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守護国家論

全集 第1巻 2段 定本: #15(定本の該当ページへ)

書下し

守護国家論しゆごこつかろん


[1]それおもんみれば、偶十方微塵たまたまじつぽうみじん三悪*さんあくの身をのがれて、まれ閻浮*えんぶ日本爪上*そうじようしようを受く。また閻浮日域にちいき爪上の生を捨て、十方微塵三悪の身を受けんこと疑いなきものなり。しかるに生を捨て悪趣あくしゆする縁、一にあらず。あるいは妻子眷属けんぞく哀憐あいりんに依り、或は殺生悪逆せつしようあくぎやく重業じゆうごうに依り、或は国主とりて民衆のきを知らざるに依り、或は法の邪正じやしようを知らざるに依り、或は悪師を信ずるに依る。この中においても、世間の善悪は眼前がんぜんにあれば、愚人ぐにんもこれをわきまうべし。仏法の邪正・師の善悪においては、証果しようか聖人しようにんすらなおこれを知らず。いわんや末代まつだい凡夫*ぼんぶにおいてをや。しかのみならず仏日西山*ぶつにちせいざんに隠れ、余光東域よこうとういきを照してよりこのかた、四依*しええとうひびげんじ、三蔵*さんぞう法流ほうりゆうつきにごる。実経*じつきように迷える論師*ろんじは真理の月に雲をえ、権経*ごんきようしゆうする訳者やくしやは実経のたまくだきて権経の石と成す。いかにいわんや震旦しんたん人師*にんしの宗義そのりなけんや。いかにいわんや日本辺土へんどの末学、誤りは多く実はすくなきものか。随つてその教を学する人数は竜鱗りゆうりんより多けれども、得道とくどうの者は麟角りんかくよりもまれなり。あるい権教ごんきように依るが故に、或は時機不相応じきふそうおうきように依るが故に、或は凡聖ぼんしようの教をわきまえざるが故に、或は権実ごんじつ二教を弁えざるが故に、或は権教を実教とおもうに依るが故に、或はくらい高下こうげを知らざるが故なり。凡夫の習い、仏法について生死しようじごうを増すこと、そのえん一にあらず。
[2]中昔ちゆうせき邪智じやち上人しようにんありて、末代まつだい愚人ぐにんのために一切いつさい宗義しゆうぎを破して、選択集*せんちやくしゆう一巻を造る。名をらんしやくどうの三師にりて、一代を二門にわかち、実経を録して権経に入れ、華・真言の直道じきどうじて、浄土三部*じようどさんぶあいろを開く。また浄土三部のにも順ぜずして、権実ごんじつ謗法*ほうぼうし、永く四聖*ししようしゆを断じて、阿鼻あびの底に沈むべき僻見びやつけんなり。しかるに世人せじんのこれにしたがうこと、譬えば大風たいふう小樹しようじゆの枝を吹くがごとく、門弟もんていのこの人を重んずること、天衆てんしゆ帝釈*たいしやくを敬うに似たり。この悪義を破らんがために、また多くの書あり。いわゆる浄土決義鈔*じようどけつぎしよう弾選択*だんせんちやく摧邪輪等*ざいじやりんとうなり。この書を造る人、皆碩徳せきとくの名一天にはびこるといえども、恐らくはいまだ選択集謗法の根源を顕わさず。故に還つて悪法の流布るふを増す。譬えば、盛なる旱魃かんばつの時に小雨しよううを降らせば草木いよいよ枯れ、兵者つわものを打つきざみに弱き兵を先にすれば強敵倍ごうてきますます力をるがごとし。予この事をく間、一巻の書を造りて選択集せんちやくしゆう謗法ほうぼう縁起えんぎを顕わし、名づけて守護国家論と号す。願わくは一切の道俗どうぞく一時いちじ世事せじとどめて永劫ようごう善苗ぜんみようえよ。今経論いまきようろんをもつて邪正じやしようただす。信謗しんぼうは仏説に任せ、あえて自義を存することなし。
[3]分ちて七門となす。一には如来の経教きようぎようにおいて権実ごんじつ二教を定むることをかし、二には正像末*しようぞうまつ興廃こうはいを明かし、三には選択集せんちやくしゆう謗法ほうぼう縁起えんぎを明かし、四には謗法の者を対治たいじすべき証文をいだすことを明かし、五には善知識並*ぜんちしきならびに真実の法にはがたきことを明かし、六には法華・涅槃ねはんに依る行者ぎようじや用心ようじんを明かし、七にはといに随つてこたえを明かす。
[4]大文だいもんの第一に、如来の経教において権実二教を定むることを明かさば、これにおいて四あり。一には大部だいぶの経の次第をいだして流類るるいせつすることを明かし、二には諸経の浅深せんじんを明かし、三には大小乗だいしようじようを定むることを明かし、四にはしばらくごんを捨てじつくべきことを明かす。
[5]第一に、大部だいぶの経の次第をいだして流類るるいせつすることを明かさば、問うて云く、仏、最初にいかなる経を説きたもうや。答えて云く。厳経なり。問うて云く、その証如何いかん。答えて云く、六十華厳経の離世間浄眼品りせけんじようげんほんに云く、「かくのごとく我れ聞く、一時いちじほとけ摩竭提国*まかだこく寂滅道場*じやくめつどうじようにあつて始めて正覚しようがくじようず」と。法華経の序品*じよほん放光瑞*ほうこうずいの時、弥勒菩十方世界*みろくぼさつじつぽうせかい諸仏しよぶつ時の次第を見る時、文殊師利*もんじゆしりに問うて云く、「また諸仏聖主しよぶつしようしゆ師子、経典の微妙みみよう第一なるを演説えんぜつしたもう。その声清浄しようじよう柔軟にゆうなんみこえいだして、もろもろの菩を教えたもうこと、無数億万むしゆおくまんなるをる」と。また方便品*ほうべんほんに仏みずか初成道しよじようどうの時を説いて云く、「われ始め道場に坐し、かんじまた経行きようぎようして、乃至ないし、その時にもろもろ梵王ぼんのう及び諸の天・帝釈たいしやく護世四天王*ごせしてんのう及び大自在天並*だいじざいてんならびの諸の天衆てんしゆ眷属けんぞく百千万、恭敬くぎよう合掌がつしようらいして、われ転法輪*てんぼうりんしようず」と。これらの説は法華経に華厳経の時を指すもんなり。ゆえに華厳経の第一に云く、「毘沙門天王*びしやもんてんのう〈略〉月天子がつてんじ〈略〉日天子につてんじ〈略〉釈提桓因しやくだいかんいん〈略〉大梵だいぼん〈略〉摩醯首羅まけいしゆら〈略〉」等と〈已上〉。涅槃*ねはん経に華厳経の時を説いて云く、「すで成道じようどうおわつて梵天勧請ぼんでんかんじようすらく、ただ願わくは如来まさに衆生しゆじようのために広く甘露かんろの門を開きたもうべし。乃至ないし、梵王またもうさく、世尊せそん一切衆生いつさいしゆじようおよそ三種あり。いわゆる利根りこん中根ちゆうこん鈍根どんこんなり。利根はく受く。ただ願わくはために説きたまえ。仏のたまわく、梵王諦ぼんのうあきらかにけ諦かに聴け、われ今まさに一切衆生のために甘露の門を開くべし」と。また三十三に華厳経の時を説いて云く、「二部経の修多羅しゆたらの中の微細みさいの義を、我先われさきすでに諸の菩のために説くが如し」と。かくのごときらのもん、皆諸仏世しよぶつよいでたまいて、一切経の初めには必ず華厳経を説きたまいし証文しようもんなり。問うて云く、無量義経むりようぎきように云く、「初めに四諦*したいを説き、乃至、次に方等ほうどう十二部経・摩訶般若まかはんにや華厳海空*けごんかいくうを説く」と。この文のごとくんば、般若経ののちに華厳経を説けり。相違如何そういいかん。答えて云く、浅深せんじんの次第なるか、或は後分ごぶんの華厳経なるか。法華経の方便品に一代の次第浅深をつらねて云く、「余乗よじよう〈華厳経なり〉のもしは二〈般若経なり〉、もしは三〈方等経なり〉あることなし」と。このこころなり。
[6]問うて云く、華厳経の次にいずれの経を説きたもうや。答えて云く、阿含経*あごんきようを説きたもうなり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、法華経の序品じよほんに華厳経の次の経を説いて云く、「もし人、うて老病死ろうびようしいとうには、ために涅槃*ねはんを説く」と。方便ほうべん品に云く、「即ち波羅奈*はらないおもむき、乃至ないし五比丘*ごびくのために説く」と。涅槃経に華厳経の次の経を定めて云く、「即ち波羅奈国はらないこくにおいて、正法輪しようぼうりんを転じて、中道ちゆうどう宣説せんぜつす」と。これらの経文は、華厳経より後に阿含経を説くなり。
[7]問うて云く、阿含経の後にいずれの経を説きたもうや。答えて曰く、方等経*ほうどうきようなり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経に云く、「初めに四諦したいを説き、乃至、次に方等十二部経を説く」と。涅槃経に云く、「修多羅しゆたらより方等ほうどういだす」と。問うて云く、方等とは天竺てんじくことば、これには大乗と云うなり。華厳けごん般若はんにや法華ほつけ涅槃等ねはんとう、皆大乗方等だいじようほうどうなり。何ぞ独り方等部に限りて方等の名を立つるや。答えていわく、実には華厳・般若・法華等、皆方等なり。しかりといえども、今方等部において、別して方等の名を立つることはわたくしの義にあらず。無量義経・涅槃経の文顕然もんけんねんなり。阿含あごん証果しようか一向いつこう小乗なり。次に大乗を説く。方等より已後いご、皆大乗と云うといえども、大乗の始めなるが故に、初めに従いて方等部を方等と云うなり。例せば八界の十半はしきなりといえども、初めに従いて色境しききようの名を立つるがごとし。
[8]問うて曰く、方等部の諸経ののちには、いずれの経を説きたもうや。答えて云く、若経なり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、涅槃経に云く、「方等より般若をいだす」と。
[9]問うて曰く、般若経の後にはいずれの経を説きたもうや。答えて曰く、量義経なり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、仁王経*にんのうきように云く、「二十九年中」と。無量義経に云く、「十余年」と。問うて曰く、無量義経には般若経の後に華厳経をつらね、涅槃経には般若経の後に涅槃経を列ぬ。今の所立しよりゆうの次第は、般若経の後に無量義経を列ぬ、相違如何いかん。答えて曰く、涅槃経第十四のもんを見るに、涅槃経已前の諸経を列ねて、涅槃経に対して勝劣を論じて、法華経を挙げず。第九の巻において、法華経は涅槃経より已前なりとこれを定めたもう。法華経の序品じよほんを見るに、無量義経は法華経の序分*じよぶんなり。無量義経には、般若の次に華厳経をつらぬれども、華厳経を初時におくれば、般若経ののちは無量義経なり。
[10]問うて曰く、無量義経の後にいずれの経を説きたもうや。答えて曰く、華経を説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、法華経の序品に云く、「もろもろの菩のために大乗経の無量義むりようぎ教菩きようぼさつぽう仏所護念ぶつしよごねんと名づくるを説きたもう。仏この経を説きおわつて、結跏趺坐けつかふざし、無量義処三昧むりようぎしよさんまいに入りたもう」と。
[11]問うて曰く、法華経の後にいずれの経を説きたもうや。答えて曰く、普賢経*ふげんきようを説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、普賢経に云く、「つてのち三月、われまさに般涅槃はつねはんすべし。乃至ないし、如来、昔耆闍崛山むかしぎしやくつせん及び余の住処じゆうしよにおいて、すでに広く一実いちじつどう分別ふんべつす、今もこのところにおいてす」と。
[12]問うて曰く、普賢経の後にいずれの経を説きたもうや。答えて曰く、涅槃経*ねはんぎようを説きたもうなり。問うて曰く、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、普賢経に云く、「つて後三月、われまさに般涅槃はつねはんすべし」と。涅槃経三十に云く、「如来、何が故ぞ二月に涅槃したもうや」と。また云く、「如来は初生しよしよう出家しゆつけ成道じようどう転妙法輪てんみようほうりん、皆八をもつてす。何ぞ仏の涅槃のみ独り十五日なるや」と。
[13]大部だいぶの経大概おおむねかくのごとし。これより已外いげ、諸の大小乗経は次第不定ふじようなり。或は阿含経より已後に華厳経を説き、法華経より已後に方等・般若を説く。皆義類ぎるいをもつてこれをおさめて一処いつしよに置くべし。
[14]第二に、諸経の浅深を明かさば、無量義経にいわく、「初めに四諦したい阿含あごん〉を説き、次に方等ほうどう十二部経・摩訶般若まかはんにや華厳海空けごんかいくうを説き、菩歴劫修行*りやつこうしゆぎよう宣説せんぜつす」と。また云く、「四十余年にはいまだ真実をあらわさず」と。また云く、「無量義経はそんにして過上かじようなし」と。これらのもんのごとくんば、四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑いなきものなり。
[15]問うて曰く、密厳経みつごんきように云く、「一切の経の中にすぐれたり」と。大雲経だいうんきように云く、「諸経の転輪聖王*てんりんじようおうなり」と金光明経*こんこうみようきように云く、「諸経の中の王なり」と。これらのもんを見るに、もろもろの大乗経のつねの習いなり。何ぞ一文いちもんて、無量義経は四十余年の諸経にすぐるというや。答えて云く、教主釈尊きようしゆしやくそん、もし諸経においてたがいに勝劣を説かば、大小乗だいしようじよう差別さべつ権実ごんじつ不同ふどうあるべからず。もし実に差別なきに、互に差別・浅深等を説かば、諍論じようろんの根源・悪業起罪あくごうきざい因縁いんねんなり。爾前*にぜんの諸経の第一とは、えんに随いて不定ふじようなり。あるいは小乗の諸経に対して第一なりとす。或は報身ほうじん寿じゆを説いて諸経の第一なりとす。或は俗諦*ぞくたい真諦しんたい中諦ちゆうたい等を説いて第一なりとす。一切の第一にあらず。今の無量義経のごときは、四十余年の諸経に対して第一なり。
[16]問うていわく、法華経と無量義経といずれかすぐれたるや。答えて云く、法華経勝れたり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経にはいまだ二乗作仏*にじようさぶつ久遠実成*くおんじつじようとを明かさず。故に法華経にわれて、今説*こんせつうちに入るなり。
[17]問うて云く、法華経と涅槃経ねはんぎよういずれかすぐれたるや。答えて云く、法華経勝るるなり。問うていわく、何をもつてこれを知るや。答えて曰く、涅槃経にみずから「如法華中によほつけちゆう」等と説いて、「更無所作きようむしよさ」と云う。法華経に当説*とうせつを指して「難信難解なんしんなんげ」と云わざるが故なり。問うて云く、涅槃経のもんを見るに、涅槃経已前をば皆邪見じやけんなりと云う、如何いかん。答えて云く、法華経は如来出世によらいしゆつせ本懐ほんがいなる故に、「今はすでに満足しぬ」、「今まさしくこれその時なり」、「しかるに善男子ぜんなんしわれ実に成仏してより已来このかた」等と説きたもう。ただし諸経の勝劣においては、仏みずから「我が説く所の経典は無量千万億にして」とおわつて、「すでに説き、今説き、まさに説かん」等と説く時、多宝仏地*たほうぶつちより涌現ゆげんして、「皆これ真実なり」と定め、分身*ふんじん諸仏しよぶつ舌相ぜつそう梵天ぼんでんに付けたもう。かくのごとく、諸経と法華経との勝劣を定めおわんぬ。このほか、釈如来一仏の所説なれば、先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきにあらず。故に涅槃経に諸経をう中に法華経を入れず。法華経は諸経に勝るる由、これを顕わす故なり。ただし、邪見じやけんの文に至りては、法華経を覚知かくちせざる一類いちるいの人、涅槃経を聞いて悟りを得る故に、葉童子かしようどうじ自身じしん並に所引しよいんを指して、涅槃経より已前を邪見等と云うなり。経の勝劣を論ずるにはあらず。
[18]第三に、大小乗を定むることを明かさば、問うていわく、大小乗の差別如何いかん。答えていわく、常途じようずの説のごときは、阿含部あごんぶの諸経は小乗なり。華厳・方等・般若・法華・涅槃等は大乗なり。或は六界を明かすは小乗、十界じつかいを明かすは大乗なり。そのほか法華経に対して実義じつぎを論ずる時、法華経より外の四十余年のもろもろの大乗経は皆小乗にして、法華経は大乗なり。問うて云く、諸宗に亘りて我がるところの経を実大乗とい、余宗の拠るところの経を権大乗ごんだいじようと云うこと常の習いなり。末学まつがくにおいて是非ぜひ定めがたし。いまだ法華経に対して、諸の大乗経を小乗と称することを聞知もんちせず、証文如何いかん。答えて云く、宗宗の立義互りゆうぎたがいに是非を論ず。なかんずく、末法*まつぽうにおいて、世間せけん出世しゆつせについてさきとしのちとす。みずから是非を知らず、愚者ぐしやたんずべきところなり。ただししばらく我等われらをもつて、四十余年の現文をるに、この文を破る文なければ、人の是非を信用すべからざるなり。その上、法華経に対して、諸の大乗経を小乗と称することは、自答じとうを存すべきにあらず。法華経の方便品ほうべんほんに云く、「仏はみずから大乗に住したまえり。乃至ないし、自ら無上道むじようどう大乗平等の法を証して、もし小乗をもつて化すること乃至一人ないしいちにんにおいてもせば、われ則ち慳貪けんどんせん。此のさだめて不可ふかなり」と。この文のこころは、法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり。また寿量品じゆりようほんに云く、「小法しようぼうねがえる」と。これらの文は、法華経より外の四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり。天台*てんだい妙楽*みようらくしやくにおいて、四十余年の諸経を小乗なりと釈すとも、他師これを許すべからず。故にただ経文をいだすなり。
[19]第四に、しばらく権経ごんきようさしおいて実経にくことを明かさば、問うていわく、証文如何いかん。答えて曰く、十の証文あり。法華経に云く、「ただねがつて大乗経典を受持じゆじして、乃至ないし余経の一偈をも受けざれ」と〈これ一〉。涅槃経に云く、「了義経*りようぎきように依つて不了義経に依らざれ」と〈四十余年を不了義経と云う。これ二〉。法華経に云く、「此の経はたもち難し、もし暫くも持つ者は、われ即ち歓喜す、諸仏もまたしかなり、かくのごときの人は諸仏のめたもうところなり、これ則ち勇猛ゆうみようなり、これ則ち精進しようじんなり、これを戒を持ち、頭陀*ずだぎようずる者と名づく」〈末代において四十余年の持戒じかいなし。ただ法華経を持つを持戒となす。これ三〉。涅槃経に云く、「じようにおいてかんなる者は、すなわち名づけて緩となす。かいにおいて緩なる者をば名づけて緩とせず。菩摩訶まかさつ、この大乗において心懈慢けまんせずんば、これを奉戒ぶかいと名づく。正法しようぼうを護るがために、大乗の水をもつてみずか澡浴そうよくす。この故に菩破戒はかいを現ずといえども、名づけて緩となさず」〈この文は法華経の戒を流通るつうする文なり。これ四〉。法華経第四に云く、「妙法華経みようほけきよう乃至ないし、皆これ真実なり」と〈この文は多宝たほう証明しようみようなり。これ五〉。法華経第八に普賢*ふげん誓つて云く、「如来の滅後において、閻浮提*えんぶだいの内に広く流布るふせしめて断絶だんぜつせざらしめん」と〈これ六〉。法華経第七に云く、「が滅度ののちのちの五百歳の中に、閻浮提において断絶せしむることなけん」と〈釈如来の誓いなり。これ七〉。法華経第四に多宝たほう並に十方じつぽうの諸仏来集らいじゆう意趣いしゆを説いて云く、「法をして久しく住せしめんが故に、ここに来至らいししたまえり」と〈これ八〉。法華経第七に法華経をぎようずる者の住処じゆうしよを説いて云く、「如来の滅後において、まさに一心に受持じゆじ読誦どくじゆ解説げせつ書写しよしやして、説のごと修行しゆぎようすべし。所在しよざいの国土に、乃至、もしは経巻所住きようがんしよじゆうの処、もしはそのの中においても、もしは林の中においても、もしはもとにおいても、もしは僧坊そうぼうにおいても、もしは白衣びやくえいえにても、もしは殿堂でんどうにあつても、もしは山谷曠野せんごくこうやにても、この中に皆塔をてて供養すべし。所以ゆえいかん。まさに知るべし、この処は即ちこれ道場なり。諸仏ここにおいて阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみやくさんぼだい」と〈これ九〉。法華経の流通るつうたる涅槃経の第九に云く、「我が涅槃ねはんのち正法しようぼういまだ滅せず、余の八十年、その時、この経閻浮提えんぶだいにおいてまさに広く流布るふすべし。この時まさにもろもろの悪比丘あつて、この経を抄掠しようりやくして分つて多分となし、よく正法のしきこうを滅すべし。この諸の悪人、またかくのごとき経典を読誦すといえども、如来の深密じんみつ要義ようぎを滅除して、世間せけん荘厳しようごん文飾無義もんじきむぎことば安置あんちし、まえしようしてのちけ、後を抄して前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。まさに知るべし、かくのごとき諸の悪比丘はこれ魔の伴侶はんりよなり。乃至、譬えば牧牛女もくごによの多く水を乳に加うるがごとし。諸の悪比丘もまたかくのごとし。まじうるに世語せごをもつてし、この経をあやまり定め、多くの衆生しゆじようをして正説しようせつ正写しようしや正取しようしゆ尊重そんじゆうさんだん供養くよう恭敬くぎようすることをざらしむ。この悪比丘は利養のための故に、この経を広宣流布こうせんるふすることあたわず。分流ぶんるすべき所少くして言うにらざること、牧牛もくごびんぐ女人によにん展転てんでんして乳を売るに、乃至、かゆすに乳味にゆうみなきがごとし。この大乗経典大涅槃経もまたかくのごとし。展転し薄淡はくたんにして気味きみあることなし。気味なしといえども、なお余経にまさることこれ一千倍なること、彼の乳味の諸の苦味くみにおいて千倍勝るとなすがごとし。何をもつての故に、この大乗経典大涅槃経は声聞しようもんの経において最もこれ上首たり」と〈これ十〉。
[20]問うて云く、不了義経を捨てて了義経にくとは、大円覚修多羅了義経だいえんがくしゆたらりようぎきよう大仏頂如来密因修証了義経だいぶつちようによらいみついんしゆしようりようぎきよう、かくのごときもろもろの大乗経は皆了義経なり。依用えようすべきや。答えて曰く、了義・不了義は所対に随つて不同なり。二乗*にじよう・菩等の所説の不了義に対すれば、一代の仏説は皆了義なり。仏説にいて、また小乗経は不了義、大乗経は了義なり。大乗に就いて、また四十余年の諸経は不了義経、法華・涅槃・大日経等は了義経なり。しかるに円覚・大仏頂等の諸経は、小乗及び歴劫修行りやつこうしゆぎようの不了義経に対すれば了義経なり。法華経のごとき了義にはあらざるなり。
[21]問うて曰く、華厳・法相・三論等の天台・真言より以外の諸宗の高祖、おのおのその依憑えびようの経経に依りて、その経々の深義じんぎきわめんと欲す。これしかるべきや、如何いかん。答えて云く、厳宗のごときは、華厳経に依りて諸経を判じて、華厳経の方便となすなり。相宗のごときは、阿含・般若等をいやしめ、華厳・法華・涅槃をもつて深密経*じんみつきようどうじ、おなじく中道教と立つるといえども、また法華・涅槃は一類の一乗を説くが故に不了義経なり、深密経には五性各別*ごしようかくべつを存するが故に了義経と立つるなり。論宗のごときは、二蔵*にぞうを立てて一代いちだいせつし、大乗において浅深を論ぜず。しかも般若経をもつて依憑となす。これらの諸宗の高祖、多分たぶん四依しえの菩なるか。定めて所存しよぞんあらん。是非ぜひに及ばず。しかりといえども、自身の疑いを晴らさんがために、しばらく人師の異解いげさしおいて、諸宗の依憑えびようの経々を開き見るに、華厳経は旧訳*くやくは五十・六十、新訳*しんやくは八十・四十なり。その中に法華・涅槃のごとく一代聖教*いちだいしようぎようを集めて方便となすの文なし。四乗を説くといえども、その中の仏乗において十界互具*じつかいごぐ久遠実成*くおんじつじようを説かず。ただし人師にんしに至りて教を立てて、先の四教に諸経を収めて華厳経の方便となす。法相宗のごときは、時教を立つる時、法華等をもつて深密経に同ずといえども、深密経五巻を開き見るに、全く法華等をもつて中道の内に入れず。三論宗のごときは、二蔵を立つる時、菩蔵において華厳・法華等を収め般若経に同ずといえども、新訳の大般若経を開き見るに、全く大般若をもつて法華・涅槃に同ずるの文なし。華厳は頓教*とんぎよう・法華は漸教*ぜんぎよう等とは、人師の意楽いぎようにして仏説にあらざるなり。
[22]法華経のごときは、分の無量義経にたしかに「四十年」の年限を挙げ、華厳・方等・般若等の大部だいぶの諸経の題名を呼んで「未顕真実みけんしんじつ」と定め、正宗*しようしゆうの法華経に至りて一代の勝劣を定むる時、「我が所説の経典無量千万億にして、すでに説き今説き当に説かん」との金言きんげんを吐きて、「しかもその中において、この法華経は最もこれ難信難解なんしんなんげなり」と説きたもう時、多宝如来地より涌出ゆじゆつして、「妙法華経みようほけきよう皆是真実かいぜしんじつ」と証誠しようじようし、分身ふんじんの諸仏は十方じつぽうよりことごとく一処に集りて、舌を梵天ぼんでんに付けたもう。
[23]今この義をもつて、われ推察を加うるに、とう土・日本に渡れるところの五千・七千余巻の諸経以外の、天竺てんじく竜宮りゆうぐう四王天*しおうてん去の七仏等の諸経、並に阿難*あなん未結集みけつじゆうの経、十方世界じつぽうせかいちりに同ずる諸経の勝劣・浅深・難易なんい掌中しようちゆうにあり。無量千万億の中に、あに釈如来の所説の諸経漏るべきや。已説いせつ今説こんせつ当説とうせつの年限に入らざる諸経これあるべきや。願わくは末代の諸人、しばらく諸宗の高祖の弱文無義じやくもんむぎさしおいて、釈・多宝・十方の諸仏の強文有義ごうもんうぎを信ずべし。いかにいわんや、諸宗の末学は偏執へんしゆうさきとなし、末代まつだい愚者ぐしや人師にんしもととなして、経論をなげうつ者に依憑すべきや。故に法華の流通るつうたる林最後の涅槃経に、仏葉童子かしようどうじに遺言していわく、「ほうに依つてひとに依らざれ、に依つてに依らざれ、に依つてしきに依らざれ、了義経りようぎきように依つて不了義経ふりようぎきように依らざれ」と云云。予、世間を見聞けんもんするに、自宗の人師をもつて三昧発得智さんまいほつとくちえ第一と称すれども無徳むとくの凡夫にして、実経に依つて法門を信ぜしめず、不了義の観経かんぎよう等をもつて時機相応じきそうおうきようと称し、了義の法華・涅槃を閣いて、そしりて理深解微*りじんげみとがを付く。如来の遺言ゆいごんに背いて、人に依つて法に依らず、語に依つて義に依らず、識に依つて智に依らず、不了義経に依つて了義経に依らず、と談ずるにあらずや。い願わくは心あらん人は思惟しゆいを加えよ。
[24]如来の入滅はすでに二千二百余の星霜せいそうを送れり。殊・葉・難、経を結集けつじゆうせし已後、四依しえの菩重ねて世に出で、論を造り経の意をぶ。末の論師ろんじに至りて漸く誤り出来しゆつたいす。また訳者においてもぼん漢未達かんみたつの者あり。権教宿習しゆくしゆうの人は、実の経論の義をげて、ごんの経論の義を存せり。これについてまた唐土とうど人師にんし、過去の権教の宿習の故に、権の経論心に叶う間、実の経論を用いず。或はすこし自義にたがう文あれば、理を曲げて会通えつうかまえ、もつて自身の義に叶わしむ。たといのちに道理とおもうといえども、或は名利に依り、或は檀の帰依に依りて、権宗を捨てて実宗に入らず。世間の道俗また無智の故に、理非を弁えず。ただ人に依りて法に依らず。たとい悪法たりといえども、多人の邪義に随つて一人いちにんの実説に依らず。しかるに衆生しゆじようの機多くは流転るてんに随い、たとい出離しゆつりを求むるにも、また多分は権経に依る。ただ恨むらくは、悪業の身、善に付け悪に付け生死しようじを離れがたきのみ。
[25]しかりといえども、今の世の一切の凡夫、たとい今生こんじようを損すといえども、かみいだすところの涅槃経第九の文に依つて、しばらく法華・涅槃を信ぜよ。その故は世間の浅事せんじすら多く展転てんでんする時は、は多くじつは少なし。いわんや仏法の深義じんぎにおいてをや。如来の滅後二千余年の間、仏経に邪義をきたり、万に一も正義しようぎなきか。一代の聖教しようぎよう多分は誤りあるか。ゆえに、心地観経しんじかんぎよう法爾無漏ほうにむろ種子しゆうじ正法華経しようほけきよう属累ぞくるい経末きようまつ婆沙論ばしやろんの一十六字、摂論しようろんしきを八、九にわかつ、法華論ほつけろん妙法華経みようほけきようとの相違、涅槃論ねはんろんの法華は煩悩ぼんのうけがさるるの文、法相宗ほつそうしゆう定性無性じようしようむしよう不成仏ふじようぶつ摂論宗しようろんしゆうの法華経の一称南無いつしようなむ別時意趣*べつじいしゆ、これらは皆訳者やくしや人師にんしの誤りなり。このほかにまた四十余年の経経において多くの誤りあるか。たとい法華・涅槃において誤りあるも誤りなきも、四十余年の諸経を捨てて法華・涅槃に随うべし。その証はかみいだおわんぬ。いわんや誤りある諸経において信心を致す者の生死しようじを離るべきや。
[26]大文の第二に、像末にいて仏法の興廃こうはいあることを明かさば、これに就いて二あり。一には、爾前*にぜん四十余年の内の諸経と浄土三部経との法における久住くじゆう不久住ふくじゆうを明かし、二には、法華・涅槃と浄土三部経並に諸経との久住・不久住を明かす。
[27]第一に、爾前四十余年の内の諸経と浄土三部経との末法における久住・不久住を明かさば、問うて云く、如来の教法は大小・浅深・勝劣を論ぜず、ただ時機に依つてこれをぎようぜば、定めて利益りやくあるべきなり。しかるに賢劫けんごう大術だいじゆつ大集だいしゆう等の諸経を見るに、仏の滅後二千余年已後は仏法みな滅して、ただ教のみありて行・証あるべからず。随つて教大師の末法灯明記まつぽうとうみようきを開くに、「我が延暦えんりやく二十年辛巳かのとみ一千七百五十歳」と〈一説なり〉。延暦二十年より已後また四百五十余歳なり。すでに末法まつぽうに入れり。たとい教法ありといえども、行・証なけん。しかるにおいては、仏法を行ずる者、万が一も得道ありがたきか。しかるに双観経*そうかんぎようの「当来とうらいの世、経道滅尽きようどうめつじんせんに、我慈悲哀愍われじひあいみんをもつて、ひとりこの経をとどめて、止住せんこと百歳ならん。それ、衆生のこの経にうことあらん者は、こころ所願しよがんに随つて、皆得度とくどすべし」等の文を見るに、釈如来一代の聖教しようぎよう皆滅尽して後、ただひとり双観経の念仏のみを留めて、衆生を利益りやくすべし、と見え了んぬ。この意趣に依りて、ほぼ浄土家の諸師の釈を勘うるに、そのこころなきにあらず。道綽*どうしやく禅師は「当今とうこん末法はこれ五濁悪世*ごじよくあくせなり、ただ浄土の一門のみありて通入つうにゆうすべきみちなり」としるし、善導*ぜんどう和尚は「万年まんねん三宝さんぼう滅し、この経のみ住すること百年なり」とべ、慈恩*じおん大師は「末法万年に余経悉く滅し、弥陀みだの一教利物偏りもつひとえに増す」と定め、日本国の叡山の先徳心僧都*えしんそうずは、一代聖教の要文を集めて、末代の指南を教ゆる往生要集*おうじようようしゆうじよに云く、「それ往生極楽ごくらく教行きようぎよう濁世末代じよくせまつだい目足もくそくなり。道俗貴賤誰どうぞくきせんたれせざる者あらん。ただし密の教法はその文一にあらず。事理じり業因ごういんはそのぎようこれ多し。利智精進りちしようじんの人はいまだかたしとせず。がごとき頑魯がんろの者あにあえてせんや」と。乃至、次下つぎしもに云く、「なかんづく、念仏の教は多く末代の経道滅尽して後の濁悪の衆生を利するばかりなり」と。総じて諸宗の学者もこの旨を存すべし。ことに天台一宗の学者、誰かこの義に背くべけんや、如何いかん
[28]答えて云く、爾前四十余年の経経は、おのおの時機に随つて興廃あるが故に、多分は浄土三部経より已前に滅尽あるべきか。諸経においては多く三乗*さんじよう現身げんしん得道を説く。故に末代においては現身得道の者これまれなり。十方じつぽうの往生浄土は多く末代のこうむらしむ。これにいて、西方極楽さいほうごくらく娑婆隣近しやばりんごんなるが故に、最下さいげの浄土なるが故に、日輪東にでて西に没するが故に、諸経に多くこれを勧む。随つて浄土の祖師のみ独りこの義を勧むるにあらず。天台・妙楽みようらく等もまた爾前にぜんの経に依るの日は、しばらくこの筋あり。また独り人師のみにあらず、竜樹りゆうじゆ天親てんじんもこの意あり。これ一義なり。また仁王にんのう経等のごときは、浄土の三部経よりなお久しく末法万年ののち八千年住すべしと。故に爾前の諸経においては一定すべからず。
[29]第二に、法華・涅槃と浄土三部経との久住・不久住を明かさば、問うて云く、法華・涅槃と浄土三部経といずれか先に滅すべきや。答えて云く、法華・涅槃より已前に、浄土三部経は滅すべきなり。問うて云く、何をもつてこれを知るや。答えて云く、無量義経に四十余年の大部だいぶの諸経を挙げおわつて「未顕真実みけんしんじつ」と云う。故に双観経そうかんぎよう等の「特留此経とくるしきよう」の言は、皆方便ほうべんなり、虚妄こもうなり。華厳けごん方等ほうどう般若はんにや経等の速疾そくしつ歴劫りやつこう生・仏は、無量義経の実義をもつてこれをかんがうるに、「無量無辺不可思議阿僧あそうぎこうを過ぐれども、ついに無上菩提を成ずることを得ず。乃至ないしけわしきみちを行くに留難るなん多きが故に」という経なり。往生・成仏とも別時意趣ベつじいしゆなり。大集だいしゆう双観経そうかんぎよう等の住滅の先後は皆随宜ずいぎの一説なり。法華経にきたらざる以前は、外道*げどうの説に同じ。譬えば、江河ごうが大海たいかいおもむかず、たみしんの大王に随わざるがごとし。身を苦しめ行をすとも、法華・涅槃に至らざれば、一分の利益なく、有因無果ういんむか外道げどうなり。在世・滅後ともに教ありて人なく、ぎようありてしようなきなり。諸木は枯るるといえども松柏しようはくしぼまず、衆草は散るといえども鞠竹きくちくは変ぜず。法華経もまたかくのごとし。釈尊の三説・多宝の証明しようみよう・諸仏の舌相ぜつそうひとえ令法久住*りようぼうくじゆうにあるが故なり。
[30]問うて云く、諸経滅尽の後、ひとり法華経のみ留まるべき証文如何いかん。答えて云く、法華経の法師品に釈尊みずか流通るつうせしめて云く、「わが所説の経典は無量千万億にして、すでに説きいま説きまさに説かん。しかもその中において、この法華経最もこれ難信難解なんしんなんげなり」と云云。もんこころは、一代五十年の已今当*いこんとうの三説において最も第一の経なり。八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して説きたまいしなり。故に次の品に、多宝如来は地より涌出ゆじゆつし、分身ふんじんの諸仏は十方より一処に来集らいじゆうし、釈如来は諸仏を御使おんつかいとして、八方四百万億由佗の世界に充満せる菩・二乗・にん・天・部等をせめて云く、多宝如来並に十方の諸仏の涌出来集の意趣は、ひとえに令法久住のためなり。おのおの三説の諸経滅尽の後、たしかに未来五濁*ごじよくの難信の世界において、この経を弘めんと誓言せいごんを立てよと。時に二万の菩、八十万億由佗の菩、各誓状せいじようを立てて云く、「我身命われしんみようを愛せず、ただ無上道を惜しむ」と。千世界の微塵の菩、文殊等皆誓つて云く、「我等われら仏の滅後において、乃至、まさに広くの経を説くべし」と云云。そののち、仏十喩*じゆうゆを挙げたもう。その第一のたとえは、川流江河せんるごうがをもつて四十余年の諸経に譬え、法華経をもつて大海に譬う。末代濁悪の無慚無愧むざんむき大旱魃だいかんばつの時、四味しみの川流江河はつくるといえども、法華経の大海は減少せず等と説き了りて、次下つぎしもまさしく説いて云く、「が滅度ののちのちの五百歳の中に閻浮提に広宣流布こうせんるふして、断絶せしむることなけん」と定め了んぬ。
[31]つらつら文の次第をあんずるに、「我が滅度の後」の次の「後」の字は、四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり。故に法華経の流通るつうたる涅槃経に云く、「まさに無上の仏法をもつてもろもろの菩に付すべし。諸の菩善能よく問答するをもつてなり。かくのごときの法宝ほうほうはすなわち久住くじゆうすることを得て、無量千世むりようせんぜにも増益熾盛ぞうやくしじようにして衆生を利安りあんすべし」と〈已上〉。かくのごときらの文は、法華・涅槃は無量百歳にもゆべからざる経なり。この義を知らざる世間の学者は、大集権門だいしゆうごんもん五百歳のもんをもつてこの経にどうじ、浄土三部経より已前に滅尽すべしと存せる立義りゆうぎは、一経先後いつきようせんご起尽きじんを忘れたるなり。
[32]問うて云く、かみに挙ぐるところの曇鸞どんらん道綽どうしやく善導ぜんどうえしん等の諸師、皆法華・真言等の諸経において末代不相応まつだいふそうおうの釈を作る。これに依りて源空*げんくう並に所化しよけの弟子、法華・真言等をもつて雑行ぞうぎようと立て、難行道とうとみ、行者をば群賊ぐんぞく悪衆あくしゆ悪見あつけんひと等とののしり、或は祖父そふくつに類し〈聖光房しようこうぼうの語〉、或は絃歌げんか等にも劣る〈南無房なむぼうの語〉と云う。その意趣いしゆを尋ぬれば、偏に時機不相応の義を存するが故なり。これらの人師の釈を如何いかにこれをすべきや。答えて云く、釈如来一代五十年の説教、一仏の金言きんげんにおいて権実ごんじつ二教を分け、権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然けんねんたり。ここにおいて、「もしただ仏乗を讃ぜば、衆生は苦に没在もつざいせん」の道理を恐れ、しばらく四十二年の権経を説くといえども、「もし小乗をもつてすること、乃至ないし一人においてもせば、われすなわち慳貪けんどんせん」のとがのがれんがために、「大乗に入るにこれもとなり」の義を存し、本意をげて法華経を説きたもう。しかるに涅槃経に至りて、「われ滅度せば必ず四依をいだして、権実二教を弘通ぐずうせしめん」と約束し了んぬ。故に竜樹りゆうじゆは如来の滅後八百年に出世して、十住毘婆沙じゆうじゆうびばしや等の権論ごんろんを造りて華厳・方等・般若等の意をべ、大論*だいろんを造りて般若・法華の差別を分つ。天親てんじんは如来の滅後九百年に出世して、舎論くしやろんを造りて小乗の意をべ、唯識論ゆいしきろんを造りて方等部の意をべ、最後に仏性論ぶつしようろんを造りて法華・涅槃の意をべ、了教りようきよう・不了教を分ちて、あえて仏の遺言にたがわず。末の論師ろんじ並に訳者の時に至りては、一向権経ごんきようしゆうするが故に、実経をして権経に入れ、権実雑乱ごんじつぞうらん失出来とがしゆつたいせり。また人師*にんしの時に至りては、おのおの依憑の経をもつてもととなすが故に、余経をもつて権経となす。これよりいよいよ仏意に背く。
