部経との末法における久住・不久住を明かさば、問うて云く、如来の教法は大小・浅深・勝劣を論ぜず、ただ時機に依つてこれを行ぜば、定めて利益あるべきなり。しかるに賢劫・大術・大集等の諸経を見るに、仏の滅後二千余年已後は仏法皆滅して、ただ教のみありて行・証あるべからず。随つて伝教大師の末法灯明記を開くに、「我が延暦二十年辛巳一千七百五十歳」と〈一説なり〉。延暦二十年より已後また四百五十余歳なり。すでに末法に入れり。たとい教法ありといえども、行・証なけん。しかるにおいては、仏法を行ずる者、万が一も得道あり難きか。しかるに双観経の「当来の世、経道滅尽せんに、我慈悲哀愍をもつて、特りこの経を留めて、止住せんこと百歳ならん。それ、衆生のこの経に値うことあらん者は、意の所願に随つて、皆得度すべし」等の文を見るに、釈迦如来一代の聖教皆滅尽して後、ただ特り双観経の念仏のみを留めて、衆生を利益すべし、と見え了んぬ。この意趣に依りて、ほぼ浄土家の諸師の釈を勘うるに、その意なきにあらず。道綽禅師は「当今末法はこれ五濁悪世なり、ただ浄土の一門のみありて通入すべき路なり」と書し、善導和尚は「万年に三宝滅し、この経のみ住すること百年なり」と宣べ、慈恩大師は「末法万年に余経悉く滅し、弥陀の一教利物偏に増す」と定め、日本国の叡山の先徳慧心僧都は、一代聖教の要文を集めて、末代の指南を教ゆる往生要集の序に云く、「それ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり。道俗貴賤誰か帰せざる者あらん。ただし顕密の教法はその文一にあらず。事理の業因はその行これ多し。利智精進の人はいまだ難しとせず。予がごとき頑魯の者あにあえてせんや」と。乃至、次下に云く、「なかんづく、念仏の教は多く末代の経道滅尽して後の濁悪の衆生を利する計りなり」と。総じて諸宗の学者もこの旨を存すべし。殊に天台一宗の学者、誰かこの義に背くべけんや、如何。
[28]答えて云く、爾前四十余年の経経は、各時機に随つて興廃あるが故に、多分は浄土三部経より已前に滅尽あるべきか。諸経においては多く三乗の現身得道を説く。故に末代においては現身得道の者これ少なり。十方の往生浄土は多く末代の機に蒙らしむ。これに就いて、西方極楽は娑婆隣近なるが故に、最下の浄土なるが故に、日輪東に出でて西に没するが故に、諸経に多くこれを勧む。随つて浄土の祖師のみ独りこの義を勧むるにあらず。天台・妙楽等もまた爾前の経に依るの日は、しばらくこの筋あり。また独り人師のみにあらず、竜樹・天親もこの意あり。これ一義なり。また仁王経等のごときは、浄土の三部経よりなお久しく末法万年の後八千年住すべしと。故に爾前の諸経においては一定すべからず。
[29]第二に、法華・涅槃と浄土三部経との久住・不久住を明かさば、問うて云く、法華・涅槃と浄土三部経と何れか先に滅すべきや。答えて云く、法華・涅槃より已前に、浄土三部経は滅すべきなり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経に四十余年の大部の諸経を挙げ了つて「未顕真実」と云う。故に双観経等の「特留此経」の言は、皆方便なり、虚妄なり。華厳・方等・般若・観経等の速疾・歴劫の往生・成仏は、無量義経の実義をもつてこれを撿うるに、「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども、終に無上菩提を成ずることを得ず。乃至、険しき逕を行くに留難多きが故に」という経なり。往生・成仏倶に別時意趣なり。大集・双観経等の住滅の先後は皆随宜の一説なり。法華経に来らざる以前は、彼の外道の説に同じ。譬えば、江河の大海に趣かず、民・臣の大王に随わざるがごとし。身を苦しめ行を作すとも、法華・涅槃に至らざれば、一分の利益なく、有因無果の外道なり。在世・滅後倶に教ありて人なく、行ありて証なきなり。諸木は枯るるといえども松柏は萎まず、衆草は散るといえども鞠竹は変ぜず。法華経もまたかくのごとし。釈尊の三説・多宝の証明・諸仏の舌相、偏に令法久住にあるが故なり。
[30]問うて云く、諸経滅尽の後、特り法華経のみ留まるべき証文如何。答えて云く、法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめて云く、「我所説の経典は無量千万億にして、已に説き今説き当に説かん。しかもその中において、この法華経最もこれ難信難解なり」と云云。文の意は、一代五十年の已今当の三説において最も第一の経なり。八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して説きたまいしなり。故に次の品に、多宝如来は地より涌出し、分身の諸仏は十方より一処に来集し、釈迦如来は諸仏を御使として、八方四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人・天・八部等を責て云く、多宝如来並に十方の諸仏の涌出来集の意趣は、偏に令法久住のためなり。各三説の諸経滅尽の後、慥かに未来五濁の難信の世界において、この経を弘めんと誓言を立てよと。時に二万の菩薩、八十万億那由佗の菩薩、各誓状を立てて云く、「我身命を愛せず、ただ無上道を惜しむ」と。千世界の微塵の菩薩、文殊等皆誓つて云く、「我等仏の滅後において、乃至、当に広く此の経を説くべし」と云云。その後、仏十喩を挙げたもう。その第一の喩は、川流江河をもつて四十余年の諸経に譬え、法華経をもつて大海に譬う。末代濁悪の無慚無愧の大旱魃の時、四味の川流江河は竭るといえども、法華経の大海は減少せず等と説き了りて、次下に正しく説いて云く、「我が滅度の後、後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して、断絶せしむることなけん」と定め了んぬ。
[31]つらつら文の次第を案ずるに、「我が滅度の後」の次の「後」の字は、四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり。故に法華経の流通たる涅槃経に云く、「まさに無上の仏法をもつて諸の菩薩に付すべし。諸の菩薩は善能問答するをもつてなり。かくのごときの法宝はすなわち久住することを得て、無量千世にも増益熾盛にして衆生を利安すべし」と〈已上〉。かくのごときらの文は、法華・涅槃は無量百歳にも絶ゆべからざる経なり。この義を知らざる世間の学者は、大集権門の五五百歳の文をもつてこの経に同じ、浄土三部経より已前に滅尽すべしと存せる立義は、一経先後の起尽を忘れたるなり。
[32]問うて云く、上に挙ぐるところの曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸師、皆法華・真言等の諸経において末代不相応の釈を作る。これに依りて源空並に所化の弟子、法華・真言等をもつて雑行と立て、難行道と疎み、行者をば群賊・悪衆・悪見の人等と罵り、或は祖父の履に類し〈聖光房の語〉、或は絃歌等にも劣る〈南無房の語〉と云う。その意趣を尋ぬれば、偏に時機不相応の義を存するが故なり。これらの人師の釈を如何にこれを会すべきや。答えて云く、釈迦如来一代五十年の説教、一仏の金言において権実二教を分け、権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然たり。ここにおいて、「もしただ仏乗を讃ぜば、衆生は苦に没在せん」の道理を恐れ、しばらく四十二年の権経を説くといえども、「もし小乗をもつて化すること、乃至一人においてもせば、我すなわち慳貪に堕せん」の失を脱れんがために、「大乗に入るにこれ本なり」の義を存し、本意を遂げて法華経を説きたもう。しかるに涅槃経に至りて、「我滅度せば必ず四依を出して、権実二教を弘通せしめん」と約束し了んぬ。故に竜樹菩薩は如来の滅後八百年に出世して、十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ、大論を造りて般若・法華の差別を分つ。天親菩薩は如来の滅後九百年に出世して、倶舎論を造りて小乗の意を宣べ、唯識論を造りて方等部の意を宣べ、最後に仏性論を造りて法華・涅槃の意を宣べ、了教・不了教を分ちて、あえて仏の遺言に違わず。末の論師並に訳者の時に至りては、一向権経に執するが故に、実経を会して権経に入れ、権実雑乱の失出来せり。また人師の時に至りては、各依憑の経をもつて本となすが故に、余経をもつて権経となす。これよりいよいよ仏意に背く。
[33]しかるに浄土の三師においては、鸞・綽の二師は十住毘婆沙論に依りて難易・聖浄の二道を立つ。もし本論に違いて、法華・真言等をもつて難易の内に入るれば、信用に及ばず。随つて浄土論註並に安楽集を見るに、多分は本論の意に違わず。善導和尚はまた浄土三部経に依りて、弥陀称名等の一行一願の往生を立つる時、梁・陳・隋・唐の四代の摂論師、総じて一代聖教をもつて別時意趣と定む。善導和尚の存念に違えるが故に、摂論師を破する時、彼の人を群賊等に譬う。順次往生の功徳を賊するが故に、その所行を雑行と称す。必ず万行をもつて往生の素懐を遂ぐる故をば、この人初むる故に「千中無一」と嫌えり。この故に善導和尚も雑行の言の中に、あえて法華・真言等を入れず。
[34]日本国の源信僧都はまた叡山第十八代の座主慈慧大師の御弟子なり。多くの書を造れども皆法華を弘めんがためなり。しかるに往生要集を造るの意は、爾前四十余年の諸経において往生・成仏の二義あり。成仏の難行に対して往生易行の義を存し、往生の業の中において菩提心・観念の念仏をもつて最上となす。故に大文第十の問答料簡の中、第七の諸行勝劣門においては、念仏をもつて最勝となす。次下に爾前最勝の念仏をもつて、法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判ずる時、一念信解の功徳は念仏三昧より勝るること百千万倍なりと定めたまえり。まさに知るべし、往生要集の意は、爾前最上の念仏をもつて法華最下の功徳に対して、人をして法華経に入らしめんがために造るところの書なり。故に往生要集の後に一乗要決を造りて自身の内証を述ぶる時、法華経をもつて本意となす。
[35]しかるに源空並に所化の衆、この義を知らざるが故に、法華・真言をもつて三師並に源信の所破の難・聖・雑並に往生要集の序の顕密の中に入れて、三師並に源信を法華・真言の謗法の人となす。その上、日本国の一切の道俗を化し、法華・真言において時機不相応の旨を習わしめ、在家・出家の諸人において法華・真言の結縁を留む。あに仏の記したもうところの「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲」の人にあらずや。また「則ち一切世間の仏種を断ずる」の失を免るべきや。その上、山門・寺門・東寺・天台並に日本国中の法華・真言等を習う諸人を群賊・悪衆・悪見の人等に譬うる源空が重罪、何れの劫にかその苦果を経尽すべきや。法華経の法師品に持経者を罵る罪を説いて云く、「もし悪人ありて、不善の心をもつて、一劫の中において、現に仏前において、常に仏を毀罵せん、その罪なお軽し。もし人一つの悪言をもつて、在家・出家の法華経を読誦する者を毀訾せん、その罪甚だ重し」〈已上経文〉。一人の持者を罵る罪すらなおかくのごとし。いわんや、書を造り日本国の諸人に罵らしむる罪をや。いかにいわんや、この経を「千中無一」と定め、法華経を行ずる人に疑いを生ぜしむる罪をや。いかにいわんや、この経を捨てて観経等の権経に遷らしむる謗法の罪をや。願わくは一切の源空が所化の四衆、頓に選択集の邪法を捨てて忽ちに法華経に遷り、今度阿鼻の炎を脱れよ。
[36]問うて云く、正しく源空が法華経を誹謗する証文如何。答えて云く、法華経の第二に云く、「もし人信ぜずしてこの経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」と〈経文〉。不信の相貌は人をして法華経を捨てしむればなり。故に天親菩薩の仏性論の第一にこの文を釈して云く、「もし大乗に憎背するは、これはこれ一闡提の因なり。衆生をしてこの法を捨てしむるをもつての故なり」と〈論文〉。謗法の相貌はこの法を捨てしむるが故なり。選択集は人をして法華経を捨てしむる書にあらずや。「閣抛」の二字は仏性論の「憎背」の二字にあらずや。また法華経誹謗の相貌は四十余年の諸経のごとく、小善成仏をもつて別時意趣と定むる等なり。故に天台の釈に云く、「もし小善成仏を信ぜずんば、則ち世間の仏種を断ずるなり」と。妙楽重ねてこの義を宣べて云く、「この経は遍ねく六道の仏種を開す。もしこの経を謗ぜば、義断に当るなり」と。釈迦・多宝・十方の諸仏・天親・天台・妙楽の意のごとくんば、源空は謗法の者なり。詮ずるところ、選択集の意は、人をして法華・真言を捨てしめんと定めて書き了んぬ。謗法の義疑いなきものなり。
[37]大文の第三に、選択集の謗法の縁起を出さば、問うて云く、何れの証拠をもつて源空を謗法の者と称するや。答えて云く、選択集の現文を見るに、一代聖教をもつて二に分つ。一には、聖道・難行・雑行、二には、浄土・易行・正行なり。その中に聖・難・雑と云うは、華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃・大日経等なり〈取意〉。浄・易・正と云うは、浄土三部経の称名念仏等なり〈取意〉。聖・難・雑の失を判ずるには、末代の凡夫これを行ぜば、百の時に希に一、二を得、千の時に希に三、五を得ん、或は千が中に一もなし、或は群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人等と定むるなり。浄・易・正の得を判ずるには、末代の凡夫これを行ぜば、十は即ち十生じ、百は即ち百生ぜん等なり。謗法の邪義これなり。
[38]問うて云く、一代聖教を聖道・浄土、難行・易行、正行・雑行と分つ。その中に、難・聖・雑をもつて、時機不相応と称すること、ただ源空一人の新義にあらず。曇鸞・道綽・善導の三師の義なり。これまたこれらの人師の私の按にあらず。その源は竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出でたり。もし源空を謗法の者と称せば、竜樹菩薩並に三師を謗法の者と称するにあらずや。答えて云く、竜樹菩薩並に三師の意は、法華已前の四十余年の経々において難易等の義を存す。しかるに源空より已来、竜樹並に三師の難行等の語を借りて、法華・真言等をもつて難・雑等の内に入れぬ。所化の弟子、師の失を知らず。この邪義をもつて正義なりと存じ、この国に流布せしむるが故に、国中の万民は悉く法華・真言等において時機不相応の想をなす。その上、世間を貪る天台・真言の学者、世の情に随わんがために、法華・真言等において時機不相応の悪言を吐き、選択集の邪義を扶け、一旦の欲心に依りて、釈迦・多宝並に十方の諸仏の御評定の「法をして久住せしめ」「閻浮提において広宣流布せしむ」との誠言を壊り、一切衆生において一切三世十方の諸仏の舌を切るの罪を得せしむ。偏にこれ「悪世の中の比丘は邪智にして、心諂曲に、いまだ得ざるをこれ得たりと謂い、乃至、悪鬼その身に入りて、仏の方便随宜所説の法を知らざる」が故なり。
[39]問うて云く、竜樹菩薩並に三師、法華・真言等をもつて難・聖・雑の内に入れざるを、源空私にこれを入るとは何をもつてかこれを知るや。答えて云く、遠く余処に証拠を尋ぬべきにあらず。すなわち選択集にこれ見えたり。問うて云く、その証文如何。答えて云く、選択集の第一篇に云く、「道綽禅師、聖道・浄土の二門を立て、聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文」と約束し了つて、次下に安楽集を引き、私の料簡の段に云く、「初めに聖道門とは、これについて二あり。一には大乗、二には小乗なり。大乗の中について、顕密・権実等の不同ありといえども、今この集の意は、ただ顕大及び権大を存す。故に歴劫迂廻の行に当る。これに準じてこれを思うに、まさに密大および実大をも存すべし」と〈已上〉。選択集の文なり。この文の意は、道綽禅師の安楽集の意は、法華已前の大小乗経において、聖道・浄土の二門を分つといえども、我れ私に法華・真言等の実大・密大をもつて、四十余年の権大乗に同じて聖道門と称す。「準之思之」の四字これなり。この意に依るが故に、また曇鸞の難・易の二道を引く時、私に法華・真言をもつて難行道の中に入れ、善導和尚の正・雑二行を分つ時も、また私に法華・真言をもつて雑行の内に入る。総じて選択集の十六段に亘りて無量の謗法を作す根源は、偏にこの四字より起る。誤れるかな、畏しきかな。
[40]ここに源空の門弟、師の邪義を救うて云く、諸宗の常の習い、たとい経論の証文なしといえども、義類の同じきを聚めて一処に置く。しかも選択集の意は、法華・真言等を集めて雑行の内に入れ、正行に対してこれを捨つ。偏に経の法体を嫌うにあらず。ただ風勢なき末代の衆生を常没の凡夫と定めて、この機に易行の法を選ぶ時、称名念仏をもつてその機に当て、易行の法をもつて諸教に勝ると立つ。権実・浅深等の勝劣を詮するにあらず。雑行と云うも嫌つて雑行と云うにはあらず。雑と云うは不純を雑と云ふ。その上、諸の経論並に諸師もこの意なきにあらず。故に叡山の先徳の往生要集の意は偏にこの義なり。所以に往生要集の序に云く、「顕密の教法はその文一にあらず。事理の業因はその行これ多し。利智精進の人はいまだ難しとせず。予がごとき頑魯の者、あにあえてせんや。この故に念仏の一門に依る」と云云。この序の意は、慧心先徳も法華・真言等を破するにあらず。ただ偏に我等頑魯の者の時に当て、法華・真言は聞き難く行じ難きが故に、我が身鈍根なるが故なり。あえて法体を嫌うにはあらず。その上、序より已外正宗に至るまで十門あり。大文の第八門に述べて云く、「今念仏を勧むること、これ余の種種の妙行を遮するにあらず。ただこれ男女・貴賤、行住坐臥を簡ばず、時処諸縁を論ぜず、これを修するに難からず。乃至、臨終には往生を願求するに、その便宜を得ること念仏には如かず」と〈已上〉。これらの文を見るに、源空の選択集と源信の往生要集と、一巻と三巻の不同ありといえども、一代聖教の中には易行を撰んで、末代の愚人を救わんと欲する意趣はただ同じ事なり。源空上人、真言・法華を難行と立てて悪道に堕せば、慧心先徳もまたこの失を免るべからず、如何。
[41]答えて云く、汝師の謗法の失を救わんがために、事を源信の往生要集に寄せて、謗法の上にいよいよ重罪を招くものなり。その故は釈迦如来五十年の説教に、総じて先四十二年の意を無量義経に定めて云く、「険しき逕を行くに留難多きが故に」と。無量義経の已後を定めて云く、「大直道を行くに留難なきが故に」と。仏自ら難易・勝劣の二道を分ちたまえり。仏より外等覚已下末代の凡師に至るまで、自義をもつて難易の二道を分ち、この義に背く者は外道・魔王の説に同じからんか。随つて四依の大士竜樹菩薩の十住毘婆沙論には、法華已前において難易の二道を分ち、あえて四十余年已後の経において難行の義を存せず。その上、もし修し易きをもつて易行と定めば、法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり。もしまた勝をもつて易行と定めば、分別功徳品に爾前四十余年の八十万億劫の間の、檀・戒・忍・進・念仏三昧等の先の五波羅蜜の功徳をもつて、法華経の一念信解の功徳に比するに、一念信解の功徳は念仏三昧等の先の五波羅蜜に勝るること百千万億倍なり。難易勝劣と謂い、行浅功深と謂い、観経等の念仏三昧を法華経に比するに、難行の中の極難行、勝劣の中の極劣なり。その上、悪人・愚人を扶くること、また教の浅深に依る。阿含十二年の戒門には、現身に四重・五逆の者に得道を許さず。華厳・方等・般若・双観経等の諸経は、阿含経より教深きが故に、観門の時、重罪の者を摂すといえども、なお戒門の日は七逆の者に現身の受戒を許さず。しかりといえども、決定性の二乗・無性の闡提においては戒・観共にこれを許さず。法華・涅槃等には、ただ五逆・七逆・謗法の者を摂するのみにあらず、また定性・無性をも摂す。なかんずく、末法においては常没の闡提これ多し。あに観経等の四十余年の諸経においてこれを扶くべけんや。無性の常没・決定性の二乗は、ただ法華・涅槃等に限れり。四十余年の経に依る人師は彼の経の機を取る。この人はいまだ教相を知らざるが故なり。
[42]ただし往生要集は、一往序文を見る時は、法華・真言等をもつて顕密の内に入れて、殆ど末代の機に叶わずと書すといえども、文に入りて委細に一部三巻の始末を見るに、第十の問答料簡の下に正しく諸行の勝劣を定むる時、観仏三昧・般舟三昧・十住毘婆沙論・宝積・大集等の爾前の経論を引いて、一切の万行に対して、念仏三昧をもつて王三昧と立て了んぬ。最後に一つの問答あり。爾前の禅定念仏三昧をもつて、法華経の一念信解に対するに、百千万億倍劣ると定む。また問を通ずる時、念仏三昧を万行に勝るるというは、爾前の当分なりと云云。まさに知るべし。慧心の意は、往生要集を造りて末代の愚機を調えて、法華経に入れんがためなり。例せば仏の四十余年の経をもつて権機を調え、法華経に入れたもうがごとし。
[43]故に最後に一乗要決を造る。その序に云く、「諸乗の権実は古来の諍いなり。倶に経論に拠りて是非を執す。余、寛弘丙午の歳冬十月、病中に歎いて曰く、仏法に遇うといえども、仏意を了せず。もし終に手を空しうせば、後悔何ぞ追ばん。ここに経論の文義・賢哲の章疏、或は人をして尋ねしめ、或は自ら思択し、全く自宗・他宗の偏党を捨てて、専ら権智・実智の深奥を探るに、終に一乗は真実の理、五乗は方便の説を得る者なり。すでに今生の蒙を開く、何ぞ夕死の恨みを遺さんや」と〈已上〉。この序の意は偏に慧心の本意を顕わすなり。自宗・他宗の偏党を捨つる時、浄土の法門を捨てざらんや。一乗は真実の理を得る時、専ら法華経に依るにあらずや。源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往生要集を造り、寛弘三年丙午の冬十月の比一乗要決を造る。その中間二十余年なり。権を先にし、実を後にす。あたかも仏のごとく、また竜樹・天親・天台等のごとし。汝、往生要集を便りとして、師の謗法の失を救わんと欲すれども、あえてその義類に似ず。義類の同じきをもつて一処に聚むとは、何等の義類同なるや。華厳経のごときは、二乗界を隔つるが故に十界互具なし。方等・般若の諸経もまた十界互具を許さず。観経等の往生極楽もまた方便の往生なり。成仏・往生倶に法華経のごとき往生にあらず。皆別時意趣の往生・成仏なり。
[44]その上、源信僧都の意は、四威儀に行じ易きが故に念仏をもつて易行と言い、四威儀に行じ難きが故に法華をもつて難行と称せば、天台・妙楽の釈を破る人なり。所以に妙楽大師は、末代の鈍者・無智の者等の法華経を行ずるに、普賢菩薩並に多宝・十方の諸仏を見奉るを易行と定めて云く、「散心に法華を誦し、禅三昧に入らず、坐立行一心に法華の文字を念ぜよ」と〈已上〉。この釈の意趣は偏に末代の愚者を摂せんがためなり。散心とは定心に対する語なり。法華を誦すとは、八巻・一巻・一字・一句・一偈・題目、一心一念随喜の者、五十展転等なり。坐立行とは四威儀を嫌わざるなり。一心とは、定の一心にもあらず、理の一心にもあらず、散心の中の一心なり。法華の文字を念ずるとは、この経は諸経の文字に似ず、一字を誦すといえども、八万宝蔵の文字を含み、一切諸仏の功徳を納むるなり。
[45]天台大師玄義の八に云く、「手に巻を執らざれども常にこの経を読み、口に言声なけれども徧く衆典を誦し、仏説法せざれども恒に梵音を聞き、心に思惟せざれども普く法界を照す」と〈已上〉。この文の意は、手に法華経一部八巻を執らざれども、この経を信ずる人は昼夜十二時の持経者なり。口に読経の声を出さざれども、法華経を信ずる者は日々時々念々に一切経を読む者なり。仏の入滅はすでに二千余年を経たり。しかりといえども、法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて、時時刻々念々に我が死せざる由を聞かしむるなり。心に一念三千を観ぜざれども、徧く十方法界を照す者なり。これらの徳は偏に法華経を行ずる者に備われるなり。この故に法華経を信ずる者は、たとい臨終の時、心に仏を念ぜず、口に経を誦せず、道場に入らずとも、心なくして法界を照し、音なくして一切経を誦し、巻軸を取らずとも法華経八巻を拳る徳これあり。これあに権教の念仏者の臨終正念を期して十念の念仏を唱えんと欲する者に、百千万倍勝るるの易行にあらずや。故に天台大師文句の十に云く、「都て諸教に勝るるが故に、随喜功徳品と言う」と。妙楽大師の法華経は諸経より浅機を取る、しかるを人師この義を弁えざるが故に、法華経の機を深く取る事を破して云く、「恐らくは人謬り解する者、初心の功徳の大なることを測らずして、功を上位に推して、この初心を蔑る。故に今彼の行は浅く功の深きことを示して、もつて経力を顕わす」と〈已上〉。「もつて経力を顕わす」の釈の意趣は、法華経は観経等の権経に勝れたるが故に、行は浅く功は深し。浅機を摂するが故なり。もし慧心の先徳、法華経をもつて念仏より難行と定め、愚者・頑魯の者を摂せずと云わば、恐らくは逆路伽耶陀の罪を招かざらんや。また「恐らくは人謬り解する」の内に入らざらんや。
[46]総じて天台・妙楽の三大部の本末の意は、法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没の闡提等を摂したもうなり。他師は仏意を覚らざるが故に、法華経を諸経に同じ、或は地住の機に取り、或は凡夫においても別時意趣の義を存す。これらの邪義を破して、人天・四悪をもつて法華経の機と定む。種類・相対をもつて過去の善悪を収む。人天に生ずる人、あに過去の五戒十善なからんや等と定め了んぬ。もし慧心この義に背かば、あに天台宗を知れる人ならんや。
[47]しかるに源空深くこの義に迷うが故に、往生要集において僻見を起して、自らも失い他をも誤る者なり。たまたま宿善ありて実教に入りながら、一切衆生を化して権教に還らしめ、剰え実教を破せしむ。あに悪師にあらずや。彼の久遠下種・大通結縁の者の五百・三千の塵点を経るがごときは、法華の大教を捨てて爾前の権小に遷るが故に、後には権経をも捨てて六道に回りぬ。不軽軽毀の衆は千劫阿鼻地獄に堕つ。権師を信じて実経を弘むる者に誹謗をなしたるが故なり。しかるに源空、我が身にただ実経を捨てて権経に入るのみにあらず、人を勧めて実経を捨てて権経に入らしめ、また権人をして実経に入らしめず。剰え実経の行者を罵るの罪、永劫にも浮び難からんか。
[48]問うて云く、十住毘婆沙論は一代の通論なり。難易の二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや。答えて云く、一代の諸大乗経において、華厳経のごときは初頓・後分あり。初頓の華厳は二乗の成・不成を論ぜず。方等部の諸経は、一向に二乗・無性の闡提の成仏を斥う。般若部の諸経もこれに同じ。総じて四十余年の諸大乗経の意は、法華・涅槃・大日経等のごとく、二乗・無性の成仏を許さず。これらをもつてこれを撿うるに、爾前と法華の相違は水火のごとし。滅後の論師竜樹・天親もまた倶に千部の論師なり。所造の論に通・別の二論あり。通論においてもまた二あり。四十余年の通論と一代五十年の通論となり。その差別を分つに、決定性の二乗・無性の闡提の成・不成をもつて、論の権実を定むるなり。しかるに大論は竜樹菩薩の造、羅什三蔵の訳なり。般若経に依る時は二乗作仏を許さず。法華経に依れば二乗作仏を許す。十住毘婆沙論もまた竜樹菩薩の造、羅什三蔵の訳なり。この論もまた二乗作仏を許さず。これをもつて知んぬ。法華已前の諸大乗経の意を申べたる論なることを。
