妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

身延山御書

第二巻 定本番号 20432 弘安5(1282) 分類: その他

祖寿: 61 著作地: 身延 写本: 日意筆京都妙傳寺蔵

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    432   身延山御書
誠に身延山之栖は、ちはやふる神もめぐみを垂れ天下りましますらん。無心しづの男しづの女までも心を留めぬべし。哀を催す秋の暮には、草の庵に露深く、檐にすだ(集多)くさゝがに(蜘蛛)の糸玉を連き、紅葉いつしか色深して、たえだえに伝ふ懸樋の水に影を移せば、名にしおふ龍田河の水上もかくやと疑はれぬ。又後ろには峨峨たる深山そび(聳)へて、梢に一乗の果を結び、下枝に鳴く蝉の音滋く、前には湯湯たる流水湛て実相真如の月浮び、無明深重の闇晴て法性の空に雲もなし。
かゝる砌なれば、庵の内には昼は終日に一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝聞く釈尊の住給けん鷲峰を我朝此砌に移し置ぬ。霧立嵐はげしき折折も、山に入て薪をこり、露深き草を分て深谷に下て芹をつみ、山河の流もはやき巌瀬に菜をすゝぎ、袂しほれて干わぶる思は、昔し人丸が詠ける、和歌の浦にもしほ(藻汐)垂つゝ世を渡る海士もかくやとぞ思遺る。つくづくと浮身の有様を案ずるに、仏の法を求給しに不異。
昔釈尊、楽法梵志としては、皮をはぎて紙とし、髄の水を取て硯の水とし、肉を割て墨とし、骨を催て筆として、下方の迦葉仏に値奉て、如法応修行非法不応行今世若後世行法者安穏[云云]此文を伝給ふ。薩・王子としては飢たる虎の為に身を与へ、雪山童子としては半偈の為に身をなげ、尸毘王としては鳩の為に肉を秤にかけ、乞眼婆羅門には眼をくじりて取せ給き。又仏、大国の王と御座し時は、宿善内に催し、月卿雲客の政をも忘れ、百官万乗に仰がれ給十善の楽も風の前の燈、あだなる春の夜の夢、籬につたふ槿樺の日影をまつ程ぞかし。
然に過去の戒善いみじきに依て、今生には大国の王たりと云ども、無常の殺鬼にさそはれて一期空くして後、修するところの善無んば、阿鼻大城の炎の底に沈み、刹利も須陀もかはらぬためしにて、三熱の炎にまじはり、鉄縄五体をしばり、三熱のまろかし(弾丸)を口に入れ、阿防羅刹三鈷のひしほこを手に取り、邪見の音をあららかにして、五体身分を取々に責るならば、音を天に響し叫とも、地に臥て歎とも、百官万乗も来て無助、親類眷属も来て無救。
又錦帳の内にして、よなよなのねざめの牀にして、天にあらば比翼の鳥、地に住ば連理の枝とならんと、月日を送り年を重て契りし妻子も来て訪事はあらじ、なんどと様々に思つづけ給て、自ら蔵を開て、金銀等の七珍万宝を僧に供養し、象馬妻子を布施し、然して後大法の螺をふき、大法の鼓を撃て、四方に法を求給ふ。爾時阿私仙人と申仙人来て申ける様は、実に法を求給ふ志御坐ば、我云ん様に仕給へと云ければ、大に悦で山に入ては果を拾ひ、薪をこり、菜をつみ、水をくみ、給仕し給へる事千歳也。常に御口ずさみには情存妙法故身心無礙倦とぞ唱給ける。文の心は、常に心に妙法を習んと存ずる間、身にも心にも仕れどもものうき事なしと云へり。如此習給ける法は即妙法蓮華経の五字也。爾時の王者今の釈迦牟尼仏是也。仏の仕給て法を得給し事を我朝に五七五七七の句に結び置けり。今如法経の時伽陀に誦する歌に、法華経を我得し事は薪こり菜つみ水くみつかへてぞえし。此歌を見に、今は我身につみしられて哀に覚えける也。