[33]しかるに浄土の三師においては、らんしやくの二師は十住毘婆沙論に依りて難易なんい聖浄しようじようの二道を立つ。もし本論にたがいて、法華・真言等をもつて難易の内にるれば、信用に及ばず。随つて浄土論註じようどろんちゆう並に安楽集あんらくしゆうを見るに、多分は本論の意に違わず。善導和尚はまた浄土三部経に依りて、弥陀称名みだしようみよう等の一行一願いちぎよういちがん往生おうじようを立つる時、りようちんずいとうの四代の摂論師しようろんじ、総じて一代聖教をもつて別時意趣べつじいしゆと定む。善導和尚の存念ぞんねんに違えるが故に、摂論師を破する時、の人を群賊等に譬う。順次往生じゆんじおうじようの功徳を賊するが故に、その所行を雑行と称す。必ず万行まんぎようをもつて往生の素懐そかいぐる故をば、この人初むる故に「千中無一せんちゆうむいち」とえり。この故に善導和尚も雑行のことばの中に、あえて法華・真言等を入れず。
[34]日本国にほんこく源信僧都*げんしんそうずはまた叡山第十八代の座主慈ざすじえ大師の御弟子みでしなり。多くの書を造れども皆法華を弘めんがためなり。しかるに往生要集おうじようようしゆうを造るの意は、爾前四十余年の諸経において往生*おうじよう成仏*じようぶつの二義あり。成仏の難行なんぎように対して往生易行いぎようの義を存し、往生のごうの中において菩提心ぼだいしん・観念の念仏をもつて最上となす。故に大文第十の問答料簡もんどうりようけんの中、第七の諸行勝劣門しよぎようしようれつもんにおいては、念仏をもつて最勝となす。次下つぎしも爾前最勝にぜんさいしようの念仏をもつて、法華経の一念信解*いちねんしんげの功徳に対して勝劣を判ずるとき、一念信解の功徳は念仏三昧よりすぐるること百千万倍なりと定めたまえり。まさに知るべし、往生要集の意は、爾前最上の念仏をもつて法華最下の功徳に対して、人をして法華経に入らしめんがために造るところの書なり。故に往生要集ののち一乗要決*いちじようようけつを造りて自身の内証を述ぶる時、法華経をもつて本意となす。
[35]しかるに源空げんくう並に所化しよけしゆ、この義を知らざるが故に、法華・真言をもつて三師並に源信の所破のなんしようぞう並に往生要集の序の顕密の中に入れて、三師並に源信を法華・真言の謗法の人となす。その上、日本国の一切の道俗をし、法華・真言において時機不相応のむねを習わしめ、在家ざいけ・出家の諸人において法華・真言の結縁けちえんとどむ。あに仏のしるしたもうところの「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲てんごく」の人にあらずや。また「すなわち一切世間の仏種ぶつしゆを断ずる」のとがまぬがるべきや。その上、山門・寺門・東寺・天台並に日本国中の法華・真言等を習う諸人を群賊・悪衆・悪見の人等に譬うる源空が重罪、いずれのこうにかその苦果くか経尽きようじんすべきや。法華経の法師品ほつしほん持経者じきようしやののしる罪を説いて云く、「もし悪人ありて、不善の心をもつて、一劫の中において、現に仏前において、常に仏を毀罵きめせん、その罪なおかろし。もし人一つの悪言あくごんをもつて、在家・出家の法華経を読誦する者をきしせん、その罪甚だ重し」〈已上経文〉。一人の持者を罵る罪すらなおかくのごとし。いわんや、書を造り日本国の諸人に罵らしむる罪をや。いかにいわんや、この経を「千中無一」と定め、法華経を行ずる人に疑いを生ぜしむる罪をや。いかにいわんや、この経を捨てて観経等の権経にうつらしむる謗法ほうぼうの罪をや。願わくは一切の源空が所化の四衆ししゆとみ選択集せんちやくしゆうの邪法を捨ててたちまちに法華経にうつり、今度阿鼻このたびあびほのおのがれよ。
[36]問うて云く、まさしく源空が法華経を誹謗する証文如何いかん。答えて云く、法華経の第二に云く、「もしひと信ぜずしてこの経を毀謗きほうせば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」と〈経文〉。不信の相貌そうみようは人をして法華経を捨てしむればなり。故に天親てんじんの仏性論の第一にこの文を釈して云く、「もし大乗に憎背ぞうはいするは、これはこれ一闡提*いつせんだいの因なり。衆生しゆじようをしてこの法を捨てしむるをもつての故なり」と〈論文〉。謗法の相貌そうみようはこの法を捨てしむるが故なり。選択集は人をして法華経を捨てしむる書にあらずや。「かくほう」の二字は仏性論の「憎背ぞうはい」の二字にあらずや。また法華経誹謗ひほう相貌そうみようは四十余年の諸経のごとく、小善成仏*しようぜんじようぶつをもつて別時意趣べつじいしゆと定むる等なり。故に天台の釈に云く、「もし小善成仏を信ぜずんば、則ち世間の仏種を断ずるなり」と。妙楽重ねてこの義をべて云く、「この経はあまねく六道ろくどうの仏種を開す。もしこの経を謗ぜば、義断ぎだんあたるなり」と。釈・多宝・十方の諸仏・天親・天台・妙楽のこころのごとくんば、源空は謗法の者なり。ずるところ、選択集の意は、人をして法華・真言を捨てしめんと定めて書きおわんぬ。謗法の義疑いなきものなり。
[37]大文の第三に、選択せんちやく集の謗法の縁起えんぎいださば、問うて云く、いずれの証拠をもつて源空を謗法の者と称するや。答えて云く、選択集せんちやくしゆう現文げんもんを見るに、一代聖教をもつて二にわかつ。一には、聖道しようどう難行なんぎよう雑行ぞうぎよう、二には、浄土・易行いぎよう正行しようぎようなり。その中に聖・難・雑と云うは、華厳けごん阿含あごん方等ほうどう般若はんにや法華ほつけ涅槃ねはん大日経だいにちきよう等なり〈取意〉。浄・易・正と云うは、浄土三部経の称名念仏等なり〈取意〉。聖・難・雑のしつを判ずるには、末代の凡夫これを行ぜば、百の時にまれに一、二を、千の時に希に三、五を得ん、或は千が中に一もなし、或は群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑じやぞうの人等と定むるなり。浄・易・正のとくを判ずるには、末代の凡夫これを行ぜば、十は即ち十生じ、百は即ち百生ぜん等なり。謗法の邪義これなり。
[38]問うて云く、一代聖教を道・浄土、行・易行、行・雑行と分つ。その中に、難・聖・雑をもつて、時機不相応じきふそうおうと称すること、ただ源空一人げんくういちにんの新義にあらず。曇鸞どんらん道綽どうしやく善導ぜんどうの三師の義なり。これまたこれらの人師にんしわたくしあんにあらず。そのみなもと竜樹りゆうじゆの十住毘婆沙論より出でたり。もし源空を謗法ほうぼうの者と称せば、竜樹菩並に三師を謗法の者と称するにあらずや。答えて云く、竜樹菩並に三師の意は、法華已前の四十余年の経々において難易等の義を存す。しかるに源空より已来このかた、竜樹並に三師の難行等のを借りて、法華・真言等をもつて難・雑等の内に入れぬ。所化しよけの弟子、師のとがを知らず。この邪義をもつて正義しようぎなりと存じ、この国に流布せしむるが故に、国中の万民は悉く法華・真言等において時機不相応のおもいをなす。その上、世間をむさぼる天台・真言の学者、世のこころに随わんがために、法華・真言等において時機不相応の悪言あくごんを吐き、選択集の邪義をたすけ、一旦いつたんの欲心に依りて、釈・多宝並に十方の諸仏の御評定ごひようじようの「法をして久住くじゆうせしめ」「閻浮提えんぶだいにおいて広宣流布せしむ」との誠言じようごんやぶり、一切衆生いつさいしゆじようにおいて一切三世十方いつさいさんぜじつぽうの諸仏の舌を切るの罪を得せしむ。ひとえにこれ「悪世の中の比丘は邪智にして、心諂曲てんごくに、いまだ得ざるをこれ得たりとおもい、乃至ないし、悪鬼その身に入りて、仏の方便随宜所説ほうべんずいぎしよせつの法を知らざる」が故なり。
[39]問うて云く、竜樹菩並に三師、法華・真言等をもつて難・聖・雑の内に入れざるを、源空わたくしにこれをるとは何をもつてかこれを知るや。答えて云く、遠く余処に証拠をたずぬべきにあらず。すなわち選択集にこれ見えたり。問うて云く、その証文如何いかん。答えて云く、選択集の第一篇に云く、「道綽禅師、聖道・浄土の二門を立て、聖道を捨ててまさしく浄土に帰するの文」と約束しおわつて、次下つぎしも安楽集あんらくしゆうを引き、私の料簡りようけんの段に云く、「初めに聖道門しようどうもんとは、これについて二あり。一には大乗、二には小乗なり。大乗の中について、顕密けんみつ権実ごんじつ等の不同ありといえども、今この集のこころは、ただ顕大けんだい及び権大ごんだいを存す。故に歴劫りやつこううえぎようあたる。これにじゆんじてこれを思うに、まさに密大みつだいおよび実大じつだいをも存すべし」と〈已上〉。選択集の文なり。この文のこころは、道綽禅師の安楽集のは、法華已前の大小乗経において、聖道・浄土の二門を分つといえども、我れ私に法華・真言等の実大・密大をもつて、四十余年の権大乗にどうじて聖道門と称す。「準之思之じゆんししし」の四字これなり。この意に依るが故に、また曇鸞の難・易の二道を引く時、わたくしに法華・真言をもつて難行道の中に入れ、善導和尚のしようぞう二行を分つ時も、また私に法華・真言をもつて雑行の内に入る。総じて選択集の十六段に亘りて無量の謗法をす根源は、偏にこの四字より起る。誤れるかな、おそろしきかな。
[40]ここに源空の門弟、師の邪義を救うて云く、諸宗の常の習い、たとい経論の証文なしといえども、義類の同じきを聚めて一処に置く。しかも選択集せんちやくしゆうこころは、法華・真言等を集めて雑行ぞうぎようの内に入れ、正行しようぎように対してこれを捨つ。ひとえに経の法体ほつたいうにあらず。ただ風勢ふぜいなき末代の衆生を常没じようもつの凡夫と定めて、この機に易行いぎようの法を選ぶ時、称名念仏しようみようねんぶつをもつてその機にて、易行の法をもつて諸教にすぐると立つ。権実ごんじつ浅深せんじん等の勝劣をするにあらず。雑行と云うもつて雑行と云うにはあらず。ぞうと云うは不純を雑と云ふ。その上、諸の経論並に諸師もこのこころなきにあらず。故に叡山の先徳の往生要集おうじようようしゆうこころひとえにこの義なり。所以ゆえに往生要集の序に云く、「顕密の教法はその文一にあらず。事理じり業因ごういんはそのぎようこれ多し。利智精進りちしようじんの人はいまだ難しとせず。予がごとき頑魯がんろの者、あにあえてせんや。この故に念仏の一門に依る」と云云。この序の意は、心先徳も法華・真言等をするにあらず。ただ偏に我等頑魯われらがんろの者の時に当て、法華・真言は聞き難く行じ難きが故に、我が身鈍根どんこんなるが故なり。あえて法体をうにはあらず。その上、序より已外正宗いげしようしゆうに至るまで十門あり。大文だいもんの第八門に述べて云く、「今念仏を勧むること、これ余の種種の妙行をするにあらず。ただこれ男女なんによ貴賤きせん行住坐臥ぎようじゆうざがえらばず、時処諸縁じしよしよえんを論ぜず、これをしゆするにかたからず。乃至ないし、臨終には往生を願求がんぐするに、その便宜びんぎを得ること念仏にはかず」と〈已上〉。これらの文を見るに、源空の選択集と源信の往生要集と、一巻と三巻の不同ありといえども、一代聖教しようぎようの中には易行をんで、末代の愚人ぐにんを救わんと欲する意趣はただ同じ事なり。源空上人、真言・法華を難行と立てて悪道にせば、心先徳もまたこのとがまぬがるべからず、如何いかん
[41]答えて云く、なんじ師の謗法ほうぼうとがを救わんがために、ことを源信の往生要集にせて、謗法の上にいよいよ重罪を招くものなり。その故は釈如来五十年の説教に、総じてさき四十二年のこころを無量義経に定めて云く、「けわしきみちを行くに留難るなん多きが故に」と。無量義経の已後を定めて云く、「大直道だいじきどうを行くに留難なきが故に」と。仏みずから難易・勝劣の二道を分ちたまえり。仏より外等覚已下ほかとうがくいげ末代の凡師に至るまで、自義をもつて難易の二道を分ち、この義に背く者は外道げどう魔王まおうの説に同じからんか。随つて四依しえ大士竜樹だいじりゆうじゆ十住毘婆沙論じゆうじゆうびばしやろんには、法華已前において難易の二道を分ち、あえて四十余年已後の経において難行の義を存せず。その上、もししゆやすきをもつて易行いぎようと定めば、法華経の五十展転てんでんの行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり。もしまたしようをもつて易行と定めば、分別功徳品ふんべつくどくほん爾前にぜん四十余年の八十万億劫の間の、だんかいにんしん念仏三昧ねんぶつさんまい等のさきの五波羅蜜はらみつの功徳をもつて、法華経の一念信解いちねんしんげの功徳に比するに、一念信解の功徳は念仏三昧等の先の五波羅蜜にすぐるること百千万億倍なり。難易勝劣なんいしようれつい、行浅功深ぎようせんくじんと謂い、観経かんぎよう等の念仏三昧を法華経に比するに、難行の中のごく難行、勝劣の中の極劣ごくれつなり。その上、悪人・愚人をたすくること、また教の浅深に依る。阿含あごん十二年の戒門かいもんには、現身げんしん四重しじゆう五逆ごぎやくの者に得道を許さず。華厳けごん方等ほうどう般若はんにや双観経そうかんぎよう等の諸経は、阿含経より教深きが故に、観門かんもんの時、重罪の者をせつすといえども、なお戒門の日は七逆の者に現身の受戒を許さず。しかりといえども、決定性*けつじようしようの二乗・無性*むしよう闡提せんだいにおいては戒・観ともにこれを許さず。法華・涅槃等には、ただ五逆・七逆・謗法ほうぼうの者を摂するのみにあらず、また定性・無性をも摂す。なかんずく、末法まつぽうにおいては常没じようもつの闡提これ多し。あに観経等の四十余年の諸経においてこれをたすくべけんや。無性の常没・決定性の二乗は、ただ法華・涅槃等に限れり。四十余年の経に依る人師にんしの経の機を取る。この人はいまだ相を知らざるが故なり。
[42]ただし往生要集は、一往序文を見る時は、法華・真言等をもつて顕密の内に入れて、殆ど末代の機にかなわずとしるすといえども、もんに入りて委細に一部三巻の始末を見るに、第十の問答料簡もんどうりようけんもとまさしく諸行の勝劣を定むる時、観仏三昧かんぶつさんまい般舟はんじゆ三昧・十住毘婆沙論じゆうじゆうびばしやろん宝積ほうしやく大集だいしゆう等の爾前にぜんの経論を引いて、一切の万行まんぎように対して、念仏三昧をもつて王三昧おうさんまいと立ておわんぬ。最後に一つの問答あり。爾前の禅定ぜんじよう念仏三昧をもつて、法華経の一念信解に対するに、百千万億倍劣ると定む。また問を通ずる時、念仏三昧を万行にすぐるるというは、爾前の当分とうぶんなりと云云。まさに知るべし。心のこころは、往生要集を造りて末代の愚機ぐき調ととのえて、法華経に入れんがためなり。例せば仏の四十余年の経をもつて権機を調え、法華経に入れたもうがごとし。
[43]故に最後に一乗要決を造る。その序に云く、「諸乗しよじよう権実ごんじつは古来のあらそいなり。ともに経論にりて是非をしゆうす。寛弘丙午かんこうひのえうまの歳冬十月、病中にいて曰く、仏法にうといえども、仏意を了せず。もしついに手をむなしうせば、後悔なんおよばん。ここに経論の文義もんぎ賢哲けんてつ章疏しようじよ、或は人をして尋ねしめ、或はみずか思択したくし、全く自宗・他宗の偏党を捨てて、もつぱ権智ごんち・実智の深奥しんのうさぐるに、終に一乗は真実の理、五乗は方便の説を得る者なり。すでに今生こんじようもうを開く、何ぞ夕死せきしの恨みをのこさんや」と〈已上〉。この序のこころひとええしん本意ほんいを顕わすなり。自宗・他宗の偏党を捨つる時、浄土の法門を捨てざらんや。一乗は真実の理を得る時、専ら法華経に依るにあらずや。源信僧都は永観えいかん二年甲申きのえさるの冬十一月往生要集を造り、寛弘かんこう三年丙午の冬十月のころ一乗要決を造る。その中間二十余年なり。ごんを先にし、じつを後にす。あたかも仏のごとく、また竜樹・天親・天台等のごとし。汝、往生要集を便たよりとして、師の謗法ほうぼうとがを救わんと欲すれども、あえてその義類に似ず。義類の同じきをもつて一処にあつむとは、何等なんら義類同ぎるいどうなるや。華厳けごん経のごときは、二乗界をへだつるが故に十界互具じつかいごぐなし。方等・般若の諸経もまた十界互具を許さず。観経等の往生極楽おうじようごくらくもまた方便の往生なり。成仏じようぶつ・往生ともに法華経のごとき往生にあらず。皆別時意趣みなべつじいしゆの往生・成仏なり。
[44]その上、源信僧都のこころは、四威儀に行じ易きが故に念仏をもつて易行いぎようと言い、四威儀に行じ難きが故に法華をもつて難行なんぎようと称せば、天台・妙楽みようらくの釈を破る人なり。所以ゆえに妙楽大師は、末代の鈍者どんしや・無智の者等の法華経を行ずるに、普賢ふげん並に多宝・十方の諸仏を見奉るを易行と定めて云く、「散心さんしんに法華をじゆし、禅三昧に入らず、坐立行ざりゆうぎよう一心に法華の文字もんじを念ぜよ」と〈已上〉。この釈の意趣はひとえに末代の愚者を摂せんがためなり。散心とは定心じようしんに対する語なり。法華を誦すとは、八巻・一巻・一字・一句・一偈・題目、一心一念随喜の者、五十展転てんでん等なり。坐立行とは四威儀をわざるなり。一心とは、定の一心にもあらず、理の一心にもあらず、散心の中の一心なり。法華の文字を念ずるとは、この経は諸経の文字に似ず、一字を誦すといえども、八万宝蔵の文字を含み、一切諸仏の功徳くどくを納むるなり。
[45]天台大師玄義*げんぎの八に云く、「手にかんらざれども常にこの経を読み、口に言声ごんしようなけれどもあまね衆典しゆてんじゆし、ほとけ説法せざれどもつね梵音ぼんのんを聞き、心に思惟しゆいせざれどもあまね法界ほうかいを照す」と〈已上〉。このもんこころは、手に法華経一部八巻を執らざれども、この経を信ずる人は昼夜十二時ちゆうやじゆうにとき持経者*じきようしやなり。口に読経どくきようの声をいださざれども、法華経を信ずる者は日々時々念々にちにちじじねんねんに一切経を読む者なり。仏の入滅はすでに二千余年をたり。しかりといえども、法華経を信ずる者のもとに仏の音声おんじようとどめて、時時刻々念々に我が死せざるよしを聞かしむるなり。心に念三千を観ぜざれども、あまねく十方法界を照す者なり。これらの徳はひとえに法華経を行ずる者に備われるなり。この故に法華経を信ずる者は、たとい臨終の時、心に仏を念ぜず、口に経を誦せず、道場に入らずとも、心なくして法界を照し、こえなくして一切経を誦し、巻軸かんじくを取らずとも法華経八巻をにぎる徳これあり。これあに権教ごんぎようの念仏者の臨終正念*りんじゆうしようねんして十念の念仏を唱えんと欲する者に、百千万倍すぐるるの易行にあらずや。故に天台大師文句*もんぐの十に云く、「すべて諸教にすぐるるが故に、随喜功徳品ずいきくどくほんと言う」と。妙楽大師の法華経は諸経より浅機せんきを取る、しかるを人師この義を弁えざるが故に、法華経の機を深く取る事をして云く、「おそらくは人あやまする者、初心しよしんの功徳の大なることをはからずして、功を上位にして、この初心をあなどる。故に今ぎようは浅くこうの深きことを示して、もつて経力きようりきあらわす」と〈已上〉。「もつて経力を顕わす」の釈の意趣は、法華経は観経等の権経にすぐれたるが故に、行は浅く功は深し。浅機を摂するが故なり。もし心の先徳、法華経をもつて念仏より難行なんぎようと定め、愚者ぐしや頑魯がんろの者を摂せずと云わば、恐らくは逆路伽耶陀ぎやくろかやだの罪を招かざらんや。また「恐らくは人り解する」の内に入らざらんや。
[46]総じて天台・妙楽の三大部の本末ほんまつこころは、法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没じようもつ闡提せんだい等を摂したもうなり。他師は仏意を覚らざるが故に、法華経を諸経に同じ、或は地住*じじゆうの機に取り、或は凡夫においても別時意趣べつじいしゆの義を存す。これらの邪義を破して、人天・四悪しあくをもつて法華経の機と定む。種類*しゆるい相対そうたいをもつて過去の善悪を収む。人天に生ずる人、あに過去の五戒十善なからんや等と定めおわんぬ。もし心この義に背かば、あに天台宗を知れる人ならんや。
[47]しかるに源空深くこの義に迷うが故に、往生要集において僻見びやつけんを起して、自らも失い他をも誤る者なり。たまたま宿善しゆくぜんありて実教に入りながら、一切衆生いつさいしゆじようして権教にかえらしめ、あまつさえ実教を破せしむ。あに悪師にあらずや。彼の久遠下種くおんげしゆ大通結縁だいつうけちえんの者の五百・三千の塵点じんでんるがごときは、法華の大教だいきようを捨てて爾前にぜん権小ごんしよううつるが故に、後には権経ごんきようをも捨てて六道にめぐりぬ。不軽軽毀ふきようきようきしゆ千劫阿鼻地獄せんこうあびじごくつ。権師を信じて実経を弘むる者に誹謗をなしたるが故なり。しかるに源空、我が身にただ実経を捨てて権経ごんきように入るのみにあらず、人をすすめて実経を捨てて権経に入らしめ、また権人ごんにんをして実経に入らしめず。あまつさえ実経の行者をののしるの罪、永劫ようごうにも浮び難からんか。
[48]問うて云く、十住毘婆沙論じゆうじゆうびばしやろんは一代の通論なり。難易なんいの二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや。答えて云く、一代の諸大乗経において、華厳けごん経のごときは初頓しよとん後分ごぶんあり。初頓の華厳は二乗にじようじよう不成ふじようを論ぜず。方等部の諸経は、一向いつこうに二乗・無性むしよう闡提せんだいの成仏をきらう。般若はんにや部の諸経もこれに同じ。総じて四十余年の諸大乗経の意は、法華・涅槃・大日経等のごとく、二乗・無性の成仏を許さず。これらをもつてこれをかんがうるに、爾前にぜんと法華の相違は水火すいかのごとし。滅後の論師竜樹ろんじりゆうじゆ天親てんじんもまたとも千部せんぶの論師なり。所造の論に通・別の二論あり。通論においてもまた二あり。四十余年の通論と一代五十年の通論となり。その差別を分つに、決定性けつじようしようの二乗・無性むしよう闡提せんだいの成・不成をもつて、論の権実ごんじつを定むるなり。しかるに大論だいろんは竜樹菩の造、羅什*らじゆう三蔵の訳なり。般若経に依る時は二乗作仏にじようさぶつを許さず。法華経に依れば二乗作仏を許す。十住毘婆沙論もまた竜樹菩の造、羅什三蔵の訳なり。この論もまた二乗作仏を許さず。これをもつて知んぬ。法華已前の諸大乗経のこころべたる論なることを。
[49]問うて云く、十住毘婆沙論の何れの処に二乗作仏を許さざるの文でたるや。答えて云く、十住毘婆沙論の第五に云く〈竜樹菩造、羅什訳〉、「もし声聞地しようもんじ及び辟支仏地びやくしぶつじに堕つる、これを菩の死と名づく。すなわち一切の利を失う。もし地獄につとも、かくのごときおそれを生ぜず。もし二乗の地につれば、すなわち大怖畏だいふいをなす。地獄の中に堕つれども、畢竟ひつきようして仏に至ることを。もし二乗の地に堕つれば、畢竟して仏道をしやす」と〈已上〉。この文、二乗作仏を許さず。あたかも浄名じようみよう等の「仏法の中においては、もつて敗種はいしゆのごとし」の文のごとし。問うて云く、大論は般若経に依りて二乗作仏を許さず、法華経に依りて二乗作仏を許すの文如何いかん。答えて云く、大論の一百に云く〈竜樹菩造、羅什三蔵訳〉、「問うて曰く、さらに何の法か甚深じんじんにして般若にすぐれたる者あつて、般若をもつて阿難あなん属累ぞくるいし、余経をもつて菩に属累するや。答えて曰く、般若波羅蜜はんにやはらみつは秘密の法にあらず。しかるに法華等の諸経は阿羅漢あらかん受決作仏じゆけつさぶつを説く。所以ゆえに大菩よく受持じゆじし用う。譬えば大薬師だいやくしのよく毒をもつて薬となすがごとし」と。また九十三に云く、「阿羅漢の成仏は論義者ろんぎしやの知るところにあらず。ただ仏のみよく了したもう」と〈已上〉。これらの文をもつてこれを思うに、論師の権実ごんじつはあたかも仏の権実のごとし。
[50]しかるに権経ごんぎように依る人師、みだりに法華等をもつて観経等の権説に同じ、法華・涅槃等の義を仮りて浄土三部経の徳となし、決定性けつじようしようの二乗・無性むしよう闡提せんだい常没じようもつ等の往生を許す。権実雑乱ごんじつぞうらん失脱とがのがれ難し。例せば外典げてんの儒者の内典をぬすみて外典をかざるがごとし。謗法ほうぼう失免とがまぬがれ難きか。仏自ら権実を分けたもう。そのを探るに、決定性の二乗・無性有情の成・不成これなり。しかるにこの義を弁えざる訳者、爾前の経経を訳する時、二乗の作仏・無性の成仏を許す。この義を知る訳者は、爾前の経を訳する時、二乗の作仏・無性の成仏を許さず。これに依りて仏意を覚らざる人師も、また爾前の経において決定性・無性の成仏を明かすと見て、法華と爾前と同じき思いをなし、或は爾前の経において決定けつじよう無性むしよううのもんを見て、この義をもつて了義経りようぎきようとなし、法華・涅槃をもつて不了義経となす。共に仏意を覚らず、権実二経に迷えり。これらの誤りをいださば、ただ源空一人に限るのみにあらず。天竺の論師並に訳者より唐土の人師に至るまでその義あり。いわゆる地論師じろんじ摂論師しようろんじの一代の別時意趣べつじいしゆ善導ぜんどう懐感えかんの法華経の一称南無仏いつしようなむぶつの別時意趣、これらは皆権実ごんじつを弁えざるが故に出来しゆつたいするところの誤りなり。論を造る菩・経を訳する訳者・三昧発得さんまいほつとくの人師、なおもつてかくのごとし。いかにいわんや、末代の凡師においてをや。
[51]問うて云く、汝、末学の身において何ぞ論師並に訳者・人師を破するや。答えて云く、あえてこの難を致すことなかれ。摂論師並に善導等の釈は、権実二教ごんじつにきようを弁えずして、みだりに法華経をもつて別時意趣と立つ。故に天台・妙楽の釈と水火をなすの間、しばらく人師の相違をさしおきて、経論に付きて是非をかんがうる時、権実の二教は仏説よりいでたり。天親・竜樹も重ねてこれを定む。この義に順ずる人師をば、しばらくこれを仰ぎ、この義に順ぜざる人師をば、しばらくこれを用いず。あえて自義をもつて是非を定むるにあらず。ただ相違をいだばかりなり。
[52]大文の第四に、謗法ほうぼうの者を対治すべき証文をいださば、これに二あり。一には、仏法をもつて国王・大臣並に四衆ししゆに付嘱することを明かし、二には、正しく謗法の人の王地にるをば対治すべき証文を明かす。
[53]第一に、仏法をもつて国王・大臣並に四衆に付嘱することを明かさば、仁王経にんのうきように云く、「仏、波斯匿王はしのくおうに告げたまわく、乃至ないし、この故に諸の国王に付嘱して、比丘びく比丘尼びくに清信男しようしんなん清信女しようしんによに付嘱せず。何をもつての故に。王の威力いりきなきが故に。乃至、この経の三宝さんぼうをば、諸の国王・四部の弟子に付嘱す」と〈已上〉。大集経だいしつきよう二十八に云く、「もし国王ありて我が法の滅せんを見て、捨てて擁護おうごせずんば、無量世においてかいしゆすとも、悉く皆滅失し、その国に三種の不祥の事をいださん。乃至、命終みようじゆうして大地獄に生ぜん」と〈已上〉。仁王経の文のごとくんば、仏法をもつてず国王に付嘱し、次に四衆に及ぼす。王位に居るきみ、国を治むる臣は、仏法をもつてさきとなして国を治むべきなり。大集経の文のごとくんば、王臣等仏道のために、無量劫の間、頭目ずもく等の施をほどこし、八万の戒行をたもち、無量の仏法を学ぶといえども、国に流布する所の法の邪正じやしようたださざれば、国中に大風たいふう旱魃かんばつ大雨たいうの三災起りて、万民を逃脱とうだつせしめ、王臣定めて三悪にちん。
[54]また双林そうりん最後の涅槃ねはん経の第三に云く、「今正法をもつて諸の王・大臣・宰相さいしよう・比丘・比丘尼・優婆塞うばそく優婆夷うばいに付嘱す」。「乃至、法を護らざる者をば禿居士とくこじと名づく」と。また云く、「善男子ぜんなんし正法しようぼう護持ごじせん者は五戒を受けず、威儀いぎしゆせず、まさに刀剣とうけんきゆうせん鉾槊むさくを持すべし」と。また云く、「五戒を受けざれども、正法を護るをもつて、すなわち大乗と名づく。正法を護る者は、まさに刀剣・器杖きじよう執持しゆうじすべし」と云云。四十余年の内にも梵網等の戒のごとくんば、国王・大臣・諸人等、一切の刀杖とうじようきゆうせん矛斧むふ闘戦とうせんたくわうることを得ず。もしこれを畜うる者は、定めて現身げんしんに国王の位、比丘・比丘尼の位を失い、後生ごしよう三悪道さんなくどうの中に堕つべしと定めおわんぬ。しかるに今の世は道俗をえらばず、弓・刀杖を帯せり。梵網経のもんのごとくんば、必ず三悪道に堕ちんこと疑いなき者なり。涅槃経の文なくんば、如何いかにしてかこれを救わん。また涅槃経の先後の文のごとくんば、弓・刀杖を帯して悪法の比丘を治し、正法しようぼうの比丘を守護せん者は、先世せんぜ四重しじゆう五逆ごぎやくを滅して、必ず無上道を証せんと定め給う。
[55]また金光明経こんこうみようきよう第六に云く、「もし人ありてその国土において、この経ありといえども、いまだかつ流布るふせず、捨離しやりの心を生じて聴聞ちようもんせんことをねがわず、また供養し尊重そんじゆうさんだんせず。四部のしゆ持経じきようの人を見て、また尊重し乃至供養することあたわず。遂に我等われら及び余の眷属けんぞく無量の諸天をして、この甚深じんじんの妙法を聞くことを得ず、甘露かんろの味に背き、正法しようぼうながれを失い、威光及び勢力あることなからしめ、悪趣を増長して、人天にんでん損減そんげんし、生死しようじの河にちて、涅槃のみちそむかん。世尊、我等われら四王並に諸の眷属及び薬叉やしや等、かくのごとき事を見て、その国土を捨て、擁護の心なけん。ただ我等のみこの王を捨棄しやきするにあらず、また無量の国土を守護する諸大善神しよだいぜんじんあらんも、皆悉く捨去しやこせん。すでに捨離しおわりなば、その国まさに種々の災禍あつて国位を喪失そうしつすべし。一切の人衆皆善心なく、ただ撃縛けいばく殺害せつがい瞋諍しんじようのみあり、互に相讒諂ざんてんし、げてつみなきに及ばん。疫病流行し、彗星すいせいしばしばで、両日並び現じ、はくしよく恒なく、黒白の二つの虹不祥の相を表わし、星流れ、地動き、井の内に声を発し、暴雨悪風ぼううあくふうは時節に依らず、常に飢饉ききんいて、苗実成みようじつみのらず、多く他方のおん賊あつて国内を侵掠しんりやくし、人民は諸の苦悩を受け、土地に可楽からくの処あることなけん」と〈已上〉。この経文を見るに、世間の安穏を祈らんに、しかも国に災起らば、悪法流布するが故なりと知るべし。しかるに当世とうせいは、随分国土の安穏を祈るといえども、ぬる正嘉しようか元年には大地おおいに動じ、同じき二年には大雨・大風苗実を失えり。定めて国をほろぼすの悪法、この国にあるかとかんがうるなり。
[56]選択集せんちやくしゆう或段あるだんに云く、「第一に読誦雑行どくじゆぞうぎようとは、かみ観経かんぎよう等の往生浄土の経を除いて已外いげ、大小・顕密の諸経において受持じゆじ読誦するを、悉く読誦雑行と名づく」と書きおわりて、次に書きて云く、「次に二行の得失を判ぜば、法華・真言等の雑行はしつ、浄土三部経はとくなり」と。次下つぎしも善導ぜんどう和尚の往生礼讃おうじようらいさんの「十即十生じつそくじつしよう・百即百生・千中無一せんちゆうむいち」の文を書き載せて云く、「わたくしに云く、この文を見るにいよいよすべからくぞうを捨ててせんを修すべし。あに百即百生の専修正行せんしゆしようぎようを捨てて、堅く千中無一の雑修雑行を執せんや。行者よくこれを思量しりようせよ」と〈已上〉。これらの文を見るに、世間の道俗、あに諸経を信ずべきや。次下にまた法華経等の雑行と、念仏の正行との勝劣・難易を書き定めて云く、「一には勝劣の義、二には難易なんいの義なり。初めに勝劣の義とは、念仏はこれ勝、余行はこれ劣。次に難易の義とは、念仏はしゆし易く、諸行は修し難し」と。また次下に法華・真言等のしつを定めて云く、「故に知んぬ、諸行は機にあらず時を失う。念仏往生のみ機にあたり時を得たり」と。また次下に法華・真言等の雑行の門をじて云く、「随他ずいたの前には暫く定散*じようさんの門を開くといえども、随自ののちには還つて定散の門を閉ず。一たび開いて以後永く閉じざるは、ただ念仏の一門なり」と〈已上〉。最後の本懐ほんがいに云く、「それ速かに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中に、しばらく聖道門しようどうもんさしおいて、んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば、正雑二行の中に、しばらく諸の雑行をなげうつて、んで正行に帰すべし」と〈已上〉。
[57]門弟この書を伝えて、日本六十余州に充満するが故に、門人もんじんは世間の無智の者に語りて云く、「上人しようにん第一の身としてこの書を造り、真実の義を定め、法華・真言の門を閉じて後に開くの文なく、ちて後に還つて取るの文なし」等と立つる間、世間の道俗一同にこうべかたむけ、その義をう者には、仮字かなもじをもつて選択せんちやくこころを述べ、あるいは法然上人の物語をしるす間、法華・真言において難を付け、或は去年こぞこよみ祖父そふくつに譬え、或は法華経を読むは管弦かんげんより劣るとす。かくのごとき悪書、国中に充満するが故に、法華・真言等国にありといえども、聴聞せんことをねがわず。たまたまぎようずる人ありといえども、尊重そんじゆうを生ぜず。一向念仏者は、法華等の結縁けちえんをなすをば、往生のさわりとなると云う。故に捨離のこころを生ず。この故に諸天は妙法を聞くことを得ず、法味をめざれば、威光・勢力あることなく、四天王並に眷属この国を捨て、日本国守護の善神も捨離しおわんぬ。故に正嘉元年には大地おおいふるい、同じき二年にも春の大雨に苗を失い、夏の大旱魃かんばつに草木を枯らし、秋の大風に果実を失い、飢渇きかつ忽ち起りて万民を逃脱とうだつせしむること、金光明経の文のごとし。あに選択集のとがにあらずや。仏語むなしからざるが故に、悪法の流布ありて、すでに国に三災起れり。しかるにこの悪義を対治せずんば、仏の所説の三悪をのがるべけんや。
[58]しかるに近年より、予、「我身命われしんみようを愛せず、ただ無上道をおしむ」の文をるの間、雪山*せつせん常啼*じようたいの心を起し、命を大乗の流布に替え、強言ごうげんを吐いて云く、選択集せんちやくしゆうを信じて、後世ごせを願う人は無間地獄むけんじごくつべしと。その時に法然上人の門弟、選択集においてかみいだすところの悪義あくぎを隠し、或は諸行往生*しよぎようおうじようを立て、或は選択集において法華・真言等をせざる由をしようし、或は在俗において選択集の邪義を知らしめざらんために、妄語もうごかまえて云く、日蓮は念仏をとなうる人を三悪道さんなくどうつと云うと。
[59]問うて云く、法然上人の門弟、諸行往生を立つるにとがありや、いなや。答えて云く、法然上人の門弟と称して諸行往生を立つるは、逆路伽耶陀ぎやくろかやだの者なり。当世とうせいもまた諸行往生の義を立つ。しかも内心には一向に念仏往生の義を存し、外には諸行をそしらざるの由を聞かしむるなり。そもそもこの義を立つる者は、選択集の法華・真言等においてとがを付け、捨閉閣しやへいかくほう群賊ぐんぞく邪見じやけん悪見あつけん邪雑人じやぞうにん千中無一せんちゆうむいち等のを見ざるや、いなや。
[60]第二に、正しく謗法の人の王地にるを、対治たいじすべき証文をいださば、涅槃ねはん経第三に云く、「懈怠けたいにして、戒を破し、正法をそしる者をば、王者・大臣・四部のしゆ、まさに苦治くじすべし。善男子ぜんなんし、この諸の国王及び四部の衆は、まさに罪ありやいなや。いななり、世尊。善男子、この諸の国王及び四部の衆は、なお罪あることなし」と。また第十二に云く、「我往昔われむかしおもうに、閻浮提えんぶだいにおいて大国の王とり、名を仙予*せんよいき。大乗経典を愛念し敬重きようじゆうし、その心純善にして麁悪そあく嫉悋しつりんあることなかりき。乃至、善男子、われその時において心に大乗を重んず。婆羅門ばらもんの方等を誹謗ひほうするを聞き、聞きおわりて即時にその命根みようこんを断じき。善男子、この因縁いんねんをもつてこれより已来このかた、地獄にちず」と〈已上〉。
[61]問うて云く、梵網経の文を見るに、比丘等の四衆ししゆ誹謗ひぼうするは波羅夷罪はらいざいなり。しかるに源空が謗法ほうぼうとがあらわすは、あに阿鼻あびごうにあらずや。答えて云く、涅槃経の文に云く、「かしよう世尊にもうさく、如来何が故ぞかれまさに阿鼻地獄に堕つべしとするや。善男子ぜんなんし善星比丘ぜんしようびくは多く眷属けんぞくあり。皆善星はこれ阿羅漢あらかんなり、これ道果どうかを得たりとおもえり。われかれ悪邪あくじやの心をやぶらんと欲する故に、の善星は放逸ほういつをもつての故に地獄に堕つべしとす」と〈已上〉。この文の放逸とは謗法の名なり。源空もまた善星ぜんしようのごとく、謗法をもつての故に無間むけんに堕つべし。所化しよけしゆはこの邪義を知らざるが故に、源空をもつて一切智人いつさいちじんと号し、或は勢至せいし、或は善導ぜんどうの化身なりと云う。彼が悪邪の心を壊らんがための故に、謗法の根源を顕わす。梵網経の説は、謗法の者のほかの四衆なり。仏いましめて云く、「謗法の人を見てそのとがを顕わさざれば、仏の弟子にあらず」と。故に涅槃経に云く、「我涅槃われねはんのち、その方面に随いて、持戒じかいの比丘ありて、威儀いぎ具足し、正法を護持せん。法をやぶる者を見て、すなわちよく駈遣くけん呵責かしやく徴治ちようじせよ。まさに知るべし、この人は福を得んこと、無量にして称計しようけいすべからず」と。また云く、「もし善比丘ぜんびくありて、法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処こしよせずんば、まさに知るべし、この人は仏法の中のあだなり。もしよく駈遣し呵責し挙処せば、これ我が弟子真の声聞しようもんなり」と〈已上〉。、仏弟子の一分に入らんがために、この書を造り謗法のとがを顕わし、世間に流布す。願わくは、十方の仏陀この書において力をえ、大悪法の流布をとどめ、一切衆生しゆじようの謗法を救わしめたまえ。
[62]大文の第五に、善知識*ぜんちしき並に真実の法にがたきことを明かさば、これについて三あり。一には受け難き人身にんしん、値い難き仏法なることを明かし、二には受け難き人身を受け、値い難き仏法に値うといえども、悪知識*あくちしきに値うが故に三悪道さんなくどうに堕つることを明かし、三にはまさしく末代の凡夫ぼんぶのための善知識を明かす。
[63]第一に、受け難き人身、値い難き仏法なることを明かさば、涅槃経三十三に云く、「その時に世尊、地の少しきつちを取りてこれを爪の上に置き、かしように告げてのたまわく、この土多きや、十方世界じつぽうせかいの地の土多きやと。葉菩、仏にもうしていわく、世尊、爪の上の土は十方所有の土にすべからずと。善男子、人ありて、身を捨てて還つて人身にんしん三悪さんなくの身を捨てて人身を受くることを得、諸根完具しよこんかんぐして中国ちゆうごくしようじ、正信しようしん具足ぐそくしてよくどう修習しゆしゆうし、道を修習し已りてよく正道しようどうしゆし、正道を修し已りてよく解脱げだつを得、解脱を得已りてよく涅槃ねはんに入るは、爪の上の土のごとく、人身を捨て已りて三悪の身を得、三悪の身を捨てて三悪の身を得、諸根具せずして辺地へんちに生じ、邪倒じやとうけんを信じて邪道を修習し、解脱常楽の涅槃を得ざるは、十方界の所有の地の土のごとし」と〈已上経文〉。