[49]問うて云く、十住毘婆沙論の何れの処に二乗作仏を許さざるの文出でたるや。答えて云く、十住毘婆沙論の第五に云く〈竜樹菩薩造、羅什訳〉、「もし声聞地及び辟支仏地に堕つる、これを菩薩の死と名づく。すなわち一切の利を失う。もし地獄に堕つとも、かくのごとき畏れを生ぜず。もし二乗の地に堕つれば、すなわち大怖畏をなす。地獄の中に堕つれども、畢竟して仏に至ることを得。もし二乗の地に堕つれば、畢竟して仏道を遮す」と〈已上〉。この文、二乗作仏を許さず。あたかも浄名等の「仏法の中においては、もつて敗種のごとし」の文のごとし。問うて云く、大論は般若経に依りて二乗作仏を許さず、法華経に依りて二乗作仏を許すの文如何。答えて云く、大論の一百に云く〈竜樹菩薩造、羅什三蔵訳〉、「問うて曰く、さらに何の法か甚深にして般若に勝れたる者あつて、般若をもつて阿難に属累し、余経をもつて菩薩に属累するや。答えて曰く、般若波羅蜜は秘密の法にあらず。しかるに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を説く。所以に大菩薩よく受持し用う。譬えば大薬師のよく毒をもつて薬となすがごとし」と。また九十三に云く、「阿羅漢の成仏は論義者の知るところにあらず。ただ仏のみよく了したもう」と〈已上〉。これらの文をもつてこれを思うに、論師の権実はあたかも仏の権実のごとし。
[50]しかるに権経に依る人師、猥りに法華等をもつて観経等の権説に同じ、法華・涅槃等の義を仮りて浄土三部経の徳となし、決定性の二乗・無性の闡提・常没等の往生を許す。権実雑乱の失脱れ難し。例せば外典の儒者の内典を賊みて外典を荘るがごとし。謗法の失免れ難きか。仏自ら権実を分けたもう。その詮を探るに、決定性の二乗・無性有情の成・不成これなり。しかるにこの義を弁えざる訳者、爾前の経経を訳する時、二乗の作仏・無性の成仏を許す。この義を知る訳者は、爾前の経を訳する時、二乗の作仏・無性の成仏を許さず。これに依りて仏意を覚らざる人師も、また爾前の経において決定性・無性の成仏を明かすと見て、法華と爾前と同じき思いをなし、或は爾前の経において決定・無性を嫌うの文を見て、この義をもつて了義経となし、法華・涅槃をもつて不了義経となす。共に仏意を覚らず、権実二経に迷えり。これらの誤りを出さば、ただ源空一人に限るのみにあらず。天竺の論師並に訳者より唐土の人師に至るまでその義あり。いわゆる地論師・摂論師の一代の別時意趣、善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣、これらは皆権実を弁えざるが故に出来するところの誤りなり。論を造る菩薩・経を訳する訳者・三昧発得の人師、なおもつてかくのごとし。いかにいわんや、末代の凡師においてをや。
[51]問うて云く、汝、末学の身において何ぞ論師並に訳者・人師を破するや。答えて云く、あえてこの難を致すことなかれ。摂論師並に善導等の釈は、権実二教を弁えずして、猥りに法華経をもつて別時意趣と立つ。故に天台・妙楽の釈と水火をなすの間、しばらく人師の相違を閣きて、経論に付きて是非を撿うる時、権実の二教は仏説より出たり。天親・竜樹も重ねてこれを定む。この義に順ずる人師をば、しばらくこれを仰ぎ、この義に順ぜざる人師をば、しばらくこれを用いず。あえて自義をもつて是非を定むるにあらず。ただ相違を出す計りなり。
[52]大文の第四に、謗法の者を対治すべき証文を出さば、これに二あり。一には、仏法をもつて国王・大臣並に四衆に付嘱することを明かし、二には、正しく謗法の人の王地に処るをば対治すべき証文を明かす。
[53]第一に、仏法をもつて国王・大臣並に四衆に付嘱することを明かさば、仁王経に云く、「仏、波斯匿王に告げたまわく、乃至、この故に諸の国王に付嘱して、比丘・比丘尼・清信男・清信女に付嘱せず。何をもつての故に。王の威力なきが故に。乃至、この経の三宝をば、諸の国王・四部の弟子に付嘱す」と〈已上〉。大集経二十八に云く、「もし国王ありて我が法の滅せんを見て、捨てて擁護せずんば、無量世において施・戒・慧を修すとも、悉く皆滅失し、その国に三種の不祥の事を出さん。乃至、命終して大地獄に生ぜん」と〈已上〉。仁王経の文のごとくんば、仏法をもつて先ず国王に付嘱し、次に四衆に及ぼす。王位に居る君、国を治むる臣は、仏法をもつて先となして国を治むべきなり。大集経の文のごとくんば、王臣等仏道のために、無量劫の間、頭目等の施を施し、八万の戒行を持ち、無量の仏法を学ぶといえども、国に流布する所の法の邪正を直さざれば、国中に大風・旱魃・大雨の三災起りて、万民を逃脱せしめ、王臣定めて三悪に堕ちん。
[54]また双林最後の涅槃経の第三に云く、「今正法をもつて諸の王・大臣・宰相・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に付嘱す」。「乃至、法を護らざる者をば禿居士と名づく」と。また云く、「善男子、正法を護持せん者は五戒を受けず、威儀を修せず、まさに刀剣・弓箭・鉾槊を持すべし」と。また云く、「五戒を受けざれども、正法を護るをもつて、すなわち大乗と名づく。正法を護る者は、まさに刀剣・器杖を執持すべし」と云云。四十余年の内にも梵網等の戒のごとくんば、国王・大臣・諸人等、一切の刀杖・弓箭・矛斧・闘戦の具を畜うることを得ず。もしこれを畜うる者は、定めて現身に国王の位、比丘・比丘尼の位を失い、後生は三悪道の中に堕つべしと定め了んぬ。しかるに今の世は道俗を択ばず、弓箭・刀杖を帯せり。梵網経の文のごとくんば、必ず三悪道に堕ちんこと疑いなき者なり。涅槃経の文なくんば、如何にしてかこれを救わん。また涅槃経の先後の文のごとくんば、弓箭・刀杖を帯して悪法の比丘を治し、正法の比丘を守護せん者は、先世の四重・五逆を滅して、必ず無上道を証せんと定め給う。
[55]また金光明経第六に云く、「もし人ありてその国土において、この経ありといえども、いまだ曾て流布せず、捨離の心を生じて聴聞せんことを楽わず、また供養し尊重し讃歎せず。四部の衆、持経の人を見て、また尊重し乃至供養すること能わず。遂に我等及び余の眷属無量の諸天をして、この甚深の妙法を聞くことを得ず、甘露の味に背き、正法の流を失い、威光及び勢力あることなからしめ、悪趣を増長して、人天を損減し、生死の河に堕ちて、涅槃の路に乖かん。世尊、我等四王並に諸の眷属及び薬叉等、かくのごとき事を見て、その国土を捨て、擁護の心なけん。ただ我等のみこの王を捨棄するにあらず、また無量の国土を守護する諸大善神あらんも、皆悉く捨去せん。すでに捨離し已りなば、その国まさに種々の災禍あつて国位を喪失すべし。一切の人衆皆善心なく、ただ撃縛・殺害・瞋諍のみあり、互に相讒諂し、枉げて辜なきに及ばん。疫病流行し、彗星しばしば出で、両日並び現じ、薄蝕恒なく、黒白の二つの虹不祥の相を表わし、星流れ、地動き、井の内に声を発し、暴雨悪風は時節に依らず、常に飢饉に遭いて、苗実成らず、多く他方の怨賊あつて国内を侵掠し、人民は諸の苦悩を受け、土地に可楽の処あることなけん」と〈已上〉。この経文を見るに、世間の安穏を祈らんに、しかも国に三災起らば、悪法流布するが故なりと知るべし。しかるに当世は、随分国土の安穏を祈るといえども、去ぬる正嘉元年には大地大に動じ、同じき二年には大雨・大風苗実を失えり。定めて国を喪すの悪法、この国にあるかと勘うるなり。
[56]選択集の或段に云く、「第一に読誦雑行とは、上の観経等の往生浄土の経を除いて已外、大小・顕密の諸経において受持読誦するを、悉く読誦雑行と名づく」と書き了りて、次に書きて云く、「次に二行の得失を判ぜば、法華・真言等の雑行は失、浄土三部経は得なり」と。次下に善導和尚の往生礼讃の「十即十生・百即百生・千中無一」の文を書き載せて云く、「私に云く、この文を見るにいよいよすべからく雑を捨てて専を修すべし。あに百即百生の専修正行を捨てて、堅く千中無一の雑修雑行を執せんや。行者よくこれを思量せよ」と〈已上〉。これらの文を見るに、世間の道俗、あに諸経を信ずべきや。次下にまた法華経等の雑行と、念仏の正行との勝劣・難易を書き定めて云く、「一には勝劣の義、二には難易の義なり。初めに勝劣の義とは、念仏はこれ勝、余行はこれ劣。次に難易の義とは、念仏は修し易く、諸行は修し難し」と。また次下に法華・真言等の失を定めて云く、「故に知んぬ、諸行は機にあらず時を失う。念仏往生のみ機に当り時を得たり」と。また次下に法華・真言等の雑行の門を閉じて云く、「随他の前には暫く定散の門を開くといえども、随自の後には還つて定散の門を閉ず。一たび開いて以後永く閉じざるは、ただ念仏の一門なり」と〈已上〉。最後の本懐に云く、「それ速かに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中に、しばらく聖道門を閣いて、撰んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば、正雑二行の中に、しばらく諸の雑行を抛つて、撰んで正行に帰すべし」と〈已上〉。
[57]門弟この書を伝えて、日本六十余州に充満するが故に、門人は世間の無智の者に語りて云く、「上人智慧第一の身としてこの書を造り、真実の義を定め、法華・真言の門を閉じて後に開くの文なく、抛ちて後に還つて取るの文なし」等と立つる間、世間の道俗一同に頭を傾け、その義を訪う者には、仮字をもつて選択の意を述べ、或は法然上人の物語を書す間、法華・真言において難を付け、或は去年の暦・祖父の履に譬え、或は法華経を読むは管弦より劣るとす。かくのごとき悪書、国中に充満するが故に、法華・真言等国にありといえども、聴聞せんことを楽わず。たまたま行ずる人ありといえども、尊重を生ぜず。一向念仏者は、法華等の結縁をなすをば、往生の障りとなると云う。故に捨離の意を生ず。この故に諸天は妙法を聞くことを得ず、法味を嘗めざれば、威光・勢力あることなく、四天王並に眷属この国を捨て、日本国守護の善神も捨離し已んぬ。故に正嘉元年には大地大に震い、同じき二年にも春の大雨に苗を失い、夏の大旱魃に草木を枯らし、秋の大風に果実を失い、飢渇忽ち起りて万民を逃脱せしむること、金光明経の文のごとし。あに選択集の失にあらずや。仏語虚しからざるが故に、悪法の流布ありて、すでに国に三災起れり。しかるにこの悪義を対治せずんば、仏の所説の三悪を脱るべけんや。
[58]しかるに近年より、予、「我身命を愛せず、ただ無上道を惜む」の文を瞻るの間、雪山・常啼の心を起し、命を大乗の流布に替え、強言を吐いて云く、選択集を信じて、後世を願う人は無間地獄に堕つべしと。その時に法然上人の門弟、選択集において上に出すところの悪義を隠し、或は諸行往生を立て、或は選択集において法華・真言等を破せざる由を称し、或は在俗において選択集の邪義を知らしめざらんために、妄語を構えて云く、日蓮は念仏を称うる人を三悪道に堕つと云うと。
[59]問うて云く、法然上人の門弟、諸行往生を立つるに失ありや、否や。答えて云く、法然上人の門弟と称して諸行往生を立つるは、逆路伽耶陀の者なり。当世もまた諸行往生の義を立つ。しかも内心には一向に念仏往生の義を存し、外には諸行を謗らざるの由を聞かしむるなり。そもそもこの義を立つる者は、選択集の法華・真言等において失を付け、捨閉閣抛・群賊・邪見・悪見・邪雑人・千中無一等の語を見ざるや、否や。
[60]第二に、正しく謗法の人の王地に処るを、対治すべき証文を出さば、涅槃経第三に云く、「懈怠にして、戒を破し、正法を毀る者をば、王者・大臣・四部の衆、まさに苦治すべし。善男子、この諸の国王及び四部の衆は、まさに罪ありや不や。不なり、世尊。善男子、この諸の国王及び四部の衆は、なお罪あることなし」と。また第十二に云く、「我往昔を念うに、閻浮提において大国の王と作り、名を仙予と曰いき。大乗経典を愛念し敬重し、その心純善にして麁悪・嫉悋あることなかりき。乃至、善男子、我その時において心に大乗を重んず。婆羅門の方等を誹謗するを聞き、聞き已りて即時にその命根を断じき。善男子、この因縁をもつてこれより已来、地獄に堕ちず」と〈已上〉。
[61]問うて云く、梵網経の文を見るに、比丘等の四衆を誹謗するは波羅夷罪なり。しかるに源空が謗法の失を顕わすは、あに阿鼻の業にあらずや。答えて云く、涅槃経の文に云く、「迦葉菩薩世尊に言さく、如来何が故ぞ彼まさに阿鼻地獄に堕つべしと記するや。善男子、善星比丘は多く眷属あり。皆善星はこれ阿羅漢なり、これ道果を得たりと謂えり。我、彼が悪邪の心を壊らんと欲する故に、彼の善星は放逸をもつての故に地獄に堕つべしと記す」と〈已上〉。この文の放逸とは謗法の名なり。源空もまた彼の善星のごとく、謗法をもつての故に無間に堕つべし。所化の衆はこの邪義を知らざるが故に、源空をもつて一切智人と号し、或は勢至菩薩、或は善導の化身なりと云う。彼が悪邪の心を壊らんがための故に、謗法の根源を顕わす。梵網経の説は、謗法の者の外の四衆なり。仏誡めて云く、「謗法の人を見てその失を顕わさざれば、仏の弟子にあらず」と。故に涅槃経に云く、「我涅槃の後、その方面に随いて、持戒の比丘ありて、威儀具足し、正法を護持せん。法を壊る者を見て、すなわちよく駈遣し呵責し徴治せよ。まさに知るべし、この人は福を得んこと、無量にして称計すべからず」と。また云く、「もし善比丘ありて、法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、まさに知るべし、この人は仏法の中の怨なり。もしよく駈遣し呵責し挙処せば、これ我が弟子真の声聞なり」と〈已上〉。予、仏弟子の一分に入らんがために、この書を造り謗法の失を顕わし、世間に流布す。願わくは、十方の仏陀この書において力を副え、大悪法の流布を止め、一切衆生の謗法を救わしめたまえ。
[62]大文の第五に、善知識並に真実の法に値い難きことを明かさば、これについて三あり。一には受け難き人身、値い難き仏法なることを明かし、二には受け難き人身を受け、値い難き仏法に値うといえども、悪知識に値うが故に三悪道に堕つることを明かし、三には正しく末代の凡夫のための善知識を明かす。
[63]第一に、受け難き人身、値い難き仏法なることを明かさば、涅槃経三十三に云く、「その時に世尊、地の少しき土を取りてこれを爪の上に置き、迦葉に告げて言く、この土多きや、十方世界の地の土多きやと。迦葉菩薩、仏に白して言く、世尊、爪の上の土は十方所有の土に比すべからずと。善男子、人ありて、身を捨てて還つて人身を得、三悪の身を捨てて人身を受くることを得、諸根完具して中国に生じ、正信を具足してよく道を修習し、道を修習し已りてよく正道を修し、正道を修し已りてよく解脱を得、解脱を得已りてよく涅槃に入るは、爪の上の土のごとく、人身を捨て已りて三悪の身を得、三悪の身を捨てて三悪の身を得、諸根具せずして辺地に生じ、邪倒の見を信じて邪道を修習し、解脱常楽の涅槃を得ざるは、十方界の所有の地の土のごとし」と〈已上経文〉。
[64]この文は、多く法門を集めて一具とせり。人身を捨てて還つて人身を受くるは爪の上の土のごとく、人身を捨てて三悪道に堕つるは十方の土のごとし。三悪の身を捨てて人身を受くるは爪の上の土のごとく、三悪の身を捨てて還つて三悪の身を得るは十方の土のごとし。人身を受くるは十方の土のごとく、人身を受けて六根欠けざるは爪の上の土のごとし。人身を受けて六根欠けざれども、辺地に生ずるは十方の土のごとく、中国に生ずるは爪の上の土のごとし。中国に生ずるは十方の土のごとく、仏法に値うは爪の上の土のごとし。また云く、「一闡提と作らず、善根を断ぜず、かくのごときらの涅槃経典を信ずるは、爪の上の土のごとく、乃至、一闡提と作つて諸の善根を断じ、この経を信ぜざる者は、十方界所有の地の土のごとし」と〈已上経文〉。この文のごとくんば、法華・涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土のごとく、法華・涅槃を信ずるは爪の上の土のごとし。この経文を見て、いよいよ感涙押え難し。
[65]今日本国の諸人を見聞するに、多分は権教を行ず。たとい身口には実教を行ずといえども、心にはまた権教を存す。故に天台大師摩訶止観の五に云く、「それ癡鈍なる者は毒気深く入りて本心を失うが故に、すでにそれ信ぜざれば則ち手に入らず。乃至、大罪聚の人なり。乃至、たとい世を厭う者も下劣の乗を翫び、枝葉に攀附し、狗作務に狎れ、獮猴を敬うて帝釈となし、瓦礫を崇んでこれ明珠なりとす。これ黒闇の人なり。あに道を論ずべけんや」と〈已上〉。源空並に所化の衆、深く三毒の酒に酔うて、大通結縁の本心を失う。法華・涅槃において不信の思いを作し、一闡提と作り、観経等の下劣の乗に依りて、方便の称名等の瓦礫を翫び、法然房の獮猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い、法華・涅槃の如意珠を捨てて、如来の聖教を褊するは、権実二教を弁えざるが故なり。故に弘決の第一に云く、「この円頓を聞きて宗重せざる者は、良に近代大乗を習う者の雑濫するに由る故なり」と。大乗において権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり。故に末代において法華経を信ずる者は爪の上の土のごとく、法華経を信ぜずして権教に堕落するものは十方の微塵のごとし。故に妙楽歎いて云く、「像末は情澆く信心寡薄にして、円頓の教法は蔵に溢れ函に盈つれども、暫くも思惟せず、すなわち瞑目に至る。徒らに生じ徒らに死す。一に何ぞ痛ましきかな」と〈已上〉。この釈は偏に妙楽大師権者たるの間、遠く日本国の当代を鑑みて、記し置く所の未来記なり。
[66]問うて云く、法然上人の門弟の内にも、一切経蔵を安置し、法華経を行ずる者もあり。何ぞ皆謗法の者と称せんや。答えて云く、一切経を開き見、法華経を読むは、難行道の由を称し、選択集の悪義を扶けんがためにす。経論を開くに付きて、いよいよ謗法を増すこと、例せば善星の十二部経、提婆達多の六万蔵のごとし。智者の由を称するは、自身を重んじ悪法を扶けんがためなり。
[67]第二に、受け難き人身を受け、値い難き仏法に値うといえども、悪知識に値うが故に、三悪道に堕つることを明かさば、仏蔵経に云く、「大荘厳仏の滅後に五比丘あり。一人は正道を知つて多億の人を度し、四人は邪見に住す。この四人命終して後、阿鼻地獄に堕ちて、仰ぎて臥し、伏に臥し、左脇に臥し、右脇に臥すこと、各九百万億歳なり。乃至、もしは在家・出家のこの人に親近せしもの、並に諸の檀越およそ六百四万億人、この四師と倶に生じ倶に死し、大地獄にありて諸の焼煮を受く。大劫もし尽きぬれば、この四悪人及び六百四万億の人、この阿鼻地獄より、他方の大地獄の中に転生す」と〈已上〉。涅槃経三十三に云く、「その時に城中に一の尼乾あり。名を苦得と曰う。乃至、善星、苦得に問う。答えて曰く、我食吐鬼の身を得たり。善星、諦かに聴け。乃至、その時に善星すなわち我が所に還つて、かくのごとき言を作す。世尊、苦得尼乾は命終の後に三十三天に生ぜり。乃至、その時に如来、すなわち迦葉と善星の所に往きたもう。善星比丘遙かに我が来るを見、見已つてすなわち悪邪の心を生ず。悪心をもつての故に、生身に陥ち入りて阿鼻地獄に堕つ」と〈已上〉。善星比丘は仏の菩薩たりし時の子なり。仏に随い奉り出家して十二部経を受け、欲界の煩悩を壊りて四禅定を獲得せり。しかりといえども、悪知識たる苦得外道に値い、仏法の正義を信ぜざるに依りて、出家・受戒・十二部経の功徳を失い、生身に阿鼻地獄に堕つ。苦岸等の四比丘に親近せし六百四万億の人は、四師と倶に十方の大阿鼻地獄を経しなり。
[68]今の世の道俗は選択集を貴ぶが故に、源空の影像を拝して、一切経難行の邪義を読む。例せば、尼乾の所化の弟子の尼乾の遺骨を礼して三悪道に堕ちしがごとし。願わくは、今の世の道俗、選択集の邪正を知りて後に供養恭敬を致せ。しからずんば、定めて後悔あらん。故に涅槃経に云く、「菩薩摩訶薩、悪象等においては心に怖畏することなかれ。悪知識においては怖畏の心を生ぜよ。何をもつての故に。この悪象等はただ能く身を壊りて心を壊ること能わず。悪知識は二倶に壊るが故に。この悪象等はただ一身を壊り、悪知識は無量の善身と無量の善心を壊る。この悪象等はただ能く不浄の臭き身を破壊す。悪知識は能く浄身及以浄心を壊る。この悪象等は能く肉身を壊り、悪知識は法身を壊る。悪象のために殺されては三趣に至らず、悪友のために殺さるれば、必ず三趣に至る。この悪象等はただ身の怨となる、悪知識は善法の怨とならん。この故に菩薩は常に諸の悪知識を遠離すべし」と〈已上〉。請い願わくは、今の世の道俗、たといこの書を邪義なりと思うといえども、しばらくこの念を抛ちて、十住毘婆沙論を開き、その難行の内に法華経の入不入を撿え、選択集の「準之思之」の四字を按じて後に是非を致せ。謬りて悪知識を信じて邪法を習い、この生を空しうすることなかれ。
[69]第三に、正しく末法の凡夫のための善知識を明かさば、問うて云く、善財童子は五十余の知識に値いき。その中に普賢・文殊・観音・弥勒等あり。常啼・班足・妙荘厳・阿闍世等は、曇無竭・普明・耆婆・二子・夫人に値い奉りて、生死を離れたり。これらは皆大聖なり。仏世を去りて後は、かくのごときの師を得ること難しとなす。滅後においてまた竜樹・天親も去りぬ。南岳・天台にも値わず。如何ぞ生死を離るべきや。答えて云く、末代において真実の善知識あり、いわゆる法華・涅槃これなり。
[70]問うて云く、人をもつて善知識となすは常の習いなり。法をもつて知識となすの証ありや。答えて云く、人をもつて知識となすは常の習いなり。しかりといえども、末代においては真の知識なければ、法をもつて知識となすに多くの証あり。摩訶止観に云く、「或は知識に従い、或は経巻に従いて、上に説く所の一実の菩提を聞く」と〈已上〉。この文の意は、経巻をもつて善知識となすなり。法華経に云く、「もし法華経を閻浮提に行じ、受持することあらん者は、まさにこの念を作すべし、皆これ普賢威神の力なり」と〈已上〉。この文の意は、末代の凡夫法華経を信ずるは、普賢の善知識の力なり。また云く、「もしこの法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し、書写することあらん者は、まさに知るべし、この人はすなわち釈迦牟尼仏を見るなり。仏口よりこの経典を聞くがごとし。まさに知るべし、この人は釈迦牟尼仏を供養するなり」と〈已上〉。この文を見るに、法華経は釈迦牟尼仏なり。法華経を信ぜざる人の前には、釈迦牟尼仏入滅を取り、この経を信ずる者の前には、滅後たりといえども、仏世に在すなり。また云く、「もし我成仏して滅度の後、十方の国土において法華経を説く処あらば、我が塔廟、この経を聞かんがための故に、その前に涌現して、ために証明を作さん」と〈已上〉。この文の意は、我等法華の名号を唱えば、多宝如来は本願の故に必ず来りたもう。また云く、「諸仏の十方世界にあって法を説くを、尽く還して一処に集めたもう」と〈已上〉。釈迦・多宝・十方の諸仏・普賢菩薩等は、我等が善知識なり。もしこの義に依らば、我等もまた宿善は、善財・常啼・班足等にも勝れたり。彼は権経の知識に値い、我等は実経の知識に値えばなり。彼は権経の菩薩に値い、我等は実経の仏・菩薩に値い奉ればなり。涅槃経に云く、「法に依りて人に依らざれ、智に依りて識に依らざれ」と〈已上〉。「法に依る」と云うは、法華・涅槃の常住の法なり。「人に依らざれ」とは、法華・涅槃に依らざる人なり。たとい仏・菩薩たりといえども、法華・涅槃に依らざる仏・菩薩は善知識にあらず。いわんや、法華・涅槃に依らざる論師・訳者・人師においてをや。「智に依る」とは仏に依り、「識に依らざれ」とは等覚已下なり。今の世の世間の道俗、源空の謗法の失を隠さんがために、徳を天下に挙げて権化なりと称す。依用すべからず。外道は五通を得て、能く山を傾け海を竭すとも、神通なき阿含経の凡夫に及ばず。羅漢を得て六通を現ずる二乗は、華厳・方等・般若の凡夫に及ばず。華厳・方等・般若の等覚の菩薩も、法華経の名字・観行の凡夫に及ばず。たとい神通・智慧ありといえども、権教の善知識をば用うべからず。
[71]我等常没の一闡提の凡夫、法華経を信ぜんと欲するは、仏性を顕わさんがための先表なり。故に妙楽大師の云く、「内薫にあらざるよりは何ぞよく悟りを生ぜん。故に知んぬ、悟りを生ずる力は真如にあり。故に冥薫をもつて外護となすなり」と〈已上〉。法華経より外の四十余年の諸経には、十界互具なし。十界互具を説かざれば、内心の仏界を知らず。内心の仏界を知らざれば、外の諸仏も顕われず。故に四十余年の権行の者は仏を見ず。たとい仏を見るといえども、他仏を見るなり。二乗は自らの仏を見ず、故に成仏なし。爾前の菩薩もまた、自身の十界互具を見ざれば、二乗界の成仏を見ず。故に衆生無辺誓願度の願も満足せず。故に菩薩も仏を見ず。凡夫もまた十界互具を知らざるが故に、自身の仏界を顕わさず。故に阿弥陀如来の来迎もなく、諸仏如来の加護もなし。譬えば盲人の自身の影を見ざるがごとし。
[72]今法華経に至りて、九界の仏界を開くが故に、四十余年の菩薩・二乗・六凡、始めて自身の仏界を見る。この時この人の前に、始めて仏・菩薩・二乗を立つ。この時に二乗・菩薩始めて成仏し、凡夫始めて往生す。この故に在世・滅後の一切衆生の誠の善知識は、法華経これなり。常途の天台宗の学者は、爾前において当分の得道を許せども、自義においてはなお当分の得道を許さず。しかりといえども、この書においてはその義を尽さず。略してこれを記す。追つてこれを記すべし。
[73]大文の第六に、法華・涅槃に依る行者の用心を明かさば、一代教門の勝劣・浅深・難易等においては、先の段にすでにこれを出す。この一段においては、一向に後世を念う末代常没の五逆・謗法・一闡提等の愚人のためにこれを注す。略して三あり。一には、在家の諸人、正法を護持するをもつて生死を離るべく、悪法を持つに依りて三悪道に堕つることを明かし、二には、ただ法華経の名字計りを唱えて、三悪道を離るべきことを明かし、三には、涅槃経は法華経のための流通と成ることを明かす。
[74]第一に、在家の諸人、正法を護持するをもつて生死を離るべく、悪法を持つに依りて三悪道に堕つることを明かさば、涅槃経第三に云く、「仏、迦葉に告げたまわく、能く正法を護持する因縁をもつての故に、この金剛身を成就することを得たり」と。また云く、「時に国王あり、名を有徳と曰う。乃至、法を護らんがための故に、乃至、この破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す。乃至、王この時において、法を聞くことを得已りて心大に歓喜し、ついですなわち命終して阿閦仏の国に生ず」と〈已上〉。この文のごとくんば、在家の諸人、別の智行なしといえども、謗法の者を対治する功徳に依りて、生死を離るべきなり。
[75]問うて云く、在家の諸人の仏法を護持すべき様如何。答えて曰く、涅槃経に云く、「もし衆生ありて財物に貪著せば、我まさに財を施して、しかして後にこの大涅槃経をもつてこれを勧めて読ましむべし。乃至、先に愛語をもつてこの意に随い、しかして後漸くまさにこの大乗大涅槃経をもつて、これを勧めて読ましむべし。もし凡遮の者には、まさに威勢をもつてこれに逼りて読ましむべし。もし憍慢の者には、我まさにそれがために僕使となりてその意に随順し、それをして歓喜せしむべし。しかして後に、またまさに大涅槃をもつてこれを教導すべし。もし大乗経を誹謗する者あらば、まさに勢力をもつてこれを摧きて伏せしめ、すでに摧伏し已りて、しかして後に勧めて大涅槃を読ましむべし。もし大乗経を愛楽する者あらば、我躬らまさに往きて恭敬し供養し尊重し讃歎すべし」と〈已上〉。
[76]問うて云く、今の世の道俗、偏に選択集に執して、法華・涅槃においては自身不相応の念をなすの間、護惜建立の心なし。たまたま邪義の由を称する人あらば、念仏誹謗の者と称して悪名を天下に雨す。これらは如何。答えて曰く、自答を存すべきにあらず。仏自らこの事を記して云く、仁王経に云く、「大王、我が滅度の後、未来世の中の四部の弟子、諸の小国の王・太子・王子、すなわちこれ住持して三宝を護らん者、転た更に三宝を滅破せんこと、師子の身中の虫の自ら師子を食うがごとくならん。外道にあらざるなり。多く我が仏法を壊り、大罪過を得ん。正教衰薄し、民に正行なく、漸く悪をなすをもつて、その寿日に減じて百歳に至らん。人仏教を壊らばまた孝子なく、六親不和にして天神も祐けず。疾疫悪鬼、日に来りて侵害し、災怪首尾し、連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん」と。また次下に云く、「大王、未来世の中の諸の小国の王、四部の弟子、自らこの罪を作るは破国の因縁なり。乃至、諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前において、自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。その王別えずしてこの語を信聴し、乃至、その時に当りて正法まさに滅せんとして久しからず」と〈已上〉。
