妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

法華証明鈔死活鈔

第二巻 定本番号 20429 弘安5(1282) 分類: 真蹟現存(完存orほぼ完存)

祖寿: 61 対告衆: 南條 著作地: 身延 真蹟: 西山本門寺、外二カ所 

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    429   法華証明鈔
 法華経の行者  日蓮 [花押]
末代悪世に法華経を経のごとく信まいらせ候者をば、法華経の御鏡にはいかんがうかべさせ給と拝見つかまつり候へば、過去に十万億の仏を供養せる人なりとたしかに釈迦仏の金口の御口より出させ給て候を、一仏なれば末代の凡夫はうたがいやせんずらんとて、此より東方にはるかの国をすぎさせ給ておはします宝浄世界の多宝仏、わざわざと行幸ならせ給て釈迦仏にをり向まいらせて、妙法華経皆是真実と証明せさせ給候き。此上はなにの不審か残べき。なれどもなをなを末代の凡夫はをぼつかなしとをぼしめしや有けん。十方の諸仏を召あつめさせ給て、広長舌相と申て無量劫よりこのかた永くそらごとなきひろくながく大なる御舌を、須弥山のごとく虚空に立ならべ給し事は、をびただしかりし事なり。かう候へば、末代の凡夫の身として法華経の一字二字を信まいらせ候へば、十方の仏の御舌を持物ぞかし。いかなる過去の宿習にてかゝる身とは生らむと悦まいらせ候上、経文は過去に十万億の仏にあいまいらせて供養をなしまいらせて候ける者が、法華経計をば用まいらせず候けれども仏くやうの功徳莫大なりければ、謗法の罪に依て貧賎の身とは生て候へども、又此経を信ずる人となれりと見へて候。此をば天台御釈云如人倒地還従地起等[云云]。地にたうれたる人はかへりて地よりをく。法華経謗法の人は三悪並に人天の地にはたうれ候へども、かへりて法華経の御手にかゝりて仏になるとことわられて候。
しかるにこの上野の七郎次郎は末代の凡夫、武士の家に生て悪人とは申べけれども、心は善人なり。其の故は日蓮が法門をば上一人より下万民まで信給はざる上、たまたま信人あれば、或は所領或は田畠等にわづらひをなし、結句は命に及人々もあり。信がたきにちゝ故上野殿信まいらせ候ぬ。又此者嫡子となりて、人もすゝめぬに心中より信まいらせて、上下万人にあるひはいさめ、或をどし候つるに、ついに捨る心なくて候へば、すでに仏になるべしと見へ候へば、天魔外道が病をつけてをどさんと心み候か。命はかぎりある事なり。すこしもをどろく事なかれ。
又鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまにのむか。又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。あなかしこあなかしこ。此の人のやまいを忽になをして、かへりてまほりとなりて、鬼道の大苦をぬくべきか。其義なくして現在には頭破七分の科に行れ、後生には大無間地獄に堕べきか。永くとどめよ永くとどめよ。日蓮が言いやしみて後悔あるべし、後悔あるべし。   二月廿八日   下伯耆房