[64]この文は、多く法門を集めて一具とせり。人身にんしんを捨てて還つて人身を受くるは爪の上の土のごとく、人身を捨てて三悪道さんなくどうつるは十方の土のごとし。三悪の身を捨てて人身を受くるは爪の上の土のごとく、三悪の身を捨てて還つて三悪の身を得るは十方の土のごとし。人身を受くるは十方の土のごとく、人身を受けて六根けざるは爪の上の土のごとし。人身を受けて六根欠けざれども、辺地に生ずるは十方の土のごとく、中国に生ずるは爪の上の土のごとし。中国に生ずるは十方の土のごとく、仏法に値うは爪の上の土のごとし。また云く、「一闡提いつせんだいらず、善根を断ぜず、かくのごときらの涅槃経典を信ずるは、爪の上の土のごとく、乃至ないし、一闡提とつて諸の善根を断じ、この経を信ぜざる者は、十方界じつぽうかい所有の地の土のごとし」と〈已上経文〉。この文のごとくんば、法華・涅槃を信ぜずして一闡提とるは十方の土のごとく、法華・涅槃を信ずるは爪の上の土のごとし。この経文を見て、いよいよ感涙押え難し。
[65]今日本国の諸人を見聞けんもんするに、多分は権教ごんきようぎようず。たとい身口しんくには実教を行ずといえども、心にはまた権教を存す。故に天台大師摩訶止観*まかしかんの五に云く、「それ癡鈍ちどんなる者は毒気どつけ深く入りて本心を失うが故に、すでにそれ信ぜざれば則ち手に入らず。乃至、大罪聚だいざいじゆの人なり。乃至、たとい世をいとう者も下劣げれつじようもてあそび、枝葉に攀附はんぷし、狗作務いぬさむれ、びこうを敬うて帝釈たいしやくとなし、瓦礫がりやくたつとんでこれ明珠めいしゆなりとす。これ黒闇こくあんの人なり。あに道を論ずべけんや」と〈已上〉。源空げんくう並に所化しよけしゆ、深く三毒の酒に酔うて、大通結縁だいつうけちえんの本心を失う。法華・涅槃において不信の思いをし、一闡提とり、観経かんぎよう等の下劣の乗に依りて、方便の称名しようみよう等の瓦礫をび、法然房のびこうを敬うて智第一の帝釈と思い、法華・涅槃の如意珠によいしゆを捨てて、如来の聖教しようぎようさみするは、権実ごんじつ二教をわきまえざるが故なり。故に弘決*ぐけつの第一に云く、「この円頓えんどんを聞きて宗重そうじゆうせざる者は、まことに近代大乗を習う者の雑濫ぞうらんするにる故なり」と。大乗において権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり。故に末代において法華経を信ずる者は爪の上の土のごとく、法華経を信ぜずして権教ごんきよう堕落だらくするものは十方の微塵みじんのごとし。故に妙楽いて云く、「像末ぞうまつ情澆こころうすく信心寡薄かはくにして、円頓えんどんの教法は蔵にあふはこつれども、暫くも思惟しゆいせず、すなわち瞑目めいもくに至る。いたずらに生じ徒らに死す。一に何ぞ痛ましきかな」と〈已上〉。この釈はひとえに妙楽大師権者ごんしやたるの間、遠く日本国の当代をかんがみて、しるし置く所の来記なり。
[66]問うて云く、法然上人の門弟の内にも、一切経蔵を安置あんちし、法華経を行ずる者もあり。何ぞ皆謗法の者としようせんや。答えて云く、一切経を開き見、法華経を読むは、難行道なんぎようどうの由を称し、選択集せんちやくしゆうの悪義をたすけんがためにす。経論を開くに付きて、いよいよ謗法を増すこと、例せば善星ぜんしようの十二部経、提婆達多*だいばだつたの六万ぞうのごとし。智者ちしやよしを称するは、自身を重んじ悪法を扶けんがためなり。
[67]第二に、受け難き人身にんしんを受け、値い難き仏法に値うといえども、悪知識あくちしきに値うが故に、三悪道さんなくどうつることを明かさば、仏蔵経に云く、「大荘厳仏だいしようごんぶつの滅後に五比丘あり。一人いちにん正道しようどうを知つて多億の人を度し、四人は邪見に住す。この四人命終みようじゆうして後、阿鼻地獄あびじごくちて、あおぎてし、うつぶせに臥し、左脇さきように臥し、右脇うきように臥すこと、おのおの九百万億歳なり。乃至、もしは在家・出家のこの人に親近せしもの、並にもろもろ檀越だんのつおよそ六百四万億人、この四師とともしように死し、大地獄にありて諸の焼煮しようしやを受く。大劫もし尽きぬれば、この四悪人及び六百四万億の人、この阿鼻地獄より、他方の大地獄の中に転生てんしようす」と〈已上〉。涅槃ねはん経三十三に云く、「その時に城中にひとり尼乾にけんあり。名を苦得くとくう。乃至、善星ぜんしよう、苦得に問う。答えていわく、我食吐鬼われじきときの身を得たり。善星、あきらかにけ。乃至、その時に善星すなわち我がもとに還つて、かくのごときことばす。世尊、苦得尼乾は命終みようじゆうのちに三十三天に生ぜり。乃至、その時に如来、すなわちかしようと善星のもときたもう。善星比丘遙かに我がきたるを見、見已みおわつてすなわち悪邪の心を生ず。悪心をもつての故に、生身しようしんち入りて阿鼻地獄に堕つ」と〈已上〉。善星比丘は仏の菩たりし時のみこなり。仏に随い奉り出家して十二部経を受け、欲界よくかいの煩悩をやぶりて四禅定*しぜんじよう獲得かくとくせり。しかりといえども、悪知識たる苦得外道くとくげどうい、仏法の正義しようぎを信ぜざるに依りて、出家・受戒・十二部経の功徳を失い、生身に阿鼻地獄に堕つ。苦岸くがん等の四比丘に親近しんごんせし六百四万億の人は、四師とに十方の大阿鼻地獄をしなり。
[68]今の世の道俗どうぞく選択集せんちやくしゆうを貴ぶが故に、源空の影像えいぞうを拝して、一切経難行の邪義を読む。例せば、尼乾にけん所化しよけの弟子の尼乾の遺骨をらいして三悪道さんなくどうちしがごとし。願わくは、今の世の道俗、選択集の邪正を知りて後に供養恭敬くぎようを致せ。しからずんば、定めて後悔あらん。故に涅槃経に云く、「菩摩訶、悪象等においては心に怖畏ふいすることなかれ。悪知識においては怖畏の心を生ぜよ。何をもつての故に。この悪象等はただく身をやぶりて心を壊ることあたわず。悪知識はふたつともに壊るが故に。この悪象等はただ一身を壊り、悪知識は無量の善身と無量の善心を壊る。この悪象等はただく不浄の臭き身を破壊はえす。悪知識は能く浄身及以および浄心を壊る。この悪象等は能く肉身を壊り、悪知識は法身を壊る。悪象のために殺されては三趣さんしゆに至らず、悪友あくゆうのために殺さるれば、必ず三趣に至る。この悪象等はただ身のあだとなる、悪知識は善法の怨とならん。この故に菩は常に諸の悪知識を遠離おんりすべし」と〈已上〉。い願わくは、今の世の道俗、たといこの書を邪義なりと思うといえども、しばらくこの念をなげうちて、十住毘婆沙論じゆうじゆうびばしやろんを開き、その難行の内に法華経の入不入にゆうふにゆうかんがえ、選択集の「準之思之じゆんししし」の四字をあんじてのちに是非を致せ。りて悪知識を信じて邪法を習い、このしようむなしうすることなかれ。
[69]第三に、まさしく末法の凡夫ぼんぶのための善知識を明かさば、問うていわく、善財童子*ぜんざいどうじは五十余の知識にいき。その中に普賢ふげん文殊もんじゆ観音かんのん弥勒みろく等あり。常啼じようたい班足*はんそく妙荘厳*みようしようごん阿闍世*あじやせ等は、曇無竭どんむかつ普明ふみよう耆婆ぎば二子にし夫人ぶにんい奉りて、生死を離れたり。これらは皆大聖だいしようなり。仏世ほとけよを去りて後は、かくのごときの師を得ることかたしとなす。滅後においてまた竜樹りゆうじゆ天親てんじんも去りぬ。南岳なんがく天台てんだいにも値わず。如何いかんぞ生死を離るべきや。答えて云く、末代において真実の善知識あり、いわゆる法華・涅槃これなり。
[70]問うて云く、人をもつて善知識となすは常の習いなり。法をもつて知識となすの証ありや。答えて云く、人をもつて知識となすは常の習いなり。しかりといえども、末代においては真の知識なければ、法をもつて知識となすに多くの証あり。摩訶止観まかしかんに云く、「或は知識に従い、或は経巻に従いて、かみに説く所の一実いちじつ菩提ぼだいを聞く」と〈已上〉。この文のこころは、経巻をもつて善知識となすなり。法華経に云く、「もし法華経を閻浮提えんぶだいに行じ、受持することあらん者は、まさにこの念をすべし、皆これ普賢威神の力なり」と〈已上〉。この文のこころは、末代の凡夫法華経を信ずるは、普賢の善知識の力なり。また云く、「もしこの法華経を受持じゆじし、読誦どくじゆし、正憶念しようおくねんし、修習しゆしゆうし、書写することあらん者は、まさに知るべし、この人はすなわち釈牟尼仏を見るなり。仏口ぶつくよりこの経典を聞くがごとし。まさに知るべし、この人は釈牟尼仏を供養するなり」と〈已上〉。この文を見るに、法華経は釈牟尼仏なり。法華経を信ぜざる人の前には、釈牟尼仏入滅を取り、この経を信ずる者の前には、滅後たりといえども、仏ましますなり。また云く、「もしわれ成仏して滅度の後、十方の国土において法華経を説く処あらば、我がとうみよう、この経を聞かんがための故に、その前に涌現して、ために証明しようみようさん」と〈已上〉。この文の意は、我等われら法華の名号みようごうを唱えば、多宝如来は本願の故に必ずきたりたもう。また云く、「諸仏の十方世界じつぽうせかいにあって法を説くを、尽くかえして一処いつしよに集めたもう」と〈已上〉。釈・多宝・十方の諸仏・普賢菩等は、我等われらが善知識なり。もしこの義に依らば、我等もまた宿善は、善財・常啼・班足等にもすぐれたり。かれ権経ごんきようの知識に値い、我等は実経じつきようの知識に値えばなり。彼は権経の菩に値い、我等は実経の仏・菩に値い奉ればなり。涅槃経に云く、「法に依りて人に依らざれ、智に依りて識に依らざれ」と〈已上〉。「法に依る」と云うは、法華・涅槃の常住の法なり。「人に依らざれ」とは、法華・涅槃に依らざる人なり。たとい仏・菩たりといえども、法華・涅槃に依らざる仏・菩は善知識にあらず。いわんや、法華・涅槃に依らざる論師・訳者・人師においてをや。「智に依る」とは仏に依り、「識に依らざれ」とは等覚已下いげなり。今の世の世間の道俗、源空の謗法のとがを隠さんがために、徳を天下に挙げて権化ごんけなりと称す。依用えようすべからず。外道げどうは五通を得て、能く山を傾け海をつくすとも、神通じんずうなき阿含あごん経の凡夫に及ばず。羅漢らかんを得て通を現ずる二乗は、華厳・方等・般若の凡夫に及ばず。華厳・方等・般若の等覚の菩も、法華経の名字*みようじ観行かんぎようの凡夫に及ばず。たとい神通・智ありといえども、権教ごんぎようの善知識をば用うべからず。
[71]我等常没われらじようもつ一闡提いつせんだい凡夫ぼんぶ、法華経を信ぜんと欲するは、仏性ぶつしようを顕わさんがための先表せんぴようなり。故に妙楽大師の云く、「内薫ないくんにあらざるよりは何ぞよく悟りを生ぜん。故に知んぬ、悟りを生ずる力は真如しんによにあり。故に冥薫みようくんをもつて外護げごとなすなり」と〈已上〉。法華経より外の四十余年の諸経には、十界互具じつかいごぐなし。十界互具を説かざれば、内心の仏界を知らず。内心の仏界を知らざれば、外の諸仏も顕われず。故に四十余年の権行ごんぎようの者は仏を見ず。たとい仏を見るといえども、他仏を見るなり。二乗は自らの仏を見ず、故に成仏なし。爾前にぜんの菩もまた、自身の十界互具を見ざれば、二乗界の成仏を見ず。故に衆生無辺誓願度しゆじようむへんせいがんどの願も満足せず。故に菩も仏を見ず。凡夫もまた十界互具を知らざるが故に、自身の仏界をあらわさず。故に阿弥陀如来の来迎らいごうもなく、諸仏如来の加護かごもなし。譬えば盲人の自身の影を見ざるがごとし。
[72]今法華経に至りて、九界くかいの仏界を開くが故に、四十余年の菩・二乗・六凡ろくぼん、始めて自身の仏界を見る。この時この人の前に、始めて仏・菩・二乗を立つ。この時に二乗・菩始めて成仏し、凡夫始めて往生す。この故に在世・滅後の一切衆生の誠の善知識は、法華経これなり。常途じようずの天台宗の学者は、爾前において当分とうぶん得道とくどうを許せども、自義においてはなお当分の得道を許さず。しかりといえども、この書においてはその義を尽さず。略してこれを記す。追つてこれを記すべし。
[73]大文の第六に、法華・涅槃に依る行者の用心を明かさば、一代教門の勝劣しようれつ浅深せんじん難易なんい等においては、先の段にすでにこれをいだす。この一段においては、一向に後世ごせおもう末代常没じようもつの五逆・謗法ほうぼう・一闡提等の愚人のためにこれを注す。略して三あり。一には、在家ざいけの諸人、正法しようぼう護持ごじするをもつて生死を離るべく、悪法をたもつに依りて三悪道さんなくどうつることを明かし、二には、ただ法華経の名字計みようじばかりを唱えて、三悪道を離るべきことを明かし、三には、涅槃経は法華経のための流通とることを明かす。
[74]第一に、在家の諸人、正法しようぼう護持ごじするをもつて生死しようじを離るべく、悪法を持つに依りて三悪道さんなくどうつることを明かさば、涅槃経第三に云く、「仏、かしように告げたまわく、く正法を護持する因縁いんねんをもつての故に、この金剛身こんごうしんを成就することを得たり」と。また云く、「時に国王あり、名を有徳*うとくう。乃至、法を護らんがための故に、乃至、この破戒の諸の悪比丘ときわめて共に戦闘す。乃至、王この時において、法を聞くことを得おわりて心大に歓喜し、ついですなわち命終みようじゆうして*あしゆくぶつの国に生ず」と〈已上〉。この文のごとくんば、在家の諸人、別の智行なしといえども、謗法ほうぼうの者を対治する功徳に依りて、生死を離るべきなり。
[75]問うて云く、在家ざいけの諸人の仏法を護持すべき様如何よういかん。答えていわく、涅槃経に云く、「もし衆生しゆじようありて財物ざいもつ貪著とんじやくせば、われまさに財をほどこして、しかして後にこの大涅槃経をもつてこれをすすめて読ましむべし。乃至、さき愛語あいごをもつてこのこころに随い、しかしてのち漸くまさにこの大乗大涅槃経をもつて、これを勧めて読ましむべし。もしぼんしよの者には、まさに威勢いせいをもつてこれにせまりて読ましむべし。もしきようまんの者には、われまさにそれがために僕使ぼくしとなりてそのこころ随順ずいじゆんし、それをして歓喜せしむべし。しかして後に、またまさに大涅槃をもつてこれを教導すべし。もし大乗経を誹謗ひほうする者あらば、まさに勢力せいりきをもつてこれをくだきてふくせしめ、すでに摧伏さいぷくおわりて、しかして後にすすめて大涅槃を読ましむべし。もし大乗経を愛楽あいぎようする者あらば、我躬われみずからまさにきて恭敬くぎようし供養し尊重そんじゆうさんだんすべし」と〈已上〉。
[76]問うて云く、今の世の道俗どうぞくひとえに選択集に執して、法華・涅槃においては自身不相応じしんふそうおうねんをなすの間、護惜建立ごしやくこんりゆうの心なし。たまたま邪義のよしを称する人あらば、念仏誹謗ねんぶつひほうの者と称して悪名あくみようを天下にふらす。これらは如何いかん。答えていわく、自答じとうを存すべきにあらず。仏みずからこの事をして云く、仁王にんのう経に云く、「大王、我が滅度の後、未来世の中の四部の弟子、もろもろの小国の王・太子・王子、すなわちこれ住持じゆうじして三宝さんぼうを護らん者、うたた更に三宝を滅破めつぱせんこと、師子の身中の虫の自ら師子をくらうがごとくならん。外道げどうにあらざるなり。多く我が仏法をやぶり、大罪過だいざいかを得ん。正教衰薄しようぎようすいはくし、民に正行しようぎようなく、漸く悪をなすをもつて、その寿いのち日に減じて百歳に至らん。人仏教を壊らばまた孝子なく、六親不和にして天神もたすけず。疾疫悪鬼しつえきあつき、日にきたりて侵害し、災怪首尾さいけしゆびし、連禍縦横れんかじゆうおうし、死して地獄じごく餓鬼がき畜生ちくしようらん」と。また次下つぎしもに云く、「大王、未来世の中の諸の小国の王、四部の弟子、自らこの罪を作るは破国の因縁なり。乃至、諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前において、自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。その王わきまえずしてこのことば信聴しんちようし、乃至、その時に当りて正法しようぼうまさに滅せんとして久しからず」と〈已上〉。
[77]、選択集を見るに、あえてこのもん来記に違わず。選択集は法華・真言等の正法しようぼうを定めて雑行ぞうぎよう難行なんぎようと云い、末代の我等われらにおいては時機相応せず、これを行ずる者は千が中に一もなく、仏還りて法華等を説きたもうといえども、法華・真言の諸行の門を閉じて、念仏の一門を開く。末代においてこれを行ずる者は群賊ぐんぞく等と定め、当世とうせいの一切の道俗においてこの書を信ぜしめ、この義をもつて如来の金言きんげんと思わしむ。この故に世間の道俗は仏法建立のこころなく、法華・真言の正法しようぼう法水忽ほうすいたちまちにき、天人てんにん減少して三悪さんなく日に増長す。偏に選択集の悪法にもよおされて起す所の邪見なり。この経文に仏して「我が滅度ののち」と云えるは、正法しようぼうすえ八十年、像法ぞうぼうの末八百年、末法まつぽうの末八千年なり。選択集のいでたる時は、像法の末、末法のはじめなれば、八百年の内なり。仁王にんのう経に記する所の時節に当れり。「諸の小国の王」とは日本国の王なり。中下品ちゆうげぼんの善とは粟散王ぞくさんおうこれなり。「師子身中の虫のごとし」とは仏弟子の源空これなり。「諸の悪比丘」とは所化のしゆこれなり。「破仏法の因縁、破国の因縁を説く」とは、かみぐる所の選択集のこれなり。「その王、わきまえずしてこの語を信聴しんちようす」とは、今の世の道俗の邪義をわきまえずして、みだりにこれを信ずるなり。い願わくは、道俗どうぞく法の邪正を分別して、そののち正法しようぼうに付いて後世ごせを願え。今度人身このたびにんしんを失い三悪道にちて、のち後悔こうかいするとも何ぞ及ばん。
[78]第二に、ただ法華経の題目ばかりを唱えて、三悪道を離るべきことを明かさば、法華経第五に云く、「文殊師利もんじゆしり、この法華経は無量の国の中において、乃至名字ないしみようじをも聞くことをべからず」と。第八に云く、「汝等なんだちただく法華のみなを受持せん者を擁護おうごせんすら、福はかるべからず」と。提婆だいば品に云く、「妙法華経の提婆達多品*だいばだつたほんを聞いて、浄心に信敬しんきようして、疑惑ぎわくしようぜざらん者は、地獄じごく餓鬼がき畜生ちくしようちず」と。大般涅槃経名字功徳品だいはつねはんぎようみようじくどくほんに云く、「もし善男子ぜんなんし善女人ぜんによにんありて、この経の名を聞きて悪趣あくしゆに生ずというは、このことわりあることなし」と〈涅槃経は法華経の流通たるが故にこれを引く〉。
[79]問うて云く、ただ法華の題目を聞くといえども、解心げしんなくば如何いかにして三悪趣さんなくしゆのがれんや。答えて云く、法華経流布の国に生れて、この経の題名だいみようを聞き信を生ずるは、宿善しゆくぜん深厚じんこうなるに依れり。たとい今生こんじよう悪人あくにん無智むちなりといえども、必ず過去の宿善あるが故に、この経の名を聞いて信を致す者なり。故に悪道に堕ちず。
[80]問うて云く、過去の宿善とは如何いかん。答えて曰く、法華経の第二に云く、「もしこの経法きようぼう信受しんじゆすることあらん者は、この人はすでにかつて過去の仏を見たてまつり、恭敬くぎよう供養くようし、またこの法を聞けるなり」と。法師品ほつしほんに云く、「また如来の滅度の後、もし人ありて妙法華経の乃至ないし一偈一句を聞いて、一念も随喜ずいきせん者には、乃至、まさに知るべし、この諸人等しよにんらはすでにかつて十万億の仏を供養せしなり」と。流通るつうの涅槃経に云く、「もし衆生ありて、熙連河沙きれんがしや等の諸仏において菩提心をおこし、すなわちくこの悪世において、かくのごとき経典を受持して誹謗ひほうを生ぜず。善男子、もしく一恒河沙ごうがしや等の諸仏世尊において、菩提心をおこすことありて、しかして後に、すなわちく悪世の中においてこの法をほうぜず、このてん愛敬あいきようせん」と〈已上経文〉。これらの文のごとくんば、たといまず解心げしんなくとも、この法華経を聞いて謗ぜざるは大善だいぜんの所生なり。それ三悪さんなくしようを受くること大地微塵みじんより多く、人間の生を受くること爪の上の土より少なし。乃至、四十余年の諸経にうは大地微塵より多く、法華・涅槃に値うことは爪の上の土より少なし。かみぐる所の涅槃経の三十三のもんを見るべし。たとい一字一句なりといえども、この経を信ずるは宿縁多幸しゆくえんたこうなり。
[81]問うて云く、たとい法華経を信ずといえども、悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕ちざらんや。答えていわく、解心げしんなき者、権教ごんぎようの悪知識にいて実教を退しりぞけば、悪師を信ずるとがに依りて、必ず三悪道につべきなり。不軽軽毀ふきようきようきしゆ権人ごんにんなり。大通結縁だいつうけちえんの者の三千塵点じんでんしは、法華経を退いて権教にうつりしが故なり。法華経を信ずるのともがら、法華経の信を捨てて権人に随わんより外は、世間の悪業あくごうにおいては法華の功徳に及ばず。故に三悪道に堕つべからざるなり。
[82]問うて云く、日本国は法華・涅槃有縁うえんの地なりやいなや。答えて云く、法華経第八に云く、「如来の滅後において、閻浮提えんぶだいの内に広く流布るふせしめ、断絶せざらしむ」と。七の巻に云く、「広宣流布こうせんるふして閻浮提において断絶せしむることなけん」と。涅槃経第九に云く、「この大乗経典大涅槃経もまたかくのごとし。南方の諸の菩のための故に、まさに広く流布すべし」と〈已上経文〉。三千世界広しといえども、仏みずから法華・涅槃をもつて南方流布の処と定む。南方の諸国の中において、日本国はことに法華経の流布すべき処なり。問うて云く、その証如何いかん。答えて曰く、肇公じようこう法華翻経ほつけほんきよう後記こうきに云く、「羅什らじゆう三蔵、須利耶蘇摩すりやそま三蔵にい奉りて、法華経を授かる時のに云く、仏日西山ぶつにちせいざんに隠れ、耀いよう東北を照す。このてん東北の諸国に有縁うえんなり。汝慎んで伝弘でんぐせよ」と〈已上〉。東北とは日本なり。西南の天竺より東北とは日本を指すなり。故にえしんの一乗要決に云く、「日本一州円機純一えんきじゆんいつなり。朝野遠近ちようやおんごん同じく一乗にし、緇素貴賤しそきせん悉く成仏をす」と〈已上〉。願わくは、日本国の今世の道俗、選択集の久習くしゆうを捨てて、法華・涅槃の現文げんもんに依り、肇公・心の日本記にほんきたのみて、法華修行ほつけしゆぎよう安心あんじんを企てよ。
[83]問うて云く、法華経修行の者、いずれの浄土をすべきや。答えて曰く、法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く、「われ常にこの娑婆世界しやばせかいにあり」と。また云く、「われ常にここに住す」と。また云く、「我がこの安穏あんのん」と。この文のごとくんば、本地久成ほんじくじよう円仏えんぶつはこの世界にましませり。この土を捨てて何れの土を願うべきや。故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思うべし。何ぞわずらわしく他の処を求めんや。故に神力品に云く、「もしは経巻きようがん所住の処、もしはそのの中においても、もしは林の中においても、もしはもとにおいても、もしは僧坊そうぼうにおいても、もしは白衣びやくえいえにても、もしは殿堂でんどうにあつても、もしは山谷曠野せんごくこうやにても、乃至、まさに知るべし、この処はすなわちこれ道場なり」と。涅槃経に云く、「もし善男子ぜんなんし、この大涅槃微妙だいねはんみみようの経典、流布るふせらるる処は、まさに知るべし、その地はすなわちこれ金剛こんごうなり。この中の諸人もまた金剛のごとし」と〈已上〉。法華・涅槃を信ずる行者は、余処を求むべきにあらず。この経を信ずる人の所住の処はすなわち浄土なり。
[84]問うて云く、華厳・方等・般若・阿含・観経等の諸経を見るに、兜率とそつ西方さいほう十方じつぽうの浄土をすすむ。その上、法華経の文を見るに、また兜率・西方・十方の浄土を勧む。何ぞこれらの文にたがいて、ただこの瓦礫がりやくけいきよく穢土えどを勧むるや。答えて曰く、爾前にぜんの浄土は久遠実成くおんじつじようの釈如来の現わすところの浄土にして、実には皆穢土なり。法華経はまた方便・寿量の二品なり。寿量品に至りて実の浄土を定むる時、この土はすなわち浄土なりと定めおわんぬ。ただし兜率とそつ安養あんよう十方じつぽうの難に至りては、爾前の名目みようもくを改めずして、この土において兜率・安養等の名を付く。例せば、この経に三乗の名ありといえども、三乗はあらざるがごとし。「すべからく更に観経等を指すをもちいざるなり」の釈のこころこれなり。法華経に結縁けちえんなき衆生の、当世とうせい西方浄土を願うは、瓦礫がりやくの土をねがうとはこれなり。法華経を信ぜざる衆生は、誠に分添ぶんでんの浄土なき者なり。
[85]第三に、涅槃経は法華経流通のためにこれを説きたもうを明かさば、問うて云く、光宅こうたく法雲ほううん法師並に道場のえかん等の碩徳せきとくは、法華経をもつて第四時の経と定め、無常むじよう熟蘇味じゆくそみと立つ。天台智者大師は法華・涅槃同味と立つるといえども、またくんじゆうの義を存す。二師とも権化ごんげなり。互いに徳行とくぎようを具せり。いずれをしようとなして我等われら迷心めいしんを晴らすべきや。答えて曰く、たとい論師・訳者たりといえども、仏教にたがいて権実ごんじつ二教を判ぜずんば、しばらくうたがいを加うべし。いかにいわんや、唐土とうど人師にんしたる天台・南岳なんがく光宅こうたくえかん智儼ちごん嘉祥かじよう善導ぜんどう等の釈においてをや。たとい末代の学者たりといえども、「依法不依人えほうふえにん」の義を存し、本経・本論にたがわずんば信用を加うべし。
[86]問うて云く、涅槃経の第十四巻を開きたるに、五十年の諸大乗経しよだいじようきようを挙げて前四味ぜんしみに譬え、涅槃経をもつて醍醐味だいごみに譬う。諸大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍と定めおわんぬ。その上、葉童子かしようどうじ領解りようげに云く、「我今日われこんにちより始めて正見しようけんを得たり。これよりさきの我等は悉く邪見の人と名づく」と。この文のこころは、涅槃経已前の法華等の一切衆典しゆてんを皆邪見と云うなり。まさに知るべし、法華経は邪見の経にして、いまだ正見しようけん仏性ぶつしようを明かさず。故に天親てんじんの涅槃論に、諸経と涅槃との勝劣を定むる時、法華経をもつて般若経に同じて、同じく第四時にせつしたり。あに正見の涅槃経をもつて邪見の法華経の流通となさんや、如何いかん。答えて曰く、法華経の現文げんもんを見るに、仏の本懐ほんがい残すことなし。方便ほうべん品に云く、「今まさしくこれその時なり」と。寿量じゆりよう品に云く、「つねみずからこの念をす、何をもつてか衆生しゆじようをして無上道に入り、速かに仏身を成就じようじゆすることを得せしめん」と。神力じんりき品に云く、「ようをもつてこれを言わば、如来の一切の所有しようの法、乃至、皆この経において宣示顕説せんじけんぜつす」と〈已上〉。これらの現文は、釈如来の内証は皆この経に尽したもう。その上、多宝並に十方の諸仏来集らいしゆうの庭において、釈如来のこんとうの語を証し、法華経のごとき経なしと定めおわんぬ。しかるに多宝・諸仏本土に還るの後、ただ釈一仏のみ異変を存して、還りて涅槃経を説きて法華経をひくくせば、誰人たれひとかこれを信ぜん。深くこの義を存し、随つて涅槃経の第九を見るに、法華経を流通して説いて云く、「この経、世にずること、菓実かじつの一切を利益りやく安楽あんらくする所多きがごとく、よく衆生をして仏性ぶつしようあらわさしむ。法華の中の八千の声聞しようもんきべつを授かることを得て、大菓実を成ずるがごときは、秋収冬蔵しゆうしゆうとうぞうして更に所作しよさなきがごとし」と。この文のごとくんば、法華経もし邪見ならば、涅槃経もあに邪見にあらずや。法華経は大収だいしゆう、涅槃経はくんじゆうなりと見えおわんぬ。涅槃経は自ら法華経に劣るの由を称す。法華経の当説とうせつの文とあえて相違なし。ただしかしよう領解りようげ並に第十四の文は、法華経をくだすの文にあらず。葉の自身並に所化しよけの衆、今始めて法華経の所説の常住仏性じようじゆうぶつしよう久遠実成くおんじつじようさとる。故に我が身を指してこれより已前は邪見なりと云う。法華経已前の無量義経にわるる諸経を、涅槃経に重ねてこれをげてうなり。法華経をうにはあらず。また涅槃論に至りては、これらの論は書き付くるがごとく、天親てんじんぞう菩提流支ぼだいるしやくなり。法華論もまた天親菩の造、菩提流支の訳なり。経文にたがうことこれ多し。涅槃論もまた本経に違う。まさに知るべし、訳者の誤りなり。信用に及ばず。
[87]問うて云く、さきの教に漏れたるものをのちの教にこれをけ取りて、得道せしむるを流通と称せば、阿含経は華厳経の流通となるべきや。乃至、法華経は前四味の流通となるべきや、如何いかん。答えて曰く、前四味の諸経は菩・人・天等の得道を許すといえども、決定性けつじようしようの二乗・無性むしよう闡提せんだいの成仏を許さず。その上、仏意ぶついを探りて実をもつてこれをかんがうるに、また菩・人・天等の得道もなし。十界互具じつかいごぐを説かざるが故に、久遠実成なきが故に。問うて云く、証文如何いかん。答えて云く、法華経方便品に云く、「もし小乗をもつてすること、乃至一人ないしいちにんにおいてもせば、われすなわち慳貪けんどんせん。このさだめて不可なり」と〈已上〉。この文のこころは、今選択集せんちやくしゆうの邪義を破せんがために、余事をもつてとなさず。故に爾前得道にぜんとくどう有無うむの実義はこれをいださず。追つてこれをかんがうべし。ただし四十余年の諸経は、実に凡夫の得道なきが故に、法華経を爾前の流通とせず。法華経において、十界互具・久遠実成を顕わしおわんぬ。故に涅槃経は法華経のために流通となるなり。
[88]大文の第七に、問いに随いて答うとは、もし末代の愚人、上の六門に依りて、万に一も法華経を信ぜば、権宗ごんしゆうの諸人、あるいは自らまどえるに依り、或は偏執に依りて、法華経の行者を破せんがために、多く四十余年並に涅槃等の諸経を引いて、これを難ぜん。しかるに権教ごんきようを信ずる人はこれ多く、或は威勢いせいに依り、或は世間の資縁しえんに依り、人のこころに随いて世路せろわたらんがためにし、或は権教には学者多く、実教には智者少し。是非に就きて、万に一も実教を信ずる者あるべからず。この故にこの一段をんで、権人ごんにんの邪難をふせがん。
[89]問うて云く、諸宗の学者難じて云く、「華厳経は報身ほうじん如来の所説しよせつ、七処八会皆頓極頓証とんごくとんしようの法門なり。法華経は応身おうじん如来の所説、教主すでに優劣あり。法門において何ぞ浅深なからん。随つて対告衆たいごうしゆほうえ功徳林くどくりん金剛幢こんごうどう等なり。永く二乗をまじえず。法華経は舎利弗しやりほつ等をもつて対告衆となす」と〈華厳宗の難〉。法相ほつそう宗のごときは、解深密げじんみつ経をもつて依憑えびようとなして難を加えて云く、「解深密経は文殊もんじゆ観音かんのん等をもつて対告衆となす。勝義生しようぎしよう領解りようげには、一代をくうちゆうす。そのちゆうとは華厳・法華・涅槃・深密等なり。法華経の信解品しんげほんの五時の領解は四大声聞しだいしようもんなり。菩と声聞と勝劣天地なり」と。浄土宗のごときは道理を立てて云く、「我等われらは法華等の諸経を誹謗ひほうするにあらず。彼等の諸経はしようには大人だいにんのため、ぼうには凡夫ぼんぶのためなり。断惑証理理深だんなくしようりりじんの教にして、末代の我等これを行ずるに、千人の中に一人もの機にあたらず。在家の諸人多分は文字もんじを見ず。また華厳・法相等の名を聞かず、いわんや、その義を知らんや。浄土宗のこころは、我等凡夫はただ口にまかせて六字の名号みようごうとなうれば、現在には阿弥陀あみだ如来、二十五菩等をつかわして、身に影の随うがごとく、百重じゆう千重に行者を囲遶いにようしてこれを守りたもう。故に現世には七難即滅七福即生しちなんそくめつしちふくそくしようし、乃至ないし、臨終の時は必ず来迎らいごうありて観音かんのん蓮台れんだいじようじ、須臾しゆゆの間に浄土に至り、ごうに随つて蓮華開け、法華経を聞いて実相を覚る。何ぞ煩わしく穢土えどにおいて余行を行じて何のかあらん。ただ万事をなげうちて一向に名号みようごうとなえよ」と云云。禅宗等の人云く、「一代の聖教しようぎようは月をす指なり。天地日月等も汝等が妄心よりいでたり。十方じつぽうの浄土も執心しゆうしん影像えいぞうなり。釈・十方の仏陀は汝が覚心かくしん所変しよへんなり。文字もんじに執する者はくいぜを守る愚人ぐにんなり。我が達磨だるま大師は文字を立てず、方便を仮らず。一代聖教の外に仏、葉にいんしてこの法を伝う。法華経等はいまだ真実を宣べず」と〈已上〉。これらの諸宗の難いつにあらず。如何いかんが法華経の信心をやぶらざるべしや。
[90]答えて云く、法華経の行者は心中に、「四十余年、已今当いこんとう皆是真実かいぜしんじつ依法不依人えほうふえにん」等の文を存して、しかも外にことばにこれをいださず。難に随つてこれを問うべし。そもそも所立しよりゆうの宗義はいずれの経に依るやと。かれ経を引かば、引くに随いてまたこれを尋ねよ。一代五十年の間の説の中に、法華経よりさきか、のちか、同時なるか、また先後不定ふじようなるかと。もし先と答えば「未顕真実」の文をもつてこれをめよ。あえての経の説相せつそうを尋ねることなかれ。後と答えば「当説とうせつ」の文をもつてこれを責めよ。同時なりと答えば「今説こんせつ」の文をもつてこれを責めよ。不定と答えば、不定の経は大部の経にあらず、一時一会いちじいちえの説にして、また物の数にあらず。その上、不定の経といえども三説をでず。たとい百千万の義を立つるといえども、四十余年等の文を載せて、虚妄こもうと称せざるより外は用うべからず。仏の遺言に「不了義経に依らざれ」と云うが故なり。また智儼ちごん嘉祥かじよう慈恩じおん善導ぜんどう等を引いて、徳を立て難ずといえども、法華・涅槃に違う人師においては用うべからず。「法に依りて人に依らざれ」の金言きんげんを仰ぐが故なり。
[91]また法華経を信ずる愚者のために、二種の信心を立つ。一には、仏に就いて信を立て、二には、経に就いて信を立つ。仏に就いて信を立つとは、権宗ごんしゆうの学者きたり難じて云わん。善導和尚は三昧発得さんまいほつとく人師にんし本地ほんじ弥陀みだ化身けしんなり。慈恩大師は十一面観音の化身にして、また筆端より舎利しやりらす。これらの諸人は皆彼々かれがれの経々に依りて皆しようあり。何ぞ汝の経に依らず、またの師の義を用いざるや。答えて曰く、汝聞け。一切の権宗の大師・先徳並に舎利弗しやりほつ目連もくれん普賢ふげん文殊もんじゆ観音かんのん乃至阿弥陀あみだ薬師やくし如来しやかによらい、我等が前に集りて説きて云く、法華経は汝等の機に叶わず、念仏等の権経ごんぎようぎようしゆして往生をげて、後に法華経をさとれと。かくのごとき説を聞くといえども、あえて用うべからず。その故は四十余年の諸経には、法華経の名字みようじを呼ばず。いずれの処にか機のかん不堪ふかんを論ぜん。法華経においては、多宝・釈・十方の諸仏、一処に集まりてび定めて云く、「法をして久しく住せしむ」「如来の滅後において閻浮提えんぶだいの内に広く流布せしめ、断絶せざらしむ」と。この外にいまで来りて、法華経を末代不相応と定めば、すでに法華経に違う。知んぬ、この仏は涅槃経にいだす所の滅後の魔仏まぶつなり。これを信用すべからず。その已下いげの菩・声聞・比丘等はまた言論ごんろんするに及ばず。これらは不審もなし。涅槃経にしるすところの滅後の魔の所変の菩等なり。その故は、法華経の座は、三千大千世界の外、四百万億阿僧あそうぎの世界なり。その中に充満せる菩・二乗・人天・八部等、皆如来の告勅ごうちよくこうむり、各々おのおの所在の国土に法華経を弘むべきのよし、これを願いぬ。善導等もし権者ごんじやならば、何ぞ竜樹りゆうじゆ天親てんじん等のごとく、権教を弘めて後に法華経を弘めざるや。法華経の告勅の数に入らざるや。何ぞ仏のごとく権教を弘めて後に法華経を弘めざるや。もしこの義なくんば、たとい仏たりといえども、これを信ずべからず。今は法華経の中の仏を信ず。故に仏に就いて信を立つと云うなり。
[92]問うて云く、釈如来の所説を、他仏これを証するを実説と称せば、何ぞ阿弥陀経を信ぜざるや。答えて云く、阿弥陀経においては、法華経のごとき証明しようみようなきが故にこれを信ぜず。問うて云く、阿弥陀経を見るに、釈如来所説の一日七日の念仏を、六方の諸仏舌をいだし三千をおおうて、これを証明せり。何ぞ証明なしと云うや。答えて云く、阿弥陀経においては全く法華経のごとき証明なし。ただ釈一仏、舎利弗に向いて説きて言く、われ一人阿弥陀経を説くのみにあらず、六方の諸仏舌をいだし三千を覆うて阿弥陀経を説くと云うといえども、これらは釈一仏の説なり。あえて諸仏は来りたまわず。これらは権文ごんもんなり。四十余年の間は教主もごん仏の始覚しがくの仏なり。仏ごんなるが故に所説しよせつもまた権なり。故に四十余年の権仏の説はこれを信ずべからず。今の法華・涅槃は久遠実成の円仏の実説なり。十界互具じつかいごぐの実言なり。また多宝・十方の諸仏きたりてこれを証明したもう、故にこれを信ずべし。阿弥陀経の説は無量義経の「未顕真実」の語に壊れおわんぬ。全く釈一仏の語にして、諸仏の証明にはあらざるなり。
[93]二に、経に就いて信を立つとは、無量義経に四十余年の諸経を挙げて「いまだ真実を顕さず」と云う。涅槃経に云く、「如来は虚妄こもうの言なしといえども、もし衆生虚妄の説にりて法利を得ると知れば、よろしきに随つて方便してすなわちためにこれを説きたもう」と。また云く、「了義経に依りて不了義経に依らざれ」と〈已上〉。かくのごときの文一にあらず。皆四十余年の自説の諸経を、虚妄こもう方便ほうべん不了義経ふりようぎきよう・魔説と称す。これ皆人をしてその経を捨てて、法華・涅槃に入らしめんがためなり。しかるに何のたのみありて、妄語の経を留めて行儀ぎようぎを企て、得道をするや。今権教の情執を捨てて、偏に実教を信ず。故に経に就いて信を立つと云うなり。
[94]問うて云く、善導和尚もにんに就いて信を立て、行に就いて信を立つ。何の差別あらんや。答えて云く、かれは阿弥陀経等の三部に依りてこれを立て、一代の経において了義経・不了義経を分たずしてこれを立つ。故に法華・涅槃の義に対して、これを難ずる時はその義壊れおわんぬ。
現代語訳