[77]余、選択集を見るに、あえてこの文の未来記に違わず。選択集は法華・真言等の正法を定めて雑行・難行と云い、末代の我等においては時機相応せず、これを行ずる者は千が中に一もなく、仏還りて法華等を説きたもうといえども、法華・真言の諸行の門を閉じて、念仏の一門を開く。末代においてこれを行ずる者は群賊等と定め、当世の一切の道俗においてこの書を信ぜしめ、この義をもつて如来の金言と思わしむ。この故に世間の道俗は仏法建立の意なく、法華・真言の正法の法水忽ちに竭き、天人減少して三悪日に増長す。偏に選択集の悪法に催されて起す所の邪見なり。この経文に仏記して「我が滅度の後」と云えるは、正法の末八十年、像法の末八百年、末法の末八千年なり。選択集の出たる時は、像法の末、末法の始なれば、八百年の内なり。仁王経に記する所の時節に当れり。「諸の小国の王」とは日本国の王なり。中下品の善とは粟散王これなり。「師子身中の虫のごとし」とは仏弟子の源空これなり。「諸の悪比丘」とは所化の衆これなり。「破仏法の因縁、破国の因縁を説く」とは、上に挙ぐる所の選択集の語これなり。「その王、別えずしてこの語を信聴す」とは、今の世の道俗の邪義を弁えずして、猥りにこれを信ずるなり。請い願わくは、道俗法の邪正を分別して、その後に正法に付いて後世を願え。今度人身を失い三悪道に堕ちて、後に後悔するとも何ぞ及ばん。
[78]第二に、ただ法華経の題目許りを唱えて、三悪道を離るべきことを明かさば、法華経第五に云く、「文殊師利、この法華経は無量の国の中において、乃至名字をも聞くことを得べからず」と。第八に云く、「汝等ただ能く法華の名を受持せん者を擁護せんすら、福量るべからず」と。提婆品に云く、「妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して、疑惑を生ぜざらん者は、地獄・餓鬼・畜生に堕ちず」と。大般涅槃経名字功徳品に云く、「もし善男子・善女人ありて、この経の名を聞きて悪趣に生ずというは、この処あることなし」と〈涅槃経は法華経の流通たるが故にこれを引く〉。
[79]問うて云く、ただ法華の題目を聞くといえども、解心なくば如何にして三悪趣を脱れんや。答えて云く、法華経流布の国に生れて、この経の題名を聞き信を生ずるは、宿善の深厚なるに依れり。たとい今生は悪人・無智なりといえども、必ず過去の宿善あるが故に、この経の名を聞いて信を致す者なり。故に悪道に堕ちず。
[80]問うて云く、過去の宿善とは如何。答えて曰く、法華経の第二に云く、「もしこの経法を信受することあらん者は、この人はすでに曾て過去の仏を見たてまつり、恭敬し供養し、またこの法を聞けるなり」と。法師品に云く、「また如来の滅度の後、もし人ありて妙法華経の乃至一偈一句を聞いて、一念も随喜せん者には、乃至、まさに知るべし、この諸人等はすでに曾て十万億の仏を供養せしなり」と。流通の涅槃経に云く、「もし衆生ありて、熙連河沙等の諸仏において菩提心を発し、すなわち能くこの悪世において、かくのごとき経典を受持して誹謗を生ぜず。善男子、もし能く一恒河沙等の諸仏世尊において、菩提心を発すことありて、しかして後に、すなわち能く悪世の中においてこの法を謗ぜず、この典を愛敬せん」と〈已上経文〉。これらの文のごとくんば、たといまず解心なくとも、この法華経を聞いて謗ぜざるは大善の所生なり。それ三悪の生を受くること大地微塵より多く、人間の生を受くること爪の上の土より少なし。乃至、四十余年の諸経に値うは大地微塵より多く、法華・涅槃に値うことは爪の上の土より少なし。上に挙ぐる所の涅槃経の三十三の文を見るべし。たとい一字一句なりといえども、この経を信ずるは宿縁多幸なり。
[81]問うて云く、たとい法華経を信ずといえども、悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕ちざらんや。答えて曰く、解心なき者、権教の悪知識に遇いて実教を退けば、悪師を信ずる失に依りて、必ず三悪道に堕つべきなり。彼の不軽軽毀の衆は権人なり。大通結縁の者の三千塵点を歴しは、法華経を退いて権教に遷りしが故なり。法華経を信ずるの輩、法華経の信を捨てて権人に随わんより外は、世間の悪業においては法華の功徳に及ばず。故に三悪道に堕つべからざるなり。
[82]問うて云く、日本国は法華・涅槃有縁の地なりや否や。答えて云く、法華経第八に云く、「如来の滅後において、閻浮提の内に広く流布せしめ、断絶せざらしむ」と。七の巻に云く、「広宣流布して閻浮提において断絶せしむることなけん」と。涅槃経第九に云く、「この大乗経典大涅槃経もまたかくのごとし。南方の諸の菩薩のための故に、まさに広く流布すべし」と〈已上経文〉。三千世界広しといえども、仏自ら法華・涅槃をもつて南方流布の処と定む。南方の諸国の中において、日本国は殊に法華経の流布すべき処なり。問うて云く、その証如何。答えて曰く、肇公の法華翻経の後記に云く、「羅什三蔵、須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて、法華経を授かる時の語に云く、仏日西山に隠れ、遺耀東北を照す。この典東北の諸国に有縁なり。汝慎んで伝弘せよ」と〈已上〉。東北とは日本なり。西南の天竺より東北とは日本を指すなり。故に慧心の一乗要決に云く、「日本一州円機純一なり。朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素貴賤悉く成仏を期す」と〈已上〉。願わくは、日本国の今世の道俗、選択集の久習を捨てて、法華・涅槃の現文に依り、肇公・慧心の日本記を恃みて、法華修行の安心を企てよ。
[83]問うて云く、法華経修行の者、何れの浄土を期すべきや。答えて曰く、法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く、「我常にこの娑婆世界にあり」と。また云く、「我常にここに住す」と。また云く、「我がこの土は安穏」と。この文のごとくんば、本地久成の円仏はこの世界に在せり。この土を捨てて何れの土を願うべきや。故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思うべし。何ぞ煩わしく他の処を求めんや。故に神力品に云く、「もしは経巻所住の処、もしは園の中においても、もしは林の中においても、もしは樹の下においても、もしは僧坊においても、もしは白衣の舎にても、もしは殿堂にあつても、もしは山谷曠野にても、乃至、まさに知るべし、この処はすなわちこれ道場なり」と。涅槃経に云く、「もし善男子、この大涅槃微妙の経典、流布せらるる処は、まさに知るべし、その地はすなわちこれ金剛なり。この中の諸人もまた金剛のごとし」と〈已上〉。法華・涅槃を信ずる行者は、余処を求むべきにあらず。この経を信ずる人の所住の処はすなわち浄土なり。
[84]問うて云く、華厳・方等・般若・阿含・観経等の諸経を見るに、兜率・西方・十方の浄土を勧む。その上、法華経の文を見るに、また兜率・西方・十方の浄土を勧む。何ぞこれらの文に違いて、ただこの瓦礫荊棘の穢土を勧むるや。答えて曰く、爾前の浄土は久遠実成の釈迦如来の現わすところの浄土にして、実には皆穢土なり。法華経はまた方便・寿量の二品なり。寿量品に至りて実の浄土を定むる時、この土はすなわち浄土なりと定め了んぬ。ただし兜率・安養・十方の難に至りては、爾前の名目を改めずして、この土において兜率・安養等の名を付く。例せば、この経に三乗の名ありといえども、三乗はあらざるがごとし。「すべからく更に観経等を指すをもちいざるなり」の釈の意これなり。法華経に結縁なき衆生の、当世西方浄土を願うは、瓦礫の土を楽うとはこれなり。法華経を信ぜざる衆生は、誠に分添の浄土なき者なり。
[85]第三に、涅槃経は法華経流通のためにこれを説きたもうを明かさば、問うて云く、光宅の法雲法師並に道場の慧観等の碩徳は、法華経をもつて第四時の経と定め、無常・熟蘇味と立つ。天台智者大師は法華・涅槃同味と立つるといえども、また捃拾の義を存す。二師共に権化なり。互いに徳行を具せり。何れを正となして我等の迷心を晴らすべきや。答えて曰く、たとい論師・訳者たりといえども、仏教に違いて権実二教を判ぜずんば、しばらく疑いを加うべし。いかにいわんや、唐土の人師たる天台・南岳・光宅・慧観・智儼・嘉祥・善導等の釈においてをや。たとい末代の学者たりといえども、「依法不依人」の義を存し、本経・本論に違わずんば信用を加うべし。
[86]問うて云く、涅槃経の第十四巻を開きたるに、五十年の諸大乗経を挙げて前四味に譬え、涅槃経をもつて醍醐味に譬う。諸大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍と定め了んぬ。その上、迦葉童子の領解に云く、「我今日より始めて正見を得たり。これより前の我等は悉く邪見の人と名づく」と。この文の意は、涅槃経已前の法華等の一切衆典を皆邪見と云うなり。まさに知るべし、法華経は邪見の経にして、いまだ正見の仏性を明かさず。故に天親菩薩の涅槃論に、諸経と涅槃との勝劣を定むる時、法華経をもつて般若経に同じて、同じく第四時に摂したり。あに正見の涅槃経をもつて邪見の法華経の流通となさんや、如何。答えて曰く、法華経の現文を見るに、仏の本懐残すことなし。方便品に云く、「今正しくこれその時なり」と。寿量品に云く、「毎に自らこの念を作す、何をもつてか衆生をして無上道に入り、速かに仏身を成就することを得せしめん」と。神力品に云く、「要をもつてこれを言わば、如来の一切の所有の法、乃至、皆この経において宣示顕説す」と〈已上〉。これらの現文は、釈迦如来の内証は皆この経に尽したもう。その上、多宝並に十方の諸仏来集の庭において、釈迦如来の已・今・当の語を証し、法華経のごとき経なしと定め了んぬ。しかるに多宝・諸仏本土に還るの後、ただ釈迦一仏のみ異変を存して、還りて涅槃経を説きて法華経を卑くせば、誰人かこれを信ぜん。深くこの義を存し、随つて涅槃経の第九を見るに、法華経を流通して説いて云く、「この経、世に出ずること、彼の菓実の一切を利益し安楽する所多きがごとく、よく衆生をして仏性を見わさしむ。法華の中の八千の声聞の記莂を授かることを得て、大菓実を成ずるがごときは、秋収冬蔵して更に所作なきがごとし」と。この文のごとくんば、法華経もし邪見ならば、涅槃経もあに邪見にあらずや。法華経は大収、涅槃経は捃拾なりと見え了んぬ。涅槃経は自ら法華経に劣るの由を称す。法華経の当説の文とあえて相違なし。ただし迦葉の領解並に第十四の文は、法華経を下すの文にあらず。迦葉の自身並に所化の衆、今始めて法華経の所説の常住仏性・久遠実成を覚る。故に我が身を指してこれより已前は邪見なりと云う。法華経已前の無量義経に嫌わるる諸経を、涅槃経に重ねてこれを挙げて嫌うなり。法華経を嫌うにはあらず。また涅槃論に至りては、これらの論は書き付くるがごとく、天親菩薩の造、菩提流支の訳なり。法華論もまた天親菩薩の造、菩提流支の訳なり。経文に違うことこれ多し。涅槃論もまた本経に違う。まさに知るべし、訳者の誤りなり。信用に及ばず。
[87]問うて云く、先の教に漏れたるものを後の教にこれを承け取りて、得道せしむるを流通と称せば、阿含経は華厳経の流通となるべきや。乃至、法華経は前四味の流通となるべきや、如何。答えて曰く、前四味の諸経は菩薩・人・天等の得道を許すといえども、決定性の二乗・無性・闡提の成仏を許さず。その上、仏意を探りて実をもつてこれを撿うるに、また菩薩・人・天等の得道もなし。十界互具を説かざるが故に、久遠実成なきが故に。問うて云く、証文如何。答えて云く、法華経方便品に云く、「もし小乗をもつて化すること、乃至一人においてもせば、我すなわち慳貪に堕せん。この事は為めて不可なり」と〈已上〉。この文の意は、今選択集の邪義を破せんがために、余事をもつて詮となさず。故に爾前得道の有無の実義はこれを出さず。追つてこれを撿うべし。ただし四十余年の諸経は、実に凡夫の得道なきが故に、法華経を爾前の流通とせず。法華経において、十界互具・久遠実成を顕わし了んぬ。故に涅槃経は法華経のために流通となるなり。
[88]大文の第七に、問いに随いて答うとは、もし末代の愚人、上の六門に依りて、万に一も法華経を信ぜば、権宗の諸人、或は自ら惑えるに依り、或は偏執に依りて、法華経の行者を破せんがために、多く四十余年並に涅槃等の諸経を引いて、これを難ぜん。しかるに権教を信ずる人はこれ多く、或は威勢に依り、或は世間の資縁に依り、人の意に随いて世路を亘らんがためにし、或は権教には学者多く、実教には智者少し。是非に就きて、万に一も実教を信ずる者あるべからず。この故にこの一段を撰んで、権人の邪難を防がん。
[89]問うて云く、諸宗の学者難じて云く、「華厳経は報身如来の所説、七処八会皆頓極頓証の法門なり。法華経は応身如来の所説、教主すでに優劣あり。法門において何ぞ浅深なからん。随つて対告衆も法慧・功徳林・金剛幢等なり。永く二乗を雑えず。法華経は舎利弗等をもつて対告衆となす」と〈華厳宗の難〉。法相宗のごときは、解深密経をもつて依憑となして難を加えて云く、「解深密経は文殊・観音等をもつて対告衆となす。勝義生菩薩の領解には、一代を有・空・中に詮す。その中とは華厳・法華・涅槃・深密等なり。法華経の信解品の五時の領解は四大声聞なり。菩薩と声聞と勝劣天地なり」と。浄土宗のごときは道理を立てて云く、「我等は法華等の諸経を誹謗するにあらず。彼等の諸経は正には大人のため、傍には凡夫のためなり。断惑証理理深の教にして、末代の我等これを行ずるに、千人の中に一人も彼の機に当らず。在家の諸人多分は文字を見ず。また華厳・法相等の名を聞かず、いわんや、その義を知らんや。浄土宗の意は、我等凡夫はただ口に任せて六字の名号を称うれば、現在には阿弥陀如来、二十五菩薩等を遣わして、身に影の随うがごとく、百重千重に行者を囲遶してこれを守りたもう。故に現世には七難即滅七福即生し、乃至、臨終の時は必ず来迎ありて観音の蓮台に乗じ、須臾の間に浄土に至り、業に随つて蓮華開け、法華経を聞いて実相を覚る。何ぞ煩わしく穢土において余行を行じて何の詮かあらん。ただ万事を抛ちて一向に名号を称えよ」と云云。禅宗等の人云く、「一代の聖教は月を指す指なり。天地日月等も汝等が妄心より出たり。十方の浄土も執心の影像なり。釈迦・十方の仏陀は汝が覚心の所変なり。文字に執する者は株を守る愚人なり。我が達磨大師は文字を立てず、方便を仮らず。一代聖教の外に仏、迦葉に印してこの法を伝う。法華経等はいまだ真実を宣べず」と〈已上〉。これらの諸宗の難一にあらず。如何が法華経の信心を壊らざるべしや。
[90]答えて云く、法華経の行者は心中に、「四十余年、已今当、皆是真実、依法不依人」等の文を存して、しかも外に語にこれを出さず。難に随つてこれを問うべし。そもそも所立の宗義は何れの経に依るやと。彼経を引かば、引くに随いてまたこれを尋ねよ。一代五十年の間の説の中に、法華経より先か、後か、同時なるか、また先後不定なるかと。もし先と答えば「未顕真実」の文をもつてこれを責めよ。あえて彼の経の説相を尋ねることなかれ。後と答えば「当説」の文をもつてこれを責めよ。同時なりと答えば「今説」の文をもつてこれを責めよ。不定と答えば、不定の経は大部の経にあらず、一時一会の説にして、また物の数にあらず。その上、不定の経といえども三説を出でず。たとい百千万の義を立つるといえども、四十余年等の文を載せて、虚妄と称せざるより外は用うべからず。仏の遺言に「不了義経に依らざれ」と云うが故なり。また智儼・嘉祥・慈恩・善導等を引いて、徳を立て難ずといえども、法華・涅槃に違う人師においては用うべからず。「法に依りて人に依らざれ」の金言を仰ぐが故なり。
[91]また法華経を信ずる愚者のために、二種の信心を立つ。一には、仏に就いて信を立て、二には、経に就いて信を立つ。仏に就いて信を立つとは、権宗の学者来り難じて云わん。善導和尚は三昧発得の人師、本地は弥陀の化身なり。慈恩大師は十一面観音の化身にして、また筆端より舎利を雨らす。これらの諸人は皆彼々の経々に依りて皆証あり。何ぞ汝彼の経に依らず、また彼の師の義を用いざるや。答えて曰く、汝聞け。一切の権宗の大師・先徳並に舎利弗・目連・普賢・文殊・観音乃至阿弥陀・薬師・釈迦如来、我等が前に集りて説きて云く、法華経は汝等の機に叶わず、念仏等の権経の行を修して往生を遂げて、後に法華経を覚れと。かくのごとき説を聞くといえども、あえて用うべからず。その故は四十余年の諸経には、法華経の名字を呼ばず。何れの処にか機の堪・不堪を論ぜん。法華経においては、多宝・釈迦・十方の諸仏、一処に集まりて撰び定めて云く、「法をして久しく住せしむ」「如来の滅後において閻浮提の内に広く流布せしめ、断絶せざらしむ」と。この外に今仏出で来りて、法華経を末代不相応と定めば、すでに法華経に違う。知んぬ、この仏は涅槃経に出す所の滅後の魔仏なり。これを信用すべからず。その已下の菩薩・声聞・比丘等はまた言論するに及ばず。これらは不審もなし。涅槃経に記すところの滅後の魔の所変の菩薩等なり。その故は、法華経の座は、三千大千世界の外、四百万億阿僧祇の世界なり。その中に充満せる菩薩・二乗・人天・八部等、皆如来の告勅を蒙むり、各々所在の国土に法華経を弘むべきの由、これを願いぬ。善導等もし権者ならば、何ぞ竜樹・天親等のごとく、権教を弘めて後に法華経を弘めざるや。法華経の告勅の数に入らざるや。何ぞ仏のごとく権教を弘めて後に法華経を弘めざるや。もしこの義なくんば、たとい仏たりといえども、これを信ずべからず。今は法華経の中の仏を信ず。故に仏に就いて信を立つと云うなり。
[92]問うて云く、釈迦如来の所説を、他仏これを証するを実説と称せば、何ぞ阿弥陀経を信ぜざるや。答えて云く、阿弥陀経においては、法華経のごとき証明なきが故にこれを信ぜず。問うて云く、阿弥陀経を見るに、釈迦如来所説の一日七日の念仏を、六方の諸仏舌を出し三千を覆うて、これを証明せり。何ぞ証明なしと云うや。答えて云く、阿弥陀経においては全く法華経のごとき証明なし。ただ釈迦一仏、舎利弗に向いて説きて言く、我一人阿弥陀経を説くのみにあらず、六方の諸仏舌を出し三千を覆うて阿弥陀経を説くと云うといえども、これらは釈迦一仏の説なり。あえて諸仏は来りたまわず。これらは権文なり。四十余年の間は教主も権仏の始覚の仏なり。仏権なるが故に所説もまた権なり。故に四十余年の権仏の説はこれを信ずべからず。今の法華・涅槃は久遠実成の円仏の実説なり。十界互具の実言なり。また多宝・十方の諸仏来りてこれを証明したもう、故にこれを信ずべし。阿弥陀経の説は無量義経の「未顕真実」の語に壊れ了んぬ。全く釈迦一仏の語にして、諸仏の証明にはあらざるなり。
[93]二に、経に就いて信を立つとは、無量義経に四十余年の諸経を挙げて「いまだ真実を顕さず」と云う。涅槃経に云く、「如来は虚妄の言なしといえども、もし衆生虚妄の説に因りて法利を得ると知れば、宜しきに随つて方便してすなわちためにこれを説きたもう」と。また云く、「了義経に依りて不了義経に依らざれ」と〈已上〉。かくのごときの文一にあらず。皆四十余年の自説の諸経を、虚妄・方便・不了義経・魔説と称す。これ皆人をしてその経を捨てて、法華・涅槃に入らしめんがためなり。しかるに何の恃みありて、妄語の経を留めて行儀を企て、得道を期するや。今権教の情執を捨てて、偏に実教を信ず。故に経に就いて信を立つと云うなり。
[94]問うて云く、善導和尚も人に就いて信を立て、行に就いて信を立つ。何の差別あらんや。答えて云く、彼は阿弥陀経等の三部に依りてこれを立て、一代の経において了義経・不了義経を分たずしてこれを立つ。故に法華・涅槃の義に対して、これを難ずる時はその義壊れ了んぬ。
現代語訳
守護国家論
正元元年(一二五九)、三八歳、於鎌倉、原漢文、定八九|一三六頁。
本論著述の理由
[1]よく考えてみると、このたび思いがけずに十方世界の塵ほどに受けることの多い三悪道に堕ちる身を免れて、爪の上の土ほどに受けることの少ないこの娑婆世界の日本国に生まれることができた。しかしまた、後の世においては再び十方世界の塵の数ほど多い三悪道に堕ちることは疑いないのである。ところで死後に地獄などの悪道に堕ちる原因はいろいろである。あるいは妻子や親族を可愛がるあまりに犯した悪行により、あるいは殺生や五逆・十悪などの重い罪により、あるいは国主となりながら民衆の歎きを顧みなかった罪により、あるいは仏法の正邪を知らずに邪法を信じた罪により、あるいは悪師に勧められて悪法を信じた罪によるなどである。この中でも世間の道徳的善悪は日常的なことであるから、判断力の乏しい愚かな人にもわかりやすいが、仏法の正邪、師の善悪の判断については、悟りを得た聖人でも迷うこともある。まして末代のわれわれ凡夫などにはとうていわかるはずがない。その上、仏陀釈尊が西方のインドに入滅され、その教えが東方の諸国に広まってより以来、四依の論師がインドで掲げた智恵の光は日々に輝きを減じ、中国に経典を伝えた三蔵法師の仏法の流れは月々に濁ってきた。真実の経を誤り解する論師は真理の月を迷いの雲で覆い、方便の経に執着する訳者は宝珠のような真実経を漢訳する時に誤って方便経の石に変えてしまった。まして誤った経論によって仏教を解釈した中国の人師が立てた宗旨に誤りがないはずはないのである。まして日本のような辺鄙な島国の末学は、誤りが多く真実が少ないに決まっている。したがって、その教えを学ぶ者は竜の鱗の数より多いが、悟りを得る者は麒麟の角を得るよりも少ない。それは方便教を信じて修行しているか、または末法の時機に合わない教えを信じているからか、または凡師の教えか聖人の教えかを弁えないからか、または方便・真実の二教を弁えないからか、または方便教に執着して真実教と思うからか、または修行の上の自分の位の高下を弁えないからである。生死を出離すべき仏法を学びながら、かえって六道輪廻の原因となる罪業を増すのは凡夫の習いであるが、その因縁は一つではないのである。
[2]その中でも五十年ほど昔、邪な智恵にたけた上人があって、末代の愚人のためにといって、一切の他宗の宗義を破って選択本願念仏集という一巻の書物を作った。この書は中国浄土教の先師である曇鸞・道綽・善導の名前を借りて、釈尊一代の聖教を聖道・浄土の二門に分け、真実経を方便経の中に入れ、法華や真言の正しい成仏への道を閉ざして、浄土三部経の狭く険しい道を開き、しかも浄土三部経の本意にも背いて、方便経をも真実経をも共に謗ることとなった。これは四聖の悟りを開く種を永久に断ち切って、無間地獄に堕ちる誤った意見である。ところが世間の人びとは、大風が小樹の枝を吹きなびかすようにこの教えに随い、門弟たちは天人が帝釈天を敬うようにこの人を尊重している。しかし、この悪義を破斥するために多くの書物が作られた。三井園城寺の公胤の浄土決疑鈔・定照の弾選択・明恵上人高弁の摧邪輪などである。これらの書物の著者はみな高徳の僧として名声が天下に聞こえていたが、まだ必ずしも選択集の謗法の根源を追究して明らかにしたとはいえない。それがためにかえって選択集の流布を助けることとなった。たとえてみれば、旱魃のさかんな時に降る少しの雨は、かえって草木の枯れるのを早め、戦争の時に弱い兵士を先頭に出せば、強敵はいよいよ力を増すようなものである。私はこのことを歎かわしく思って、選択集がなぜ謗法であるかの理由を明らかにするため一巻の書物を作り、守護国家論と名づけたのである。どうか願わくは、この書によって一切の出家・在家の人びとは、仮りの世の一時の営みをやめて、未来永劫のためになる善根の苗を植えるがよい。今は私見を述べることなく、もっぱら経典や論書によって仏法の正邪を明らかにする。信じようと謗ろうとすべては仏説に任せて、決して私見を加えることはしない。
[3]本書を部門に分けて七章とする。一には如来の経教には方便教と真実教との区別があることを明かし、二には仏の滅後における仏法の流伝に、正法・像法・末法の三時に興り廃りの次第順序があることを明かし、三には選択集の謗法の理由を明かし、四には謗法の者を根絶しなければならない経文の明証を出し、五には善き師と真実の仏法とには値いがたいことを明かし、六には法華経・涅槃経を信仰する行者の心得を明かし、七には問答を設けてさらに説明を加えよう。
一 如来の経教に方便教と真実教との区別があることについて
[4]第一に如来の経教には方便教と真実教との区別があることを明らかにするについて、さらに四節に分ける。一には仏の一代聖教の中の代表的経典の説法の次第順序を定めて、その中に一切の枝葉の経典を包含することを明かし、二には諸経の教理の浅深を明かし、三には大乗と小乗とを判定し、四には方便教を捨てて真実教を信仰すべきことを明かす。
<小見出し>仏の一代聖教の中の代表的経典の説時について小見出し>
[5]第一に仏の一代聖教の中の代表的経典の説法の次第順序を定めて、その中にその他のすべての枝葉のような経典を包含することを説明しよう。問うていう、仏が最初に説かれた経典は何か。答えていう、華厳経である。問うていう、その証拠は何か。答えていう、旧訳の六十巻本の華厳経の世間浄眼品に、「私はこのように仏が説かれるのを聞いた。ある時、仏は摩竭提国の寂滅道場で始めて覚りを開かれた」とあるから、この経の説処は仏陀釈尊が成道された菩提樹下であることがわかる。また法華経の序品に、仏が眉間の白毫から光を放たれて、もろもろの世界を照らす瑞相を示された時、弥勒菩薩が十方の世界の諸仏が説かれる五時の説法の次第を見て、文殊師利菩薩に問うた言葉の中に「諸仏の聖主・師子王が、微妙第一の経典を演説され、清らかで柔らかな音声をもって無数の菩薩たちを教えられるのを見た」とあるのは、最初の説法が菩薩のために説かれた華厳経であることを示している。また方便品に釈尊が自ら初めて成道された時のことを説いて「我は始めて覚りの道場に入って、菩提樹を観じて行道した。(中略)その時、もろもろの梵天王や帝釈天・世界を護る四天王・大自在天、その他のもろもろの天人やその従者たち百千万の多数が、敬い合掌し礼拝して、我に説法を請うた」とある。これも法華経に華厳経の説かれた時をさし示した経文である。それゆえに華厳経の第一にも「毘沙門天王〈略〉月天子〈略〉日天子〈略〉帝釈天〈略〉大梵天王〈略〉摩醯首羅天〈略〉」などと華厳経の会座に集まった聴衆の名をあげている。また涅槃経巻二十七の師子吼品に華厳経の時を説いて「仏陀が成道し終わった時、大梵天王が説法をお願いして、願わくは如来よ、広く衆生のために甘露の美味である仏法を説きたまえ」といい、また「世尊よ、一切衆生にはおよそ利根と中根と鈍根の三種の人があるが、そのうち、利根の人はよく仏の教えを理解することができる。願わくはこの人びとのためにどうか法をお説きいただきたい」と言ったので、仏は「梵王よ、よく聴け。われは今こそ一切衆生のために甘露の美味である仏法を説くであろう」と答えられた。また涅槃経の巻三十三の迦葉品に華厳経の時を説いて「すべての大乗経の中の意味と道理とを微妙細密に、昔、もろもろの菩薩のために説いた」とある。これらの経文はみな、諸仏が世に出られて一切経を説かれた最初には必ず華厳経を説かれたという証文である。問うていう、無量義経の説法品には「初めに四諦を説き、次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空の法門を説いた」とあるが、この経文によれば華厳経は般若経の次に説かれたことになり、仏成道の後、最初の説法とする諸経の文とおおいに相違すると思うが、どうか。答えていう、この文は説法の順序を述べたものではなく、浅い教えを先に深い教えを後に列ねた教理の浅深の次第を述べたものか、または後分の華厳といって、後に説かれた特別の華厳のことであろう。法華経の方便品にも仏一代の説法の浅深の次第順序を立てて「余乗〈別教を兼ねた華厳経をさす〉の、第二〈通・別の二教を帯びた般若経をさす〉、第三〈蔵・通・別の三教を兼ね説く方等経をさす〉も存在しない」とあるのはこれと同じ意味である。