実に仏になる道は師に仕るには不過。妙楽大師弘決四云若有弟子見師過者若実若不実其心自壊失法勝利[云云]。文の心は、若し弟子あて師の過を見ば、若は実にもあれ、若は不実にもあれ、已に其心有は身自ら法の勝利を壊失者也[云云]。又止観一云如来慇懃称歎此法聞者歓喜。常啼東請善財南求薬王焼手普明刎頭。一日三度捨恒河沙身尚不能報一句之力。況両肩荷負百千万劫寧報仏法之恩[云云]。文の心は如来ねんごろに此法を称歎し給へば聞者即歓喜す。常啼菩薩は東に法を請ひ、善財菩薩は南に法を求め、薬王菩薩は臂を焼き、普明王は頭を刎られたり。一日に三度恒河の沙の数程身をば捨るとも、尚一句の法恩を報ずる事あたはじ。況や二の肩に荷負て百千万劫すとも、寧仏法の恩を報ずる事あるべからずと云へる心也。止観五云香城に骨を粉き、雪嶺に身を投とも、亦何ぞ以て徳を報ずるに足んやと云へり。
弘決四云昔毘摩大国と云国に狐あり。師子に追れて逃けるが、水もなき渇井に落入ぬ。師子は井を飛越て行ぬ。彼狐井より上んとすれども深き井なれば上る事を得ざりき。既に日数を経るほどに飢死んとす。其時狐文を唱て云禍哉。今日苦所逼便当没命於丘井。一切万物皆無常。恨不以身飼師子。南無帰命十方仏表知我心浄無已文。文の心は、禍なる哉。今日苦にせめられて即当に命を渇井に没すべし。一切の万物は皆是無常也。恨くは身を師子に飼ざりける事を。南無帰命十方仏、我心の浄きことを表知し給へと喚りき。爾時に天の帝釈狐の文を唱る事を聞給て、自下界に下り、井の中の狐を取上給て、法を説給へとの(宣)給ければ、狐云、逆なる哉。弟子は上に師は下に居たる事を、と云ければ諸天笑給へり。帝釈誠にことわりと思食して、下に居給て法を説給へとの給ければ、又狐云、逆哉。師も弟子も同座なる事を、と云ければ、帝釈諸天の上の御衣をぬぎ重て高座として、登せて法を説しむ。狐説云有人楽生悪死。有人楽死悪生[云云]。文の心は、人有て生る事を楽て死せん事をにくみ、又人有て死せん事を願て生ん事をにくむと。此文を狐に値て帝釈習給て狐を師として敬給けり。
天台御釈云雪山は随鬼偈を請ひ、天帝は畜を拝して為師。嚢臭きをもて其金を捨る事なかれ、と釈し給へり。されば何に賎き者なりとも、実の法を知たらん人をいるがせにする事あるべからず。然ば法華経の第八云若実若不実此人現世得白癩病[云云]。文の心は法華経の行者のとがを、若は実にもあれ、若は不実にもあれ、云ん者は現世には白癩の病をうけ、後生には無間地獄に堕べし、と説れたり。此等の理を思つづくるに、大地の上に針を立てて、大梵天宮より糸を下して、あやまたず糸針の穴に入事は有とも、我等が人間に生るゝ事は難し。又億々万劫不可思議劫をば過るとも如来の聖教に奉値事難し。
而るに難受人間に生をうけ、難値聖教に奉値。設聖教に値と云へども、悪知識に値ならば三悪道に堕ん事不可有疑。師堕れば弟子堕つ。弟子堕れば檀那堕と云文有り。今幸に一乗の行者に奉値。皮をはぎ、肉を切り、千歳仕へざれども、恣に一念三千・十界十如・一実中道・皆成仏道の妙法を学ぶ。実に過去の宿善拙して、末法流布の世に不生値未来永々を過とも解脱の道可難。又世間の人の有様を見に、口には信心深き事を云といへども、実に神にそむる人は千万人に一人もなし。涅槃経云仏法不信堕悪道者如大地土信仏法成仏者如爪上土説給へるも理也。
昔仏、摩耶の恩を報じ給はんがために、俄に人にも知られ給はずして、利天へ四月十五日に昇らせ給て御坐けるに、五天竺の国王大臣を始として、あやしのしづの男しづの女までも、仏を失ひ奉て啼悲みける歎き無限、誠に子を失ひ親にをくれたるが如し。いとをし(愛)き妻を恋ひ、男を恋る思の闇すら難忍。何況大覚世尊の三十二相八十種好紫磨金色の粧ひ厳くして、迦陵頻伽の御音を以て、一切衆生を皆仏に成し給はんと御経を説せ給ふ。慈悲深重に御坐す仏の御余波惜み進する歎き思遺るに、上陽人之上陽宮に閉篭られて歎し歎にも勝れ、尭王の娘娥皇女英の二人尭王に別奉て歎し歎にも勝れ、蘇武が胡国に流されて十九年雪中に住けん思にも勝れたり。