守護国家論


正元元年(一二五九)、三八歳、於鎌倉、原漢文、定八九|一三六頁。

本論著述の理由


[1]よく考えてみると、このたび思いがけずに十方世界の塵ほどに受けることの多い三悪道に堕ちる身を免れて、爪の上の土ほどに受けることの少ないこの娑婆世界の日本国に生まれることができた。しかしまた、後の世においては再び十方世界の塵の数ほど多い三悪道に堕ちることは疑いないのである。ところで死後に地獄などの悪道に堕ちる原因はいろいろである。あるいは妻子や親族を可愛がるあまりに犯した悪行により、あるいは殺生や五逆・十悪などの重い罪により、あるいは国主となりながら民衆のきを顧みなかった罪により、あるいは仏法の正邪を知らずに邪法を信じた罪により、あるいは悪師に勧められて悪法を信じた罪によるなどである。この中でも世間の道徳的善悪は日常的なことであるから、判断力の乏しい愚かな人にもわかりやすいが、仏法の正邪、師の善悪の判断については、悟りを得た聖人でも迷うこともある。まして末代のわれわれ凡夫などにはとうていわかるはずがない。その上、仏陀釈尊が西方のインドに入滅され、その教えが東方の諸国に広まってより以来、四依の論師がインドで掲げた智恵の光は日々に輝きを減じ、中国に経典を伝えた三蔵法師の仏法の流れは月々に濁ってきた。真実の経を誤り解する論師は真理の月を迷いの雲で覆い、方便の経に執着する訳者は宝珠のような真実経を漢訳する時に誤って方便経の石に変えてしまった。まして誤った経論によって仏教を解釈した中国の人師が立てた宗旨に誤りがないはずはないのである。まして日本のような辺鄙へんぴな島国の末学は、誤りが多く真実が少ないに決まっている。したがって、その教えを学ぶ者は竜のうろこの数より多いが、悟りを得る者は麒麟きりんつのを得るよりも少ない。それは方便教を信じて修行しているか、または末法の時機に合わない教えを信じているからか、または凡師の教えか聖人の教えかを弁えないからか、または方便・真実の二教を弁えないからか、または方便教に執着して真実教と思うからか、または修行の上の自分の位の高下を弁えないからである。生死を出離すべき仏法を学びながら、かえって六道輪廻の原因となる罪業を増すのは凡夫の習いであるが、その因縁は一つではないのである。
[2]その中でも五十年ほど昔、よこしまな智恵にたけた上人があって、末代の愚人のためにといって、一切の他宗の宗義を破って選択本願念仏集せんちやくほんがんねんぶつしゆうという一巻の書物を作った。この書は中国浄土教の先師である曇鸞どんらん道綽どうしやく善導ぜんどうの名前を借りて、釈尊一代の聖教を聖道・浄土の二門に分け、真実経を方便経の中に入れ、法華や真言の正しい成仏への道を閉ざして、浄土三部経の狭くけわしい道を開き、しかも浄土三部経の本意にもそむいて、方便経をも真実経をも共にそしることとなった。これは四聖の悟りを開く種を永久に断ち切って、無間むけん地獄に堕ちる誤った意見である。ところが世間の人びとは、大風が小樹の枝を吹きなびかすようにこの教えにしたがい、門弟たちは天人が帝釈天を敬うようにこの人を尊重している。しかし、この悪義を破斥するために多くの書物が作られた。三井園城寺みいおんじようじ公胤こういんの浄土決疑鈔・定照じようしようの弾選択・明恵上人高弁みようえしようにんこうべんの摧邪輪などである。これらの書物の著者はみな高徳の僧として名声が天下に聞こえていたが、まだ必ずしも選択集の謗法の根源を追究して明らかにしたとはいえない。それがためにかえって選択集の流布を助けることとなった。たとえてみれば、旱魃のさかんな時に降る少しの雨は、かえって草木の枯れるのを早め、戦争の時に弱い兵士を先頭に出せば、強敵はいよいよ力を増すようなものである。私はこのことをかわしく思って、選択集がなぜ謗法であるかの理由を明らかにするため一巻の書物を作り、守護国家論と名づけたのである。どうか願わくは、この書によって一切の出家・在家の人びとは、仮りの世の一時の営みをやめて、未来永劫のためになる善根ぜんごんの苗を植えるがよい。今は私見を述べることなく、もっぱら経典や論書によって仏法の正邪を明らかにする。信じようとそしろうとすべては仏説に任せて、決して私見を加えることはしない。
[3]本書を部門に分けて七章とする。一には如来の経教には方便教と真実教との区別があることを明かし、二には仏の滅後における仏法の流伝に、正法・像法・末法の三時におこすたりの次第順序があることを明かし、三には選択集の謗法の理由を明かし、四には謗法の者を根絶しなければならない経文の明証を出し、五には善き師と真実の仏法とには値いがたいことを明かし、六には法華経・涅槃経を信仰する行者の心得を明かし、七には問答を設けてさらに説明を加えよう。