[6]問うていう、華厳経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、阿含経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、法華経の序品に華厳経の次の経のことを説いて「苦しみに遭って老・病・死を嫌う者には、仏は寂滅の涅槃を説く」と凡夫の心の迷いを取り除く道を示され、方便品には「波羅奈国の鹿野苑に行って(中略)五人の比丘に説法した」とある。また涅槃経の師子吼品にも華厳経の次の経のことを「波羅奈国鹿野苑において、中道、すなわち苦行や快楽への執着をはなれた人として行なうべき正しい道について説法した」と説いている。これらの経文によって、大菩薩に対して説かれた華厳経の次に声聞の弟子に対して阿含経を説いたことは明らかである。
[7]問うていう、阿含経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、方等経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、無量義経の説法品に「初めに四諦(阿含)を説き、次に方等十二部経(大乗)を説く」といい、涅槃経の聖行品に「修多羅(経)より方等を出す」というからである。問うていう、方等とはインドの語で、漢訳して大乗ということであって、華厳も般若も法華も涅槃もみな大乗方等経である。なぜ方等部の経だけを方等と名づけるのであるか。答えていう、実際には質問の通り、華厳も般若も法華などもみな方等経であるが、しかし今、方等部だけをとくに方等経と名づけたのは、日蓮の勝手な意見ではなく、無量義経や涅槃経の文に明らかな例がある。阿含経の証果はすべて小乗教で、次に仏は大乗教を説かれたのである。方等部から後はみな大乗教であるが、方等部が大乗教の一番最初に説かれたから、これを後の方等大乗教と区別して、とくに方等と名づけたのである。たとえていえば、倶舎論などに色心の二法を開いて十八界を立てる時に、十八界の中の十と半分はみな色法で、その他は心法であるけれども、その十八界の最初が色法であるから、これを色境と名づけたのと同じである。
[8]問うていう、方等部の諸経の次には、どの経を説かれたのか。答えていう、般若経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、涅槃経の聖行品に「方等の次に般若」とあるからである。
[9]問うていう、般若経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、無量義経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、般若部の結経である仁王般若経に「般若を説き始めて第二十九年中に結経である仁王般若を説く」とある。よって般若経は、三七日の華厳経と十二年の阿含経と説時の不確かな方等部との後、三十年の間に説かれた経であると知れる。そして、無量義経にはこれらをすべて「四十余年の間は真実を顕わさなかった」と説いているからである。問うていう、先にあげた無量義経の文には般若経の次に華厳経を列ね、また涅槃経の文には般若経の次に涅槃経を列ねていた。ところが今は般若経の次は無量義経であるというが、この相違はどう考えればよいのか。答えていう、涅槃経巻十四の聖行品の文を見るに、涅槃経以前に説かれた諸経を列ねて、それらと涅槃経とを比べて教理の勝劣を論ずるのに、涅槃経以前の経を般若経までとして法華経は除外してその名をあげていないのである。しかし第九巻には「法華の中の八千の声聞」とあって、法華経は涅槃経より以前の経であると定めている。また法華経の序品を見ると、文殊が弥勒の問いに答えて、過去の日月灯明仏は無量義経の次に法華経を説かれたから、今もまたそうであろうとあるから、無量義経は法華経の序分である。先にあげた無量義経の文では、般若経の次に華厳経を列ねていたが、前に論じた通り華厳経は最初の説法であるから、般若経の次は無量義経となるのである。
[10]問うていう、無量義経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、法華経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、法華経の序品に「仏がもろもろの菩薩のために大乗経の無量義・菩薩を教える法・仏に護念せらるるものと名づける経を説き終わって、結跏趺坐して法華経を説くために無量義処三昧に入られた」とあるからである。
[11]問うていう、法華経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、観普賢菩薩行法経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、普賢経に説時を説いて「この後三か月して我は涅槃に入るであろう。(中略)また如来は霊鷲山やその他の処で、広く一乗真実の道を説いてきたが、今もまたここ大林精舎で説く」というからである。
[12]問うていう、普賢経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、涅槃経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、普賢経に「この後三か月して我は涅槃に入るであろう」とあり、涅槃経の巻三十の師子吼品にも「如来はどうして二月に涅槃されるのか」とあり、また「如来は誕生も出家も成道も最初の説法もみな八日であるのに、なぜ涅槃だけが十五日であるのか」とあるからである。
[13]一切経の中の代表的な経典の説かれた順序次第は、大体において以上のようである。これ以外のもろもろの大小乗の経々は、説時の次第も一定していない。あるいは阿含経より後に華厳経を説いたり、法華経より後に方等経や般若経を説かれたりもしている。これらの説時の不確かな経々は、華厳経に属するものは大部の華厳経の所に、阿含経に属するものは大部の阿含経の所にというように、教義の種類を同じくする経々の所に収めて一処に置くのである。
<小見出し>諸経の教理の浅深について小見出し>
[14]第二に諸経の教理の浅深について説明しよう。無量義経の説法品に「初めに阿含経の四諦を説き、次に大乗の方等経・大般若経・華厳経を説いて、菩薩の歴劫修行といって成仏に長い時間のかかる法門を説いた」とあり、また「この経を説く以前の四十余年間には、まだ真実を顕わさなかった」ともあり、また「無量義経はこの上もなく尊い教えである」ともいう。これらの経文によれば、無量義経以前に説かれた四十余年間の諸経は無量義経より劣った経であることは明らかである。
[15]問うていう、密厳経には「一切の経の中で勝れた教えである」といい、大雲経には「この経は諸経の中の転輪聖王である」といい、金光明経には「諸経の中の王である」とある。これら諸経の文を見れば、自経が第一の経であるということは諸大乗経にみな説くところである。どうして無量義経の一文だけを見て、無量義経は四十余年の諸経に勝れているということができようか。答えていう、もし教主釈尊がそれぞれの経の中で、この経こそ第一であると勝劣を説いているとすれば、大乗と小乗の区別も方便と真実の相異も立てることはできなくなる。もし実際には区別がないのに、諸宗の人びとが勝手に区別や浅深を説いているとするならば、それは争いの根源であり、謗法という悪業・罪業の原因でもある。よく考えてみると、法華経以前の四十余年に説かれた諸経でいうところの第一とは、何に対して第一なのか比べる対象が別々である。ある経は小乗の諸経に比べて第一といい、ある経は未来永遠の存在である報身仏を説いて八十歳入滅の応身仏を説く諸経に比べて第一といい、ある経は俗諦・真諦・中道諦の三諦を説くことにおいて第一というにすぎないのである。一切経の中の第一といっているのではない。ところが今の無量義経は、それ以前の四十余年の代表的な経典の名をあげて、それらすべての諸経に比べて第一であるというのである。
[16]問うていう、法華経と無量義経とはどちらが勝れているか。答えていう、法華経の方が勝れている。問うていう、どうして法華経の方が勝れているとわかるのか。答えていう、無量義経にはまだ二乗が仏に成るということと、仏の久遠実成という法門とが説かれていないからである。ゆえに法華経法師品において、法華経が已説・今説・当説の三説に超えて勝れていることを説く時、無量義経は今説の中に入れられて、信じやすく解りやすい経とされ、法華経より劣ると定められているのである。
[17]問うていう、法華経と涅槃経とはどちらが勝れているか。答えていう、法華経の方が勝れている。問うていう、どうして法華経の方が勝れているとわかるのか。答えていう、涅槃経の如来性品には仏みずから法華経を指して「法華経の時に一切の衆生が成仏したから、今は何もすることがない」といって、法華経を大収の位、涅槃経を捃拾の位と定めている。また法華経法師品では、三説の中の当説に入れて、「信じ難く解り難い法」とはいっていないからである。問うていう、涅槃経の文をみると、涅槃経以前は「みな邪見の人であった」とあるが、この経文によれば法華経も邪見の経典ではないか、どうか。答えていう、法華経を説くことが如来がこの世に出でられた目的であったから、方便品に「わが昔の願いは今満足した」といい、「今が正しくその時である」といい、如来寿量品に「善男子よ、われは実に成仏してから久遠である」とも説かれているのである。ただし、法華経と諸経との勝劣については、法師品に仏みずから「わが説いてきたところの経典は無量千万億である」と比べるべき経典をあげて、次に「已に説き、今説き、まさに説く諸経に超えて法華経は勝れている」といわれた時、宝塔品で多宝如来が大地から涌き出でて「釈尊の説くところはみな真実である」と釈尊の説法の真実を証明し、十方世界より来集した釈尊の分身の諸仏はその舌を梵天に届かせて釈尊の説法が真実であることを証明されたのである。このように諸経と法華経との勝劣は、釈尊・多宝仏・分身の諸仏の三仏が定められているのである。一切経は釈尊一仏の説法であるから、この他に法華経の前後の諸経に対して法華経との勝劣を論ずべきではない。故に涅槃経で諸経を斥ける時に法華経は除かれているのである。それは涅槃経も法華経が諸経に勝れていることを顕わそうとしているからである。ただし、涅槃経が「邪見の人」といったのは、法華経を覚ることのできなかった迦葉童子やその眷属の人びとが、涅槃経を聞いて初めて覚りを得ることができたので、自分自身を指して「涅槃経以前は邪見の人であった」といったのであって、経典の勝劣を論じた文ではないのである。
<小見出し>大小乗の判定について小見出し>
[18]第三に大乗と小乗とを判定することを説明しよう。問うていう、大乗と小乗との区別は何であるか。答えていう、普通一般の説によれば、阿含部の諸経は小乗であり、華厳経と方等部の諸経と般若経と法華経と涅槃経とは大乗である。あるいはまた地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六界を説くのは小乗、さらに声聞・縁覚・菩薩・仏を説いて十界のすべてを明かすのは大乗である。しかし、法華経と諸経を比べてどちらが真実かを論ずる時は、法華経以外の四十余年の諸経は一般には大乗経といわれていても、実はみな小乗経であって、法華経だけが大乗である。問うていう、諸宗いずれの宗でも自分の拠りどころとする経を真実の大乗といい、他宗の拠りどころとする経は方便の大乗であるというのは常の習いである。故に末学の者が諸宗の主張のいずれが是か非かを定めにくいと思うが、法華経に比べれば諸大乗経はみな小乗であるという証文をいまだ聞いたことがない、一体その証文があるのかどうか。答えていう、諸宗それぞれにその立義について互いに是非を論じあっていて判定はなかなか困難である。とくに末法においては、世間のことにも仏法のことにも非理を優先させ道理を後まわしにしているので、自分で是非を弁えられないことは愚者の歎くところである。しかしとりあえず自分の浅い智恵で、無量義経の「四十余年未顕真実」という眼前の経文を見る時、この文を破るほどの文がない限りは、諸宗の人師の立てた是非の判定を信用することはできない。その上また法華経に比べて諸大乗経を小乗というのは、自分が勝手に答えるべきではないので、経文の証拠を示そう。法華経の方便品に「仏は自ら大乗に住せられ、(中略)自ら無上道である大乗の平等大慧の法を証られた。もし小乗の法をもって衆生を教化すれば、それがただ一人に対してであっても、仏が法を惜しんだことになるから、これは不可である」とある。この経文は法華経以外の諸大乗経を指して、すべて小乗と説いている。また寿量品に「小法を願う」とある。これらの経文は法華経以外の四十余年の諸大乗経を指してすべて小乗と説かれた経文の例である。天台大師や妙楽大師の注釈にも四十余年の諸経を小乗と記しているが、他宗の人師は天台等の解釈を認めないであろうから、今はこれを省略してただ経文の証拠だけを示したのである。
<小見出し>方便経を捨てて真実経に帰依すべきことについて小見出し>
[19]第四にとりあえず方便経を捨てて真実経に帰依すべきことについて説明しよう。問うていう、その証拠の経文は何か。答えていう、十の経文の証拠がある。第一に法華経譬喩品に「ただ大乗経典を信じ持つことだけを願って、他の経の一偈すら信じてはならない」という。第二に涅槃経如来性品に「真実を説き尽くしている経によって、真実を顕わしていない経によってはならない」という。これは法華経以前の四十余年の大小乗の経々を不了義経といった文である。第三に法華経宝塔品に「この経は持ちがたい経である。もししばらくの間でも持つ者があれば、われも諸仏もみな同じく歓喜して、この人を讃歎する。これこそ勇猛の人であり、精進の人であり、また戒律を持って清浄の行を行ずる者と名づける」という。末代には、四十余年のように細かく定められた戒律を持たなくてもよい。ただ法華経を持つことが持戒である。第四に涅槃経如来性品に「禅定や智恵の修行に励まない者は怠る者と名づけるが、戒律を守らない者を怠る者とは呼ばない。菩薩よ、この大乗経の信仰に怠りの心を起こさなければ、それこそが戒律を持つことなのである。正法を護るために大乗の水を自らそそぎ浴する菩薩はたとえ破戒の行為があっても怠る者とは呼ばない」とある。この経文は法華経の戒律を未来のために詳しく説いたものである。第五に法華経第四巻の宝塔品に「妙法華経を大衆のためによくぞ説かれた。釈迦牟尼世尊の所説は、みな真実である」という。これは多宝如来の証明の文である。第六に法華経第八巻の普賢菩薩勧発品に普賢菩薩が誓った言葉に「如来の滅度の後に、この経を広く全世界に流布させて決して断絶させない」とある。第七に法華経第七巻の薬王品に「わが滅度の後、第五の五百歳にこの経がこの世界の内で断絶することのないようにする」とある。これは釈迦如来の誓いの言葉である。第八に法華経第四巻の宝塔品に、東方の宝浄世界の多宝如来や十方の世界で教化していた分身の諸仏が釈尊のもとに集まり来られた理由について「この法を後々までもこの世に留め置くために、この世界に集まったのである」とある。第九に法華経第七巻の如来神力品に、法華経を修行する人の住処を説いて「如来の滅後には一心にこの経を信じ持ち、読誦し、解説し、書写して、経文の説く通りに修行するがよい。いずれの所であっても、この経のある処は、園の中でも、林の中でも、樹の下でも、僧坊でも、俗人の家でも、殿堂の内でも、山や谷や広い野原でも、この中にみな塔を起てて供養しなければならない。なぜなら、そこは正しく法華経の道場であり、諸仏が覚りを開かれた処であるからだ」とある。第十に法華経の流通分である涅槃経第九巻の如来性品に「わが涅槃の後に仏の正法が滅びようとして八十年を余す時、この涅槃経は広く全世界に流布するであろう。しかし、この時に、まさに多くの悪僧がいて、この経をかすめとり、いくつにも分断して正法の本来の色や香りや味わいをなくしてしまうであろう。この多くの悪人はこの勝れた経典を読んだとしても、如来の深い覚りの重要な意義を理解することができないで、かえって世間の美しく飾った文章や無意味な言葉を付け加えるのである。そして前の文を抜き出して後の文に付けたり、後の文を抜き出して前の文に付けたり、前後にあるべき文を中間に付けたり、中間にあるべき文を前後の文に付けたりするであろう。このような多くの悪僧は仏弟子ではなく悪魔の仲間である。(中略)たとえば、牛飼い女が多くの利益を得ようとして牛乳にたくさんの水を加えて売るようなものである。これらの悪僧たちもまた同じく、如来の言葉に世間の浅い不純な言葉を混入して、この経の味を誤り定め、多くの衆生が正しく説き、正しく書写し、正しく意味を取ることをできなくし、この経を尊重し、讃歎し、供養し、敬うことができないようにするであろう。この悪僧たちは私利私欲を貪るために、この経を広く流布させることができず、その弘まる所は少なく言うにたりないほどであろう。それも道理で、あの貧しい牛飼いの女が乳を売り、次々に転売して(中略)最後に買った人が乳がゆを作っても乳の味がしないように、この大乗経典大涅槃経もまた同じく、次第に伝えられて行く間に薄く淡くなって、その味わいもなくなってしまうであろう。しかしそれでもなお、他経に比べれば一千倍も勝れているのである。なぜなら、かの乳味はいかに薄くなっても、もろもろの苦味に比べれば千倍も勝れているのと同じである。なぜかというに、この大乗経典大涅槃経は如来の直弟子たちが伝えた経々の中で最も勝れた位置にあるからである」とある。
[20]問うていう、如来の真実を完全に顕わしていない不了義経を捨てて、完全に説き顕わしている了義経に従えというならば、大円覚修多羅了義経や大仏頂如来密因修証了義経などの大乗経は、経名に了義経とあるから、これらの経々を拠りどころとして用いてもよいかどうか。答えていう、了義といい不了義といっても、比べる対象によって同じではない。声聞・縁覚の二乗や菩薩の説いた不了義経に比べれば、仏の説かれた一代の聖教はみな了義経である。仏の説かれた経々の中では、小乗経は不了義経であり、大乗経は了義経である。また大乗経の中でも四十余年に説かれた華厳・方等・般若などの諸大乗経は不了義経であり、法華経や涅槃経や大日経などは了義経である。ところで円覚経や大仏頂経などは、小乗経や大乗経の中の成仏に時間のかかる諸経に比べれば了義経といえるが、法華経のような一切の経に比べての了義経ではない。
[21]問うていう、華厳宗・法相宗・三論宗などの天台や真言以外の諸宗の高祖たちは、おのおの自分の拠りどころとして信ずる経々によって、その経の奥義を極めたと思っているが、はたしてそうであろうか。答えていう、華厳宗は華厳経によって五教判を立て、諸経は華厳経の方便と判定している。法相宗は三時教判を立てて、阿含経を有教、般若経などを空教と卑しめ、華厳経・法華経・涅槃経の三経を自らの依る深密経と同じだとして、ともに中道教と立てるが、しかし法華経・涅槃経の二経は一部類の人を対象として一乗の成仏を説くから不了義経であり、深密経は五性各別といって、人の性分に五種類の区別があって仏に成れる者と成れない者とがあると説くから了義経であるという。三論宗は声聞蔵と菩薩蔵との二蔵の教判を立てて一代の仏教を判定し、大乗菩薩蔵においては浅深の区別を論じないが、それでも般若経を拠りどころとするのである。これらの諸宗の高祖は、もしかすると仏の教えを伝えて衆生の拠りどころとする導師であるかもしれないから、このような教判をされることはきっと深い考えがあってのことと思われる。それ故に末代のわれらがこれについて是非を批判するべきではない。しかしそのままにしておいては自分の疑いを晴らすことができないから、とりあえず諸宗の人師のさまざまな解釈は放っておいて、諸宗の人師が拠りどころとしている経々を直接に開いて調べてみよう。まず華厳経は旧訳では五十巻または六十巻、新訳では八十巻または四十巻であるが、その中のどこにも法華経や涅槃経にあるように、仏一代の聖教をことごとく集めて方便であるといった明瞭な経文は一箇所もない。また声聞乗・縁覚乗・菩薩乗・仏乗の四乗の浅深を説くけれども、その中の仏乗を説くとき、仏教の最高教理である十界互具と久遠実成とを説いていない。ゆえに法華経を批判の対象にすることはできないはずであるのに、それを中国の杜順や法蔵や澄観などの人師が小乗教・大乗始教・大乗終教・大乗頓教・大乗円教の五教判を立てて、前の四教にすべての諸経を収めて華厳経の方便であるとした。また法相宗は有相教・無相教(空教)・中道教の三時教判を立てて、第三時中道教の中に法華経を収めて、法華経と深密経と同等であるとするが、深密経五巻を開いてみるに、どこにも法華経などを第三中道教に入れる明瞭な経文はないのである。三論宗は声聞蔵・菩薩蔵の二蔵の教判を立てて、菩薩蔵の中に華厳経や法華経などを入れて般若経と同等であるとするが、新訳六百巻の大般若経を開いてみるに、大般若経と法華経・涅槃経とが同じであるという経文はまったくない。また天台大師以前の江南の三師が立てたという華厳経は頓教であり、法華経は漸教であるという教判は、人師の勝手な私見にすぎないのであって、まったく経文にもとづいた説ではないのである。
[22]ところが法華経の場合はこれらの諸経とはまったく異なり、序分の無量義経に明瞭に「四十余年」と年限を挙げて、その間に説かれた華厳経・方等部の諸経・般若経などの代表的経典の題名をあげて、これを「未顕真実」と判定したのである。さらに正宗分の法華経では一代聖教の勝劣を定める時、法師品に、「我が説いてきたところの経典は無量千万億であって、已に説き、今説き、当に説く」と三説を挙げて、「その中でこの法華経が最も信じがたく解りがたい」と定められたのである。その時、多宝如来は大地より涌出して「妙法華経の説はみな是れ真実である」と宝塔品で証明され、分身の諸仏は十方世界から集まり来たって、神力品で広長舌を梵天につけて法華経の説の誤りなきことを証明されたのである。
[23]今、これらの経文によって私に推察してみるに、中国や日本に伝来したところの旧訳五千余巻・新訳七千余巻の諸経、および伝来しなかったその他のインドや竜宮・四王天などにある諸経や、過去の七仏などが説いた諸経、阿難の結集にもれた諸経、これらの十方世界の塵の数ほどある諸経の教理の勝劣浅深や行法の難易などを判ずることは、掌中に握ったように明白である。法華経法師品の「無量千万億」の文の中に、釈尊の説かれた一切の経々はすべて収めつくされるのである。また「已に説き、今説き、当に説き」という三説の年限に入らない説時の諸経はないのである。願わくは末代の諸人よ、とりあえず諸宗の高祖の経文の証拠も弱くその意味もない教判を捨てて、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏の三仏の文証も強く義理も正しい教えを信じなければならない。まして諸宗の末流の学者は宗派的偏見を先入観として諸経の勝劣を判定し、これら諸宗の末学の意見を基として仏・菩薩の経典や論書を捨てる末代の愚者たちを師と憑むようなことがあってはならない。故に法華経の流通分である沙羅双林最後の涅槃経の如来性品に、仏は迦葉童子菩薩に遺言して「仏の説かれた教法に依るべきであって人師の言葉に依ってはならない。仏の説かれた真実の義に依るべきであって文字言語だけに依ってはならない。仏の実智に依るべきであって凡夫の心情に依ってはならない。仏が真実を説きつくした了義経に依るべきであって真実を説きつくしていない方便の不了義経に依ってはならない」といわれたのである。自分が今、世間の様子を見たり聞いたりするに、自分の宗派の人師を指して覚りを開いた智恵第一の人であるなどと称讃しているけれども、その実体は無徳の凡夫であって、真実の経によって法門を信じさせようとはせず、かえって不了義・方便の観無量寿経などの浄土三部経こそが末法の時と機根とに合った教えであるといって、真実の了義経である法華経や涅槃経を捨てて、これらの経は教えが深くて解ることが困難であるから、今の末法の時と機根とには合わないと謗ったのである。これは、まさしく如来の四依の遺言に背いて「人師に依って教法に依るな、人師の語に依って仏の実義に依るな、凡夫の見解に依って仏の実智に依るな、不了義経に依って了義経に依るな」と教えるものではないか。どうか心ある人はよくよく考えるべきである。
[24]仏が入滅されてから今日まで、すでに二千二百余年の年月が過ぎている。その間に文殊師利菩薩や迦葉・阿難が経典を編集し、その後は衆生の依るべき四依の菩薩が何人も世に出て、論書を作って経文の意を述べられた。ところがインドでも後々の論師になると次第に誤りを生ずるようになった。また経典を中国に翻訳する人たちにも、梵語や漢語に熟達しない者や、方便教に執われている人たちがあって、真実の経論の意味を曲げて方便の経論の意味とするにいたった。その上、また中国の人師たちは、過去に方便教に親しんできた習わしから、方便の経論の方が自分の心に合うので真実の経論を信用しない。そればかりでなく、もし少しでも自分の意見に合わない文があると、道理を曲げて解釈をして自分の意見に合うようにする。たとえ後になって自分の誤りに気づいても、自分の名誉と利欲のために、または信者の帰依の離れるのを恐れて、今までの方便宗を捨てて真実宗に改宗しようとはしない。これらの人師を師と仰ぐ世間の僧俗もまた無智であるから、道理に合うか合わないかも弁えず、ただ人の言葉を信用して仏の正しい教法に依らない。たとえ悪法であると知っても、多くの人が信じている邪義には随うけれども、ただ一人の説く真実の教えには依らないのである。ところが凡夫の悲しさ、衆生の多くは生死の流転をさまよっている。たとえ生死を離れようと志す者がいても、方便経を信じる人の方が多いのである。ただ残念に思うのは、この罪深い身は善きにつけ悪しきにつけ生死の迷いから逃れることはできないことである。
[25]しかし、今の世のすべての凡夫は、たとえ今生において法華経を信じたために世間の人から迫害されるようなことがあろうとも、前にあげた涅槃経第九巻の法華最勝の経文を信じて、とりあえず法華経・涅槃経を信じてみるがよい。その理由は、世間のごく浅い事柄でさえ、人から人へと次第に伝えられてゆくうちに、真実は失われ誤りが多くなるものである。ましてや仏法の深い教義は難解であるから尚更のことである。それゆえに涅槃経の中で仏が説かれた基準によって決定するほかはないのである。如来の滅後二千余年の間には、仏の教えに邪義が添え加えられ、万に一も正義はないであろう。ゆえに仏一代の聖教にも多くの誤りがあるであろう。たとえば、心地観経に「法爾無漏の種子」を説いて、声聞・縁覚の二乗は本来仏に成れない者とあること、竺法護訳の正法華経に属累品を経の最末に置いていること、大毘婆沙論を玄奘が翻訳した時に原本にない十六字を勝手に加えていること、無著菩薩の摂大乗論に人間の心の作用を九つに大別するが、それを玄奘訳は第八識、真諦訳は第九識を立てるという相違、天親の法華論と妙法蓮華経との相違、天親の涅槃論の中に「法華経は煩悩に汚されている」とあること、法相宗では二乗と定まった者と仏性のない一闡提とは絶対に成仏できないということ、摂論宗では法華経方便品の「一度南無仏と唱えた者までもみな成仏した」とあるのは、別時意趣としていること、これらはみな経論の翻訳者や諸宗の人師の誤りである。このほかにも四十余年の諸経にはまだ多くの誤りがあるであろう。たとえ法華経や涅槃経に誤りがあろうとも、四十余年の諸経を捨てて法華経・涅槃経に随うべきである。その証拠は前に示した通りである。もしこの誤りの多い法華経以前の諸経を信じて法華経を捨てるならば、どうして生死輪廻を離れることができようか、できるはずがないのである。
二 仏滅後の正像末三時における仏法の興廃について
[26]大段の第二に、仏滅後の正法・像法・末法の三時において仏法の興り廃りがあることを説明するのに、これを二節に分ける。一には法華経以前の四十余年に説かれた諸経と浄土三部経とは、いずれが末法において久しく衆生を利益しつづけるかを明らかにし、二には法華経・涅槃経と浄土三部経やその他の諸経といずれが久しく衆生を利益しつづけるかを明らかにする。
<小見出し>爾前諸経と浄土三部経との末法における久住について小見出し>