余の御恋しさに木を以て仏の御形を奉作、三十二相の一相をだにも作り似せ奉らず。爾時優填大王と申ける王、赤栴檀と云木を以て利天より毘首羯摩天を請して作り奉ける仏の、利天へ本仏の御迎に参せ給けるも、優填大王の信心深き故也。是こそ一閻浮提に仏を作り奉ける始なれ。
又須達長者と云ける人あり。仏は利天に御坐が七月十五日に天竺へ下給べきよし聞えければ、御儲に御堂を作んとしけるに、御堂可造地を持ざりければ、波斯匿王の太子祇陀太子と云ける人、祇陀林と云苑を持給たりけるに、広四十里有ける此苑に人太刀刀を持て入れば折砕ける苑也。須達祇陀太子に値奉て、此苑を売せ給へ、御堂造んと云ければ、太子の給様、此苑四十里に金を厚四寸に敷給はば売んとの給けり。須達可買之由を申ければ、太子の給く、戯にこそ云つれ、実には叶まじとの給けり。須達申ける様は、天子に二言なしと云。争か仮染の戯にも虚言をし給べきと申て、波斯匿王に此由を申けり。大王の給く、祇陀太子は我位を可継者也。争か仮染の戯にも虚言をすべきと仰られければ、太子力なく売せ給けり。
須達四十里に金を四寸に敷て買取て、悦で御堂を造んとしけるに、舎利弗来て縄をひき地をわり(画)けるに、舎利弗空を見上て咲けり。須達が云、大聖威儀を不乱理也。いかに咲せ給ぞと怪み申ければ、舎利弗云、汝此堂を造んとすれば六欲天に軍起る。かかる大善根を修する者なれば、我天へこそ迎へんずれとて、互に諍をなす事のをかしと覚る也。汝は一期百年の後には兜卒の内院に可生とぞの給ける。然して後此堂を作畢れり。其名を祇園精舎と云。此祇園精舎へ七月十五日の夜仏入らせ給べき由有しかば、梵天帝釈・利天より金銀水精の三の橋をかけたりける。中の橋を仏は入せ給ふに、仏の左には梵天、右には帝釈、互に仏に天蓋を指かけまいらせ、仏の御後には四衆八部・迦葉・迦旃延・目連・須菩提・千二百の羅漢・万二千の声聞・八万の菩薩等を引具して下給けるに、五天竺に有と在る人、皆たえだえ(分々)に随て油を儲てともしけり。万燈をともす人もあり、千燈をともす人もあり、或は百燈乃至一燈をともす人もありけるに、此に貧女と云者ありけり。貧しき事可譬方もなし。身に纏ふ物とてはとふ(十府)のすがごも(菅薦)にも不及藤の衣計也。四方に馳走すとも一燈の代を求るにあたはず。空く歎思つもれる涙油ならましかば、百千万燈にともすとも尽きじ。思の余に自髪を切り、手づからかづら(鬘)にひねりて、油一燈にかへて、わづかにぞともしたりけるに、仏神も三宝も天神も地神も納受を垂給けるにや、藍風・毘藍風と申大風吹て燈を吹消けるに、貧女が一燈計が残たりける。此光にて仏は祇園精舎へ入せ給けり。以之思之、たのしくして若干の財を布施すとも、信心よはくば仏に成ん事難叶。縦ひ貧なりとも信心強して志深からんは仏に成ん事不可有疑。
されば無勝徳勝と云ける者は土の餅を仏に供養し奉て、依此功徳閻浮提の主阿育大王と生て、終に八万四千石塔を造り、国々に送給ひ、後に菩提の素懐をとげ給ふ。されば法華経にて四十余年が程きらはれし女人も成仏、五逆闡提と云れし提婆も仏になりけり。然者末代濁世の謗法・闡提・五逆たる僧も俗も尼も女も此経にて成仏事無疑。然者法華経第七云於我滅度後応受持此経。是人於仏道決定無有疑[云云]。此文こそよによに憑敷候へ。
此等をさまざま思つづけて観念の牀の上に夢を結べば、妻恋鹿の音に目をさまし、我身の内に三諦即一一心三観の月曇り無く澄けるを、無明深重の雲引覆つゝ、昔より今に至まで生死の九界に輪廻する事、此砌にしられつゝ自かくぞ思つづけける。立わたる身のうき雲も晴ぬべしたえぬ御法の鷲の山風。   日蓮  花押