一 如来の経教に方便教と真実教との区別があることについて


[4]第一に如来の経教には方便教と真実教との区別があることを明らかにするについて、さらに四節に分ける。一には仏の一代聖教の中の代表的経典の説法の次第順序を定めて、その中に一切の枝葉の経典を包含することを明かし、二には諸経の教理の浅深を明かし、三には大乗と小乗とを判定し、四には方便教を捨てて真実教を信仰すべきことを明かす。
<小見出し>仏の一代聖教の中の代表的経典の説時について
[5]第一に仏の一代聖教の中の代表的経典の説法の次第順序を定めて、その中にその他のすべての枝葉のような経典を包含することを説明しよう。問うていう、仏が最初に説かれた経典は何か。答えていう、華厳経である。問うていう、その証拠は何か。答えていう、旧訳くやくの六十巻本の華厳経の世間浄眼品に、「私はこのように仏が説かれるのを聞いた。ある時、仏は摩竭提国の寂滅道場で始めてさとりを開かれた」とあるから、この経の説処は仏陀釈尊が成道された菩提樹下であることがわかる。また法華経の序品に、仏が眉間みけん白毫びやくごうから光を放たれて、もろもろの世界を照らす瑞相を示された時、弥勒菩が十方の世界の諸仏が説かれる五時の説法の次第を見て、文殊師利菩に問うた言葉の中に「諸仏の聖主・師子王が、微妙第一の経典を演説され、清らかで柔らかな音声みこえをもって無数の菩たちを教えられるのを見た」とあるのは、最初の説法が菩のために説かれた華厳経であることを示している。また方便品に釈尊が自ら初めて成道された時のことを説いて「われは始めて覚りの道場に入って、菩提樹ぼだいじゆを観じて行道した。(中略)その時、もろもろの梵天王や帝釈天・世界を護る四天王・大自在天、その他のもろもろの天人やその従者たち百千万の多数が、うやまい合掌し礼拝らいはいして、われに説法をうた」とある。これも法華経に華厳経の説かれた時をさし示した経文である。それゆえに華厳経の第一にも「毘沙門天王〈略〉月天子〈略〉日天子〈略〉帝釈天〈略〉大梵天王〈略〉摩醯首羅天〈略〉」などと華厳経の会座えざに集まった聴衆の名をあげている。また涅槃経巻二十七の師子吼品ししくほんに華厳経の時を説いて「仏陀が成道し終わった時、大梵天王が説法をお願いして、願わくは如来よ、広く衆生のために甘露の美味である仏法を説きたまえ」といい、また「世尊よ、一切衆生にはおよそ利根と中根と鈍根の三種の人があるが、そのうち、利根の人はよく仏の教えを理解することができる。願わくはこの人びとのためにどうか法をお説きいただきたい」と言ったので、仏は「梵王よ、よく聴け。われは今こそ一切衆生のために甘露の美味である仏法を説くであろう」と答えられた。また涅槃経の巻三十三のかしよう品に華厳経の時を説いて「すべての大乗経の中の意味と道理とを微妙細密みみようさいみつに、昔、もろもろの菩のために説いた」とある。これらの経文はみな、諸仏が世に出られて一切経を説かれた最初には必ず華厳経を説かれたという証文である。問うていう、無量義経の説法品には「初めに四諦を説き、次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空の法門を説いた」とあるが、この経文によれば華厳経は般若経の次に説かれたことになり、仏成道の後、最初の説法とする諸経の文とおおいに相違すると思うが、どうか。答えていう、この文は説法の順序を述べたものではなく、浅い教えを先に深い教えを後に列ねた教理の浅深の次第を述べたものか、または後分の華厳といって、後に説かれた特別の華厳のことであろう。法華経の方便品にも仏一代の説法の浅深の次第順序を立てて「余乗〈別教を兼ねた華厳経をさす〉の、第二〈通・別の二教を帯びた般若経をさす〉、第三〈蔵・通・別の三教を兼ね説く方等経をさす〉も存在しない」とあるのはこれと同じ意味である。
[6]問うていう、華厳経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、阿含経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、法華経の序品に華厳経の次の経のことを説いて「苦しみに遭って老・病・死をう者には、仏は寂滅の涅槃を説く」と凡夫の心の迷いを取り除く道を示され、方便品には「波羅奈国の鹿野苑ろくやおんに行って(中略)五人の比丘に説法した」とある。また涅槃経の師子吼品にも華厳経の次の経のことを「波羅奈国鹿野苑において、中道、すなわち苦行や快楽への執着をはなれた人として行なうべき正しい道について説法した」と説いている。これらの経文によって、大菩に対して説かれた華厳経の次に声聞の弟子に対して阿含経を説いたことは明らかである。
[7]問うていう、阿含経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、方等経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、無量義経の説法品に「初めに四諦(阿含)を説き、次に方等十二部経(大乗)を説く」といい、涅槃経の聖行品に「修多羅(経)より方等を出す」というからである。問うていう、方等とはインドの語で、漢訳して大乗ということであって、華厳も般若も法華も涅槃もみな大乗方等経である。なぜ方等部の経だけを方等と名づけるのであるか。答えていう、実際には質問の通り、華厳も般若も法華などもみな方等経であるが、しかし今、方等部だけをとくに方等経と名づけたのは、日の勝手な意見ではなく、無量義経や涅槃経の文に明らかな例がある。阿含経の証果さとりはすべて小乗教で、次に仏は大乗教を説かれたのである。方等部から後はみな大乗教であるが、方等部が大乗教の一番最初に説かれたから、これを後の方等大乗教と区別して、とくに方等と名づけたのである。たとえていえば、舎論くしやろんなどに色心しきしんの二法を開いて十八界を立てる時に、十八界の中の十と半分はみな色法で、その他は心法であるけれども、その十八界の最初が色法であるから、これを色境と名づけたのと同じである。
[8]問うていう、方等部の諸経の次には、どの経を説かれたのか。答えていう、般若経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、涅槃経の聖行品に「方等の次に般若」とあるからである。
[9]問うていう、般若経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、無量義経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、般若部の結経である仁王般若経に「般若を説き始めて第二十九年中に結経である仁王般若を説く」とある。よって般若経は、三七さんしち日の華厳経と十二年の阿含経と説時の不確かな方等部との後、三十年の間に説かれた経であると知れる。そして、無量義経にはこれらをすべて「四十余年の間は真実を顕わさなかった」と説いているからである。問うていう、先にあげた無量義経の文には般若経の次に華厳経を列ね、また涅槃経の文には般若経の次に涅槃経を列ねていた。ところが今は般若経の次は無量義経であるというが、この相違はどう考えればよいのか。答えていう、涅槃経巻十四の聖行品の文を見るに、涅槃経以前に説かれた諸経を列ねて、それらと涅槃経とを比べて教理の勝劣を論ずるのに、涅槃経以前の経を般若経までとして法華経は除外してその名をあげていないのである。しかし第九巻には「法華の中の八千の声聞」とあって、法華経は涅槃経より以前の経であると定めている。また法華経の序品を見ると、文殊が弥勒みろくの問いに答えて、過去の日月灯明にちがつとうみよう仏は無量義経の次に法華経を説かれたから、今もまたそうであろうとあるから、無量義経は法華経の序分である。先にあげた無量義経の文では、般若経の次に華厳経を列ねていたが、前に論じた通り華厳経は最初の説法であるから、般若経の次は無量義経となるのである。
[10]問うていう、無量義経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、法華経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、法華経の序品に「仏がもろもろの菩のために大乗経の無量義・菩を教える法・仏に護念せらるるものと名づける経を説き終わって、結跏趺坐して法華経を説くために無量義処三昧に入られた」とあるからである。
[11]問うていう、法華経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、観普賢菩行法経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、普賢経に説時を説いて「この後三か月して我は涅槃に入るであろう。(中略)また如来は霊鷲山りようじゆせんやその他の処で、広く一乗真実の道を説いてきたが、今もまたここ大林精舎だいりんしようじやで説く」というからである。
[12]問うていう、普賢経の次にはどの経を説かれたのか。答えていう、涅槃経である。問うていう、どうしてそれがわかるのか、その証拠は何か。答えていう、普賢経に「この後三か月して我は涅槃に入るであろう」とあり、涅槃経の巻三十の師子吼ししく品にも「如来はどうして二月に涅槃されるのか」とあり、また「如来は誕生も出家も成道も最初の説法もみな八日であるのに、なぜ涅槃だけが十五日であるのか」とあるからである。
[13]一切経の中の代表的な経典の説かれた順序次第は、大体において以上のようである。これ以外のもろもろの大小乗の経々は、説時の次第も一定していない。あるいは阿含経より後に華厳経を説いたり、法華経より後に方等経や般若経を説かれたりもしている。これらの説時の不確かな経々は、華厳経に属するものは大部の華厳経の所に、阿含経に属するものは大部の阿含経の所にというように、教義の種類を同じくする経々の所に収めて一処に置くのである。
<小見出し>諸経の教理の浅深について
[14]第二に諸経の教理の浅深について説明しよう。無量義経の説法品に「初めに阿含経の四諦を説き、次に大乗の方等経・大般若経・華厳経を説いて、菩の歴劫修行といって成仏に長い時間のかかる法門を説いた」とあり、また「この経を説く以前の四十余年間には、まだ真実を顕わさなかった」ともあり、また「無量義経はこの上もなく尊い教えである」ともいう。これらの経文によれば、無量義経以前に説かれた四十余年間の諸経は無量義経より劣った経であることは明らかである。
[15]問うていう、密厳経には「一切の経の中で勝れた教えである」といい、大雲経には「この経は諸経の中の転輪聖王である」といい、金光明経には「諸経の中の王である」とある。これら諸経の文を見れば、自経が第一の経であるということは諸大乗経にみな説くところである。どうして無量義経の一文だけを見て、無量義経は四十余年の諸経に勝れているということができようか。答えていう、もし教主釈尊がそれぞれの経の中で、この経こそ第一であると勝劣を説いているとすれば、大乗と小乗の区別も方便と真実の相異も立てることはできなくなる。もし実際には区別がないのに、諸宗の人びとが勝手に区別や浅深を説いているとするならば、それは争いの根源であり、謗法という悪業・罪業の原因でもある。よく考えてみると、法華経以前の四十余年に説かれた諸経でいうところの第一とは、何に対して第一なのか比べる対象が別々である。ある経は小乗の諸経に比べて第一といい、ある経は未来永遠の存在である報身仏を説いて八十歳入滅の応身おうじん仏を説く諸経に比べて第一といい、ある経は俗諦・真諦・中道諦の三諦を説くことにおいて第一というにすぎないのである。一切経の中の第一といっているのではない。ところが今の無量義経は、それ以前の四十余年の代表的な経典の名をあげて、それらすべての諸経に比べて第一であるというのである。
[16]問うていう、法華経と無量義経とはどちらが勝れているか。答えていう、法華経の方が勝れている。問うていう、どうして法華経の方が勝れているとわかるのか。答えていう、無量義経にはまだ二乗が仏に成るということと、仏の久遠実成という法門とが説かれていないからである。ゆえに法華経法師ほつし品において、法華経が已説いせつ今説こんせつ当説とうせつの三説に超えて勝れていることを説く時、無量義経は今説の中に入れられて、信じやすくさとりやすい経とされ、法華経より劣ると定められているのである。
[17]問うていう、法華経と涅槃経とはどちらが勝れているか。答えていう、法華経の方が勝れている。問うていう、どうして法華経の方が勝れているとわかるのか。答えていう、涅槃経の如来性品には仏みずから法華経を指して「法華経の時に一切の衆生が成仏したから、今は何もすることがない」といって、法華経を大収だいしゆうの位、涅槃経をくんじゆうの位と定めている。また法華経法師品では、三説の中の当説に入れて、「信じがたさとり難い法」とはいっていないからである。問うていう、涅槃経の文をみると、涅槃経以前は「みな邪見の人であった」とあるが、この経文によれば法華経も邪見の経典ではないか、どうか。答えていう、法華経を説くことが如来がこの世に出でられた目的であったから、方便品に「わが昔の願いは今満足した」といい、「今が正しくその時である」といい、如来寿量品に「善男子よ、われは実に成仏してから久遠くおんである」とも説かれているのである。ただし、法華経と諸経との勝劣については、法師品に仏みずから「わが説いてきたところの経典は無量千万億である」と比べるべき経典をあげて、次に「已に説き、今説き、まさに説く諸経にえて法華経は勝れている」といわれた時、宝塔品で多宝如来が大地から涌き出でて「釈尊の説くところはみな真実である」と釈尊の説法の真実を証明し、十方世界より来集した釈尊の分身の諸仏はその舌を梵天に届かせて釈尊の説法が真実であることを証明されたのである。このように諸経と法華経との勝劣は、釈尊・多宝仏・分身の諸仏の三仏が定められているのである。一切経は釈尊一仏の説法であるから、この他に法華経の前後の諸経に対して法華経との勝劣を論ずべきではない。故に涅槃経で諸経をしりぞける時に法華経は除かれているのである。それは涅槃経も法華経が諸経に勝れていることを顕わそうとしているからである。ただし、涅槃経が「邪見の人」といったのは、法華経をさとることのできなかった葉童子やその眷属の人びとが、涅槃経を聞いて初めて覚りを得ることができたので、自分自身を指して「涅槃経以前は邪見の人であった」といったのであって、経典の勝劣を論じた文ではないのである。
<小見出し>大小乗の判定について
[18]第三に大乗と小乗とを判定することを説明しよう。問うていう、大乗と小乗との区別は何であるか。答えていう、普通一般の説によれば、阿含部の諸経は小乗であり、華厳経と方等部の諸経と般若経と法華経と涅槃経とは大乗である。あるいはまた地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六界を説くのは小乗、さらに声聞・縁覚・菩・仏を説いて十界のすべてを明かすのは大乗である。しかし、法華経と諸経を比べてどちらが真実かを論ずる時は、法華経以外の四十余年の諸経は一般には大乗経といわれていても、実はみな小乗経であって、法華経だけが大乗である。問うていう、諸宗いずれの宗でも自分の拠りどころとする経を真実の大乗といい、他宗の拠りどころとする経は方便の大乗であるというのは常の習いである。故に末学の者が諸宗の主張のいずれが是か非かを定めにくいと思うが、法華経に比べれば諸大乗経はみな小乗であるという証文をいまだ聞いたことがない、一体その証文があるのかどうか。答えていう、諸宗それぞれにその立義について互いに是非を論じあっていて判定はなかなか困難である。とくに末法においては、世間のことにも仏法のことにも非理を優先させ道理を後まわしにしているので、自分で是非をわきまえられないことは愚者のくところである。しかしとりあえず自分の浅い智恵で、無量義経の「四十余年未顕真実」という眼前の経文を見る時、この文を破るほどの文がない限りは、諸宗の人師の立てた是非の判定を信用することはできない。その上また法華経に比べて諸大乗経を小乗というのは、自分が勝手に答えるべきではないので、経文の証拠を示そう。法華経の方便品に「仏は自ら大乗に住せられ、(中略)自ら無上道である大乗の平等大の法をさとられた。もし小乗の法をもって衆生を教化すれば、それがただ一人に対してであっても、仏が法を惜しんだことになるから、これは不可である」とある。この経文は法華経以外の諸大乗経を指して、すべて小乗と説いている。また寿量品に「小法を願う」とある。これらの経文は法華経以外の四十余年の諸大乗経を指してすべて小乗と説かれた経文の例である。天台大師や妙楽大師の注釈にも四十余年の諸経を小乗と記しているが、他宗の人師は天台等の解釈を認めないであろうから、今はこれを省略してただ経文の証拠だけを示したのである。
<小見出し>方便経を捨てて真実経に帰依すべきことについて
[19]第四にとりあえず方便経を捨てて真実経に帰依すべきことについて説明しよう。問うていう、その証拠の経文は何か。答えていう、十の経文の証拠がある。第一に法華経ひゆほんに「ただ大乗経典を信じたもつことだけを願って、他の経の一すら信じてはならない」という。第二に涅槃経如来性品に「真実を説き尽くしている経によって、真実を顕わしていない経によってはならない」という。これは法華経以前の四十余年の大小乗の経々を不了義経といった文である。第三に法華経宝塔品に「この経はたもちがたい経である。もししばらくの間でもたもつ者があれば、われも諸仏もみな同じく歓喜して、この人をさんだんする。これこそ勇猛の人であり、精進の人であり、また戒律をたもって清浄の行を行ずる者と名づける」という。末代には、四十余年のように細かく定められた戒律を持たなくてもよい。ただ法華経を持つことが持戒である。第四に涅槃経如来性品に「禅定や智恵の修行にはげまない者はおこたる者と名づけるが、戒律を守らない者を怠る者とは呼ばない。菩よ、この大乗経の信仰に怠りの心を起こさなければ、それこそが戒律を持つことなのである。正法を護るために大乗の水を自らそそぎ浴する菩はたとえ破戒の行為があっても怠る者とは呼ばない」とある。この経文は法華経の戒律を未来のために詳しく説いたものである。第五に法華経第四巻の宝塔品に「妙法華経を大衆のためによくぞ説かれた。釈牟尼世尊の所説は、みな真実である」という。これは多宝如来の証明の文である。第六に法華経第八巻の普賢菩勧発品かんぼつぽんに普賢菩が誓った言葉に「如来の滅度の後に、この経を広く全世界に流布させて決して断絶させない」とある。第七に法華経第七巻の薬王品に「わが滅度の後、第五の五百歳にこの経がこの世界の内で断絶することのないようにする」とある。これは釈如来の誓いの言葉である。第八に法華経第四巻の宝塔品に、東方の宝浄世界の多宝如来や十方の世界で教化していた分身の諸仏が釈尊のもとに集まり来られた理由について「この法をのち々までもこの世にとどめ置くために、この世界に集まったのである」とある。第九に法華経第七巻の如来神力じんりき品に、法華経を修行する人の住処を説いて「如来の滅後には一心にこの経を信じたもち、読誦し、解説し、書写して、経文の説く通りに修行するがよい。いずれの所であっても、この経のある処は、園の中でも、林の中でも、樹の下でも、僧坊でも、俗人の家でも、殿堂の内でも、山や谷や広い野原でも、この中にみな塔を起てて供養しなければならない。なぜなら、そこは正しく法華経の道場であり、諸仏がさとりを開かれた処であるからだ」とある。第十に法華経の流通分である涅槃経第九巻の如来性によらいしよう品に「わが涅槃の後に仏の正法が滅びようとして八十年を余す時、この涅槃経は広く全世界に流布するであろう。しかし、この時に、まさに多くの悪僧がいて、この経をかすめとり、いくつにも分断して正法の本来の色や香りや味わいをなくしてしまうであろう。この多くの悪人はこのすぐれた経典を読んだとしても、如来の深い覚りの重要な意義を理解することができないで、かえって世間の美しく飾った文章や無意味な言葉を付け加えるのである。そして前の文を抜き出して後の文に付けたり、後の文を抜き出して前の文に付けたり、前後にあるべき文を中間に付けたり、中間にあるべき文を前後の文に付けたりするであろう。このような多くの悪僧は仏弟子ではなく悪魔の仲間である。(中略)たとえば、牛飼い女が多くの利益を得ようとして牛乳にたくさんの水を加えて売るようなものである。これらの悪僧たちもまた同じく、如来の言葉に世間の浅い不純な言葉を混入して、この経の味を誤り定め、多くの衆生が正しく説き、正しく書写し、正しく意味を取ることをできなくし、この経を尊重し、讃し、供養し、敬うことができないようにするであろう。この悪僧たちは私利私欲をむさぼるために、この経を広く流布させることができず、その弘まる所は少なく言うにたりないほどであろう。それも道理で、あのしい牛飼いの女が乳を売り、次々に転売して(中略)最後に買った人が乳がゆを作っても乳の味がしないように、この大乗経典大涅槃経もまた同じく、次第に伝えられて行く間に薄く淡くなって、その味わいもなくなってしまうであろう。しかしそれでもなお、他経に比べれば一千倍も勝れているのである。なぜなら、かの乳味はいかに薄くなっても、もろもろの苦味にがみに比べれば千倍も勝れているのと同じである。なぜかというに、この大乗経典大涅槃経は如来の直弟子たちが伝えた経々の中で最も勝れた位置にあるからである」とある。
[20]問うていう、如来の真実を完全に顕わしていない不了義経を捨てて、完全に説き顕わしている了義経に従えというならば、大円覚修多羅了義経や大仏頂如来密因修証了義経などの大乗経は、経名に了義経とあるから、これらの経々をりどころとして用いてもよいかどうか。答えていう、了義といい不了義といっても、比べる対象によって同じではない。声聞・縁覚の二乗や菩の説いた不了義経に比べれば、仏の説かれた一代の聖教はみな了義経である。仏の説かれた経々の中では、小乗経は不了義経であり、大乗経は了義経である。また大乗経の中でも四十余年に説かれた華厳・方等・般若などの諸大乗経は不了義経であり、法華経や涅槃経や大日経などは了義経である。ところで円覚経や大仏頂経などは、小乗経や大乗経の中の成仏に時間のかかる諸経に比べれば了義経といえるが、法華経のような一切の経に比べての了義経ではない。
[21]問うていう、華厳宗・法相宗・三論宗などの天台や真言以外の諸宗の高祖たちは、おのおの自分の拠りどころとして信ずる経々によって、その経の奥義を極めたと思っているが、はたしてそうであろうか。答えていう、華厳宗は華厳経によって五教判を立て、諸経は華厳経の方便と判定している。法相宗は三時教判を立てて、阿含経を教、般若経などをくう教と卑しめ、華厳経・法華経・涅槃経の三経を自らの依る深密経と同じだとして、ともに中道教と立てるが、しかし法華経・涅槃経の二経は一部類の人を対象として一乗の成仏を説くから不了義経であり、深密経は五性各別といって、人の性分に五種類の区別があって仏に成れる者と成れない者とがあると説くから了義経であるという。三論宗は声聞蔵と菩蔵との二蔵の教判を立てて一代の仏教を判定し、大乗菩蔵においては浅深の区別を論じないが、それでも般若経を拠りどころとするのである。これらの諸宗の高祖は、もしかすると仏の教えを伝えて衆生の拠りどころとする導師であるかもしれないから、このような教判をされることはきっと深い考えがあってのことと思われる。それ故に末代のわれらがこれについて是非を批判するべきではない。しかしそのままにしておいては自分の疑いを晴らすことができないから、とりあえず諸宗の人師のさまざまな解釈は放っておいて、諸宗の人師が拠りどころとしている経々を直接に開いて調べてみよう。まず華厳経は旧訳では五十巻または六十巻、新訳では八十巻または四十巻であるが、その中のどこにも法華経や涅槃経にあるように、仏一代の聖教をことごとく集めて方便であるといった明瞭な経文は一箇所もない。また声聞乗・縁覚乗・菩乗・仏乗の四乗の浅深を説くけれども、その中の仏乗を説くとき、仏教の最高教理である十界互具と久遠実成とを説いていない。ゆえに法華経を批判の対象にすることはできないはずであるのに、それを中国の杜順とじゆん法蔵ほうぞう澄観ちようかんなどの人師が小乗教・大乗始教・大乗終教・大乗頓教・大乗円教の五教判を立てて、前の四教にすべての諸経を収めて華厳経の方便であるとした。また法相宗は有相うそう教・無相教(空教)・中道教の三時教判を立てて、第三時中道教の中に法華経を収めて、法華経と深密経と同等であるとするが、深密経五巻を開いてみるに、どこにも法華経などを第三中道教に入れる明瞭な経文はないのである。三論宗は声聞蔵・菩蔵の二蔵の教判を立てて、菩蔵の中に華厳経や法華経などを入れて般若経と同等であるとするが、新訳六百巻の大般若経を開いてみるに、大般若経と法華経・涅槃経とが同じであるという経文はまったくない。また天台大師以前の江南の三師が立てたという華厳経は頓教であり、法華経は漸教であるという教判は、人師の勝手な私見にすぎないのであって、まったく経文にもとづいた説ではないのである。
[22]ところが法華経の場合はこれらの諸経とはまったく異なり、序分の無量義経に明瞭に「四十余年」と年限を挙げて、その間に説かれた華厳経・方等部の諸経・般若経などの代表的経典の題名をあげて、これを「未顕真実」と判定したのである。さらに正宗分の法華経では一代聖教の勝劣を定める時、法師品に、「我が説いてきたところの経典は無量千万億であって、已に説き、今説き、まさに説く」と三説を挙げて、「その中でこの法華経が最も信じがたくさとりがたい」と定められたのである。その時、多宝如来は大地より涌出して「妙法華経の説はみなれ真実である」と宝塔品で証明され、分身の諸仏は十方世界から集まり来たって、神力じんりき品で広長舌こうちようぜつを梵天につけて法華経の説の誤りなきことを証明されたのである。
[23]今、これらの経文によってわたくしに推察してみるに、中国や日本に伝来したところの旧訳五千余巻・新訳七千余巻の諸経、および伝来しなかったその他のインドや竜宮・四王天などにある諸経や、過去の七仏などが説いた諸経、阿難の結集にもれた諸経、これらの十方世界の塵の数ほどある諸経の教理の勝劣浅深や行法の難易などを判ずることは、掌中に握ったように明白である。法華経法師品の「無量千万億」の文の中に、釈尊の説かれた一切の経々はすべて収めつくされるのである。また「已に説き、今説き、当に説き」という三説の年限に入らない説時の諸経はないのである。願わくは末代の諸人よ、とりあえず諸宗の高祖の経文の証拠も弱くその意味もない教判を捨てて、釈仏・多宝仏・十方の諸仏の三仏の文証も強く義理も正しい教えを信じなければならない。まして諸宗の末流の学者は宗派的偏見を先入観として諸経の勝劣を判定し、これら諸宗の末学の意見を基として仏・菩の経典や論書を捨てる末代の愚者たちを師とたのむようなことがあってはならない。故に法華経の流通分である沙羅双林しやらそうりん最後の涅槃経の如来性品に、仏は葉童子菩に遺言して「仏の説かれた教法に依るべきであって人師の言葉に依ってはならない。仏の説かれた真実の義に依るべきであって文字言語だけに依ってはならない。仏の実智に依るべきであって凡夫の心情に依ってはならない。仏が真実を説きつくした了義経に依るべきであって真実を説きつくしていない方便の不了義経に依ってはならない」といわれたのである。自分が今、世間の様子を見たり聞いたりするに、自分の宗派の人師を指して覚りを開いた智恵第一の人であるなどと称讃しているけれども、その実体は無徳の凡夫であって、真実の経によって法門を信じさせようとはせず、かえって不了義・方便の観無量寿経などの浄土三部経こそが末法の時と機根とに合った教えであるといって、真実の了義経である法華経や涅槃経を捨てて、これらの経は教えが深くてさとることが困難であるから、今の末法の時と機根とには合わないとそしったのである。これは、まさしく如来の四依の遺言に背いて「人師に依って教法に依るな、人師の語に依って仏の実義に依るな、凡夫の見解に依って仏の実智に依るな、不了義経に依って了義経に依るな」と教えるものではないか。どうか心ある人はよくよく考えるべきである。
[24]仏が入滅されてから今日まで、すでに二千二百余年の年月が過ぎている。その間に文殊師利菩葉・阿難が経典を編集し、その後は衆生の依るべき四依の菩が何人も世に出て、論書を作って経文の意を述べられた。ところがインドでものち々の論師になると次第に誤りを生ずるようになった。また経典を中国に翻訳する人たちにも、梵語や漢語に熟達しない者や、方便教にとらわれている人たちがあって、真実の経論の意味を曲げて方便の経論の意味とするにいたった。その上、また中国の人師たちは、過去に方便教に親しんできた習わしから、方便の経論の方が自分の心に合うので真実の経論を信用しない。そればかりでなく、もし少しでも自分の意見に合わない文があると、道理を曲げて解釈をして自分の意見に合うようにする。たとえ後になって自分の誤りに気づいても、自分の名誉と利欲のために、または信者の帰依の離れるのを恐れて、今までの方便宗を捨てて真実宗に改宗しようとはしない。これらの人師を師と仰ぐ世間の僧俗もまた無智であるから、道理に合うか合わないかもわきまえず、ただ人の言葉を信用して仏の正しい教法に依らない。たとえ悪法であると知っても、多くの人が信じている邪義には随うけれども、ただ一人の説く真実の教えには依らないのである。ところが凡夫の悲しさ、衆生の多くは生死の流転をさまよっている。たとえ生死を離れようと志す者がいても、方便経を信じる人の方が多いのである。ただ残念に思うのは、この罪深い身は善きにつけ悪しきにつけ生死の迷いから逃れることはできないことである。
[25]しかし、今の世のすべての凡夫は、たとえ今生において法華経を信じたために世間の人から迫害されるようなことがあろうとも、前にあげた涅槃経第九巻の法華最勝の経文を信じて、とりあえず法華経・涅槃経を信じてみるがよい。その理由は、世間のごく浅い事柄でさえ、人から人へと次第に伝えられてゆくうちに、真実は失われ誤りが多くなるものである。ましてや仏法の深い教義は難解であるから尚更なおさらのことである。それゆえに涅槃経の中で仏が説かれた基準によって決定するほかはないのである。如来の滅後二千余年の間には、仏の教えに邪義が添え加えられ、万に一も正義はないであろう。ゆえに仏一代の聖教にも多くの誤りがあるであろう。たとえば、心地観経に「法爾無漏の種子」を説いて、声聞・縁覚の二乗は本来仏に成れない者とあること、竺法護じくほうご訳の正法華経に属累品ぞくるいほんを経の最末に置いていること、大毘婆沙論だいびばしやろん玄奘げんじようが翻訳した時に原本にない十六字を勝手に加えていること、無著むじやく摂大乗論しようだいじようろんに人間の心の作用を九つに大別するが、それを玄奘訳は第八識、真諦訳は第九識を立てるという相違、天親の法華論と妙法華経との相違、天親の涅槃論の中に「法華経は煩悩に汚されている」とあること、法相宗では二乗と定まった者と仏性のない一闡提いつせんだいとは絶対に成仏できないということ、摂論宗では法華経方便品の「一度南無仏と唱えた者までもみな成仏した」とあるのは、別時意趣としていること、これらはみな経論の翻訳者や諸宗の人師の誤りである。このほかにも四十余年の諸経にはまだ多くの誤りがあるであろう。たとえ法華経や涅槃経に誤りがあろうとも、四十余年の諸経を捨てて法華経・涅槃経に随うべきである。その証拠は前に示した通りである。もしこの誤りの多い法華経以前の諸経を信じて法華経を捨てるならば、どうして生死輪廻を離れることができようか、できるはずがないのである。

二 仏滅後の正像末三時における仏法の興廃について


[26]大段の第二に、仏滅後の正法・像法・末法の三時において仏法のおこすたりがあることを説明するのに、これを二節に分ける。一には法華経以前の四十余年に説かれた諸経と浄土三部経とは、いずれが末法において久しく衆生を利益しつづけるかを明らかにし、二には法華経・涅槃経と浄土三部経やその他の諸経といずれが久しく衆生を利益しつづけるかを明らかにする。
<小見出し>爾前諸経と浄土三部経との末法における久住について
[27]第一に法華経以前の四十余年に説かれた諸経と浄土三部経とは、いずれが末法において久しく衆生を利益しつづけるかを説明しよう。問うていう、如来の教法について大乗と小乗と浅いと深いと勝れると劣れるとの違いを論じなくても、ただ時代と機根とに合った行法であるかどうかを考えて教法を選び出し、これを修行すれば必ず利益があるのである。ところが賢劫経・大術経・大集経などの諸経を見ると、仏が入滅されてから二千余年を過ぎた後は仏法はみな滅びてしまい、ただ教法だけはあっても、これを修行したり、さとったりする者はなくなるとある。また伝教大師の末法灯明記を見ると「わが延暦二十年(<暦>八〇一)は、一説によれば仏滅後一千七百五十年である」とある。延暦二十年から今日までは四百五十余年が過ぎているから、すでに末法の時代に入っている。経文に照らせば、たとえ教法はあっても、これを修行したり、さとりを得たりする時ではない。そうであるとすれば、たとえ仏法を修行したとしても、万に一も覚りを得る者はないであろう。ところが無量寿経(双巻経)の下巻に「未来の世に仏の教えが滅びるであろう。その時、われは慈悲と哀愍あわれみの心をもって、とくにこの経だけを留めておこう。この経が世に弘まるのはおよそ百年くらいであろう。もしその時、衆生がこの経を信ずれば、その人の願い通りに救われるであろう」とある。この経文によれば、末法に入って釈如来の説かれた一代の諸経がみな滅びつくした後には、ただ無量寿経の念仏だけが残って衆生を利益すると見えるのである。この経文の趣旨にもとづいて、浄土宗の諸師の解釈を見ると、みなこの経と同じようなことを記している。中国では、道綽禅師は安楽集に「今末法は人間の心も時代もにごりきった五濁の悪世であって、ただ浄土教の一門だけが覚りに通ずる路である」と記し、善導和尚は往生礼讃おうじようらいさんに「末法万年に入ると仏・法・僧の三宝は滅びて、ただこの経だけが百年間存続する」と述べ、慈恩大師は西方要決さいほうようけつに「末法万年には、余経はことごとく滅びて、弥陀の教えだけが衆生を利益する」と定め、日本では比叡山の先徳である恵心僧都源信は、一代聖教の中から肝要の文を集めて、末代の人びとの信仰の指南として書いた往生要集の序文に「極楽に往生する教えとその修行は、五濁の悪世である末代の人びとの目となり足となる。僧侶も俗人も、貴い者も賤しい者も、一人として帰依しない者はないであろう。しかし顕教や密教の説く経文が一つでなく、いろいろな修行が多いので、智恵がすぐれ精進努力する人には困難ではないだろうが、私のような愚かな者には修行できない」といい、またその次に「とくに念仏の教えは末代に仏の教えが滅びつくした後の濁世の衆生を利益するだけである」という。これらの人だけでなく、すべて諸宗の学者も無量寿経の説と同じように考えている。とくに天台宗の学者は源信以後はこの教えに背く者はないであろうと思うがどうか。
[28]答えていう、法華経以前の四十余年に説かれた経々は、それぞれ時と機根とによっておこすたりがあるから、大部分は浄土三部経より以前に滅びつきてしまうであろう。それらの大小乗経は、声聞・縁覚・菩の三乗が現在の生涯において覚りを開くことを説いている。ところが末代においては人の機根は劣っているから現在の生涯において覚る者は非常に希少である。ゆえに十方の浄土に往生することを勧める教えを末代の劣った衆生に説いて利益りやくするのである。十方の浄土の中でも、とくに西方の極楽浄土は、この娑婆世界に近く、また最も劣った浄土であるから、凡夫にも往生の可能性があること、さらに太陽が東から出て西に沈むから浄土を思い浮かべやすいことなどから、諸経は多く西方往生を勧めているのである。それゆえに浄土宗の祖師たちばかりでなく、天台大師や妙楽大師も法華経以前の経に依る時には、西方浄土を勧めることもある。また中国の人師ばかりでなく、インドの竜樹や天親にも浄土往生の信仰があった。これらの念仏が久しく存続するという考え方は、仏教の中では一つの意見にすぎない。仁王般若経の嘱累品には、末法万年の後八千年も存続するであろうとあるから、浄土三部経より久しく続くわけである。それゆえに法華経以前の諸経においては、どの経が最も久しく存続するかを決定しがたいのである。
<小見出し>法華・涅槃と浄土三部経との久住について
[29]第二に法華経・涅槃経と浄土三部経といずれが久しく存続するかについて説明しよう。問うていう、法華経・涅槃経と浄土三部経といずれが先に滅びるであろうか。答えていう、浄土三部経の方が先に滅びるであろう。問うていう、どうしてそれがわかるのか。答えていう、無量義経に四十余年の間に説かれた代表的な経典の名をあげて、「いまだ真実を顕わさず」という。それゆえに無量寿経などの「特にこの経を留めること百年」のことばはみな方便であり、虚妄である。華厳経・方等部の諸経・般若経・観無量寿経などの諸経に見える往生・成仏は、それがすみやかにであれ長い年月の修行を要するものであれ、いずれも無量義経の真実義から考えてみると「無量無辺の思いはかることのできない無数の時間を経て修行しても、ついに覚りを開くことはできない。(中略)これらの経の修行はけわしい道を行くのにさまざまな障害が多いのと同じである」と否定されている。ゆえにこれらの諸経に説かれる往生や成仏は、ともに功徳を積めば何時いつかは仏に成れるというにすぎないのである。大集経や無量寿経に、経々の存続するか滅亡するかについて先後次第を説くのは、みな方便の一説である。法華経以前の方便の経は外道の説と同じで、とうてい往生・成仏はできない。たとえば、江河の水は大海に流れ入らなければ一つにならず、民衆や臣下も大王に随わなければ統一されないようなものである。どんなに身体を苦しめて修行をしても、法華経・涅槃経に来なければ少しの利益もなく、修行の因があっても覚りの果を得ない外道と同じことである。末法だけでなく仏の在世でも滅後でも、教えはあっても正しい修行をする人はなく、また修行をしてもさとりを得ることのない教えなのである。しかし、冬が来ると木々は枯れて葉が落ちるけれども、松や柏は青々としている。霜が降りると多くの草花は枯れてしまうが、菊は花開き竹は青々としている。法華経もまた同じように諸経が滅びつきても永く衆生を利益しつづけるであろう。釈尊が法華経法師品で「已説・今説・当説の三説に超過している」といわれたのも、宝塔品で多宝如来が法華経の真実を証明されたのも、神力品で十方分身の諸仏が舌を梵天に付けて釈尊の説法の真実を証明されたのも、みなその目的は法華経をこの世に永く存続させるためである。
[30]問うていう、諸経がすべて滅びつきた後に、とくに法華経だけが残るという明瞭な証文があるかどうか。答えていう、法華経法師品に釈尊みずからがこの法華経を未来に流通させるために「わが説くところの経典は無量千万億の多数であり、前に説き、今説き、後にも説くであろうが、その中でこの法華経が最も信じがたくさとりがたい」といわれた。この文の意味は、釈尊一代五十年の間に説かれた過去・現在・未来の三説の中で、この法華経が最もすぐれた経典であって、八万四千の聖教の中で、とくに未来の人びとのために留めておきたいと思って説かれたのである。それゆえに次の宝塔品では、多宝如来が大地より涌出し、分身の諸仏は十方世界から集まり来たって、釈尊はその分身の諸仏を御使いとして、八方の四百万億の世界に充ち満ちている菩や二乗や人間や天の神々や八部の衆を叱責して、「多宝如来や十方の諸仏が大地より涌出し来集した目的は、すべて法華経を久しく存続させるためである。汝らは三説の諸経が滅びつきた後に、五濁のために正法を信じがたくなった未来の世界に、確かにこの法華経を弘めることを誓え」といわれた。この釈尊の勧めに答えて勧持品では二万の菩や八十万億由他の菩がそれぞれ誓いを立てて「私どもは身命を惜しまず、ただ無上道を惜しみます」といい、嘱累品では千世界の微塵のような多くの地涌の菩や文殊などの菩もみな誓って「われらは仏の滅後に(中略)広くこの経を説き弘めます」といわれたのである。その後、仏は薬王品で十のたとえをあげて法華経が諸経にすぐれて尊いことを説かれたが、その第一のは、四十余年の諸経をもろもろの河にたとえ、法華経を大海にたとえている。末代の濁悪の良心を失い反省することを忘れた大旱魃のような時代に、華厳・阿含・方等・般若の法華経以前の四味の諸河は水がきてしまっても、法華経の大海だけは水が少しも減ることはない。こう説き終わって後、次にまさしく仏の本意を述べて「わが滅度の後、後の五百年の中に、この経を広く世界の内に流布させて、断絶させてはならない」と定められたのである。
[31]この経文の意味をよく考えてみると、「わが滅度の後」の次の「後」の字は、四十余年の間に説かれた諸経が滅びつきた後のことを「後」といわれたのである。それゆえに法華経の流通分である涅槃経の寿命品に「この無上の仏法の流布をもろもろの菩たちに委嘱いしよくする。菩たちは問答に巧みだからである。この教法は久しく世に存続して、無量の千世の未来までも教えはさかんであって、衆生を利益し安穏にしつづけるであろう」といわれている。これらの経文によれば、法華経・涅槃経は無量の百年にも絶えることのない経である。このことを知らない世間の学者が、方便である大集経の「第五の五百歳には仏法が滅びる」とある経文に法華経をあてはめて、法華経・涅槃経は浄土三部経より前に滅びてしまうと思うのは、法華経一部の経文の前後始終の大綱を知らないための誤った解釈である。
[32]問うていう、上にあげた曇鸞・道綽・善導・恵心などの諸師は、みな法華・真言などの諸経を末代の時・機に合わない教であると解釈した。これら先師の解釈にもとづいて法然房源空とその弟子は、法華・真言の教法を往生の役に立たない雑行といい、難行道としてしりぞけ、その行者を群賊とも悪衆とも悪見の人ともののしり、また聖光房は祖父の履物はきものを孫がはくようなもので役に立たないといい、南無房は絃歌は人の心を慰めるが法華・真言は何の役にも立たない教えだといった。これらの意見は要するに法華・真言などは末法の時機に合わないということである。これらの人びとの解釈をどのように考えたらよいのであろうか。答えていう、釈如来の一代五十年の説教については、釈尊みずからが方便と真実の二教を区別し、方便経を捨てて真実経に入れと明瞭に述べられている。ゆえに「もしただ仏乗の教えだけをたたえたならば、衆生は理解できないで苦しみに沈むであろう」(方便品)という道理を恐れて、とりあえず四十二年の間は方便経を説かれたけれども、「もし小乗の教えによって、ただ一人でも教化すれば、仏は法を惜しむの罪を犯したことになる」過失を脱れるために、「真実の大乗に入ることが本来の目的である」考えによって、ついにこの目的を達成するために法華経を説かれたのである。その後、涅槃経の如来性品で「わが滅度の後には、必ず衆生の拠りどころとなる導師をつかわして、方便・真実の二教を弘めさせるであろう」と約束されたのである。この約束にこたえて、竜樹菩は仏の滅後八百年に世に出て、十住毘婆沙論などの方便の論書を作って華厳・方等・般若などの方便の大乗経の意味を述べ、次に大智度論を作って般若経と法華経との相異を分別し、真実の大乗たる法華経が般若経よりもすぐれていると判定された。天親菩は仏の滅後九百年に世に出て、舎論を作って小乗経の意味を述べ、次に唯識論を作って方等部の意味を述べ、最後に仏性論を作って法華経と涅槃経の意味を述べて、了義経と不了義経とを分別した。このように、竜樹・天親などは決して仏の御遺言に背くことなく、先に方便経の意を述べ、最後に法華経・涅槃経の意を説いたのである。しかし、後世の論師や訳者の時になると、それぞれ方便経に執着して、真実経の文を曲げて方便経に入れたので、方便と真実とが混雑して区別がつかなくなってしまった。これから仏教の信仰が混乱するという状況が生じたのである。また中国の諸宗の人師の時になると、それぞれ自宗の拠りどころとする経を根本として一切経を読んだから、他経をすべて方便経としたのである。かくして論師も訳者も人師もいずれもますます仏の御意みこころに背くことになったのである。
[33]ところが浄土宗の三師の中でも、曇鸞どんらん道綽どうしやくの二人はともに十住毘婆沙論によって、仏一代の仏教を難行道と易行道、聖道門と浄土門に分けたのである。しかし、もし十住毘婆沙論に相違して、勝手に法華・真言などを難行道・易行道の区別の対象にしているのならば、この人びとの説を信用することはできない。そこで曇鸞の浄土論註や道綽の安楽集を調べてみると、だいたいは十住毘婆沙論の意に背くことなく説いている。善導和尚も浄土三部経によって、南無阿弥陀仏という称名の一行と西方極楽往生の一願とを説き勧めたのであるが、梁・陳・隋・唐の四代の摂論宗の人びとが、四意趣を立てて一代聖教を分別する時、念仏称名の行を別時意趣と判定したことが善導の考えと相違していたから、摂論師を破斥する時に彼らを指して群賊などにたとえたのである。それは摂論師が死後は必ず極楽に往生するという念仏の功徳を妨げたからである。また摂論師はさまざまな修行によっても極楽往生ができるというから、彼らの修行を雑行といったのである。またこの諸行による往生の教えを始めたのも摂論師であったから、これを「千人に一人も往生することはできない」としりぞけたのである。だから善導が雑行といったのは摂論師に対してであって、決して法華・真言などを雑行の中に入れたのではない。
[34]日本国の恵心僧都源信は、比叡山第十八代の座主である慈恵大師良源りようげんの御弟子である。多くの書物を作ったのは、みな法華経を弘めることを目的としていた。往生要集を作った目的も同じである。源信は、法華経以前の四十余年の諸経の中に往生を説く経と成仏を説く経の二種があり、その成仏の難行を捨てて往生の易行を選んだのであるが、その往生の行業の中でも菩提心をみがく観念の念仏を最もすぐれたものとした。それゆえに第十章の問答料簡の第七番に諸行の勝劣を判ずる時には、念仏を往生のための最勝の行と判定した。そして次に法華経以前の四十余年の諸経の中では最勝の行である念仏と、法華経の一念信解の功徳とを比べて勝劣を判定する時、一念の信心の功徳は念仏三昧よりすぐれること百千万倍であると決定した。そこで往生要集を作った源信の真意は、四十余年の方便経の中では最上の念仏を、法華経の最下の功徳と比べ、法華経の方がすぐれていることを明らかにして、すべての人びとに法華経を信じさせようとすることにあったことが知られる。それゆえに恵心僧都は往生要集の後に一乗要決を作って、自分の本当の信仰を述べた時には、法華経を根本とされたのである。つまり恵心僧都は法華経を捨てて念仏を信じよと説いたわけではないのである。
[35]ところが源空やその弟子たちはこのわけを知らないで、曇鸞・道綽・善導が破斥のために立てた難行道・聖道門・雑行や、源信が往生要集の序文に述べた顕密二教の中に法華・真言を入れて、三師と源信とを法華・真言の謗法の人としてしまった。そのうえ、日本国じゆうの一切の出家や在家の人びとに、法華や真言の教えは深すぎて末法の時機には合わない教えであると教えて、彼らが法華・真言と縁を結ぶことのできないようにしたのである。これは仏が法華経勧持かんじ品に予言した「悪世の中の比丘は、よこしまな智恵にたけ、心は曲がっている」といわれた人ではないだろうか。もしそうならば、仏が法華経譬品に説かれた「もしこの経を信ぜずそしるならば、一切世間の成仏の種を断ち切って、死後は無間むけん地獄に堕ちるであろう」という罪を免れることはできない。そのうえ、比叡山の門流・三井寺みいでらの門流・東寺の密教・天台の密教、さらには日本国じゆうの法華経や真言経を学ぶ人びとを、群賊や悪衆、悪見の人などにたとえた源空の罪は極めて重く、いつの世になってその罪の報いを消すことができるであろうか、とてもその日が来ようとは思われない。法華経の法師品にこの法華経をたもつ者を罵る罪を説いて、「もし悪人がいて、善くない心から仏の眼前で一劫の長い間、常に仏をそしり罵っても、その罪はまだ軽い。もし人がいて、法華経を読誦する出家や在家の人をたった一つの悪言で毀り罵ったとしたら、その罪は極めて重い」という。ただ一人の法華経をたもつ者を罵る罪でさえも仏を罵る罪よりも重いというのである。まして源空のように書物を作って、日本国じゅうの人びとに法華経を持つ者を罵らせた罪はどれほど重いであろうか。そのうえ、法華経によって修行をしても千人に一人も覚りを得る者はないなどといって、法華経を信じ修行している人に疑いの心を起こさせた罪はどうであろうか。まして、法華経の真実経を捨てて観無量寿経などの方便経に移らせる謗法の罪はどうであろうか。これらの罪は実に重いのである。どうか源空のすべての弟子・信者たちよ、すみやかに選択集のよこしまな教えを捨てて法華経の信仰に入って、今度こそ無間地獄の苦しみを脱れるよう、よく考えなさい。
[36]問うていう、源空が法華経を誹謗したという明瞭な証文は何であるか。答えていう、法華経第二巻の譬品に「もし人がこの経を信じないでそしったならば、一切世間の成仏の種を断ち切る人である」とある。不信ということの様相は、人に法華経を捨てさせることである。それゆえに天親菩の仏性論第一にこの文を解釈して、「もし大乗を憎んだり背いたりする者は、不成仏の一闡提となる原因である。それは自分一人でなく衆生に大乗の法を捨てさせるからである」と述べている。謗法の様相は、人にこの法を捨てさせることである。選択集は人に法華経を捨てさせて罪を作らせるところの書物ではないか。「さしおけよ、なげうてよ」という二字は、仏性論の「憎み背く」という二字と同じではないか。また法華経を謗る様相としては、法華経を四十余年の諸経と同等に取り扱い、方便品の「小善でも成仏する」という経文を、別時意趣であると判定したことなどである。ゆえに天台大師は法華文句の巻五に「もし法華経の小善成仏を信じないならば、世間の人びとの成仏の種をつことになる」と解釈され、妙楽大師は法華文句記の巻五に重ねてこれを注釈して、「この法華経は広く地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道の衆生にも成仏の種があまねく存在していると明かしている。それゆえに、もしこの経を謗るならば、一切世間の成仏の種を断つことになる」といわれている。以上のように、釈・多宝・十方の諸仏や天親・天台・妙楽の意見から考えてみると、源空はまさしく謗法の者であるといわねばならない。要するに選択集は、世間の人びとに法華・真言を捨てさせようと思いきって書かれた書物であって、謗法の書物であることは疑いないのである。