[27]第一に法華経以前の四十余年に説かれた諸経と浄土三部経とは、いずれが末法において久しく衆生を利益しつづけるかを説明しよう。問うていう、如来の教法について大乗と小乗と浅いと深いと勝れると劣れるとの違いを論じなくても、ただ時代と機根とに合った行法であるかどうかを考えて教法を選び出し、これを修行すれば必ず利益があるのである。ところが賢劫経・大術経・大集経などの諸経を見ると、仏が入滅されてから二千余年を過ぎた後は仏法はみな滅びてしまい、ただ教法だけはあっても、これを修行したり、証ったりする者はなくなるとある。また伝教大師の末法灯明記を見ると「わが延暦二十年(<暦>八〇一暦>)は、一説によれば仏滅後一千七百五十年である」とある。延暦二十年から今日までは四百五十余年が過ぎているから、すでに末法の時代に入っている。経文に照らせば、たとえ教法はあっても、これを修行したり、証りを得たりする時ではない。そうであるとすれば、たとえ仏法を修行したとしても、万に一も覚りを得る者はないであろう。ところが無量寿経(双巻経)の下巻に「未来の世に仏の教えが滅びるであろう。その時、われは慈悲と哀愍の心をもって、とくにこの経だけを留めておこう。この経が世に弘まるのはおよそ百年くらいであろう。もしその時、衆生がこの経を信ずれば、その人の願い通りに救われるであろう」とある。この経文によれば、末法に入って釈迦如来の説かれた一代の諸経がみな滅びつくした後には、ただ無量寿経の念仏だけが残って衆生を利益すると見えるのである。この経文の趣旨にもとづいて、浄土宗の諸師の解釈を見ると、みなこの経と同じようなことを記している。中国では、道綽禅師は安楽集に「今末法は人間の心も時代も濁りきった五濁の悪世であって、ただ浄土教の一門だけが覚りに通ずる路である」と記し、善導和尚は往生礼讃に「末法万年に入ると仏・法・僧の三宝は滅びて、ただこの経だけが百年間存続する」と述べ、慈恩大師は西方要決に「末法万年には、余経はことごとく滅びて、弥陀の教えだけが衆生を利益する」と定め、日本では比叡山の先徳である恵心僧都源信は、一代聖教の中から肝要の文を集めて、末代の人びとの信仰の指南として書いた往生要集の序文に「極楽に往生する教えとその修行は、五濁の悪世である末代の人びとの目となり足となる。僧侶も俗人も、貴い者も賤しい者も、一人として帰依しない者はないであろう。しかし顕教や密教の説く経文が一つでなく、いろいろな修行が多いので、智恵がすぐれ精進努力する人には困難ではないだろうが、私のような愚かな者には修行できない」といい、またその次に「とくに念仏の教えは末代に仏の教えが滅びつくした後の濁世の衆生を利益するだけである」という。これらの人だけでなく、すべて諸宗の学者も無量寿経の説と同じように考えている。とくに天台宗の学者は源信以後はこの教えに背く者はないであろうと思うがどうか。
[28]答えていう、法華経以前の四十余年に説かれた経々は、それぞれ時と機根とによって興り廃りがあるから、大部分は浄土三部経より以前に滅びつきてしまうであろう。それらの大小乗経は、声聞・縁覚・菩薩の三乗が現在の生涯において覚りを開くことを説いている。ところが末代においては人の機根は劣っているから現在の生涯において覚る者は非常に希少である。ゆえに十方の浄土に往生することを勧める教えを末代の劣った衆生に説いて利益するのである。十方の浄土の中でも、とくに西方の極楽浄土は、この娑婆世界に近く、また最も劣った浄土であるから、凡夫にも往生の可能性があること、さらに太陽が東から出て西に沈むから浄土を思い浮かべやすいことなどから、諸経は多く西方往生を勧めているのである。それゆえに浄土宗の祖師たちばかりでなく、天台大師や妙楽大師も法華経以前の経に依る時には、西方浄土を勧めることもある。また中国の人師ばかりでなく、インドの竜樹や天親にも浄土往生の信仰があった。これらの念仏が久しく存続するという考え方は、仏教の中では一つの意見にすぎない。仁王般若経の嘱累品には、末法万年の後八千年も存続するであろうとあるから、浄土三部経より久しく続くわけである。それゆえに法華経以前の諸経においては、どの経が最も久しく存続するかを決定しがたいのである。
<小見出し>法華・涅槃と浄土三部経との久住について小見出し>
[29]第二に法華経・涅槃経と浄土三部経といずれが久しく存続するかについて説明しよう。問うていう、法華経・涅槃経と浄土三部経といずれが先に滅びるであろうか。答えていう、浄土三部経の方が先に滅びるであろう。問うていう、どうしてそれがわかるのか。答えていう、無量義経に四十余年の間に説かれた代表的な経典の名をあげて、「いまだ真実を顕わさず」という。それゆえに無量寿経などの「特にこの経を留めること百年」の言はみな方便であり、虚妄である。華厳経・方等部の諸経・般若経・観無量寿経などの諸経に見える往生・成仏は、それが速かにであれ長い年月の修行を要するものであれ、いずれも無量義経の真実義から考えてみると「無量無辺の思い測ることのできない無数の時間を経て修行しても、ついに覚りを開くことはできない。(中略)これらの経の修行は険しい道を行くのにさまざまな障害が多いのと同じである」と否定されている。ゆえにこれらの諸経に説かれる往生や成仏は、ともに功徳を積めば何時かは仏に成れるというにすぎないのである。大集経や無量寿経に、経々の存続するか滅亡するかについて先後次第を説くのは、みな方便の一説である。法華経以前の方便の経は外道の説と同じで、とうてい往生・成仏はできない。たとえば、江河の水は大海に流れ入らなければ一つにならず、民衆や臣下も大王に随わなければ統一されないようなものである。どんなに身体を苦しめて修行をしても、法華経・涅槃経に来なければ少しの利益もなく、修行の因があっても覚りの果を得ない外道と同じことである。末法だけでなく仏の在世でも滅後でも、教えはあっても正しい修行をする人はなく、また修行をしても証りを得ることのない教えなのである。しかし、冬が来ると木々は枯れて葉が落ちるけれども、松や柏は青々としている。霜が降りると多くの草花は枯れてしまうが、菊は花開き竹は青々としている。法華経もまた同じように諸経が滅びつきても永く衆生を利益しつづけるであろう。釈尊が法華経法師品で「已説・今説・当説の三説に超過している」といわれたのも、宝塔品で多宝如来が法華経の真実を証明されたのも、神力品で十方分身の諸仏が舌を梵天に付けて釈尊の説法の真実を証明されたのも、みなその目的は法華経をこの世に永く存続させるためである。
[30]問うていう、諸経がすべて滅びつきた後に、とくに法華経だけが残るという明瞭な証文があるかどうか。答えていう、法華経法師品に釈尊みずからがこの法華経を未来に流通させるために「わが説くところの経典は無量千万億の多数であり、前に説き、今説き、後にも説くであろうが、その中でこの法華経が最も信じがたく解りがたい」といわれた。この文の意味は、釈尊一代五十年の間に説かれた過去・現在・未来の三説の中で、この法華経が最もすぐれた経典であって、八万四千の聖教の中で、とくに未来の人びとのために留めておきたいと思って説かれたのである。それゆえに次の宝塔品では、多宝如来が大地より涌出し、分身の諸仏は十方世界から集まり来たって、釈尊はその分身の諸仏を御使いとして、八方の四百万億の世界に充ち満ちている菩薩や二乗や人間や天の神々や八部の衆を叱責して、「多宝如来や十方の諸仏が大地より涌出し来集した目的は、すべて法華経を久しく存続させるためである。汝らは三説の諸経が滅びつきた後に、五濁のために正法を信じがたくなった未来の世界に、確かにこの法華経を弘めることを誓え」といわれた。この釈尊の勧めに答えて勧持品では二万の菩薩や八十万億那由他の菩薩がそれぞれ誓いを立てて「私どもは身命を惜しまず、ただ無上道を惜しみます」といい、嘱累品では千世界の微塵のような多くの地涌の菩薩や文殊などの菩薩もみな誓って「われらは仏の滅後に(中略)広くこの経を説き弘めます」といわれたのである。その後、仏は薬王品で十の喩をあげて法華経が諸経にすぐれて尊いことを説かれたが、その第一の喩は、四十余年の諸経をもろもろの河にたとえ、法華経を大海にたとえている。末代の濁悪の良心を失い反省することを忘れた大旱魃のような時代に、華厳・阿含・方等・般若の法華経以前の四味の諸河は水が竭きてしまっても、法華経の大海だけは水が少しも減ることはない。こう説き終わって後、次にまさしく仏の本意を述べて「わが滅度の後、後の五百年の中に、この経を広く世界の内に流布させて、断絶させてはならない」と定められたのである。
[31]この経文の意味をよく考えてみると、「わが滅度の後」の次の「後」の字は、四十余年の間に説かれた諸経が滅びつきた後のことを「後」といわれたのである。それゆえに法華経の流通分である涅槃経の寿命品に「この無上の仏法の流布をもろもろの菩薩たちに委嘱する。菩薩たちは問答に巧みだからである。この教法は久しく世に存続して、無量の千世の未来までも教えはさかんであって、衆生を利益し安穏にしつづけるであろう」といわれている。これらの経文によれば、法華経・涅槃経は無量の百年にも絶えることのない経である。このことを知らない世間の学者が、方便である大集経の「第五の五百歳には仏法が滅びる」とある経文に法華経をあてはめて、法華経・涅槃経は浄土三部経より前に滅びてしまうと思うのは、法華経一部の経文の前後始終の大綱を知らないための誤った解釈である。
[32]問うていう、上にあげた曇鸞・道綽・善導・恵心などの諸師は、みな法華・真言などの諸経を末代の時・機に合わない教であると解釈した。これら先師の解釈にもとづいて法然房源空とその弟子は、法華・真言の教法を往生の役に立たない雑行といい、難行道として斥け、その行者を群賊とも悪衆とも悪見の人とも罵り、また聖光房は祖父の履物を孫がはくようなもので役に立たないといい、南無房は絃歌は人の心を慰めるが法華・真言は何の役にも立たない教えだといった。これらの意見は要するに法華・真言などは末法の時機に合わないということである。これらの人びとの解釈をどのように考えたらよいのであろうか。答えていう、釈迦如来の一代五十年の説教については、釈尊みずからが方便と真実の二教を区別し、方便経を捨てて真実経に入れと明瞭に述べられている。ゆえに「もしただ仏乗の教えだけを賞め讃えたならば、衆生は理解できないで苦しみに沈むであろう」(方便品)という道理を恐れて、とりあえず四十二年の間は方便経を説かれたけれども、「もし小乗の教えによって、ただ一人でも教化すれば、仏は法を惜しむの罪を犯したことになる」過失を脱れるために、「真実の大乗に入ることが本来の目的である」考えによって、ついにこの目的を達成するために法華経を説かれたのである。その後、涅槃経の如来性品で「わが滅度の後には、必ず衆生の拠りどころとなる導師を遣わして、方便・真実の二教を弘めさせるであろう」と約束されたのである。この約束に応えて、竜樹菩薩は仏の滅後八百年に世に出て、十住毘婆沙論などの方便の論書を作って華厳・方等・般若などの方便の大乗経の意味を述べ、次に大智度論を作って般若経と法華経との相異を分別し、真実の大乗たる法華経が般若経よりもすぐれていると判定された。天親菩薩は仏の滅後九百年に世に出て、倶舎論を作って小乗経の意味を述べ、次に唯識論を作って方等部の意味を述べ、最後に仏性論を作って法華経と涅槃経の意味を述べて、了義経と不了義経とを分別した。このように、竜樹・天親などは決して仏の御遺言に背くことなく、先に方便経の意を述べ、最後に法華経・涅槃経の意を説いたのである。しかし、後世の論師や訳者の時になると、それぞれ方便経に執着して、真実経の文を曲げて方便経に入れたので、方便と真実とが混雑して区別がつかなくなってしまった。これから仏教の信仰が混乱するという状況が生じたのである。また中国の諸宗の人師の時になると、それぞれ自宗の拠りどころとする経を根本として一切経を読んだから、他経をすべて方便経としたのである。かくして論師も訳者も人師もいずれもますます仏の御意に背くことになったのである。
[33]ところが浄土宗の三師の中でも、曇鸞と道綽の二人はともに十住毘婆沙論によって、仏一代の仏教を難行道と易行道、聖道門と浄土門に分けたのである。しかし、もし十住毘婆沙論に相違して、勝手に法華・真言などを難行道・易行道の区別の対象にしているのならば、この人びとの説を信用することはできない。そこで曇鸞の浄土論註や道綽の安楽集を調べてみると、だいたいは十住毘婆沙論の意に背くことなく説いている。善導和尚も浄土三部経によって、南無阿弥陀仏という称名の一行と西方極楽往生の一願とを説き勧めたのであるが、梁・陳・隋・唐の四代の摂論宗の人びとが、四意趣を立てて一代聖教を分別する時、念仏称名の行を別時意趣と判定したことが善導の考えと相違していたから、摂論師を破斥する時に彼らを指して群賊などにたとえたのである。それは摂論師が死後は必ず極楽に往生するという念仏の功徳を妨げたからである。また摂論師はさまざまな修行によっても極楽往生ができるというから、彼らの修行を雑行といったのである。またこの諸行による往生の教えを始めたのも摂論師であったから、これを「千人に一人も往生することはできない」と斥けたのである。だから善導が雑行といったのは摂論師に対してであって、決して法華・真言などを雑行の中に入れたのではない。
[34]日本国の恵心僧都源信は、比叡山第十八代の座主である慈恵大師良源の御弟子である。多くの書物を作ったのは、みな法華経を弘めることを目的としていた。往生要集を作った目的も同じである。源信は、法華経以前の四十余年の諸経の中に往生を説く経と成仏を説く経の二種があり、その成仏の難行を捨てて往生の易行を選んだのであるが、その往生の行業の中でも菩提心を磨く観念の念仏を最もすぐれたものとした。それゆえに第十章の問答料簡の第七番に諸行の勝劣を判ずる時には、念仏を往生のための最勝の行と判定した。そして次に法華経以前の四十余年の諸経の中では最勝の行である念仏と、法華経の一念信解の功徳とを比べて勝劣を判定する時、一念の信心の功徳は念仏三昧よりすぐれること百千万倍であると決定した。そこで往生要集を作った源信の真意は、四十余年の方便経の中では最上の念仏を、法華経の最下の功徳と比べ、法華経の方がすぐれていることを明らかにして、すべての人びとに法華経を信じさせようとすることにあったことが知られる。それゆえに恵心僧都は往生要集の後に一乗要決を作って、自分の本当の信仰を述べた時には、法華経を根本とされたのである。つまり恵心僧都は法華経を捨てて念仏を信じよと説いたわけではないのである。
[35]ところが源空やその弟子たちはこのわけを知らないで、曇鸞・道綽・善導が破斥のために立てた難行道・聖道門・雑行や、源信が往生要集の序文に述べた顕密二教の中に法華・真言を入れて、三師と源信とを法華・真言の謗法の人としてしまった。そのうえ、日本国じゆうの一切の出家や在家の人びとに、法華や真言の教えは深すぎて末法の時機には合わない教えであると教えて、彼らが法華・真言と縁を結ぶことのできないようにしたのである。これは仏が法華経勧持品に予言した「悪世の中の比丘は、邪な智恵にたけ、心は曲がっている」といわれた人ではないだろうか。もしそうならば、仏が法華経譬喩品に説かれた「もしこの経を信ぜず謗るならば、一切世間の成仏の種を断ち切って、死後は無間地獄に堕ちるであろう」という罪を免れることはできない。そのうえ、比叡山の門流・三井寺の門流・東寺の密教・天台の密教、さらには日本国じゆうの法華経や真言経を学ぶ人びとを、群賊や悪衆、悪見の人などにたとえた源空の罪は極めて重く、いつの世になってその罪の報いを消すことができるであろうか、とてもその日が来ようとは思われない。法華経の法師品にこの法華経を持つ者を罵る罪を説いて、「もし悪人がいて、善くない心から仏の眼前で一劫の長い間、常に仏を毀り罵っても、その罪はまだ軽い。もし人がいて、法華経を読誦する出家や在家の人をたった一つの悪言で毀り罵ったとしたら、その罪は極めて重い」という。ただ一人の法華経を持つ者を罵る罪でさえも仏を罵る罪よりも重いというのである。まして源空のように書物を作って、日本国じゅうの人びとに法華経を持つ者を罵らせた罪はどれほど重いであろうか。そのうえ、法華経によって修行をしても千人に一人も覚りを得る者はないなどといって、法華経を信じ修行している人に疑いの心を起こさせた罪はどうであろうか。まして、法華経の真実経を捨てて観無量寿経などの方便経に移らせる謗法の罪はどうであろうか。これらの罪は実に重いのである。どうか源空のすべての弟子・信者たちよ、すみやかに選択集の邪な教えを捨てて法華経の信仰に入って、今度こそ無間地獄の苦しみを脱れるよう、よく考えなさい。
[36]問うていう、源空が法華経を誹謗したという明瞭な証文は何であるか。答えていう、法華経第二巻の譬喩品に「もし人がこの経を信じないで謗ったならば、一切世間の成仏の種を断ち切る人である」とある。不信ということの様相は、人に法華経を捨てさせることである。それゆえに天親菩薩の仏性論第一にこの文を解釈して、「もし大乗を憎んだり背いたりする者は、不成仏の一闡提となる原因である。それは自分一人でなく衆生に大乗の法を捨てさせるからである」と述べている。謗法の様相は、人にこの法を捨てさせることである。選択集は人に法華経を捨てさせて罪を作らせるところの書物ではないか。「閣けよ、抛てよ」という二字は、仏性論の「憎み背く」という二字と同じではないか。また法華経を謗る様相としては、法華経を四十余年の諸経と同等に取り扱い、方便品の「小善でも成仏する」という経文を、別時意趣であると判定したことなどである。ゆえに天台大師は法華文句の巻五に「もし法華経の小善成仏を信じないならば、世間の人びとの成仏の種を断つことになる」と解釈され、妙楽大師は法華文句記の巻五に重ねてこれを注釈して、「この法華経は広く地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道の衆生にも成仏の種があまねく存在していると明かしている。それゆえに、もしこの経を謗るならば、一切世間の成仏の種を断つことになる」といわれている。以上のように、釈迦・多宝・十方の諸仏や天親・天台・妙楽の意見から考えてみると、源空はまさしく謗法の者であるといわねばならない。要するに選択集は、世間の人びとに法華・真言を捨てさせようと思いきって書かれた書物であって、謗法の書物であることは疑いないのである。
三 選択集の謗法の理由について
[37]大段の第三に、選択集が謗法であることの理由を説明しよう。問うていう、何を証拠として源空を謗法の人というのであるか。答えていう、選択集をよく読めば、それが謗法の書であることは明らかである。選択集の文章を見ると、まず一代の聖教を二つに分け、一を聖道門・難行道・雑行とし、一を浄土門・易行道・正行としている。その中の聖道・難行・雑行に属する経は、華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃・大日経などである〈取意〉。浄土・易行・正行とは、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経に説く称名念仏の教えである〈取意〉。その聖道・難行・雑行の教えの欠点を批判しては、もし末代の凡夫がこれを修行しても百人にわずか一人か二人、千人にわずか三人か五人はあるいは往生をする者もあろうが、それは特別にすぐれた機根の人に限るのであって、普通には千人に一人も往生する者はないのであるといい、あるいは聖道の人びとを群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人であると断定しているのである。これに対して浄土・易行・正行の長所を述べるには、末代の凡夫がこれを修行すれば、十人は十人、百人は百人、すべて浄土に往生できるであろう、といった。謗法の邪義といったのはこのことである。
[38]問うていう、仏一代の聖教を聖道門と浄土門、難行道と易行道、正行と雑行に分けて、その中の聖道・難行・雑行を末代の時機に合わない教えであるというのは、ただ源空一人が新しく言い出したことではなく、中国の曇鸞・道綽・善導の三師の意見でもある。またこの三師の勝手な私の考えではなく、その源は竜樹菩薩の十住毘婆沙論から出たのである。もし源空を謗法の者というならば、竜樹菩薩や中国の三師もみな謗法の者ということになるのではないか。答えていう、竜樹菩薩や三師は、法華経以前の四十余年の経々について難行・易行などの区別を立てたのであって、法華経などを含めていなかったことは、すでに前に述べた通りである。ところが源空が選択集を著わして以来、竜樹や三師が用いた難行・易行などの語を借りて意味を変え、法華経や真言経までも難行や雑行などの内に入れてしまったのである。源空の弟子たちは、師源空の犯したこの過失を知らないで、この邪義を正しい教えだと思いこんで、日本国じゅうに弘めたので、国中の万民はみな法華・真言などは末代の時機に合わない教えだと思うようになった。そのうえ、さらに罪深いことには、世間の名誉や利欲を望む天台や真言の学者たちが、世間の人びとの情にへつらって、自分の宗旨とするところの法華や真言は時機に合わないなどと悪言を吐いて、かえって自分たちの敵である選択集の邪義を助け、念仏の流布に力を貸し、一時のつまらぬ欲心から、釈迦・多宝・十方の諸仏が合議して決定された法華経宝塔品の「正法を久しくこの世に存続させる」、薬王品の「この世界に法華経を広く宣べ伝え流布させる」との仏の金言を破り、一切衆生に三世十方の諸仏が舌を梵天につけて真実を証明されたその舌を切る罪を犯させたのである。この罪はまことに大きいものといわなければならない。これはすべて勧持品にいう「悪世の中の僧は邪な智恵にたけ、心は曲がって、まだ覚っていないのに覚ったなどと思い、(中略)悪魔にその心を奪われ、仏が衆生の機根に応じて説かれた方便の教えであるかどうかを知らない」ところにもとづくものである。
[39]問うていう、竜樹菩薩や三師が法華・真言などを難行・聖道・雑行の内に入れなかったのに、源空が私に勝手に入れたというが、それはどうしてわかるのか、その証拠は何か。答えていう、それは遠いところに証拠を求めるまでもない。選択集を見れば源空の自分勝手な意見だという証拠は明白である。問うていう、その証文は何か。答えていう、選択集の第一篇を開くと、「道綽禅師が聖道・浄土の二門を立てて、聖道を捨てて正しく浄土に帰せよと勧める文」と標題を掲げて、次に安楽集の文を引いて、さらに「私に云わく」と源空自身の意見を述べている。その中に「まず聖道門とはこれに二つある。一には大乗で、二には小乗である。大乗の中にも顕教と密教、方便教と真実教などの区別があるが、今この安楽集では、ただ顕教大乗と方便大乗とだけを聖道門に入れている。ゆえにこれらの教えは、長い間修行して成仏する遠まわりの修行である、といって道綽はこれを破したのである。しかし今、これに準じてこれを考えてみると、密教大乗も真実大乗も聖道門の中に入れるべきであろう」とある。このように選択集の本文には明言している。この文の意味は、道綽禅師の安楽集は、法華経以前の大小乗経だけを対象として聖道・浄土の二門を分けたのであるが、源空は自分の考えでは法華・真言などの真実大乗や密教大乗をも四十余年の方便大乗と同じように聖道門に入れるべきであろうというのである。これは源空の自分勝手な解釈であって、「これに準じてこれを思うに」の四字によって源空が勝手な解釈をしたことは明白である。こういう考えであるから、曇鸞の難行・易行の二道を引く時も、勝手に法華・真言を難行道の中に入れてしまい、善導和尚の正行・雑行を分別する時も、また勝手に法華・真言を雑行の内に入れてしまったのである。総じて選択集の十六段にわたって無数の謗法を犯した根源は、この「これに準じてこれを思うに」の四字にあるのである。「これに準じて」といって、仏や先師の説を曲げて自分勝手な意見を述べた選択集の解釈は誤りであり、世間の多くの人を迷わせた謗法の罪の報いは恐しいことである。
[40]そこで源空の門弟たちが師の邪義の悪評を救うためにいうには、諸宗の常の習いとして、たとえ経論に確かな証拠の文がなくても、教義の似ているものを集めて一箇所に置くということは、どの宗にもよく見られるところである。しかも選択集は法華・真言などを集めて雑行の中に入れて、念仏の正行と比べてこれを捨てたけれども、決してその経のすぐれた教理そのものを否定するものではない。ただ教養もない末代の衆生を常に生死の苦海に沈む凡夫と定めて、こういう人びとに対して修行しやすい法を選ぶ時に、称名念仏が適当であるとして、この修行が諸教にすぐれていると立てたのである。教法が方便であるか真実であるか、教理が浅いか深いかを明らかにしようとしたのではないのである。また雑行といっても否定するために雑といったのではなく、ただ念仏の正行に対してその修行が単純でないのを雑といっただけである。そのうえ、もろもろの経論や諸師もこのような意見がないわけではない。そういうわけで、比叡山の先徳である恵心僧都の往生要集にもその意向が見える。往生要集の序文には、「顕教や密教の教法はその文が少なくない。修行や観念の行もまた多くある。しかし、これらの修行は智恵のすぐれた精進努力する人にはそれほど困難ではないだろうが、自分のような愚かな者にはとうてい無理である。だから念仏の一門に依るのである」とある。この序によれば、恵心先徳も法華や真言の教義を破したのではなく、ただわれらのような愚かな者には、法華・真言は聞くに堪えがたく、修行しがたいから止めたのである。わが身が鈍根であるから法華・真言を止めたのであって、決して教理を否定したのではないのである。さらに要集は序文の次に本論を十章に分けているが、その第八章に「念仏を勧めることは、その他の種々の妙行を否定するのではない。ただ男女・貴賤にかかわらず、歩く時も止まる時も坐る時も臥る時も、いつでもどこでもどんな場合でも、修行しやすく、ついに最後臨終の時には西方極楽の往生を願うのに大変に都合のよいのはこの念仏が一番である」と述べている。これらの文を見れば、源空の選択集と源信の往生要集とは、一巻と三巻との違いはあっても、一代聖教の中から易行を選び出して、末代の愚人を救おうとする意向はまったく同じである。だからもし源空上人が真言や法華を難行道といったために地獄に堕ちるならば、恵心先徳もまた同じく地獄に堕ちる罪を免れることはできないであろうが、どうであるか。
[41]答えていう、汝は師の源空の謗法の罪を救おうとして、源信の往生要集を口実にして、かえってますます謗法の重罪を重ねている。その理由を説明しよう。釈迦如来は五十年の説教について、前の四十二年の説教の意味を無量義経に定めて「険しい道を行くのにいろいろな障害が多いようなものである」といい、次に無量義経以後の説教を定めて「まっすぐな広い道を行くのに何の障害もないようなものである」といわれた。これは仏みずから難易・勝劣の二道を区別された言葉である。だから仏以外の、仏の次に高位の等覚の菩薩から末代の凡師にいたるまで、自分の考えで難易の二道を分けて、無量義経の仏の言葉に背く者は外道や魔王の人をあざむく説教と同じである。それゆえに、仏滅後の四依の大士の一人である竜樹菩薩は十住毘婆沙論で、法華経以前の経について難行・易行の二道を分けたが、決して四十二年以後の法華経などを難行道とはいわなかったのである。そのうえ、もし修行しやすいのを易行というのならば、法華経随喜功徳品に五十人の人に順次に教えを聞き伝える功徳を説く五十展転の行は、称名念仏より修行しやすく功徳の多いことは百千万億倍である。もしまた功徳のすぐれたのを易行というのならば、法華経分別功徳品に、法華経以前の四十余年の経による菩薩の行である六波羅蜜のうち、般若波羅蜜を除いた布施・持戒・忍辱・精進・禅定の五波羅蜜を八十万億劫の間修行する功徳と、法華経の一念信解の功徳とを比べて、一念信解の功徳は念仏三昧などの五波羅蜜にすぐれること百千万億倍であるという。修行の難易の勝劣においても、修行が浅くて功徳が深いことからいっても、観無量寿経などの念仏三昧を法華経の修行に比べると、念仏三昧の方が難行中の極難行であり、劣行中の極劣行である。そればかりでなく、悪人や愚人を救うというのも、ただ易行を修行すればよいのではなく、実は教法の浅いか深いかによるのであって、教法の深くすぐれたものほど、重罪の者を救うことができるのである。十二年間に説かれた阿含経の戒律を主として説く教えも、殺生・偸盗・邪淫・妄語の四重罪や、父を殺し・母を殺し・僧を殺し・仏の身を傷つけ・僧団の和合を破る五逆罪の者は、その身のままでは仏に成ることはできないと定めている。しかし華厳経や方等経・般若経・無量寿経などの諸大乗経は、小乗の阿含経よりは教えが深いので、智恵の修行を説く時にはこれらの重罪を犯した者をも救うけれど、戒律の上では七逆罪を犯した者には今生に戒を受けることさえ許さない。しかし二乗と性分の定まった者や仏性のない不信謗法の者に対しては、戒律の上でも智恵の修行の上でも、受戒も得道も許さないのである。これに対して、法華経・涅槃経などはただ五逆・七逆・謗法の者を救うばかりでなく、成仏できないと定められた二乗も仏性がないといわれた闡提も、ともに救うのである。ことに末法の時代は生死の苦海に沈んで浮かび上がれない常没の闡提といわれる信を欠く者が多いから、どうして観無量寿経などの四十余年の方便経によって救うことができようか、できるはずがない。仏性のない闡提や成仏できないと定められた二乗の救済は、法華経・涅槃経だけに限られるのである。それを四十余年の方便経に依る人師たちは、その方便経で救うことのできる機根の者を取っているにすぎないのである。この人たちは仏一代の教法の浅深勝劣を考えるという仏教の根本を知らないから、機に合わせて教を選ぶという誤りを犯すことになったのである。
