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光日上人御返事

第二巻 定本番号 20409 弘安4(1281) 分類: 真蹟曽存

祖寿: 60 著作地: 身延 真蹟: 身延山(曽) 

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    409   光日上人御返事
法華経第二巻云其人命終入阿鼻獄[云云]。阿鼻地獄と申は天竺の言、唐土日本には無間と申。無間はひまなしとかけり。一百三十六の地獄の中に、一百三十五ひま候。十二時の中にあつ(熱)けれども、又すず(涼)しき事もあり。た(堪)へがたけれども、又ゆるくなる時あり。此無間地獄と申は十二時に一時かた時も大苦ならざる事はなし。故に無間地獄と申。此の地獄は此の我等が居て候大地の底、二万由旬をすぎて最下の処也。此世間の法にも、かろ(軽)き物は上に、重き物は下にあり。大地の上には水あり。地よりも水かろし。水の上には火あり。水よりも火かろし。火の上に風あり。火よりも風かろし。風の上に空あり。風よりも空かろし。人をも此四大を以て造れり。悪人は風と火と先去、地と水と留る。故に人死して後、重は地獄へ堕る相也。善人は地と水と先去、重き物は去ぬ。軽き風と火と留る故に軽し。人天へ生るゝ相也。地獄の相重が中の重は無間地獄の相也。彼無間地獄は縦横二万由旬なり。八方は八万由旬なり。彼地獄に堕る人々は一人の身大にして八万由旬なり。多人も又如此。身のやはらかなる事緜の如し。火のこわ(強)き事は大風の焼亡の如し。鉄の火の如し。詮を取て申さば、我身より火の出る事十三あり。二の火あり。足より出でて頂をとをる。又二の火あり。頂より出て足をとほる。又二の火あり。背より入て胸に出。又二の火あり。胸より入て背へ出。又二の火あり。左の脇より入て右の脇へ出。又二の火あり。右の脇より入て左の脇へ出。亦一の火あり。首より下に向て雲の山を巻が如して下る。此地獄の罪人の身は枯たる草を焼が如し。東西南北に走れども逃去所なし。他の苦は且置之。大火の一苦也。此大地獄の大苦を仏委く説給ならば、我等衆生聞て皆死すべし。故に仏委くは説給事なしと見えて候。
今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此地獄へ堕させ給べし。されども一人として堕べしとはおぼさず。例せば此弘安四年五月以前には、日本の上下万人一人も蒙古の責にあふべしともおぼさざりしを、日本国に只日蓮一人計かゝる事此国に出来すべしとしる。其時日本国四十五億八万九千六百五十八人の一切衆生、一人もなく他国に責られさせ給て、其大苦は譬へばほうろく(焙烙)と申す釜に水を入て、ざつこ(雑魚)と申小魚をあまた入て、枯たるしば(柴)木をたかむが如なるべし、と申せばあらおそろしいまいまし、打はれ、所を追へ、流せ、殺せ、信ぜん人々をば田はたをとれ、財を奪へ、所領をめせ、と申せしかども、此五月よりは大蒙古の責に値て、あきれ迷ふ程に、さもやと思人々もあるやらん。にがにがしうしてせめたくはなけれども、有事なればあたりたり、あたりたり。日蓮が申せし事はあたりたり。ばけ(化)物のもの申様にこそ候めれ。去承久の合戦に隠岐法皇の御前にして、京の二位殿なんどと申せし何もしらぬ女房等の集て、王を勧め奉り、戦を起して、義時に責られ、あはて給しが如し。今御覧ぜよ。法華経誹謗の科と云ひ、日蓮をいやしみし罰と申し、経と仏と僧との三宝誹謗の大科によて、現生には此国修羅道を移し、後生には無間地獄へ行給べし。此又偏に弘法・慈覚・智証等の三大師の法華経誹謗の科と、達磨・善導・律僧等の一乗誹謗の科と、此等の人々を結構せさせ給国主の科と、国を思ひ生処を忍て兼て勘へ告示を不用還て怨をなす大科、先例を思へば、呉王夫差の伍子胥が諌を不用、越王勾践にほろぼされ、殷の紂王が比干が言をあなづりて周の武王に責られしが如し。
而に光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ。又故弥四郎殿が信じて候しかば子勧めか。此功徳空しからざれば、子と倶に霊山浄土へ参り合せ給ん事、疑なかるべし。烏龍と云し者は法華経を謗じて地獄に堕たりしかども、其子に遺龍と云し者、法華経を書て供養せしかば、親仏に成、又妙荘厳王は悪王なりしかども、御子の浄蔵・浄眼に導れて、娑羅樹王仏と成らせ給。其故は子の肉は母の肉、母の骨は子の骨也。松栄れば柏悦ぶ。芝かるれば蘭なく、無情草木すら友の喜友の歎一なり。何況親と子との契り、胎内に宿して、九月を経て生落し、数年まで養ひき。彼ににな(荷)はれ、彼にとぶら(弔)はれんと思しに、彼をとぶらふうらめしさ、後如何があらんと思こゝろぐるしさ、いかにせん、いかにせん。子を思金鳥は火の中に入にき。子を思し貧女は恒河に沈き。彼金鳥は今の弥勒菩薩也。彼河に沈し女人は大梵天王と生れ給。何況今の光日上人は子を思あまりに、法華経の行者と成給ふ。母と子と倶に霊山浄土へ参り給べし。其時御対面いかにうれしかるべき。いかにうれしかるべき。   八月八日   光日上人 [御返事]