三 選択集の謗法の理由について


[37]大段の第三に、選択集が謗法であることの理由を説明しよう。問うていう、何を証拠として源空を謗法の人というのであるか。答えていう、選択集をよく読めば、それが謗法の書であることは明らかである。選択集の文章を見ると、まず一代の聖教を二つに分け、一を聖道門・難行道・雑行とし、一を浄土門・易行道・正行としている。その中の聖道・難行・雑行に属する経は、華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃・大日経などである〈取意〉。浄土・易行・正行とは、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経に説く称名念仏の教えである〈取意〉。その聖道・難行・雑行の教えの欠点を批判しては、もし末代の凡夫がこれを修行しても百人にわずか一人か二人、千人にわずか三人か五人はあるいは往生をする者もあろうが、それは特別にすぐれた機根の人に限るのであって、普通には千人に一人も往生する者はないのであるといい、あるいは聖道の人びとを群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人であると断定しているのである。これに対して浄土・易行・正行の長所を述べるには、末代の凡夫がこれを修行すれば、十人は十人、百人は百人、すべて浄土に往生できるであろう、といった。謗法の邪義といったのはこのことである。
[38]問うていう、仏一代の聖教を聖道門と浄土門、難行道と易行道、正行と雑行に分けて、その中の聖道・難行・雑行を末代の時機に合わない教えであるというのは、ただ源空一人が新しく言い出したことではなく、中国の曇鸞・道綽・善導の三師の意見でもある。またこの三師の勝手な私の考えではなく、その源は竜樹菩の十住毘婆沙論から出たのである。もし源空を謗法の者というならば、竜樹菩や中国の三師もみな謗法の者ということになるのではないか。答えていう、竜樹菩や三師は、法華経以前の四十余年の経々について難行・易行などの区別を立てたのであって、法華経などを含めていなかったことは、すでに前に述べた通りである。ところが源空が選択集を著わして以来、竜樹や三師が用いた難行・易行などの語を借りて意味を変え、法華経や真言経までも難行や雑行などの内に入れてしまったのである。源空の弟子たちは、師源空の犯したこの過失を知らないで、この邪義を正しい教えだと思いこんで、日本国じゅうに弘めたので、国中の万民はみな法華・真言などは末代の時機に合わない教えだと思うようになった。そのうえ、さらに罪深いことには、世間の名誉や利欲を望む天台や真言の学者たちが、世間の人びとの情にへつらって、自分の宗旨とするところの法華や真言は時機に合わないなどと悪言を吐いて、かえって自分たちの敵である選択集の邪義を助け、念仏の流布に力を貸し、一時のつまらぬ欲心から、釈・多宝・十方の諸仏が合議して決定された法華経宝塔品の「正法を久しくこの世に存続させる」、薬王品の「この世界に法華経を広くべ伝え流布させる」との仏の金言を破り、一切衆生に三世十方の諸仏が舌を梵天につけて真実を証明されたその舌を切る罪を犯させたのである。この罪はまことに大きいものといわなければならない。これはすべて勧持品にいう「悪世の中の僧はよこしまな智恵にたけ、心は曲がって、まだ覚っていないのに覚ったなどと思い、(中略)悪魔にその心を奪われ、仏が衆生の機根に応じて説かれた方便の教えであるかどうかを知らない」ところにもとづくものである。
[39]問うていう、竜樹菩や三師が法華・真言などを難行・聖道・雑行の内に入れなかったのに、源空が私に勝手に入れたというが、それはどうしてわかるのか、その証拠は何か。答えていう、それは遠いところに証拠を求めるまでもない。選択集を見れば源空の自分勝手な意見だという証拠は明白である。問うていう、その証文は何か。答えていう、選択集の第一を開くと、「道綽どうしやく禅師が聖道・浄土の二門を立てて、聖道を捨てて正しく浄土に帰せよと勧める文」と標題を掲げて、次に安楽集の文を引いて、さらに「私に云わく」と源空自身の意見を述べている。その中に「まず聖道門とはこれに二つある。一には大乗で、二には小乗である。大乗の中にも顕教と密教、方便教と真実教などの区別があるが、今この安楽集では、ただ顕教大乗と方便大乗とだけを聖道門に入れている。ゆえにこれらの教えは、長い間修行して成仏する遠まわりの修行である、といって道綽はこれを破したのである。しかし今、これに準じてこれを考えてみると、密教大乗も真実大乗も聖道門の中に入れるべきであろう」とある。このように選択集の本文には明言している。この文の意味は、道綽禅師の安楽集は、法華経以前の大小乗経だけを対象として聖道・浄土の二門を分けたのであるが、源空は自分の考えでは法華・真言などの真実大乗や密教大乗をも四十余年の方便大乗と同じように聖道門に入れるべきであろうというのである。これは源空の自分勝手な解釈であって、「これに準じてこれを思うに」の四字によって源空が勝手な解釈をしたことは明白である。こういう考えであるから、曇鸞どんらんの難行・易行の二道を引く時も、勝手に法華・真言を難行道の中に入れてしまい、善導和尚の正行・雑行を分別する時も、また勝手に法華・真言を雑行の内に入れてしまったのである。総じて選択集の十六段にわたって無数の謗法を犯した根源は、この「これに準じてこれを思うに」の四字にあるのである。「これに準じて」といって、仏や先師の説を曲げて自分勝手な意見を述べた選択集の解釈は誤りであり、世間の多くの人を迷わせた謗法の罪の報いは恐しいことである。
[40]そこで源空の門弟たちが師の邪義の悪評を救うためにいうには、諸宗の常の習いとして、たとえ経論に確かな証拠の文がなくても、教義の似ているものを集めて一箇所に置くということは、どの宗にもよく見られるところである。しかも選択集は法華・真言などを集めて雑行の中に入れて、念仏の正行と比べてこれを捨てたけれども、決してその経のすぐれた教理そのものを否定するものではない。ただ教養もない末代の衆生を常に生死の苦海に沈む凡夫と定めて、こういう人びとに対して修行しやすい法を選ぶ時に、称名念仏が適当であるとして、この修行が諸教にすぐれていると立てたのである。教法が方便であるか真実であるか、教理が浅いか深いかを明らかにしようとしたのではないのである。また雑行といっても否定するために雑といったのではなく、ただ念仏の正行に対してその修行が単純でないのを雑といっただけである。そのうえ、もろもろの経論や諸師もこのような意見がないわけではない。そういうわけで、比叡山の先徳である恵心僧都の往生要集にもその意向が見える。往生要集の序文には、「顕教や密教の教法はその文が少なくない。修行や観念の行もまた多くある。しかし、これらの修行は智恵のすぐれた精進努力する人にはそれほど困難ではないだろうが、自分のような愚かな者にはとうてい無理である。だから念仏の一門に依るのである」とある。この序によれば、恵心先徳も法華や真言の教義を破したのではなく、ただわれらのような愚かな者には、法華・真言は聞くに堪えがたく、修行しがたいから止めたのである。わが身が鈍根であるから法華・真言を止めたのであって、決して教理を否定したのではないのである。さらに要集は序文の次に本論を十章に分けているが、その第八章に「念仏を勧めることは、その他の種々の妙行を否定するのではない。ただ男女・貴賤にかかわらず、歩く時もとどまる時も坐る時もる時も、いつでもどこでもどんな場合でも、修行しやすく、ついに最後臨終の時には西方極楽の往生を願うのに大変に都合のよいのはこの念仏が一番である」と述べている。これらの文を見れば、源空の選択集と源信の往生要集とは、一巻と三巻との違いはあっても、一代聖教の中から易行を選び出して、末代の愚人を救おうとする意向はまったく同じである。だからもし源空上人が真言や法華を難行道といったために地獄に堕ちるならば、恵心先徳もまた同じく地獄に堕ちる罪を免れることはできないであろうが、どうであるか。
[41]答えていう、汝は師の源空の謗法の罪を救おうとして、源信の往生要集を口実にして、かえってますます謗法の重罪を重ねている。その理由を説明しよう。釈如来は五十年の説教について、前の四十二年の説教の意味を無量義経に定めて「険しい道を行くのにいろいろな障害が多いようなものである」といい、次に無量義経以後の説教を定めて「まっすぐな広い道を行くのに何の障害もないようなものである」といわれた。これは仏みずから難易・勝劣の二道を区別された言葉である。だから仏以外の、仏の次に高位の等覚の菩から末代の凡師にいたるまで、自分の考えで難易の二道を分けて、無量義経の仏の言葉に背く者は外道や魔王の人をあざむく説教と同じである。それゆえに、仏滅後の四依の大士の一人である竜樹菩は十住毘婆沙論で、法華経以前の経について難行・易行の二道を分けたが、決して四十二年以後の法華経などを難行道とはいわなかったのである。そのうえ、もし修行しやすいのを易行というのならば、法華経随喜功徳品に五十人の人に順次に教えを聞き伝える功徳を説く五十展転の行は、称名念仏より修行しやすく功徳の多いことは百千万億倍である。もしまた功徳のすぐれたのを易行というのならば、法華経分別功徳品に、法華経以前の四十余年の経による菩の行である六波羅蜜のうち、般若波羅蜜を除いた布施・持戒・忍辱にんにく・精進・禅定の五波羅蜜を八十万億劫の間修行する功徳と、法華経の一念信解の功徳とを比べて、一念信解の功徳は念仏三昧などの五波羅蜜にすぐれること百千万億倍であるという。修行の難易の勝劣においても、修行が浅くて功徳が深いことからいっても、観無量寿経などの念仏三昧を法華経の修行に比べると、念仏三昧の方が難行中の極難行であり、劣行中の極劣行である。そればかりでなく、悪人や愚人を救うというのも、ただ易行を修行すればよいのではなく、実は教法の浅いか深いかによるのであって、教法の深くすぐれたものほど、重罪の者を救うことができるのである。十二年間に説かれた阿含経の戒律を主として説く教えも、殺生せつしよう偸盗ちゆうとうじやいん妄語もうごの四重罪や、父を殺し・母を殺し・僧を殺し・仏の身を傷つけ・僧団の和合を破る五逆罪の者は、その身のままでは仏に成ることはできないと定めている。しかし華厳経や方等経・般若経・無量寿経などの諸大乗経は、小乗の阿含経よりは教えが深いので、智恵の修行を説く時にはこれらの重罪を犯した者をも救うけれど、戒律の上では七逆罪を犯した者には今生に戒を受けることさえ許さない。しかし二乗と性分の定まった者や仏性のない不信謗法の者に対しては、戒律の上でも智恵の修行の上でも、受戒も得道も許さないのである。これに対して、法華経・涅槃経などはただ五逆・七逆・謗法の者を救うばかりでなく、成仏できないと定められた二乗も仏性がないといわれた闡提せんだいも、ともに救うのである。ことに末法の時代は生死の苦海に沈んで浮かび上がれない常没の闡提といわれる信を欠く者が多いから、どうして観無量寿経などの四十余年の方便経によって救うことができようか、できるはずがない。仏性のない闡提や成仏できないと定められた二乗の救済は、法華経・涅槃経だけに限られるのである。それを四十余年の方便経に依る人師たちは、その方便経で救うことのできる機根の者を取っているにすぎないのである。この人たちは仏一代の教法の浅深勝劣を考えるという仏教の根本を知らないから、機に合わせて教を選ぶという誤りを犯すことになったのである。
[42]しかし往生要集のことについては、一応序文を見ると、法華や真言などを顕教・密教の中に入れて、末代の機には教えが深すぎて合わないと書いているように見えるが、本文の一部三巻を始めから終わりまでくわしく調べてみると、第十の問答料簡の段の第七でまさしく諸行の勝劣を判定する時、観仏三昧経・般舟三昧経・十住毘婆沙論・宝積経・大集経などの法華以前の四十余年の方便の経論を引いて、一切の修行に対して念仏三昧が最勝であるといっている。そして最後に一つの問答があって、四十余年の最勝の禅定である念仏三昧を法華経の一念信解の功徳に比べると、百千万億倍劣っていると定められた。また次に答える時、念仏三昧を一切の修行にすぐれるというのは四十余年の方便経の範囲内でいうことであるといっている。こうしてみると、恵心僧都が往生要集を作った目的は、末代の愚かな機根を調ととのえて、次第に法華経へ導き入れるためであったと知らなければならない。たとえば、仏が四十余年のあいだ方便の経を説いて愚かな機根を調えて、法華経に導き入れたのと同じである。
[43]それゆえに恵心僧都は最後に一乗要決を作って法華経を弘めたのである。その序文に「一乗と三乗の教えが方便か真実かの問題は古くからの争いで、いずれも経論を証拠としてお互いに自分がすぐれていると相争っている。寛弘三年(<暦>一〇〇六)の冬十月、自分は病中にいていうには、いがたい仏法に縁があってうことができても、仏の御心みこころをよく理解できないでいる。もしこのまま何もしないで空しくこの世を終わってしまうならば、後に後悔しても及ばないであろう。そこで自分は経論の文句や意味を知り、昔の賢人や哲人が経論について注釈した書物を知りたいと思って、あるいは弟子たちに調べさせたり、あるいは自分で考え選択したりして、自分の宗や他の宗に執着するかたよった考えを完全に捨てて、もっぱら仏の方便の智恵と真実の智恵の奥深いところを探究してみると、一仏乗の教えこそが真実であって、人間・天上・声聞・縁覚・菩の五乗の差別を説く教えは方便の説であることを知ったのである。もはや自分は今生の迷いを開くことができたのであるから、もう今夜に死んでも思い残すことは何もない」と書いてある。この序文の意味は、恵心僧都の本心を言い表わしたものである。自分の宗や他の宗に偏った考えを捨てたというのであるから、浄土の法門をも捨てたに違いない。一乗真実の理を得た時は、もっぱら法華経によって信心を決定したのではないか。源信僧都は永観二年(<暦>九八四)冬十一月に往生要集を作り、寛弘三年冬十月の頃に一乗要決を作った。その間は二十余年を経ている。先の往生要集は方便であり、後の一乗要決は真実である。これは仏の先権後実の説法の次第と同じであり、また竜樹や天親や天台などの諸先師とも同じである。汝は往生要集を助証として師の源空の謗法の罪を救おうとしているが、往生要集と選択集とはその教義の種類はまったく異なっている。要集は仏の化導に順ずるものであるが、選択集は方便に依って真実を捨てて仏の化導に背くものである。また汝は教義の種類が似ているから一箇所に集めたというが、いったいどこが類似しているというのか。法華経と四十余年の諸経とはまったく教義の種類を別にするのである。華厳経は二乗を差別してその成仏を許さないから十界互具の教理が成り立たない。方等・般若の諸経もまた同じく十界互具を説かない。十界互具を説かないから観無量寿経などに説く往生極楽の教えも、方便の往生にすぎないのである。四十余年の経々に説く成仏や往生の教えは、いずれも法華経に説かれるような往生や成仏ではなく、みな別時意趣といって功徳を積めば未来にいつか往生や成仏ができるというものにすぎないのである。
[44]その上、源信僧都の意向が、行往坐臥の日常の行ないの上で修行しやすいから念仏が易行であり、行住坐臥の四威儀に修行しがたいから法華経は難行であると判定したのならば、源信僧都は天台大師や妙楽大師などの天台宗の祖師の解釈を破る者になる。その理由は、妙楽大師は摩訶止観弘決ぐけつに法華三昧を説明する時、末代の鈍根無智の者が法華経を修行すれば、普賢菩や多宝仏や十方の諸仏を見たてまつることができるから易行であると定められて、「散乱の心で法華経を読んでもよい、禅定三昧に入って精神を集中しなくてもよい、坐るにも立つにも歩くにも、ただ一心に法華の文字を念じていればよい」といわれたことにそむくからである。この解釈の意向は、ただひたすら末代の愚者を救おうとするにある。文に「散心」というのは「定心」に対する語で、日常の散乱の心の意味である。「法華経を読む」というのは法華経の八巻・一巻・一字・一句・一偈を読み、題目を唱え、また最初の一心・一念に随喜の心を起こす者、また五十人が次第してこの経を聞き伝えるなどをいうのである。「坐立行」とは、行住坐臥の四威儀をわないことで、どのような場合でもよいのである。「一心」というのは、精神を統一しての一心でもなく、心の内にある理性の一心でもなく、散乱している日常の心の一心である。「法華の文字を念ずる」とは、法華経の文字は諸経の文字とは異なり、すべてを備えて欠けることがないから、たとえ一字を読んでも仏の八万宝蔵の文字を含み、一切の諸仏の功徳を納めているのである。
[45]ゆえに天台大師は法華玄義の第八巻に「手に経巻を持たなくても常にこの経を読み、口に言語や音声を発していないでも広く諸経を読み、仏が説法されないでも常に仏の清浄の御声を聞き、心に思惟しないでも広く法界を照見している」といわれたのである。この文の意味は、たとえ手に法華経一部八巻を持たなくても、法華経を信ずる人は昼夜十二時に法華経を持つ人と同じである。たとえ口に読経の声を出さなくても、法華経を信ずる人は日々時々念々にたえまなく一切経を読む人と同じである。仏の御入滅からすでに二千余年を経ているが、法華経を信ずる人の所には仏の音声を残して、時々刻々念々に「われ常にこの娑婆世界にあり」という仏の不滅の御声を聞かせるのである。心に一念三千の観法を念じなくても、この人は広く十方世界を照らし見る人である。このような功徳はただ法華経を修行する人だけに備わっているのである。それゆえに法華経を信ずる人は、たとえ臨終の時に心に仏を念じなくても、口に経を読まなくても、修行の道場に入らないでも、理を究める心がなくても法界を照らし、声なくして一切経を読み、経巻を持たなくても法華経八巻を手に握る功徳があるのである。これこそ方便教の念仏者が臨終正念を願って十回の念仏を唱えるよりも百千万倍もすぐれた易行ではないか。ゆえに天台大師は法華文句の第十巻に「すべてが諸教の功徳にすぐれているから随喜功徳品と名づける」といわれ、妙楽大師は法華文句記の第十巻に、法華経は諸経より浅い愚かな機根を相手とするのに、諸宗の人師たちがこの意味を知らないで、法華経の機根はすぐれた者であると思うのを破斥して「おそらくは誤って解釈する人が、初心浅行の者にも大きな功徳のあることを知らないで、上位の者でなければ修行ができないと思って、初心浅行の者を軽んじている。それゆえに今は初心の修行は浅くても功徳の深いことを示して、この経の力のすぐれていることを顕わすのである」といわれている。この「経の力のすぐれていることを顕わす」という文の意味は、法華経は観無量寿経などの方便経よりも経力がすぐれているから、修行は浅くても功徳は深いと述べて、浅い愚かな機根を救い取ろうとした文である。もし恵心僧都が法華経を念仏よりも難行であると定めて、末代の愚かな者や頑固で愚鈍の者を救えないというならば、おそらくは逆路伽耶陀といって祖師である天台大師や妙楽大師に背く罪を犯したことになろう。また妙楽大師のいましめている「おそらくは誤って解釈する者」の語の中に入る者になるであろう。
[46]およそ天台大師の法華玄義・法華文句・摩訶止観の三大部と妙楽大師の三大部の注釈書の意見は、法華経は諸経の救いに漏れた愚者・悪人・女人・生死の苦海に沈む断善根の者などを救いあげる経であるというのである。ところが他宗の人師はこの仏の御心みこころを知らないから、法華経を諸経と同じと思ったり、あるいは法華経の教えを聞くことのできる人は、仏の境界にいたるまでの五十二の階位の中でも、初地・初住以上の高い位の者としたり、あるいは法華経で凡夫が仏に成るといっても別時意趣だと思ったりしている。これらの邪義を破斥して、人間・天上・地獄・餓鬼・畜生・修羅の六道輪廻の人びとこそ法華経を受けるべき機であると定め、種類種・相対種の二種の開会かいえを説いて、過去の善悪を仏種として肯定するのである。人間や天上界に生まれるほどの人は、必ず過去に五戒や十善の善根を積んだ人であるから成仏するのは間違いないと定められたのである。もし恵心僧都がこの意見に背いて法華経は末代の衆生に合わないと考えたならば、天台宗を知らない人といわなければならない。
[47]ところが源空はこの教法と機根との関係を理解できなかったので、往生要集を読んでも間違った考えを起こして、自分も誤り他人をも誤らせたのである。たまたま前世に善根を積んだ功徳によって法華の真実教を学びながら、源空は自ら退転して方便教の念仏に入り、一切衆生に勧めて方便教の念仏に移らせ、その上に真実教を破斥させたのである。これはまさしく悪師ではないか。寿量品に説く久遠の昔に法華経を聞いて成仏の種を植えた者が五百塵点劫の間六道に輪廻し、化城けじようゆ品に説く大通仏の昔に法華経を聞いて成仏の縁を結んだ者が三千塵点劫の間生死を輪廻しているのは、法華の大教を捨てて四十余年の方便経や小乗経に移ったからであり、後にはついにそれさえも捨てて六道に輪廻することになったのである。不軽菩を軽んじそしった衆生は千劫の長い間無間地獄に堕ちて苦しみを受けたが、これは方便経を弘める悪師を信じて真実経を弘める善師を誹謗した罪によるのである。ところが源空はただ自分自身が真実経を捨てて方便経に入ったばかりでなく、他人をも勧めて真実経を捨てて方便経に入らせ、また方便経の人を真実経に入らせないようにし、そのうえ真実経の行者を罵った謗法の罪は、未来永劫に無間地獄に堕ちて浮かび出ることはできないであろう。
[48]問うていう、十住毘婆沙論は仏一代の聖教に通じる論書である。ゆえに難行・易行の二道の中に法華経や真言経や涅槃経も入るべきなのに、どうして入れなかったのか。答えていう、仏が一代五十年に説かれたもろもろの大乗経において、華厳経には仏成道の最初三七さんしち日に寂滅道場で悟りの境地を直接説かれた初頓の華厳経と後に各処において説かれた後分の華厳経とがあるが、その初頓の華厳の会座えざには二乗をまじえないから、二乗の成仏を論じていない。方等部の諸経は二乗や仏性のない不信の者の成仏を否定している。般若部の諸経も同じく二乗の成仏を説いていない。およそ四十余年のもろもろの大乗経の意見は法華経・涅槃経・大日経などとは異なり、二乗や仏性のない不信の者の成仏を許さないのである。これらから考えてみると、四十余年の諸経と法華経との相違は水と火とのようである。また仏滅後の論師である竜樹菩や天親菩はともに千部の論を作った人たちである。その論に、通じて諸経の意を述べたものと、別して一経の意を述べたものとがある。また通論の中にも四十余年の諸経だけに通じる論と仏一代五十年のすべてに通じる論との二種がある。その区別の基準は決定性の二乗と仏性のない不信の者との成仏を許すか許さないかにあり、これによってその論が四十余年の諸経に関する方便の通論か、法華経などの真実の通論かを判定するのである。そこでこの基準からみると、大智度論は竜樹菩の作で羅什三蔵の翻訳である。この論は般若経の説を述べる時は二乗の成仏を許さないが、法華経の説を述べる時は二乗の成仏を許すのである。ゆえに大論は一代の通論で方便・真実二教にわたっていることが明らかである。十住毘婆沙論も同じく竜樹菩の作・羅什三蔵の翻訳であるが、この論は二乗の成仏をまったく認めない。ゆえに十住毘婆沙論は法華経以前のもろもろの大乗経の意見を述べた方便の通論であると知らなければならない。ゆえに難易二道を分ける時にも法華・涅槃などは除かれるのである。
[49]問うていう、十住毘婆沙論のどこに二乗の成仏を許さないという文があるか。答えていう、十住毘婆沙論の第五巻の易行品に「もし声聞や縁覚の境地に堕ちたならば、それは菩の死を意味する。それは、慈悲心を殺した菩は一切の自利・利他の利益を失うことになるからである。たとえ地獄に堕ちたとしても畏れることはないが、もし二乗地に堕ちたならば大いに畏れなければならない。たとえ地獄に堕ちてもついには仏と成ることができるけれども、二乗地に堕ちたならばついに仏に成る道を断つのである」という。この文は十住毘婆沙論が二乗の成仏を許さない明らかな文証であって、ちょうど浄名経(維摩経)などに二乗は「仏法の中では成仏の芽の生じないことは腐敗した種のようなものである」とあるのと同じである。問うていう、大智度論は般若経に依る時は二乗の成仏を許さず、法華経に依る時は二乗の成仏を許すというが、その証文は何であるか。答えていう、大智度論の第百巻に「問う、このほかに般若経よりすぐれたどのような仏法があって、般若経を声聞の阿難に委嘱し、他の経を菩に委嘱するというのか。答う、般若経は仏が心の内に深く秘していた大事の法ではない。法華経などは阿羅漢果を得た決定性の声聞の未来成仏を説くから、大菩だけがこれを受持し活用することができる。たとえば、非常にすぐれた医師だけがよく毒を変じて薬とすることができるようなものである」とあり、また第九十三巻には「阿羅漢果を得た決定性の声聞の成仏は、論師たちの理解できることではない。ただ仏だけが知っている」とある。これらの文によれば、論師たちも先に方便を述べ、後に真実を説いたのであって、ちょうど仏の説法の次第と同じである。
[50]ところが方便経による人師たちは、それを知らないで勝手に法華経などを観無量寿経などの方便説と同じだとし、また法華経や涅槃経などの教えを取って浄土三部経の徳分として、成仏できないと決まった二乗や仏性を失った闡提や常に生死の苦海に沈む凡夫の往生を認めているが、これは方便と真実の区別を混乱した罪を脱れることはできないのである。たとえば、中国で外典を学ぶ儒者が内典の仏教の教えを盗み取って自分の経典を飾るのと同じで、謗法の罪は脱れがたいのである。そもそも仏は自ら方便と真実の二教を分けられたが、その根本的基準は成仏できないと決まった二乗と仏性のない衆生とに成仏を許すか許さないかにある。ところがこの道理を知らない訳者は、四十余年の経々を翻訳する時、二乗や仏性のない者の成仏を許すように訳してしまった。しかし、この道理を知っていた訳者は四十余年の経を訳す時に二乗や仏性のない者の成仏は許さないのである。すでに訳者の中に仏一代の経の方便と真実の区別を知らない者があって、方便と真実とを混乱した翻訳をしたために、これによって仏の御心を覚らない人師たちは、四十余年の経にも二乗や仏性のない者の成仏が説かれていると考えて、法華経と四十余年の諸経とを同じであるとした。また四十余年の諸経に二乗や仏性のない者の成仏を否定する経文があるのを見て、これが正しい了義経であり、一切衆生の成仏を説く法華経や涅槃経は正しくない不了義経であるとする者もあった。これらはいずれも仏の御心を知らない人であり、方便と真実の二経の区別に迷える人である。このような誤りはただ源空一人だけでなく、インドの論師や訳者から中国の人師たちにも同じようにある。たとえば、地論宗や摂論宗の人たちの別時意趣や、善導・懐感の「法華経に一度南無仏と唱えて成仏したとあるのは別時意趣である」というのは、みな方便経と真実経との区別を知らないことから起こった誤りである。論を作った菩や経を訳した訳者、三昧を修して覚りを得た人師でさえこのように誤りがあるから、まして末代の凡師に誤りがあるのはいうまでもないことである。
[51]問うていう、汝は日本の末学の身でありながら、どうしてインドの論師や訳者、中国の人師たちを破斥するのであるか。答えていう、そのような非難をしてはならない。摂論宗の人や善導などの解釈は、方便と真実との二教の区別を知らないで、自分勝手に法華経の成仏を別時意趣と判定した。それゆえに天台大師や妙楽大師の解釈とは水と火のような相違があるから、とりあえず人師たちの意見の相違をそのままにしておいて、直接にその意見の基となった経論について是非を調べてみると、方便教と真実教との二教の区別は仏説に明らかであって、天親や竜樹などの大菩も重ねてこれを論じている。ゆえにこれらの仏説や菩の説く教義に随う人師は仰いで信用し、これらの教義に背く人師たちの意見は用いないのである。決して自分の勝手な見解で人師の是非を判定したのではなく、ただその意見が仏の御心に相違していることを明らかにしただけである。