[42]しかし往生要集のことについては、一応序文を見ると、法華や真言などを顕教・密教の中に入れて、末代の機には教えが深すぎて合わないと書いているように見えるが、本文の一部三巻を始めから終わりまでくわしく調べてみると、第十の問答料簡の段の第七でまさしく諸行の勝劣を判定する時、観仏三昧経・般舟三昧経・十住毘婆沙論・宝積経・大集経などの法華以前の四十余年の方便の経論を引いて、一切の修行に対して念仏三昧が最勝であるといっている。そして最後に一つの問答があって、四十余年の最勝の禅定である念仏三昧を法華経の一念信解の功徳に比べると、百千万億倍劣っていると定められた。また次に答える時、念仏三昧を一切の修行にすぐれるというのは四十余年の方便経の範囲内でいうことであるといっている。こうしてみると、恵心僧都が往生要集を作った目的は、末代の愚かな機根を調えて、次第に法華経へ導き入れるためであったと知らなければならない。たとえば、仏が四十余年のあいだ方便の経を説いて愚かな機根を調えて、法華経に導き入れたのと同じである。
[43]それゆえに恵心僧都は最後に一乗要決を作って法華経を弘めたのである。その序文に「一乗と三乗の教えが方便か真実かの問題は古くからの争いで、いずれも経論を証拠としてお互いに自分がすぐれていると相争っている。寛弘三年(<暦>一〇〇六暦>)の冬十月、自分は病中に歎いていうには、値いがたい仏法に縁があって値うことができても、仏の御心をよく理解できないでいる。もしこのまま何もしないで空しくこの世を終わってしまうならば、後に後悔しても及ばないであろう。そこで自分は経論の文句や意味を知り、昔の賢人や哲人が経論について注釈した書物を知りたいと思って、あるいは弟子たちに調べさせたり、あるいは自分で考え選択したりして、自分の宗や他の宗に執着する偏った考えを完全に捨てて、もっぱら仏の方便の智恵と真実の智恵の奥深いところを探究してみると、一仏乗の教えこそが真実であって、人間・天上・声聞・縁覚・菩薩の五乗の差別を説く教えは方便の説であることを知ったのである。もはや自分は今生の迷いを開くことができたのであるから、もう今夜に死んでも思い残すことは何もない」と書いてある。この序文の意味は、恵心僧都の本心を言い表わしたものである。自分の宗や他の宗に偏った考えを捨てたというのであるから、浄土の法門をも捨てたに違いない。一乗真実の理を得た時は、もっぱら法華経によって信心を決定したのではないか。源信僧都は永観二年(<暦>九八四暦>)冬十一月に往生要集を作り、寛弘三年冬十月の頃に一乗要決を作った。その間は二十余年を経ている。先の往生要集は方便であり、後の一乗要決は真実である。これは仏の先権後実の説法の次第と同じであり、また竜樹や天親や天台などの諸先師とも同じである。汝は往生要集を助証として師の源空の謗法の罪を救おうとしているが、往生要集と選択集とはその教義の種類はまったく異なっている。要集は仏の化導に順ずるものであるが、選択集は方便に依って真実を捨てて仏の化導に背くものである。また汝は教義の種類が似ているから一箇所に集めたというが、いったいどこが類似しているというのか。法華経と四十余年の諸経とはまったく教義の種類を別にするのである。華厳経は二乗を差別してその成仏を許さないから十界互具の教理が成り立たない。方等・般若の諸経もまた同じく十界互具を説かない。十界互具を説かないから観無量寿経などに説く往生極楽の教えも、方便の往生にすぎないのである。四十余年の経々に説く成仏や往生の教えは、いずれも法華経に説かれるような往生や成仏ではなく、みな別時意趣といって功徳を積めば未来にいつか往生や成仏ができるというものにすぎないのである。
[44]その上、源信僧都の意向が、行往坐臥の日常の行ないの上で修行しやすいから念仏が易行であり、行住坐臥の四威儀に修行しがたいから法華経は難行であると判定したのならば、源信僧都は天台大師や妙楽大師などの天台宗の祖師の解釈を破る者になる。その理由は、妙楽大師は摩訶止観弘決に法華三昧を説明する時、末代の鈍根無智の者が法華経を修行すれば、普賢菩薩や多宝仏や十方の諸仏を見たてまつることができるから易行であると定められて、「散乱の心で法華経を読んでもよい、禅定三昧に入って精神を集中しなくてもよい、坐るにも立つにも歩くにも、ただ一心に法華の文字を念じていればよい」といわれたことに背くからである。この解釈の意向は、ただひたすら末代の愚者を救おうとするにある。文に「散心」というのは「定心」に対する語で、日常の散乱の心の意味である。「法華経を読む」というのは法華経の八巻・一巻・一字・一句・一偈を読み、題目を唱え、また最初の一心・一念に随喜の心を起こす者、また五十人が次第してこの経を聞き伝えるなどをいうのである。「坐立行」とは、行住坐臥の四威儀を嫌わないことで、どのような場合でもよいのである。「一心」というのは、精神を統一しての一心でもなく、心の内にある理性の一心でもなく、散乱している日常の心の一心である。「法華の文字を念ずる」とは、法華経の文字は諸経の文字とは異なり、すべてを備えて欠けることがないから、たとえ一字を読んでも仏の八万宝蔵の文字を含み、一切の諸仏の功徳を納めているのである。
[45]ゆえに天台大師は法華玄義の第八巻に「手に経巻を持たなくても常にこの経を読み、口に言語や音声を発していないでも広く諸経を読み、仏が説法されないでも常に仏の清浄の御声を聞き、心に思惟しないでも広く法界を照見している」といわれたのである。この文の意味は、たとえ手に法華経一部八巻を持たなくても、法華経を信ずる人は昼夜十二時に法華経を持つ人と同じである。たとえ口に読経の声を出さなくても、法華経を信ずる人は日々時々念々にたえまなく一切経を読む人と同じである。仏の御入滅からすでに二千余年を経ているが、法華経を信ずる人の所には仏の音声を残して、時々刻々念々に「われ常にこの娑婆世界にあり」という仏の不滅の御声を聞かせるのである。心に一念三千の観法を念じなくても、この人は広く十方世界を照らし見る人である。このような功徳はただ法華経を修行する人だけに備わっているのである。それゆえに法華経を信ずる人は、たとえ臨終の時に心に仏を念じなくても、口に経を読まなくても、修行の道場に入らないでも、理を究める心がなくても法界を照らし、声なくして一切経を読み、経巻を持たなくても法華経八巻を手に握る功徳があるのである。これこそ方便教の念仏者が臨終正念を願って十回の念仏を唱えるよりも百千万倍もすぐれた易行ではないか。ゆえに天台大師は法華文句の第十巻に「すべてが諸教の功徳にすぐれているから随喜功徳品と名づける」といわれ、妙楽大師は法華文句記の第十巻に、法華経は諸経より浅い愚かな機根を相手とするのに、諸宗の人師たちがこの意味を知らないで、法華経の機根はすぐれた者であると思うのを破斥して「おそらくは誤って解釈する人が、初心浅行の者にも大きな功徳のあることを知らないで、上位の者でなければ修行ができないと思って、初心浅行の者を軽んじている。それゆえに今は初心の修行は浅くても功徳の深いことを示して、この経の力のすぐれていることを顕わすのである」といわれている。この「経の力のすぐれていることを顕わす」という文の意味は、法華経は観無量寿経などの方便経よりも経力がすぐれているから、修行は浅くても功徳は深いと述べて、浅い愚かな機根を救い取ろうとした文である。もし恵心僧都が法華経を念仏よりも難行であると定めて、末代の愚かな者や頑固で愚鈍の者を救えないというならば、おそらくは逆路伽耶陀といって祖師である天台大師や妙楽大師に背く罪を犯したことになろう。また妙楽大師の誡めている「おそらくは誤って解釈する者」の語の中に入る者になるであろう。
[46]およそ天台大師の法華玄義・法華文句・摩訶止観の三大部と妙楽大師の三大部の注釈書の意見は、法華経は諸経の救いに漏れた愚者・悪人・女人・生死の苦海に沈む断善根の者などを救いあげる経であるというのである。ところが他宗の人師はこの仏の御心を知らないから、法華経を諸経と同じと思ったり、あるいは法華経の教えを聞くことのできる人は、仏の境界にいたるまでの五十二の階位の中でも、初地・初住以上の高い位の者としたり、あるいは法華経で凡夫が仏に成るといっても別時意趣だと思ったりしている。これらの邪義を破斥して、人間・天上・地獄・餓鬼・畜生・修羅の六道輪廻の人びとこそ法華経を受けるべき機であると定め、種類種・相対種の二種の開会を説いて、過去の善悪を仏種として肯定するのである。人間や天上界に生まれるほどの人は、必ず過去に五戒や十善の善根を積んだ人であるから成仏するのは間違いないと定められたのである。もし恵心僧都がこの意見に背いて法華経は末代の衆生に合わないと考えたならば、天台宗を知らない人といわなければならない。
[47]ところが源空はこの教法と機根との関係を理解できなかったので、往生要集を読んでも間違った考えを起こして、自分も誤り他人をも誤らせたのである。たまたま前世に善根を積んだ功徳によって法華の真実教を学びながら、源空は自ら退転して方便教の念仏に入り、一切衆生に勧めて方便教の念仏に移らせ、その上に真実教を破斥させたのである。これはまさしく悪師ではないか。寿量品に説く久遠の昔に法華経を聞いて成仏の種を植えた者が五百塵点劫の間六道に輪廻し、化城喩品に説く大通仏の昔に法華経を聞いて成仏の縁を結んだ者が三千塵点劫の間生死を輪廻しているのは、法華の大教を捨てて四十余年の方便経や小乗経に移ったからであり、後にはついにそれさえも捨てて六道に輪廻することになったのである。不軽菩薩を軽んじ毀った衆生は千劫の長い間無間地獄に堕ちて苦しみを受けたが、これは方便経を弘める悪師を信じて真実経を弘める善師を誹謗した罪によるのである。ところが源空はただ自分自身が真実経を捨てて方便経に入ったばかりでなく、他人をも勧めて真実経を捨てて方便経に入らせ、また方便経の人を真実経に入らせないようにし、そのうえ真実経の行者を罵った謗法の罪は、未来永劫に無間地獄に堕ちて浮かび出ることはできないであろう。
[48]問うていう、十住毘婆沙論は仏一代の聖教に通じる論書である。ゆえに難行・易行の二道の中に法華経や真言経や涅槃経も入るべきなのに、どうして入れなかったのか。答えていう、仏が一代五十年に説かれたもろもろの大乗経において、華厳経には仏成道の最初三七日に寂滅道場で悟りの境地を直接説かれた初頓の華厳経と後に各処において説かれた後分の華厳経とがあるが、その初頓の華厳の会座には二乗を交えないから、二乗の成仏を論じていない。方等部の諸経は二乗や仏性のない不信の者の成仏を否定している。般若部の諸経も同じく二乗の成仏を説いていない。およそ四十余年のもろもろの大乗経の意見は法華経・涅槃経・大日経などとは異なり、二乗や仏性のない不信の者の成仏を許さないのである。これらから考えてみると、四十余年の諸経と法華経との相違は水と火とのようである。また仏滅後の論師である竜樹菩薩や天親菩薩はともに千部の論を作った人たちである。その論に、通じて諸経の意を述べたものと、別して一経の意を述べたものとがある。また通論の中にも四十余年の諸経だけに通じる論と仏一代五十年のすべてに通じる論との二種がある。その区別の基準は決定性の二乗と仏性のない不信の者との成仏を許すか許さないかにあり、これによってその論が四十余年の諸経に関する方便の通論か、法華経などの真実の通論かを判定するのである。そこでこの基準からみると、大智度論は竜樹菩薩の作で羅什三蔵の翻訳である。この論は般若経の説を述べる時は二乗の成仏を許さないが、法華経の説を述べる時は二乗の成仏を許すのである。ゆえに大論は一代の通論で方便・真実二教にわたっていることが明らかである。十住毘婆沙論も同じく竜樹菩薩の作・羅什三蔵の翻訳であるが、この論は二乗の成仏をまったく認めない。ゆえに十住毘婆沙論は法華経以前のもろもろの大乗経の意見を述べた方便の通論であると知らなければならない。ゆえに難易二道を分ける時にも法華・涅槃などは除かれるのである。
[49]問うていう、十住毘婆沙論のどこに二乗の成仏を許さないという文があるか。答えていう、十住毘婆沙論の第五巻の易行品に「もし声聞や縁覚の境地に堕ちたならば、それは菩薩の死を意味する。それは、慈悲心を殺した菩薩は一切の自利・利他の利益を失うことになるからである。たとえ地獄に堕ちたとしても畏れることはないが、もし二乗地に堕ちたならば大いに畏れなければならない。たとえ地獄に堕ちてもついには仏と成ることができるけれども、二乗地に堕ちたならばついに仏に成る道を断つのである」という。この文は十住毘婆沙論が二乗の成仏を許さない明らかな文証であって、ちょうど浄名経(維摩経)などに二乗は「仏法の中では成仏の芽の生じないことは腐敗した種のようなものである」とあるのと同じである。問うていう、大智度論は般若経に依る時は二乗の成仏を許さず、法華経に依る時は二乗の成仏を許すというが、その証文は何であるか。答えていう、大智度論の第百巻に「問う、このほかに般若経よりすぐれたどのような仏法があって、般若経を声聞の阿難に委嘱し、他の経を菩薩に委嘱するというのか。答う、般若経は仏が心の内に深く秘していた大事の法ではない。法華経などは阿羅漢果を得た決定性の声聞の未来成仏を説くから、大菩薩だけがこれを受持し活用することができる。たとえば、非常にすぐれた医師だけがよく毒を変じて薬とすることができるようなものである」とあり、また第九十三巻には「阿羅漢果を得た決定性の声聞の成仏は、論師たちの理解できることではない。ただ仏だけが知っている」とある。これらの文によれば、論師たちも先に方便を述べ、後に真実を説いたのであって、ちょうど仏の説法の次第と同じである。
[50]ところが方便経による人師たちは、それを知らないで勝手に法華経などを観無量寿経などの方便説と同じだとし、また法華経や涅槃経などの教えを取って浄土三部経の徳分として、成仏できないと決まった二乗や仏性を失った闡提や常に生死の苦海に沈む凡夫の往生を認めているが、これは方便と真実の区別を混乱した罪を脱れることはできないのである。たとえば、中国で外典を学ぶ儒者が内典の仏教の教えを盗み取って自分の経典を飾るのと同じで、謗法の罪は脱れがたいのである。そもそも仏は自ら方便と真実の二教を分けられたが、その根本的基準は成仏できないと決まった二乗と仏性のない衆生とに成仏を許すか許さないかにある。ところがこの道理を知らない訳者は、四十余年の経々を翻訳する時、二乗や仏性のない者の成仏を許すように訳してしまった。しかし、この道理を知っていた訳者は四十余年の経を訳す時に二乗や仏性のない者の成仏は許さないのである。すでに訳者の中に仏一代の経の方便と真実の区別を知らない者があって、方便と真実とを混乱した翻訳をしたために、これによって仏の御心を覚らない人師たちは、四十余年の経にも二乗や仏性のない者の成仏が説かれていると考えて、法華経と四十余年の諸経とを同じであるとした。また四十余年の諸経に二乗や仏性のない者の成仏を否定する経文があるのを見て、これが正しい了義経であり、一切衆生の成仏を説く法華経や涅槃経は正しくない不了義経であるとする者もあった。これらはいずれも仏の御心を知らない人であり、方便と真実の二経の区別に迷える人である。このような誤りはただ源空一人だけでなく、インドの論師や訳者から中国の人師たちにも同じようにある。たとえば、地論宗や摂論宗の人たちの別時意趣や、善導・懐感の「法華経に一度南無仏と唱えて成仏したとあるのは別時意趣である」というのは、みな方便経と真実経との区別を知らないことから起こった誤りである。論を作った菩薩や経を訳した訳者、三昧を修して覚りを得た人師でさえこのように誤りがあるから、まして末代の凡師に誤りがあるのはいうまでもないことである。
[51]問うていう、汝は日本の末学の身でありながら、どうしてインドの論師や訳者、中国の人師たちを破斥するのであるか。答えていう、そのような非難をしてはならない。摂論宗の人や善導などの解釈は、方便と真実との二教の区別を知らないで、自分勝手に法華経の成仏を別時意趣と判定した。それゆえに天台大師や妙楽大師の解釈とは水と火のような相違があるから、とりあえず人師たちの意見の相違をそのままにしておいて、直接にその意見の基となった経論について是非を調べてみると、方便教と真実教との二教の区別は仏説に明らかであって、天親や竜樹などの大菩薩も重ねてこれを論じている。ゆえにこれらの仏説や菩薩の説く教義に随う人師は仰いで信用し、これらの教義に背く人師たちの意見は用いないのである。決して自分の勝手な見解で人師の是非を判定したのではなく、ただその意見が仏の御心に相違していることを明らかにしただけである。
四 謗法者を根絶すべき経文の証拠
[52]大段の第四に、謗法の者を根絶しなければならない経文の証拠を提出することについて、これを二節に分ける。一には仏法を国王・大臣および僧・尼・信士・信女の四衆に委嘱することを説明し、二には国内に住する謗法の人を根絶しなければならない証文について説明しよう。
<小見出し>仏法を国王・大臣および四衆に委嘱すること小見出し>
[53]第一に、仏法を国王・大臣や出家・在家の男女に委嘱することを説明すれば、仁王経受持品に「仏が波斯匿王に告げていわれるには、(中略)仏法をもろもろの国王に委嘱して、出家の男女や在家の男女には委嘱しない。その理由は彼らには王のような権力がないからである。(中略)今この経の仏・法・僧の三宝をもろもろの国王や出家の男女と在家の男女に委嘱する」とある。大集経の第二十八巻には「もし国王がいて、わが仏法の滅びようとするのを見て、捨ておいて護ろうとしないならば、たとえ無量世の間に布施・持戒・智恵などの修行をしても、その功徳をすべて失って、国内には飢饉・兵乱・疫病の三種の不祥事が起こり、(中略)死んで後は大地獄に堕ちるであろう」とある。仁王経によれば、仏は仏法をまず国王に委嘱し、次に出家・在家の男女の四衆に及ぼしたとある。ゆえに王位にある君主や国を治める臣下は、ともに仏法によって国を治めなければならないのである。また大集経によれば、王や臣下が仏道のために無量劫の長い間、頭や目まで捧げるような身を捨てて布施したり、八万というほどのあらゆる戒律を厳しく守り、無量の仏の教えを学んだりしても、その国に弘まっている仏法が正しいか誤っているかを判断して、正法を護り、邪法を破斥しないならば、国内には大風・旱魃・大雨などの三災が起こって、万民は国を逃げ出し、王臣は必ず地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろうとある。
[54]また釈尊が双林で入滅される時に説かれた涅槃経の第三巻の寿命品には「今この正法をもろもろの国王・大臣・宰相や出家の男女と在家の男女に委嘱する」。「仏法を護らない者を形だけ剃髪している者と名づける」とあり、また金剛身品には「善男子よ、正法を護るためには五戒を守らなくても、威儀を整えなくてもよい。まず刀や剣や弓矢や鉾などを持つべきである」とあり、また同じ金剛身品の別の箇所には「たとえ五戒を守らなくても、正法を護る人は大乗の人だといえる。正法を護る人は刀剣や杖などの武器を持つべきである」とある。法華経以前の四十余年の間に説かれた梵網経の十重四十八軽戒によれば、国王・大臣・諸人などは一切の刀杖・弓矢・矛・斧などの武器を蓄えてはならないことになっている。もしこの戒に背く者は必ず現世には国王の位を失い、僧や尼の身分を失い、死後には三悪道に堕ちるであろうと定められている。ところが今の世の出家も在家もみな、弓矢や刀杖を身に帯びているから、梵網経の文の通りであれば必ず三悪道に堕ちることは間違いない。ゆえにもし涅槃経の文がなかったならば、今の世の人びとは救われないことになる。またその上、涅槃経の前後の文を読んでみると、弓矢や刀杖を身に帯びて悪法を弘める僧をいましめ、正法を弘める僧を守護する者は、過去世に犯した殺生・偸盗・邪淫・妄語の四重罪や、父を殺し・母を殺し・聖者を殺し・僧団の和合を破り・仏身を傷つける五逆罪などの重罪を消滅して、必ず無上道を覚ることができるであろうと定められている。
[55]また金光明経第六巻の四天王護国品に「ある国王があって、その国にはこの経が伝わっているのに弘めようともせず、その国王も人民もこの経を捨てて顧みようとせず、聴こうともしない。またこれに供養したり、尊重したり、讃歎しようともしない。また出家・在家の男女のこの経を持ち伝え弘めようとする者を見ても、尊んだり供養しようともしない。そこでついにわれら四天王とその従者や多くの天の神々は、この尊くありがたい妙法の教えを聞くことができないので、われらの身を養う正法の甘露の法味を受けることができず、正法の流れに浴することもできなくなり、そのためわれらの権威や勢力もなくなってしまう。そうするとその国は地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣の悪い精神のみが増し、人間界、天上界の善心は減り衰え、人びとはみな生死の迷いの河に落ち、涅槃の覚りの路に背くことになる。世尊よ、われら四天王やその従者や夜叉などは、このような国王や人民の不信の状態を見ては、この国土を捨て去って守護しようとする心を起こさなくなる。ただわれらだけがこの不信の国王を見捨てるだけでなく、この国を守護する多くの諸天善神がいても、みなすべて捨て去ってしまうであろう。すでにわれら護国の諸天や善神がみなこの国を捨て去ってしまえば、この国にはいろいろの災難が起こるであろう。国王はその位を失い、すべての人民は道徳心や宗教心などの善心を失い、縛ったり、殺しあったり、争ったり、互いにそしったり、上にへつらい、罪のない者を罪に陥れるようなことをするであろう。疫病は流行し、彗星がしばしば出て、太陽が同時に二つ現われたり、日蝕や月蝕も一定せず、黒白二つの虹が出て不吉の相を表わし、星が流れたり、地が揺れ動いて井戸の中から異様な声が聞こえたり、季節はずれの暴風雨が襲い、五穀は実らず、常に飢饉が続くなど、天地に不吉な現象が現われるであろう。また外国から多くの賊が攻めてきて国内を侵略し、人民は多くの苦しみを受けて、国じゅうどこにも安心して住む所はなくなるだろう」という。この経文によれば、国土の安穏を祈っても国に三災などが起こるのは、それは悪法が弘まっているからだと知るべきである。今の世はまさにこの通りである。最近はずいぶんと仏教諸宗で国土の安穏を祈っているが、それでも去る正嘉元年(<暦>一二五七暦>)には大地震があり、同二年には大風や大雨があって五穀が実らないような状態であった。これはきっと国を滅ぼす悪法がこの日本国に流布しているからだと考えられる。
[56]選択集の第二段の「雑行を捨てて正行に帰する文」の中に、「第一に読誦雑行というのは、観無量寿経などの浄土往生を説く三部経を除いた以外の大乗小乗、顕教密教の一切の経を信じ持ったり読誦したりするのをみな読誦雑行と名づける」と定めて、また「次に正行と雑行の二行の得失を判定すれば、法華・真言などの雑行は無益であり、浄土三部経は有益である」といい、また次に善導和尚の往生礼讃の「正行を修行すれば十人は十人、百人は百人が往生するが、雑行を修行しても千人に一人も往生できない」という文を引いて、「私の意見を述べれば、いよいよ雑行を捨てて専ら念仏を修行しなければならない。どうして百人が百人往生できる専修念仏の正行を捨てて、千人に一人も往生できない雑修雑行に執着することがあろうか。行者はよくこれを考えよ」といっている。これらの文を見た世間の僧俗がどうして浄土三部経以外の諸経を信じることができようか、誰も諸経を信じる人はないはずである。また次に第三段の「弥陀如来はただ念仏を往生の本願となし給う文」では、法華経などの雑行と念仏の正行との勝劣・難易を判定して、「一には勝劣の意味、二には難易の意味がある。はじめに勝劣の意味をいえば、念仏は勝れ、その他の行は劣っている。次に難易の意味をいえば、念仏は修行しやすく、諸行は修行しがたい」といい、また次に第十二段の「釈尊はただ念仏を阿難に委嘱する文」では法華と真言との無益を判定して、「ゆえに末代の凡夫にとって法華・真言などの諸行は機根と時期に合わない。念仏往生だけが機根に合い時期に叶っている」といい、また法華・真言などの門を閉じよといって「随他方便する時は仮りに定心・散心の門を開くけれども、随自真実を述べる時はこれを閉じる。一度開いたら永久に閉じないのはただ念仏の一門だけである」という。そして最後第十六段に自分自身の本懐を述べて、「すみやかに生死輪廻の世界を離れたいと願うならば、二種のすぐれた教法の中ではとりあえず聖道門を閣いて、浄土門に入らなければならない。浄土門に入るには、正雑二行の中ではとりあえずもろもろの雑行を抛って、正行に帰依しなければならない」といって専修念仏を勧めている。
[57]源空の門弟たちは選択集を日本全国に伝え弘めようとして、世間の無智の者たちに語りかけていうには、「法然上人は智恵第一の人であり、選択集という書物を作って真実の教えは念仏であると定められた。法華経や真言経の教えの門を閉じて後に再び開いてよいという証文はなく、また抛って後に再び拾い取ってよいという証文はない」などと主張したので、世間の出家も在家もみな一同に頭を垂れて信じてしまった。またその教えについて意味を問う者があれば、仮名文字でやさしく書き改めた選択集や、法然上人の伝記を書き与えたりしたので、人びとは法華や真言には非難を加えて、あるいは去年の暦や祖父の履物のように役に立たないといい、あるいは法華経を読むのは音楽を聞くよりも劣るなどというようになった。このような悪書が日本国じゅうに充満したので、法華・真言などの教えは国にあっても、聴聞したいと思う者はなく、たまたま法華・真言などを修行する人があっても、人びとはこれを尊重しようとはしない。専修念仏の人が、法華経などに縁を結ぶのは往生の障りとなるというので、人びとはみな法華経を捨ててしまうようになる。その結果、日本国を守護する諸天善神は妙法を聞くことができなくなり、諸天を養う正法の法味を食することができないので、権威も勢力も失って弱くなり、四天王やその従者もこの国を捨ててしまい、日本国を守護する善神もこの国を捨て去ってしまった。これによって去る正嘉元年(<暦>一二五七暦>)には大地震が起こり、同二年春の大雨では苗を失い、夏の大旱魃では草も木も枯れてしまい、秋の大風では果実を失い、飢饉となって万民は他国に逃げ出すような状態であった。これはまさに金光明経の文の通りである。この罪はまったく選択集にあるのである。仏の御言葉に誤りはなく、悪法が弘まったので国に三災が並び起こったのである。もしこの悪義を根絶せずに放置しておくならば、仏の説かれた通り、一切の衆生は三悪道に堕ちることは間違いないであろう。
[58]ところが自分は近ごろ法華経勧持品の「自分は身命を惜しまない、ただ無上道を惜しむ」という経文を見て、雪山童子や常啼菩薩のような求法の志を起こし、一命にかえても法華経を流布しようと決心して、「選択集を信じて浄土往生を願う人は、かえって無間地獄に堕ちるであろう」と強い言葉で誡めたのである。そうすると法然上人の門弟たちは、前に指摘したような選択集の教義の欠点を隠して、諸行でも往生できるといったり、あるいは選択集では法華・真言を破斥していないといったり、あるいは在家の人びとに選択集の邪義を知らせないようにするために、日蓮は念仏を称える人は三悪道に堕ちるなどといっているが、そのようなことはない、などと嘘を言いふらしているのである。
[59]問うていう、法然上人の門弟たちが諸行でも往生できるということは間違っているのかどうか。答えていう、法然上人の門弟と名乗りながら、法然の教えに反して諸行でも往生できるというのは、弟子でありながら師の教えを破る逆路伽耶陀というインドの外道と同じで、師に背く者である。ゆえに近ごろの人も諸行でも往生できるといいながら、内心では専修念仏以外に往生できないと思っている。しかも外に向かっては決して諸行を謗る者ではないなどといっている。そもそもこのように諸行往生を立てる人びとは、選択集に明らかに法華・真言を誤りだとして、「雑行を捨てよ、定散の門を閉じよ、聖道門を閣けよ、雑行を抛てよ」といい、「群賊・邪見・悪見・邪雑人」といい、「千人に一人も往生しない」などと書いているのを見たことがないのであろうか。
<小見出し>国内に住する謗法者を根絶すべき証文について小見出し>
[60]第二に、国内に住する謗法の人を根絶しなければならない証拠の経文を示して見せよう。涅槃経第三巻の寿命品に「仏道の修行を怠けて戒律を破り正法を破る者があるならば、国王や大臣や出家・在家の男女は、これを治罰しなければならない。善男子よ、このもろもろの国王たちに罪があるであろうか。いいえ、世尊よ、彼らに罪はありません。善男子よ、このもろもろの国王たちには何の罪もないのである」といい、また同じく第十二巻の聖行品には「過去の世に自分は閻浮提において大国の王と生まれ、その名を仙予といった。大乗経典を愛し敬い、純真な善い心をもち、荒々しい悪い心や嫉みの心は少しもなかった。(中略)善男子よ、自分はその時に心に大乗を重んじていたので、婆羅門が大乗経を謗るのを聞いて、即時にその者の命を断った。善男子よ、自分は正法を護った功徳によってそれ以来地獄に堕ちたことはない」とある。
[61]問うていう、梵網経の文によると、僧や尼や信士や信女の四衆を誹謗すれば、波羅夷罪という教団を追放される最も重い罪を犯したことになる。それゆえに源空を謗法罪として非難するのはまさしく波羅夷罪に当たり、無間地獄に堕ちる原因ではないのか。答えていう、涅槃経第三十三巻の迦葉品に「迦葉菩薩が世尊に問うた、如来は何故にかれ善星は無間地獄に堕ちるであろうと予言されたのかと。仏は迦葉に答えて、善男子よ、善星比丘には多くの従者があって、その従者はみな善星は阿羅漢の聖者であり覚りを開いた者と思っているから、自分はそういう彼らの邪悪の心を破るために、かの善星は放逸の罪によって地獄に堕ちるであろうと予言したのである」といわれたという。この涅槃経の文に「放逸」とあるのは謗法の罪の一つである。今の源空もまた彼の善星のように、法華経を謗った謗法の罪によって無間地獄に堕ちるであろう。ところが源空の門弟たちは選択集が邪義であることを知らないで、源空を一切智人と呼び、あるいは勢至菩薩や善導和尚の化身であるなどという。そこで彼らの邪悪の心を破るために、源空の謗法の根源を明らかにしたのであって、涅槃経に説く通りである。梵網経の文は、謗法の者を除いたその他の出家・在家の男女を謗った者は地獄に堕ちるというのであって、涅槃経の説と相違しない。かえって仏は「謗法の人を見てその過失を指摘しなければ仏弟子ではない」と誡められている。ゆえに涅槃経第三巻の寿命品には「わが入滅の後に、あるところに戒律を堅く守り、僧としての立居振舞も法にかない、正法を護る僧がいたとする。彼はもし正法を破る者を見たならばただちに追い出し、叱り責め、処罰しなければならない。そうすればこの人は計りきれないほどの福を得る」とあり、次に「もし善い僧があって、正法を破る者を見ても、捨ておいて叱り責めもせず、追い出しもせず、処罰もしなければ、この人は仏法の中の敵である。しかし、もしよく追い出し、叱り責め、処罰するならば、その人はわが弟子、真の声聞である」と誡めている。自分は仏弟子の一人に数えられたいがために、この書物を作って源空らの謗法の罪を明らかにして、世間に弘めるのである。どうか十方の仏陀諸尊よ、この書物の流布に力を加えられて、大悪法の流布するのを止めて、一切衆生の謗法罪を救っていただきたい。
五 善知識と真実の仏法には値いがたいことについて
[62]大段の第五に、善き師と真実の仏法には値いがたいことを説明するに、これを三節に分ける。一には人間に生まれることは希であり、また仏法に値うことも希であることを明かし、二には希に人間に生まれ仏法に値うことができても、悪師に値えば三悪道に堕ちることを明かし、三には末代の凡夫のための善き師を明かそう。
<小見出し>人間に生まれ、仏法に値うことの困難さについて小見出し>
[63]第一に、人間に生まれることは希であり、仏法に値うこともまた希であることを説明すれば、涅槃経第三十三巻の迦葉品に「その時に世尊が、大地の少しばかりの土を取って爪の上に置き、迦葉菩薩に告げていわれた、この土が多いか、それとも十方世界の大地の土が多いかと。迦葉菩薩は仏に対し、世尊よ、爪の上の土のその少ないことは十方世界の大地の土の多さには比べられないと答えられた。仏はこの譬えによせて迦葉に教示されるに、善男子よ、人が死んで後に再び人間と生まれ、または三悪道の身で死んだ後に人間と生まれ、しかも眼・耳・鼻・舌・身などに欠陥なく、仏法の中心地に生まれ、正しい信心を得て仏道を修行し、修行の中でも正しい道を修行して解脱を得、解脱を得て後に涅槃に入ることは爪の上の土ほどに少ないのである。これに対し、人が死んで後に三悪道に堕ち、生まれ変わっても再び三悪道に堕ち、しかも人間界に生まれても眼・耳・鼻などに欠陥があり、仏法を聞くことのできない辺地に生まれて、邪な思想を信じ、邪な道を修行し、解脱も涅槃も得られない者は十方世界のあらゆる大地の上の土のように多い」とある。
[64]この経文は多くの法門を集めてまとめて説かれているから、少しくわしく説明すると、人が死んで後に再び人間と生まれることは爪の上の土のように少なく、死んで後に三悪道に堕ちる人は十方世界の土のように多い。また三悪道の身が死んで後に人間と生まれるのは爪の上の土のように少なく、三悪道の身から生まれ変わっても再び三悪道に堕ちる者は十方世界の土のように多い。また人間に生まれる者は十方世界の土ほど多いが、人間と生まれて眼・耳・鼻・舌・身・意の六根が具わって欠陥のない人は爪の上の土のように少ない。また人間と生まれて六根は具わっていても辺地に生まれる者は十方世界の土のように多く、中心地に生まれる者は爪の上の土のように少ないのである。また中心地に生まれる者は十方世界の土ほど多いが、その中で仏法に値うことのできる者は爪の上の土のように少ないというのである。また同じ涅槃経に「不信謗法の者ともならず、善根功徳の縁をも断たずに、この涅槃経典を信ずる人は爪の上の土のように少なく、(中略)極悪の一闡提となり、もろもろの善根を断ち、この経を信じない者は十方世界の大地の土のように多い」とある。この経文によれば、法華経や涅槃経を信じないで不信謗法の人となる者は十方世界の土のように多くあり、法華経や涅槃経を信ずる者は爪の上の土のように少ないのである。自分、日蓮はこの経文を見て、人間と生まれ、値いがたい仏法に値うことができた身を思うと、いよいよ感激の涙を押さえることができないのである。
[65]今、日本国の人びとを見ると、大多数の人は方便教を修行している。たとえ外面上の身や口には真実教を修行するように見えても、内心は方便教を信じているのである。それゆえに天台大師は摩訶止観の第五巻に、このような人びとを指して「愚かな者は身体に毒が深く入って本心を失ってしまった者だから、良薬を信じて飲もうとはしない。信じないから自分のものとはならない。(中略)これはたいへん罪の深い人である。(中略)たとえ世間を厭って出家した者も、ごく低い劣った方便教を尊んでいる。これはたとえば、木を切るのに幹を切らないでよじ登って枝葉を切り、犬が主人に馴れないで召使いに馴れているようなものであり、また猿を敬って帝釈天と勘違いをしたり、物の価値を見究められない人が瓦や礫を宝珠と思い違えて尊ぶようなものである。これは物の道理に暗い人であるから、このような人と仏法を語り合うことはできない」と述べている。源空やその弟子たちは、この摩訶止観の文に照らし合わせて見ると、貪り・瞋り・愚かの三毒煩悩の酒に深く酔いしれて、大通智勝仏の昔に法華経と縁を結んで仏種を植えつけられながらその本心を失って、法華経や涅槃経の真実教に疑いを抱いて不信謗法の者となり、観無量寿経などの下劣の教えを信じて方便の称名念仏などの瓦礫を尊び、法然房の猿を敬って智恵第一の帝釈天と見誤り、法華経・涅槃経の如意宝珠を捨てて、如来の聖教を卑しめる。これは仏一代の教法における方便教と真実教との区別を弁えないからである。ゆえに妙楽大師は摩訶止観弘決の第一巻に「この円頓の真実教を聞いて崇め尊重しない者は、まことに近ごろの大乗を学ぶ者の方便と真実との区別を知らない雑乱の学風の影響による」といわれている。大乗教の中に方便と真実との差別があることを知らないで、二教を混乱するのを雑乱というのである。ゆえに末代においても実大乗の法華経を信ずる者は爪の上の土のように少なく、法華経を信じないで方便教に退転していく者は十方世界の塵のように多いのである。それゆえに妙楽大師はこのことを歎いて「まして像法・末法の時代は人情は薄くなり、信心も弱くなって、円頓真実の教法は蔵に溢れ函に満ちるほどあっても、それを手にとって読んでみようともせず、その教えについて考えてみようともしないで、一生を空しく終わっていく。何のために人間と生まれ、一生を送ったのか、まったく無意味であり、何と悲しいことではないか」といわれている。この文は妙楽大師が菩薩の権化の人であるから、遠く日本国の末法の今の時代を見通して、予言しておかれた未来記である。
[66]問うていう、法然上人の門弟たちの中にも一切経蔵を安置して、法華経を修行する者もいる。どうしてすべて謗法の人と否定してしまうのか。答えていう、源空の門弟たちが一切経を開いて法華経を読むのは、法華経が難行道であることを確かめて、選択集の邪義を助けるのが目的なのである。ゆえに他の経論を開いて読めば読むほど、ますます謗法の罪を増すのであって、それはたとえば善星比丘が十二部経を読んで苦得外道に味方し、提婆達多が六万法蔵の多数を読んで釈尊に背いたのと同じである。自分が智者であるといっているが、実は智者でもないのに世間の人びとに自分を重く見せて尊敬させ、選択集の悪法の流布を助けようとしているのである。
<小見出し>希に人間と生まれ、仏法と値っても、悪師によって三悪道に堕ちること小見出し>
[67]第二に希に人間と生まれ、尊い仏法と値っても、悪師に値えば三悪道に堕ちることを説明しよう。仏蔵経の第三巻往古品に「昔、大荘厳仏の滅後に五人の比丘があった。普事比丘一人は正法を学んで多くの人びとを教化し救済したが、苦岸比丘などの四人は邪法を学んだために、四人は死んで後に無間地獄に堕ちて、仰むき、伏し、左向きに臥し、右向きに臥して転々反側しておのおの九百万億歳もの長い間、絶え間ない責め苦を受けた。(中略)またこの四人に親しんでいた在家・出家の者や信者たちはおよそ六百四万億人もいたが、みなこの四人の師と同じ所に生まれ同じ所に死んで、ついに大地獄に堕ちて焼かれたり煮られたり、いろいろの苦しみを受けた。非常に永い年月を経てから、この四人の師とその弟子信者六百四万億人とは、この世界の無間地獄から他の世界の無間地獄へと生まれ変わって永く苦しみを受けた」とある。また涅槃経の第三十三巻迦葉品には「その時に王舎城中に一人の尼乾子外道がいて、名を苦得といった。(中略)弟子の善星が苦得に問うた時に答えて、善星よ、われは仏に敵対したので食吐鬼すなわち餓鬼の身と生まれたのだ。善星よ、よく聴け。(中略)そこで善星は仏の所に還って、世尊よ、苦得外道は死んで後に三十三天に生まれたはずであると偽った。(中略)そこで仏は迦葉とともに善星の所を訪れた。善星比丘は遙かに仏の来るのを見て、悪心を起こしたので、そのために生きながら無間地獄に堕ちた」と説かれている。善星比丘は仏がまだ菩薩として修行されていた時の子供である。仏に随って出家し十二部経を学び、欲界の煩悩を断ち切って阿羅漢の覚りを得た。しかし悪師である苦得外道に会って、仏法の正しい教えを信じなかったので、出家して受けた戒律の功徳も、学習した十二部経の功徳も失って、生きながら無間地獄に堕ちたのである。また苦岸などの四人の比丘に親しんだ六百四万億の人びとも、四人に会ったために四人の悪師とともに十方の無間地獄を転々と経回らなければならなかったのである。
[68]今の世の出家・在家は選択集を尊んで、源空の画像や木像を礼拝し、一切経は難行であるという邪義を読むことは、たとえば尼乾子外道である苦得の弟子たちがその遺骨を礼拝して、ついに三悪道に堕ちたようなものである。願うところは、どうか今の世の出家・在家の人びとよ、選択集の教えが正義であるか邪義であるかをよく確かめてから、供養したり敬ったりするようにして欲しい。そうしなければ必ず後悔するであろう。ゆえに涅槃経の高貴徳王品には「菩薩たちよ、悪象などを恐れることはないが、悪師は恐れなければならない。なぜならば悪象などはただ人の身体を破壊するだけで心を破壊することはないが、悪師は身と心と両方を破壊するからである。また悪象などはただ一人を破壊するだけであるが、悪師は多くの善人の身と心とを破壊する。また悪象などはただ不浄の臭い身体を破壊するだけであるが、悪師は清浄な身と心とを破壊する。また悪象などはこの肉身を破壊するだけであるが、悪師は法身すなわち人びとの仏性を破壊する。また悪象のために殺されても三悪道に堕ちることはないが、悪師のために殺されれば必ず三悪道に堕ちるのである。また悪象などはただ身体の敵となるだけであるが、悪師は正法の敵というべきものである。それゆえに菩薩たちよ、常にもろもろの悪師に近づかないように用心すべきである」と説かれている。願わくは今の世の出家も在家も、たとえ日蓮がこの書に説くことが邪義であると思っても、ほんの一時の間でよいからその考えを捨てて、試みに十住毘婆沙論を開いて、その難行道のうちに法華経が入っているかどうかを調べ、次に選択集の「之に準じて之を思うに」の四字が源空の自分勝手な解釈であるかどうかを確かめてから、いずれが正しいか、間違っているかを決定するがよい。間違って悪師を信じて邪法を習い、せっかくこの受けがたい人身を受けた一生を空しく過ごすようなことがあってはならない。
<小見出し>末代の凡夫のための善知識について小見出し>
[69]第三に末代の凡夫のための善師について説明しよう。問うていう、華厳経入法界品の善財童子は五十余人の師を訪ねて道を求めたが、その中には普賢・文殊・観音・弥勒などの菩薩もあった。大品般若経常啼品の常啼菩薩は曇無竭菩薩に会って法を聞き、仁王経護国品の班足王は普明王に会って悪心を改め、法華経妙荘厳王本事品の妙荘厳王は、二人の子と夫人の導きで仏法に入信し、観無量寿経によれば阿闍世王は耆婆大臣の諫めによって仏道に入り、それぞれ生死の迷いを離れることができたのである。しかしこれらの師はみな大いなる聖者である。仏が入滅されて後は、このようなすぐれた大聖に会うことはたいへんに困難である。仏の滅後においても正法時代の師であるインドの竜樹・天親もすでに世を去り、像法時代の師である中国の南岳・天台にも会うことができない。末法の世に生まれたわれわれは、どうして生死の迷いを離れることができるであろうか。答えていう、末代にも真実の善師はいる。法華経・涅槃経こそが末代の善師である。
[70]問うていう、普通一般には善師とは人である。教法を善師とする確かな証拠があるのか。答えていう、人を師とするのが普通である。しかし、末代悪世には真実の善師がいないから、教法を善師とすることについては多くの証拠がある。摩訶止観巻一に「あるいは師に従ったり、あるいは経巻に従ったりして、今まで説いてきた一乗真実の菩提の教を聞く」とある。この文の意味は、経巻を善師とするというのである。また法華経の勧発品に「この娑婆世界で法華経を修行し、これを心に信じ身に持つ者があるならば、それは普賢菩薩の不思議な力による守護のお蔭であると思うがよい」とある。この文の意味は、末代の凡夫が法華経を信じ持ちつづけるのは普賢菩薩という善師の力によるというのである。また同品に、「もしこの法華経を信じ持ち、読誦し、正しく記憶し念じつづけ、思惟し修習し、書写する者があれば、この人は親しく釈迦牟尼仏にお目にかかり、仏の御口から直接この経を聞くのと同じである。また、この人は釈迦牟尼仏を供養しているのである」とある。この経文によれば、法華経と釈迦牟尼仏とは同一である。法華経を信じない人の前には釈迦牟尼仏は入滅されたまま現われることはないが、法華経を信ずる人の前には、たとえ滅後であっても仏の在世と同じくいつも現われるのである。また宝塔品には多宝如来の本願を説いて「もし自分が成仏し入滅した後においても、十方の国土のどこであろうと法華経を説く所があれば、自分は宝塔とともにこの経を聞くためにその所に涌現して、法華真実の証明をしたいと願っている」とある。この経文の意味は、われら末代の衆生が法華経の名号を唱えるならば、多宝如来は本願を果たすために必ずそこへ現われるというのである。また同品に「諸仏が十方の世界にあって説法されているのを、すべて呼び還されて霊鷲山に集められた」とある。ゆえに釈迦・多宝・十方分身の諸仏・普賢菩薩などはみな、われらの善師である。だから法華経を信じさえすれば、これらの善師に親しく教えを受けると同じことである。もしそうならば、われらもまた前世からの因縁によってすぐれた善師に会うことができたのは、善財童子や常啼菩薩・班足王などにもすぐれているのである。彼らは方便経の師に会い、われらは真実経の師に会い、彼らは方便経の菩薩に会い、われらは真実経の仏・菩薩に会っているからである。涅槃経の如来性品に「法に依って人に依るな、智に依って識に依るな」とある。この「法に依れ」というのは法華経・涅槃経の常住仏性を説く教法である。「人に依るな」というのは法華経・涅槃経を信じない人には依るなということである。たとえ仏・菩薩であっても、法華経・涅槃経に依らない仏・菩薩ならば、末法の人びとにとっての真実の善師ではない。まして法華経・涅槃経を信じない滅後の論師・訳者・人師はいうまでもないことである。「智に依れ」とは仏の智恵に依ることである。「識に依るな」とは等覚以下の菩薩たちの考えを信ずるなということである。いま末代の世間の出家・在家の人びとは、源空の謗法の罪を隠そうとして、その高徳を天下に言いふらして勢至菩薩の権化であるなどというが、決してその言を信用してはならない。インドの外道は天眼・天耳・他心・宿命・神足の五神力を得て、山を傾けたり海水を干したりするけれども、何の神通力もない小乗阿含経の凡夫よりも劣っている。また小乗経によって阿羅漢となり六神通力を得た二乗も、華厳・方等・般若の方便大乗の凡夫に及ばない。また華厳・方等・般若の方便大乗の等覚の菩薩も、真実大乗たる法華経の名字即や観行即の凡夫には及ばない。ゆえにたとえ神通力や智恵を具えていても、方便経を信ずる人を師と仰ぎ信じてはならない。
[71]われらのような常に生死の苦海に沈み、断善根の一闡提の末世の凡夫が法華経を信じようとするのは、仏としての本性の顕われる前兆である。このことを妙楽大師は摩訶止観弘決第四巻に「衆生の心の内の仏性がだんだんと現われて心の全体に及ぶことがなければ、どうして仏に成れよう。成仏は各自の心の内の真如仏性の不思議な働きによるのである。それゆえに今はこの真如仏性の不思議な力を外護の師という」と説いている。法華経以外の四十余年の諸経には十界互具を説かない。十界互具を説かないから自分の内心に仏界が具わっていることを知らない。自分の内心の仏界を知らないから他の仏というものもわからない。ゆえに法華経以前の四十余年の方便教の行者は仏を見ない者である。たとえ仏を見たとしてもそれは他土他方の仏であって、本当の仏を見ていないのである。声聞・縁覚の二乗は自分の内心に仏のあることを知らないから成仏することはできない。法華経以前の四十余年の方便経の菩薩もまた自身に十界が具わっているという十界互具の道理を知らないから二乗の成仏を否定する。したがって菩薩の総願である四弘誓願の一つである「一切の衆生をすべて救済せん」という誓願を達成することができない。達成しないから菩薩もまた自身に具わっている仏を見ることができないのである。凡夫もまた十界互具の道理を知らないから、自身の内にある仏界が現われることはない。それゆえに臨終の時に阿弥陀如来の来迎もなければ、また諸仏如来を頼んでもその加護もないのである。たとえば、目の見えない人が自分の影を見ることができないのと同じである。
[72]いま法華経に来てはじめて迷いの九界にも仏界が具わることを開示するので、四十余年の方便経を聞いてきた菩薩も二乗も六道の凡夫も、この時はじめて自身の内心の仏界を見ることができたのである。この時はじめてこれらの人びとは真実の仏・真実の菩薩・真実の二乗となることができたのである。そしてこの時、二乗も菩薩もはじめて成仏し、凡夫もはじめて往生することができたのである。このようなわけであるから、仏の在世でも滅後でも、一切衆生の真実の善師は法華経である。天台宗の一般の学者たちは、法華経以前の四十余年の諸経においてもそれぞれの分に応じた覚りのあることを認めるけれども、自分日蓮は当分の得道を認めない。しかし、この書ではその問題をくわしく述べる余裕はないから、略して記しておき、追ってくわしく述べるであろう。
六 法華経・涅槃経を修行する行者の用心について
[73]大段の第六に、法華経・涅槃経を修行する行者の心得について説明しよう。仏一代の教法の勝劣・浅深、修行の難易などについては、すでに説いた通りである。この一章では、もっぱら死後の安心を願う末代の常に生死の苦海に沈んで浮かぶことのない五逆や謗法の罪を犯した者、極悪の一闡提の者などの、救済が困難な愚かな者のために注記するのである。これを三節に分けて、第一には在家の信者が正法を護持すれば生死の苦を離れ、悪法を信ずれば三悪道に堕ちることを明かし、第二には法華経の題目を唱えるだけで三悪道を離れる功徳のあることを明かし、第三には涅槃経は法華経を流通するための経典であることを明かそう。
<小見出し>在家の信者は正法を護持すべきこと小見出し>
[74]第一には、在家の信者は正法を護持すれば生死の苦を離れ、悪法を信ずれば三悪道に堕ちることを説明しよう。涅槃経の第三巻の金剛身品に「仏が迦葉の問いに答えていわれるには、自分は前世によく正法を護持した功徳によって、金剛のように常住で破れることのないこの身を得た」とある。また次にその故事を説いて「ある時、国王がいて名を有徳といった。(中略)正法を護るために(中略)破戒の多くの悪僧たちと力を尽くして闘った。(中略)有徳王は傷つき倒れたが、覚徳比丘の説法を聞いて大いに喜んで、死んだ後に東方の阿閦仏の国に生まれることができた」とある。この経文によれば、在家の信者たちは特別の智恵や修行をしなくても、謗法の者を根絶すれば、その功徳によって生死の苦を離れることができるのである。
[75]問うていう、在家の信者たちが仏法を護持するにはどうすればよいのか。答えていう、涅槃経の聖行品に「衆生のうち財物を欲しがる者には、われはまず財物を与えてその欲を満足させてから、この大涅槃経を勧めて読ませるであろう。(中略)高貴の者には、まずやさしい言葉でその者を喜ばせておいて、その後に次第にこの大乗涅槃経を勧めて読ませるであろう。またごく平凡な庶民には威力をもって無理にでもこれを読ませるであろう。また慢心の者には、われはまず下僕となってその心に随い喜ばせてから、この大涅槃経を説いて教え導くであろう。また大乗経を誹謗する者があれば、勢力をもってその心を摧いて屈伏させ、その後に勧めて大涅槃経を読ませるであろう。また大乗経を愛し願う者には、われは自ら行ってこの人を礼拝して供養し尊重し讃歎するであろう」と説いている。
[76]問うていう、今の世の出家・在家はもっぱら選択集に執着して、法華経・涅槃経を自分には合わない教えであると思っているから、法華経・涅槃経の滅びるのを惜しんで、これを護持し興隆させようという志がない。たまたま選択集は謗法の邪義であることを説く人があれば、念仏を誹謗する者であるといって、その人の悪口を天下に言いふらすのである。これをどのように考えるのか。答えていう、このことは重大なことであるから、私の言葉で答えるべきではなく、仏がこれについて説かれた経文を示そう。仁王経嘱累品に「大王よ、わが滅度の後、未来の世に僧尼や信者の男女の弟子や、もろもろの小国の王や太子・王子などの、仏法僧の三宝を信じ護らねばならない者が、かえって三宝を破滅することは、たとえば獅子の身中の虫がみずから獅子を食うに似ている。わが仏法を破壊する者は外道ではなく、仏弟子の中から現われて、わが仏法を破壊し大罪を犯すであろう。正法は衰え滅びて、人民に正しい行ないはなくなり、次第に悪行を重ねるようになり、人びとの寿命は日々に減じて百歳以上生きる者はなくなってしまうであろう。そして人びとは仏法を破壊して、孝子はなくなり、父母・兄弟・妻子の六親の仲は不和となり、天の神々もこれを助けず、疫病は流行し、悪鬼は毎日のように来たって人びとを侵し害し、怪しいことは続き、禍は絶え間なく起こり、死んで後は地獄・餓鬼・畜生に堕ちるであろう」とある。また次の文に「大王よ、未来の世にもろもろの小国の王や僧尼や信者の男女の弟子が、自分から仏法を誤り信ずるという罪を作るのは国の滅びる原因である。(中略)もろもろの悪僧たちは自分の名誉や利欲のために、国王や太子・王子の前で、仏法を破壊し国を滅ぼす原因となる悪法を説くであろう。しかし、その王は善悪の分別がなくて、悪僧たちの間違った言葉を信じて聴きいれ、(中略)この時、正法は滅びてしまうであろう」とある。
[77]自分日蓮がいま選択集を見るに、すべてこの仁王経の未来記の文に符合して、少しも違うことはない。選択集は法華や真言などの正法を難行道・雑行と定めて、末代のわれわれには時も機根も合わないから、これを修行しても千人に一人も往生する者はないといって、仏が最後に法華経を説かれて念仏などの方便教を廃されたにもかかわらず、源空は逆に法華や真言などのもろもろの修行の門を閉じて念仏の一門だけを開いたのである。そして末代に法華などの修行をする者は群賊であると定め、今の世の一切の出家・在家に選択集を信じさせて、これこそが仏の真実の言葉であるかのように思わせたのである。ゆえに世間の出家も在家も仏法を護持し興隆させようという心を失い、法華や真言の正法の水はたちまちに渇れ尽きて、諸天善神は次第にその数が減って、三悪道の悪行は日々に増したのである。これもすべて選択集の悪法を信ずることによって起こした邪見である。右に挙げた仁王経の文に仏が「わが滅度の後」と記されたのは、正法の時代の末の八十年と像法時代の末の八百年と末法時代の末の八千年のことである。選択集が世に出たのは像法の末、末法の始めであるから、像法の末の八百年のうちであって、まさに仁王経に予言された時節に当たっているのである。「もろもろの小国の王」とは日本国の王のことである。仁王経の菩薩教化品に、前世に十善を修めて国王と生まれるにも、中品と下品の十善を修した者は粟を散らしたような多くの小国の王となると説かれているのである。また「獅子の身中の虫」とあるのは、仏弟子の姿をした源空のことである。「もろもろの悪比丘」とあるのは、源空の弟子たちである。「仏法を破壊し国を滅ぼす原因となる悪法を説く」とあるのは、前に挙げた選択集の語を指すのである。「その王が善悪の分別がつかず悪僧たちの言葉を信じて聴きいれ」とあるのは、今の世の出家・在家が正邪の区別も知らないで、自分勝手に気ままに邪法を信じることをいうのである。どうか世間の一切の出家・在家の人びとよ、仏法の正邪をよく分別して、正法を信じ後世の安心を願うがよい。せっかくに受けがたい人間に生を受け会いがたい仏法に値いながら、正法を聞かずに邪法を信じて三悪道に堕ちたならば、その時に後悔してももはや取り返しがつかないであろう。ゆえに念仏の邪法を捨てて、法華の正法に帰依する決断をしなければならないのである。