四 謗法者を根絶すべき経文の証拠


[52]大段の第四に、謗法の者を根絶しなければならない経文の証拠を提出することについて、これを二節に分ける。一には仏法を国王・大臣および僧・尼・信士・信女の四衆に委嘱することを説明し、二には国内に住する謗法の人を根絶しなければならない証文について説明しよう。
<小見出し>仏法を国王・大臣および四衆に委嘱すること
[53]第一に、仏法を国王・大臣や出家・在家の男女に委嘱することを説明すれば、仁王経受持品に「仏が波斯匿王に告げていわれるには、(中略)仏法をもろもろの国王に委嘱して、出家の男女や在家の男女には委嘱しない。その理由は彼らには王のような権力がないからである。(中略)今この経の仏・法・僧の三宝をもろもろの国王や出家の男女と在家の男女に委嘱する」とある。大集経の第二十八巻には「もし国王がいて、わが仏法の滅びようとするのを見て、捨ておいて護ろうとしないならば、たとえ無量世の間に布施・持戒・智恵などの修行をしても、その功徳をすべて失って、国内には飢饉・兵乱・疫病の三種の不祥事が起こり、(中略)死んで後は大地獄に堕ちるであろう」とある。仁王経によれば、仏は仏法をまず国王に委嘱し、次に出家・在家の男女の四衆に及ぼしたとある。ゆえに王位にある君主や国を治める臣下は、ともに仏法によって国を治めなければならないのである。また大集経によれば、王や臣下が仏道のために無量劫の長い間、頭や目まで捧げるような身を捨てて布施したり、八万というほどのあらゆる戒律を厳しく守り、無量の仏の教えを学んだりしても、その国に弘まっている仏法が正しいか誤っているかを判断して、正法を護り、邪法を破斥しないならば、国内には大風・旱魃・大雨などの三災が起こって、万民は国を逃げ出し、王臣は必ず地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろうとある。
[54]また釈尊が双林で入滅される時に説かれた涅槃経の第三巻の寿命品には「今この正法をもろもろの国王・大臣・宰相や出家の男女と在家の男女に委嘱する」。「仏法を護らない者を形だけ剃髪している者と名づける」とあり、また金剛身品には「善男子よ、正法を護るためには五戒を守らなくても、威儀を整えなくてもよい。まず刀や剣や弓矢や鉾などを持つべきである」とあり、また同じ金剛身品の別の箇所には「たとえ五戒を守らなくても、正法を護る人は大乗の人だといえる。正法を護る人は刀剣や杖などの武器を持つべきである」とある。法華経以前の四十余年の間に説かれた梵網経の十重四十八軽戒によれば、国王・大臣・諸人などは一切の刀杖・弓矢・矛・斧などの武器を蓄えてはならないことになっている。もしこの戒に背く者は必ず現世には国王の位を失い、僧や尼の身分を失い、死後には三悪道に堕ちるであろうと定められている。ところが今の世の出家も在家もみな、弓矢や刀杖を身に帯びているから、梵網経の文の通りであれば必ず三悪道に堕ちることは間違いない。ゆえにもし涅槃経の文がなかったならば、今の世の人びとは救われないことになる。またその上、涅槃経の前後の文を読んでみると、弓矢や刀杖を身に帯びて悪法を弘める僧をいましめ、正法を弘める僧を守護する者は、過去世に犯した殺生せつしよう偸盗ちゆうとうじやいん妄語もうごの四重罪や、父を殺し・母を殺し・聖者を殺し・僧団の和合を破り・仏身を傷つける五逆罪などの重罪を消滅して、必ず無上道を覚ることができるであろうと定められている。
[55]また金光明経第六巻の四天王護国品に「ある国王があって、その国にはこの経が伝わっているのに弘めようともせず、その国王も人民もこの経を捨てて顧みようとせず、聴こうともしない。またこれに供養したり、尊重したり、讃しようともしない。また出家・在家の男女のこの経をたもち伝え弘めようとする者を見ても、尊んだり供養しようともしない。そこでついにわれら四天王とその従者や多くの天の神々は、この尊くありがたい妙法の教えを聞くことができないので、われらの身を養う正法の甘露の法味を受けることができず、正法の流れに浴することもできなくなり、そのためわれらの権威や勢力もなくなってしまう。そうするとその国は地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣の悪い精神のみが増し、人間界、天上界の善心は減り衰え、人びとはみな生死の迷いの河に落ち、涅槃の覚りの路に背くことになる。世尊よ、われら四天王やその従者や夜叉などは、このような国王や人民の不信の状態を見ては、この国土を捨て去って守護しようとする心を起こさなくなる。ただわれらだけがこの不信の国王を見捨てるだけでなく、この国を守護する多くの諸天善神がいても、みなすべて捨て去ってしまうであろう。すでにわれら護国の諸天や善神がみなこの国を捨て去ってしまえば、この国にはいろいろの災難が起こるであろう。国王はその位を失い、すべての人民は道徳心や宗教心などの善心を失い、縛ったり、殺しあったり、争ったり、互いにそしったり、上にへつらい、罪のない者を罪に陥れるようなことをするであろう。疫病は流行し、彗星がしばしば出て、太陽が同時に二つ現われたり、日や月も一定せず、黒白二つの虹が出て不吉の相を表わし、星が流れたり、地が揺れ動いて井戸の中から異様な声が聞こえたり、季節はずれの暴風雨が襲い、五穀は実らず、常に飢饉が続くなど、天地に不吉な現象が現われるであろう。また外国から多くの賊が攻めてきて国内を侵略し、人民は多くの苦しみを受けて、国じゅうどこにも安心して住む所はなくなるだろう」という。この経文によれば、国土の安穏を祈っても国に三災などが起こるのは、それは悪法が弘まっているからだと知るべきである。今の世はまさにこの通りである。最近はずいぶんと仏教諸宗で国土の安穏を祈っているが、それでも去る正嘉元年(<暦>一二五七)には大地震があり、同二年には大風や大雨があって五穀が実らないような状態であった。これはきっと国を滅ぼす悪法がこの日本国に流布しているからだと考えられる。
[56]選択集の第二段の「雑行を捨てて正行に帰する文」の中に、「第一に読誦雑行というのは、観無量寿経などの浄土往生を説く三部経を除いた以外の大乗小乗、顕教密教の一切の経を信じたもったり読誦したりするのをみな読誦雑行と名づける」と定めて、また「次に正行と雑行の二行の得失を判定すれば、法華・真言などの雑行は無益であり、浄土三部経は有益である」といい、また次に善導和尚の往生礼讃の「正行を修行すれば十人は十人、百人は百人が往生するが、雑行を修行しても千人に一人も往生できない」という文を引いて、「私の意見を述べれば、いよいよ雑行を捨ててもつぱら念仏を修行しなければならない。どうして百人が百人往生できる専修念仏の正行を捨てて、千人に一人も往生できない雑修雑行に執着することがあろうか。行者はよくこれを考えよ」といっている。これらの文を見た世間の僧俗がどうして浄土三部経以外の諸経を信じることができようか、誰も諸経を信じる人はないはずである。また次に第三段の「弥陀如来はただ念仏を往生の本願となし給う文」では、法華経などの雑行と念仏の正行との勝劣・難易を判定して、「一には勝劣の意味、二には難易の意味がある。はじめに勝劣の意味をいえば、念仏は勝れ、その他の行は劣っている。次に難易の意味をいえば、念仏は修行しやすく、諸行は修行しがたい」といい、また次に第十二段の「釈尊はただ念仏を阿難に委嘱する文」では法華と真言との無益を判定して、「ゆえに末代の凡夫にとって法華・真言などの諸行は機根と時期に合わない。念仏往生だけが機根に合い時期に叶っている」といい、また法華・真言などの門を閉じよといって「随他方便する時は仮りに定心・散心の門を開くけれども、随自真実を述べる時はこれを閉じる。一度開いたら永久に閉じないのはただ念仏の一門だけである」という。そして最後第十六段に自分自身の本懐を述べて、「すみやかに生死輪廻の世界を離れたいと願うならば、二種のすぐれた教法の中ではとりあえず聖道門をさしおいて、浄土門に入らなければならない。浄土門に入るには、正雑二行の中ではとりあえずもろもろの雑行をなげうって、正行に帰依しなければならない」といって専修念仏を勧めている。
[57]源空の門弟たちは選択集を日本全国に伝え弘めようとして、世間の無智の者たちに語りかけていうには、「法然上人は智恵第一の人であり、選択集という書物を作って真実の教えは念仏であると定められた。法華経や真言経の教えの門を閉じて後に再び開いてよいという証文はなく、またなげうって後に再び拾い取ってよいという証文はない」などと主張したので、世間の出家も在家もみな一同に頭を垂れて信じてしまった。またその教えについて意味を問う者があれば、仮名文字でやさしく書き改めた選択集や、法然上人の伝記を書き与えたりしたので、人びとは法華や真言には非難を加えて、あるいは去年の暦や祖父の履物のように役に立たないといい、あるいは法華経を読むのは音楽を聞くよりも劣るなどというようになった。このような悪書が日本国じゅうに充満したので、法華・真言などの教えは国にあっても、聴聞したいと思う者はなく、たまたま法華・真言などを修行する人があっても、人びとはこれを尊重しようとはしない。専修念仏の人が、法華経などに縁を結ぶのは往生の障りとなるというので、人びとはみな法華経を捨ててしまうようになる。その結果、日本国を守護する諸天善神は妙法を聞くことができなくなり、諸天を養う正法の法味を食することができないので、権威も勢力も失って弱くなり、四天王やその従者もこの国を捨ててしまい、日本国を守護する善神もこの国を捨て去ってしまった。これによって去る正嘉元年(<暦>一二五七)には大地震が起こり、同二年春の大雨では苗を失い、夏の大旱魃では草も木も枯れてしまい、秋の大風では果実を失い、飢饉となって万民は他国に逃げ出すような状態であった。これはまさに金光明経の文の通りである。この罪はまったく選択集にあるのである。仏の御言葉に誤りはなく、悪法が弘まったので国に三災が並び起こったのである。もしこの悪義を根絶せずに放置しておくならば、仏の説かれた通り、一切の衆生は三悪道に堕ちることは間違いないであろう。
[58]ところが自分は近ごろ法華経勧持品の「自分は身命をしまない、ただ無上道を惜しむ」という経文を見て、雪山童子や常啼菩のような求法の志を起こし、一命にかえても法華経を流布しようと決心して、「選択集を信じて浄土往生を願う人は、かえって無間地獄に堕ちるであろう」と強い言葉でいましめたのである。そうすると法然上人の門弟たちは、前に指摘したような選択集の教義の欠点を隠して、諸行でも往生できるといったり、あるいは選択集では法華・真言を破斥していないといったり、あるいは在家の人びとに選択集の邪義を知らせないようにするために、日は念仏を称える人は三悪道に堕ちるなどといっているが、そのようなことはない、などと嘘を言いふらしているのである。
[59]問うていう、法然上人の門弟たちが諸行でも往生できるということは間違っているのかどうか。答えていう、法然上人の門弟と名乗りながら、法然の教えに反して諸行でも往生できるというのは、弟子でありながら師の教えを破る逆路伽耶陀というインドの外道と同じで、師に背く者である。ゆえに近ごろの人も諸行でも往生できるといいながら、内心では専修念仏以外に往生できないと思っている。しかも外に向かっては決して諸行を謗る者ではないなどといっている。そもそもこのように諸行往生を立てる人びとは、選択集に明らかに法華・真言を誤りだとして、「雑行を捨てよ、定散の門を閉じよ、聖道門をけよ、雑行をなげうてよ」といい、「群賊・邪見・悪見・邪雑人」といい、「千人に一人も往生しない」などと書いているのを見たことがないのであろうか。
<小見出し>国内に住する謗法者を根絶すべき証文について
[60]第二に、国内に住する謗法の人を根絶しなければならない証拠の経文を示して見せよう。涅槃経第三巻の寿命品に「仏道の修行を怠けて戒律を破り正法を破る者があるならば、国王や大臣や出家・在家の男女は、これを治罰しなければならない。善男子よ、このもろもろの国王たちに罪があるであろうか。いいえ、世尊よ、彼らに罪はありません。善男子よ、このもろもろの国王たちには何の罪もないのである」といい、また同じく第十二巻の聖行品には「過去の世に自分は閻浮提において大国の王と生まれ、その名を仙予といった。大乗経典を愛し敬い、純真な善い心をもち、荒々しい悪い心や嫉みの心は少しもなかった。(中略)善男子よ、自分はその時に心に大乗を重んじていたので、婆羅門が大乗経をそしるのを聞いて、即時にその者の命を断った。善男子よ、自分は正法を護った功徳によってそれ以来地獄に堕ちたことはない」とある。
[61]問うていう、梵網ぼんもう経の文によると、僧や尼や信士や信女の四衆を誹謗すれば、波羅夷罪という教団を追放される最も重い罪を犯したことになる。それゆえに源空を謗法罪として非難するのはまさしく波羅夷罪に当たり、無間地獄に堕ちる原因ではないのか。答えていう、涅槃経第三十三巻のかしよう品に「葉菩が世尊に問うた、如来は何故にかれ善星は無間地獄に堕ちるであろうと予言されたのかと。仏は葉に答えて、善男子よ、善星比丘には多くの従者があって、その従者はみな善星は阿羅漢の聖者であり覚りを開いた者と思っているから、自分はそういう彼らの邪悪の心を破るために、かの善星は放逸の罪によって地獄に堕ちるであろうと予言したのである」といわれたという。この涅槃経の文に「放逸」とあるのは謗法ほうぼうの罪の一つである。今の源空もまた彼の善星のように、法華経を謗った謗法の罪によって無間地獄に堕ちるであろう。ところが源空の門弟たちは選択集が邪義であることを知らないで、源空を一切智人と呼び、あるいは勢至菩や善導和尚の化身であるなどという。そこで彼らの邪悪の心を破るために、源空の謗法の根源を明らかにしたのであって、涅槃経に説く通りである。梵網経の文は、謗法の者を除いたその他の出家・在家の男女を謗った者は地獄に堕ちるというのであって、涅槃経の説と相違しない。かえって仏は「謗法の人を見てその過失を指摘しなければ仏弟子ではない」といましめられている。ゆえに涅槃経第三巻の寿命品には「わが入滅の後に、あるところに戒律を堅く守り、僧としての立居振舞も法にかない、正法を護る僧がいたとする。彼はもし正法を破る者を見たならばただちに追い出し、叱り責め、処罰しなければならない。そうすればこの人は計りきれないほどの福を得る」とあり、次に「もし善い僧があって、正法を破る者を見ても、捨ておいて叱り責めもせず、追い出しもせず、処罰もしなければ、この人は仏法の中の敵である。しかし、もしよく追い出し、叱り責め、処罰するならば、その人はわが弟子、真の声聞である」と誡めている。自分は仏弟子の一人に数えられたいがために、この書物を作って源空らの謗法の罪を明らかにして、世間に弘めるのである。どうか十方の仏陀諸尊よ、この書物の流布に力を加えられて、大悪法の流布するのを止めて、一切衆生の謗法罪を救っていただきたい。

五 善知識と真実の仏法にはいがたいことについて


[62]大段の第五に、善き師と真実の仏法には値いがたいことを説明するに、これを三節に分ける。一には人間に生まれることはまれであり、また仏法に値うことも希であることを明かし、二には希に人間に生まれ仏法に値うことができても、悪師に値えば三悪道に堕ちることを明かし、三には末代の凡夫のための善き師を明かそう。
<小見出し>人間に生まれ、仏法に値うことの困難さについて
[63]第一に、人間に生まれることはまれであり、仏法に値うこともまた希であることを説明すれば、涅槃経第三十三巻のかしよう品に「その時に世尊が、大地の少しばかりの土を取って爪の上に置き、葉菩に告げていわれた、この土が多いか、それとも十方世界の大地の土が多いかと。葉菩は仏に対し、世尊よ、爪の上の土のその少ないことは十方世界の大地の土の多さには比べられないと答えられた。仏はこのたとえによせて葉に教示されるに、善男子よ、人が死んで後に再び人間と生まれ、または三悪道の身で死んだ後に人間と生まれ、しかも眼・耳・鼻・舌・身などに欠陥なく、仏法の中心地に生まれ、正しい信心を得て仏道を修行し、修行の中でも正しい道を修行して解脱を得、解脱を得て後に涅槃に入ることは爪の上の土ほどに少ないのである。これに対し、人が死んで後に三悪道に堕ち、生まれ変わっても再び三悪道に堕ち、しかも人間界に生まれても眼・耳・鼻などに欠陥があり、仏法を聞くことのできない辺地に生まれて、よこしまな思想を信じ、邪な道を修行し、解脱も涅槃も得られない者は十方世界のあらゆる大地の上の土のように多い」とある。
[64]この経文は多くの法門を集めてまとめて説かれているから、少しくわしく説明すると、人が死んで後に再び人間と生まれることは爪の上の土のように少なく、死んで後に三悪道に堕ちる人は十方世界の土のように多い。また三悪道の身が死んで後に人間と生まれるのは爪の上の土のように少なく、三悪道の身から生まれ変わっても再び三悪道に堕ちる者は十方世界の土のように多い。また人間に生まれる者は十方世界の土ほど多いが、人間と生まれて眼・耳・鼻・舌・身・意の六根がそなわって欠陥のない人は爪の上の土のように少ない。また人間と生まれて六根は具わっていても辺地に生まれる者は十方世界の土のように多く、中心地に生まれる者は爪の上の土のように少ないのである。また中心地に生まれる者は十方世界の土ほど多いが、その中で仏法にうことのできる者は爪の上の土のように少ないというのである。また同じ涅槃経に「不信謗法の者ともならず、善根功徳の縁をも断たずに、この涅槃経典を信ずる人は爪の上の土のように少なく、(中略)極悪の一闡提となり、もろもろの善根を断ち、この経を信じない者は十方世界の大地の土のように多い」とある。この経文によれば、法華経や涅槃経を信じないで不信謗法の人となる者は十方世界の土のように多くあり、法華経や涅槃経を信ずる者は爪の上の土のように少ないのである。自分、日はこの経文を見て、人間と生まれ、値いがたい仏法に値うことができた身を思うと、いよいよ感激の涙を押さえることができないのである。
[65]今、日本国の人びとを見ると、大多数の人は方便教を修行している。たとえ外面上の身や口には真実教を修行するように見えても、内心は方便教を信じているのである。それゆえに天台大師は摩訶止観の第五巻に、このような人びとを指して「愚かな者は身体に毒が深く入って本心を失ってしまった者だから、良薬を信じて飲もうとはしない。信じないから自分のものとはならない。(中略)これはたいへん罪の深い人である。(中略)たとえ世間を厭って出家した者も、ごく低い劣った方便教を尊んでいる。これはたとえば、木を切るのに幹を切らないでよじ登って枝葉を切り、犬が主人にれないで召使いに馴れているようなものであり、また猿を敬って帝釈天と勘違いをしたり、物の価値を見究められない人がかわらいしころを宝珠と思い違えて尊ぶようなものである。これは物の道理に暗い人であるから、このような人と仏法を語り合うことはできない」と述べている。源空やその弟子たちは、この摩訶止観の文に照らし合わせて見ると、むさぼり・いかり・おろかの三毒煩悩の酒に深く酔いしれて、大通智勝仏の昔に法華経と縁を結んで仏種を植えつけられながらその本心を失って、法華経や涅槃経の真実教に疑いを抱いて不信謗法の者となり、観無量寿経などの下劣の教えを信じて方便の称名念仏などの瓦礫を尊び、法然房の猿を敬って智恵第一の帝釈天と見誤り、法華経・涅槃経の如意宝珠を捨てて、如来の聖教を卑しめる。これは仏一代の教法における方便教と真実教との区別を弁えないからである。ゆえに妙楽大師は摩訶止観弘決の第一巻に「この円頓の真実教を聞いてあがめ尊重しない者は、まことに近ごろの大乗を学ぶ者の方便と真実との区別を知らない雑乱の学風の影響による」といわれている。大乗教の中に方便と真実との差別があることを知らないで、二教を混乱するのを雑乱というのである。ゆえに末代においても実大乗の法華経を信ずる者は爪の上の土のように少なく、法華経を信じないで方便教に退転していく者は十方世界のちりのように多いのである。それゆえに妙楽大師はこのことをいて「まして像法・末法の時代は人情は薄くなり、信心も弱くなって、円頓真実の教法は蔵にれ函に満ちるほどあっても、それを手にとって読んでみようともせず、その教えについて考えてみようともしないで、一生を空しく終わっていく。何のために人間と生まれ、一生を送ったのか、まったく無意味であり、何と悲しいことではないか」といわれている。この文は妙楽大師が菩の権化の人であるから、遠く日本国の末法の今の時代を見通して、予言しておかれた未来記である。
[66]問うていう、法然上人の門弟たちの中にも一切経蔵を安置して、法華経を修行する者もいる。どうしてすべて謗法の人と否定してしまうのか。答えていう、源空の門弟たちが一切経を開いて法華経を読むのは、法華経が難行道であることを確かめて、選択集の邪義を助けるのが目的なのである。ゆえに他の経論を開いて読めば読むほど、ますます謗法の罪を増すのであって、それはたとえば善星比丘が十二部経を読んで苦得外道に味方し、提婆達多が六万法蔵の多数を読んで釈尊に背いたのと同じである。自分が智者であるといっているが、実は智者でもないのに世間の人びとに自分を重く見せて尊敬させ、選択集の悪法の流布を助けようとしているのである。
<小見出し>まれに人間と生まれ、仏法とっても、悪師によって三悪道に堕ちること
[67]第二にまれに人間と生まれ、尊い仏法と値っても、悪師に値えば三悪道に堕ちることを説明しよう。仏蔵経の第三巻往古品に「昔、大荘厳仏の滅後に五人の比丘があった。普事ふじ比丘一人は正法を学んで多くの人びとを教化し救済したが、苦岸くがん比丘などの四人は邪法を学んだために、四人は死んで後に無間地獄に堕ちて、仰むき、うつぶし、左向きに臥し、右向きに臥して転々反側しておのおの九百万億歳もの長い間、絶え間ない責め苦を受けた。(中略)またこの四人に親しんでいた在家・出家の者や信者たちはおよそ六百四万億人もいたが、みなこの四人の師と同じ所に生まれ同じ所に死んで、ついに大地獄に堕ちて焼かれたり煮られたり、いろいろの苦しみを受けた。非常に永い年月を経てから、この四人の師とその弟子信者六百四万億人とは、この世界の無間地獄から他の世界の無間地獄へと生まれ変わって永く苦しみを受けた」とある。また涅槃経の第三十三巻かしよう品には「その時に王舎城中に一人の尼乾子にけんじ外道がいて、名を苦得といった。(中略)弟子の善星が苦得に問うた時に答えて、善星よ、われは仏に敵対したので食吐鬼すなわち餓鬼の身と生まれたのだ。善星よ、よく聴け。(中略)そこで善星は仏の所に還って、世尊よ、苦得外道は死んで後に三十三天に生まれたはずであると偽った。(中略)そこで仏は葉とともに善星の所を訪れた。善星比丘は遙かに仏の来るのを見て、悪心を起こしたので、そのために生きながら無間地獄に堕ちた」と説かれている。善星比丘は仏がまだ菩として修行されていた時の子供である。仏に随って出家し十二部経を学び、欲界の煩悩を断ち切って阿羅漢の覚りを得た。しかし悪師である苦得外道に会って、仏法の正しい教えを信じなかったので、出家して受けた戒律の功徳も、学習した十二部経の功徳も失って、生きながら無間地獄に堕ちたのである。また苦岸などの四人の比丘に親しんだ六百四万億の人びとも、四人に会ったために四人の悪師とともに十方の無間地獄を転々と経回へめぐらなければならなかったのである。
[68]今の世の出家・在家は選択集を尊んで、源空の画像や木像を礼拝し、一切経は難行であるという邪義を読むことは、たとえば尼乾子外道である苦得の弟子たちがその遺骨を礼拝して、ついに三悪道に堕ちたようなものである。願うところは、どうか今の世の出家・在家の人びとよ、選択集の教えが正義であるか邪義であるかをよく確かめてから、供養したり敬ったりするようにして欲しい。そうしなければ必ず後悔するであろう。ゆえに涅槃経の高貴徳王品には「菩たちよ、悪象などを恐れることはないが、悪師は恐れなければならない。なぜならば悪象などはただ人の身体を破壊するだけで心を破壊することはないが、悪師は身と心と両方を破壊するからである。また悪象などはただ一人を破壊するだけであるが、悪師は多くの善人の身と心とを破壊する。また悪象などはただ不浄の臭い身体を破壊するだけであるが、悪師は清浄な身と心とを破壊する。また悪象などはこの肉身を破壊するだけであるが、悪師は法身すなわち人びとの仏性を破壊する。また悪象のために殺されても三悪道に堕ちることはないが、悪師のために殺されれば必ず三悪道に堕ちるのである。また悪象などはただ身体の敵となるだけであるが、悪師は正法の敵というべきものである。それゆえに菩たちよ、常にもろもろの悪師に近づかないように用心すべきである」と説かれている。願わくは今の世の出家も在家も、たとえ日がこの書に説くことが邪義であると思っても、ほんの一時の間でよいからその考えを捨てて、試みに十住毘婆沙論を開いて、その難行道のうちに法華経が入っているかどうかを調べ、次に選択集の「これに準じて之を思うに」の四字が源空の自分勝手な解釈であるかどうかを確かめてから、いずれが正しいか、間違っているかを決定するがよい。間違って悪師を信じて邪法を習い、せっかくこの受けがたい人身を受けた一生を空しく過ごすようなことがあってはならない。
<小見出し>末代の凡夫のための善知識について
[69]第三に末代の凡夫のための善師について説明しよう。問うていう、華厳経入法界品の善財童子は五十余人の師を訪ねて道を求めたが、その中には普賢・文殊・観音・弥勒などの菩もあった。大品般若経常啼品の常啼菩曇無竭どんむかつに会って法を聞き、仁王経護国品の班足王は普明王に会って悪心を改め、法華経妙荘厳王みようしようごんのう本事品の妙荘厳王は、二人の子と夫人の導きで仏法に入信し、観無量寿経によれば阿闍世王は耆婆ぎば大臣の諫めによって仏道に入り、それぞれ生死の迷いを離れることができたのである。しかしこれらの師はみな大いなる聖者である。仏が入滅されて後は、このようなすぐれた大聖に会うことはたいへんに困難である。仏の滅後においても正法時代の師であるインドの竜樹・天親もすでに世を去り、像法時代の師である中国の南岳・天台にも会うことができない。末法の世に生まれたわれわれは、どうして生死の迷いを離れることができるであろうか。答えていう、末代にも真実の善師はいる。法華経・涅槃経こそが末代の善師である。
[70]問うていう、普通一般には善師とは人である。教法を善師とする確かな証拠があるのか。答えていう、人を師とするのが普通である。しかし、末代悪世には真実の善師がいないから、教法を善師とすることについては多くの証拠がある。摩訶止観巻一に「あるいは師に従ったり、あるいは経巻に従ったりして、今まで説いてきた一乗真実の菩提の教を聞く」とある。この文の意味は、経巻を善師とするというのである。また法華経の勧発品に「この娑婆世界で法華経を修行し、これを心に信じ身にたもつ者があるならば、それは普賢菩の不思議な力による守護のお蔭であると思うがよい」とある。この文の意味は、末代の凡夫が法華経を信じたもちつづけるのは普賢菩という善師の力によるというのである。また同品に、「もしこの法華経を信じ持ち、読誦し、正しく記憶し念じつづけ、思惟し修習し、書写する者があれば、この人は親しく釈牟尼仏にお目にかかり、仏の御口から直接この経を聞くのと同じである。また、この人は釈牟尼仏を供養しているのである」とある。この経文によれば、法華経と釈牟尼仏とは同一である。法華経を信じない人の前には釈牟尼仏は入滅されたまま現われることはないが、法華経を信ずる人の前には、たとえ滅後であっても仏の在世と同じくいつも現われるのである。また宝塔品には多宝如来の本願を説いて「もし自分が成仏し入滅した後においても、十方の国土のどこであろうと法華経を説く所があれば、自分は宝塔とともにこの経を聞くためにその所に涌現して、法華真実の証明をしたいと願っている」とある。この経文の意味は、われら末代の衆生が法華経の名号を唱えるならば、多宝如来は本願を果たすために必ずそこへ現われるというのである。また同品に「諸仏が十方の世界にあって説法されているのを、すべて呼び還されて霊鷲山りようじゆせんに集められた」とある。ゆえに釈・多宝・十方分身の諸仏・普賢菩などはみな、われらの善師である。だから法華経を信じさえすれば、これらの善師に親しく教えを受けると同じことである。もしそうならば、われらもまた前世からの因縁によってすぐれた善師に会うことができたのは、善財童子や常啼じようたい・班足王などにもすぐれているのである。彼らは方便経の師に会い、われらは真実経の師に会い、彼らは方便経の菩に会い、われらは真実経の仏・菩に会っているからである。涅槃経の如来性品に「法に依って人に依るな、智に依って識に依るな」とある。この「法に依れ」というのは法華経・涅槃経の常住仏性を説く教法である。「人に依るな」というのは法華経・涅槃経を信じない人には依るなということである。たとえ仏・菩であっても、法華経・涅槃経に依らない仏・菩ならば、末法の人びとにとっての真実の善師ではない。まして法華経・涅槃経を信じない滅後の論師・訳者・人師はいうまでもないことである。「智に依れ」とは仏の智恵に依ることである。「識に依るな」とは等覚以下の菩たちの考えを信ずるなということである。いま末代の世間の出家・在家の人びとは、源空の謗法の罪を隠そうとして、その高徳を天下に言いふらして勢至せいしの権化であるなどというが、決してその言を信用してはならない。インドの外道は天眼てんげん天耳てんに・他心・宿命しゆくみよう・神足の五神力を得て、山を傾けたり海水を干したりするけれども、何の神通力もない小乗阿含経の凡夫よりも劣っている。また小乗経によって阿羅漢となり六神通力を得た二乗も、華厳・方等・般若の方便大乗の凡夫に及ばない。また華厳・方等・般若の方便大乗の等覚の菩も、真実大乗たる法華経の名字即や観行即の凡夫には及ばない。ゆえにたとえ神通力や智恵を具えていても、方便経を信ずる人を師と仰ぎ信じてはならない。
[71]われらのような常に生死の苦海に沈み、断善根の一闡提の末世の凡夫が法華経を信じようとするのは、仏としての本性の顕われる前兆である。このことを妙楽大師は摩訶止観弘決第四巻に「衆生の心の内の仏性がだんだんと現われて心の全体に及ぶことがなければ、どうして仏に成れよう。成仏は各自の心の内の真如仏性の不思議な働きによるのである。それゆえに今はこの真如仏性の不思議な力を外護の師という」と説いている。法華経以外の四十余年の諸経には十界互具を説かない。十界互具を説かないから自分の内心に仏界がそなわっていることを知らない。自分の内心の仏界を知らないから他の仏というものもわからない。ゆえに法華経以前の四十余年の方便教の行者は仏を見ない者である。たとえ仏を見たとしてもそれは他土他方の仏であって、本当の仏を見ていないのである。声聞・縁覚の二乗は自分の内心に仏のあることを知らないから成仏することはできない。法華経以前の四十余年の方便経の菩もまた自身に十界が具わっているという十界互具の道理を知らないから二乗の成仏を否定する。したがって菩の総願である四弘誓願しぐせいがんの一つである「一切の衆生をすべて救済せん」という誓願を達成することができない。達成しないから菩もまた自身に具わっている仏を見ることができないのである。凡夫もまた十界互具の道理を知らないから、自身の内にある仏界が現われることはない。それゆえに臨終の時に阿弥陀如来の来迎もなければ、また諸仏如来を頼んでもその加護もないのである。たとえば、目の見えない人が自分の影を見ることができないのと同じである。
[72]いま法華経に来てはじめて迷いの九界にも仏界が具わることを開示するので、四十余年の方便経を聞いてきた菩も二乗も六道の凡夫も、この時はじめて自身の内心の仏界を見ることができたのである。この時はじめてこれらの人びとは真実の仏・真実の菩・真実の二乗となることができたのである。そしてこの時、二乗も菩もはじめて成仏し、凡夫もはじめて往生することができたのである。このようなわけであるから、仏の在世でも滅後でも、一切衆生の真実の善師は法華経である。天台宗の一般の学者たちは、法華経以前の四十余年の諸経においてもそれぞれのぶんに応じた覚りのあることを認めるけれども、自分日は当分の得道を認めない。しかし、この書ではその問題をくわしく述べる余裕はないから、略して記しておき、追ってくわしく述べるであろう。