<小見出し>題目を唱えて三悪道を離れることについて小見出し>
[78]第二に、法華経の題目を唱えるだけで三悪道を脱れる功徳があることを説明しよう。法華経第五の巻の安楽行品に「文殊師利よ、この法華経は無量の国々においても、今までその名前さえも聞くことのなかった値いがたい経である」と説かれている。また第八巻の陀羅尼品には「汝らはただ法華経の題名を信じ持つ者を守護するだけで、その得る功徳は量り知れない」と説かれている。また第五の巻の提婆品には「妙法華経の提婆達多品を聞いて浄らかな心で信じ敬って疑いを起こさない者は、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちることはない」と説かれている。さらに涅槃経の名字功徳品には「もし善男子善女人が、この経の名を聞いて信じれば、悪道に堕ちることはない」とある〈涅槃経は法華経の功徳を流通する経であるから、とくに引用して唱題の功徳の助証としたのである〉。
[79]問うていう、たとえ法華経の題目を聞いたとしても、その意味を理解できなければ、三悪道に堕ちることを脱れることはできないと思うが、どうか。答えていう、法華経の弘まっている国に生まれて、法華経の題目を聞き、信心することができたのは、過去世に多くの善根を積んだ功徳によるのである。したがって、たとえ今生では末代の悪人となり、無智の者と生まれても、必ず過去世に積んだ善根功徳によって、法華経の題目を聞いて信心を起こすのであるから、決して悪道に堕ちることはないのである。
[80]問うていう、この人が過去世に善根功徳を積んだというのはどういうことであるか、経文の証拠はあるか。答えていう、法華経第二の巻の譬喩品に「もし今生にこの経を信じ持っている人は、かつて過去の世に仏を見たてまつり、敬い供養して、この法を聞いたことのある人である」とあり、第四の巻の法師品には「仏の滅度の後に、もし人が妙法華経の一偈一句でも聞いて、一念でも随喜の心を起こす者があるならば、(中略)その人はすでに過去世に十万億の仏を供養する功徳を積んだ人である」とある。また法華経の流通分である涅槃経の如来性品には「もし衆生がガンジス河の支流である熙連河の砂の数ほどの仏を供養して菩提の心を起こした者は、この悪世に生まれてもよくこの経典を信じ持って謗らない。もしガンジス河の砂の数ほどの諸仏世尊を供養して菩提の心を起こした者は、この悪世に生まれてもよくこの正法を謗らず、この経典を愛し敬うであろう」とある。これらの経文によれば、たとえ法華経を理解できなくても、この法華経を聞いてこれを信じ、謗ることがないというのは、過去の世の大善によってである。いったい、われらが三悪道に堕ちるような身に生まれることは大地の塵よりも多く、人間の身と生まれることは爪の上の土よりも少ないのである。また四十余年の方便の諸経に値うことは大地の塵よりも多く、法華経・涅槃経に値うことは爪の上の土よりも少ないことは、前に挙げた涅槃経第三十三巻の迦葉品の文の通りである。たとえわずか一字一句でもこの法華経を信ずることのできるのは、過去世からのこの経との深く厚い因縁によるのであって、幸多い者であり、まことにありがたいことである。
[81]問うていう、たとえ法華経を信じても、悪師と縁を結んだならば、法華経を信じた功徳は失われ、三悪道に堕ちることになるであろうか。答えていう、まだ法華経の教えを理解していない者が、もし方便教の悪師に会って真実教から退転したならば、悪師を信じた罪によって必ず三悪道に堕ちるであろう。たとえば不軽菩薩を軽蔑し迫害して無間地獄に堕ちた人びとは方便教を信ずる人びとであった。また化城喩品で大通智勝仏の時に法華経と縁を結んだ人びとが三千塵点劫の長い間迷いの生活を送ったのも、法華経を退転して方便教に移ったからである。ただし、法華経を信じる人が、法華経の信心を捨てて方便教の人に随うことがない限りは、世間の悪業などによって三悪道に堕ちることはありえないのである。なぜならば世間の悪業は法華経の功徳を打ち消すほどの力はないからである。
[82]問うていう、日本国は法華経や涅槃経と因縁の深い国であるかどうか。答えていう、法華経第八巻の勧発品に「如来の滅後にこの世界に広く流布させて、決して断絶しないようにする」とあり、また第七巻の薬王品には「広く宣べ伝え流布して、この世界から断絶させてはならない」とあり、涅槃経第九巻の如来性品には「この大乗経典大涅槃経もまた同じように、南方のもろもろの菩薩のために広く流布せよ」とある〈以上経文証拠〉。広大な三千大千世界の中から、仏みずから南方を選んで法華経・涅槃経の流布すべき処と定められたのである。南方の諸国の中でもとくに日本国は法華経の流布すべき国である。問うていう、その証拠は何か。答えていう、僧肇法師が法華経漢訳の事情を記した法華翻経の後記に「羅什三蔵が須梨耶蘇摩三蔵に会って法華経を授けられた時、仏教という太陽は今、西山インドに隠れようとしているが、残りの輝きは東北の方を照らしている。この経典は東北の諸国に深い縁がある。汝は慎んで伝え弘めるがよい、といわれた」とある。この文に東北というのは日本国のことである。西南のインドから東北というのは日本国を指していったのである。ゆえに比叡山の先徳である恵心僧都の一乗要決にも「日本一国はみな、円教の機根ばかりであって、都も田舎も遠くも近くも同じように一仏乗の教えに帰依し、僧侶も俗人も貴い者も賤しい者も、すべて成仏を願うようになった」とある。どうか願わくは、日本国の今の世の出家・在家の人びとよ、久しく選択集を信じてきた習慣を捨てて、法華経・涅槃経に明瞭に説かれている経文を信じて、僧肇法師や恵心僧都の日本国のことを記した文を頼みとして、法華経の修行によって安心を得ることを考え実行しなさい。
[83]問うていう、法華経を修行する者は、どこの浄土に生ぜんと願ったらよいのか。答えていう、法華経二十八品の中で最も大切な寿量品に「われは常にこの娑婆世界にいる」といい、また「われは常にここに住する」ともいい、また「わが此の土は安穏である」ともいう。これらの経文によれば、一切の仏の本地である久遠実成の本仏は、常にこの娑婆世界におられる。ゆえにこの娑婆世界を捨てて、ほかにどこの浄土を願う必要があろうか。法華経を修行している者の住んでいるところのほかに浄土はないのである。どうして煩わしく他の処に浄土を求める必要があろうか。ゆえに神力品には「経巻の安置してあるところは、園の中でも、林の中でも、樹の下でも、僧坊でも、俗人の家でも、殿堂の内でも、山や谷や広い野原でも、(中略)この経を受持・読誦するところがみなそのまま仏道修行の道場である」とある。また涅槃経如来性品にも「善男子よ、このすぐれた大涅槃経の広まっているところは、そこがすべて金剛のように壊れることのない浄土である。そこに住む人びともまた金剛不壊の仏身である」と説いている。したがって法華経・涅槃経を信じる行者はほかに浄土を求めてはならない。この経を信じている人の住んでいるところがすなわち寂光の浄土なのである。
[84]問うていう、華厳・方等・般若・阿含・観無量寿経などの諸経を見ると、それぞれに弥勒菩薩の兜率天や阿弥陀如来の西方浄土や十方の浄土への往生を勧めている。そのうえ、法華経の文にもまた兜率天や西方浄土や十方の浄土への往生を勧めている。どうしてそれらの経文を否定して、この瓦礫や荊棘に満ちた穢れた国土を浄土として勧めるのであるか。答えていう、法華経以前の四十余年の方便経の浄土は、久遠実成の釈迦如来を本地とする垂迹の仏が仮りに現わして見せたところの浄土であって、実際にはみな穢土である。ゆえに法華経の中心は方便品と寿量品の二品であるが、その寿量品に来て真実の浄土を定める時、この娑婆世界こそが真実の寂光浄土であると決定されたのである。しかし、法華経にも兜率天や西方安養浄土や十方の浄土を勧める文があるのは、法華経以前の四十余年の方便の諸経で説いた浄土の名前を改めずにそのまま用いて、この世界に築くべき浄土に兜率や安養などの名をつけたにすぎないのである。たとえば、法華経の中に声聞・縁覚・菩薩の三乗の名はあるが、実際には三乗の差別はなく一仏乗のみであると説くのと同じである。妙楽大師が法華文句記に薬王品の「即往安楽世界」の経文を解釈し、「決して観無量寿経の安養浄土を指しているのではない」といわれたのはこの意味である。法華経に縁を結んだことのない今の世の衆生が、西方の浄土を願うのは、真実の浄土である娑婆を捨てて、かえって瓦礫の土を願うようなものである。法華経を信じない衆生は、この娑婆世界の浄土の上に一部分名を与えて説かれたにすぎない兜率・安養などの浄土にも生まれることのできない者である。
<小見出し>涅槃経は法華経の流通の経であることについて小見出し>
[85]第三に、涅槃経は法華経を流通するために説かれた経典であることを説明しよう。問うていう、光宅寺の法雲・道場寺の慧観などの高徳の僧は、法華経を第四時の三乗を開会して一仏乗に帰入せしめる同帰教と定め、第五時の仏身の常住を説く涅槃常住教に比べれば、無常を説く熟蘇味にすぎないと判定した。天台大師智顗はこれを法華玄義の巻十で批判して、法華経と涅槃経は同じく第五時の醍醐味であるとされたが、さらに二経を秋の収獲に譬えれば、法華経は大収獲であり、涅槃経は落ち穂を拾うにすぎない経であると決定した。光宅も天台もともに大聖の権化であり、徳行の高い僧であるから、いずれを正しい見解としてわれらの疑いを晴らしたらよいであろうか。答えていう、すでに繰り返し説いたように、たとえインドの論師であり訳者であっても、仏の教えに背いて方便教と真実教の二教の区別を判定しない者は疑いを持たなければならない。まして中国の人師である天台大師智顗・南岳大師慧思・光宅寺法雲・道場寺慧観・華厳宗の智儼・三論宗の嘉祥大師吉蔵・浄土宗の善導などの作った注釈書であってみれば、なおさらである。またたとえ末代の学者であっても「仏の教法に依って人師の言葉に依るな」という涅槃経の如来の遺言を守って、宗旨の根本とする経典・論書に違背しない者は、信用しなければならないのである。
[86]問うていう、涅槃経の第十四巻の聖行品を開いてみると、仏一代五十年のもろもろの大乗経をあげて五味の中の乳・酪・生蘇・熟蘇の前四味に譬え、涅槃経を第五の醍醐味に譬えて、すべての大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍と判定している。そのうえ、迦葉童子の領解の言葉に「私は今日はじめて正しい見解を得ることができた。今までは私たちはみな邪見の者であった」とある。この文の意味は、涅槃経以前の法華経をはじめとする一切の経典はみな邪見であるというのである。もしそうならば、法華経は邪見の経であって、まだ仏性常住の問題を説いていない経である。それゆえに天親菩薩は涅槃論で、諸経と涅槃経との勝劣を定める時、法華経を般若経と同じく第四時に収めているのである。どうして正見の涅槃経を邪見の法華経の流通分とすることができようか。これをどう考えたらよいのか。答えていう、法華経の本文を見れば明らかなことで、法華経の中に仏の本懐は残すことなく説きつくされたと経文に明瞭に書かれている。方便品には「今こそまさに本懐を説き顕わす時である」とあり、寿量品には「つねに自分は、どうしたらすべての衆生を無上道に入れて、すみやかに仏身を成就させることができるだろうか、と考えている」とあり、神力品には「要するに、如来の一切の覚りの法を(中略)すべてこの経で顕らかに説き示した」とある。これらの経文は、釈迦如来の内証真実がすべてこの法華経に説きつくされたことを明瞭に示している。そのうえ、多宝如来や十方分身の諸仏が霊山会上に来集されたところで、釈迦如来が「この経は已に説き、今説き、当に説く一切経の中で最も信じがたく解りがたい」といわれた言葉を、「真実である」と証明し、法華経のようにすぐれて持ちがたい経はないと定められたのである。それを嘱累品で多宝如来や十方の諸仏がそれぞれその本国に帰って後に、ただ釈迦如来一仏だけが心変わりをして、涅槃経を説かれた時に法華経が劣っているといっても、誰がこれを信用しようか、誰も信用する者はないであろう。深くこの道理を考えて、涅槃経の第九の巻をみると、法華経の流通である証拠に「この涅槃経が世に現われると、かの果実が一切の人びとを利益し安楽にするように、衆生の心の内に隠れた仏性を顕現させる。法華経の中で八千人の声聞が成仏の保証を得たのは、大きな果実が成熟したと同じであり、この経は秋に収獲し冬に貯蔵した後は、もはや落穂拾い以外に何もすることがないのと同じである」と説かれている。この経文によれば、法華経がもし邪見であれば、涅槃経もまた邪見であることになるではないか。なぜなら、法華経が秋の大収獲で、涅槃経はその後に落穂を拾うという言葉に明白に表われている。かように涅槃経はみずから法華経より劣っていると説いているからである。法華経の後に説く涅槃経にもすぐれていると説く法華経法師品の文は、決して間違いではないのである。ただし、問者のあげた迦葉菩薩の領解の言葉や第十四巻の五味の譬えの文は、法華経を貶めた経文ではない。迦葉菩薩の文は、迦葉自身やその弟子たちが、今日涅槃経においてはじめて法華経に説かれた「仏性は常住である」「仏は実には久遠の昔に成仏されたのである」ということを覚ることができたので、自分の領解内容を指して今までは邪見であったといったものであって、経法の勝劣には関わらないのである。第十四巻の五味の譬えは、法華経の開経である無量義経で「未顕真実」と否定された法華経以前の諸経の説法を、涅槃経で重ねて否定したのであって、法華経をも四味の中に入れて否定したのではない。また涅槃論の文については、その論の題号の下に書きつけているように、天親菩薩が作って菩提流支が翻訳したのである。法華論も同じく天親菩薩の作、菩提流支の訳であるが、経文と相違するところが多い。涅槃論も同じように経文と相違したところが多い。これは訳者の誤りであるから信用してはならない。
[87]問うていう、前の経の救いに漏れた者を、後の経が受け取って救いあげるのを流通の経であるというならば、阿含経は華厳経の流通となるのか。また法華経は前四味の華厳・阿含・方等・般若の流通となるのか、どうか。答えていう、前四味の諸経は菩薩や人間、天上などの成仏得道を許すけれども、性分の決まった二乗や仏性のない一闡提の成仏は許さない。そのうえ、仏の御心を深く探って子細に調べてみれば、菩薩・凡夫の成仏得道も名のみあって実体はないのである。なぜなら十界互具を説かず、久遠実成を説かないからである。問うていう、前四味は無得道であるという証文はあるか、どうか。答えていう、法華経の方便品に「もし小乗教をもってただ一人でも教化すれば、われは法を惜しむ罪を犯すから断じていけない」とあるのがその証文である。この経文の意味は今は省略する。今この書を著わすのは選択集の邪義を破斥することが目的であって、その他のことをくわしく述べる暇はないから、法華経以前の経に成仏得道があるかないかの論は略しておく。追ってくわしく調べて説くであろう。しかし要するに、四十余年の諸経には実際に凡夫などの一切の得道はないのであるから、法華経は四十余年の諸経の流通の経とはならないのである。法華経において十界互具と久遠実成とを説いて、一切衆生を救済しおわったから、涅槃経は法華経のための流通となるのである。
七 問いにしたがって答う
[88]大段の第七に、問いにしたがって答えよう。もし末代の愚かな者が、以上の六章の説明によって、万が一にも法華経を信ずるならば、方便教を奉ずる他宗の人びとは、自分が迷っているためか、または自分の宗旨への偏った考え方に執われて法華経を信ずる人を打破しようとして、四十余年の経や涅槃経などを引いて非難するであろう。しかも方便教を信ずる人は多くいるから、あるいは数の力を頼みに威したり、あるいは世間の人から受ける援助をもって誘ったり、あるいは世間の人の意向に迎合して世間を渡るために非難を加えるだろう。あるいは方便教を信じている者には学者が多く、真実教を信じている者の中には智者といわれる人は少ないから、もし非難攻撃されたら万が一にも真実教を信じる者はいなくなってしまうであろう。そこでこの問答の一章を設けて、方便教の人の邪な非難を防ぐのである。
[89]問うていう、諸宗の学者は次のように非難するであろう。華厳宗の人がいうには、華厳経は毘盧舎那報身如来の説法であって、七つの場所で八回開かれた説法のすべては、仏の内証をそのまま述べたすみやかに成仏する教えであるが、法華経は釈迦応身如来の説法である。二経の教主にすでに優劣があるから、説かれた教えにも浅深の差がないはずはない。それゆえに説法の聴衆についても、華厳経の対告衆は法慧・功徳林・金剛幢などの大菩薩ばかりであって、声聞・縁覚などの二乗の劣機を相手としていない。これに対し法華経は舎利弗などの二乗を相手としている。ゆえに華厳経は法華経よりもすぐれている、と非難するであろう。また法相宗は解深密経を拠りどころとして非難を加えて、解深密経は文殊や観音などの大菩薩を対告衆とするから、二乗を相手とする法華経より深い教えである。また勝義生菩薩の領解によれば、仏一代の説法を有・空・中の三教に分け、そのうちの最高の教えである中道教というのは華厳経・法華経・涅槃経・深密経などである。ところが天台大師が立てた五時教判の拠りどころである法華経信解品は、須菩提・迦旃延・迦葉・目連の四大声聞が自分の領解内容を仏に告白したものであって、同じ中道教に属する深密・法華の二経を比べるに、菩薩の領解と声聞の領解とでは、その勝劣は天地の相異があるというであろう。また浄土宗で勝手な道理を立てていうには、自分たちは法華経などの諸経を誹謗するのではない。それらの諸経は正しくは智恵のすぐれた菩薩のような人のために説き、傍らにはわれわれ凡夫のために説かれた経である。煩悩を断じて真理を証る深い道理を説く教えであるから、末代の愚かなわれわれが修行しても、千人に一人もその教えを理解する機根を持った者はいない。また在家の人びとは多くは文字を知らず、また華厳宗や法相宗などの名前さえ聞いたことのない者が多いから、ましてその内容を知る者などいるはずがない。浄土宗の意は、末代においては、われわれ凡夫はただ口に南無阿弥陀仏の六字の名号を称えていさえすれば、現世には阿弥陀如来が観音・勢至などの二十五人の菩薩を娑婆に派遣して、影の身体に随うように百重千重に行者を取り囲んで守ってくれるのである。それゆえに現世には七難が滅して七福が生じ、最期臨終の時には必ず来迎があって、観音菩薩の蓮の台に乗ってたちまちの間に極楽浄土に行き、その行者の娑婆での行業にしたがって蓮華が開いて、法華経を聞いて諸法の真実の相の理を覚ることができるのである。他宗の行者のように穢土であるこの世においてわざわざ難しい修行をして苦労して何になるのか。ただ万事を抛って弥陀の名号を称えるがよい、というであろう。また禅宗の人びとは、一代の聖教はたとえば月をさす指にすぎないのであって、月を見た後には無用なものである。天地も日月もみな汝らの迷いの心から出た影にすぎないのである。十方の浄土もまたすでに汝の執着の心の影である。釈迦や十方の仏陀も汝の覚りの心の変現である。文字に執着する者は旧習に執われている愚か者である。わが達磨大師は文字も立てず、方便も借りずに、直ちに仏の心を伝えようというのである。一代聖教のほかに仏が迦葉に伝えた禅法を拠りどころとしている。法華経などはまだ仏の真実の心を述べたものではないというであろう。これら諸宗からの非難は一通りではなく、まだ多くあるであろう。どうしてこれらに対して法華経の信心を破らずに守り通すことができるであろうか。
[90]答えていう、法華経の行者は無量義経の「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」の文や、法華経法師品の「已に説き、今説き、当に説く経の中で、この法華経は最も信じがたく解りがたい」の三説超過の文や、宝塔品の「釈迦牟尼世尊の所説はみな真実である」の多宝証明の文や、涅槃経如来性品の「教法に依って人師に依るな」などの経文を心中に深く留めておいて、軽々しく言葉に出さないようにすることである。そして他宗の非難に対しては逆に質問するがよい。そもそも汝の宗で立てるところの教義はどの経にもとづいているのであるかと。そこで彼が経を引いて答えたならば、またその引用した経について質問するがよい。その経は仏一代五十年の説法の中で何時の経か、法華経より前であるか、後であるか、同時であるか、あるいは前後不定であるかと。その時もし法華経より前であると答えたならば、「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」という無量義経の文で責めるがよい。何もかの経の内容にまで立ち入って質問することはない。またもし法華経より後であると答えたならば、法師品の「当に説かん」の経文で責めよ。また法華経と同時であると答えたならば、「今説く」の経文で責めよ。また前後は不定であると答えたならば、前後不定の経は代表的経典ではなく、一時一会の特定の時、特定の人に対する方便説であるから問題にならない。しかも不定といっても「已に説き、今説き、当に説かん」という三説のほかに出るものではない。たとえ百千万の意義を言い立てても「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」などの経文が虚妄であるという経文以外は、その経を用いることはできない。それは仏の遺言に「不了義経に依るな」と誡められているからである。また華厳宗の智儼・三論宗の嘉祥・法相宗の慈恩・浄土宗の善導などの言葉を引いて、彼らの高徳を言い立て、そのすぐれた人師のいうことは真実であると非難を加えてきても、法華経と涅槃経の教えに背く人師の言葉を信用してはならない。それは「教法に依って人師に依るな」との仏の誡めを堅く守るからである。
[91]また法華経を信ずる愚かな人の心得のために、二種の信心について説明しておこう。一には仏について信心を立てるということ、二には経について信心を立てるということである。第一に仏について信心を立てるということは、方便教を信ずる他宗の学者が次のように非難するであろう。善導和尚は念仏三昧に入って覚りを開いた人で、その本地は阿弥陀如来で、弥陀がこの世に生まれ変わってきた人である。また慈恩大師は十一面観音の生まれ変わりで、その筆の先から仏舎利をふらしたほどの徳のある人である。これらの人びとはみな彼らの拠りどころとする経々の文を証拠として教えを立てている。それなのに汝はなぜそれらの経々を信ぜず、また彼ら人師の意見を用いないのかと。答えていう、汝聞け。もし一切の方便教を信ずる他宗の大師・先徳、舎利弗・目連、普賢・文殊・観音、あるいは阿弥陀・薬師・釈迦如来などがわれらの前に集まり来たって、法華経は汝らのような末代の劣った機根の者には合わないから、念仏などの方便経の修行をして極楽世界に往生してから、後に浄土で法華経を覚るがよいと説かれたとしても、決してこれを用いてはならない。その理由は、四十余年の諸経の中には法華経の名前を一度も呼びあげてはいないからである。それゆえに法華経と諸経とを比べて、いずれが下根下機の者に合う経であるかなどを論じているはずがないのである。しかし、法華経においては、釈迦・多宝・十方の諸仏が一処に集まって撰び定めていわれるには「この法華経を永くこの世界に留めておこう」「仏の滅後にこの世界の内に広く流布して断絶しないようにしよう」とある。もしこの三仏のほかに新しい仏が出現して、法華経は末代の時機に合わない経であるなどと定めたとすれば、それは法華経の三仏の定めに相違する。ゆえにその仏は涅槃経に説かれているところの仏滅後に仏教破壊のために仏の姿に化けた悪魔であるから、そのような仏は信用してはならない。ましてそれ以下の菩薩や声聞や比丘などが何と言おうとも信ずるには及ばない。これらは疑いもなく涅槃経に説かれているところの仏滅後の悪魔が姿を変じて菩薩などの姿となったものであるからである。その理由は、法華経の説法の座は霊鷲山に限らず、三千大千世界のほかに四百万億阿僧祇の世界をも収めていて、この広大な世界の中に充ち満ちている菩薩・二乗・人・天・八部などは、みな仏の勅命を受けて、おのおのの住んでいる国土に法華経を弘めますと誓願したからである。善導などがもし仏・菩薩の権化の聖者であるならば、どうして竜樹や天親などのようにはじめに方便教を弘め、後に法華経を弘めなかったのであるか、どうして法華経弘通の勅命を受けた仲間の内に入らなかったのであるか、どうして仏のなされたように先に方便教を弘め後に法華経を弘めなかったのであるか。もしこの前権後実の説法の次第順序に随わなければ、たとえそれが仏であろうとも信用してはならないのである。今は法華経の中の仏だけを信ずべきことを説いたから、仏について信心を立てるというのである。
[92]問うていう、釈迦如来の説法を他の仏が証明したから真実の説であるというならば、阿弥陀経にも同じような文があるから、なぜ阿弥陀経をも信じないのであるか。答えていう、阿弥陀経には法華経のような他仏の証明がないから信じないのである。問うていう、阿弥陀経を見ると、釈迦如来が説かれた一日から七日の間勧められた念仏が極楽往生の原因となることを、東西南北上下の六方の諸仏が舌を出し、その舌で三千世界を覆ってその真実を証明したという。どうして阿弥陀経に他仏の証明がないというのか。答えていう、阿弥陀経にはまったく法華経のような他仏の証明はない。ただ釈迦一仏が舎利弗に向かって説かれるには、「自分一人だけが阿弥陀経を説くだけでなく、六方の諸仏も広長舌を出して三千世界を覆い、阿弥陀経を説いている」というけれども、これは釈迦一仏が言われただけであって、六方の諸仏がこの娑婆世界に来て釈迦仏の説を証明したわけではない。しかもこれは方便経の文である。四十余年の間は教主釈尊も方便の仮りの仏で、伽耶城に近い菩提樹の下で始めて覚りを開いた応身仏である。教主が方便の仏であるから、その説くところの教えもまた方便の教えである。それゆえに四十余年の方便の仏の説法は信じてはならないのである。これに対し、今の法華経や涅槃経は久遠実成の本地仏の説かれた真実の教えである。十界互具を説き顕わした真実の言葉である。そのうえ、多宝仏や十方の諸仏も集まり来たって真実の証明をされたのであるから、信用しなければならないのである。阿弥陀経の説は無量義経の「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」の語に破られた説である。しかもその証明も釈迦一仏の言葉であって、諸仏の証明したものではないのである。
[93]第二に経について信心を立てるということは、無量義経に四十余年の諸経をあげて「まだ真実を説き顕わしていない」といい、涅槃経の梵行品には「如来に虚妄の言はないけれども、もし衆生が虚妄の説によって利益を得ると知れば、時と場合に応じて方便の教えを説く」とあり、また如来性品には「了義経に依って不了義経に依るな」ともある。このような経文は一通りではなく数多くあるが、いずれもみな四十余年の間に説かれた諸経を、仏みずから虚妄である、方便である、不了義経である、魔の説いたものであるなどと言われたのである。このようなことを仏が説かれたのは、みな衆生に方便経を捨てて法華経や涅槃経に入らせようとしたためである。ところがそれを何を頼みとしてか、妄語の経に留まって修行したり、得道を願ったりするのであろうか。今は方便教に執着する気持ちを捨てて、ただ真実教だけを信ずべきことを説いたから、経について信心を立てるというのである。
[94]問うていう、善導和尚も人について信心を立て、行について信心を立てることを述べているが、今の仏について信心を立て、経について信心を立てることと、どのような差別があるのか。答えていう、善導は阿弥陀経などの三部経によって立てたのであって、広く仏の一代五十年の教法における了義経と不了義経とを分けて立てたのではない。ゆえに了義経か不了義経かを分別し、了義経である法華経や涅槃経に基づいて立てた今の日蓮の教義と比較して論ずる時は、不了義経に依る善導の教義は破れ去ることになるのである。