六 法華経・涅槃経を修行する行者の用心について


[73]大段の第六に、法華経・涅槃経を修行する行者の心得について説明しよう。仏一代の教法の勝劣・浅深、修行の難易などについては、すでに説いた通りである。この一章では、もっぱら死後の安心を願う末代の常に生死の苦海に沈んで浮かぶことのない五逆や謗法の罪を犯した者、極悪の一闡提の者などの、救済が困難な愚かな者のために注記するのである。これを三節に分けて、第一には在家の信者が正法を護持すれば生死の苦を離れ、悪法を信ずれば三悪道に堕ちることを明かし、第二には法華経の題目を唱えるだけで三悪道を離れる功徳のあることを明かし、第三には涅槃経は法華経を流通するための経典であることを明かそう。
<小見出し>在家の信者は正法を護持すべきこと
[74]第一には、在家の信者は正法を護持すれば生死の苦を離れ、悪法を信ずれば三悪道に堕ちることを説明しよう。涅槃経の第三巻の金剛身品に「仏が葉の問いに答えていわれるには、自分は前世によく正法を護持した功徳によって、金剛のように常住で破れることのないこの身を得た」とある。また次にその故事を説いて「ある時、国王がいて名を有徳といった。(中略)正法を護るために(中略)破戒の多くの悪僧たちと力を尽くして闘った。(中略)有徳王は傷つき倒れたが、覚徳比丘の説法を聞いて大いに喜んで、死んだ後に東方の阿仏の国に生まれることができた」とある。この経文によれば、在家の信者たちは特別の智恵や修行をしなくても、謗法の者を根絶すれば、その功徳によって生死の苦を離れることができるのである。
[75]問うていう、在家の信者たちが仏法を護持するにはどうすればよいのか。答えていう、涅槃経の聖行品に「衆生のうち財物を欲しがる者には、われはまず財物を与えてその欲を満足させてから、この大涅槃経を勧めて読ませるであろう。(中略)高貴の者には、まずやさしい言葉でその者を喜ばせておいて、その後に次第にこの大乗涅槃経を勧めて読ませるであろう。またごく平凡な庶民には威力をもって無理にでもこれを読ませるであろう。また慢心の者には、われはまず下僕となってその心に随い喜ばせてから、この大涅槃経を説いて教え導くであろう。また大乗経を誹謗する者があれば、勢力をもってその心をくだいて屈伏させ、その後に勧めて大涅槃経を読ませるであろう。また大乗経を愛し願う者には、われは自ら行ってこの人を礼拝して供養し尊重し讃するであろう」と説いている。
[76]問うていう、今の世の出家・在家はもっぱら選択集に執着して、法華経・涅槃経を自分には合わない教えであると思っているから、法華経・涅槃経の滅びるのを惜しんで、これを護持し興隆させようという志がない。たまたま選択集は謗法の邪義であることを説く人があれば、念仏を誹謗する者であるといって、その人の悪口を天下に言いふらすのである。これをどのように考えるのか。答えていう、このことは重大なことであるから、私の言葉で答えるべきではなく、仏がこれについて説かれた経文を示そう。仁王経嘱累品に「大王よ、わが滅度の後、未来の世に僧尼や信者の男女の弟子や、もろもろの小国の王や太子・王子などの、仏法僧の三宝を信じ護らねばならない者が、かえって三宝を破滅することは、たとえば獅子の身中の虫がみずから獅子を食うに似ている。わが仏法を破壊する者は外道ではなく、仏弟子の中から現われて、わが仏法を破壊し大罪を犯すであろう。正法は衰え滅びて、人民に正しい行ないはなくなり、次第に悪行を重ねるようになり、人びとの寿命は日々に減じて百歳以上生きる者はなくなってしまうであろう。そして人びとは仏法を破壊して、孝子はなくなり、父母・兄弟・妻子の六親の仲は不和となり、天の神々もこれを助けず、疫病は流行し、悪鬼は毎日のように来たって人びとを侵し害し、怪しいことは続き、禍は絶え間なく起こり、死んで後は地獄・餓鬼・畜生に堕ちるであろう」とある。また次の文に「大王よ、未来の世にもろもろの小国の王や僧尼や信者の男女の弟子が、自分から仏法を誤り信ずるという罪を作るのは国の滅びる原因である。(中略)もろもろの悪僧たちは自分の名誉や利欲のために、国王や太子・王子の前で、仏法を破壊し国を滅ぼす原因となる悪法を説くであろう。しかし、その王は善悪の分別がなくて、悪僧たちの間違った言葉を信じて聴きいれ、(中略)この時、正法は滅びてしまうであろう」とある。
[77]自分日がいま選択集を見るに、すべてこの仁王経の未来記の文に符合して、少しも違うことはない。選択集は法華や真言などの正法を難行道・雑行と定めて、末代のわれわれには時も機根も合わないから、これを修行しても千人に一人も往生する者はないといって、仏が最後に法華経を説かれて念仏などの方便教を廃されたにもかかわらず、源空は逆に法華や真言などのもろもろの修行の門を閉じて念仏の一門だけを開いたのである。そして末代に法華などの修行をする者は群賊であると定め、今の世の一切の出家・在家に選択集を信じさせて、これこそが仏の真実の言葉であるかのように思わせたのである。ゆえに世間の出家も在家も仏法を護持し興隆させようという心を失い、法華や真言の正法の水はたちまちに渇れ尽きて、諸天善神は次第にその数が減って、三悪道の悪行は日々に増したのである。これもすべて選択集の悪法を信ずることによって起こした邪見である。右に挙げた仁王経の文に仏が「わが滅度の後」と記されたのは、正法の時代の末の八十年と像法時代の末の八百年と末法時代の末の八千年のことである。選択集が世に出たのは像法の末、末法の始めであるから、像法の末の八百年のうちであって、まさに仁王経に予言された時節に当たっているのである。「もろもろの小国の王」とは日本国の王のことである。仁王経の菩教化品に、前世に十善を修めて国王と生まれるにも、中品と下品の十善を修した者はあわを散らしたような多くの小国の王となると説かれているのである。また「獅子の身中の虫」とあるのは、仏弟子の姿をした源空のことである。「もろもろの悪比丘」とあるのは、源空の弟子たちである。「仏法を破壊し国を滅ぼす原因となる悪法を説く」とあるのは、前に挙げた選択集の語を指すのである。「その王が善悪の分別がつかず悪僧たちの言葉を信じて聴きいれ」とあるのは、今の世の出家・在家が正邪の区別も知らないで、自分勝手に気ままに邪法を信じることをいうのである。どうか世間の一切の出家・在家の人びとよ、仏法の正邪をよく分別して、正法を信じ後世の安心を願うがよい。せっかくに受けがたい人間に生を受け会いがたい仏法にいながら、正法を聞かずに邪法を信じて三悪道に堕ちたならば、その時に後悔してももはや取り返しがつかないであろう。ゆえに念仏の邪法を捨てて、法華の正法に帰依する決断をしなければならないのである。
<小見出し>題目を唱えて三悪道を離れることについて
[78]第二に、法華経の題目を唱えるだけで三悪道をのがれる功徳があることを説明しよう。法華経第五の巻の安楽行あんらくぎよう品に「文殊師利よ、この法華経は無量の国々においても、今までその名前さえも聞くことのなかったいがたい経である」と説かれている。また第八巻の陀羅尼だらに品には「汝らはただ法華経の題名を信じたもつ者を守護するだけで、その得る功徳は量り知れない」と説かれている。また第五の巻の提婆品には「妙法華経の提婆達多品を聞いて浄らかな心で信じ敬って疑いを起こさない者は、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちることはない」と説かれている。さらに涅槃経の名字功徳品には「もし善男子善女人が、この経の名を聞いて信じれば、悪道に堕ちることはない」とある〈涅槃経は法華経の功徳を流通する経であるから、とくに引用して唱題の功徳の助証としたのである〉。
[79]問うていう、たとえ法華経の題目を聞いたとしても、その意味を理解できなければ、三悪道に堕ちることを脱れることはできないと思うが、どうか。答えていう、法華経の弘まっている国に生まれて、法華経の題目を聞き、信心することができたのは、過去世に多くの善根を積んだ功徳によるのである。したがって、たとえ今生では末代の悪人となり、無智の者と生まれても、必ず過去世に積んだ善根功徳によって、法華経の題目を聞いて信心を起こすのであるから、決して悪道に堕ちることはないのである。
[80]問うていう、この人が過去世に善根功徳を積んだというのはどういうことであるか、経文の証拠はあるか。答えていう、法華経第二の巻のひゆ品に「もし今生にこの経を信じたもっている人は、かつて過去の世に仏を見たてまつり、敬い供養して、この法を聞いたことのある人である」とあり、第四の巻の法師品には「仏の滅度の後に、もし人が妙法華経の一偈一句でも聞いて、一念でも随喜の心を起こす者があるならば、(中略)その人はすでに過去世に十万億の仏を供養する功徳を積んだ人である」とある。また法華経の流通分である涅槃経の如来性品には「もし衆生がガンジス河の支流である熙連河の砂の数ほどの仏を供養して菩提の心を起こした者は、この悪世に生まれてもよくこの経典を信じたもってそしらない。もしガンジス河の砂の数ほどの諸仏世尊を供養して菩提の心を起こした者は、この悪世に生まれてもよくこの正法を謗らず、この経典を愛し敬うであろう」とある。これらの経文によれば、たとえ法華経を理解できなくても、この法華経を聞いてこれを信じ、謗ることがないというのは、過去の世の大善によってである。いったい、われらが三悪道に堕ちるような身に生まれることは大地の塵よりも多く、人間の身と生まれることは爪の上の土よりも少ないのである。また四十余年の方便の諸経にうことは大地の塵よりも多く、法華経・涅槃経に値うことは爪の上の土よりも少ないことは、前に挙げた涅槃経第三十三巻のかしよう品の文の通りである。たとえわずか一字一句でもこの法華経を信ずることのできるのは、過去世からのこの経との深く厚い因縁によるのであって、幸多い者であり、まことにありがたいことである。
[81]問うていう、たとえ法華経を信じても、悪師と縁を結んだならば、法華経を信じた功徳は失われ、三悪道に堕ちることになるであろうか。答えていう、まだ法華経の教えを理解していない者が、もし方便教の悪師に会って真実教から退転したならば、悪師を信じた罪によって必ず三悪道に堕ちるであろう。たとえば不軽菩を軽蔑し迫害して無間地獄に堕ちた人びとは方便教を信ずる人びとであった。また化城けじようゆ品で大通智勝仏の時に法華経と縁を結んだ人びとが三千塵点劫の長い間迷いの生活を送ったのも、法華経を退転して方便教に移ったからである。ただし、法華経を信じる人が、法華経の信心を捨てて方便教の人に随うことがない限りは、世間の悪業などによって三悪道に堕ちることはありえないのである。なぜならば世間の悪業は法華経の功徳を打ち消すほどの力はないからである。
[82]問うていう、日本国は法華経や涅槃経と因縁の深い国であるかどうか。答えていう、法華経第八巻の勧発品かんぼつぽんに「如来の滅後にこの世界に広く流布させて、決して断絶しないようにする」とあり、また第七巻の薬王品には「広く宣べ伝え流布して、この世界から断絶させてはならない」とあり、涅槃経第九巻の如来性品には「この大乗経典大涅槃経もまた同じように、南方のもろもろの菩のために広く流布せよ」とある〈以上経文証拠〉。広大な三千大千世界の中から、仏みずから南方を選んで法華経・涅槃経の流布すべき処と定められたのである。南方の諸国の中でもとくに日本国は法華経の流布すべき国である。問うていう、その証拠は何か。答えていう、僧肇そうじよう法師が法華経漢訳の事情を記した法華翻経の後記に「羅什三蔵が須梨耶蘇摩三蔵に会って法華経を授けられた時、仏教という太陽は今、西山インドに隠れようとしているが、残りのかがやきは東北の方を照らしている。この経典は東北の諸国に深い縁がある。汝は慎んで伝え弘めるがよい、といわれた」とある。この文に東北というのは日本国のことである。西南のインドから東北というのは日本国を指していったのである。ゆえに比叡山の先徳である恵心僧都の一乗要決にも「日本一国はみな、円教の機根ばかりであって、都も田舎も遠くも近くも同じように一仏乗の教えに帰依し、僧侶も俗人も貴い者も賤しい者も、すべて成仏を願うようになった」とある。どうか願わくは、日本国の今の世の出家・在家の人びとよ、久しく選択集を信じてきた習慣を捨てて、法華経・涅槃経に明瞭に説かれている経文を信じて、僧肇法師や恵心僧都の日本国のことを記した文を頼みとして、法華経の修行によって安心を得ることを考え実行しなさい。
[83]問うていう、法華経を修行する者は、どこの浄土に生ぜんと願ったらよいのか。答えていう、法華経二十八品の中で最も大切な寿量品に「われは常にこの娑婆世界にいる」といい、また「われは常にここに住する」ともいい、また「わがの土は安穏である」ともいう。これらの経文によれば、一切の仏の本地である久遠実成くおんじつじようの本仏は、常にこの娑婆世界におられる。ゆえにこの娑婆世界を捨てて、ほかにどこの浄土を願う必要があろうか。法華経を修行している者の住んでいるところのほかに浄土はないのである。どうして煩わしく他の処に浄土を求める必要があろうか。ゆえに神力品には「経巻の安置してあるところは、園の中でも、林の中でも、樹の下でも、僧坊でも、俗人の家でも、殿堂の内でも、山や谷や広い野原でも、(中略)この経を受持・読誦するところがみなそのまま仏道修行の道場である」とある。また涅槃経如来性品にも「善男子よ、このすぐれた大涅槃経の広まっているところは、そこがすべて金剛のように壊れることのない浄土である。そこに住む人びともまた金剛不壊ふえの仏身である」と説いている。したがって法華経・涅槃経を信じる行者はほかに浄土を求めてはならない。この経を信じている人の住んでいるところがすなわち寂光の浄土なのである。
[84]問うていう、華厳・方等・般若・阿含・観無量寿経などの諸経を見ると、それぞれに弥勒菩の兜率天や阿弥陀如来の西方浄土や十方の浄土への往生を勧めている。そのうえ、法華経の文にもまた兜率天や西方浄土や十方の浄土への往生を勧めている。どうしてそれらの経文を否定して、この瓦礫や棘に満ちたけがれた国土を浄土として勧めるのであるか。答えていう、法華経以前の四十余年の方便経の浄土は、久遠実成の釈如来を本地とする垂迹すいじやくの仏が仮りに現わして見せたところの浄土であって、実際にはみな穢土である。ゆえに法華経の中心は方便品と寿量品の二品であるが、その寿量品に来て真実の浄土を定める時、この娑婆世界こそが真実の寂光浄土であると決定されたのである。しかし、法華経にも兜率天や西方安養浄土や十方の浄土を勧める文があるのは、法華経以前の四十余年の方便の諸経で説いた浄土の名前を改めずにそのまま用いて、この世界に築くべき浄土に兜率や安養などの名をつけたにすぎないのである。たとえば、法華経の中に声聞・縁覚・菩の三乗の名はあるが、実際には三乗の差別はなく一仏乗のみであると説くのと同じである。妙楽大師が法華文句記に薬王品の「即往安楽世界」の経文を解釈し、「決して観無量寿経の安養浄土を指しているのではない」といわれたのはこの意味である。法華経に縁を結んだことのない今の世の衆生が、西方の浄土を願うのは、真実の浄土である娑婆を捨てて、かえって瓦礫の土を願うようなものである。法華経を信じない衆生は、この娑婆世界の浄土の上に一部分名を与えて説かれたにすぎない兜率・安養などの浄土にも生まれることのできない者である。
<小見出し>涅槃経は法華経の流通の経であることについて
[85]第三に、涅槃経は法華経を流通するために説かれた経典であることを説明しよう。問うていう、光宅寺の法雲・道場寺の観などの高徳の僧は、法華経を第四時の三乗を開会して一仏乗に帰入せしめる同帰教と定め、第五時の仏身の常住を説く涅槃常住教に比べれば、無常を説く熟蘇味にすぎないと判定した。天台大師ちぎはこれを法華玄義の巻十で批判して、法華経と涅槃経は同じく第五時の醍醐味であるとされたが、さらに二経を秋の収獲にたとえれば、法華経は大収獲であり、涅槃経は落ち穂を拾うにすぎない経であると決定した。光宅も天台もともに大聖の権化であり、徳行の高い僧であるから、いずれを正しい見解としてわれらの疑いを晴らしたらよいであろうか。答えていう、すでに繰り返し説いたように、たとえインドの論師であり訳者であっても、仏の教えに背いて方便教と真実教の二教の区別を判定しない者は疑いを持たなければならない。まして中国の人師である天台大師智・南岳大師思・光宅寺法雲・道場寺観・華厳宗の智儼・三論宗の嘉祥大師吉蔵・浄土宗の善導などの作った注釈書であってみれば、なおさらである。またたとえ末代の学者であっても「仏の教法に依って人師の言葉に依るな」という涅槃経の如来の遺言を守って、宗旨の根本とする経典・論書に違背しない者は、信用しなければならないのである。
[86]問うていう、涅槃経の第十四巻の聖行しようぎよう品を開いてみると、仏一代五十年のもろもろの大乗経をあげて五味の中の乳・酪・生蘇しようそ熟蘇じゆくその前四味に譬え、涅槃経を第五の醍醐味に譬えて、すべての大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍と判定している。そのうえ、葉童子の領解の言葉に「私は今日はじめて正しい見解を得ることができた。今までは私たちはみな邪見の者であった」とある。この文の意味は、涅槃経以前の法華経をはじめとする一切の経典はみな邪見であるというのである。もしそうならば、法華経は邪見の経であって、まだ仏性常住の問題を説いていない経である。それゆえに天親菩は涅槃論で、諸経と涅槃経との勝劣を定める時、法華経を般若経と同じく第四時に収めているのである。どうして正見の涅槃経を邪見の法華経の流通分とすることができようか。これをどう考えたらよいのか。答えていう、法華経の本文を見れば明らかなことで、法華経の中に仏の本懐は残すことなく説きつくされたと経文に明瞭に書かれている。方便品には「今こそまさに本懐を説き顕わす時である」とあり、寿量品には「つねに自分は、どうしたらすべての衆生を無上道に入れて、すみやかに仏身を成就させることができるだろうか、と考えている」とあり、神力品には「要するに、如来の一切の覚りの法を(中略)すべてこの経で顕らかに説き示した」とある。これらの経文は、釈如来の内証真実がすべてこの法華経に説きつくされたことを明瞭に示している。そのうえ、多宝如来や十方分身の諸仏が霊山会上りようぜんえじように来集されたところで、釈如来が「この経はすでに説き、今説き、まさに説く一切経の中で最も信じがたくさとりがたい」といわれた言葉を、「真実である」と証明し、法華経のようにすぐれてたもちがたい経はないと定められたのである。それを嘱累品で多宝如来や十方の諸仏がそれぞれその本国に帰って後に、ただ釈如来一仏だけが心変わりをして、涅槃経を説かれた時に法華経が劣っているといっても、誰がこれを信用しようか、誰も信用する者はないであろう。深くこの道理を考えて、涅槃経の第九の巻をみると、法華経の流通るつうである証拠に「この涅槃経が世に現われると、かの果実が一切の人びとを利益し安楽にするように、衆生の心の内に隠れた仏性を顕現させる。法華経の中で八千人の声聞が成仏の保証を得たのは、大きな果実が成熟したと同じであり、この経は秋に収獲し冬に貯蔵した後は、もはや落穂おちぼ拾い以外に何もすることがないのと同じである」と説かれている。この経文によれば、法華経がもし邪見であれば、涅槃経もまた邪見であることになるではないか。なぜなら、法華経が秋の大収獲で、涅槃経はその後に落穂を拾うという言葉に明白に表われている。かように涅槃経はみずから法華経より劣っていると説いているからである。法華経の後に説く涅槃経にもすぐれていると説く法華経法師品の文は、決して間違いではないのである。ただし、問者のあげた葉菩の領解の言葉や第十四巻の五味の譬えの文は、法華経をおとしめた経文ではない。葉菩の文は、葉自身やその弟子たちが、今日涅槃経においてはじめて法華経に説かれた「仏性は常住である」「仏は実には久遠の昔に成仏されたのである」ということを覚ることができたので、自分の領解内容を指して今までは邪見であったといったものであって、経法の勝劣には関わらないのである。第十四巻の五味の譬えは、法華経の開経である無量義経で「未顕真実」と否定された法華経以前の諸経の説法を、涅槃経で重ねて否定したのであって、法華経をも四味の中に入れて否定したのではない。また涅槃論の文については、その論の題号の下に書きつけているように、天親菩が作って菩提流支が翻訳したのである。法華論も同じく天親菩の作、菩提流支の訳であるが、経文と相違するところが多い。涅槃論も同じように経文と相違したところが多い。これは訳者の誤りであるから信用してはならない。
[87]問うていう、前の経の救いに漏れた者を、後の経が受け取って救いあげるのを流通るつうの経であるというならば、阿含経は華厳経の流通となるのか。また法華経は前四味の華厳・阿含・方等・般若の流通となるのか、どうか。答えていう、前四味の諸経は菩や人間、天上などの成仏得道を許すけれども、性分の決まった二乗や仏性のない一闡提の成仏は許さない。そのうえ、仏の御心を深く探って子細に調べてみれば、菩・凡夫の成仏得道も名のみあって実体はないのである。なぜなら十界互具を説かず、久遠実成を説かないからである。問うていう、前四味は無得道であるという証文はあるか、どうか。答えていう、法華経の方便品に「もし小乗教をもってただ一人でも教化すれば、われは法を惜しむ罪を犯すから断じていけない」とあるのがその証文である。この経文の意味は今は省略する。今この書を著わすのは選択集の邪義を破斥することが目的であって、その他のことをくわしく述べるいとまはないから、法華経以前の経に成仏得道があるかないかの論は略しておく。追ってくわしく調べて説くであろう。しかし要するに、四十余年の諸経には実際に凡夫などの一切の得道はないのであるから、法華経は四十余年の諸経の流通の経とはならないのである。法華経において十界互具と久遠実成とを説いて、一切衆生を救済しおわったから、涅槃経は法華経のための流通となるのである。

七 問いにしたがって答う


[88]大段の第七に、問いにしたがって答えよう。もし末代の愚かな者が、以上の六章の説明によって、万が一にも法華経を信ずるならば、方便教を奉ずる他宗の人びとは、自分が迷っているためか、または自分の宗旨への偏った考え方に執われて法華経を信ずる人を打破しようとして、四十余年の経や涅槃経などを引いて非難するであろう。しかも方便教を信ずる人は多くいるから、あるいは数の力を頼みにおどしたり、あるいは世間の人から受ける援助をもって誘ったり、あるいは世間の人の意向に迎合して世間を渡るために非難を加えるだろう。あるいは方便教を信じている者には学者が多く、真実教を信じている者の中には智者といわれる人は少ないから、もし非難攻撃されたら万が一にも真実教を信じる者はいなくなってしまうであろう。そこでこの問答の一章を設けて、方便教の人のよこしまな非難を防ぐのである。
[89]問うていう、諸宗の学者は次のように非難するであろう。華厳宗の人がいうには、華厳経は毘盧舎びるしやな報身如来の説法であって、七つの場所で八回開かれた説法のすべては、仏の内証をそのまま述べたすみやかに成仏する教えであるが、法華経は釈応身如来の説法である。二経の教主にすでに優劣があるから、説かれた教えにも浅深の差がないはずはない。それゆえに説法の聴衆についても、華厳経の対告衆は法・功徳林・金剛幢などの大菩ばかりであって、声聞・縁覚などの二乗の劣機を相手としていない。これに対し法華経は舎利弗などの二乗を相手としている。ゆえに華厳経は法華経よりもすぐれている、と非難するであろう。また法相宗は解深密経を拠りどころとして非難を加えて、解深密経は文殊や観音などの大菩を対告衆とするから、二乗を相手とする法華経より深い教えである。また勝義生菩の領解によれば、仏一代の説法を有・空・中の三教に分け、そのうちの最高の教えである中道教というのは華厳経・法華経・涅槃経・深密経などである。ところが天台大師が立てた五時教判の拠りどころである法華経信解品は、須菩提しゆぼだい旃延かせんねんかしよう目連もくれんの四大声聞が自分の領解内容を仏に告白したものであって、同じ中道教に属する深密・法華の二経を比べるに、菩の領解と声聞の領解とでは、その勝劣は天地の相異があるというであろう。また浄土宗で勝手な道理を立てていうには、自分たちは法華経などの諸経を誹謗するのではない。それらの諸経は正しくは智恵のすぐれた菩のような人のために説き、かたわらにはわれわれ凡夫のために説かれた経である。煩悩を断じて真理をさとる深い道理を説く教えであるから、末代の愚かなわれわれが修行しても、千人に一人もその教えを理解する機根を持った者はいない。また在家の人びとは多くは文字を知らず、また華厳宗や法相宗などの名前さえ聞いたことのない者が多いから、ましてその内容を知る者などいるはずがない。浄土宗の意は、末代においては、われわれ凡夫はただ口に南無阿弥陀仏の六字の名号を称えていさえすれば、現世には阿弥陀如来が観音・勢至などの二十五人の菩を娑婆に派遣して、影の身体に随うように百重千重に行者を取り囲んで守ってくれるのである。それゆえに現世には七難が滅して七福が生じ、最期臨終の時には必ず来迎があって、観音菩はすうてなに乗ってたちまちの間に極楽浄土に行き、その行者の娑婆での行業にしたがって華が開いて、法華経を聞いて諸法の真実の相の理を覚ることができるのである。他宗の行者のように穢土であるこの世においてわざわざ難しい修行をして苦労して何になるのか。ただ万事をなげうって弥陀の名号を称えるがよい、というであろう。また禅宗の人びとは、一代の聖教はたとえば月をさす指にすぎないのであって、月を見た後には無用なものである。天地も日月もみな汝らの迷いの心から出た影にすぎないのである。十方の浄土もまたすでに汝の執着の心の影である。釈や十方の仏陀も汝の覚りの心の変現である。文字に執着する者は旧習に執われている愚か者である。わが達磨大師は文字も立てず、方便も借りずに、直ちに仏の心を伝えようというのである。一代聖教のほかに仏が葉に伝えた禅法を拠りどころとしている。法華経などはまだ仏の真実の心を述べたものではないというであろう。これら諸宗からの非難は一通りではなく、まだ多くあるであろう。どうしてこれらに対して法華経の信心を破らずに守り通すことができるであろうか。
[90]答えていう、法華経の行者は無量義経の「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」の文や、法華経法師品の「すでに説き、今説き、まさに説く経の中で、この法華経は最も信じがたくさとりがたい」の三説超過の文や、宝塔品の「釈牟尼世尊の所説はみな真実である」の多宝証明の文や、涅槃経如来性品の「教法に依って人師に依るな」などの経文を心中に深く留めておいて、軽々しく言葉に出さないようにすることである。そして他宗の非難に対しては逆に質問するがよい。そもそも汝の宗で立てるところの教義はどの経にもとづいているのであるかと。そこで彼が経を引いて答えたならば、またその引用した経について質問するがよい。その経は仏一代五十年の説法の中で何時いつの経か、法華経より前であるか、後であるか、同時であるか、あるいは前後不定であるかと。その時もし法華経より前であると答えたならば、「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」という無量義経の文で責めるがよい。何もかの経の内容にまで立ち入って質問することはない。またもし法華経より後であると答えたならば、法師品の「まさに説かん」の経文で責めよ。また法華経と同時であると答えたならば、「今説く」の経文で責めよ。また前後は不定であると答えたならば、前後不定の経は代表的経典ではなく、一時一会の特定の時、特定の人に対する方便説であるから問題にならない。しかも不定といっても「已に説き、今説き、当に説かん」という三説のほかに出るものではない。たとえ百千万の意義を言い立てても「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」などの経文が虚妄であるという経文以外は、その経を用いることはできない。それは仏の遺言に「不了義経に依るな」といましめられているからである。また華厳宗の智儼・三論宗の嘉祥・法相宗の慈恩・浄土宗の善導などの言葉を引いて、彼らの高徳を言い立て、そのすぐれた人師のいうことは真実であると非難を加えてきても、法華経と涅槃経の教えに背く人師の言葉を信用してはならない。それは「教法に依って人師に依るな」との仏の誡めを堅く守るからである。
[91]また法華経を信ずる愚かな人の心得のために、二種の信心について説明しておこう。一には仏について信心を立てるということ、二には経について信心を立てるということである。第一に仏について信心を立てるということは、方便教を信ずる他宗の学者が次のように非難するであろう。善導和尚は念仏三昧に入って覚りを開いた人で、その本地は阿弥陀如来で、弥陀がこの世に生まれ変わってきた人である。また慈恩大師は十一面観音の生まれ変わりで、その筆の先から仏舎利をふらしたほどの徳のある人である。これらの人びとはみな彼らの拠りどころとする経々の文を証拠として教えを立てている。それなのに汝はなぜそれらの経々を信ぜず、また彼ら人師の意見を用いないのかと。答えていう、汝聞け。もし一切の方便教を信ずる他宗の大師・先徳、舎利弗・目連、普賢・文殊・観音、あるいは阿弥陀・薬師・釈如来などがわれらの前に集まり来たって、法華経は汝らのような末代の劣った機根の者には合わないから、念仏などの方便経の修行をして極楽世界に往生してから、後に浄土で法華経を覚るがよいと説かれたとしても、決してこれを用いてはならない。その理由は、四十余年の諸経の中には法華経の名前を一度も呼びあげてはいないからである。それゆえに法華経と諸経とを比べて、いずれが下根下機の者に合う経であるかなどを論じているはずがないのである。しかし、法華経においては、釈・多宝・十方の諸仏が一処に集まってび定めていわれるには「この法華経を永くこの世界に留めておこう」「仏の滅後にこの世界の内に広く流布して断絶しないようにしよう」とある。もしこの三仏のほかに新しい仏が出現して、法華経は末代の時機に合わない経であるなどと定めたとすれば、それは法華経の三仏の定めに相違する。ゆえにその仏は涅槃経に説かれているところの仏滅後に仏教破壊のために仏の姿に化けた悪魔であるから、そのような仏は信用してはならない。ましてそれ以下の菩や声聞や比丘などが何と言おうとも信ずるには及ばない。これらは疑いもなく涅槃経に説かれているところの仏滅後の悪魔が姿を変じて菩などの姿となったものであるからである。その理由は、法華経の説法の座は霊鷲山りようじゆせんに限らず、三千大千世界のほかに四百万億阿僧の世界をも収めていて、この広大な世界の中に充ち満ちている菩・二乗・人・天・八部などは、みな仏の勅命を受けて、おのおのの住んでいる国土に法華経を弘めますと誓願したからである。善導などがもし仏・菩の権化の聖者であるならば、どうして竜樹や天親などのようにはじめに方便教を弘め、後に法華経を弘めなかったのであるか、どうして法華経弘通の勅命を受けた仲間の内に入らなかったのであるか、どうして仏のなされたように先に方便教を弘め後に法華経を弘めなかったのであるか。もしこの前権後実の説法の次第順序に随わなければ、たとえそれが仏であろうとも信用してはならないのである。今は法華経の中の仏だけを信ずべきことを説いたから、仏について信心を立てるというのである。
[92]問うていう、釈如来の説法を他の仏が証明したから真実の説であるというならば、阿弥陀経にも同じような文があるから、なぜ阿弥陀経をも信じないのであるか。答えていう、阿弥陀経には法華経のような他仏の証明がないから信じないのである。問うていう、阿弥陀経を見ると、釈如来が説かれた一日から七日の間勧められた念仏が極楽往生の原因となることを、東西南北上下の六方の諸仏が舌を出し、その舌で三千世界を覆ってその真実を証明したという。どうして阿弥陀経に他仏の証明がないというのか。答えていう、阿弥陀経にはまったく法華経のような他仏の証明はない。ただ釈一仏が舎利弗に向かって説かれるには、「自分一人だけが阿弥陀経を説くだけでなく、六方の諸仏も広長舌を出して三千世界を覆い、阿弥陀経を説いている」というけれども、これは釈一仏が言われただけであって、六方の諸仏がこの娑婆世界に来て釈仏の説を証明したわけではない。しかもこれは方便経の文である。四十余年の間は教主釈尊も方便の仮りの仏で、伽耶城がやじように近い菩提樹の下で始めて覚りを開いた応身仏である。教主が方便の仏であるから、その説くところの教えもまた方便の教えである。それゆえに四十余年の方便の仏の説法は信じてはならないのである。これに対し、今の法華経や涅槃経は久遠実成の本地仏の説かれた真実の教えである。十界互具を説き顕わした真実の言葉である。そのうえ、多宝仏や十方の諸仏も集まり来たって真実の証明をされたのであるから、信用しなければならないのである。阿弥陀経の説は無量義経の「四十余年の経はまだ真実を説き顕わしていない」の語に破られた説である。しかもその証明も釈一仏の言葉であって、諸仏の証明したものではないのである。
[93]第二に経について信心を立てるということは、無量義経に四十余年の諸経をあげて「まだ真実を説き顕わしていない」といい、涅槃経の梵行品には「如来に虚妄の言はないけれども、もし衆生が虚妄の説によって利益を得ると知れば、時と場合に応じて方便の教えを説く」とあり、また如来性品には「了義経に依って不了義経に依るな」ともある。このような経文は一通りではなく数多くあるが、いずれもみな四十余年の間に説かれた諸経を、仏みずから虚妄である、方便である、不了義経である、魔の説いたものであるなどと言われたのである。このようなことを仏が説かれたのは、みな衆生に方便経を捨てて法華経や涅槃経に入らせようとしたためである。ところがそれを何を頼みとしてか、妄語の経に留まって修行したり、得道を願ったりするのであろうか。今は方便教に執着する気持ちを捨てて、ただ真実教だけを信ずべきことを説いたから、経について信心を立てるというのである。
[94]問うていう、善導和尚も人について信心を立て、行について信心を立てることを述べているが、今の仏について信心を立て、経について信心を立てることと、どのような差別があるのか。答えていう、善導は阿弥陀経などの三部経によって立てたのであって、広く仏の一代五十年の教法における了義経と不了義経とを分けて立てたのではない。ゆえに了義経か不了義経かを分別し、了義経である法華経や涅槃経に基づいて立てた今の日の教義と比較して論ずる時は、不了義経に依る善導の教義は破れ去ることになるのである。